説明

抗酸化性ペプチド

【課題】ローヤルゼリー蛋白質由来の抗酸化性ペプチドを提供する。
【解決手段】抗酸化性ペプチドは、ローヤルゼリー蛋白質のプロテアーゼ分解産物であって、特定のアミノ酸配列を有するペプチドである。ローヤルゼリー蛋白質に由来するので安全性が高く、酸化ストレス細胞の生存率を高めることができる。従って、抗酸化剤及び細胞死抑制剤として、機能性食品、食品、医薬品等の添加剤などとして広く利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗酸化性ペプチドに関する。より詳細には、ローヤルゼリー蛋白質に由来する抗酸化性ペプチド並びにそれを有効成分として含有する抗酸化剤及び細胞死抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、生活習慣病や老化などの原因として活性酸素の関与があげられており、この活性酸素を消去する抗酸化物質の同定とその作用メカニズムに関する研究が進んでいる。そこで、活性酸素による酸化ストレスから生体を防御する食品由来の抗酸化物質が注目されてきた。食品由来の抗酸化物質は抗酸化機構の面から、(1)フリーラジカル捕捉剤(例えば、α-トコフェロール、アスコルビン酸、カルノシンなど)、(2)一重項酸素消去剤(例えば、カロテノイド、β‐カロチン、リボフラビン、グルタチオンなど)、(3)金属キレート剤(例えば、トランスフェリン、ラクトフェリン、フラボノイド類など)の3種類に分類できる。このように、ビタミン類、カロテノイド、ポリフェノール類などの物質が現在抗酸化物質として利用されているが、食品蛋白質由来のペプチド性抗酸化物質もその安全性の点からも有望な抗酸化物質の一つである。
ところで、ローヤルゼリーは種々の疾病の予防に効果があり、健康食品や医薬品として広く利用されている。ローヤルゼリーの生理活性については、抗癌作用、血圧降下作用、抗菌作用、抗炎症作用、ヒト単球細胞増殖促進作用、コラーゲン産生促進作用などが報告されている。しかし、ローヤルゼリーの主要成分である蛋白質の生理機能性やその利用に関してはほとんど研究されていない。ローヤルゼリー蛋白質由来ペプチドとしては、例えば、ローヤルゼリー蛋白質に由来する分子量350kDaの糖蛋白質であって、細胞増殖作用を有するアピシンが報告されている(非特許文献1)。
【非特許文献1】Biosci. Biotech. Biochem. 67, 2055-2058, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上述のように、ローヤルゼリー蛋白質の生理機能性やその利用に関してはあまりよく知られていない。そこで、本発明者らは、ローヤルゼリー蛋白質の機能を研究したところ、ローヤルゼリー水溶性蛋白質(WSRJP)をプロテアーゼで分解すると、その分解物の抗酸化活性が強くなることを見出し、更に分解物を精製することにより、抗酸化性を有するペプチドを単離・同定し、構造を決定した。
より詳細には、ローヤルゼリーから抽出したWSRJPをプロテアーゼで分解し、これを分画分子量1 kDaと3 kDaの限外ろ過膜を用いて3つの画分(<1 kDa、 1-3 kDa及び>3
kDa)に分離した。抗酸化活性をリノール酸に対する過酸化抑制率で評価した結果、1 kDa以下画分が最も高い抗酸化活性を示したので、これを用いてイオン交換及び逆相高速液体クロマトグラフィーにより抗酸化性ペプチドの分離を行い、単離したペプチドの構造をプロテインシーケンサーと質量分析計により決定した。その結果、29種の抗酸化性ペプチドが同定され、同定された29種の抗酸化性ペプチドは既知の抗酸化性ペプチドと同一のものはなく、いずれも新規な抗酸化性ペプチドであることが明らかになった。
更に研究した結果、係るペプチドは、酸化ストレス誘導下での細胞の生存率を高めることが明らかとなった。
本発明は係る知見に基づくもので、抗酸化性を有するペプチド並びにそれを含有する抗酸化剤及び細胞死抑制剤を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は、下記のアミノ酸配列を有する抗酸化性ペプチドである。
Ala-Leu、Phe-Lys、Phe-Arg、Lys-Phe、Lys-Leu、Lys-Tyr、Arg-Tyr、Val-Gln、Tyr-Tyr、Ile-Arg、Phe-Asp-Asp、Leu-Asp-Arg、His-Glu-Trp、Arg-Tyr-Asn、Ser-Asp-Gln、Tyr-Asp-Tyr、Tyr-Glu-Gly、Ile-Asp-Gly-Glu、Lys-Asn-Tyr-Pro、Trp-Asn-Glu-His、Tyr-Glu-Glu-Asn、Glu-Ile-Pro-His-Asp、Gly-Val-Pro-Ser-Ser、Ile-Asp-Gly-Glu-Ser、Leu-Pro-His-Val-Pro、Val-Asp-Thr-Glu-Gln、Ala-Leu-Pro-His-Val-Pro、Ile-Glu-Ile-Pro-His-Asp、Val-Glu-Ile-Phe-His-Asp
なお、上記のペプチドは、WSRJPをプロテアーゼで酵素分解した後、精製・単離したものでもよく、また化学的に合成したものでもよい。
また、本発明の抗酸化剤は、上記ペプチドの少なくとも一種を有効成分として含有する抗酸化剤である。
更に、本発明の細胞死抑制剤は、上記ペプチドの少なくとも一種を含有する酸化ストレス誘導下での細胞死抑制剤である。
【発明の効果】
【0005】
本発明の抗酸化性ペプチドはローヤルゼリー蛋白質に由来し、極めて安全性が高く、また酸化ストレス誘導下での細胞の生存率を高めることができる。従って、当該ペプチドを有効成分として含有する本発明の抗酸化剤及び細胞死抑制剤は食品、医薬品など種々の用途に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
上記のように、本発明の抗酸化性ペプチドはWSRJPをプロテアーゼで分解して得られ、特定のアミノ酸配列を有するペプチドである。当該ペプチドの製法を説明する。
まず、原料であるWSRJPは常法に準じて調製することができる。より具体的は、凍結乾燥した生ローヤルゼリーに水性エタノール(例えば、70%エタノール)を加え1次抽出を行い、これを濾過して得られたケーキ(抽出残渣)に再び水性エタノール(例えば、70%エタノール)を加え2次抽出を行う。これを再度濾過し、ケーキを搾汁し、得られたケーキを加温下(例えば、45-50℃)で真空乾燥し、粗ローヤルゼリー蛋白質(CRJP)を得る。
