説明

弾性表面波フィルタの設計方法及びその該設計方法を実行するプログラム及びそれを記録した媒体

【課題】本発明は、等価回路を用いる弾性表面波フィルタの自動設計を行うことを目的とする。
【解決手段】上記目的を達成するために、本発明の設計方法では、等価回路を設計パラメータとする最適化問題にシミュレーティッドアニーリングを適用し、最適化効率を決める重要なパラメータである温度プロファイルを弾性表面波フィルタ設計問題に適した値に設定して最適化を行うことで、複雑な誤差関数の分布を持つ弾性表面波フィルタの設計問題に対して、ランダムな初期値から最適計算をはじめても、高確率で大域的最適解を求めることができるようになる。その結果、技術者のスキルを必要としない等価回路を用いる弾性表面波フィルタの自動設計を行うことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性表面波フィルタの設計方法、及びこの設計方法をコンピュータに実行させるコンピュータプログラム、及びこのコンピュータプログラムを記録した記録媒体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、弾性表面波フィルタの設計においては、その構造や電気的特性を等価回路で置換えて、各要素素子の値を決定する設計方法が用いられている。
【0003】
弾性表面波フィルタの1つであるラダー型弾性表面波共用器の構成例を図8に示す。共用器とは、送信と受信の各フィルタを一本のアンテナで共用するデバイスのことである。
【0004】
この弾性表面波共用器の各共振器の電気的特性は、例えば図9に示すような5素子の等価回路を用いて表現することができる。従って、図8のような11個の共振器から構成される弾性表面波共用器の、各々の共振器を等価回路で置換えた場合には、5×11=55素子の設計パラメータで、そのフィルタ特性を表現することができる。
【0005】
このような弾性表面波共用器の設計を行う場合、図10に示すように、設計技術者が妥当な設計パラメータ値(初期値)を設定してシミュレーションを行い、所望の特性が得られたか確認して、得られなかった場合には設計パラメータ値を変えて、所望の特性が得られるまで繰り返しシミュレーションを行う。
【0006】
また、別の方法としては、設計パラメータを変数としたコンピュータプログラムを用いて、初期値から設計パラメータ値をランダムに変えながらシミュレーションを行い、所望の特性が得られたか確認して、得られなかった場合には設計技術者が設計パラメータの初期値を変えながら繰り返しシミュレーションを行う。
【0007】
なお、最適化アルゴリズムを用いる弾性表面波フィルタの設計方法としては、例えば、特許文献1に示されるような遺伝的アルゴリズム(Genetic Algorithm;GA)を用いる方法などが提案されている。
【特許文献1】特開2002−288227号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
設計技術者は繰り返しシミュレーションを行いながら要求仕様を満たすフィルタを設計するが、上記のような等価回路による弾性表面波フィルタの設計方法を用いた場合、等価回路の素子数は55個となり、設計パラメータ数が非常に多くなるため、これらのパラメータの中からフィルタの要求仕様を満たす設計パラメータ値の組合せを決めることが困難となる。
【0009】
ここで、要求仕様を満たしていれば、必ずしもこれらの設計パラメータの最適な組合せを求める必要はないが、実際の要求仕様は非常に厳しいため、製造上のバラツキなどの影響を見込んだ余裕を持った設計を行う必要がある。
【0010】
設計技術者は過去の経験に基づいて、あらかじめ最適な設計パラメータの組合せに近い値の初期値を設定して、そこから最適化を行うため、比較的少ない計算回数で最適解を導き出すことができる。しかし、この方法では技術者の経験とスキルが必要であり、解の精度は技術者のスキルに左右されてしまうという問題点を有していた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
これらの課題を解決するために、本発明では等価回路を用いる弾性表面波フィルタの設計において、設計パラメータとなる等価回路の各要素素子の初期値をランダムに生成する第1ステップ(S1)と、
