弾性境界波装置
【課題】弾性境界波が伝搬する境界面と媒質層の表面との間で閉じ込められる弾性波に起因するスプリアスを効果的に抑圧することができ、良好な共振特性やフィルタ特性を得ることを可能とする弾性境界波装置を提供する。
【解決手段】相対的に音速が速い第1の媒質層2としてのLiNbO3基板と、相対的に音速が遅い第2の媒質層3としてのSiO2膜との境界に、電気音響変換器としてのIDT4と、反射器5,6とが配置されており、SiO2膜の上面に、複数本の溝3bが形成されて凹部及び/または凸部が設けられている、弾性境界波装置1。
【解決手段】相対的に音速が速い第1の媒質層2としてのLiNbO3基板と、相対的に音速が遅い第2の媒質層3としてのSiO2膜との境界に、電気音響変換器としてのIDT4と、反射器5,6とが配置されており、SiO2膜の上面に、複数本の溝3bが形成されて凹部及び/または凸部が設けられている、弾性境界波装置1。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音速の異なる第1,第2の媒質層間の境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置に関し、より詳細には、所望でないスプリアスを抑制する構造が備えられた弾性境界波装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーリー波や第1漏洩波などの弾性表面波を利用した弾性表面波装置では、小型化及び軽量化を進めることができ、かつ調整が不要である。
【0003】
従って、弾性表面波装置は、携帯電話用RFフィルタもしくはIFフィルタ、VCO用共振子またはテレビ用VIFフィルタなどに広く用いられている。
【0004】
もっとも、弾性表面波は、媒質表面を伝搬する性質を有するため、媒質の表面状態の変化に敏感である。従って、弾性表面波が伝搬するチップでは、弾性表面波が伝搬するチップ表面を保護しなければならない。そのため、弾性表面波チップのチップ表面が空洞に臨むように、空洞が設けられたパッケージを用いて、弾性表面波装置を気密封止する必要があった。このようなパッケージは一般にコストが高くつき、かつパッケージの寸法が弾性表面波チップの寸法よりも大幅に大きくならざるを得なかった。
【0005】
上記のような空洞を有するパッケージを不要とするデバイスとして、弾性境界波装置が提案されている。
【0006】
図15は、従来の弾性境界波装置の一例を示す正面断面図及び模式的斜視図である。弾性境界波装置101では、音速が異なる第1,第2の媒質層102,103が積層されている。第1,第2の媒質層102,103の境界Aに、電気音響変換器としてのIDT104が配置されている。またIDT104の弾性境界波伝搬方向両側には、反射器(図示せず)が配置されている。
【0007】
弾性境界波装置101では、IDT104に入力信号を印加することにより、弾性境界波が励振される。弾性境界波は、図15の矢印Bで模式的に示すように、弾性境界波装置101の境界Aを伝搬する。
【0008】
下記の非特許文献1には、このような弾性境界波装置の一例が示されている。ここでは、126°回転Y板X伝搬のLiTaO3基板上にIDTが形成されており、さらにIDTを覆うようにLiTaO3基板上にSiO2膜が所定の厚みに形成されている。この構造では、ストンリー波と称されているSV+P型の弾性境界波が伝搬することが示されている。非特許文献1では、SiO2膜の厚みを1.0λ(但し、λは弾性境界波の波長)とした場合に、2%の電気機械結合係数が得られるとされている。
【0009】
また、下記の非特許文献2には、〔001〕−Si<110>/SiO2/YカットX伝搬LiNbO3構造を伝搬するSH型の弾性境界波が開示されている。このSH型の弾性境界波は、ストンリー波と比べて電気機械結合係数k2が大きいという利点を有する。また、SH型の弾性境界波は、SH型の波動であるため、IDT反射器を構成する電極指の反射係数が、ストンリー波の場合に比べて大きいことが予想される。従って、SH型の弾性境界波を利用して共振子や共振器型フィルタを構成した場合、これらをより一層小型化することができ、かつ急峻な周波数特性の得られることが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「Piezoelectric Acoustic Boundary Waves Propagating Along the Interface Between SiO2 and LiTaO3」IEEE Trans. Sonics and ultrason.,VOL.SU-25,No.6,1978IEEE
【非特許文献2】「Si/SiO2/LiNbO3構造を伝搬する高圧電性境界波」(第26回EMシンポジウム,H9年5月,pp53−58)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1,2に記載の各弾性境界波装置は、弾性境界波を利用するものであるため、空洞を有するパッケージを必要としない。従って、弾性波装置の小型化及びコストの低減を果たすことができる。しかしながら、実際に弾性境界波装置を構成した場合、周波数特性において所望でないスプリアスが発生しがちであるという問題のあることが、本願発明者の実験により新たに見出された。
【0012】
図16及び図17は、従来の弾性境界波装置の問題点を説明するための図であり、図16は弾性境界波装置の外観を示す模式的斜視図、図17はその周波数特性を示す図である。
【0013】
図16に示すように、YカットX伝搬のLiNbO3単結晶基板112上に、厚さ0.05λのAu膜からなるIDT113及び反射器114,115を形成した。また、IDT113及び反射器114,115を覆うように、LiNbO3単結晶基板112上に、厚さ3.3λのSiO2膜116をRFマグネトロンスパッタによりウエハー加熱温度を200℃として成膜した。IDT113の電極指の対数は50対、交差幅30λ、電極指のデューティー比は0.6とした。また、反射器114,115の電極指の本数はそれぞれ50本とし、反射器114,115のλと、IDT113の波長λは一致させた。また、IDT113と、反射器114,115の間隔は、電極指中心間距離で0.5λとした。なお、Au膜の上下には、密着性を高めるために薄いTi層を蒸着により形成した。
【0014】
このようにして構成された弾性境界波装置111の周波数特性を図17に示す。図17から明らかなように、弾性境界波装置111では、反共振周波数近傍及び反共振周波数よりも高周波数側に複数のスプリアスがかなりの大きさで発生していることがわかる。
【0015】
従って、上記弾性境界波装置111を共振子として利用した場合、上記スプリアスにより不要共振が生じ、またフィルタとして利用した場合には帯域外抑圧レベルが劣化する原因となり、弾性境界波装置を実用化する上の大きな障害となることがわかる。
【0016】
本発明の目的は、上述した従来技術の現状に鑑み、所望でないスプリアスを効果的に抑圧することができ、良好な周波数特性を得ることを可能とする弾性境界波装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