次いで、CRJPを脱イオン水に懸濁し、適当なpH調整剤(例えば、水酸化ナトリウム水溶液)でpHを中性付近に調整しながら1時間緩やかに攪拌する。攪拌後、その懸濁液を遠心分離し、その上清を適当な透析膜を用いて脱イオン水に対して透析し、その透析内液を凍結乾燥することにより、WSRJPを得る。
【0007】
上記で調製されたWSRJPは、次いでプロテアーゼで酵素分解する。この際に使用される酵素としては、ローヤルゼリー蛋白質を分解し得るプロテアーゼであれば特に限定はされず、例えば、プロテアーゼ N、プロテアーゼ S、ブロメラインF、パパイン、トリプシン、ペプシンなどを挙げることができる。
WSRJPのプロテアーゼによる酵素分解は常法に準じて行うことができる。例えば、WSRJPを、使用するプロテアーゼの最適pHに調整した緩衝液又は精製水に溶解し、沸騰水中で10分間加熱後、放冷し、次いで所定量のプロテアーゼを添加し、各プロテアーゼの最適温度で適当な時間(例えば、24時間程度)インキュベートしWSRJPを加水分解する。分解後、加熱(例えば、100℃で5分間程度)して酵素を失活させ、放冷後pH 7.0に中和し、遠心分離後、上清を凍結乾燥し、WSRJP酵素分解物を得ることができる。
【0008】
かくして得られたWSRJP酵素分解物(ペプチド)は、ゲル濾過、イオン交換カラムクロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの慣用の方法で精製し、単離することができる。次いで、単離したペプチドの構造をプロテインシーケンサーと質量分析計により決定することができる。また、単離したペプチドの抗酸化活性を脂質の過酸化抑制率などで測定することにより測定することができる。
【0009】
その結果、抗酸化活性を有するペプチドとして、下記のペプチドが得られた。
Ala-Leu(配列番号1)
Phe-Lys(配列番号2)
Phe-Arg(配列番号3)
Lys-Phe(配列番号4)
Lys-Leu(配列番号5)
Lys-Tyr(配列番号6)
Arg-Tyr(配列番号7)
Val-Gln(配列番号8)
Tyr-Tyr(配列番号9)
Ile-Arg(配列番号10)
Phe-Asp-Asp(配列番号11)
Leu-Asp-Arg(配列番号12)
His-Glu-Trp(配列番号13)
Arg-Tyr-Asn(配列番号14)
Ser-Asp-Gln(配列番号15)
Tyr-Asp-Tyr(配列番号16)
Tyr-Glu-Gly(配列番号17)
Ile-Asp-Gly-Glu(配列番号18)
Lys-Asn-Tyr-Pro(配列番号19)
Trp-Asn-Glu-His(配列番号20)
Tyr-Glu-Glu-Asn(配列番号21)
Glu-Ile-Pro-His-Asp(配列番号22)
Gly-Val-Pro-Ser-Ser(配列番号23)
Ile-Asp-Gly-Glu-Ser(配列番号24)
Leu-Pro-His-Val-Pro(配列番号25)
Val-Asp-Thr-Glu-Gln(配列番号26)
Ala-Leu-Pro-His-Val-Pro(配列番号27)
Ile-Glu-Ile-Pro-His-Asp(配列番号28)
Val-Glu-Ile-Phe-His-Asp(配列番号29)
【0010】
上記の配列番号1〜29のペプチドは、前述の方法により、WSRJPのプロテアーゼで酵素分解物より精製・単離して取得してもよいが、化学的方法で合成してもよい。化学的合成方法は、慣用のペプチド合成法に準じて行うことができる。
【0011】
これらのペプチドに関し、リノール酸に対する過酸化抑制率、ヒドロキシルラジカル消去作用、スーパーオキシドアニオン消去作用、鉄イオンキレート作用及び過酸化水素消去作用について調べた結果、これらのペプチドはリノール酸の過酸化抑制率が高く、ヒドロキシルラジカル消去作用も示した。また、過酸化水素消去作用は、Tyr-Tyr、Arg-Tyr、Lys-TyrなどのC末端にTyr残基を有するジペプチドに強く認められた。しかし、スーパーオキシドアニオン消去作用や鉄イオンキレート作用はいずれのペプチドにもほとんど認められなかった。従って、in vitroでの上記ジペプチドの抗酸化作用の主因は水素供与作用であると推測された。
【0012】
次に、培養細胞に対する前記の抗酸化性ペプチドの抗酸化作用及び機構について検討した。t-ブチルペルオキシド(t-BOOH)及び過酸化水素(H2O2)処理によって酸化ストレスを誘導したヒト単球様リンパ腫細胞(U937)の細胞死に対する抗酸化性ペプチドの抑制作用を調べた。その結果、当該ペプチドは、酸化ストレスによるU937細胞の細胞死を抑制し、特にt-BOOH処理の場合はTyr-Tyr及びPhe-Argが、またH2O2処理の場合はPhe-Lys及びTyr-Tyrが強く抑制した。
【0013】
酸化ストレス負荷による細胞内活性酸素種(ROS)量の変化を調べた結果、酸化ストレスを負荷した細胞においてPhe-Lys、Phe-Arg及びTyr-Tyrは細胞内ROSを強く減少させた。
【0014】
次に、各ペプチドを用いて、細胞内還元型グルタチオン(GSH)及び酸化型グルタチオン(GSSG)量を測定した。その結果、酸化ストレス細胞にこれらのジペプチドを添加すると、ペプチド無添加の場合に比べ、GSH/GSSGの比が増加することが明らかになった。しかし、細胞内の抗酸化酵素であるグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)及びグルタチオンレダクターゼ(GR)の活性を測定したところ、酸化ストレス細胞内のGPx及びGR活性は抗酸化性ペプチドの添加、無添加にかかわらず、ほとんど変化しないことが明らかになった。U937細胞におけるこれらジペプチドによる抗酸化作用は細胞内抗酸化酵素(GPx、GR)の発現調節によるものではなく、細胞内ROSの消去及びGSH/GSSG比の相対的な増加によるものであると考えられた。
【0015】