設計パラメータ値の良否を評価するための誤差関数を定義する第2ステップ(S2)と、
シミュレーティッドアニーリング(Simulated Annealing;SA)において誤差関数の収束速度を決めるためのパラメータである温度プロファイルを設定する第3ステップ(S3)と、
等価回路の設計パラメータから弾性表面波フィルタの特性を計算する第4ステップ(S4)と、
第4ステップ(S4)で計算されたフィルタ特性の要求仕様に対する誤差関数を計算する第5ステップ(S5)と、
第5ステップ(S5)で計算された誤差関数と、1計算ステップ前に計算された誤差関数との差を計算する第6ステップ(S6)と、
新しい設計パラメータの組合せを受理するかどうか判断する第7ステップ(S7)と、
現在の計算ステップ数がクーリング周期を超えていないかどうかを判断し、超えていた場合には次のクーリングを行うステップに進み、超えていなかった場合には新しい設計パラメータの組合せを生成するステップに進んだ後に、フィルタ特性を計算する第4ステップ(S4)に戻る第8ステップ(S8)と、
クーリングを行って新しい温度パラメータを生成する第9ステップ(S9)と、
現在の温度が最低温度よりも小さいかどうか判断して、小さかった場合には計算を終了し、大きかった場合には新しい設計パラメータの組合せを生成するステップに進んだ後に、フィルタ特性を計算する第4ステップ(S4)に戻る第10ステップ(S10)と、
第8ステップ(S8)において現在の計算ステップ数がクーリング周期を超えていなかった場合、または第10ステップ(S10)において現在の温度が最低温度よりも大きかった場合に、複数個の設計パラメータのうち1個以上のパラメータ値を変更して新しい設計パラメータの組合せを生成する第11ステップ(S11)とを有し、
前記の手順で繰り返しシミュレーションを行って、誤差関数値を最小とする設計パラメータ値の組合せを求めることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明では、まず最初に、設計パラメータである等価回路の各要素素子の初期値をランダムに生成して特性計算を行い、誤差関数を計算してフィルタ特性の優劣を評価する。次に、初期値から値を変更した新しい設計パラメータの組合せを生成して特性計算を行い、その時の誤差関数値が前の状態よりも小さくなっていたならば、解が改良方向に進んだと判断して、その設計パラメータを採用して次のステップに進む。また、逆に大きくなっていた場合は、解は改悪方向に進んでいることになるが、その場合でも一定の確率で新しい設計パラメータを受理するように設定する。
【0013】
このとき、改悪方向への遷移の受理判定や遷移させる位置を決定する際には温度プロファイルが用いられる。これは、高温状態では設計パラメータを改悪方向へ遷移させる確率や割合が大きくなるように、低温状態では小さくなるように設定され、温度を徐々に下げることによって、エネルギーが小さくなる安定状態に遷移させる。
【0014】
このような処理を行うことで、解分布に小さな局所解が多数存在する場合でも、それらを超えながら大域的最適解に到達することができる。
【0015】
以上の手順を、コンピュータを用いて繰り返し計算することで最適化を行う。
【0016】
以上のように、等価回路を用いる弾性表面波フィルタの設計において、最適化アルゴリズムとしてシミュレーティッドアニーリングを適用し、等価回路の各要素素子を設計パラメータとして最適化を行うことで、ランダムに設定した初期値から計算をはじめても、高確率に大域的最適解を得ることができるようになり、初期値に依存されない最適化結果を求めることが可能となる。
【0017】
これにより、技術者のスキルを必要としない等価回路を用いる弾性表面波フィルタの完全自動設計を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
(実施の形態1)
図8にはラダー型弾性表面波共用器の構成例を示す。1個の共振器16は図9に示すような5素子の等価回路22で表現することができるため、全ての共振器を等価回路で置換えた場合の素子数は55個となり、これらが最適化における設計パラメータとなる。
【0019】
