説明

微小液滴の溶合による液滴の形成方法及びその装置

【課題】微小液滴の溶合による液滴の形成にあたり、連続相中の異なった反応物を含む2つの液滴間の電気的融合を簡便に、的確に、しかもその融合の開始を正確に決定し制御することができる微小液滴の溶合による液滴の形成方法及びその装置を提供する。
【解決手段】微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、両親媒性分子を含む連続相液2中に第1の分散相液4と第2の分散相液6を供給し、第1の分散相液からなる第1の液滴5と第2の分散相液からなる第2の液滴8とを生成させ、この第1の液滴5と前記第2の液滴8とを融合チャンバー9へ導き、前記融合チャンバー9内で前記第1の液滴5と第2の液滴8とを接触させ、前記融合チャンバー9の両側に形成された電極10,11を介して、前記接触した第1の液滴5と第2の液滴8とに電界を印加して前記第1の液滴5と前記第2の液滴8を融合させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微少量で2液混合や一分子、一細胞などの溶液交換などに利用できる微小液滴の溶合による液滴の形成方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、マイクロリアクターとして小さな容器が用いられていた(下記非特許文献1,2参照〕。また、液体微粒子の静電ハンドリング(下記特許文献1,2参照)、又はエレクトロウェッテイング−オン−誘電材料(EWOD)により液滴を移動させたり、分割したり、溶かしたりことは可能であった。
【特許文献1】WO 02/066992 A1
【特許文献2】WO 03/057875 A1
【非特許文献1】Y.Rondelez et.al.,2005,Nature,433,pp.773−777
【非特許文献2】P.S.Dittrich et.al.,2004,μTAS 2004,pp.52−54
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、マイクロリアクターとして小さな容器を用いる場合には、反応物を加えて、反応の開始を正確に制御することは困難であった。また、従来の装置は、本来、液滴と電極との間の接触が求められる。そのため、蛋白質の表面吸収に関する蛋白質の反応分析のためには適合しないものであった。
【0004】
さらに、ナノおよびピコリッター(picoliter)のスケールでの液滴の操作のためには、電極の成形及び制御が大幅に変更されるべきである。
【0005】
本発明は、上記状況に鑑みて、微小液滴の溶合による液滴の形成にあたり、連続相中の異なった反応物を含む2つの液滴間の電気的融合を簡便に、的確に、しかもその融合の開始を正確に決定し制御することができる微小液滴の溶合による液滴の形成方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、両親媒性分子を含む連続相液中に第1の分散相液と第2の分散相液を供給し、第1の分散相液からなる第1の液滴と第2の分散相液からなる第2の液滴とを生成させ、該第1の液滴と前記第2の液滴とを融合チャンバーへ導き、前記融合チャンバー内で前記第1の液滴と第2の液滴とを接触させ、前記融合チャンバーの両側に形成された電極を介して、前記接触した第1の液滴と第2の液滴とに電界を印加して前記第1の液滴と前記第2の液滴を融合させることを特徴とする。
【0007】
〔2〕上記〔1〕記載の微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、前記融合チャンバーの容積を該融合チャンバーに連通される上流及び下流のチャンネルの容積より大きくし、前記第1の液滴と前記第2の液滴との接触を促すことを特徴とする。
【0008】
〔3〕上記〔1〕又は〔2〕記載の微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、前記電界の印加は、前記電極への20−200Vの直流電圧で10μsの間隔のパルスの印加によることを特徴とする。
【0009】
〔4〕上記〔1〕、〔2〕又は〔3〕記載の微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、前記第1の液滴はβ−ガラクトシダーゼを含み、前記第2の液滴はdi−β−D−ガラクトピラノース(FDG)を含むことを特徴とする。
【0010】
