説明

平版印刷版用アルミニウム合金板及びその製造方法

【課題】電解グレイニング性及び印刷の際の耐版ズレ性に優れた平版印刷版用アルミニウム合金板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】Mg:0.05〜1.0mass%、Fe:0.2〜0.6mass%、Si:0.03〜0.3mass%、Cu:0.0001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.05mass%、Ga:0.001〜0.03mass%、Zr:0.0001〜0.01mass%、Sn:1〜50ppm、Zn:0.0001〜0.009mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなり、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量が0.01〜0.06mass%であることを特徴とする平版印刷版用アルミニウム合金板、ならびに、その製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平版印刷版の支持体に使用されるアルミニウム合金板及びその製造方法に関するものであり、より詳細には、電解グレイニング性及び印刷の際の耐版ズレ性に優れた平版印刷版用アルミニウム合金板及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に平版印刷版では、アルミニウム板又はアルミニウム合金板(以下、まとめて「アルミニウム合金板」と言う)の支持体に、該支持体の表面に機械的方法、化学的方法及び電気化学的方法(電解グレイニング法)のいずれか一つ、或いは二つ以上を組合せた工程により粗面化処理が施される。次いで、粗面化したアルミニウム合金板に陽極酸化皮膜処理などの表面処理が更に施され、その上に感光性物質を塗布して使用される。このような平版印刷版のうちで一般に広く用いられているのは、予め支持体上に感光性物質を塗布しておき、直ちに焼き付けられる状態とした、所謂PS(Pre−Sensitized)版である。
【0003】
印刷版は、PS版に、画像露光、現像、水洗、ラッカー盛り等の製版処理を施して作製される。ここで、印刷の原理について簡単に説明する。先ず、画像露光後、現像処理による未溶解の感光層(感光性物質を塗布して形成された層)は画像部を形成し、感光層が除去されてその下のアルマイト層(陽極酸化皮膜)が露出した部分は親水性のため水受容部となり、非画像部を形成する。このようにして作製された印刷版は、印刷機の回転する円筒形版胴に巻付けられて、湿し水の存在下でインキを画像部上に付着させ、ゴムブランケットに転写して紙面に印刷することになる。
【0004】
最近では、印刷技術の進歩に伴って印刷速度が速くなり、印刷版を印刷機の版胴に機械的に固定する力が増大している。そのため、支持体強度が不足すると、その固定部分が変形又は破損して印刷版が固定部からズレてしまう、所謂「版ズレ」という不具合が生じる。そのため、特許文献1〜3には、Mg含有量を規定することで支持体強度を向上させる方法が提案されている。
【0005】
また、この種のアルミニウム合金板については、平版印刷版として、感光層との密着性及びアルミニウム合金板の保水性を向上させるために、粗面化処理によって大きさ(深さや直径)が均一であるピットを板表面全体に均一に形成し得ることが要求されている。しかしながら、支持体強度向上のためにMg含有量を増加させた場合、アルミニウム合金板中のMg固溶量が増加し、それにより、粗面化処理時のアルミニウム合金板表面の電気抵抗が増加する。その結果、粗面化処理後のピットの均一性(所謂、電解グレイニング性)が低下するという問題があった。
【0006】
特許文献1には、多種の微量元素と金属間化合物の大きさ及び含有量を規定することで、電解グレイニング性を向上させる方法が提案されている。特許文献2には、アルミニウム合金板表面に残存し電解グレイニング性を低下させるアルミパウダー量を規制すると共に、Zn含有量や微量元素を調整することで、電解グレイニング性を向上させる方法が提案されている。また、特許文献3には、電解グレイニング性を低下させるオイルピットの単位面積当たりの個数を規制すると共にZn含有量や微量元素を調整することで、電解グレイニング性を向上させる方法が提案されている。特許文献4には、後述するように、冷間圧延後に所定の加熱条件と冷却条件で中間焼鈍することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−042187号公報
【特許文献2】特開2007−092170号公報