この弾性表面波共用器の最適化設計にシミュレーティッドアニーリングを適用した場合の計算手順を、図1に従って説明する。
【0020】
まず最初に(F1)、設計パラメータの初期値をランダムに生成して(S1)、それらのパラメータを用いてシミュレーションを行い、弾性表面波フィルタの特性を計算する(S4)。ただし、このとき生成される初期パラメータは、あらかじめ設定されている制約条件の範囲内で生成されるものとする。
【0021】
次に、ここで計算されたフィルタ特性の優劣を評価するための誤差関数F(x)を定義する(S2)。
【0022】
図2には、ある周波数範囲内のフィルタ特性の例を示す。この要求周波数範囲の上下限値内1,2におけるフィルタ特性の数値[Sj]が、フィルタの要求特性範囲の上下限値内3,4に入っているかどうかサンプリングポイント毎に判別し、入っていない場合にはフィルタ特性の数値[Sj]と要求特性範囲の上下限値との誤差[ej]を計算して、(数1)のように[ej]の2乗誤差を総サンプリングポイント数(N)で平均した値を、既定周波数範囲の誤差関数(EF)とする。
【0023】
ここで、実際の弾性表面波フィルタや弾性表面波共用器の設計においては、前記のような計算方法でフィルタ特性全体を一度に評価するのではなく、フィルタ設計で重要となる複数の周波数領域において誤差関数を計算しなければならない。
【0024】
そこで、これらの特性の周波数領域のフィルタ特性を重点的に評価できるようにするため、実際の設計においては複数(n)の周波数領域で(EF)を計算し、それらの値に弾性表面波フィルタ設計に適した重み付け[wi]を掛けて、それらの総和を(数2)のように、最終的な誤差関数F(x)として定義する。
【0025】
【数1】

【0026】
【数2】

【0027】
図3には、ある周波数範囲内の送信側フィルタ特性の設計例を、図4には受信側フィルタ特性の設計例を、図5には送受信間のアイソレーション特性の設計例をそれぞれ示す。この例の場合、送信側フィルタ特性においては、その通過帯域に対する要求仕様の周波数範囲と挿入損失5、およびその阻止帯域に対する要求仕様の周波数範囲と挿入損失6があり、受信側フィルタ特性においては、その通過帯域に対する要求仕様の周波数範囲と挿入損失8、およびその阻止帯域に対する要求仕様の周波数範囲と挿入損失7があり、アイソレーション特性においては、その送信側帯域に対する要求仕様の周波数範囲と挿入損失9、およびその受信側帯域に対する要求仕様の周波数範囲と挿入損失10がある。
【0028】
従って、図3〜図5に示すような特性の共用器を設計する場合には、
送信側フィルタ特性の通過帯域5に対する誤差関数と、
送信側フィルタ特性の阻止帯域6に対する誤差関数と、
受信側フィルタ特性の通過帯域7に対する誤差関数と、
受信側フィルタ特性の阻止帯域8に対する誤差関数と、
送受信間のアイソレーション特性の送信側帯域9に対する誤差関数と、
送受信間のアイソレーション特性の受信側帯域10に対する誤差関数の、
それぞれの計算値に重み付け[wi]を掛けて、それらの総和を最終的な誤差関数F(x)と定義する。
【0029】
以上のように、複数の領域で誤差関数を計算するが、フィルタの挿入損失は[dB]の単位で評価しているため、それぞれの領域で計算された誤差関数の値の和を求めると、減衰レベルの低い通過帯域で計算された誤差値は、減衰レベルの高い阻止帯域で計算された誤差値に比べて非常に小さな値となるため、最終の誤差値に対する比重が小さくなってしまう。そこで、減衰レベルの低い通過域で計算される誤差値に対しては、大きい値の重み付けを行うようにする。また、特定の周波数領域のフィルタ特性が他領域よりも厳しい特性が要求されている場合には、要求仕様に従って、その特定領域の誤差値に対して大きい値の重み付けを行うようにする。
【0030】
本発明の弾性表面波共用器の設計で用いる重み付けは、
送信側フィルタ特性の通過帯域5の誤差関数に対する重みはW1=130、
送信側フィルタ特性の阻止帯域6の誤差関数に対する重みはW2=1、
受信側フィルタ特性の通過帯域7の誤差関数に対する重みはW3=130、
受信側フィルタ特性の阻止帯域8の誤差関数に対する重みはW4=1、
送受信間のアイソレーション特性の送信側帯域9の誤差関数に対する重みはW5=1、
