説明

手術用腕支持装置

【課題】部品にバラツキや経年変化が生じていても制御ロジックの複雑化を招くことなく腕台の固定力を確実に得ることができ、しかも、動作音を小さくし、さらに、電動モーターによらなくても腕台の固定及び解除の切替を行えるようにする。
【解決手段】外筒部10の内側に内筒部材11を配置し、内筒部材11の内側に昇降棒13を配置する。昇降棒13に腕台14を揺動可能に取り付ける。腕台14と内筒部材11とをリンク部材15で連結する。外筒部10の締結具16を設ける。モーター17の締結具16への伝達トルクを所定値以下とするトルクリミッター機構18を設ける。トルクリミッター機構18は、リミッター側ジョイント61と対向面部51cとの間に配置されるローラーと、保持プレート63とを備えている。保持プレート63は、ローラーの中心線がリミッター側ジョイント61の径方向に対し所定の角度を持って傾斜するようにローラーを保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、手術時に術者の腕を支持する手術用腕支持装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、手術においては微細な作業を長時間に亘って続けなければならず、術者には精神的な負担以外にも、肉体的にも大きな負担が生じることになる。そこで、例えば、特許文献1に開示されているような腕支持装置を用いて術者の腕を支持することで、術者の上肢を安定させ、ひいては微細な作業を行う際の主に肉体的な負担を軽減することが考えられている。
【0003】
特許文献1の腕支持装置は、装置本体に設けられた外筒部と、外筒部内に配置された内筒部材と、内筒部材内に配置された昇降棒と、昇降棒の上端部に水平方向に延びる揺動軸周りに揺動可能に支持された腕台と、腕台及び内筒部材を連結するリンク部材とを備えている。外筒部及び内筒部材は、拡径及び縮径が可能となっており、外筒部には、該外筒部を拡径及び縮径させることによって内筒部材を締め付けるための締結具が設けられている。さらに、装置本体には、締結具を回転させるためのモーターが設けられている。
【0004】
上記腕支持装置によれば、モーターにより締結具を緩めた状態では、内筒部材及び昇降棒が外筒部に対し昇降動作可能となって腕台の高さを変更できるとともに、内筒部材及び昇降棒が外筒部に対し回動可能となって腕台の向きを変更でき、さらに、内筒部材のみを昇降動作させることにより、リンク部材を動かすことが可能となって腕台の傾斜角度を変更することができるようになっている。一方、モーターにより締結具を締めた状態では、外筒部が内筒部材と共に縮径し、内筒部材が昇降棒を締め付けるとともに、外筒部が内筒部材を締め付ける。これにより、腕台の上記した3方向の動きが阻止され、腕台を所望の高さ、向き及び傾斜角度で固定することができるようになっている。
【特許文献1】特許第3653546号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1のものでは、モーターにより締結具を回転させて腕台の固定と解除との切り替えを行うようにしている。腕支持装置を構成する各部品には、製造公差の範囲内でバラツキが生じるとともに、経年変化も生じるものなので、モーターを常に一定に回転させた場合には、締結具の締め付け力が不足して腕台の固定力が弱くなってしまうことが考えられる。このことを回避するために、各種センサ等を用いてモーターを制御することが考えられるが、そのようにした場合、センサの誤検出に対応する制御ロジック等の検討が新たに必要となって複雑化し、ひいては製品コストが高騰する。
【0006】
また、手術室には患者の状態を音で知らせる装置等があり、手術中にはこれら装置の音が術者にとって手技を進めて行く上で非常に重要な情報となる。ところが、術者は手術中に一定の姿勢ではなく、姿勢を変えるために腕台の固定及び解除の切り替えを行うことがある。このときの動作音が、患者の状態を報知する装置から発せられる音の邪魔になると、術者が音による情報を得られなくなるという問題がある。さらに、動作音が術者の会話の邪魔にもならないように配慮しなければならない。
【0007】
また、例えば停電時等、腕支持装置のモーターを作動させることができなくなることが考えられるが、そのような場合であっても手術は続行されるので、腕台の固定及び解除の切替はモーターの作動によらなくても簡単にできるようにしたいという要求もある。
