説明

拡張ダイナミック・レンジを有する質量分析におけるイオン検出

【課題】電子増倍管を使用する質量分析器の感度およびダイナミック・レンジを最適化する。
【解決手段】質量分析システムなどのイオン検出器制御電圧を最適化する方法において、質量走査データのアレイを取得する。アレイ、またはアレイの一部内の最大ピークの大きさに基づいて、現在の検出器利得を新しい検出器利得に変更すべきか否かについて決定される。現在の検出器利得を変更すべきならば、後続の質量走査の制御電圧が、新しい検出器利得に対応する新しい制御電圧に調整される。データは、現在の検出器利得に基づいてスケーリングされる。他の方法では、較正のために利得対制御電圧曲線を作成する。これらの方法は、ハードウェア、ソフトウェア、アナログもしくはデジタル回路および/またはコンピュータ読み取り可能媒体または信号保持媒体で実現されうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
一般に、本発明は、例えば、質量分析のような分析化学の分野で使用されるイオン・電流変換を用いたイオンの検出に関する。さらに詳細には、本発明は、質量分析器のイオン検出器の制御を通じた、ダイナミック・レンジを含む質量分析器の性能の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析法(MS)は、サンプルの構成要素(成分)をそれらの質量電荷(質量対電荷)比に基づいて決定できるようにする、定性および定量分析の様々な機器を用いた方法を説明する。この目的のために、質量分析器は、サンプルの構成要素をイオンに変換し、それらの質量電荷比に基づいてイオンを選別または分離し、必要に応じて、得られたイオン出力(例えば、イオン電流、イオン・フラックス、イオン・ビームなど)を処理し、質量スペクトルを作り出す。通常、質量スペクトルは、帯電した構成要素の相対存在量を、質量電荷比の関数として示す一連のピークである。多くの場合、「質量対電荷」という用語は、m/zもしくはm/eと表され、または電荷zもしくはeが1の値を有することが多いときには、単に「質量」と表される。イオン出力で表された情報は、アナログおよびデジタル技術の両方によるデータ処理を可能にするために、適切な変換器の使用により電気信号としてエンコードできる。イオン検出器は、イオン電流を電流に変換する一種の変換器であるため、MSシステムで一般的に使用される。
【0003】
本開示に関する限り、MSシステムは一般に知られており、詳細に説明される必要はない。簡潔に述べると、一般に、典型的なMSシステムは、サンプル導入システム、イオン源またはイオン化システム、質量分析装置(また、質量選別器または質量分離器とも呼ばれる)または複数の質量分析装置、イオン検出器、信号プロセッサ、および読み出し/表示手段を含む。さらに、現代的なMSシステムは、MSシステムの1つ以上の構成要素の機能の制御、MSシステムにより生成された情報の保存、分析に有用な分子データのライブラリの提供などを行うためのコンピュータ、または他の電子プロセッサ・ベースのデバイスのような電子制御装置を含む。電子制御装置は、データ収集およびデータ操作のような専用機能を有する1つ以上のモジュールまたはユニット、ならびにMSシステムのオペレータとインタフェースをとることを可能にする端末、コンソールなどを備えたメイン・コンピュータを含みうる。また、MSシステムは、制御され、かつ真空排気された環境内に質量分析装置を封入する真空装置を含む。また、質量分析装置に加えて、設計に応じて、サンプル導入システム、イオン源、およびイオン検出器のすべてまたは一部が、真空排気された環境内に封入されうる。
【0004】
動作について見ると、サンプル導入システムは、少量のサンプル材料をイオン源に導入し、このイオン源は、設計に応じてサンプル導入システムと一体化されうる。連結技術では、サンプル導入システムは、ガス・クロマトグラフ(GC)測定器、液体クロマトグラフ(LC)測定器、キャピラリー電気泳動(CE)測定器、キャピラリー電気クロマトグラフィー(CEC)測定器などのような分析分離測定器の出力でありうる。イオン源は、サンプル材料の構成要素を正および負イオンの流れに変換する。次いで、1つのイオン極性が、質量分析装置の中へと加速される。質量分析装置は、それらの各質量電荷比に基づいてイオンを分離する。多くの質量分析装置は、分析されるイオンの中のm/z比の非常に微小な差を区別することができる。質量分析装置は、m/z比に基づいて分離されたイオンのフラックス(束)を生成し、イオンは、イオン検出器に集められる。
【0005】
タンデムMSまたはMS/MSのような他の連結技術では、2つ以上の質量分析装置(および2種類以上の質量分析装置)が使用されうる。一例では、イオン源は、質量分離の第1段階の機能を果たし、混合物の分子イオンを分離する多重極(例えば、四重極)構造に結合されうる。続いて第1の分析装置は、衝突集束機能を実行し、しばしば衝突室または衝突セルと呼ばれる他の多重極構造(通常、高周波専用モードで運転される)に結合されうる。アルゴンのような好適な衝突ガスが、衝突セルに注入され、イオンの分解を引き起こし、それにより娘イオンを生じる。次いで、この第2の多重極構造は、質量分離の第2段階の機能を果たし、娘イオンを走査するさらに他の多重極構造に結合されうる。最後に、第2段階の出力は、イオン検出器に結合される。多重極構造の代わりに、磁気および/または静電セクタが使用されうる。MS/MSシステムの他の例としては、カリフォルニア州パロアルトのバリアン社から市販されている三連四重極GC/MSシステムのバリアン社1200シリーズ、および本願の譲受人に譲渡された特許に係る下記特許文献1に開示された実施態様などがある。
【0006】
上述したように、イオン検出器は、質量弁別されたイオン情報を、信号プロセッサによる処理/調節、メモリ内での保存、および読み出し/表示手段によるプレゼンテーションに適した電気信号に変換する変換器として機能する。典型的なイオン検出器は、第1段階として、イオン電子変換デバイスを含む。質量分析装置からのイオンは、イオン光学としての機能を果たす電場および/または電極構造により、イオン電子変換デバイスに向かって集束される。電気的かつ構造的なイオン光学は、いかなる中性粒子、および質量分析装置から放射されうる電磁放射線からもイオン・ビームを分離するように設計されていることが好ましく、それによりバックグラウンド・ノイズを低減し、信号対ノイズ(S/N)比を向上させる。通常、イオン電子変換装置は、イオンの衝突に呼応して二次電子を放出する表面を含み、変換効率は、衝突時点の各質量およびそのエネルギー状態により異なりうる。イオン変換段階の次に、電子増倍管段階が続きうる。通常、電子増倍管は、連続ダイノード型、またはディスクリート・ダイノード型である。