説明

抗酸化剤およびその製造方法

【課題】 食品、化粧品及び医薬品の分野で使用した場合、合成抗酸化剤のような副作用の不安がなく、かつ前記分野で使用するに耐えうる抗酸化能力を有する抗酸化剤を提供すること。
【解決手段】 山椒種子抽出物を有効成分として含有する抗酸化剤。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【技術分野】本発明は、食品、化粧品や医薬品等の分野で使用され得る抗酸化剤に関するものであり、更に具体的には、山椒からの抽出物を有効成分とした新規な抗酸化剤とその製造方法に関するものである。
【0002】
【背景技術】従来から、BHT(2,6 −ジ−t−ブチル−4−メチルフェノール)やBHA(ブチルヒドロキシアニソール)等の化学的に合成された物質が、極めて高い抗酸化性を有することが知られているが、近年では、人体への副作用や変異原性のおそれが問題視されていることから、食品や化粧品,医薬品等では、その使用を控える傾向にある。
【0003】一方、天然物から工業的に得ることの出来る抗酸化剤としては、従来から、ヴィタミンEが知られており、食品や化粧品,医薬品等に使用されている。更に、近年では、特開昭64−31890号公報や特開2000−73057号公報等に記載されているように、ローズマリーや葉たばこの他、茶葉、胡麻等の植物由来の天然抗酸化剤も提案されており、人体への副作用等が低いことが予想されることから、各種分野への適用が検討されている。
【0004】ところが、このような従来の天然抗酸化剤において、一つの植物から得られる抗酸化剤は、一般に、極端な油溶性乃至は水溶性を有しており、そのために、適用範囲が制限されてしまうという問題があった。即ち、対象物が水性である場合にも油性である場合にも有効な効果を発揮し得る天然抗酸化物を、一つの植物から得ることが極めて難しかったのである。
【0005】また、ヴィタミンEは、極端な油溶性であるものの大きな抗酸化特性を発揮し得ることが、実験的および理論的に確認されているが、植物油等には、元来、高濃度のヴィタミンEが溶解していることが多いことから、現実的には、ヴィタミンEの新たな添加による抗酸化能力の増大への期待は、それ程大きくないことが多いのが実情である。
【0006】
【解決課題】ここにおいて、本発明は、上述の如き事情を背景として為されたものであって、その解決課題とするところは、必要に応じて、親油性と親水性の何れの特性の抗酸化物質をも適宜に得ることが可能であって、ヴィタミンEとは異なる、天然物由来の新規な抗酸化剤と、その有利な製造方法を提供することにある。
【0007】
【解決手段】以下、このような課題を解決するために為された本発明の態様を記載する。なお、以下に記載の各態様において採用される構成要素は、可能な限り任意の組み合わせで採用可能である。また、本発明の態様乃至は技術的特徴は、以下に記載のものに限定されることなく、明細書全体および図面に記載され、或いはそれらの記載から当業者が把握することの出来る発明思想に基づいて認識されるものであることが理解されるべきである。
【0008】すなわち、上述の課題を解決するために、発明者等は、広く食用として用いられている多数の天然物を対象として、抗酸化能力を有する物質のスクリーニングを行った結果、山椒 (Zanthoxylum piperitum DC.)の抽出物に、従来の抗酸化剤の採取対象として公知の植物とは異なる新規な抗酸化能力の存在、特に、親油性と親水性の何れの特性の抗酸化物質をも含む天然物由来の新規な抗酸化剤を見い出し得たのであり、かかる知見に基づいて鋭意検討を重ねた結果、本発明を完成させるに至ったのである。
【0009】ここにおいて、抗酸化剤に係る本発明の特徴とするところは、山椒抽出物を有効成分として含有する抗酸化剤にある。
【0010】また、抗酸化剤の製造方法に係る本発明の特徴とするところは、山椒の種子,種皮および葉の少なくとも一つを含む材料を有機溶媒を用いて抽出することによって山椒抽出物を得た後、かかる山椒抽出物から植物油脂を抽出分離することによって抗酸化剤を得るようにしたことにある。
【0011】
【発明の実施形態】本発明において採用される山椒は、従来から公知のミカン科サンショウ (Zanthoxylum piperitum DC.)及び、その同属植物である。同属植物としては、アサクラザンショウ(Zanthoxylum piperium DC. forma inerme Makino)、ヤマアサクラザンショウ(Zanthoxylum piperium DC. forma brevispinosum Makino )、カショウ(Zanthoxylum bungeanum Sieb. et Zucc.)、イヌザンショウ(Zanthoxylum schinifolium Sieb. et Zucc. )、フユザンショウ(Zanthoxylum avicennae DC., Zanthoxylum simulans Hance, Zanthoxylum planispinum Sieb. et Zucc. )等が例示される。特に、食用に用いられている山椒であれば、何れの種類でも好適に用いられ得る。