【特許文献3】特開2007−070674号公報
【特許文献4】特開2003−342658号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のような従来の各種の提案のうち、特許文献1に提案される多種の微量元素を添加した場合には、各元素の効果が打ち消され十分な電解グレイニング性が得られない。特許文献2、3の提案により、電解グレイニング性は従来に比べて向上するが、最近ではより高い粗面均一性の達成が望まれている。
【0009】
本発明は、上記の事情を背景としてなされたものであり、電解グレイニング性及び印刷の際の耐版ズレ性に優れた平版印刷版用アルミニウム合金板及びその製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述の課題を解決するべく鋭意研究を重ねた結果、通常の平版印刷版用アルミニウム合金板に含有されている元素の含有量を適切に調整すると共に微量元素のGa、Zr、Sn、Znの含有量を適切に制御し、更に、Ti、Ga、Zr及びSnの合計含有量を適切に調整することによって、前述の課題を解決し得ることを見出し本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は請求項1において、Mg:0.05〜1.0mass%、Fe:0.2〜0.6mass%、Si:0.03〜0.3mass%、Cu:0.0001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.05mass%、Ga:0.001〜0.03mass%、Zr:0.0001〜0.01mass%、Sn:1〜50ppm、Zn:0.0001〜0.009mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなり、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量が0.01〜0.06mass%であることを特徴とする平版印刷版用アルミニウム合金板とした。
【0012】
更に本発明は請求項2では、平版印刷版用アルミニウム合金板の製造方法であって、Mg:0.05〜1.0mass%、Fe:0.2〜0.6mass%、Si:0.03〜0.3mass%、Cu:0.0001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.05mass%、Ga:0.001〜0.03mass%、Zr:0.0001〜0.01mass%、Sn:1〜50ppm、Zn:0.0001〜0.009mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなり、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量が0.01〜0.06mass%であるアルミニウム合金の鋳塊を、熱間仕上げ圧延によって所定の板厚まで圧延する工程において、熱間仕上げ圧延開始温度を360〜400℃、熱間仕上げ圧延終了温度を280〜360℃、熱間仕上げ圧延の終了板厚を4.0〜8.0mmとし、得られた熱間圧延板に中間焼鈍を施すことなく冷間圧延により製品板厚とすることを特徴とする平版印刷版用アルミニウム合金板の製造方法とした。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る平版印刷版用アルミニウム合金板は、電解グレイニング性が優れると共に印刷の際の耐版ズレ性に優れ、平版印刷版支持体として極めて良好な性能と商品価値を有する。
【0014】
また、本発明に係る製造方法によれば、上述のような優れた性能と商品価値を有する平版印刷版用アルミニウム合金板を確実かつ安定して得ることができる。更に、熱間圧延後の中間焼鈍を省略することにより、工程数減少と省エネルギーによる低コスト化を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明について詳細に説明する。まず、本発明に係るアルミニウム合金板の成分組成の限定理由について説明する。
【0016】
A.アルミニウム合金板の成分組成
Mg:0.05〜1.0mass%
Mgは、大部分がアルミニウムに固溶して、常温での支持体強度を向上させるための元素である。Mgは、この他にも再結晶化を促進し、単体Si量を減少させ、耐熱軟化性を向上させる作用も発揮する。Mg含有量が0.05mass%(以下、単に「%」と記す)未満では、これらの効果が充分に得られず版ズレの原因となる。一方、Mg含有量が1.0%を超えると、素板強度が高くなり過ぎてしまい版胴に固定する際に破断が生じることになる。好ましいMg含有量は、0.05〜0.7%の範囲内である。