送受信間のアイソレーション特性の受信側帯域10の誤差関数に対する重みはW6=1、とする。
【0031】
次に、設計パラメータの初期値から、次の状態の新しい設計パラメータを生成して(S11)、その時のフィルタ特性とそれに対する誤差関数を計算し(S4,S5)、新しい設計パラメータを採用するか否かを決定する(S6,S7)。
【0032】
次の状態の設計パラメータを生成する際には、等価回路の複数個の要素素子の中からランダムに選択された1個の設計パラメータを変化させるものとする。
【0033】
また、その場合に設計パラメータを変化させる割合は、一般的に制約条件の最大値と最小値の差幅を用いて、その数分の1〜数10分の1程度の値に決定されることが多い。本発明の設計問題において次状態の設計パラメータを生成する際にパラメータを変化させる割合は、それぞれの設計パラメータの制約条件の差幅の1/5とする。
【0034】
前記の手順で生成された新しい設計パラメータの受理判定は、一般的に(数3)、(数4)に示すMetropolis基準を用いて計算される確率(P)に従って決定される(S7)。
【0035】
【数3】

【0036】
【数4】

【0037】
この確率を計算する際には、まずはじめに、次状態[x’]のエネルギー[F’(x)=E’]と現状態[x]のエネルギー[F(x)=E]との差分ΔE(=E’−E)を計算する。そして、次状態のエネルギーが現状態のエネルギーよりも小さくなっていたならば(ΔE<0)、(数3)に示すように100%の確率で新しい設計パラメータを受理する。また、次状態[x’]のエネルギー[F’(x)=E’]が現状態[x]のエネルギー[F(x)=E]よりも大きくなっていたならば(ΔE>0)、(数4)で計算される確率(P)で新しい設計パラメータを受理する。
【0038】
ここで、(数4)で受理確率を計算する際には温度パラメータ(T)が用いられる。これは、次の状態の新しい設計パラメータを採用するか否かを判断するための基準となる、冷却(クーリング)温度プロファイルの1つである。温度プロファイルは、最高温度(Tmax)、最低温度(Tmin)、クーリングレート(γ)、クーリング周期(Cc)などの総称であり、シミュレーティッドアニーリングにおける最適化効率を決める重要なパラメータである。
【0039】
最適化計算の初期状態では温度(T)は高温に設定されているため、(ΔE>0)の場合でも高い確率で受理されるが、最適化計算が進むにつれて徐々に温度を下げていき、これに伴って改悪方向への受理確率も小さくなり、温度(T)が最低温度に到達したら計算を終了する。
【0040】
シミュレーティッドアニーリングを用いた最適化では、温度プロファイルは問題に応じた最適値を設定する必要がある(S3)。最高温度(Tmax)と最低温度(Tmin)は下記で説明するような予備実験により、弾性表面波フィルタ設計問題に対する誤差関数の分布形状を調査して、それらの結果に基づいて決定される。
【0041】
また、クーリングレート(γ)、クーリング周期(Cc)も同様に、弾性表面波フィルタ設計問題に適した値の設定が必要である。ここでは最も代表的なクーリング手法として知られている(数5)に示すような指数型クーリングを用いる。
【0042】
これは、クーリング回数(k)、最高温度(Tmax)、最低温度(Tmin)によって決められる。クーリング回数(k)は、総計算回数の中で何回クーリングを行うかを決める温度プロファイルである。本発明における設計例では、計算結果が大域的最適解に収束しているかどうか判断できるように十分な計算回数を確保するためにCc=800回、k=128回、総計算回数Cc×k=102400回とする。
【0043】
次に、最高温度(Tmax)と最低温度(Tmin)の温度プロファイルの決定方法について、図6、図7に示すフローチャートを用いて説明する。
【0044】
まずはじめに、弾性表面波フィルタの設計パラメータに対する誤差関数の分布形状を調査するため、勾配法などの単純な最適化アルゴリズムなどを用いて、数千〜数万回程度の最適化計算を行っておく(S17)。ここで、最適化計算前の設計パラメータが初期値の時点での誤差関数は、誤差関数分布の谷の上方に位置しており、最適化計算後の誤差関数は、誤差関数分布の谷の下方(最適解に近い方向)に位置しているため、これらの情報を基にして最高温度と最低温度を決定する(S13,S18)。