〔5〕微小液滴の溶合による液滴の形成装置において、両親媒性分子を含む連続相液中に第1の分散相液からなる第1の液滴と第2の分散相液からなる第2の液滴とを生成する手段と、前記第1の液滴と前記第2の液滴が導かれる融合チャンバーと、この融合チャンバー内で前記第1の液滴と前記第2の液滴とを接触させる手段と、前記融合チャンバーの両側に形成される電極と、前記電極を介して前記接触した第1の液滴と第2の液滴とを融合するために電界を印加する電界印加手段とを具備することを特徴とする。
【0011】
〔6〕上記〔5〕記載の微小液滴の溶合による液滴の形成装置において、前記電界印加手段は、20−200Vの直流電圧で10μsの間隔のパルスの印加手段であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、以下のような効果を奏することができる。
【0013】
(1)液滴の形成にあたって、その反応の開始を正確に決定し制御することができる。
【0014】
(2)簡便、的確に、微小液滴の溶合による液滴の形成を行うことができる。
【0015】
(3)反応の連続的な観察が可能である。実際に、β−ガラクトース液滴とdi−β−D−ガラクトピラノース(FDG)液滴との融合を行い、蛍光顕微鏡を用いて酸素化反応を観察した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明の微小液滴の溶合による液滴の形成方法及びその装置は、両親媒性分子を含む連続相液中に第1の分散相液からなる第1の液滴と第2の分散相液からなる第2の液滴とを融合チャンバーへ導き、前記融合チャンバー内で前記第1の液滴と前記第2の液滴とを接触させ、前記融合チャンバーの両側に電極を形成し、前記電極を介して前記接触した第1の液滴と第2の液滴とに電界を印加して前記第1の液滴と第2の液滴を融合させる。
【実施例】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
図1は本発明の実施例を示す微小液滴の融合による液滴の製造装置の模式図である。
【0019】
この図において、1は両親媒性分子を含む連続相液〔両親媒性分子を含む有機連続相液(例えば、ヘキサデカン、リキッドパラフィンなどの油)〕2を供給する第1のチャンネル、3は第1のチャンネル1にT字路で交わり第1の分散相液(第1の反応物を含む第1の水溶液)4を供給する第2のチャンネルであり、連続相液2中に第1の分散相液4が供給されることにより第1の分散相液4からなる液滴5が生成される。一方、6は第1のチャンネル1にT字路で交わり第2の分散相液(第2の反応物を含む第2の水溶液)7を供給する第3のチャンネルであり、連続相液2中に第2の分散相液7が供給されることにより第2の分散相液7からなる液滴8が生成される。9は第1のチャンネル2に連通される融合チャンバー、10,11は融合チャンバー9を挟むように対向して配置されるシリコン電極、12は融合チャンバー9に連通される排出のための第4のチャンネル、13はシリコン電極10,11に印加されるパルス電圧発生器(電界発生器)、14は制御装置である。ここで、第1のチャンネル2から融合チャンバー9に移動した第1の分散相液4からなる液滴5と第2の分散相液7からなる液滴8は幅の広い容積が大きい融合チャンバー9内で互いに接触する。このとき、第1の分散相液4からなる液滴5と第2の分散相液7からなる液滴8とは、連続相液1の両親媒性分子(界面活性剤的機能を有する)の介在により容易には融合しないが、シリコン電極10と11間に、50−200Vの直流電圧で10μsの間隔のパルスを、パルス電圧発生器13から制御装置14によって印加すると、接触した第1の分散相液4からなる液滴5と第2の分散相液7からなる液滴8は、印加されたパルス状の電界によりはじめて融合し、融合液滴15が生成される。なお、図示しないが、連続相液及び分散相液はシリンジポンプにより本装置内に導入されている。
【0020】
以下、その微小液滴の溶合による液滴の製造装置の製造について説明する。
【0021】
図2は本発明の微小液滴の溶合による液滴の製造装置のシリコン電極の製造方法を示す断面図、図3はSU−8の型にPDMS(ポリジメチルシロキサン)を入れてチャンネルを生成している際の断面図、図4はそれらが組み合わされた液滴の製造装置の断面図である。
【0022】
図2(a)に示すように、パイレックス(登録商標)ガラス板21上に陽極ボンディングシリコン膜22を積層する。次に、図2(b)に示すように、シリコン膜22をアルミニウム23でマスクしてドライエッチングによりパターニングする。すると、図2(c)に示すように、パイレックス(登録商標)ガラス板21上に一対のシリコン電極24が形成される。
【0023】
一方、チャンネル31は、図3に示すように、PDMSをSU−8モールド32により成形したPDMSスラブ33からなる。