以上の結果から、WSRJP分解物から同定された抗酸化性ペプチドのin vitroにおける抗酸化作用は主として水素供与作用であることが推測された。特に、C末端チロシン残基を持つペプチドTyr-Tyr、Arg-Tyr、Lys-Tyrは強いヒドロキシルラジカル消去作用及び過酸化水素消去作用を有していた。また、細胞レベルでの抗酸化機構は、これらのペプチドによる細胞内ROSの消去作用の関与が示唆された。
【0016】
本発明の抗酸化剤及び細胞死抑制剤は、前記のローヤルゼリー蛋白質由来ペプチドの少なくとも一種を有効成分として含有するものであり、その製剤形態としては種々の形態をとり得、例えば、粉末状、液状、固形状、顆粒状などが例示することができ、係る製剤は常法に準じて調製することができる。
本発明の抗酸化剤及び細胞死抑制剤は、そのままで機能性食品(健康食品)、医薬品などとして、又は食品や医薬品の添加剤などとして利用することができる。
【実施例】
【0017】
以下、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0018】
実施例1(抗酸化性ペプチドの精製・単離・抗酸化活性測定・同定)
(1)水溶性ローヤルゼリー蛋白質(WSRJP)の調製
生ローヤルゼリーから調製された粗ローヤルゼリー蛋白質(CRJP: crude royal jelly protein)はアピ株式会社から提供されたものを使用した。CRJPの調製は以下の方法で行われた。まず、凍結乾燥した生ローヤルゼリー33kgに70%エタノール140リットルを加え1次抽出を行い、これを濾過して得られたケーキ(抽出残渣)に再び70%エタノール55 リットルを加え2次抽出を行った。これを再度濾過し、得られたケーキを搾汁した。このようにして得られたケーキ25kg(湿重量)を45-50℃で16時間真空乾燥し、CRJP(14 kg)とした。
水溶性ローヤルゼリー蛋白質(WSRJP)の調製は以下の方法で行った。まず、CRJP 50 gを1リットル の脱イオン水に懸濁し、水酸化ナトリウム溶液でpHを中性付近に調整しながら1時間緩やかに攪拌した。攪拌後、その懸濁液を遠心分離(40,000×g、4℃、30分間)し、その上清をVisking Cellulose Tubing (Viskase Sales 製、排除限界分子量12,000 - 14,000)を用いて脱イオン水に対して一晩透析した。その透析内液を凍結乾燥した物(3.94g)を、WSRJPとして以後の実験に用いた。
【0019】
(2)プロテアーゼによるWSRJPの加水分解
本実験で使用した6種類のプロテアーゼの起源及び最適反応条件を表1に示した。プロテアーゼ N、ブロメラインF、プロテアーゼ S、パパインは天野エンザイム製、トリプシン、ペプシンはシグマ製を用いた。また、プロテアーゼによる加水分解は、Chenら (J. Agric. Food Chem., 44, 2619-2623,
1996) の方法に従って行った。まずWSRJP 990 mgを秤量し、それぞれのプロテアーゼの最適pHに調整した0.1 Mリン酸ナトリウム緩衝液33 mlに溶解した。ペプシンの場合のみ、脱イオン水に溶解し、塩酸でpHを2.0に調整した。沸騰水中で10分間加熱後、放冷しプロテアーゼ(0.03%, w/w)を添加し、各プロテアーゼの最適温度で24時間インキュベートしWSRJPを加水分解した。分解後、100℃で5分間加熱し、放冷後pH 7.0に中和した。遠心分離(18,500×g、4℃、20分間)後、上清を凍結乾燥し、WSRJP分解物として以後の実験に用いた。
【0020】
【表1】

【0021】
(3)リノール酸の自動酸化に対する抗酸化活性の測定
WSRJP分解物の抗酸化活性は、脂質過酸化抑制率で表し、その測定には、Sudaら(Biosci. Biotech. Biochem., 58, 14-17,
1994)によって報告されているジエチルチオバルビツール酸(DETBA)法を用いた。すなわち、まず15ml試験管に200μg/mlリノール酸/100%エタノール溶液20μlと125μg/ml
WSRJP分解物/80%エタノール溶液20μlを加え攪拌し、80℃で1時間加熱した。加熱後に5分間氷冷し、20mMブチルヒドロキシトルエン(BHT)200μlを加えて攪拌した。これに2.67%ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)600μlを加えて攪拌した後、予め50℃に加熱した12.5mM DETBA/125mMリン酸ナトリウム緩衡液(pH3.0)を3.2 ml加えて攪拌し、密栓して95℃で15分間加熱した。加熱後に5分間氷冷し、酢酸エチル4 mlを加え2回激しく攪拌した。遠心分離(750×g、室温)後、分光蛍光光度計(RF1500島津製作所製)を用いて酢酸エチル層の555 nmにおける蛍光強度(励起波長515 nm)を測定した。この方法の原理は、リノール酸の自動酸化によって産生するマロンジアルデヒドとDETBAが形成する複合体を、その蛍光強度から定量することによって、リノール酸の過酸化度を推定するものである。抗酸化活性は脂質過酸化抑制率(%)として示し、試料を添加していない時の蛍光強度をコントロールとして、以下の式で求めた。
【0022】
【数1】

【0023】
また、6種類のプロテアーゼによるWSRJP分解物の抗酸化活性を比較するために、IC50値を求めた。IC50値はリノール酸の脂質過酸化抑制率が50%となる試料濃度とした。その結果を表2に示す。
【0024】
【表2】

【0025】
(4)プロテアーゼによるWSRJP分解物の加水分解度の測定
WSRJP分解物の加水分解度の測定は、Churchら(J. Dairy Sci., 1219-1227, 1983)によって報告されているo-フタルジアルデヒド(OPA)法に従って行った。
まず、WSRJPを、6種の異なったプロテアーゼで24時間加水分解した。次いで、加水分解物2 mgを0.5 mlの脱イオン水に溶解し、石英セルに40μl分注した。次に、OPA試薬(100mM四ホウ酸ナトリウム25 ml、20%(w/w)ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)2.5 ml、40 mg/ml OPAメタノール溶液1 ml、β-メルカプトエタノール100μlを混合し脱イオン水で50 mlにメスアップしたもの、用時調製) 1 mlを加え、軽く転倒混和した。2分間室温で放置した後に340 nmにおける吸光度を分光光度計(UV 1200、島津製作所製)によって測定した。この方法の原理は、OPAとβ-メルカプトエタノールが一級アミノ基と反応することによって形成された物質を340 nmで定量するものであり、蛋白質の加水分解が進行しているほど340 nmの吸光度は高くなる。よって、本実験では、340 nmにおける吸光度で加水分解度を便宜的に表わした。その結果を図1に示した。プロテアーゼNの加水分解度が大きいことが明らかとなった。