連続ダイノード型では、電圧電位が、電子増倍管の保持容器構造の長さ全体にわたって印加される。イオンが構造に入射して、構造の内部表面に衝突することにより、表面放出電子を生じる(すなわち、イオン電子変換段階)。その後、電子は表面に沿ってスキップする。表面上の電子の各衝突により、さらなる電子が表面から遊離される。連続ダイノード電子増倍管の構造は、電子のこのカスケード現象を促進するように形成される。それに比べて、ディスクリート・ダイノード電子増倍管は、ひと続きの各ダイノードを有し、第1の電極はイオン電子変換段階を構成する。各ダイノードは、逐次的により高い電圧に保持されている。その結果、イオン入力が電子に変換された後に、電子は、連続的に各ダイノードに衝突する。各ダイノードは、入射電子の衝突時に、さらなる電子の放出を引き起こす表面を有する。ダイノードは、電子のフラックスを増幅させることにより衝突を確保するように空間配置されている。通常、どちらの種類の電子増倍管も、増幅された電子フラックスを集めて、後続のプロセスに出力電流を伝達する陽極の役目を果たす終端電極を含む。
【0007】
光電子増倍管は、電子増倍管の代わりになり、同じように作動されうる。例えば、通常、光電子増倍管(PMT)は、放射にさらされると電子を放出する光陰極面と、陽極での最終的な収集ならびに続く増幅および測定のために電子のカスケード現象を達成する一連のダイノードとを含む。
ここで説明したような電子増倍管は、例えば、10から10に及びうる電流利得を提供する。ここで、電子増倍管の利得は、その出力電流のその入力イオン電流に対する比である。したがって、電子増倍管を備えているイオン検出器の出力は、イオン検出器に供給されたイオン電流強度および電子増倍管の利得に比例する、増幅された電流である。この出力電流は、読み出し/表示手段で表示され、または印刷されうる質量スペクトルを得るために、必要に応じて処理されうる。その後、訓練された分析技師は、質量スペクトルを解釈し、MSシステムで処理されたサンプル材料に関する情報を取得することができる。
【0008】
多くの分析技術と同様に、フィギュア・オブ・メリット(良度示数)は、質量分析器の性能と関連する。イオン検出器の機能についての上述の説明から、イオン検出器、特に電子増倍管部の性能が、質量分析器の全体としての性能に著しい影響を及ぼしうることが理解される。2つの重要なフィギュア・オブ・メリットは、感度およびダイナミック・レンジであり、ここでは、これらの感度およびダイナミック・レンジは、MSシステムで使用されるイオン検出器の性能の尺度を提供することができる。これらの用語がイオン検出に関連する限り、設定された利得に対して、感度は、所与の入力イオン電流に対する出力電流レベルとして特徴付けられうる。感度を最適化するために、電子増倍管の利得は、信号が他のすべてのノイズ源を超えるまで高められ、約5対1のS/N比を有するようにされる。一般に、電子増倍管を備えたイオン検出器は、電子増倍管により提供される内部増幅の結果、ファラデー・カップのような他の種類のイオン・コレクタよりも高感度である。ダイナミック・レンジは、電子増倍管が線形応答を提供する出力電流値の範囲として特徴付けられうる。ダイナミック・レンジは、イオン検出器に続く信号処理回路により悪影響を受けうる。例えば、コンピュータ化されたデータ収集ハードウェアおよびソフトウェアを利用するために、多くの場合、アナログ・デジタル変換器(ADC)が提供され、イオン検出器で出力されたアナログ信号をデジタル信号に変換する。この場合、通常、イオン検出器システムのダイナミック・レンジは、ADCのレンジに制限される。この制限を補うために、従来より、MSシステムの使用者は、感度またはダイナミック・レンジを最適化するために電子増倍管の利得を調整した。利得は、電子増倍管への高電圧供給を調整することにより調整される。
【特許文献1】米国特許第6,576,897号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、利得を高めることなどにより感度を上げると、電子放出に使用される電子増倍管の表面を含む特殊な材料に早期からストレスがかかり、または経時変化を引き起こす場合がある。これらの表面は、良好なS/N比および妥当な耐用年数を提供する、最適な出力電流をもたらす利得で作動されるように設計されている。感度およびダイナミック・レンジを最適化する試みにおいて他の問題が発見されている。例えば、ダイナミック・レンジを拡張するために取られる手段は、感度を低下させ、検出される質量ピークの精度を低下させ、信号処理で使用される増幅器の帯域幅を狭め、かつ/または質量分析装置の最大走査速度を制限しうる。さらに、ダイナミック・レンジと感度の両方を向上させる、または少なくともダイナミック・レンジおよび感度に悪影響を及ぼすことなく広げる十分な方法は存在しなかった。したがって、依然、電子増倍管を使用する質量分析器の感度およびダイナミック・レンジを最適化する改善された技術に対するニーズがある。
【0010】
上述の問題の全部もしくは一部、および/または当業者により観察されてきたかもしれない他の問題に対処するために、本開示は、以下に記述する実施態様を通して説明するように、イオン検出器に印加される制御電圧と、したがって、その利得との動的調整を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0011】
一局面では、質量分析器システムのイオン検出器の制御電圧を最適化する方法を提供する。この方法によれば、データのアレイ(配列)が収集される。データは、イオン検出器が現在の検出器利得に設定されているとき、質量分析器システムを運転することから取得される質量走査の質量ピークを表す。アレイ内の、またはアレイの少なくとも一部内の最大ピーク(例えば、アレイの中の特定の範囲からの、または全体の範囲からの最大ピーク)が見つけられる。最大ピークの大きさに基づいて、現在の検出器利得を上げるべきか、または下げるべきかについて決定される。現在の検出器利得を変更すべきと決定されれば、後続の質量走査のイオン検出器の制御電圧は、新しい検出器利得に対応する新しい制御電圧に調整される。ちょうど収集されたばかりのアレイのデータは、現在の検出器利得に基づいてスケーリングされる。
【0012】
他の局面では、本方法は、1つ以上の後続の質量走査に対して繰り返されうる。例えば、本方法の先行する繰り返しの結果、現在の検出器利得が新しい検出器利得に変更されたならば、その後、次の質量走査に対して、イオン検出器は、新しい検出器利得に対応する新しい制御電圧で運転されてもよい。この次の質量走査が完了し、データの新しいアレイが収集されると、この次の質量走査中に使用された変更された検出器利得が、現在の検出器利得に設定されてもよく、本方法が、この検出器利得の値と、したがって制御電圧の値とが、再び変更されるべきか否かを決定するために繰り返されてもよい。