【0008】
本発明は斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、部品にバラツキや経年変化が生じていても、制御ロジックの複雑化を招くことなく腕台の固定力を確実に得ることができるようにし、しかも、動作音を小さくし、さらに、モーターによらなくても腕台の固定及び解除の切替を簡単に行えるようにして安全な手技をサポートできるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明では、モーターと締結具との間にトルクリミッター機構を設け、さらに、このトルクリミッター機構の構造に工夫を凝らすことで固定及び解除の切替に伴う動作音を小さくした。
【0010】
具体的には、第1の発明では、手術時に術者の腕を支持するように構成された手術用腕支持装置であって、装置本体と、上記装置本体に一体に設けられた上下方向に延びる外筒部と、上記外筒部の内側において上下方向に延び、該外筒部の中心線周りに回動可能に、かつ、昇降可能に配置された内筒部材と、上記内筒部材の内側において上下方向に延び、該内筒部材の中心線周りに回動可能に、かつ、昇降可能に配置された昇降棒と、上記昇降棒の上部に、該昇降棒の中心線と交差する方向に延びる揺動軸周りに揺動可能に取り付けられた腕台と、上記腕台の揺動軸から離れた部位と上記内筒部材とに回動軸を介して連結されるリンク部材と、上記外筒部を上記内筒部材に締め付けることにより該内筒部材を上記昇降棒に締め付けるように構成された締結具と、上記締結具を締め付け方向及び緩み方向に回転させるモーターと、上記モーターの上記締結具への伝達トルクを所定値以下とするトルクリミッター機構とを備え、上記トルクリミッター機構は、上記モーターにより駆動される回転部材と、上記締結具に設けられ、上記回転部材と中心線方向に対向するように設けられた対向面部と、上記回転部材及び上記対向面部の間に中心線が該対向面部に沿って延びるように配置されるローラーと、該ローラーを上記回転部材及び上記対向面部の間で保持する保持部と、上記回転部材と上記対向面部との少なくとも一方を他方に接近する方向に付勢する付勢部とを備え、上記保持部は、上記ローラーの中心線が上記回転部材の中心線の径方向に対し所定の角度を持って傾斜するように該ローラーを保持する構成とする。
【0011】
この構成によれば、腕台を固定する場合には、モーターを締結具の締め付け方向に回転させる。すると、まず、モーターにより回転部材が回転し、このとき、ローラーが回転部材及び締結具の対向面部に圧接しながら転動する。このローラーは自身の中心線周りに回転しながらその回転方向に移動しようとするが、ローラーの中心線は回転部材の中心線の径方向に対し傾斜していて、しかも、ローラーが保持部で保持されることによって自由な移動が規制されている。これにより、ローラーと回転部材との間、及びローラーと対向面部との間には摩擦力が発生する。この摩擦力により、モーターのトルクが締結具に伝達されて締結具が締め付け方向に回転する。所定の締め付け力になると、摩擦力に抗して締結具の回転が停止し、モーターは空転状態となる。つまり、部品のバラツキや経年変化を見込んでモーターのトルクを大きめに設定して固定力を十分に確保する場合に、トルクリミッター機構により必要以上のトルクが各部品に作用するのが阻止されて各部品が保護されることになる。よって、複雑な制御ロジックは不要になる。
【0012】
このようにトルクの伝達時にローラーが回転しているので、例えば締め付け時に所定の締め付け力になって締結具の回転が停止しモーターが空転を続けた場合には、ローラーが回転を続けるだけであり、異音の発生は殆ど無い。
【0013】
また、モーターが作動しない場合には、締結具との間にトルクリミッター機構が介在していることにより、モーターを締結具側から回転させることなく、締結具のみを締め付け方向や緩み方向に回転させることが可能になる。これにより、腕台の固定及び解除の切替を簡単に行える。
【0014】
第2の発明では、第1の発明において、締結具は、雌ねじ部材と、該雌ねじ部材に螺合する雄ねじ部材とを備え、上記雄ねじ部材の長手方向一側にトルクリミッター機構が配設され、上記雄ねじ部材の長手方向他側には、該雄ねじ部材を回転させるための工具が係合する工具係合部が設けられている構成とする。
【0015】