第1の発明に係る弾性境界波装置は、第1の媒質層と、第2の媒質層との間の境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置において、前記第2の媒質の音速は、第1の媒質の音速に比べて遅く、弾性境界波の波長をλとしたときに、第2の媒質層の厚みが7λ以上とされていることを特徴とする。すなわち、第1の発明では、相対的に音速が遅い第2の媒質層の厚みを特定の厚みとすることにより所望でないスプリアスを効果的に抑圧することが可能とされる。
【0018】
本願の第2の発明は、第1,第2の媒質層の境界面を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置において、前記第1及び/または第2の媒質層の境界面とは反対側の面に弾性波を散乱する構造が設けられていることを特徴とする。
【0019】
第2の発明では、弾性波を散乱する構造が備えられることにより、所望でないスプリアスが抑制される。
【0020】
第2の発明のある特定の局面では、前記第2の媒質層の音速が第1の媒質層の音速よりも遅く、前記第2の媒質層に前記弾性波を散乱する構造が設けられている。
【0021】
第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記弾性波を散乱する構造が、媒質層の前記境界面とは反対側の面に設けられた凹部及び/または凸部である。
【0022】
第2の発明のさらに別の特定の局面では、前記弾性境界波の波長をλとしたときに、前記凹部の溝の深さまたは凸部の高さが0.05λ以上とされている。
【0023】
第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記弾性境界波の波長をλとしたときに、前記凹部及び/または凸部のピッチが1λ以上とされている。
【0024】
第2の発明のさらに別の特定の局面では、前記弾性波を散乱する構造が設けられている媒質層の前記境界面と該境界面と反対側の面との間の寸法である厚みが、弾性境界波の波長をλとしたときに7λ以下とされている。すなわち、音速が遅い第1の媒質層の厚みが7λ未満の場合には、スプリアスの抑制が困難であるが、上記弾性波を散乱する構造の採用によりスプリアスの抑制が果たされる。
【0025】
第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記第2の媒質層がSiO2からなり、前記第1の媒質層がLi含有圧電体基板からなり、前記SiO2からなる第2の媒質層の表面に凹部及び/または凸部が形成されている。
【0026】
第1,第2の発明のある特定の局面では、前記第1,第2の媒質層間に、境界波を励振するための電気音響変換器が形成されている。
【0027】
第1,第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記第1の媒質層と第2の媒質層との間の境界に設けられた反射器がさらに備えられる。
【0028】
第2の発明の弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記媒質層の凹部及び/または凸部が形成されている面上に設けられた外層材がさらに形成されている。
【発明の効果】
【0029】
第1の発明に係る弾性境界波装置によれば、音速が相対的に遅い第1の媒質層の厚みが7λ以上とされているため、前述した実験例から明らかなように弾性境界波が伝搬する境界面と第2の媒質層の境界面とは反対側の面との間を伝搬するスプリアスを効果的に抑圧することができ、共振特性やフィルタ特性の良好な弾性境界波装置を提供することができる。
【0030】
第2の発明によれば、第1及び/または第2の媒質層の弾性境界波へ伝搬する境界面とは反対側の面に、弾性波を散乱する構造が設けられているので、該弾性波による所望でないスプリアスを効果的に抑圧することができ、良好な共振特性及びフィルタ特性を得ることができる。
【0031】
第1,第2の発明に係る弾性境界波装置は、上記のように第1,第2の媒質層間の弾性境界波を利用するものであるため、空洞を有する複雑なパッケージ構造を必要とせず、安価に製造され得る。また、弾性表面波装置に比べて、小型化及び軽量化を図ることができ、従ってより小型でありかつ高密度実装に適した弾性波装置を提供することができる。
【0032】
第2の発明において、弾性波を散乱する構造が第2の媒質層に設けられている場合には、スプリアスが伝搬しやすい相対的に音速の遅い第2の媒質層におけるスプリアスモードの抑圧を効果的に果たすことができる。
【0033】
上記弾性波を散乱する構造が、媒質層の弾性境界波が伝搬する面とは反対側の面に設けられた凹部及び/または凸部により構成されている場合には、該凹部及び/または凸部によりスプリアスモードが確実に散乱される。
【0034】
上記凹凸の深さが0.05λ以上の場合、あるいは凹部及び/または凸部のピッチが1λ以上の場合には、それによってスプリアスをより一層効果的に抑圧することができる。
【0035】
第2の発明において、弾性境界波が伝搬する面と、弾性波を散乱する構造が設けられている面との間の距離が7λ以下の場合には、弾性波を散乱する構造が設けられている媒質層の厚みが比較的薄いためスプリアスが媒質層の厚みによって抑制することはできないが、第2の発明に従って凹部及び/または凸部の付与によりスプリアスを効果的に抑圧することができる。
【0036】
凹部及び/または凸部を覆うように外層材がさらに設けられている場合には、外層材により弾性境界波装置の機械的強度を高めたり、耐電力性を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】(a)及び(b)は、本発明の第1の実施形態に係る弾性境界波装置の要部を示す模式的正面断面図及び外観を示す模式的斜視図である。
【図2】図15及び図16に示した従来の弾性境界波装置における弾性境界波のメインモードの変位分布を示す図である。
【図3】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図4】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図5】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図6】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図7】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図8】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図9】第1の実施形態の弾性境界波装置のインピーダンス特性を示す図である。
【図10】第1の実施形態において、凹凸を構成する溝の深さを変化させた場合のスプリアスモードのインピーダンス比の変化を示す図である。
【図11】凹凸を構成する溝のピッチを変化させた場合のスプリアスモードのインピーダンス比の変化を示す図である。