【0013】
他の局面では、検出器利得を変更すべきか否かについての決定は、最大ピークとフルスケール値との比較に基づきうるものであり、このフルスケール値は、検出限界、またはアナログ−デジタル変換器のレンジのようなシステムのデータ処理構成要素に関連しうる。比較は、1つ以上の照会として実行されうる。例えば、最大ピークが、フルスケール値またはフルスケール値のある割合より大きいことがわかると、検出器利得を下げるべきであると決定されてもよい。他の例として、最大ピークが、フルスケール値のある割合より小さいことがわかると、検出器利得を上げるべきであると決定されてもよい。
【0014】
他の局面では、制御電圧の調整は、イオン検出器に対する制御電圧対利得曲線(または、同等の表)のようなあらかじめ存在する較正データに基づいてもよい。例えば、新しい検出器利得が計算されると、この新しい検出器利得の値に対応する制御電圧が、制御電圧対利得曲線を参照、またはこれにアクセスすることにより(または制御電圧と利得との間の相関関係を提供する較正データの表またはその他のセットで、制御電圧を調べることにより)見つけられてもよい。
【0015】
他の局面では、制御電圧対利得曲線(または、同等の表)のような較正データを作る方法を提供する。この方法の1つの実施態様では、分析的質量走査の前に、基準サンプルの質量走査が、1つ以上の基準質量ピークを検出するために実行されうる。特定の信号対ノイズ比で基準質量ピークを検出するためにイオン検出器が作動するときの利得に対応する、イオン検出器の第1の最適制御電圧が見つけられる。第1の較正点が、見つけられた最適制御電圧および対応する利得に設定される。目標ピークの大きさを得るために、基準質量ピークの大きさは、基準質量ピークの大きさの特定の割合まで縮小される。目標ピークの大きさおよび対応する利得を生成するために十分な第2の制御電圧が見つけられる。第2の較正点が、見つけられた第2の制御電圧および対応する利得に設定される。特定の個数の較正点が作られたか否かについて決定される。特定の個数の較正点が作られていなければ、ピークの大きさは、再びその特定の割合まで縮小され、付加的な較正点が作られる。このプロセスは、特定の個数の較正点が作られたと決定されるまで繰り返されてもよい。
【0016】
制御電圧対利得曲線を作る方法の他の局面では、特定の個数の較正点が作られたか否かを決定する前に、制御電圧が特定の最低制御電圧以下であるか否かについて決定されうる。制御電圧が特定の最低制御電圧より大きいとき、特定の個数の較正点が作られたか否かについての照会がその時点で行われる。しかしながら、制御電圧が、特定の最低制御電圧以下であることがわかると、現在の較正点は、最後の較正点として設定され、最後の較正点に対応する制御電圧の値は、作成中の制御電圧対利得曲線に対して決定されるべき最低制御電圧であるようになっている。増大された目標ピークの大きさを得るために、目標ピークの大きさは、目標ピークの大きさの特定の増大割合まで増大される。増大された目標ピークの大きさおよび対応する利得を生成するために十分な、最後から2番目の制御電圧でありうる制御電圧が見つけられる。最後から2番目の較正点でありうる他の較正点が、見つけられた制御電圧および対応する利得に設定される。その後、特定の個数の較正点が作られたか否かについて決定される。特定の個数の較正点が作られていないとき、プロセスは、特定の個数の較正点が作られたと決定されるまで、ピークの大きさを特定の増大割合で増大させて、付加的な較正点を作り続ける。
【0017】
他の実施態様によれば、質量分析器システムのイオン検出器の制御電圧を最適化するソフトウェアを含む信号保持媒体が提供される。信号保持媒体は、本明細書に記載の方法の1つ以上の局面を実現するために構成されたロジックを含む。
一般に、「伝達(連絡)する」(例えば、第1の構成要素が、第2の構成要素「と交信する」、または第2の構成要素「と通信している」)という用語は、本明細書において2つ以上の構成要素または要素の間の構造的、機能的、機械的、電気的、光学的、磁気的、イオン的、または流体的関係を示すために使用される。したがって、1つの構成要素が第2の構成要素と交信すると言われているという事実は、付加的な構成要素が、第1および第2の構成要素の間に存在しうる、ならびに/または第1および第2の構成要素と作動的に関連するもしくは係合する可能性を排除するものではない。
【0018】
一般に、本明細書に開示した主題は、性能を向上させるために電子増倍管に印加される制御電圧の動的調整に関連する。方法および関連機器、装置、ならびに/またはシステムの実施態様の例は、図1〜図3を参照して、以下にさらに詳細に記述する。これらの例は、質量分析という面において説明される。しかしながら、電子増倍管、またはイオンの検出に関連する類似の構成要素を利用する任意のプロセスは、本開示の範囲内に含まれる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1は、全体を100で示す質量分析(MS)システムの特定の構成要素を示す。MSシステム100は、イオン源102、質量分析装置104、イオン検出器106、信号プロセッサ108、および電子データ処理装置112を含みうる。単純化のために、イオン源102、質量分析装置104、およびイオン検出器106の間、またはこれらの構成要素中で必要とされる任意のイオン光学(例えば、レンズ、ゲート、衝突セルなど)は、具体的に図示していない。
【0020】
イオン源102は、本明細書に開示された方法、および使用された質量分析装置104の種類に適合することが確認された任意のイオン源でありうる。イオン源102の例には、気相イオン源および脱離イオン源が含まれるが、これらに限らない。イオン源102は、ハード・イオン化またはソフト・イオン化を実現できるものであってもよい。より具体的なイオン源102の例には、電子衝撃(EI)、化学イオン化(CI)、電界イオン化(FI)、電界脱離(FD)、エレクトロスプレー・イオン化(ESI)、およびサーモスプレー・イオン化(TS)が含まれるが、これらに限らない。MSシステム100は、2種類以上のイオン化技術を選択できるように設計されうることを、当業者は理解するであろう。単純化のために、MSシステム100用のサンプル導入システムは、図示されていないが、上述したような結合技術(例えば、GC/MS、LC/MS、およびMS/MS)に関連するイオン源を含むイオン源102に、分析されるべきサンプルを挿入するために、任意の好適なサンプル導入システムを使用できることが理解されるであろう。
【0021】