【0026】
(5)ゲル濾過クロマトグラフィー及び逆相高速液体クロマトグラフィー(HPLC)
WSRJPプロテアーゼN分解物990 mgを33 mlの脱イオン水に溶解し、脱イオン水で平衡化したSephadex G-25カラム(アマシャムファルマシアバイオテク製、ベッド容量:2.6×96
cm)によるゲル濾過クロマトグラフィーで分離を行った。流速は29 ml/h、移動相は脱イオン水、フラクションサイズは6 mlで、280 nmにおける吸光度を測定した(図2参照)。
溶出画分をFa〜Fgフラクションの7つに分け、凍結乾燥した。各フラクションの凍結乾燥標品125μgを1 mlの80%エタノールに溶かし、DETBA法により抗酸化活性を測定した(図3参照)。Fd画分に最も強い抗酸化活性が認められた。
【0027】
ゲル濾過クロマトグラフィーで最も強い抗酸化活性及び高い収量が認められたFd画分の凍結乾燥標品2mgを1mlの0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)に溶解し、フィルター(0.22μm)によって濾過した後、Wakosil II 5C-18カラム(和光純薬工業製、カラムサイズ 4.6×250 mm)を用いて、高速液体クロマトグラフL-6000型 (日立製作所製)で逆相HPLCを行った。流速は1.0 ml/分、移動相は0.1%TFAから0.1%TFAを含む30%アセトニトリルへのリニアグラジエント(65分間)、フラクションサイズは1 mlで、溶出液の216 nmにおける吸光度を測定し、クロマトグラムを作成した(図4参照)。
単離したペプチドを分取し、減圧遠心濃縮機によって乾固を行った。濃縮した後、再度80%エタノールに溶かして、DETBA法によって単離したペプチドの抗酸化活性を測定した(図5参照)。
【0028】
(6)限外濾過
WSRJPプロテアーゼN分解物0.6gを脱イオン水20 mlに溶解し、撹拌式セル(アミコン製)にセットしたダイアフローメンブレン(YM2、分画分子量1 kDa及びYM3、分画分子量3 kDa、アミコン製)を用いて限外濾過を行い、それぞれ分子量1 kDa以下(F1)、1 kDa〜3 kDa(F2)、3 kDa以上(F3)の三つの画分に分けた。各画分は凍結乾燥し、濃度125μg/ml 80%エタノールに調製して、DETBA法により抗酸化活性を測定した。その結果を図6に示す。図6に示されるように、F1(分子量1 kDa以下)画分に強い抗酸化活性が認められた。
【0029】
(7)陰イオン交換HPLC
限外濾過で分離した分子量1 kDa以下の画分が最も強い抗酸化活性を有することがわかったので、この画分を用いて陰イオン交換HPLCを行った。分子量1 kDa以下画分の凍結乾燥標品2mgを1mlの0.1% トリフルオロ酢酸(TFA)に溶解し、YMC Duo-Filterフィルター(ワイエムシイ製、ポアサイズ 0.2μm)を用いて濾過し、得られた溶液を試料として用いた。L-6000型HPLC(日立製作所製)とTSK-gel DEAE-5PW HPLCカラム(カラムサイズ7.5 mm×7.5 cm, 東ソー製)を用いて、開始緩衡液を20mM Tris-HCl(pH 8.0)とし、0から0.25 Mまでの直線的NaCl濃度勾配により流速0.8 ml/分で溶出を行った。ペプチドの検出は280 nmにおける吸光度を測定することによって行った(図7参照)。
【0030】
(8)逆相HPLC
陰イオン交換HPLCで6つの画分に分離し、分取した各画分を減圧遠心濃縮機によって乾固した。6つの画分(I〜VI)を0.1%TFAに溶解し、それぞれ逆相HPLCに供した。
即ち、陰イオン交換HPLCで得られた画分Iを0.1%TFAに溶解し、Wakosil II 5C-18カラム(和光純薬工業製、カラムサイズ 4.6×250 mm)による逆相HPLCによってペプチドを単離した。流速は0.8 ml/分、移動相は0.1%TFAから0.1%TFA/40%アセトニトリルへのリニアグラジエント(40分間)で、溶出液は216 nmでモニターし、クロマトグラムを作成した(図8参照)。
各画分を分取し、減圧遠心濃縮機によって乾固を行った。濃縮した後、80%エタノールに溶かして、216 nmでの吸光度が約0.8になるように濃度を調整し、抗酸化活性をDETBA法によって測定した(図9参照)。
【0031】
画分IIも上記と同様にして、逆相HPLCを行った。流速は0.8 ml/分、移動相は0.1%TFAから0.1%TFA/40%アセトニトリルへのリニアグラジエント(40分間)で溶出した。各画分を分取し濃縮した後、抗酸化活性を測定した(図10、11参照)。
画分IIIも上記と同様にして、逆相HPLCを行った。流速は0.8 ml/分、移動相は0.1%TFAから0.1%TFA/48%アセトニトリルへのリニアグラジエント(60分間)で溶出した。各画分を分取し濃縮した後、抗酸化活性を測定した(図12,13参照)。
【0032】
画分IVも上記と同様にして、逆相HPLCを行った。流速は0.8 ml/分、移動相は0.1%TFAから0.1%TFA/40%アセトニトリルへのリニアグラジエント(50分間)で溶出した。各画分を分取し濃縮した後、抗酸化活性を測定した(図14,15参照)。
画分Vも上記と同様にして、逆相HPLCを行った。流速は0.8 ml/分、移動相は0.1%TFAから0.1%TFA/50%アセトニトリルへのリニアグラジエント(50分間)で溶出した。各画分を分取し濃縮した後、抗酸化活性を測定した(図16,17参照)。
画分VIも上記と同様にして、逆相HPLCを行った。流速は0.8 ml/分、移動相は0.1%TFAから0.1%TFA/50%アセトニトリルへのリニアグラジエント(50分間)で溶出した。各画分を分取し濃縮した後、抗酸化活性を測定した(図18、19参照)。
【0033】
(9)アミノ酸配列分析