【図12】第1の実施形態の弾性境界波装置の変形例における溝の構成を説明するための模式的斜視図である。
【図13】本発明の第2の実施形態を説明するための図であり、相対的に音速が遅いSiO2膜の膜厚を変化させた場合のスプリアスモードのインピーダンス比の変化を示す図である。
【図14】第1の実施形態の弾性境界波装置の変形例の弾性境界波装置の要部を示す模式的部分正面断面図である。
【図15】従来の弾性境界波装置を説明するための模式的部分切欠正面断面図である。
【図16】従来の弾性境界波装置を説明するための模式的斜視図である。
【図17】図16に示した弾性境界波装置のインピーダンス特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、図面を参照しつつ本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0039】
まず、図17に示したスプリアスの原因を調査するために、図16に示した弾性境界波装置111において数値解析を行い、弾性境界波の変位分布とスプリアスモードの変位分布を求めた。なお、SiO2膜とAuとの境界及びAuとLiNbO3基板との境界における変位と上下方向の応力を連続とし、短絡境界であるため電位を0とし、SiO2膜の厚みを所定値とし、LiNbO3の厚みは無限とした。
【0040】
図2は、SiO2膜の厚みを2.5λとしたときの弾性境界波のメインモードの変位分布を示し、図3〜図8は、同一条件におけるスプリアスモードの変位分布をそれぞれ示す図である。図2〜図8において、U1は変位のP波成分、U2はSH波成分、U3はSV波成分を示し、横軸は最大値で規格化した変位を、縦軸は深さ方向を示す。(−側が下方向)
【0041】
図2から明らかなように、弾性境界波のメインモードはSH型の成分が主成分であるSH型の弾性境界波であることがわかる。そして、図3〜図8から、スプリアスモードはSH波成分主体のモード、P波及びSV波成分が主体のモードの2種類のモードに大別されることがわかる。そして、2種類のスプリアスモードは、SiO2膜の上面と、SiO2膜とAuからなるIDTとの境界との間で伝搬する。また、上記2種類のスプリアスモードの高次モードが複数発生するため、図17に示したように多数のスプリアスが発生しているものと考えられる。
【0042】
本発明に係る弾性境界波装置は、このような複数のスプリアスの抑圧を果たすべく考えられたものである。
【0043】
(第1の実施形態)
図1(a)及び(b)は、本発明の弾性境界波装置の第1の実施形態を説明するための模式的正面断面図及び模式的斜視図である。
【0044】
弾性境界波装置1では、第1,第2の媒質層2,3が積層されている。ここでは、第1の媒質層2がYカットX伝搬のLiNbO3単結晶基板からなり、第2の媒質層3がSiO2膜により構成されている。LiNbO3単結晶基板2とSiO2膜3との間には、すなわち第1,第2の媒質層の境界Aには、電気音響変換器としてのIDT4が配置されている。なお、図1(a)では、IDT4が配置されている部分のみが示されているが、図1(b)に示すように、IDT4の弾性境界波伝搬方向両側にグレーティング型の反射器5,6が配置されている。IDT4及び反射器5,6は、AuをLiNbO3単結晶基板2上に0.05λの厚みに成膜することにより形成されている。
【0045】
なお、SiO2膜3は、IDT4及び反射器5,6を形成した後に、厚さ3.0λのSiO2膜をRFマグネトロンスパッタによりウエハー加熱温度200℃で成膜することにより形成した。
【0046】
なお、IDT4の電極指の対数は50対、交差幅は30λ、IDT4を構成する電極指のデューティー比を0.6とした。反射器5,6の電極指の本数は50本とした。また、IDT4と反射器5,6の波長λは一致させ、IDTと反射器間の間隔は電極指中心間距離で0.5λとした。
【0047】
なお、Au膜の上下には、密着性を高めるために、0.0005λ程度の薄いTi層を蒸着により形成した。
【0048】
次に、SiO2膜3の上面3aに、IDT4の電極指に延びる方向に対して30°の角度をなすように、深さ1μmの複数本の溝3bを切削により設け、本実施形態の弾性境界波装置1を得た。
【0049】
このようにして得られた弾性境界波装置1のインピーダンス特性を図9に示す。
【0050】
図9を、図17に示した弾性境界波装置111のインピーダンス特性と比較すれば明らかなように、反共振周波数よりも高周波側に位置していた複数のスプリアス応答が本実施形態によれば抑圧されていることがわかる。例えば、1300MHzに生じていたスプリアスは、共振周波数と反共振周波数の比のインピーダンス比で表した場合に、22.9dBから6.6dBに抑制、すなわち3分の1に抑制し得ることがわかる。
【0051】
本実施形態の弾性境界波装置1の特徴は、上記のように、SiO2膜3の境界面Aと反対側の面である上面3aに複数本の溝3bを形成し、それによって凹部を付与したことにある。凹部の形成により、スプリアスモードが散乱され、それによって上記のようにスプリアスが抑圧されたと考えられる。
【0052】
本願発明者は、上記弾性境界波装置1の結果を考慮し、凹部の深さ及び形状についてさらに検討した。
【0053】
上記と同様にして、弾性境界波装置1を作製した。但し、SiO2膜3の上面に凹部を付与するに際しては、溝3bを、SiO2膜3上にフォトリソグラフィー工程によりレジストパターンを形成した後、希釈ふっ酸によりウェットエッチングすることにより、またIDT4の電極指の延びる方向と45°の角度をなすように複数本の溝3bを形成した。レジストパターンの変更及びエッチング条件の変更等により、複数本の溝3bの深さ及び配置ピッチを種々異ならせ、複数種の弾性境界波装置を得た。
【0054】
このようにして得られた複数種の弾性境界波装置のインピーダンス特性を測定し、上記と同様にしてスプリアスのインピーダンス比を求めた。
【0055】
図10は、溝3bの深さ、すなわち凹部の深さと、上記のようにして求められたスプリアスのインピーダンス比の関係を示す図である。図10から明らかなように、凹部の深さが0.05λ以上では、スプリアスのインピーダンス比が10dB以下に改善され、凹部の深さが0.6λ以上では5dB以下とさらに改善されることがわかる。従って、凹部の深さは、0.05λ以上であることが好ましく、より好ましくは0.6λ以上である。
【0056】
図11は、上記複数本の溝3bのピッチと、スプリアスのインピーダンス比との関係を示す図である。図11から明らかなように、複数本の溝3bのピッチを1λ以上とすれば、スプリアスのインピーダンス比を10dB以下と改善し得ることがわかる。従って、好ましくは、溝3bのピッチは1λ以上とすることが望ましい。
【0057】
なお、上記溝3bとIDTの電極指の延びる方向の角度を0°または90°とした場合においても、上記溝3bの深さを0.05λ以上とすれば、スプリアスのインピーダンス比を改善し得ることが確かめられている。
【0058】