【0017】
Fe:0.2〜0.6%
Fe含有量が0.2%未満では、再結晶時の結晶粒径が粗大となって粗面化処理により生成されるピットが不均一となる。その結果、粗面化処理後に面質ムラが発生し、外観が不均一となる。一方、Fe含有量が0.6%を超えると、Al−Fe系、Al−Fe−Si系の粗大化合物が多量に生成される。その結果、粗面化処理後のピットが不均一となり、前記同様に粗面化処理後の外観不均一が生じる。好ましいFe含有量は、0.22〜0.4%の範囲内である。
【0018】
Si:0.03〜0.3%
Si含有量が0.03%未満では、粗面化処理後のピットが不均一になり、外観の均一性が損なわれる。一方、Si含有量が0.3%を超えると、Al−Fe−Si系の粗大化合物が多量に生成されて、粗面化処理後のピットが不均一となる。好ましいSi含有量は、0.06〜0.15%の範囲内である。
【0019】
Cu:0.0001〜0.05%
Cuは、電解粗面化処理性に大きな影響を及ぼす元素である。Cu含有量が0.0001%未満では、粗面化処理後のピットが不均一になり、前記同様に外観不均一となる。一方、Cu含有量が0.05%を超えても粗面化処理後のピットが不均一となり、また粗面化処理後の色調が黒味を帯び過ぎて商品価値を損なう。好ましいCu含有量は、0.005〜0.05%の範囲内である。
【0020】
Ti:0.005〜0.05%
Tiは電解粗面化処理性に大きな影響を及ぼし、またアルミニウム合金鋳塊の組織状態にも大きな影響を及ぼす元素である。Ti含有量が0.005%未満では、粗面化処理後のピットが不均一になる。また、鋳塊の結晶粒が微細化されずに粗大な結晶粒組織になり、それらは圧延方向に沿った帯状の筋(ストリーク)となる。ストリークが発生すると、粗面化処理後のピットが不均一になり、外観の均一性を損なう。一方、Ti含有量が0.05%を超えると、上記各効果が飽和するばかりでなく、粗大なAl−Ti系化合物が形成され粗面化構造が不均一となり易い。好ましいTi含有量は、0.005〜0.025%の範囲内である。
【0021】
Ga:0.001〜0.03%
Gaは、アルミニウム合金板表面の電気抵抗を変化させ、JIS1050相当材にMgを添加したアルミニウム合金板の粗面化処理時にエッチングを促進し、均一かつ微細なピットを形成する効果がある。Ga含有量が0.001%未満では、この効果を充分に得ることが困難である。一方、Ga含有量が0.03%を超えると、ピットが粗大化し、外観の均一性を損なう。好ましいGa含有量は、0.005〜0.025%の範囲内である。
【0022】
Zr:0.0001〜0.01%
Zrは、アルミニウム合金板表面の電気抵抗を変化させ、JIS1050相当材にMgを添加したアルミニウム合金板の粗面化処理時にエッチングを促進し、均一かつ微細なピットを形成する効果がある。Zr含有量が0.0001%未満では、この効果を充分に得ることが困難である。一方、Zr含有量が0.01%を超えると、鋳造及び圧延の過程でAlZrとして析出するため、ストリークの原因となる。ストリークが発生すると、粗面化処理後のピットが不均一となり、外観の均一性を損なう。好ましいZr含有量は、0.0005〜0.007%の範囲内である。
【0023】
Sn:1〜50ppm
Snは、アルミニウム合金板表面の電気抵抗を変化させ、JIS1050相当材にMgを添加したアルミニウム合金板の粗面化処理時にエッチングを促進し、均一かつ微細なピットを形成する効果がある。Sn含有量が1ppm未満では、この効果を充分に得ることが困難である。一方、Sn含有量が50ppmを超えると、ピットの形状が崩れ易くなり、外観の均一性を損なう。好ましいSn含有量は、5〜50ppmの範囲内である。ここで、単位「ppm」は質量基準とする。
【0024】
Zn:0.0001〜0.009%
Znはそのほとんどがアルミニウムマトリックス中に固溶し、電解粗面を均一化する効果を示す。Zn含有量が0.0001%未満では、この効果を充分に得ることが困難である。一方、Zn含有量が0.009%を超えると、粗大なピットが発生して未エッチング部が生じ易くなる。好ましいZn含有量は、0.001〜0.008%の範囲内である。
【0025】
Ti、Ga、Zr、Sn:合計量で0.01〜0.06%
本発明に係る平版印刷版用アルミニウム合金板においては、Ti、Ga、Zr及びSnの含有量を合計で0.01〜0.06%の範囲とする。合計含有量をこの範囲に限定することにより、アルミニウム合金板表面の電気抵抗を変化させ、JIS1050相当材にMgを添加したアルミニウム合金板の粗面化処理時のピット形成をより均一にし、優れた粗面化構造を得ることができる。この合計含有量が0.06%を超えると、粗面化処理時に微細なピットが形成されず、外観が不均一になると共に耐食性が著しく低下する。一方、合計含有量が0.01%未満の場合も、上述の効果が充分に得られず、粗面化処理により微細なピットが得られず、外観が不均一となる。そこで、これらの元素の合計含有量は、0.01〜0.06%とする。