質量分析装置104は、質量選別動作に適した任意の種類であればよい。好適な質量分析装置104の例には、連続ビーム型のものが含まれるが、これに限らない。連続ビーム質量分析装置には、1つ以上の多重極電極構造を含む多重極(例えば、四重極)質量分析装置(例えば、四重極マスフィルタ)、単一集束扇形磁場分析装置、ならびに1つ以上の静電分析装置(ESA)および扇形磁場分析装置を含む二重集束分析装置が含まれるが、これらに限らない。当業者によりさらに理解されるように、質量分析装置104は、タンデムMS用途(MS/MS分析)と、不活性ガスを用いる衝突誘起解離(CID)などにより、イオンのフラグメント化を引き起こすことが有益である実験における多重MS用途とを実行できる複数構成要素質量分析装置でありうる。複数構成要素質量分析装置は、一連の分析またはフィルタリング(選別)・ユニットを含みうる。一例では、QQQ配置を有する質量分析装置は、第1段階の質量分離器として機能する多重極、その後に衝突セルとして機能する別の多重極、およびその後に第2段階の質量分離器として機能する他の多重極を含む。他の例として、EBEB、BEEB、または類似の配置を有する質量分析装置は、ESAと磁気的分析装置との組み合わせを含み、ここで、「E」は静電場を示し、「B」は磁場を示す。分析装置の他の組み合わせの例としては、BQEQ、BEQQ、およびQTOFなどがある。
【0022】
イオン検出器106は、質量分析装置104からの出力として受け取られたイオン・ビームを、電流に変換できる任意のデバイスでありうるとともに、イオン検出器106は、作動電圧または制御電圧、したがって利得を制御できる電子増倍管(EM)または光電子増倍管114を含む。便宜上、本明細書で言及されたいずれの種類の増倍管114も、電子増倍管またはEMと呼ぶこととする。図1では、電子増倍管は、連続ダイノード型であるとして模式的に図示されているが、ディスクリート・ダイノード型であってもよい。高電圧電源118(例えば、±5kV)は、質量分析装置104からイオン検出器106へイオンを加速するために必要とされる電気的ポテンシャルを提供する。印加電圧の極性は、正イオン化、または負イオン化のどちらが実行されているかによって決まる。これは、各質量およびその電荷状態に応じて異なるイオン電子変換効率を制御する。電子増倍管114に並列に接続された可変電圧電源116で表されるように、電子増倍管114の制御電圧は、電子増倍管114の全体的な電子増倍(この全体的な電子増倍は全電子に対して同じである)を制御するために変更されうる。一例では、制御電圧は、約600Vから約2kVまで変更されうる。
【0023】
信号プロセッサは、較正、スケーリング、読出し/表示などのような検出後のプロセスに備えて、イオン検出器106により生成された電流信号を調節するために必要な、または好ましい、1つ以上の構成要素を含みうる。図1に示した1つの非制限的な例(ただし、これに限定されない)のように、信号プロセッサは、イオン検出器106により生成された(通常、フェムトアンペア〜マイクロアンペアのオーダーの)電流信号を、比例した電圧信号に変換する電流電圧増幅器122を含む。電流電圧増幅器122は、抵抗126を介したフィードバックを有するオペアンプ(演算増幅器)124により、図1に模式的に示されている。また、データ操作に備えて、電流電圧増幅器122のデータ出力をアナログ・ドメインからデジタル・ドメインへ変換するために、信号プロセッサは、アナログ・デジタル変換(ADC)デバイス128を含む。図1に示したように、電子増倍管114、電流電圧増幅器122、およびADC128は、共通の高電圧仮想接地面132を有する。データ処理装置112は、異なった、かなり低い接地面134と交信するため、データ処理装置112は、検出システムのフロントエンド構成要素から電気的に絶縁されるべきである。したがって、一例として図1では、ADC128からのデジタル出力をデータ処理装置112の入力に結合するために、光学的絶縁構成要素142が備えられている。光学的絶縁構成要素142は、フォトトランジスタ146に光信号を送信する発光ダイオード(LED)144を含みうる。データ処理装置112は、フィードバック・ライン148を介して電子増倍管114の可変電圧電源116と交信し、後述する方法に基づいて電子増倍管114の制御電圧を調整できる。MSシステム100の動作は、データ処理装置112の中に図示したような質量スペクトル152の生成をもたらす。
【0024】
全体的に、図1のデータ処理装置112は、MSシステム100に対する電子動作環境、または計算機動作環境の簡易化した模式図である。したがって、データ処理装置112は、当技術分野で理解されるような意味のコンピュータ、マイクロコンピュータ、マイクロプロセッサ、マイクロコントローラ、アナログ回路などを含みうる、またはそれらの一部でありうる。データ収集、操作、保存、および出力に加えて、データ処理装置112は、MSシステム100の1つ以上の構成要素のコンピュータ制御のような他の機能を任意の数だけ実行できる。データ処理装置112は、2つ以上の処理構成要素で表され、または実現されうる。例えば、データ処理装置112は、より具体的な機能(例えば、データ収集、データ操作、情報伝送、または構成要素間のタスクの接続など)を実行する他の1つ以上の処理構成要素と組み合わせたコンピュータのような主制御構成要素を含みうる。データ処理装置112は、温度、四重極電圧(DCおよび/または高周波)、イオン光学電圧、磁場または電場強度、走査パラメータなどのような計器制御の様々な態様を実行できる。データ処理装置112は、ハードウェア属性とソフトウェア属性との両方を有しうる。特に、データ処理装置112は、後述する1つ以上のアルゴリズム、方法、もしくはプロセス、またはこのようなアルゴリズム、方法、もしくはプロセスの一部またはサブルーチンを実行するコンピュータ読み込み可能媒体、または信号保持媒体内に具体化された命令を実行処理するようにしてもよい。命令は任意の好適なコードで記述され、その一例はCである。
【0025】
データ処理装置112は、質量、または質量の範囲の各分析質量走査のリアルタイム・スケーリングを実行することにより、イオン検出システムのダイナミック・レンジと感度との両方を動的に最適化するための、方法を実行する。この方法に基づいて、連続した質量走査の合間に、電子増倍管114の制御電圧が調整され、イオン検出器106により検出され、かつADC128で処理(例えば、極小走査、フィルタリング、中心軌跡計算など)される信号強度に応じて、同様に電子増倍管114の利得を調整する。1つの実施態様では、信号が収集された後に正しい信号を復元するために、ADC128から出力されるデジタル値は、EM制御電圧対EM利得のプロットである、あらかじめ記録された較正曲線に基づいて調整される(例えば、スケーリングされる)。同等に、この曲線は、EM制御電圧の各値をEM利得の値と関連づける表とみなしうる。したがって、本開示の目的上、「曲線」および「表」という用語は、交換可能な意味を有する。実際に、本方法では、ADCレンジの典型的な制限をはるかに超えてダイナミック・レンジを拡張することができる。大きい信号に対しては、本方法は、ダイナミック・レンジを数桁、例えば、1000以上、拡張することができる。