なお、上記実施形態では、複数本の溝3bは、電極指の延びる方向と所定の角度をなすように平行に位置されていたが、図12に模式的斜視図で示すように、SiO2膜3の上面3aにおいて、複数本の溝3bに加えて、複数本の溝3cが溝3bに交差するように配置されていてもよい。この場合においても、溝3b,3cの深さを0.05λ以上とすることにより、上記と同様にスプリアスのインピーダンス比を改善し得ることが確かめられている。
【0059】
なお、図1及び図12では、SiO2膜、すなわち第1の媒質の上面に複数本の溝3bまたは複数本の溝3b,3cにより構成されていたが、直線状の溝でなく、曲線状の溝、あるいは他の形状の溝が形成されていてもよい。すなわち、本発明における凹凸は、互いに平行に延びる直線状の複数本の溝に限定されるものではない。
【0060】
また、上記凹部の形成に際しては、スプリアスの波長をλs、上記スプリアスモードがSiO2膜3の上面3aに入射する角度をθsとしたとき、凹部の深さを、λs/4×sinθsとすれば、凹部3bと上面3aとで反射されるスプリアスの位相が逆相となり、互いに打ち消し合う。従って、スプリアスのIDT4による受信をより効果的に防止し得ると考えられる。
【0061】
なお、上記凹部の形成に際しては、多数本の溝3bを形成することが望ましいが、1本以上の溝3bを形成すれば、上記実施形態と同様の効果を得ることができる。また、凹部に代えて、ドット状のような凸部を設けてもよく、凹部及び/または凸部の双方が設けられていてもよい。
【0062】
(第2の実施形態)
第2の実施形態の弾性境界波装置は、第1の実施形態の弾性境界波装置1と同様の構造を有する。従って、第2の形態の弾性境界波装置については、第1の実施形態の弾性境界波装置について行った説明を援用することとする。第2の実施形態の弾性境界波装置は、第1の実施形態の弾性境界波装置と異なるところは、(1)SiO2膜3の上面に溝が付与されていないこと、並びに(2)SiO2膜の膜厚が7λ以上とされていることにある
。
【0063】
すなわち、第1の実施形態では、上記溝3bまたは溝3b,3cの形成により凹凸を付与し、スプリアスの抑圧が図られていた。これに対して、第2の実施形態の弾性境界波装置では、SiO2膜3の膜厚が7λ以上とされていることにより、スプリアスが抑圧される。これを、具体的な実験例に基づき説明する。
【0064】
第1の実施形態の実験例と同様にして弾性境界波装置1を作製した。但し、SiO2膜3の表面に凹凸は付与せず、SiO2膜3の厚みを種々変化させた。このようにして得られた複数種の弾性境界波装置のSiO2膜の膜厚と、上記スプリアスモードのインピーダンス比との関係を図13に示す。
【0065】
図13から明らかなように、SiO2膜の膜厚を7λ以上とすれば、スプリアスモードのインピーダンス比を5dB以下とし得ることがわかる。
【0066】
第2の実施形態の弾性境界波装置では、スプリアスとなる弾性波が閉じ込められる、相対的に音速が遅い第2の媒質層であるSiO2膜3の厚みを十分に厚くすることにより、上記弾性波によるスプリアスの抑圧が果たされていると考えられる。
【0067】
なお、より好ましくは、第1の実施形態の弾性境界波装置1において、すなわちSiO2膜の上面に凹部及び/または凸部が設けられている構造において、さらにSiO2膜の厚みを第2の実施形態に従って厚くすれば、より一層上記スプリアスを効果的に抑圧することができる。従って、好ましくは、第1,第2の実施形態の双方のスプリアス抑圧構造を備えた弾性境界波装置を構成することが望ましい。
【0068】
図14は、本発明に係る弾性境界波装置の変形例を示す模式的正面断面図である。
【0069】
第1の実施形態の弾性境界波装置1では、SiO2膜の上面に複数本の溝3bの形成により凹部が形成されていたが、この場合凹部を被覆するように、外層材11を形成してもよい。外層材11を形成した場合、外層材11の表面11aが平坦であっても、第2の媒質層としてのSiO2膜3の上面3aに凹凸が付与されているため、第1の実施形態と同様にスプリアスを効果的に抑圧することができる。なお外層材11としては、例えばAlNなどの適宜の材料を用いることができる。
【0070】
上記外層材11の形成により、弾性境界波装置の機械的強度を高めたり、腐食性ガスの浸入を抑制したりすることができる。すなわち、外層材11は、このような保護層としての作用を果たし得るため、酸化チタン、窒化アルミニウムまたは酸化アルミニウムなどの絶縁性材料、あるいはAu、AlもしくはWなどの金属材料により構成され得る。
【0071】
また、外層材11の形成により、第2の媒質層であるSiO2の音響インピーダンスと、外層材11の音響インピーダンスが大きく異なる場合、第1の媒質層と外層材11の境界と、弾性境界波へ伝搬する境界層との間にスプリアスモードが従来の弾性境界波装置の場合と同様に閉じ込められて伝搬する。しかしながら、この場合においても、第1の実施形態に従って、上記凹部及び/または凸部を形成することによりスプリアスモードの抑制を果たすことができる。
【0072】
さらに、本発明においては、第1,第2の媒質層間に、第1,第2の媒質層よりも音速が遅い第3の媒質層を配置し、第3の媒質層を境界層としてもよい。この場合、第1の媒質層と第3の媒質層との間に、IDTなどの電極を形成すればよい。このように、第3の媒質層を配置した構造においても、境界波の励振と同時に、第1の媒質層または第2の媒質層を伝搬するスプリアスモードが生成されるが、第1,第2の実施形態と同様に第1の媒質層を構成することにより、該スプリアスモードを同様に抑圧することができる。第1,第2の媒質間に第3,第4の媒質層とを形成した場合でも、いずれかの層間に凹凸を形成することでスプリアスモードを抑圧できる。
【0073】
なお、上記第1,第2の実施形態では、AuによりIDT4及び反射器5,6が構成されていたが、弾性境界波装置の電極材料としては、Auに限定されず、Ag、CuまたはAlなどを用いてもよい。また、電極の密着性や耐電力性を高めるために、Ti、CrまたはNiCrなどの薄い層を電極層に積層してもよい。また、共振子だけでなく、横結合型フィルタや2個以上のIDTの外側に反射器を配置した縦結合型フィルタ、ラダー型フィルタやラチス型フィルタに本発明を用いてもよい。
【0074】
また、第1,第2の媒質層を構成する材料については、SiO2及びLiNbO3に限定されず、LiTaO3、Li2B4O7、水晶、チタン酸ジルコン酸鉛系セラミックスのような様々な圧電材料、並びにガラスもしくはサファイアなどの様々な誘電体材料を用いることができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、音速の異なる第1,第2の媒質層間の境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置に関し、より詳細には、所望でないスプリアスを抑制する構造が備えられた弾性境界波装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーリー波や第1漏洩波などの弾性表面波を利用した弾性表面波装置では、小型化及び軽量化を進めることができ、かつ調整が不要である。
【0003】
従って、弾性表面波装置は、携帯電話用RFフィルタもしくはIFフィルタ、VCO用共振子またはテレビ用VIFフィルタなどに広く用いられている。