【0026】
B:1〜50ppm
一般にアルミニウム合金板においては、鋳塊結晶組織を微細化して圧延板のキメ、ストリークを防止するため、Tiと組合せて微量のBを添加することがある。本発明に係る平版印刷版用アルミニウム合金板においても、Tiと共に微量のBを添加することは許容される。但し、B含有量が1ppm未満では、上記の効果が得られず、B含有量が50ppmを超えるとBの添加効果が飽和するばかりでなく、粗大なTiB粒子が形成され粗面化処理後のピットが不均一となり、外観の均一性を損なう。従って、B添加量は1〜50ppmの範囲内とすることが好ましい。
【0027】
以上の各元素の他は、Al及び不可避的不純物とする。ここで、不可避的不純物としては、JIS1050相当の不純物量(合計で0.05%以下)程度であれば、平版印刷版用アルミニウム合金板としてその特性を損なうことはない。
【0028】
次に、本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法について説明する。
この発明の請求項1に係る平版印刷版用アルミニウム合金板は、前述のような合金成分組成条件を満たせば、その製造方法は特に限定されるものではなく、いずれの製造方法であっても良いが、次に述べるような請求項2に係る製造方法により製造することが、電解グレイニング性及び耐版ズレ性の点から好ましい。
B.アルミニウム合金板の製造方法
前記合金組成範囲に調整されたアルミニウム合金溶湯を用いて、DC鋳造法などの常法に従って鋳造することによって鋳塊を形成する。得られた鋳塊に対して、均質化処理を施し又は施さずに(施す場合には、例えば500〜600℃で1時間以上)、熱間仕上げ圧延によって所定の板厚まで圧延する。その際、熱間仕上げ圧延開始温度を360〜400℃、熱間仕上げ圧延終了温度を280〜360℃、熱間仕上げ圧延の終了板厚を4.0〜8.0mmとする。さらに、得られた熱間圧延板に対して、中間焼鈍を施すことなく冷間圧延により製品板厚とする。以下において、係る製造方法について更に詳細に説明する。
【0029】
熱間仕上げ圧延開始温度:360〜400℃
熱間仕上げ圧延開始温度が360℃未満では、熱間仕上げ圧延が終了した時点で板表面に加工組織が残存する。そのために、粗面化処理後の表面にストリークが発生し、外観不均一となるおそれがある。一方、熱間仕上げ圧延開始温度が400℃を超えると、熱間仕上げ圧延が終了した時点で再結晶粒が粗大となり、粗面化処理後の表面にストリークが発生し、外観不良となるおそれがある。従って、熱間仕上げ圧延開始温度は360〜400℃の範囲とするのが好ましい。
【0030】
熱間仕上げ圧延終了温度:280〜360℃
熱間仕上げ圧延終了温度が280℃未満では、板表面に加工組織が残存して、粗面化処理後にストリークが発生し、外観不均一となるおそれがある。一方、熱間仕上げ圧延終了温度が360℃を超えると、再結晶粒が粗大化し、粗面化処理後の表面にストリークが発生し、外観不均一となるおそれがある。従って、熱間仕上げ圧延終了温度は280〜360℃の範囲とするのが好ましい。この温度範囲で熱間仕上げ圧延を終了させてコイルに巻上げると、該熱延板の自己保有熱によって再結晶が生起されるため、改めて焼鈍を行なう必要がない。
【0031】
熱間仕上げ圧延の終了板厚:4.0〜8.0mm
熱間仕上げ圧延の終了板厚が4.0mm未満では、その後の冷間圧延での圧延率が低くなるため所望の強度が得られず版ズレの原因となるおそれがある。一方、8.0mmを超えると、圧下率が不十分で歪導入量が少なくなるため再結晶粒が粗大化し易くなり、粗面化処理により生成されるピットが不均一となるおそれがある。その結果、粗面化処理後に面質ムラが発生し、外観が不均一となるおそれがある。熱間仕上げ圧延の好ましい終了板厚は、5.0〜7.0mmの範囲である。
【0032】
熱間圧延終了後は、中間焼鈍を施すことなく冷間圧延によって所要の製品板厚に仕上げられる。中間焼鈍を施さないのは、コストダウンのためである。冷間圧延の条件は特に限定されるものではなく、必要な製品板強度や板厚に応じて定めれば良く、通常は圧延率を60〜98%とする。
【0033】
このようにして得られた平版印刷版用アルミニウム合金板(製品板)をPS版に仕上げるにあたっては、常法に従って粗面化等のための表面処理を施し、感光層又は中間層と感光層を塗布して乾燥させればよい。