【0026】
本方法の一局面に基づいて、イオン検出器106を較正するためのEM制御電圧対利得曲線を確立するプロセスが提供され、そのプロセスは、通常、質量走査、またはリアルタイム・スケーリング(後述する)が実行される走査の前に実行される。この較正プロセスが実行処理される頻度、例えば、毎週、隔週、1ヶ月に1度などは、MSシステム100のオペレータにより重要であると決定された任意の個数の因子、例えば、イオン検出器106の経過年数、どのくらいの頻度でイオン検出器106が作動されているか、調査される分析物質の種類、調査される分析物質の種類が変わったかどうかなどに依存しうる。他の例として、較正プロセスは、質量分析装置104が調整されるたびに実行されうる。
【0027】
図2のフローチャートを参照すると、ブロック202で、好適な基準または標準の化合物が、イオン検出器106により捕捉されるイオン出力を生成するために、MSシステム100(図1)を通って流される。想定される最悪の場合における信号プロセッサ108の検出限界に対応する、電子増倍管114の最適制御電圧が見つけられる。例えば、最適制御電圧は、所望の信号対ノイズ(S/N)値(例えば、5対1)、すなわち、許容できるくらい高いと考えられるS/N値で、電子増倍管114が、質量分析から検出される可能性がある最小信号の検出(例えば、単一イオンイベントの検出)に対して作動するべき利得に対応していてもよい。通常、S/N値は、イオン検出器106により生成される出力信号と、信号プロセッサ108により検出される、または捕捉されるバックグラウンド・ノイズとの比として特徴付けられうる。見つけられた最適制御電圧、および対応する利得は、第1の較正点として設定され、較正曲線の上限になる。プロセスのこの段階では、最適制御電圧は、現在の質量ピーク領域、すなわち、ちょうど検出されたピーク領域に対応する。
【0028】
次にブロック204では、目標質量ピーク領域が、現在の質量ピーク領域の低めの割合(例えば、50%)に設定される。この目標ピーク領域を作り出す、またはこの目標ピーク領域と一致する制御電圧が見つけられ、次の較正点として保存される。
次にブロック206では、この段階で、所望の最小設定(すなわち、所定の最低検出器電圧)に到達したかどうかについての照会を行う。まだ所望の最小設定に到達していないとき、その後、ブロック208では、すべての較正点が所望の個数の較正点(例えば、12点)に基づいて収集されたかどうかについての照会を行う。まだ、すべての較正点が所望の個数の較正点に基づいて収集されていないとき、ブロック204のプロセスが繰り返され、すなわち、最後の目標質量ピーク領域が現在の質量ピーク領域になり、次の目標質量ピーク領域が、再び現在の質量ピーク領域をある割合だけ(先行する繰り返しのときと同じ割合が好ましい)低くすることにより決定される。すべての較正点が収集されるまで、ブロック204およびブロック206のプロセスが繰り返され(ブロック206で行われる照会に対する回答が、その都度「いいえ」であると仮定する)、ブロック208で行われる照会に対する回答が、「はい」になるとき、すべての較正点が収集されたと判断され、その時点で、検出器較正曲線または検出器較正表を収集するプロセスは終了する。例えば、合計12個の較正点を収集する予定であるとき、制御電圧の現在の繰り返しは、11個の他の較正点が収集されるまで半減され続け、その場合、イオン信号は合計1/2048に低減される。
【0029】
所与の繰り返し後、ブロック206で、新たに見つけられた制御電圧が、最小の所定設定(すなわち、較正手順用の最低検出器電圧セット)であることがわかったとき、この制御電圧は、ブロック210で、較正曲線の下限設定に設定される。この場合、(例えば、合計12点を収集するために)収集されることが望まれる他のすべての較正点は、ブロック212でステップごとにイオン信号に所定量(例えば、200%)を乗じて、対応する検出器電圧を再び見つけることにより定められる。
【0030】
次にブロック214では、手順のこの段階で、すべての較正点が見つけられたか否かについての照会を行う。すべての較正点がまだ見つけられてはいないとき、プロセスはブロック212に戻り、目標ピーク領域が、見つけられた最後の制御電圧に対応する現在のピーク領域の高めの割合に再び設定される。プロセスは、すべての較正点が収集されたと決定されるまで繰り返され、すべての較正点が収集されたと判断された時点で、検出器較正曲線または検出器較正表を収集するプロセスは終了する。
【0031】
完成した較正曲線または表は、データ処理装置112(図1)の中の、またはデータ処理装置112(図1)と交信するハードウェアまたはソフトウェアに書き込まれ、その後の分析サンプルの質量走査時の較正用に使用される。較正曲線は、MSシステム100のオペレータによる再び較正プロセスを実行するという決定に従って、曲線を更新し、または取り替えるときまで、MSシステム100により保存され、利用され続ける。
【0032】
本方法の他の局面に基づいて、MSシステム100で実行される各分析質量走査のリアルタイム・スケーリングのためのプロセスが提供される。スケーリング手順は、質量走査を作り出すためにMSシステム100が所与の検出器利得で運転された後に、実行されうる。各質量走査は、処理された未加工のADC値のアレイ(配列)をもたらす。ちょうど収集されたばかりのデータのアレイから、アレイ内の最大データ点が見つけられる。このデータ点は、所与の質量走査内に含まれるべき「最大」データ点であるとして選択されたデータ点と定義されうる。すなわち、最大データ点であるとして選択されたデータ点は、事実上、(質量走査から作り出された最強信号、または最大質量ピークに対応する)全アレイ内の最大データ点であり、あるいは、このデータ点は、任意の特定の質量範囲またはアレイの範囲の中の最大データ点でありうる。最大ピークは、最も高いピーク、または最も大きい面積を有するピークに対応しうる。
【0033】