【0012】また、本発明において抗酸化剤を得るために採用される山椒の部位、即ち抽出部位は、山椒の幹、枝、根、茎、表皮等、何れの部位も対象となり得るが、特に、山椒の種子や種皮、葉が好ましく、抗酸化剤の採取効率や作業性等の点から、山椒の種子と種皮が一層好ましい。
【0013】さらに、山椒から抗酸化剤となり得る抽出物を得る手法としては、例えば搾取等を採用することも可能であるが、好ましくは、山椒の適当な部位からなる材料を、必要に応じて切断や破砕,粉砕等で前処理した後、有機溶媒、含水有機溶媒または水等で成分を抽出することによって、目的とする抽出物を有利に得ることが出来る。
【0014】より具体的には、例えば、エタノール、メタノール、1−プロパノール,2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール等のアルコール類、エーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類、酢酸エチル等のエステル類、アセトン等のケトン類、アセトニトリル等のニトリル類、ベンゼントルエン等の芳香族炭化水素類、塩化メチレン、クロロフォルム等のハロゲン化脂肪族炭化水素類、n−ヘキサンおよび水等を、適宣選択して使用することによって、山椒から目的成分を抽出することが可能であり、特に好適には、抽出後の食品等への使用における安全性及び操作性、取扱性等の観点からメタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール等のアルコール類、n−ヘキサン等が採用される。
【0015】また、このようにして得られた山椒抽出物は、抽出物をそのまま用いることもでき、必要に応じて、水やアルコール等の溶媒を除去して抗酸化剤とされる。更に、かかる抽出物には、脱色や脱臭の処理を加えることも可能である。具体的には、脱色処理は、例えば、活性炭や漂白土を混合して加熱、濾過すること等によって行われる。また、脱臭処理は、例えば、真空蒸留等によって行われる。
【0016】更にまた、得られた山椒抽出物は、凍結乾燥器や噴霧乾燥器を用いた凍結乾燥法やスプレードライ法によって溶媒を除去することで、乾燥物として提供することも可能である。また、適当な溶媒に可溶化した状態や、乳剤の形態で提供することも出来る。更にまた、必要に応じて、各種の界面活性剤を添加し、親油性または親水性の乳物に調製することによって、親油性乃至は親水性を適宜に調節し、以て、使用する特定の対象において抗酸化能力がより有効に持続発揮される抗酸化剤とすることもできる。
【0017】さらに、例えば、逆相系やポリアミド系,疎水クロマト樹脂等を使用したクロマトグラフィーを用いて、得られた山椒抽出物を処理することによって得た分画物としても使用することができる。このような分画を行うことによって、山椒抽出物から、親油性乃至は親水性の程度を異にする特定の抗酸化物質だけを取り出すことが出来るのであり、例えば、使用する対象に応じて、特定の特性を有する抗酸化物質を選択的に提供したり、その特性を調節することも可能となる。
【0018】なお、クロマトグラフィー等によって分画された抗酸化剤も、同様に、必要に応じて、脱臭、脱色処理等を施されることとなり、また、乾燥状態や乳剤、可溶化状態等の適当な形態で提供される。
【0019】さらに、本発明に従う山椒抽出物は、抗酸化剤として用いられ得るが、ヒドロキシラジカル消去剤としても採用可能である。即ち、上述の如き山椒抽出物を添加することによって、酸化等に際してのラジカル反応を抑えたり、連鎖的に生ぜしめられるラジカル反応の速度を遅延させること等も出来るのであり、その範囲において、活性酸素消去剤等のように、抗酸化剤の範疇以外の分野への適用も可能である。
【0020】
【実施例】以下、本発明を更に具体的に明らかにするために、本発明の実施例としての抗酸化剤を説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0021】〔実施例1〕山椒の種子の粉末100gに対して、有機溶媒として500mlのメタノールを加えて、遮光した室温下で24時間震盪した後、得られた処理液を、0.45μmのメンブランフィルターによって濾過することによって抽出液を得た。更に、濾過後の残滓に500mlのメタノールを加え、上述と同様な抽出作業を6回繰り返し、6回の抽出作業によって、合わせて3リットルの濾液(抽出液)を得た。