【0034】
C.感光性平版印刷版原版の製造方法
本発明のアルミニウム板に粗面化処理をおこない平版印刷版用アルミニウム支持体とし、その支持体上に画像記録層を設けることで、感光性平版印刷版原版とすることができる。画像記録層には、感光性組成物が用いられる。
【0035】
好適に用いられる感光性組成物としては、例えば、アルカリ可溶性高分子化合物と光熱変換物質とを含有するサーマルポジ型感光性組成物(サーマルポジタイプ)、硬化性化合物と光熱変換物質とを含有するサーマルネガ型感光性組成物(サーマルネガタイプ)、光重合型感光性組成物(フォトポリマータイプ)、ジアゾ樹脂または光架橋樹脂を含有するネガ型感光性組成物(コンベンショナルネガタイプ)、キノンジアジド化合物を含有するポジ型感光性組成物(コンベンショナルポジタイプ)、特別な現像工程を必要としない感光性組成物(無処理タイプ、または、印刷機上現像タイプ)が挙げられる。
【0036】
サーマルネガタイプの画像記録層
アルミニウム支持体上に設けるサーマルネガタイプの画像記録層としては、赤外線吸収剤、重合開始剤、重合性化合物、及び所望によりバインダーポリマーを含有し、更に必要に応じて、着色剤や他の任意成分を含むものが挙げられる。
【0037】
上記のサーマルネガタイプの画像記録層は、増感色素の吸収波長に応じたレーザに感応するため、CTPに有用な種々のレーザに感光することができる。例えば、増感色素として赤外線吸収剤を用いた場合について述べれば、ここに含まれる赤外線吸収剤は、赤外線レーザの照射(露光)に対し高感度で電子励起状態となり、かかる電子励起状態に係る電子移動、エネルギー移動、発熱(光熱変換機能)などが、記録層中に併存する重合開始剤に作用して、該重合開始剤に化学変化を生起させてラジカルを生成させる。
【0038】
この場合のラジカルの生成機構としては、1.赤外線吸収剤の光熱変換機能により発生した熱が、重合開始剤(例えば、スルホニウム塩)を熱分解しラジカルを発生させる、2.赤外線吸収剤が発生した励起電子が、重合開始剤(例えば、活性ハロゲン化合物)に移動しラジカルを発生させる、3.励起した赤外線吸収剤に重合開始剤(例えば、ボレート化合物)から電子移動してラジカルが発生する、等が挙げられる。そして、生成したラジカルにより重合性化合物が重合反応を起こし、露光部が硬化して画像部となる。上記のサーマルネガタイプの画像記録層は、増感色素として赤外線吸収剤を含有することにより、750nm〜1400nmの波長を有する赤外線レーザ光での直接描画される製版に特に好適に用いられる。
【実施例】
【0039】
次に、本発明を本発明例及び比較例に基づき説明する。
本発明例1〜10及び比較例11〜22
(アルミニウム合金板の作製)
表1の合金1〜22に示す成分組成のアルミニウム合金溶湯を溶製し、DC鋳造法により厚さ600mmの鋳塊とし、560℃で3時間の均質化処理を施した。更に、熱間仕上げ圧延開始温度370℃で、熱間仕上げ圧延終了温度330℃の熱間圧延を施し、熱間仕上げ圧延の終了板厚を5.5mmとした。その後中間焼鈍を行なわずに、冷間圧延(圧延率60%以上)により最終板厚の0.3mmまで圧延して製品板(平版印刷版用アルミニウム合金板)を作製した。
【0040】
【表1】

【0041】
(粗面化処理)
さらに上述のようにして得られた各製品板について、下記の粗面化処理をおこなった。
(1)アルカリ水溶液中でのエッチング処理
NaOH濃度25質量%、アルミニウムイオン濃度6.5質量%、液温70℃の溶液を使用し、製品板を15秒間浸せき処理した。その後水洗処理した。
(2)酸性水溶液中でのデスマット処理
硝酸濃度1質量%、液温35℃の溶液を使用し、上記(1)で処理した製品板を10秒間浸せき処理した。その後水洗処理した。
(3)酸性水溶液中での電気化学的な粗面化処理
電解液として硝酸濃度1質量%、アルミニウムイオン濃度0.5質量%、液温35℃の溶液を使用し、上記(2)で処理した製品板を周波数50Hz、電流密度50A/dmの台形波交流電流で、電気量250C/dm2となるように電気化学的な粗面化処理を行った。その後水洗処理した。
(4)アルカリ水溶液中でのエッチング処理
NaOH濃度25質量%、アルミニウムイオン濃度6.5質量%、液温30℃の溶液を使用し、上記(3)で処理した製品板を2秒間浸せき処理した。その後水洗処理した。
(5)酸性水溶液中でのデスマット処理
硝酸濃度1質量%、液温35℃の溶液を使用し、上記(4)で処理した製品板を10秒間浸せき処理した。その後水洗処理した。
(6)陽極酸化処理
硫酸濃度15質量%、アルミニウムイオン濃度0.5質量%の硫酸溶液、45℃を用い、上記(5)で処理した製品板を電流密度10A/dmの直流を用いて陽極酸化皮膜量が2.5g/mとなるように陽極酸化処理をおこなった。その後水洗処理した後に、粗面化したアルミニウム板の乾燥処理をおこなった。