次に、最後の質量走査から見つけられた最大ピークの寸法に基づいて、検出器利得のための現在の設定を、次の走査のために調整するべきか否かについて決定される。1つの実施形態では、最大質量ピークの高さ(または、面積)は、検出器利得を増大するべきか、または縮小するべきかを判断するしきい値の役割をする、イオン検出システムのフルスケール値の特定の割合、およびフルスケール値に対応する所定割合と比較される。フルスケール値は、イオン検出システムで使用される測定装置に依存しうる。例えば、再び図1に示した例示的測定装置を参照すると、フルスケール値は、ADC128の飽和限界に関連していてもよく、本例では、このADC128の飽和限界は、さらに電流電圧増幅器122のフィードバック抵抗126(図1)に依存しうる。最大質量ピークとフルスケールとの比較は、検出器利得、したがってEM制御電圧を、次の質量走査のために下げるべきか、または上げるべきかを判断する1つ以上の照会を含みうる。最大質量ピークに基づいて、検出器利得を変更するべきであると判断されたとき、EM制御電圧は、新たに決定された検出器利得に対応する値に調整され、新たに決定されたEM制御電圧、および対応する検出器利得が、次の走査に対して使用されうる。さらに、未加工の走査データのすべてのADC値が、データを収集した走査(すなわち、最後の走査)中に使用された検出器利得に従ってスケーリングされ、スケーリングされたデータは、表示、データ収集などを行うためにシステムに渡される。後続の質量走査が実行される予定であるとき、上述したように、新たに見つけられた検出器利得が、この質量走査に対して使用される。
【0034】
1つの実施態様に基づいて、下記のような照会を行う。最大質量ピークが、フルスケール値以上であるか、またはフルスケール値に近接しているとき、検出器利得値を所定量(例えば、ステップ数)だけ減少させる。代わりに、最大質量ピークが、フルスケール値より小さいが、フルスケール値の所定割合(例えば、第1の特定の割合)より大きいとき、検出器利得値を異なる所定量により減少させる。代わりに、最大質量ピークが、フルスケール値の他の所定割合(例えば、第2の特定の割合)より小さいとき、検出器利得を所定値により増加させる。これらのような照会が、結果として検出器利得を変更させる(増加させる、または減少させる)決定をもたらすとき、それに応じてEM制御電圧は、次の走査に対して調整される。EM制御電圧の調整は、図2を参照して上述したプロセスで作られた較正データ(例えば、制御電圧対利得曲線または表)を利用して新たに見つけられる検出器利得に基づきうる。上述したように、EM制御電圧の調整に加えて、すべての未加工のADC値が、走査が収集された間に使用された検出器利得に基づいて、拡大または縮小され、スケーリングされたデータは、表示、データ収集などのためにシステムに渡される。
【0035】
1つの実施態様では、検出器利得の値は、1.0と1/2との間の数値であり、ここで、xは特定の整数である。例えば、x=10のとき、検出器利得は、1.0から1/(210)まで、すなわち、1.0から1/1024まで(1.0から0.0009765まで)の範囲にわたる。1.0の検出器利得は、最良のS/N比を得るために使用される制御電圧に対応しうる。
【0036】
ここで、リアルタイム・スケーリング・プロセスの実施態様の、より具体的な例を、図3を参照して説明する。ブロック302で、第1の未加工のスペクトルが収集される。アルゴリズムで使用される変数(例えば、「最後の利得」)が、このスペクトルを取得している間に使用される検出器利得の値に設定される。ブロック304で、ちょうど収集されたばかりのアレイ(完全なアレイ、または特定の質量範囲に対応するアレイの少なくとも一部でありうる)内の最大質量ピークが見つけられる。ブロック306で、最大質量ピークがフルスケール値の100%より大きいかどうかについての照会を行う。最大質量ピークが、フルスケールの100%以上であるか、またはフルスケールの100%に近接している(例えば、約100%より大きい)とき、ブロック308で、検出器利得が、32または2の係数で減少され(すなわち、32もしくは2で割られる、または1/32もしくは0.0312を掛けられる)、その後、プロセスは、ブロック310の照会(後述する)に進む。最大質量ピークがフルスケールの100%を超えないとき、ブロック312で、最大質量ピークがフルスケールの特定の割合(例えば、25%、または約25%)より大きいかどうかについての照会を行う。最大質量ピークがフルスケールの約25%より大きいとき、ブロック314で、検出器利得が、2または2の係数で減少され(すなわち、2もしくは2で割られる、または1/2もしくは0.5を掛けられる)、最大質量ピークの高さ(または、面積)は、同様に0.5で減少される。その後、ブロック312の照会が繰り返される。(ブロック312および314のプロセスの先行する繰り返しで設定された)新しいピーク高さが、再び、フルスケールの約25%より大きいことがわかったとき、再び、ブロック312の減少プロセスが実行される。このループは、ピーク高さがフルスケールの約25%を超えないようになるまで繰り返され、ピーク高さがフルスケールの約25%を超えないようになった段階で、プロセスは、ブロック316に進む。
【0037】
ブロック316で、質量ピークがフルスケールの他の特定の割合(例えば、8%、または約8%)より小さいかどうかについての照会を行う。質量ピークがフルスケールの約8%より小さいとき、ブロック318で、検出器利得が、2または2の係数で増加され(すなわち、2倍に増加され)、質量ピークの高さ(または、面積)は、同様に2.0倍に増加される。その後、ブロック316の照会が繰り返される。(ブロック316および318のプロセスの先行する繰り返しで設定された)新しいピーク高さが、再び、フルスケールの約8%より小さいことがわかったとき、再び、ブロック318の増加プロセスが実行される。このループは、ピーク高さがフルスケールの約8%を下回らなくなるまで繰り返され、ピーク高さがフルスケールの約8%を下回らなくなった段階で、プロセスは、ブロック310に進む。
【0038】
ブロック310では、制御出力を送出し、かつEM出力電圧を決定するためにかかる時間が最適化される。ブロック310で、検出器利得が変化したかどうか(または、検出器利得を変更する決定をしたかどうか)についての照会を行う。検出器利得が変化していないとき、図3に示したランタイム・フィードバック・プロセスは、この最後に収集された質量走査に対して終了し、未加工のスペクトルは、ブロック322で、この最後の質量走査を収集するために使用された検出器利得に従ってスケーリングされる。しかしながら、検出器利得が変化していたとき、ブロック320で、EM制御電圧は、ブロック304〜318で実行されたプロセスから決定されたような、新たに見つけられた検出器利得を実現するために必要とされる値に変更される。例えば、図1を参照すると、MSシステム100により実行されるべき次の質量走査に備えて、適切な制御信号が、フィードバック・ライン148を介してデータ処理装置112から可変電圧電源116に送信されうる。上述したように、新しい制御電圧は、図2に示し上述したプロセスで取得されたあらかじめ存在する較正データに関連づけられるような、新しい検出器利得に基づいて決定されうる。再び図3を参照すると、ブロック322で、未加工のスペクトルはスケーリングされ、データは、表示や、ディスクへの保存などのために渡される。