【0045】
最高温度(Tmax)は、設計パラメータの初期値における誤差関数値と、そこから1個の設計パラメータを大きく変化させた場合の誤差関数値の差を求め(S14,S15)、その値を(数4)のΔEに代入して、受理確率が50%(P=0.5)となるように設定した時の温度とする(S16)。これは、例えば初期値が大域的最適解から遠く離れた場所に選択された場合に、シミュレーティッドアニーリングの温度が高い状態ではどの程度の改悪を許しながら最適化計算を行っていけば局所解に捕まらずに大域的最適解に近づくことができるかを判断するための目安となる。
【0046】
最低温度(Tmin)は、前記の単純な最適化で得られた設計パラメータにおける誤差関数値と、そこから1個の設計パラメータを小さく変化させた場合の誤差関数値との差を求め(S19,S20)、その値を(数4)のΔEに代入して、受理確率が0.1%(P=0.001)となるように設定した時の温度とする(S21)。この受理確率は、クーリング周期のうちに1回程度の改悪を受理する確率を目安にして設定する。
【0047】
以上のようにして最高温度(Tmax)と最低温度(Tmin)が決定され、これらの値から(数5)のような指数分布を持つクーリングレートが与えられる。そして、(数6)のように次状態の温度(Tk+1)は、現在の温度(Tk)とクーリングレート(γ)から計算され、クーリング回数k回のクーリングを行うことで、初期温度である最高温度(Tmax)から最低温度(Tmin)に到達する。
【0048】
【数5】

【0049】
【数6】

【0050】
以上のような手順で次状態の新しい設計パラメータを生成して(S11)、その採用可否判定を行い(S5,S6,S7)、次に、(現在の計算ステップ数/クーリング周期)の剰余の値がクーリング周期よりも大きいかどうか判断して(S8)、大きくなっていた場合には次のクーリングを行う手順に進み(S9)、小さかった場合には、次状態の新しい設計パラメータを生成して(S11)、フィルタの特性計算を行う手順に戻る(S4)。
【0051】
次に、クーリングを行って次状態の新しい温度プロファイルを生成し(S9)、現在の温度が最低温度よりも大きいかどうか判断して(S10)、大きかった場合には新しい設計パラメータを生成して(S11)、フィルタの特性計算を行う手順に戻り(S4)、小さかった場合(最低温度に到達)には、その時の設計パラメータの組合せを最適化解として計算を終了する(F2)。
【0052】
ここまでに述べた図1のフローチャートに示すような手順で最適化を行うことで、多数の局所解が存在する等価回路を用いる弾性表面波共用器の設計問題に対して、全くランダムに設定された初期値から最適化計算をはじめても、高確率で最適解を求めることができる。
【0053】
ただし、必ず最適解を求めることができるとは限らず、最終的に得られた最適化結果が局所解となっている場合もあるため、実際の設計においては初期値を変更して複数回の計算を行い、それらの結果から真の最適解を求める。
【0054】
これによって、例えば図3〜図5に示すような要求仕様を満たす弾性表面波共用器を設計することができる。
【0055】
(実施の形態2)
実施の形態1に記載の最適化では、複数個の設計パラメータの中からランダムに1個のパラメータを選択して、その値を変更して新しい設計パラメータの組み合わせを生成していたが、2個または2個以上の複数個の設計パラメータを選択して変更することで、最適化効率を向上させ、より少ない計算回数で最適解を求めることができるようになると考えられる。
【0056】
また、この場合に、事前にどの要素素子の設計パラメータをどの程度の割合で変化させれば最適解に近づくことができるのかが分かっていれば、それらの設計パラメータを優先的に選択して変更する方がより効果的である。
【0057】
ここで、等価回路を用いる弾性表面波フィルタの設計においては、複数個の設計パラメータの中で、互いに依存関係を持つパラメータがあることが分かっている。従って、それらのグループの中から2個または2個以上の複数個の設計パラメータを選択して同時に変化させる方法を用いる。
【0058】