この構成によれば、雄ねじ部材の長手方向一側にモーターのトルクが作用し、雄ねじ部材が回転する。一方、停電時等でモーターが作動しない場合には、雄ねじ部材の長手方向他側の工具係合部に工具を係合させることで、雄ねじ部材を締め付け方向や緩み方向に容易に回転させることが可能になる。
【0016】
第3の発明では、第1または2の発明において、モーターを制御する制御部と、上記制御部に接続される第1及び第2スイッチとを備え、上記制御部は、上記第1スイッチが操作されたことを検出すると上記モーターを締結具の締め付け方向に回転させる一方、上記第1及び第2スイッチが操作されたことを検出すると上記モーターを締結具の緩み方向に回転させるように構成されているものとする。
【0017】
この構成によれば、第1スイッチのみ、あるいは第2スイッチのみが操作されても、腕台の固定が解除されず、第1及び第2スイッチの両方が操作されてはじめて腕台の固定が解除されることになる。よって、腕台の固定が不意に解除され難くなる。
【発明の効果】
【0018】
第1の発明によれば、モーターと締結具との間にトルクリミッター機構を配設したので、制御ロジックの複雑化を招くことなく部品のバラツキや経年変化を吸収して腕台の固定力を確実に得ることができるとともに、モーターの動作によることなく腕台の固定及び解除の切替を簡単に行うことができる。さらに、トルクリミッター機構の作動時に異音が発生し難く、腕台の固定及び解除の切替により発生する音を小さくでき、患者の状態を報知する装置から発せられる音や術者の会話の邪魔にならない。よって、安全な手技をサポートすることができる。
【0019】
第2の発明によれば、モーターが作動しない場合に、雄ねじ部材を締め付け方向や緩み方向に容易に回転させることができ、腕台の固定及び解除の切替を簡単に行うことができる。
【0020】
第3の発明によれば、腕台の固定が不意に解除され難くなるので、より一層安全な手技を行うことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0022】
図1は、本発明の実施形態に係る手術用腕支持装置1を一対備えた術者用椅子100を示すものである。この椅子100は脳外科手術の際に手術室内に配置されて術者(主に執刀医)が座って使用するものである。
【0023】
腕支持装置1は、椅子100のシートクッション101の両側方にそれぞれ位置するように、椅子100に固定され、術者の腕を支持して上肢を安定させるためのものである。2つの腕支持装置1は、同じものであるため、以下、一方の構造について詳細に説明する。
【0024】
腕支持装置1は、図2にも示すように、椅子100に固定される装置本体10と、装置本体10に一体に設けられる外筒部11と、外筒部11の内側に配置された内筒部材12と、内筒部材12の内側に配置された昇降棒13と、昇降棒13の上部に取り付けられた腕台14と、腕台14と内筒部材12とに連結されるリンク部材15と、外筒部11を内筒部材12に締め付けるための締結具16と、締結具16を締め付け方向及び緩み方向に回転させる電動モーター17と、電動モーター17と締結具16との間に配設されるトルクリミッター機構18とを備えている。装置本体10には、電動モーター17を制御するための制御部20が設けられている。また、腕台14には、制御部20に接続される第1及び第2スイッチ21,22が設けられている。
【0025】
装置本体10は、締結具16や電動モーター17を覆うためのカバー25(図1に示す)と、カバー25の底板25aから下方へ延びる取り付け棒26と、底板25aから上方へ突出するフレーム27と、底板25aから上方へ突出しフレーム27に固定される円筒部材28とを備えている。取り付け棒26は、図示しない金具により椅子100に取り付けられるようになっている。図3に示すように、円筒部材28は、上方に開放している。円筒部材28内の上側には、スリーブ29が嵌め込まれて固定されている。円筒部材28内のスリーブ29よりも下側には、コイルスプリング30が上下方向に伸縮可能に配設されている。尚、コイルスプリング30の代わりにガススプリング等を用いてもよい。
【0026】
外筒部11は、円筒部材28の上端部から上方へ延びる円筒形状を有している。外筒部11の下端部は、円筒部材28の上端部の外側に嵌まるように形成され、該円筒部材28の上端部に固定されている。外筒部11の上下方向中間部は、上方へ行くほど径が小さくなるように形成されている。外筒部11の上側部分は、上下両端に亘って同一径となっている。
【0027】