【0024】
そこで、図4に示すように、図2(c)に示したパイレックス(登録商標)ガラス板21上の一対のシリコン電極24の上に、図3に示したPDMS(ポリジメチルシロキサン)スラブ33を配置する。ここで、PDMSスラブ33は顕微鏡を用いて下部のシリコン電極24に位置決めされる。そして、リード線41は導電性の接着剤を用いてシリコン電極24に接続される。分散相液及び連続相液チャンネルの幅は、それぞれ100μm及び250μmであり、融合チャンバーの大きさは750μm×1000μmである。全てのチャンネルが深さ200μmである。チャンネルはヘキサデカンによってPDMSが膨張するのを防止するためにCYTOP(商標)で被覆されている。このように、被覆すれば実験の時間中(略1時間)著しい膨張を招くことなく使用できる。これらの装置は、図4に示すように、2枚のアクリル板42の間に挟まれる。
【0025】
そして、両親媒性分子(界面活性剤的機能を有する)が有機連続相液に加えられ、接触によって不必要に分散相の微小液滴が合体するのを防止する。連続相中で、異なった反応物を含んでいる水溶性液滴がT字路で形成され、下流の融合チャンバー9へと流れる。図1のような融合チャンバー9の形状は2つの目的を有する。(1)接触させる2つの液滴を一定距離内に持ってくる。(2)並列に位置決めされた2つの液滴に融合のための電界を印加する。ここでは、直流電圧信号(50−200Vで10μsのパルス信号)を印加する。それにより接触している2つの液滴は合体し融合する。これは電界の印加により、2つの液滴の界面で両親媒性分子(界面活性剤的機能を有する)が分解されるために液滴が融合するものと思われる。液滴の融合によってもたらされる反応の連続監視のために、融合チャンバー9において接触がもたらされた後に、流れを停止してもよい。本発明の装置により、上記のような電界印加による融合反応の開始を正確に制御可能にする。このような閉じたチャンネル中での操作であるため、開放空気中における望ましくないマイクロ液滴の、蒸発や汚染の問題は全くない。
【0026】
以下、融合チャンバーで電界が印加されない場合(図7)と本発明のように融合チャンバーで電界が印加される場合(図8)とを対比して説明する。
【0027】
図7より分かるように、電界が印加されない場合、第1の分散相液からなる液滴5(黒矢印)と第2の分散相液からなる液滴8(白矢印)は融合チャンバー9で接触はするが、融合することなく、第4のチャンネル12から排出される。一方、図8に示すように、電界が印加される場合は、第1の分散相液からなる液滴5と第2の分散相液からなる液滴8は融合チャンバー9で接触し、シリコン電極10,11間に印加された電界によって第1の分散相液からなる液滴5と第2の分散相液からなる液滴8が融合し、融合した液滴15を得ることができる。ここでは、50V以上の電圧の印加で融合を達成した。高電圧を印加した方が融合の成功率が上がる。移動する液滴よりも静止している液滴の方が低電圧で融合できる(20V低い電圧で融合できる)。
【0028】
図9はその2つの液滴の融合のプロセスを高速度カメラで撮像した図である。
【0029】
この図において、0msでは2つの液滴は接触している。0.5msから4.0msへと移行するにつれて融合が進み、6.0msになると略球状の融合された液滴となることがわかる。
【0030】
図10は本発明の液滴の反応による蛍光の強さと時間との関係を示す図である。
【0031】
ここでは、2種類の分散相液として、β−ガラクトシダーゼとFDG液滴を用意し、それらが融合する場合を示している。約1分の間隔で反応を観察するために蛍光顕微鏡法が用いられた。
【0032】
この図から明らかなように、明確に融合した液滴を捕らえることができた。
【0033】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の微小液滴の溶合による液滴の形成方法及びそのための製造装置は、ナノリッタースケールの液滴の融合及びその制御に好適であり、特に化学反応速度論(chemical kinetics)研究のツールとして貢献するところは大である。また、DNA,RNA,リボソーム、酵素などの物質を液滴の生成に用いれば、試験管内(in vitro)でのタンパク質の発現のような生物学的な解析にも役立つ。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明の実施例を示す微小液滴の溶合による液滴の製造装置の模式図である。
【図2】本発明の微小液滴の溶合による液滴の製造装置のシリコン電極の製造方法を示す断面図である。