【0039】
プロセスは、次の質量走査の収集およびスケーリングのために、ブロック302に戻る。次の質量走査は、今、説明したスケーリング・プロセスの先行する繰り返しから計算された検出器利得(および制御電圧)の値を利用して実行される。
このリアルタイム(または、ランタイム)スケーリング・プロセスを使用することにより、各質量走査に対する測定装置の感度とダイナミック・レンジとの両方が最適化され、それにより、データの取得が改善される。ダイナミック・レンジは、もはやイオン検出システムの構成要素により制限されることはない。また、本方法は、電子増倍段階だけが変更され、(質量に依存する)イオン電子変換効率は変更されないために、多くの場合に、通常のMS用途においてS/N比を向上させるとともに、いずれの質量範囲のイオンの高さの精度も低下させないことがわかった。さらに、本方法は、データ処理装置112(図1)により実行されうるため、MSシステム100の利用者は、EM検出器利得を選択する必要がなく、したがって、検出器システムがどのように働くかを知る必要がない。その結果、本方法は、利用者にとって分かりやすい。さらに、EM制御電圧における小さな変化は、EM利得におけるはるかに大きな変化をもたらす。例えば、50Vの電圧変化は、利得における50%の変化に対応する。しかしながら、MSシステム100の動作中は常に、本方法は、大きなイオン電流を検出しているときでも、電子増倍管114が不必要にストレスを受けず、または経年変化しないように、電子増倍管114の出力電流が最大値より低く維持されることを確実にする。本方法が提供する利点は、すべての一般的なMS動作モード(例えば、MS、MS/MS、選択イオン・モニタリングすなわちSIM、複数反応モニタリング、またはMRMなど)に適用されうる。
【0040】
上述した方法またはプロセスは、より具体的に上述した個々の走査をベースとする代わりに、個々のピークをベースとしても実行されうることが理解されるであろう。図3に示したステップ形式のリアルタイム・フィードバック・プロセスの代わりに、例えば、比例、積分、微分機能、またはこれらの機能の組み合わせのような他の種類のフィードバック機能を使用できる。
【0041】
図2および/または図3に関連して説明した1つ以上のプロセス、サブプロセス、またはプロセスのステップが、ソフトウェアおよび/またはハードウェアで実行されうることが、さらに把握されるであろうとともに、当業者により理解される。プロセスがソフトウェアで実行されるとき、ソフトウェアは、例えば、図1に模式的に示したデータ処理装置112のような好適な電子処理構成要素またはシステムのソフトウェア・メモリ(図示せず)内に存在しうる。ソフトウェア・メモリ内のソフトウェアは、論理的機能を実行する実行可能な命令の順序付けられたリスト(すなわち、デジタル回路もしくはソースコードのようなデジタル方式で、またはアナログ回路や、アナログの電気的な音響もしくは映像信号などのアナログソースのようなアナログ方式で実行されうる「ロジック」)を含みうるとともに、コンピュータ・ベース・システム、プロセッサ内蔵システム、または選択的に、命令実行システム、装置、もしくはデバイスから命令を取り出し、かつ命令を実行処理することができる他のシステムのような、一例として図1に模式的に示したデータ処理装置112のような、命令実行システム、装置、もしくはデバイスで使用するために、またはそれらと共に使用するために、選択的に、任意のコンピュータ読み込み可能(または信号保持)媒体内に具体化されうる。本明細書の文脈では、「コンピュータ読み取り可能媒体」および/または「信号保持媒体」は、命令実行システム、装置、もしくはデバイスで使用するために、または、それらと共に使用するために、プログラムを格納し、保存し、伝達し、伝搬し、または伝送できる任意の手段である。例えば、コンピュータ読み取り可能媒体は、選択的に、例えば、電子的、磁気的、光学的、電磁気的、赤外線式、または半導体の、システム、装置、デバイス、または伝搬媒体でありうるが、これらに限らない。コンピュータ読み取り可能メディアのより具体的な例ではあるが、しかしそれでもなお不完全なリストは、1本以上の電線を有する電気的接続(電子的)、携帯用フロッピー(登録商標)・ディスク(磁気的)、RAM(電子的)、読み取り専用メモリ「ROM」(電子的)、消去可能プログラム可能読み取り専用メモリ(EPROM、またはフラッシュ・メモリ)(電子的)、光ファイバ(光学的)、および携帯用のコンパクト・ディスク読み取り専用メモリ「CDROM」(光学的)を含むであろう。プログラムは、例えば、紙または他の媒体の光学的走査により電子的に捕捉され、その後、コンパイルされ、解釈され、または必要に応じて他の好適な方法で処理され、その後、コンピュータ・メモリに保存されうるため、コンピュータ読み取り可能媒体は、プログラムが印刷された紙または他の好適な媒体でさえありうることに注意すること。
【0042】
本発明の範囲を逸脱することなく、本発明の様々な局面または詳細を変更できることをさらに理解するであろう。さらに、上述の説明は、あくまで例示目的にすぎず、それに限定しようとするものではなく、本発明は、クレームにより定義される。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本明細書に開示した主題を実現できる質量分析システムの例を表す模式図である。
【図2】本明細書に開示したような較正データを作る方法の例を示すフローチャートである。
【図3】本明細書に開示したような分析データのリアルタイム・スケーリングの方法の例を示すフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析器システムのイオン検出器の制御電圧を最適化する方法であって、
(a)前記イオン検出器が現在の検出器利得に設定されているとき、前記質量分析器システムを運転することから取得された質量走査の質量ピークを表すデータのアレイを収集するステップと、
(b)前記アレイ内、または前記アレイの少なくとも一部内の最大の前記ピークを見つけるステップと、
(c)前記最大ピークの大きさに基づいて、前記現在の検出器利得を新しい検出器利得に変更すべきか否かを決定するステップと、
(d)前記新しい検出器利得を取得し、前記イオン検出器が後続の質量走査中に作動するときの制御電圧を、前記新しい検出器利得に対応する新しい制御電圧に調整するステップと、