上記で単離した抗酸化性ペプチドのアミノ酸配列を分析するため、各ペプチドをそれぞれ減圧遠心濃縮機で乾固し、9% 蟻酸に溶解した。次に、プロテインシークエンサー(モデル494、アプライドバイオシステムズ製)によってアミノ酸配列分析を行い、抗酸化性ペプチドのアミノ酸配列を決定した。
【0034】
(10)質量分析
単離した抗酸化性ペプチドを減圧遠心濃縮機で乾固した後、50%アセトニトリル/0.1%蟻酸溶液に溶解して質量分析に供した。四重極型質量分析装置(API 300、アプライドバイオシステムズ製)を用いて、イオン化方法: 大気圧イオン化(API)法、モード:正イオンモード、 ガス噴霧圧力: 6 psi、ガスカーテン: 8 psi、ドウェルタイム: 1.0 ms、走査周波数: 1.1 s/scan、流速:0.3 ml/分、質量分析範囲: 100 Da -1200 Daの分析条件で抗酸化性ペプチドの質量を測定した。その質量とアミノ酸配列分析で推定されたペプチドの質量を照合し、ペプチドの同定を行った。
【0035】
上記の結果、前記配列番号1〜29に示されるアミノ酸配列を有するペプチドが下記のとおり同定された。
Ala-Leu(配列番号1、図10及び11の画分3)
Phe-Lys(配列番号2、図8及び9の画分5)
Phe-Arg(配列番号3、図8及び9の画分6)
Lys-Phe(配列番号4、図8及び9の画分9)
Lys-Leu(配列番号5、図4及び5の画分2)
Lys-Tyr(配列番号6、図8及び9の画分2)
Arg-Tyr(配列番号7、図8及び9の画分4)
Val-Gln(配列番号8、図4及び5の画分1)
Tyr-Tyr(配列番号9、図16及び17の画分17)
Ile-Arg(配列番号10、図8及び9の画分1)
Phe-Asp-Asp(配列番号11、図18及び19の画分3)
Leu-Asp-Arg(配列番号12、図10及び11の画分1)
His-Glu-Trp(配列番号13、図4及び5の画分3)
Arg-Tyr-Asn(配列番号14、図8及び9の画分3)
Ser-Asp-Gln(配列番号15、図16及び17の画分1)
Tyr-Asp-Tyr(配列番号16、図18及び19の画分5)
Tyr-Glu-Gly(配列番号17、図14及び15の画分2)
Ile-Asp-Gly-Glu(配列番号18、図16及び17の画分11)
Lys-Asn-Tyr-Pro(配列番号19、図8及び9の画分10)
Trp-Asn-Glu-His(配列番号20、図16及び17の画分15)
Tyr-Glu-Glu-Asn(配列番号21、図18及び19の画分2)
Glu-Ile-Pro-His-Asp(配列番号22、図14及び15の画分11)
Gly-Val-Pro-Ser-Ser(配列番号23、図10及び11の画分2)
Ile-Asp-Gly-Glu-Ser(配列番号24、図16及び17の画分10)
Leu-Pro-His-Val-Pro(配列番号25、図10及び11の画分4)、
Val-Asp-Thr-Glu-Gln(配列番号26、図16及び17の画分8)
Ala-Leu-Pro-His-Val-Pro(配列番号27、図10及び11の画分5)
Ile-Glu-Ile-Pro-His-Asp(配列番号28、図14及び15の画分17)
Val-Glu-Ile-Phe-His-Asp(配列番号29、図12及び13の画分14)
【0036】
実施例2(細胞実験による抗酸化機能評価)
(1)試験ペプチド及び試料の調製
下記のアミノ酸配列を有する12種のペプチドを化学的に合成し、試験した。
Ala-Leu(AL)、Phe-Lys(FK)、Phe-Arg(FR)、Ile-Arg(IR)、Lys-Phe(KF)、Lys-Leu(KL)、Lys-Tyr(KY)、Arg-Tyr(RY)、Val-Gln(VQ)、Tyr-Tyr(YY)Leu-Asp-Arg(LDR)、Lys-Asn-Tyr-Pro(KNYP)
なお、カッコ内はアミノ酸の一文字表記である。
【0037】
上記の抗酸化性ペプチドをRPMI-1640培地(SIGMA製)に溶解した。いくつかのペプチドはこの培地に溶解しにくいため、終濃度3.5mMになるように溶解した後、120℃、20分間オートクレープ処理を行った。tert-ブチルヒドロペルオキシド(t-BOOH, SIGMA製)とH2O2(和光純薬工業製)はPBS(-)(日水製薬製)に溶解し、必要な濃度に調整した。
【0038】
(2)細胞培養
細胞株として理研ジーンバンクから分譲された浮遊細胞であるヒト単球様リンパ腫細胞(U937)を用いた。U937細胞の継代培養は、10 cmディッシュでRPMI-1640培地に10%牛胎児血清(Fetal Bovine Serum:FBS、GIBCO製)、50
units/ml ぺニシリン(GIBCO製)及び 50μg/mlストレプトマイシンを添加し、37℃、5% CO2の条件下で行った。なお、継代は一週間に二回の間隔で行った。
【0039】
(3)短時間t-BOOH処理による酸化ストレス実験
短時間、高濃度でt-BOOH処理することによって細胞に酸化ストレスを誘導できることを利用して、ペプチドによる細胞の酸化ストレスに対する抗酸化性を調べた。まず、t-BOOHにより酸化ストレスを誘導する最適濃度と反応時間を調べた。
具体的には、対数増殖期にある培養細胞浮遊液を遠心分離(1,000 rpm、室温、5分間)にかけ、上清を吸引除去した。細胞沈殿量に応じて適量のRPMI-1640培地を加え、これを細胞懸濁液とした。これから50μl採取し、等量のトリパンブルー溶液(GIBCO製)を加えたものを血球計算盤上に移して、トリパンブルー溶液で染色されない生細胞数を計数し、細胞懸濁液を4×105cells/mlになるように調整した。96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、終濃度100μM、250μM、500μMになるようにt-BOOHをそれぞれ添加し、37℃で、0、1、2、4時間培養を行った。培養後、トリパンブルーによる色素染色し、血球計算盤上で生細胞数を計数した。この結果から、本実験で使用するt-BOOH濃度を決定した。その結果を図20に示す。