【図3】本発明のSU−8の型にPDMS(ポリジメチルシロキサン)を入れてチャンネルを生成している際の断面図である。
【図4】本発明の微小液滴の溶合による液滴の製造装置の断面図である。
【図5】本発明の微小液滴の溶合による液滴の製造装置の外面図である。
【図6】図5における内部の構造を示す図である。
【図7】融合チャンバーで電界が印加されない場合の液滴の動きを示す図である。
【図8】本発明の融合チャンバーで電界が印加された場合の液滴の動きを示す図である。
【図9】本発明の融合チャンバーでの2つの液滴の融合のプロセスを高速カメラで撮像した図である。
【図10】本発明の液滴の反応による蛍光の強さと時間との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0036】
1 第1のチャンネル
2 両親媒性分子を含む連続相液〔有機連続相液(例えば、油)〕
3 第2のチャンネル
4 第1の分散相液(第1の反応物を含む第1の水溶液)
5 第1の分散相液からなる液滴
6 第3のチャンネル
7 第2の分散相液(第2の反応物を含む第2の水溶液)
8 第2の分散相液からなる液滴
9 第1のチャンネルに連通される融合チャンバー
10,11,24 シリコン電極
12 第4のチャンネル
13 パルス電圧発生器(電界発生器)
14 制御装置
15 融合液滴
21 パイレックス(登録商標)ガラス板
22 陽極ボンディングシリコン膜
23 アルミニウム
31 チャンネル
32 SU−8モールド
33 PDMSスラブ
41 リード線
42 2枚のアクリル板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)両親媒性分子を含む連続相液中に第1の分散相液と第2の分散相液を供給し、第1の分散相液からなる第1の液滴と第2の分散相液からなる第2の液滴とを生成させ、該第1の液滴と前記第2の液滴とを融合チャンバーへ導き、
(b)前記融合チャンバー内で前記第1の液滴と第2の液滴とを接触させ、
(c)前記融合チャンバーの両側に形成された電極を介して、前記接触した第1の液滴と第2の液滴とに電界を印加して前記第1の液滴と前記第2の液滴を融合させることを特徴とする微小液滴の溶合による液滴の形成方法。
【請求項2】
請求項1記載の微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、前記融合チャンバーの容積を該融合チャンバーに連通される上流及び下流のチャンネルの容積より大きくし、前記第1の液滴と前記第2の液滴との接触を促すことを特徴とする微小液滴の溶合による液滴の形成方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、前記電界の印加は、前記電極への20−200Vの直流電圧で10μsの間隔のパルスの印加によることを特徴とする微小液滴の溶合による液滴の形成方法。
【請求項4】
請求項1、2又は3記載の微小液滴の溶合による液滴の形成方法において、前記第1の液滴はβ−ガラクトシダーゼ反応物を含み、前記第2の液滴はdi−β−D−ガラクトピラノース(FDG)反応物を含むことを特徴とする微小液滴の溶合による液滴の形成方法。
【請求項5】
(a)両親媒性分子を含む連続相液中に第1の分散相液からなる第1の液滴と第2の分散相液からなる第2の液滴とを生成する手段と、
(b)前記第1の液滴と前記第2の液滴が導かれる融合チャンバーと、
(c)該融合チャンバー内で前記第1の液滴と前記第2の液滴とを接触させる手段と、
(d)前記融合チャンバーの両側に形成される電極と、
(e)前記電極を介して前記接触した第1の液滴と第2の液滴とを融合するために電界を印加する電界印加手段とを具備することを特徴とする微小液滴の溶合による液滴の形成装置。
【請求項6】
請求項5記載の微小液滴の溶合による液滴の形成装置において、前記電界印加手段は、20−200Vの直流電圧で10μsの間隔のパルスの印加手段であることを特徴とする微小液滴の溶合による液滴の形成装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−98322(P2007−98322A)
【公開日】平成19年4月19日(2007.4.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−293273(P2005−293273)
【出願日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(801000049)財団法人生産技術研究奨励会 (72)
【Fターム(参考)】