依存関係がある設計パラメータのグループとしては、例えば図8に示すようなラダー型弾性表面波共用器の送信側フィルタ14の場合、直列腕に配置された共振器18の共振周波数の特性に影響を与える等価回路素子の設計パラメータのグループ、または、並列腕に配置された共振器19の共振周波数の特性に影響を与える等価回路素子の設計パラメータのグループ、または、直列腕に配置された共振器18の物理的構造から算出される静的インピーダンスを表す容量の設計パラメータのグループ、または、並列腕に配置された共振器19の物理的構造から算出される静的インピーダンスを表す容量の設計パラメータのグループ、などが考えられ、これらのうちの何れかのグループの中から複数個の設計パラメータを選択する。受信側フィルタ15についても同様である。
【0059】
このパラメータ選択方法を用いて行う実際の最適化手順としては、例えば、前記のパラメータのグループのみを設計パラメータとして最適化を行い、そこから更に実施の形態1に記載の最適化を行う方法や、最適化において高温状態である計算初期の状態で、一定回数だけ前記のパラメータのグループの何れかを優先的に選択して最適化を行い、その後は実施の形態1に記載の最適化を行う方法などが考えられる。
【0060】
上記のような設計パラメータの選択手順を用いて最適化を行うことで、最適化効率を向上させ、計算回数を減らすことができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の等価回路を用いる弾性表面波フィルタの設計方法によれば、設計技術者のスキルを必要としない等価回路を用いる弾性表面波フィルタの完全自動設計が可能となるため、弾性表面波フィルタの設計において有用である。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明の実施の形態1における弾性表面波フィルタの設計方法を説明するフローチャート
【図2】本発明の実施の形態1における既定周波数範囲における誤差関数の計算例の説明図
【図3】本発明の実施の形態1におけるラダー型弾性表面波共用器の送信側フィルタ特性図
【図4】本発明の実施の形態1におけるラダー型弾性表面波共用器の受信側フィルタ特性図
【図5】本発明の実施の形態1におけるラダー型弾性表面波共用器の送受信間のアイソレーション特性図
【図6】本発明の実施の形態1における最高温度の温度プロファイルの決定方法を説明するフローチャート
【図7】本発明の実施の形態1における最低温度の温度プロファイルの決定方法を説明するフローチャート
【図8】一般的なラダー型弾性表面波共用器の等価回路図
【図9】一般的な共振器の等価回路図
【図10】従来技術における弾性表面波フィルタの設計方法を説明するフローチャート
【符号の説明】
【0063】
1 要求周波数範囲の下限値
2 要求周波数範囲の上限値
3 要求特性範囲の上限値
4 要求特性範囲の下限値
5 送信側フィルタ特性の通過帯域に対する要求仕様範囲
6 送信側フィルタ特性の阻止帯域に対する要求仕様範囲
7 受信側フィルタ特性の通過帯域に対する要求仕様範囲
8 受信側フィルタ特性の阻止帯域に対する要求仕様範囲
9 送受信間のアイソレーション特性の送信側帯域に対する要求仕様範囲
10 送受信間のアイソレーション特性の受信側帯域に対する要求仕様範囲
11 送信側端子
12 アンテナ端子
13 受信側端子
14 送信側フィルタ
15 受信側フィルタ
16 共振器
17 パッケージ
18 送信側フィルタの直列腕共振器
19 送信側フィルタの並列腕共振器
20 受信側フィルタの直列腕共振器
21 受信側フィルタの並列腕共振器
22 共振器の5素子等価回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
等価回路を用いる弾性表面波フィルタの設計において、設計パラメータとなる等価回路の各要素素子の初期値をランダムに生成する第1ステップと、
設計パラメータ値の良否を評価するための誤差関数を定義する第2ステップと、
シミュレーティッドアニーリングにおいて誤差関数の収束速度を決めるためのパラメータである温度プロファイルを設定する第3ステップと、
等価回路の設計パラメータから弾性表面波フィルタの特性を計算する第4ステップと、
第4ステップで計算されたフィルタ特性の要求仕様に対する誤差関数を計算する第5ステップと、