【0004】
もっとも、弾性表面波は、媒質表面を伝搬する性質を有するため、媒質の表面状態の変化に敏感である。従って、弾性表面波が伝搬するチップでは、弾性表面波が伝搬するチップ表面を保護しなければならない。そのため、弾性表面波チップのチップ表面が空洞に臨むように、空洞が設けられたパッケージを用いて、弾性表面波装置を気密封止する必要があった。このようなパッケージは一般にコストが高くつき、かつパッケージの寸法が弾性表面波チップの寸法よりも大幅に大きくならざるを得なかった。
【0005】
上記のような空洞を有するパッケージを不要とするデバイスとして、弾性境界波装置が提案されている。
【0006】
図15は、従来の弾性境界波装置の一例を示す正面断面図及び模式的斜視図である。弾性境界波装置101では、音速が異なる第1,第2の媒質層102,103が積層されている。第1,第2の媒質層102,103の境界Aに、電気音響変換器としてのIDT104が配置されている。またIDT104の弾性境界波伝搬方向両側には、反射器(図示せず)が配置されている。
【0007】
弾性境界波装置101では、IDT104に入力信号を印加することにより、弾性境界波が励振される。弾性境界波は、図15の矢印Bで模式的に示すように、弾性境界波装置101の境界Aを伝搬する。
【0008】
下記の非特許文献1には、このような弾性境界波装置の一例が示されている。ここでは、126°回転Y板X伝搬のLiTaO3基板上にIDTが形成されており、さらにIDTを覆うようにLiTaO3基板上にSiO2膜が所定の厚みに形成されている。この構造では、ストンリー波と称されているSV+P型の弾性境界波が伝搬することが示されている。非特許文献1では、SiO2膜の厚みを1.0λ(但し、λは弾性境界波の波長)とした場合に、2%の電気機械結合係数が得られるとされている。
【0009】
また、下記の非特許文献2には、〔001〕−Si<110>/SiO2/YカットX伝搬LiNbO3構造を伝搬するSH型の弾性境界波が開示されている。このSH型の弾性境界波は、ストンリー波と比べて電気機械結合係数k2が大きいという利点を有する。また、SH型の弾性境界波は、SH型の波動であるため、IDT反射器を構成する電極指の反射係数が、ストンリー波の場合に比べて大きいことが予想される。従って、SH型の弾性境界波を利用して共振子や共振器型フィルタを構成した場合、これらをより一層小型化することができ、かつ急峻な周波数特性の得られることが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】「Piezoelectric Acoustic Boundary Waves Propagating Along the Interface Between SiO2 and LiTaO3」IEEE Trans. Sonics and ultrason.,VOL.SU-25,No.6,1978IEEE
【非特許文献2】「Si/SiO2/LiNbO3構造を伝搬する高圧電性境界波」(第26回EMシンポジウム,H9年5月,pp53−58)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
非特許文献1,2に記載の各弾性境界波装置は、弾性境界波を利用するものであるため、空洞を有するパッケージを必要としない。従って、弾性波装置の小型化及びコストの低減を果たすことができる。しかしながら、実際に弾性境界波装置を構成した場合、周波数特性において所望でないスプリアスが発生しがちであるという問題のあることが、本願発明者の実験により新たに見出された。
【0012】
図16及び図17は、従来の弾性境界波装置の問題点を説明するための図であり、図16は弾性境界波装置の外観を示す模式的斜視図、図17はその周波数特性を示す図である。
【0013】
図16に示すように、YカットX伝搬のLiNbO3単結晶基板112上に、厚さ0.05λのAu膜からなるIDT113及び反射器114,115を形成した。また、IDT113及び反射器114,115を覆うように、LiNbO3単結晶基板112上に、厚さ3.3λのSiO2膜116をRFマグネトロンスパッタによりウエハー加熱温度を200℃として成膜した。IDT113の電極指の対数は50対、交差幅30λ、電極指のデューティー比は0.6とした。また、反射器114,115の電極指の本数はそれぞれ50本とし、反射器114,115のλと、IDT113の波長λは一致させた。また、IDT113と、反射器114,115の間隔は、電極指中心間距離で0.5λとした。なお、Au膜の上下には、密着性を高めるために薄いTi層を蒸着により形成した。
【0014】
このようにして構成された弾性境界波装置111の周波数特性を図17に示す。図17から明らかなように、弾性境界波装置111では、反共振周波数近傍及び反共振周波数よりも高周波数側に複数のスプリアスがかなりの大きさで発生していることがわかる。
【0015】
従って、上記弾性境界波装置111を共振子として利用した場合、上記スプリアスにより不要共振が生じ、またフィルタとして利用した場合には帯域外抑圧レベルが劣化する原因となり、弾性境界波装置を実用化する上の大きな障害となることがわかる。
【0016】
本発明の目的は、上述した従来技術の現状に鑑み、所望でないスプリアスを効果的に抑圧することができ、良好な周波数特性を得ることを可能とする弾性境界波装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
第1の発明に係る弾性境界波装置は、第1の媒質層と、第2の媒質層との間の境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置において、前記第2の媒質の音速は、第1の媒質の音速に比べて遅く、弾性境界波の波長をλとしたときに、第2の媒質層の厚みが7λ以上とされていることを特徴とする。すなわち、第1の発明では、相対的に音速が遅い第2の媒質層の厚みを特定の厚みとすることにより所望でないスプリアスを効果的に抑圧することが可能とされる。
【0018】
本願の第2の発明は、第1,第2の媒質層の境界面を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置において、前記第1及び/または第2の媒質層の境界面とは反対側の面に弾性波を散乱する構造が設けられていることを特徴とする。
【0019】
第2の発明では、弾性波を散乱する構造が備えられることにより、所望でないスプリアスが抑制される。
【0020】
第2の発明のある特定の局面では、前記第2の媒質層の音速が第1の媒質層の音速よりも遅く、前記第2の媒質層に前記弾性波を散乱する構造が設けられている。
【0021】
第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記弾性波を散乱する構造が、媒質層の前記境界面とは反対側の面に設けられた凹部及び/または凸部である。
【0022】
第2の発明のさらに別の特定の局面では、前記弾性境界波の波長をλとしたときに、前記凹部の溝の深さまたは凸部の高さが0.05λ以上とされている。