図20に示されるように、1時間曝露処理では変化はないが、2時間曝露処理したところ、100μM、250μM、500μMの濃度で細胞生存率がそれぞれ86.3%、69%、46% となり、4時間曝露処理した結果、細胞生存率がそれぞれ40%、23.8%、0% となった。よって、今後の実験では、t-BOOHの最適濃度を500μMとして、反応時間は2時間(生存率: 46%)とするように決定した。
【0040】
t-BOOHによって誘導された酸化ストレス細胞における試験ペプチドの抗酸化作用を調べた。
より具体的には、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、試験ペプチドはそれぞれ終濃度1 mg/mlになるように細胞に添加した。ジペプチドであるカルノシンも対照として同濃度添加した。24時間培養した後、細胞に酸化ストレスを誘導するために、細胞懸濁液に終濃度500μMになるようにt-BOOHを添加し、37℃、CO2インキュベータで2時間培養した。また、コントロール(-)はt-BOOHの代わりにPBS (-)を加え、コントロール(+)はt-BOOHのみを加えたものとした。その後、トリパンブルーによる色素染色し、血球計算盤上で生細胞数を計数し、細胞生存率は以下の式で求めた。
【0041】
【数2】

【0042】
その結果を図21に示す。図21に示されるように、細胞生存率はAL:41.4%、FK:41.1%、FR:49.4%、 IR:37.9%、KF:39.2%、KL:50.4% 、KY:38.5%、RY:37.6%、VQ:45.7%、YY:76.4%、LDR:42.5%、 KNYP:46.6%、WSRJP:25.8%、カルノシン:41%、コントロール:38.7%であり、この中で、YYは強い抗酸化ストレス作用が認められ、FR、KLにやや強い抗酸化ストレス作用が見られた。ペプチドのリノール酸過酸化に対する抗酸化活性の強さと培養細胞に対する抗酸化作用の強さが一致しないことから、リノール酸の過酸化に対する抗酸化作用と培養細胞における抗酸化ストレスメカニズムは異なることが推測された。
【0043】
短時間でt-BOOHによって酸化ストレスを誘導した細胞に対し、YY及びその構成アミノ酸(チロシン)の抗酸化作用(細胞死抑制作用)を比較した。
まず、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、YY(終濃度3.5mM)及びその構成アミノ酸(チロシン)を終濃度3.5 mMになるようにU937細胞に添加し、その後500μMの終濃度になるようにt-BOOHを細胞懸濁液に加え、2時間酸化ストレスを与えた後に、生細胞数を計数した。その結果を図22に示す。
図22に示されるように、t-BOOH無添加においてYY及びその構成アミノ酸を添加したところ、細胞毒性はほとんど見られなかった。次に、YYを添加した後にt-BOOHにより酸化誘導した細胞は生存率が高くなることが明らかになったが、その構成アミノ酸ではジペプチドの場合に比べ効果的な抗酸化作用が示されなかった。
【0044】
(4)長時間t-BOOH処理による酸化ストレス実験
長時間、低濃度でt-BOOH処理することによって細胞に酸化ストレスを誘導できることを利用して、抗酸化性ペプチドによる培養細胞の酸化ストレスに対する抗酸化作用を調べた。まず、24時間、低濃度のt-BOOH処理で細胞に酸化ストレスを誘導し、その最適濃度を調べた。
より具体的には、細胞懸濁液を4×105 cells/mlになるように調整した後に、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、終濃度25μM、50μM、75μM、100μM、250μMになるようにt-BOOHを添加し、37℃で、24時間培養した。培養後、トリパンブルーによる色素染色し、血球計算盤上で生細胞数を計数した。この結果から、本実験に最適なt-BOOH濃度を決定した。その結果を図23に示す。
図23に示されるように、25μM、50μM、75μM、100μM、250μMのt-BOOH濃度で24時間処理したところ、細胞生存率がそれぞれ96.1%、64.5%、49.7%、37.8%、0%となった。よって、今後の実験では、t-BOOHの最適濃度は100μMで、反応時間は24時間(生存率:
37.8%)とした。
【0045】
次に、t-BOOHによって誘導された酸化ストレス細胞における試験ペプチドの抗酸化作用を調べた。
より具体的には、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、試験ペプチドはそれぞれ終濃度1 mg/mlになるように細胞に添加した。細胞死を誘導するために、細胞懸濁液に終濃度100μMになるようにt-BOOHを添加し、CO2インキュベータで37℃、24時間培養した。培養した後、トリパンブルーによる色素染色し、血球計算盤上で生細胞数を計数した。その結果を図24に示す。
図24に示されるように、細胞生存率はAL:48.6%、FK:63.3%、FR:61.9%、 IR:52.5%、KF:54.7%、KL:47.5% 、KY:65.5%、RY:48.6%、VQ:56.1%、YY:68.3%、LDR:46.4%、 KNYP:46.2%、WSRJP:66.5%、カルノシン:67.3%、コントロール:41.4%であった。この中で、FK、FR、KY、YY、WSRJP及びカルノシンは60% 以上の強い抗酸化作用が認められ、ついでIR、KF、VQはやや強い抗酸化作用が示された。この結果から、これらの抗酸化性ペプチドについてはt-BOOHによる酸化ストレス細胞における抗酸化作用がカルノシンと同程度に強いことが分かった。
【0046】
(5)短時間H2O2処理による酸化ストレス実験
短時間、高濃度でH2O2処理することによって細胞に酸化ストレスを誘導できることを利用して、抗酸化性ペプチドによる細胞の酸化ストレスに対する抗酸化作用を調べた。まず、H2O2による酸化ストレスを誘導する最適濃度と反応時間を調べた。
より具体的には、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、細胞懸濁液に終濃度0.5mM、1mM、2mM、3mMになるようにH2O2を添加し、0、1、2、4時間37℃で培養を行った。培養した後、トリパンブルーによる色素染色し、生細胞数を計数した。その結果を図25に示す。