その後、一定の大きさ(15×80cm)に切り取って試験片とし、電解グレイニング性の評価を行った。
【0042】
(電解グレイニング性評価)
上記試験片の全幅にわたって外観を目視で観察し、ピットの均一性が全幅にわたり良好なものを優良(◎印)、一部分劣っているところがあるが実用上問題の無いものを良好(○印)、全幅にわたり劣っているものを不良(×印)とした。◎と○を合格とし、×を不合格とした。結果を表2に示す。
【0043】
【表2】

【0044】
(サーマルネガタイプの平版印刷版原版の作製)
上記の手順で得られたアルミニウム支持体を一定の大きさ(15×60cm)に切り取って試験片とし、下記のようにしてサーマルネガタイプの画像記録層を形成して平版印刷版原版を作製した。
【0045】
(サーマルネガタイプの画像記録層の形成)
<下塗り層の形成>
上記試験片に、下記下塗り層用塗布液をワイヤーバーにて塗布し、90℃30秒間乾燥した。塗布量は10mg/mであった。
下塗り層用塗布液
・高分子化合物A(重量平均分子量:3万)<化学構造を下記に示す> 0.05g
・メタノール 27g
・イオン交換水 3g
【0046】
【化1】

【0047】
<画像記録層の形成>
下記記録層塗布液を調製し、上記試験片にワイヤーバーを用いて塗布した。乾燥は、温風式乾燥装置にて115℃で35秒間行い、平版印刷版原版を得た。乾燥後の被覆量は1.5g/mであった。
記録層塗布液
・赤外線吸収剤(IR−1) 0.075g
・重合開始剤(OS−12) 0.280g
・添加剤(PM−1) 0.15g
・重合性化合物(AM−1) 1.00g
・バインダーポリマー(BT−1) 1.00g
・エチルバイオレット(C−1) 0.05g
・フッ素系界面活性剤(メガファックF−780−F 大日本インキ化学工業(株)、メチルイソブチルケトン(MIBK)30質量%溶液) 0.015g
・メチルエチルケトン 10.5g
・メタノール 4.8g
・1−メトキシ−2−プロパノール 10.5g
【0048】
なお、上記記録層塗布液に用いた重合開始剤(OS−12)は、下記一般式で表されるオニウム塩の化合物例である。また、赤外線吸収剤(IR−1)、添加剤(PM−1)、重合性化合物(AM−1)、バインダーポリマー(BT−1)、及びエチルバイオレット(C−1)の化学構造も以下に示す。
【0049】
【化2】

【0050】
【化3】

【0051】
【化4】

【0052】
【化5】

【0053】
【化6】

【0054】
【化7】

【0055】
(保護層の形成)
前記の如く、記録層塗布液を用いて形成した記録層の表面に、下記保護層塗布液をワイヤーバーで塗布し、温風式乾燥装置にて125℃で75秒間乾燥させて保護層を形成し平版印刷版原版を得た。この保護層の全塗布量(乾燥後の被覆量)は1.5g/mであった。
保護層塗布液
・合成雲母(ソマシフME−100、8%水分散液、コープケミカル(株)製) 95g
・ポリビニルアルコール(CKS−50:ケン化度99モル%、重合度300、日本合成化学工業株式会社製) 60g
・セロゲンPR(第一工業製薬(株) 25g
・界面活性剤−1(BASF社製、プルロニックP−84) 2.5g
・界面活性剤−2(日本エマルジョン社製、エマレックス710) 5g
・シリカ複合有機樹脂微粒子水分散物(オプトビーズ6500M水分散物) 15g
・純水 1365g
【0056】
上記の手順で作製した平版印刷版原版に対して、以下の手順で露光、現像及び印刷を行い、耐版ズレ性を評価した。
【0057】
(露光及び現像)
得られた平版印刷版原版を、Creo社製Trendsetter800II Quantumにて、解像度2400dpi、外面ドラム回転数200rpm、出力7Wで露光した。なお、露光は25℃、50%RHの条件下で行った。露光後、加熱処理及び水洗処理は行わず、富士フイルム(株)社製自動現像機LP−1310HIIを用い搬送速度(ライン速度)2m/分、現像温度30℃で現像処理した。なお、現像液は富士フイルム(株)社製DH−Nの1:4水希釈液を用い、現像補充液は富士フイルム(株)社製FCT−421の1:1.4水希釈液、フィニッシャーは富士フイルム(株)社製GN−2Kの1:1水希釈液を用いた。
【0058】
(印刷及び耐版ズレ性評価)
現像した原版を、東京機械製作所製の輪転印刷機「Color Top 6000」の版胴に装着した後、版と版胴にまたがる形で罫書きをし、10万部/時の印刷速度で、5万部刷了した。その後、版上の罫書きと版胴の罫書きのズレを、耐版ズレ性として目視で観察し、以下の判定基準で評価した。