【0023】
第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記弾性境界波の波長をλとしたときに、前記凹部及び/または凸部のピッチが1λ以上とされている。
【0024】
第2の発明のさらに別の特定の局面では、前記弾性波を散乱する構造が設けられている媒質層の前記境界面と該境界面と反対側の面との間の寸法である厚みが、弾性境界波の波長をλとしたときに7λ以下とされている。すなわち、音速が遅い第1の媒質層の厚みが7λ未満の場合には、スプリアスの抑制が困難であるが、上記弾性波を散乱する構造の採用によりスプリアスの抑制が果たされる。
【0025】
第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記第2の媒質層がSiO2からなり、前記第1の媒質層がLi含有圧電体基板からなり、前記SiO2からなる第2の媒質層の表面に凹部及び/または凸部が形成されている。
【0026】
第1,第2の発明のある特定の局面では、前記第1,第2の媒質層間に、境界波を励振するための電気音響変換器が形成されている。
【0027】
第1,第2の発明のさらに他の特定の局面では、前記第1の媒質層と第2の媒質層との間の境界に設けられた反射器がさらに備えられる。
【0028】
第2の発明の弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記媒質層の凹部及び/または凸部が形成されている面上に設けられた外層材がさらに形成されている。
【発明の効果】
【0029】
第1の発明に係る弾性境界波装置によれば、音速が相対的に遅い第1の媒質層の厚みが7λ以上とされているため、前述した実験例から明らかなように弾性境界波が伝搬する境界面と第2の媒質層の境界面とは反対側の面との間を伝搬するスプリアスを効果的に抑圧することができ、共振特性やフィルタ特性の良好な弾性境界波装置を提供することができる。
【0030】
第2の発明によれば、第1及び/または第2の媒質層の弾性境界波へ伝搬する境界面とは反対側の面に、弾性波を散乱する構造が設けられているので、該弾性波による所望でないスプリアスを効果的に抑圧することができ、良好な共振特性及びフィルタ特性を得ることができる。
【0031】
第1,第2の発明に係る弾性境界波装置は、上記のように第1,第2の媒質層間の弾性境界波を利用するものであるため、空洞を有する複雑なパッケージ構造を必要とせず、安価に製造され得る。また、弾性表面波装置に比べて、小型化及び軽量化を図ることができ、従ってより小型でありかつ高密度実装に適した弾性波装置を提供することができる。
【0032】
第2の発明において、弾性波を散乱する構造が第2の媒質層に設けられている場合には、スプリアスが伝搬しやすい相対的に音速の遅い第2の媒質層におけるスプリアスモードの抑圧を効果的に果たすことができる。
【0033】
上記弾性波を散乱する構造が、媒質層の弾性境界波が伝搬する面とは反対側の面に設けられた凹部及び/または凸部により構成されている場合には、該凹部及び/または凸部によりスプリアスモードが確実に散乱される。
【0034】
上記凹凸の深さが0.05λ以上の場合、あるいは凹部及び/または凸部のピッチが1λ以上の場合には、それによってスプリアスをより一層効果的に抑圧することができる。
【0035】
第2の発明において、弾性境界波が伝搬する面と、弾性波を散乱する構造が設けられている面との間の距離が7λ以下の場合には、弾性波を散乱する構造が設けられている媒質層の厚みが比較的薄いためスプリアスが媒質層の厚みによって抑制することはできないが、第2の発明に従って凹部及び/または凸部の付与によりスプリアスを効果的に抑圧することができる。
【0036】
凹部及び/または凸部を覆うように外層材がさらに設けられている場合には、外層材により弾性境界波装置の機械的強度を高めたり、耐電力性を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】(a)及び(b)は、本発明の第1の実施形態に係る弾性境界波装置の要部を示す模式的正面断面図及び外観を示す模式的斜視図である。
【図2】図15及び図16に示した従来の弾性境界波装置における弾性境界波のメインモードの変位分布を示す図である。
【図3】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図4】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図5】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図6】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図7】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図8】図2に示した場合と同一条件におけるスプリアスモードの変位分布の一例を示す図である。
【図9】第1の実施形態の弾性境界波装置のインピーダンス特性を示す図である。
【図10】第1の実施形態において、凹凸を構成する溝の深さを変化させた場合のスプリアスモードのインピーダンス比の変化を示す図である。
【図11】凹凸を構成する溝のピッチを変化させた場合のスプリアスモードのインピーダンス比の変化を示す図である。
【図12】第1の実施形態の弾性境界波装置の変形例における溝の構成を説明するための模式的斜視図である。
【図13】本発明の第2の実施形態を説明するための図であり、相対的に音速が遅いSiO2膜の膜厚を変化させた場合のスプリアスモードのインピーダンス比の変化を示す図である。
【図14】第1の実施形態の弾性境界波装置の変形例の弾性境界波装置の要部を示す模式的部分正面断面図である。
【図15】従来の弾性境界波装置を説明するための模式的部分切欠正面断面図である。
【図16】従来の弾性境界波装置を説明するための模式的斜視図である。
【図17】図16に示した弾性境界波装置のインピーダンス特性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、図面を参照しつつ本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0039】
まず、図17に示したスプリアスの原因を調査するために、図16に示した弾性境界波装置111において数値解析を行い、弾性境界波の変位分布とスプリアスモードの変位分布を求めた。なお、SiO2膜とAuとの境界及びAuとLiNbO3基板との境界における変位と上下方向の応力を連続とし、短絡境界であるため電位を0とし、SiO2膜の厚みを所定値とし、LiNbO3の厚みは無限とした。
【0040】
図2は、SiO2膜の厚みを2.5λとしたときの弾性境界波のメインモードの変位分布を示し、図3〜図8は、同一条件におけるスプリアスモードの変位分布をそれぞれ示す図である。図2〜図8において、U1は変位のP波成分、U2はSH波成分、U3はSV波成分を示し、横軸は最大値で規格化した変位を、縦軸は深さ方向を示す。(−側が下方向)
【0041】