【0022】続いて、得られた抽出液に蒸留水を加えて全体を80%メタノール溶液とし、2000mlの分液ロートに該メタノール溶液を500ml加え、更にn−ヘキサンを125ml添加して震盪した後、水層とn−ヘキサン層の境界を明瞭にするために飽和食塩水溶液を数ml添加して、n−ヘキサン層を除去した。同様の作業を2回繰り返した後、水層を回収して40℃以下で減圧乾固した。更に、得られた乾固物にメタノールを加えることによって脱塩し、0.45μmのメンブランフィルターで濾過した後、得られた濾液を40℃以下で減圧乾固することによって、目的とする約10gの山椒種子抽出物由来の抗酸化剤(実施例1)を得た。
【0023】「試験1」不飽和脂肪酸の自動酸化による過酸化脂質の蓄積を指標として、以下に記載の試験方法に従って、前記「実施例1」の抗酸化剤の添加による抗酸化能力を調べた。
【0024】(試料の調製)50ml共栓付三角フラスコにリノール酸を0.13ml加えて、エタノール10mlにより溶解した。続いて、50mMリン酸緩衝液(pH7.0)を10mlと、蒸留水を5ml加えた。これに、下記の実施例1および比較例1,2の如き抗酸化剤等を添加することによって、実施例および比較例としての試料を調製した。
実施例試料(a):実施例1で得た山椒抽出物100μgを添加比較例試料(a):メタノール100μgを添加比較例試料(b):天然ヴィタミンE100μgを添加
【0025】上述の如くして得られた3つの試料を、それぞれ、暗所で40℃に保持してインキュベートした。そして、リノール酸の自動酸化によって、生成される過酸化脂質を、以下に示すチオシアン酸法によって分析した。なお、かかる分析のための測定は、抗酸化剤無添加の比較例試料(a)おけるAbs.500nmの値が略1.0となった時点まで行って終了した。
「チオシアン酸法」リノール酸が酸化されて生成する過酸化脂質の蓄積を次の原理によって測定する。即ち、過酸化脂質が、発色試薬として加えた2価鉄の電子を奪って、3価鉄に酸化するが、かかる酸化鉄は、チオシアン酸アンモニウムと反応して赤色を呈することを利用して測定する。より具体的には、抗酸化能力試験試料を0.1mlだけ試験管にとり、75%エタノールを5ml加えて十分に攪拌する。その後、30%チオシアン酸アンモニウムを0.1mlと、0.02mMFeCl2(1N HCl溶液)を0.1mlを加えて、3分後にAbs.500nmにおける吸収を測定した。その結果を、図1に示す。
【0026】図1で示すように、実施例試料(a)の山椒種子抽出物を添加した試料は、天然ヴィタミンEを添加した比較例試料(b)と比べて、全く遜色のない抗酸化能力が認められた。
【0027】〔実施例2〜8〕前記実施例1で得た抗酸化剤を、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分離精製した。HPLC条件を下記「表1」に示すと共に、分離精製結果を図2に示す。なお、図2中の直線は、溶出溶液のメタノール濃度(質量%)を示す。
【0028】
【表1】


【0029】そして、上述の如くして得た山椒抽出物の分画1〜7を、それぞれ、エバポレータによって減圧乾固することによって、実施例2〜8の抗酸化剤を得た。各分画ナンバーと実施例ナンバーの対応を、下記「表2」に示す。
【0030】
【表2】


【0031】前記実施例2〜8を用いて、下記の実施例試料(b)〜(h)を調製し、それら各実施例試料について、前記試験法1と同様に抗酸化能力を測定した。その結果を、図3に示す。
実施例試料(b):実施例2で得た山椒抽出物100μgを添加実施例試料(c):実施例3で得た山椒抽出物100μgを添加実施例試料(d):実施例4で得た山椒抽出物100μgを添加実施例試料(e):実施例5で得た山椒抽出物100μgを添加実施例試料(f):実施例6で得た山椒抽出物100μgを添加実施例試料(g):実施例7で得た山椒抽出物100μgを添加実施例試料(h):実施例8で得た山椒抽出物100μgを添加比較例試料(a):メタノール100μgを添加比較例試料(b):天然ヴィタミンE100μgを添加
【0032】図3で示されているように、前記実施例2〜8の抗酸化剤は、天然ヴィタミンEを添加した比較例試料(b)と同等の抗酸化能力を有することが認められる。即ち、山椒抽出物からなる抗酸化剤は、部分精製された複数の分画、それぞれに強い抗酸化能力を各別に有することが確認されたのである。なお、低メタノール濃度で溶出された分画は親水性が強く、一方、高メタノール濃度で溶出された分画は比較的親油性が強い。要するに、部分精製分画物は多様な極性を有する物質で、且つ、それぞれの抗酸化能力が強いので、食品等に応用する場合、対象が親水性、親油性それぞれに対応した分画物を使用することが可能である。