図25に示されるように、0.5mM、1mM、2mM、3mMの各濃度で1時間処理したところ、細胞生存率がそれぞれ91.6%、88.8%、79.8%、73%であり、2時間では、それぞれ83.3%、74.5%、64.5%、60%であり、4時間では、それぞれ82.3%、74.5%、57.4%、51.6%であった。よって、今後の実験では、H2O2の最適濃度は3mMで、反応時間は4時間(生存率:51.6%)とすることに決定した。
【0047】
次に、H2O2による酸化ストレス負荷細胞における試験ペプチドの抗酸化作用を調べた。
より具体的には、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、試験ペプチドはそれぞれ終濃度1mg/mlになるように細胞に添加した。24時間培養した後、U937細胞の酸化ストレスを誘導するために、細胞懸濁液に終濃度3mM H2O2を添加し、37℃、CO2インキュベータで4時間培養した。また、コントロール(−)はH2O2の代わりにPBS(-)を加え、コントロール(+)はH2O2のみを加えたものとした。その後、トリパンブルーによる色素染色し、血球計算盤上で生細胞数を計数し、細胞生存率は下記の式で求めた。
【0048】
【数3】

【0049】
上記試験の結果を図26に示す。図26に示されるように、細胞生存率はAL:51%、FK:77.1%、FR:55%、IR:57%、KF:53.5%、KL:55.9%、KY:55.4%、RY:53.5%、VQ:51.9%、YY:64.3%、LDR:51.7%、KNYP:46.9%、WSRJP:53.7%、カルノシン:64.6%、コントロール:53.1% であった。この中で、FK、YYに強い抗酸化作用が認められた。H2O2とt-BOOHで酸化誘導された細胞における各ペプチドの抗酸化力の強さは必ずしも一致しなかった。また、両酸化誘導剤による酸化ストレス細胞に対してYYは比較的高い抗酸化作用が認められた。培養細胞におけるH2O2及びt-BOOHの酸化ストレス機構が違うので、YYは有機(t-BOOH)及び無機(H2O2)ヒドロペルオキシド両者から発生したラジカルを消去できることが考えられた。
【0050】
(6)長時間H2O2処理による酸化ストレス実験
長時間、低濃度でH2O2処理することによって細胞に酸化ストレスを誘導できることを利用して、抗酸化性ペプチドによる培養細胞の酸化ストレスに対する抗酸化作用を調べた。まず、24時間、低濃度のH2O2で細胞死を誘導する最適濃度を調べた。
より具体的には、細胞懸濁液を4×105 cells/mlになるように調整した後に、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、細胞懸濁液に終濃度25μM、50μM、100μM、250μM、500μMになるようにH2O2を添加し、37℃で24時間培養した後、生細胞数を計数した。この結果から、本実験で使用するのに最適なH2O2濃度を決定した。その結果を図27に示す。
図27に示されるように、25μM、50μM、100μM、250μM、500μMの濃度で24時間曝露処理したところ、細胞生存率がそれぞれ80.6%、79.3%、46.1%、34.2%、26.0% であった。よって、今後の実験では、H2O2の濃度が100μMで、反応時間は24時間(生存率:46.1%)とした。
【0051】
次に、H2O2によって誘導された酸化ストレス細胞における試験ペプチドの抗酸化作用を調べた。
より具体的には、抗酸化性ペプチドの添加実験については、96穴マイクロタイタープレートに細胞懸濁液(2×104 cells/well)を播種し、試験ペプチドはそれぞれ終濃度1 mg/mlになるように細胞に添加した。U937細胞の細胞死を誘導するために、細胞懸濁液に終濃度100μM H2O2を添加し、CO2インキュベータで37℃、24時間培養した。その後、トリパンブルーによる色素染色し、血球計算盤上で生細胞数を計数した。その結果を図28に示す。
図28に示されるように、細胞生存率は、AL:40.4%、FK:58.4%、FR:49.8%、IR:39.3%、KF:40.0%、KL:41.8%、KY:52.3%、RY:44.2%、VQ:45.3%、YY:51.6%、LDR:48.7%、KNYP:51.1%、WSRJP:53.0%、カルノシン:54.7%、
コントロール:45.9%であった。この中で、FK、FR、KY、YY、KNYP、WSRJP及びカルノシンはやや強い抗酸化作用を示した。
【0052】
(7)t-BOOH処理及びH2O2処理による酸化ストレスに対するYYの濃度の影響
酸化ストレス細胞に対してYYが強い抗酸化活性を示すことから、酸化剤によって酸化誘導された細胞に対する当該ジペプチドが示す抗酸化活性の濃度依存性を調べた。
より具体的には、YYを終濃度0.1〜2mg/mlになるように細胞懸濁液に添加し、24時間後に終濃度500μMになるようにt-BOOH、あるいは3mMになるようにH2O2を添加し、2時間後(t-BOOH添加の場合)もしくは4時間後(H2O2添加の場合)に生細胞数を計数した。その結果を図29(t-BOOH添加の場合)及び図30(H2O2添加の場合)に示す。
図29及び30に示されるように、t-BOOH及びH2O2によって酸化誘導された細胞に対して、YYの濃度を上昇させるに従い、濃度依存的に抗酸化作用が増加することが判明した。
【0053】
以上の試験結果から、WSRJP分解物から単離された本発明の抗酸化性ペプチドのin vitroにおける抗酸化機構はヒドロキシラジカル消去作用であり、さらに、t-BOOH処理及びH2O2処理によって誘導される酸化ストレス細胞に対して抗酸化性ペプチドが細胞死の抑制作用を有することが明らかになった。特に、YY (Tyr-Tyr)、RY (Arg-Tyr)、KY (Lys-Tyr)は強い抗酸化活性を示した。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】水溶性ローヤルゼリー蛋白質(WSRJP)を、6種の異なったプロテアーゼで24時間分解したときの加水分解度を示す図である。なお、有意差検定(Student's t-test)に関し、***はp<0.001、**はp<0.01、*はp<0.05を意味する(以下同様)。