◎:版ズレが無く、耐版ズレ性が優良
○:版ズレはあるが許容レベル内であり、耐版ズレ性が良好
×:許容レベルを超えた版ズレが有り、耐版ズレ性が不良
◎と○を合格とし、×を不合格とした。結果を表2に示す。
【0059】
表2に示すように、本発明例1〜10では、電解グレイニング性及び耐版ズレ性に優れた平版印刷版用アルミニウム合金板が得られた。
【0060】
これに対して、比較例11では、Mg含有量が少な過ぎたため十分な強度が得られず耐版ズレ性が不良であった。一方、比較例12では、Mg含有量が多過ぎたため素板強度が高くなり過ぎてしまい版胴に固定する際に破断してしまった。
【0061】
比較例13では、Si含有量が多過ぎたため、粗大なAl−Fe−Si系粗大化合物が多数存在した。その結果、ピットが不均一となり電解グレイニング性に劣った。
【0062】
比較例14では、Fe含有量が多過ぎたため粗大な化合物が生成した。その結果、粗面化処理後のピットが不均一となり、電解グレイニング性に劣った。
【0063】
比較例15では、Cu含有量が多過ぎたため、ピットが不均一となり、また粗面化処理後の色調が黒味を帯び過ぎてしまい、電解グレイニング性に劣った。
【0064】
比較例16では、Ti含有量が多過ぎたため、粗大なAl-Ti系化合物が形成した。また、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量も多過ぎた。その結果、粗面化構造の均一性が劣り、電解グレイニング性に劣った。
【0065】
比較例17では、Ga含有量が多過ぎ、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量も多過ぎた。その結果、ピットが不均一となり電解グレイニング性に劣った。比較例18では、Zr含有量が多過ぎ、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量も多過ぎた。その結果、ピットが不均一となり電解グレイニング性に劣った。比較例19では、Sn含有量が多過ぎ、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量も多過ぎた。その結果、ピットが不均一となり電解グレイニング性に劣った。
【0066】
比較例20では、Zn含有量が多過ぎたため粗大なピットが発生して未エッチング部が生じた。その結果、ピットが均一に形成されず、電解グレイニング性に劣った。
【0067】
比較例21では、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量が少な過ぎた。その結果、均一なピットが得られず、電解グレイニング性に劣った。
【0068】
比較例22では、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎた。その結果、均一なピットが得られず、電解グレイニング性に劣った。
【0069】
本発明例23〜33及び比較例34〜41
(アルミニウム合金板の作製)
表1の4及び16に示す成分組成のアルミニウム合金溶湯を溶製し、DC鋳造法により厚さ600mmの鋳塊とし、560℃で3時間の均質化処理を施した。表1の4に示す成分組成の鋳塊は表3の熱間仕上げ圧延工程a〜kに示す条件で、表1の16に示す成分組成の鋳塊は表3の熱間仕上げ圧延工程l〜nに示す条件で熱間圧延を行なった。その後、工程k以外の熱延板は中間焼鈍を行なわずに冷間圧延(圧延率60%以上)により最終板厚の0.3mmまで圧延した。工程kでは、まず第1の冷間圧延(圧延率50%)を施した後、連続焼鈍炉を用いて、加熱速度約20℃/s、冷却速度約20℃/sで500℃、0秒の保持の条件で中間焼鈍を行なった(特許文献4に記載の方法)。次いで、第2の冷間圧延(圧延率92.5%)により最終板厚の0.3mmまで圧延した。
【0070】
【表3】

【0071】
上述のようにして得られた各製品板に、本発明例1と同様の方法によって電解グレイニング性の評価及び耐版ズレ性の評価を行った。結果を表4に示す。
【0072】
【表4】

【0073】
表4に示すように、本発明例23〜33では、電解グレイニング性及び耐版ズレ性に優れた平版印刷版用アルミニウム合金板が得られた。本発明例33は中間焼鈍を行っているため、電解グレイニング性、耐版ズレ性に優れているが、製造コストの面で好ましくない。
【0074】
これに対して、比較例34では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎ、熱間仕上げ圧延工程における圧延開始温度及び圧延終了温度が低過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【0075】