第5ステップで計算された誤差関数と、1計算ステップ前に計算された誤差関数との差を計算する第6ステップと、
新しい設計パラメータの組合せを受理するかどうか判断する第7ステップと、
現在の計算ステップ数がクーリング周期を超えていないかどうかを判断し、超えていた場合には次のクーリングを行うステップに進み、超えていなかった場合には新しい設計パラメータの組合せを生成するステップに進んだ後に、フィルタ特性を計算する第4ステップに戻る第8ステップと、
クーリングを行って新しい温度パラメータを生成する第9ステップと、
現在の温度が最低温度よりも小さいかどうか判断して、小さかった場合には計算を終了し、大きかった場合には新しい設計パラメータの組合せを生成するステップに進んだ後に、フィルタ特性を計算する第4ステップに戻る第10ステップと、
第8ステップにおいて現在の計算ステップ数がクーリング周期を超えていなかった場合、または第10ステップにおいて現在の温度が最低温度よりも大きかった場合に、複数個の設計パラメータのうち1個以上のパラメータ値を変更して新しい設計パラメータの組合せを生成する第11ステップとを有し、
前記の手順で繰り返しシミュレーションを行って、誤差関数値を最小とする設計パラメータ値の組合せを求めることを特徴とする弾性表面波フィルタの設計方法。
【請求項2】
前記第3ステップの誤差関数の収束速度を決めるための温度プロファイルの決定方法は、
解空間の谷の上方付近における誤差関数の傾きを調査して、その値を利用して最高温度を決定する第16ステップと、
解空間の谷の底辺付近における誤差関数の傾きを調査して、その値を利用して最低温度を決定する第21ステップと、
前記のステップで求められた最高温度と最低温度からクーリングレートを決定する第22ステップとを有し、
前記のそれぞれのステップで求められたパラメータを温度プロファイルとして用いて最適化を行うことを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波フィルタの設計方法。
【請求項3】
前記第11ステップの新しい設計パラメータの組合せを生成する手順において、
複数個の設計パラメータの中で、設計の段階で依存関係がある2個もしくは2個以上の複数個の設計パラメータを同時に選択して変更させる方法で、そのときのパラメータを選択する組合せは、
直列腕に配置された共振器の共振周波数の特性に影響を与える等価回路素子の設計パラメータのみを複数個選択して変化させる方法、
または並列腕に配置された共振器の共振周波数の特性に影響を与える設計パラメータのみを複数個選択して変化させる方法、
または直列腕に配置された共振器の物理的構造から算出される静的インピーダンスを表す容量の設計パラメータのみを複数個選択して変化させる方法、
または並列腕に配置された共振器の物理的構造から算出される静的インピーダンスを表す容量の設計パラメータのみを複数個選択して変化させる方法、
のうちの何れかの方法を用いることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波フィルタの設計方法。
【請求項4】
前記の弾性表面波フィルタは、複数の弾性表面波共振器を直列及び並列に接続したラダー型弾性表面波フィルタ、またはラダー型弾性表面波共用器である請求項1〜3のいずれかに記載の弾性表面波フィルタの設計方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の弾性表面波フィルタの設計方法を実行するコンピュータプログラム。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の弾性表面波フィルタの設計方法を実行するコンピュータプログラムを記録した媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2008−140210(P2008−140210A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−326600(P2006−326600)
【出願日】平成18年12月4日(2006.12.4)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】