図2から明らかなように、弾性境界波のメインモードはSH型の成分が主成分であるSH型の弾性境界波であることがわかる。そして、図3〜図8から、スプリアスモードはSH波成分主体のモード、P波及びSV波成分が主体のモードの2種類のモードに大別されることがわかる。そして、2種類のスプリアスモードは、SiO2膜の上面と、SiO2膜とAuからなるIDTとの境界との間で伝搬する。また、上記2種類のスプリアスモードの高次モードが複数発生するため、図17に示したように多数のスプリアスが発生しているものと考えられる。
【0042】
本発明に係る弾性境界波装置は、このような複数のスプリアスの抑圧を果たすべく考えられたものである。
【0043】
(第1の実施形態)
図1(a)及び(b)は、本発明の弾性境界波装置の第1の実施形態を説明するための模式的正面断面図及び模式的斜視図である。
【0044】
弾性境界波装置1では、第1,第2の媒質層2,3が積層されている。ここでは、第1の媒質層2がYカットX伝搬のLiNbO3単結晶基板からなり、第2の媒質層3がSiO2膜により構成されている。LiNbO3単結晶基板2とSiO2膜3との間には、すなわち第1,第2の媒質層の境界Aには、電気音響変換器としてのIDT4が配置されている。なお、図1(a)では、IDT4が配置されている部分のみが示されているが、図1(b)に示すように、IDT4の弾性境界波伝搬方向両側にグレーティング型の反射器5,6が配置されている。IDT4及び反射器5,6は、AuをLiNbO3単結晶基板2上に0.05λの厚みに成膜することにより形成されている。
【0045】
なお、SiO2膜3は、IDT4及び反射器5,6を形成した後に、厚さ3.0λのSiO2膜をRFマグネトロンスパッタによりウエハー加熱温度200℃で成膜することにより形成した。
【0046】
なお、IDT4の電極指の対数は50対、交差幅は30λ、IDT4を構成する電極指のデューティー比を0.6とした。反射器5,6の電極指の本数は50本とした。また、IDT4と反射器5,6の波長λは一致させ、IDTと反射器間の間隔は電極指中心間距離で0.5λとした。
【0047】
なお、Au膜の上下には、密着性を高めるために、0.0005λ程度の薄いTi層を蒸着により形成した。
【0048】
次に、SiO2膜3の上面3aに、IDT4の電極指に延びる方向に対して30°の角度をなすように、深さ1μmの複数本の溝3bを切削により設け、本実施形態の弾性境界波装置1を得た。
【0049】
このようにして得られた弾性境界波装置1のインピーダンス特性を図9に示す。
【0050】
図9を、図17に示した弾性境界波装置111のインピーダンス特性と比較すれば明らかなように、反共振周波数よりも高周波側に位置していた複数のスプリアス応答が本実施形態によれば抑圧されていることがわかる。例えば、1300MHzに生じていたスプリアスは、共振周波数と反共振周波数の比のインピーダンス比で表した場合に、22.9dBから6.6dBに抑制、すなわち3分の1に抑制し得ることがわかる。
【0051】
本実施形態の弾性境界波装置1の特徴は、上記のように、SiO2膜3の境界面Aと反対側の面である上面3aに複数本の溝3bを形成し、それによって凹部を付与したことにある。凹部の形成により、スプリアスモードが散乱され、それによって上記のようにスプリアスが抑圧されたと考えられる。
【0052】
本願発明者は、上記弾性境界波装置1の結果を考慮し、凹部の深さ及び形状についてさらに検討した。
【0053】
上記と同様にして、弾性境界波装置1を作製した。但し、SiO2膜3の上面に凹部を付与するに際しては、溝3bを、SiO2膜3上にフォトリソグラフィー工程によりレジストパターンを形成した後、希釈ふっ酸によりウェットエッチングすることにより、またIDT4の電極指の延びる方向と45°の角度をなすように複数本の溝3bを形成した。レジストパターンの変更及びエッチング条件の変更等により、複数本の溝3bの深さ及び配置ピッチを種々異ならせ、複数種の弾性境界波装置を得た。
【0054】
このようにして得られた複数種の弾性境界波装置のインピーダンス特性を測定し、上記と同様にしてスプリアスのインピーダンス比を求めた。
【0055】
図10は、溝3bの深さ、すなわち凹部の深さと、上記のようにして求められたスプリアスのインピーダンス比の関係を示す図である。図10から明らかなように、凹部の深さが0.05λ以上では、スプリアスのインピーダンス比が10dB以下に改善され、凹部の深さが0.6λ以上では5dB以下とさらに改善されることがわかる。従って、凹部の深さは、0.05λ以上であることが好ましく、より好ましくは0.6λ以上である。
【0056】
図11は、上記複数本の溝3bのピッチと、スプリアスのインピーダンス比との関係を示す図である。図11から明らかなように、複数本の溝3bのピッチを1λ以上とすれば、スプリアスのインピーダンス比を10dB以下と改善し得ることがわかる。従って、好ましくは、溝3bのピッチは1λ以上とすることが望ましい。
【0057】
なお、上記溝3bとIDTの電極指の延びる方向の角度を0°または90°とした場合においても、上記溝3bの深さを0.05λ以上とすれば、スプリアスのインピーダンス比を改善し得ることが確かめられている。
【0058】
なお、上記実施形態では、複数本の溝3bは、電極指の延びる方向と所定の角度をなすように平行に位置されていたが、図12に模式的斜視図で示すように、SiO2膜3の上面3aにおいて、複数本の溝3bに加えて、複数本の溝3cが溝3bに交差するように配置されていてもよい。この場合においても、溝3b,3cの深さを0.05λ以上とすることにより、上記と同様にスプリアスのインピーダンス比を改善し得ることが確かめられている。
【0059】
なお、図1及び図12では、SiO2膜、すなわち第1の媒質の上面に複数本の溝3bまたは複数本の溝3b,3cにより構成されていたが、直線状の溝でなく、曲線状の溝、あるいは他の形状の溝が形成されていてもよい。すなわち、本発明における凹凸は、互いに平行に延びる直線状の複数本の溝に限定されるものではない。
【0060】
また、上記凹部の形成に際しては、スプリアスの波長をλs、上記スプリアスモードがSiO2膜3の上面3aに入射する角度をθsとしたとき、凹部の深さを、λs/4×sinθsとすれば、凹部3bと上面3aとで反射されるスプリアスの位相が逆相となり、互いに打ち消し合う。従って、スプリアスのIDT4による受信をより効果的に防止し得ると考えられる。
【0061】
なお、上記凹部の形成に際しては、多数本の溝3bを形成することが望ましいが、1本以上の溝3bを形成すれば、上記実施形態と同様の効果を得ることができる。また、凹部に代えて、ドット状のような凸部を設けてもよく、凹部及び/または凸部の双方が設けられていてもよい。
【0062】
(第2の実施形態)
第2の実施形態の弾性境界波装置は、第1の実施形態の弾性境界波装置1と同様の構造を有する。従って、第2の形態の弾性境界波装置については、第1の実施形態の弾性境界波装置について行った説明を援用することとする。第2の実施形態の弾性境界波装置は、第1の実施形態の弾性境界波装置と異なるところは、(1)SiO2膜3の上面に溝が付与されていないこと、並びに(2)SiO2膜の膜厚が7λ以上とされていることにある