比較例35では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【0076】
比較例36では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多く、熱間仕上げ圧延工程における圧延開始温度及び圧延終了温度が高過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【0077】
比較例37では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎ、熱間仕上げ圧延工程における圧延開始温度が高過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【0078】
比較例38では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎ、熱間仕上げ圧延工程における圧延開始温度が低過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【0079】
比較例39では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎ、熱間仕上げ圧延工程における圧延終了温度が高過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【0080】
比較例40では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎ、熱間仕上げ圧延工程における圧延終了温度が低過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【0081】
比較例41では、Ti含有量及びTi、Ga、Zr、Snの合計含有量が多過ぎ、熱間仕上げ圧延工程における終了板厚が厚過ぎたため、電解グレイニング性に劣った。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明によれば、Mgの添加量が増加しても粗面化処理後に均一なピットが形成され、一層優れた感光層との密着性及びアルミニウム合金板の保水性を得ることができる。更に、耐版ズレ性に優れた平版印刷版用アルミニウム合金板及びその製造方法が提供され、産業上顕著な効果を奏する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg:0.05〜1.0mass%、Fe:0.2〜0.6mass%、Si:0.03〜0.3mass%、Cu:0.0001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.05mass%、Ga:0.001〜0.03mass%、Zr:0.0001〜0.01mass%、Sn:1〜50ppm、Zn:0.0001〜0.009mass%を含有し、残部Al及び不可避的不純物からなり、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量が0.01〜0.06mass%であることを特徴とする平版印刷版用アルミニウム合金板。
【請求項2】
平版印刷版用アルミニウム合金板の製造方法であって、Mg:0.05〜1.0mass%、Fe:0.2〜0.6mass%、Si:0.03〜0.3mass%、Cu:0.0001〜0.05mass%、Ti:0.005〜0.05mass%、Ga:0.001〜0.03mass%、Zr:0.0001〜0.01mass%、Sn:1〜50ppm、Zn:0.0001〜0.009mass%を含有し、残部Al及びと不可避的不純物からなり、Ti、Ga、Zr、Snの合計含有量が0.01〜0.06mass%であるアルミニウム合金の鋳塊を、熱間仕上げ圧延によって所定の板厚まで圧延する工程において、熱間仕上げ圧延開始温度を360〜400℃、熱間仕上げ圧延終了温度を280〜360℃、熱間仕上げ圧延の終了板厚を4.0〜8.0mmとし、得られた熱間圧延板に中間焼鈍を施すことなく冷間圧延により製品板厚とすることを特徴とする平版印刷版用アルミニウム合金板の製造方法。


【公開番号】特開2012−57185(P2012−57185A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−198395(P2010−198395)
【出願日】平成22年9月3日(2010.9.3)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)
【Fターム(参考)】