【図2】WSRJPプロテアーゼN分解物のゲル濾過クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図3】図2の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図4】図3のFd画分を逆相高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図5】図4の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図6】WSRJPプロテアーゼN分解物を限外濾過により、分子量1 kDa以下(F1)、1 kDa 〜 3kDa(F2)、3 kDa以上(F3)の三つの画分に分けたときの各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図7】図6のF1画分を、陰イオン交換高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図8】図7の画分Iを逆相高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図9】図8の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図10】図7の画分IIを逆相高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図11】図10の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図12】図7の画分IIIを逆相高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図13】図12の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図14】図7の画分IVを逆相高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図15】図14の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図16】図7の画分Vを逆相高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図17】図16の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図18】図7の画分VIを逆相高速クロマトグラフィーに付した結果を示す図である。
【図19】図18の各画分の抗酸化活性を示す図である。
【図20】濃度を変化させたt-BOOHで短時間処理したU937細胞の生存率(%)を示す図である。図中、○はt-BOOH無添加、●はt-BOOH 100μM、黒塗り△はt-BOOH 250μM、△はt-BOOH 500μMを示す。
【図21】短時間t-BOOH処理されたU937細胞の生存率に対する試験ペプチドの抗酸化効果を示す図である。図中、白抜きバーはt-BOOH添加系、点付きバーはt-BOOH無添加系である(以下、同様)。
【図22】短時間t-BOOH処理されたU937細胞の生存率に対するTyr-Tyr及びTyrの抗酸化効果を示す図である。
【図23】濃度を変化させたt-BOOHで長時間(24時間)処理したU937細胞の生存率(%)を示す図である。
【図24】長時間t-BOOH処理されたU937細胞の生存率に対する試験ペプチドの抗酸化効果を示す図である。
【図25】濃度を変化させたH2O2で短時間処理したU937細胞の生存率(%)を示す図である。図中、+はH2O2無添加、●はH2O20.5mM、黒塗り△はH2O2 1mM、△はH2O2 2mM、○はH2O23mMを示す。
【図26】短時間H2O2処理されたU937細胞の生存率に対する試験ペプチドの抗酸化効果を示す図である。
【図27】濃度を変化させたH2O2で長時間(24時間)処理したU937細胞の細胞生存率(%)を示す図である。
【図28】長時間H2O2処理されたU937細胞の生存率に対する試験ペプチドの抗酸化効果を示す図である。
【図29】短時間t-BOOH処理されたU937細胞の生存率に対するTyr-Tyrの抗酸化効果の濃度依存性を示す図である。
【図30】短時間H2O2処理されたU937細胞の生存率に対するTyr-Tyrの抗酸化効果の濃度依存性を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のアミノ酸配列からなる抗酸化性ペプチド。
Ala-Leu、Phe-Lys、Phe-Arg、Lys-Phe、Lys-Leu、Lys-Tyr、Arg-Tyr、Val-Gln、Tyr-Tyr、Ile-Arg、Phe-Asp-Asp、Leu-Asp-Arg、His-Glu-Trp、Arg-Tyr-Asn、Ser-Asp-Gln、Tyr-Asp-Tyr、Tyr-Glu-Gly、Ile-Asp-Gly-Glu、Lys-Asn-Tyr-Pro、Trp-Asn-Glu-His、Tyr-Glu-Glu-Asn、Glu-Ile-Pro-His-Asp、Gly-Val-Pro-Ser-Ser、Ile-Asp-Gly-Glu-Ser、Leu-Pro-His-Val-Pro、Val-Asp-Thr-Glu-Gln、Ala-Leu-Pro-His-Val-Pro、Ile-Glu-Ile-Pro-His-Asp、Val-Glu-Ile-Phe-His-Asp
【請求項2】
請求項1記載の抗酸化性ペプチドの少なくとも一種を含有する抗酸化剤。
【請求項3】
請求項1記載の抗酸化性ペプチドの少なくとも一種を含有する酸化ストレス誘導下での細胞死抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【公開番号】特開2007−217358(P2007−217358A)
【公開日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−40645(P2006−40645)
【出願日】平成18年2月17日(2006.2.17)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年8月20日 日本食品科学工学会第52回大会事務局発行の「日本食品科学工学会第52回大会講演集」に発表
【出願人】(000229519)日本ハム株式会社 (57)
【Fターム(参考)】