外筒部11には、周方向の一部に上下方向に延びるスリット11aが形成されている。このスリット11aの形成により、外筒部11は、縮径方向に力を加えた際及び拡径方向に力を加えた際に弾性変形するようになる。外筒部11の上端近傍には、スリット11aの両縁部に対応する部位にそれぞれ第1及び第2締結板35,36が設けられている。第1及び第2締結板35,36は、外筒部11の径方向外方へ突出して上下方向に延びている。図2に示すように、第1及び第2締結板35,36には、締結具16が挿通する締結孔35a,36aが貫通形成されている。
【0028】
内筒部材12は、外筒部11の内側において上下方向に延び、該外筒部11の中心線周りに回動可能に、かつ、昇降可能に配置されている。内筒部材12にも外筒部11と同様に上下方向に延びるスリット12aが形成されており、内筒部材12も縮径方向及び拡径方向に弾性変形するようになっている。内筒部材12の上端部には、径方向外方へ突出するリンク取付板37が設けられている。内筒部材12のリンク取付板37よりも下側部分が外筒部11に挿入可能となっている。
【0029】
昇降棒13は、内筒部材12の内側において上下方向に延び、該内筒部材12の中心線周りに回動可能に、かつ、昇降可能に配置されている。昇降棒13の長さは外筒部11や内筒部材12よりも長く設定されている。図3に示すように、昇降棒13の下部は、スリーブ29に挿入されて該スリーブ29により支持されている。昇降棒13の下端面には、昇降棒13の径よりも大きい外径を有する円形の下板40が取り付けられている。この下板40の下面にコイルスプリング30の上端が当接しており、昇降棒13がコイルスプリング30によって上方に付勢されている。
【0030】
また、昇降棒13の上下方向中間部は内筒部材12を介して外筒部11の上側部分により支持されている。昇降棒13の上端部にも、昇降棒13の径よりも大きい外径を有する円形の上板41が取り付けられている。図2に示すように、この上板41と内筒部材12の上端部との間にはコイルスプリング43が上下方向に伸縮可能に配設されている。このコイルスプリング43により、内筒部材12が昇降棒13を基準にして下方へ付勢されるようになっている。図1や図3に示すように、コイルスプリング43は通常時には蛇腹状カバー44により覆われている。尚、コイルスプリング43の代わりにガススプリング等を用いてもよい。
【0031】
昇降棒13の上端部には、腕台14を取り付けるための取付部13aが上板41よりも上方へ突出するように設けられている。この取付部13aには、水平方向に貫通孔(図示せず)が形成されている。
【0032】
腕台14は、図1に示すように、金属板材を折り曲げ成形してなるものであり、所定方向に延びる長方形の上板部14aと、上板部14aの幅方向両側縁部から下方へ突出する一対の側板部14b,14bと、上板部14aの下面から下方へ突出する取付板部45(図2及び図3に示す)とを備えている。取付板部45は、上板部14aに対し略垂直に下方へ突出して該上板部14aの長手方向に延びており、上板部14aの長手方向一側(図2、3の左側で術者の肘)に寄りに位置している。取付板部45の下部は側板部14bの下縁よりも下方へ突出している。取付板部45には、昇降棒13の取付部13aの貫通孔に一致する軸受孔(図示せず)が形成されている。この軸受孔及び貫通孔には水平に延びる揺動軸46が挿通されており、腕台14は揺動軸46周りに揺動可能に昇降棒13に取り付けられている。取付板部45の軸受孔から長手方向に離れた部位には、リンク取付部45aが形成されている。
【0033】
また、第1スイッチ21は、腕台14の一方の側板部14bの長手方向他端部(術者の手首側)近傍に取り付けられている。第2スイッチ22は、腕台14の上板部14aの長手方向の他端部に取り付けられている。第1スイッチ21は、押すとONとなり、離すとOFFとなるプッシュ型スイッチである。第2スイッチ22は、上板部14aの幅方向に揺動させることによりON/OFFを切り替える揺動型スイッチであり、常時OFFポジションとなるように付勢されている。第1及び第2スイッチ21,22は、片手で操作できるように互いに接近している。
【0034】
リンク部材15は大略上下方向に延びている。リンク部材15の下端部は、内筒部材12のリンク取付板37に対し水平方向に延びる回動軸47を介して取り付けられ、上端部は、腕台14のリンク取付部45aに水平方向に延びる回動軸48を介して取り付けられている。