。
【0063】
すなわち、第1の実施形態では、上記溝3bまたは溝3b,3cの形成により凹凸を付与し、スプリアスの抑圧が図られていた。これに対して、第2の実施形態の弾性境界波装置では、SiO2膜3の膜厚が7λ以上とされていることにより、スプリアスが抑圧される。これを、具体的な実験例に基づき説明する。
【0064】
第1の実施形態の実験例と同様にして弾性境界波装置1を作製した。但し、SiO2膜3の表面に凹凸は付与せず、SiO2膜3の厚みを種々変化させた。このようにして得られた複数種の弾性境界波装置のSiO2膜の膜厚と、上記スプリアスモードのインピーダンス比との関係を図13に示す。
【0065】
図13から明らかなように、SiO2膜の膜厚を7λ以上とすれば、スプリアスモードのインピーダンス比を5dB以下とし得ることがわかる。
【0066】
第2の実施形態の弾性境界波装置では、スプリアスとなる弾性波が閉じ込められる、相対的に音速が遅い第2の媒質層であるSiO2膜3の厚みを十分に厚くすることにより、上記弾性波によるスプリアスの抑圧が果たされていると考えられる。
【0067】
なお、より好ましくは、第1の実施形態の弾性境界波装置1において、すなわちSiO2膜の上面に凹部及び/または凸部が設けられている構造において、さらにSiO2膜の厚みを第2の実施形態に従って厚くすれば、より一層上記スプリアスを効果的に抑圧することができる。従って、好ましくは、第1,第2の実施形態の双方のスプリアス抑圧構造を備えた弾性境界波装置を構成することが望ましい。
【0068】
図14は、本発明に係る弾性境界波装置の変形例を示す模式的正面断面図である。
【0069】
第1の実施形態の弾性境界波装置1では、SiO2膜の上面に複数本の溝3bの形成により凹部が形成されていたが、この場合凹部を被覆するように、外層材11を形成してもよい。外層材11を形成した場合、外層材11の表面11aが平坦であっても、第2の媒質層としてのSiO2膜3の上面3aに凹凸が付与されているため、第1の実施形態と同様にスプリアスを効果的に抑圧することができる。なお外層材11としては、例えばAlNなどの適宜の材料を用いることができる。
【0070】
上記外層材11の形成により、弾性境界波装置の機械的強度を高めたり、腐食性ガスの浸入を抑制したりすることができる。すなわち、外層材11は、このような保護層としての作用を果たし得るため、酸化チタン、窒化アルミニウムまたは酸化アルミニウムなどの絶縁性材料、あるいはAu、AlもしくはWなどの金属材料により構成され得る。
【0071】
また、外層材11の形成により、第2の媒質層であるSiO2の音響インピーダンスと、外層材11の音響インピーダンスが大きく異なる場合、第1の媒質層と外層材11の境界と、弾性境界波へ伝搬する境界層との間にスプリアスモードが従来の弾性境界波装置の場合と同様に閉じ込められて伝搬する。しかしながら、この場合においても、第1の実施形態に従って、上記凹部及び/または凸部を形成することによりスプリアスモードの抑制を果たすことができる。
【0072】
さらに、本発明においては、第1,第2の媒質層間に、第1,第2の媒質層よりも音速が遅い第3の媒質層を配置し、第3の媒質層を境界層としてもよい。この場合、第1の媒質層と第3の媒質層との間に、IDTなどの電極を形成すればよい。このように、第3の媒質層を配置した構造においても、境界波の励振と同時に、第1の媒質層または第2の媒質層を伝搬するスプリアスモードが生成されるが、第1,第2の実施形態と同様に第1の媒質層を構成することにより、該スプリアスモードを同様に抑圧することができる。第1,第2の媒質間に第3,第4の媒質層とを形成した場合でも、いずれかの層間に凹凸を形成することでスプリアスモードを抑圧できる。
【0073】
なお、上記第1,第2の実施形態では、AuによりIDT4及び反射器5,6が構成されていたが、弾性境界波装置の電極材料としては、Auに限定されず、Ag、CuまたはAlなどを用いてもよい。また、電極の密着性や耐電力性を高めるために、Ti、CrまたはNiCrなどの薄い層を電極層に積層してもよい。また、共振子だけでなく、横結合型フィルタや2個以上のIDTの外側に反射器を配置した縦結合型フィルタ、ラダー型フィルタやラチス型フィルタに本発明を用いてもよい。
【0074】
また、第1,第2の媒質層を構成する材料については、SiO2及びLiNbO3に限定されず、LiTaO3、Li2B4O7、水晶、チタン酸ジルコン酸鉛系セラミックスのような様々な圧電材料、並びにガラスもしくはサファイアなどの様々な誘電体材料を用いることができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電単結晶からなる第1の媒質層と、RFマグネトロンスパッタ法により形成された誘電体膜からなる第2の媒質層との間の境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置において、
前記第2の媒質の音速は、第1の媒質の音速に比べて遅く、弾性境界波の波長をλとしたときに、第2の媒質層の厚みが7λ以上とされていることを特徴とする、弾性境界波装置。
【請求項2】
前記第1,第2の媒質層間に、第1,第2の媒質層よりも音速が遅い第3の媒質層が設けられており、該第3の媒質層が弾性境界波が伝搬する境界層とされている、請求項1に記載の弾性境界波装置。
【請求項1】
圧電単結晶からなる第1の媒質層と、RFマグネトロンスパッタ法により形成された誘電体膜からなる第2の媒質層との間の境界を伝搬する弾性境界波を利用した弾性境界波装置において、
前記第2の媒質の音速は、第1の媒質の音速に比べて遅く、弾性境界波の波長をλとしたときに、第2の媒質層の厚みが7λ以上とされていることを特徴とする、弾性境界波装置。
【請求項2】
前記第1,第2の媒質層間に、第1,第2の媒質層よりも音速が遅い第3の媒質層が設けられており、該第3の媒質層が弾性境界波が伝搬する境界層とされている、請求項1に記載の弾性境界波装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2009−177829(P2009−177829A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−69680(P2009−69680)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【分割の表示】特願2005−505684(P2005−505684)の分割
【原出願日】平成16年1月28日(2004.1.28)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【分割の表示】特願2005−505684(P2005−505684)の分割
【原出願日】平成16年1月28日(2004.1.28)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】
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