【0033】〔実施例9〕上述の実施例5で得た山椒抽出物を50mMリン酸緩衝液(pH 5.1)によって希釈し、1ml中に抽出物4.8ngを含む抗酸化剤を得た。
【0034】〔実施例10〕上述の実施例5で得た山椒抽出物を50mMリン酸緩衝液(pH 5.1)によって希釈し、1ml中に抽出物48ngを含む抗酸化剤を得た。
【0035】〔実施例11〕上述の実施例5で得た山椒抽出物を50mMリン酸緩衝液(pH 5.1)によって希釈し、1ml中に抽出物480ngを含む抗酸化剤を得た。
【0036】「試験2」ヒドロキシラジカル消去能を、エレクトロスピン共鳴装置(ESR)を用いたスピントラップ法(コーエン等、FEBS Lett.、Cohen G. et al.,、FEBS Lett.、138(2)巻、258〜260頁、1982年)によって測定した。かかる試験2に際しての測定条件を下記「表3」に示す。
【0037】
【表3】


【0038】続いて、4.6mM 5,5- ジメチル-1-ピロリン-N- オキシド(DMPO)を20μgと、1.0mM 硫酸鉄−ジエチレントリアミンペンタ酢酸(DETAPAC )を75μリットル、前記実施例9〜11の何れかを50μリットル、9.8mM過酸化水素を75μリットル加えて、下記の各実施例試料(i)〜(k)を調製し、反応を開始した。そして、正確に45秒後、ESRの掃引を開始した。各溶液は、全て50mM リン酸緩衝液(pH 5.1)に溶解した。
実施例試料(i):前記実施例9の抽出液を添加実施例試料(j):前記実施例10の抽出液を添加実施例試料(k):前記実施例11の抽出液を添加
【0039】そして、各実施例試料(i)〜(k)における活性酸素消去能の検討は、DMPO−OHに由来するシグナル高(H)とMn2+に由来するシグナル高(S)の比をとり、下式で活性酸素消去能力を求めた。
【0040】
【数1】


【0041】但し、Hstand:コントロール(抗酸化剤無添加)のシグナル高Sstand:コントロール(抗酸化剤無添加)の内部標準のシグナル高Hsamp:抗酸化剤添加時のシグナル高Ssamp:抗酸化剤添加時の内部標準のシグナル高
【0042】図4に示した実験測定結果から明らかなように、前記実施例9〜11の抗酸化剤を添加した実施例試料(i)〜(k)において、濃度依存的に活性酸素消去能力が確認された。特に、実施例試料(k)において、その効果が顕著であった。
【0043】
【発明の効果】上述の説明から明らかなように、本発明に係る抗酸化剤は、広く食用に利用されている山椒から抽出された新規な物質であり、それ故、従来から公知の合成抗酸化剤に比べて副作用等の不安が少なく、食品、化粧品及び医薬の分野に使用して安全で、強い抗酸化効果を奏するものである。
【0044】また、本発明方法に従えば、本発明に係る抗酸化剤を、特に優れた効率で容易に採取することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】山椒種子メタノール抽出物由来の抗酸化剤の実施例1における抗酸化能力の測定結果を、比較例と共に併せ示したグラフである。
【図2】実施例1の抗酸化剤を、HPLCによって部分精製した物の特性の測定結果を表すグラフである。
【図3】実施例2〜8における抗酸化能力の測定結果を、比較例と共に併せ示したグラフである。
【図4】実施例9〜11における活性酸素消去能力の測定結果を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 山椒抽出物を有効成分として含有することを特徴とする抗酸化剤。
【請求項2】 山椒抽出物の分画物を有効成分として含有する請求項1に記載の抗酸化剤。
【請求項3】 山椒の種子,種皮および葉の少なくとも一つを含む材料を有機溶媒を用いて抽出することによって山椒抽出物を得た後、かかる山椒抽出物から植物油脂を抽出分離することによって抗酸化剤を得ることを特徴とする抗酸化剤の製造方法。
【請求項4】 山椒抽出物を有効成分として含有することを特徴とするヒドロキシラジカル消去剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2001−354958(P2001−354958A)
【公開日】平成13年12月25日(2001.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2000−177335(P2000−177335)
【出願日】平成12年6月13日(2000.6.13)
【出願人】(594156880)三重県 (58)
【出願人】(391012431)三重大学長 (1)
【Fターム(参考)】