【0035】
図2に示すように、締結具16は、ロックナット(雌ねじ部材)50と、該ロックナット50に螺合する回転軸(雄ねじ部材)51とで構成されている。ロックナット50は、外筒部10に固定されている。回転軸51は、略水平に延びている。回転軸51の基端側(図2、3における右側)に電動モーター17のトルクが入力されるようになっている。回転軸51は、その先端側(図2、3における左側)から第2締結板36の締結孔36a及び第1締結板35の締結孔35aに順に挿通されるようになっている。
【0036】
回転軸51の先端側の所定領域には雄ねじ部51aが形成され、この雄ねじ部51aがロックナット50に螺合するようになっている。また、回転軸51の先端面には、電動モーター17が作動しない非常時に回転軸51を工具(図示せず)で回転させる際に該工具が係合する工具係合部51bが形成されている。この工具係合部51bは、回転軸51の先端面から中心線方向に突出する六角柱状をなしており、工具として周知の六角ソケットが係合するようになっている。
【0037】
回転軸51の中間部には径方向へ突出して周方向に連続して延びる突出板部51cが形成されている。また、回転軸51の突出板部51cよりも基端側にも雄ねじ部51dが形成されている。
【0038】
ロックナット50は、第1締結板35の第2締結板36と反対側に配置されている。ロックナット50と第1締結板35との間には平座金55が設けられている。
【0039】
第2締結板36の第1締結板35と反対側には、内輪部材56とスラストベアリング57とが配置されており、これらは第2締結板36と回転軸51の突出板部51cとで挟持されている。
【0040】
トルクリミッター機構18は、回転軸51の基端側に設けられている。トルクリミッター機構18は、図4に示すように、後述のモーター側ジョイント60に連結されるトルクリミッター側ジョイント(回転部材)61と、回転軸51の突出板部51cにおけるトルクリミッター側ジョイン61と対向する面で構成された対向面部51eと、トルクリミッター側ジョイント61及び対向面部51eの間に配置される複数のローラー62と、ローラー62を保持する保持プレート(保持部)63と、トルクリミッター側ジョイント61を対向面部51eに接近する方向に付勢するためのバネ座金64(図2に示す)と、スラストベアリング65と、トルクリミッター側ジョイント61を回転軸51に取り付けるためのナット66とを備えている。
【0041】
トルクリミッター側ジョイント61は、回転軸51と同心上に配置される円柱状をなしている。トルクリミッター側ジョイント61には、回転軸51の突出板部51cよりも基端側が挿通する挿通孔61aが中心部を貫通するように形成されている。トルクリミッター側ジョイント61の突出板部51cと対向する端面は、中心線と直交する平坦面で構成されている。また、トルクリミッター側ジョイント61におけるローラー62と反対側には、溝61bが形成されている。この溝61bは、トルクリミッター側ジョイント61の中心線を通り径方向両端に亘って延び、両端部はトルクリミッター側ジョイント61の外周面で開放している。
【0042】
また、トルクリミッター側ジョイント61の溝61bには、バネ座金64及びスラストベアリング65を収容できるようになっている。
【0043】
回転軸51の対向面部51eは、トルクリミッター側ジョイント61の対向する端面と略平行に延びる平坦面で構成されている。
【0044】
各ローラー62は、その中心線方向両端部に亘って略同じ外径を有している。また、図5に示すように、各ローラー62の両端面は、凸球面状に形成されている。ローラー62は、回転軸51の周方向に等間隔に配置されている。ローラー62の中心線Bは、対向面部51eに沿い、かつ、回転軸51の径方向(一点鎖線Aで示す)に対し所定の角度αを持って傾斜している。
【0045】
図4に示すように、保持プレート63は、回転軸51を囲む環状をなしており、中心部に回転軸51の基端側が挿入されて、対向面部51eとトルクリミッター側ジョイント61との間に配置されている。保持プレート63は、回転軸51に軸支された状態で該回転軸51周りに回転可能となっている。
【0046】
図5に示すように、保持プレート63には、ローラー62を保持するスリット63aがローラー62の数と同じだけ、該ローラー62の位置に対応して形成されている。このスリット63aには、ローラー62が中心線B周りにのみ回転可能に収容されている。保持プレート63の厚さ寸法は、ローラー62の外径寸法よりも短く設定されており、従って、ローラー62はスリット63aに保持された状態で保持プレート63の両側面から突出している。
【0047】
図2に示すように、ナット66を回転軸51の雄ねじ部51dに螺合させて締め付けることで、トルクリミッター側ジョイント61が回転軸51の対向面部51eに接近する方向に押し付けられる。このときのトルクリミッター側ジョイント61の付勢力はバネ座金64によって得られる。トルクリミッター側ジョイント61の付勢力により、ローラー62が対向面部51e及びトルクリミッター側ジョイント61の端面に圧接する。ローラー62の対向面部51e及びトルクリミッター側ジョイント61への圧接力は、ナット66の締め付け力により調整することができる。
【0048】
電動モーター17は、減速機を内蔵した周知のものである。電動モーター17のローター軸(図示せず)は上下方向に延びており、ローター軸の回転力は減速機を介して水平方向に延びる出力軸17aに伝達されるようになっている。この電動モーター17はモーター取付金具68を介してフレーム27に固定されている。
【0049】
出力軸17aにはモーター側ジョイント60が固定されている。このモーター側ジョイント60は、厚肉板状の基部60aと、基部60aから突出する突出部60bとを備えている。突出部60bは、回転軸51の径方向に延びる板状をなしている。図3に示すように、電動モーター17をフレーム27に固定した状態でモーター側ジョイント60の突出部60bは、トルクリミッター側ジョイント61の溝61bに入り込み、両ジョイント60,61が接続される。
【0050】
制御部20は、第1スイッチ21及び第2スイッチ22の操作信号を得て、電動モーター17の回転方向を決定し、該電動モーター17を所定時間だけ回転させるように構成されている。すなわち、制御部20は、第1スイッチ21が押されてON状態となったことを検出すると、電動モーター17を締結具16の締め付け方向に回転させ、第2スイッチ22のみがON状態とされた場合には、電動モーター17を回転させない。また、第2スイッチ22を揺動させてON状態とし、かつ、第1スイッチ21を押してON状態とした場合には、電動モーター17を締結具16を緩める方向に回転させる。さらに、電動モーター17が締結具16を締め付ける方向に回転した後に、第1スイッチ21のみ、または第2スイッチ22のみが操作された場合には、電動モーター17を回転させずに、締結具16を締め付け状態で維持できるようになっている。電動モーター17の回転時間は一定時間とされ、所望の締め付け力を得るのに十分な時間、例えば5秒程度に設定されており、単純な制御ロジックとされている。
【0051】
図1に示すように、カバー25は、電動モーター17、締結具16、トルクリミッター機構18、ジョイント60,61及び制御部20を覆うように形成されている。このカバー25には、回転軸51の工具係合部51bに対応する部位に工具挿通孔25bが貫通形成されている。この工具挿通孔25bに工具を挿通することで、工具を工具係合部51bに係合させることができる。
【0052】
次に、上記のように構成された手術用腕支持装置1の動作について説明する。まず、締結具16が緩んでいる場合について説明する。締結具16が緩んでいると、内筒部材12が外筒部11に対しフリーな状態になるとともに、昇降棒13が内筒部材12に対しフリーな状態となる。内筒部材12及び昇降棒13を外筒部11に対し上方へ移動させると腕台14が上昇し、内筒部材12及び昇降棒13を外筒部11に対し下方へ移動させると腕台14が下降し、これにより、腕台14の高さを調節できる。また、内筒部材12及び昇降棒13を外筒部11に対し中心線周りに回動させると腕台14が回動し、これにより、腕台14の向きを調節できる。さらに、昇降棒13を内筒部材12に対し上下方向に動かすと、腕台14がリンク部材15によって内筒部材12に連結されていることにより、腕台14が揺動軸46周りに揺動して腕台14の傾斜角度を調節できる。
【0053】
術者が腕台14を所望の高さ、向き及び傾斜角度とした後に、第1スイッチ21を押すと、制御部20は電動モーター17を締結具16の締め付け方向に回転させる。電動モーター17の回転力は、モーター側ジョイント60を介してトルクリミッター側ジョイント61に伝達され、該トルクリミッター側ジョイント61が回転し、ローラー62が回転軸51の対向面部51e及びトルクリミッター側ジョイント61の端面に圧接しながら自身の中心線B周りに転動しようとする。このようにローラー62はその中心線B周りに転動して矢印X方向に移動しようとするが、中心線Bは、回転軸51の径方向に対し傾斜しているので、保持プレート63により自由な動きが規制されながら回転軸51の周方向(矢印Y)に強制的に案内されることになる。これにより、ローラー62とトルクリミッター側ジョイント61の端面との間、及びローラー62と回転軸51の対向面部51eとの間には、摩擦力が発生する。この摩擦力の大きさにより伝達トルクの最大値が決定され、最大値はナット66の締め付け度合いによって簡単に調節できる。
【0054】
この摩擦力の発生時には、ローラー62は中心線B周りに回転しながら、トルクリミッター側ジョイント61の端面と対向面部51eとを滑っているので、動摩擦による安定した抵抗力が得られる。
【0055】
これにより、トルクリミッター側ジョイント61の回転力が回転軸51に伝達されて該回転軸51が締め付け方向に回転し、雄ねじ部51aがロックナット50に螺合して第1締結板35と第2締結板36とが互いに接近していき、外筒部11が縮径する。外筒部11が縮径すると、内筒部材12が縮径して昇降棒13を締め付け、さらに、外筒部11が内筒部材12を締め付ける。締め付け力は、伝達トルクの最大値に対応する値となり、各部品のバラツキや経年変化を見込んで、十分に大きな値としておく。
【0056】
設定された締め付け力に達すると、回転軸51が停止し、電動モーター17が空転状態となる。回転軸51が停止しても、ローラー62がトルクリミッター側ジョイント61の端面と対向面部51eとの間で回転を続けるだけであり、異音の発生は殆ど無い。
【0057】
そして、電動モーター17は所定の回転時間だけ回転した後、停止する。以上のようにして締結具16が締め付け状態となり、腕台14が固定される。
【0058】
制御部20は、第1スイッチ21をON状態とし、かつ、第2スイッチ22をON状態として始めて電動モーター17を緩み方向に回転させるように構成されているので、腕台14が固定された状態で、例えば、第1スイッチ21にのみ触れた場合や、第2スイッチ22にのみ触れた場合には、電動モーター17は回転せず、腕台14が固定されたまま保持される。
【0059】
また、術者が腕台14の固定を解除しようとする場合には、第1及び第2スイッチ21,22をON状態とする。このとき、第1及び第2スイッチ21,22は腕台14の手首側にあり、しかも、片手で操作できるように互いに接近しているので、操作性は良好である。第1及び第2スイッチ21,22の操作により、電動モーター17が締結具16の緩み方向に回転して腕台14の固定が解除される。
【0060】
また、停電や電動モーター17が故障した場合には、カバー25の工具挿通孔25bに挿通した工具を回転軸51の工具係合部51bに係合させる。そして、工具を操作して回転軸51を緩み方向に回転させると、締結具16が緩んだ状態となり、反対側に回転させると締結具16が締め付け状態となる。
【0061】
電動モーター17は減速機を有しているので、出力軸17a側から回転させるのは困難であるが、この実施形態では、回転軸51を工具で回転させる際には、電動モーター17との間にトルクリミッター機構18が介在しているので、電動モーター17を回転軸51側から回転させずに済む。よって、腕台14の固定及び解除の切替を容易にできる。
【0062】
以上説明したように、この実施形態に係る手術用腕支持装置1によれば、電動モーター17と締結具16との間にトルクリミッター機構18を配設したので、制御ロジックの複雑化を招くことなく部品のバラツキや経年変化を吸収して腕台14の固定力を確実に得ることができるとともに、電動モーター17の動作によることなく腕台14の固定及び解除の切替を簡単に行うことができる。さらに、トルクリミッター機構18の作動時に異音が発生し難く、腕台14の固定及び解除の切替により発生する音を小さくでき、患者の状態を報知する装置から発せられる音や術者の会話の邪魔にならない。よって、安全な手技をサポートすることができる。
【0063】
また、腕台14の固定を解除する場合には第1及び第2スイッチ21,22を操作しなければならないので、腕台14の固定が不意に解除され難くなり、より一層安全な手技を行うことができる。
【0064】
また、電動モーター17が作動しない場合に、回転軸51を工具により締め付け方向や緩み方向に容易に回転させて、腕台14の固定及び解除の切替を簡単に行うことができる。
【0065】
尚、手術用腕支持装置1は、心臓外科手術、歯科神経手術、内視鏡手術、眼科における手術、整形外科手術でも使用することができる。
【0066】
また、手術用腕支持装置1は、椅子100以外にも手術用ベッド等に固定して使用することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0067】
以上説明したように、本発明に係る手術用腕支持装置は、例えば、脳外科手術を行う場合に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】実施形態に係る手術用腕支持装置を備えた手術用椅子の斜視図である。
【図2】手術用腕支持装置の分解斜視図である。
【図3】手術用腕支持装置の部分断面図である。
【図4】トルクリミッター機構の分解斜視図である。
【図5】保持プレートの一部を拡大して示す平面図である。
【符号の説明】
【0069】
1 手術用腕支持装置
10 装置本体
11 外筒部
12 内筒部材
13 昇降棒
14 腕台
15 リンク部材
16 締結具
17 電動モーター
18 トルクリミッター機構
20 制御部
21 第1スイッチ
22 第2スイッチ
46 揺動軸
47 回動軸
48 回動軸
50 ロックナット(雌ねじ部材)
51 回転軸(雄ねじ部材)
51e 対向面部
51b 工具係合部
61 リミッター側ジョイント
62 ローラー
63 保持プレート(保持部)
64 バネ座金(付勢部)
100 椅子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
手術時に術者の腕を支持するように構成された手術用腕支持装置であって、
装置本体と、
上記装置本体に一体に設けられた上下方向に延びる外筒部と、
上記外筒部の内側において上下方向に延び、該外筒部の中心線周りに回動可能に、かつ、昇降可能に配置された内筒部材と、
上記内筒部材の内側において上下方向に延び、該内筒部材の中心線周りに回動可能に、かつ、昇降可能に配置された昇降棒と、
上記昇降棒の上部に、該昇降棒の中心線と交差する方向に延びる揺動軸周りに揺動可能に取り付けられた腕台と、
上記腕台の揺動軸から離れた部位と上記内筒部材とに回動軸を介して連結されるリンク部材と、
上記外筒部を上記内筒部材に締め付けることにより該内筒部材を上記昇降棒に締め付けるように構成された締結具と、
上記締結具を締め付け方向及び緩み方向に回転させるモーターと、
上記モーターの上記締結具への伝達トルクを所定値以下とするトルクリミッター機構とを備え、
上記トルクリミッター機構は、上記モーターにより駆動される回転部材と、上記締結具に設けられ、上記回転部材と中心線方向に対向するように設けられた対向面部と、上記回転部材及び上記対向面部の間に中心線が該対向面部に沿って延びるように配置されるローラーと、該ローラーを上記回転部材及び上記対向面部の間で保持する保持部と、上記回転部材と上記対向面部との少なくとも一方を他方に接近する方向に付勢する付勢部とを備え、
上記保持部は、上記ローラーの中心線が上記回転部材の中心線の径方向に対し所定の角度を持って傾斜するように該ローラーを保持することを特徴とする手術用腕支持装置。
【請求項2】
請求項1に記載の手術用腕支持装置において、
締結具は、雌ねじ部材と、該雌ねじ部材に螺合する雄ねじ部材とを備え、
上記雄ねじ部材の長手方向一側にトルクリミッター機構が配設され、
上記雄ねじ部材の長手方向他側には、該雄ねじ部材を回転させるための工具が係合する工具係合部が設けられていることを特徴とする手術用腕支持装置。
【請求項3】
請求項1または2に記載の手術用腕支持装置において、
モーターを制御する制御部と、
上記制御部に接続される第1及び第2スイッチとを備え、
上記制御部は、上記第1スイッチが操作されたことを検出すると上記モーターを締結具の締め付け方向に回転させる一方、上記第1及び第2スイッチが操作されたことを検出すると上記モーターを締結具の緩み方向に回転させるように構成されていることを特徴とする手術用腕支持装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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