(e)前記現在の検出器利得に基づいて、前記アレイの前記データをスケーリングするステップとを含む、方法。
【請求項2】
前記制御電圧を前記新しい制御電圧に調整した後に、前記新しい制御電圧に設定された前記イオン検出器で前記質量分析器システムを作動させて、後続のデータのアレイを取得するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記新しい検出器利得を前記現在の検出器利得として定義して、ステップ(a)〜(e)を繰り返して前記後続のデータのアレイを処理するステップを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記新しい検出器利得を取得するステップが、1つ以上のステップにより前記現在の検出器利得の前記値を変更するステップを含み、前記ステップが、互いに対して2のべき乗にある、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
決定するステップが、前記最大ピークを、前記質量分析器システムのフルスケール条件に対応する値と比較するステップを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記フルスケール条件が、前記データのアレイを出力するために使用されるアナログ−デジタル変換器の飽和限界に対応する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
比較するステップが、前記最大ピークが前記フルスケール値以上であるか、または前記フルスケールに近接しているか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール以上であるか、または前記フルスケールに近接しているならば、前記現在の検出器利得を所定量によって減少させて前記新しい検出器利得を取得するステップを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
比較するステップが、前記最大ピークが前記フルスケール値の所定の割合より大きいか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール値の所定の割合より大きいならば、前記現在の検出器利得を所定量によって減少させ、前記新しい検出器利得を取得するステップを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項9】
前記現在の検出器利得を減少させるとき、前記ピークの前記大きさを、対応する所定量によって縮小し、前記縮小されたピークが、依然として前記フルスケール値の前記割合より大きいか否かを決定し、前記縮小されたピークが、依然として前記フルスケール値の前記割合より大きいならば、前記新しい検出器利得を前記所定量によって減少させるステップであって、前記縮小されたピークが前記割合より大きくないと決定されるまで、当該ステップを繰り返すステップを含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記割合が約25%である、請求項8に記載の方法。
【請求項11】
比較するステップが、前記最大ピークが前記フルスケール値の所定の割合より小さいか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール値の所定の割合より小さいならば、前記現在の検出器利得を所定量によって増加させて前記新しい検出器利得を取得するステップを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項12】
前記現在の検出器利得を増加させるとき、前記ピークの前記大きさを対応する所定量によって増大させ、前記増大されたピークが、依然として前記フルスケール値の前記割合より小さいか否かを決定し、前記増大されたピークが、依然として前記フルスケール値の前記割合より小さいならば、前記新しい検出器利得を前記所定量によって増加させるステップであって、前記増大されたピークが前記割合をより小さくないと決定されるまで、当該ステップを繰り返すステップを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記割合が約8%である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
比較するステップが、
前記最大ピークが前記フルスケール値の第1の割合より大きいか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール値の前記第1の割合より大きいならば、前記現在の検出器利得を第1の所定量によって減少させて前記新しい検出器利得を取得するステップと、
前記最大ピークが前記第1の割合より大きくないと決定されたならば、前記最大ピークが前記フルスケール値の第2の割合より小さいか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール値の前記第2の割合より小さいならば、前記現在の検出器利得を第2の所定量によって増加させて前記新しい検出器利得を取得するステップとを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項15】
比較するステップが、
前記最大ピークが前記フルスケール値の第1の割合より大きいか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール値の前記第1の割合より大きいならば、前記現在の検出器利得を第1の所定量によって減少させて前記新しい検出器利得を取得するステップと、
前記最大ピークが前記第1の割合より大きくないと決定されたならば、前記最大ピークが前記フルスケール値の第2の割合より大きいか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール値の前記第2の割合より大きいならば、前記現在の検出器利得を第2の所定量によって減少させ、前記新しい検出器利得を取得するステップと、
前記最大ピークが前記第2の割合より大きくないと決定されたならば、前記最大ピークが前記フルスケール値の第3の割合より小さいか否かを決定し、前記最大ピークが前記フルスケール値の前記第3の割合より小さいならば、前記現在の検出器利得を第3の所定量によって増加させて、前記新しい検出器利得を取得するステップとを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項16】
前記制御電圧を調整するステップが、前記イオン検出器に対する制御電圧対利得曲線に基づく、請求項1に記載の方法。
【請求項17】
(a)特定の信号対ノイズ比で基準質量ピークを検出するために、前記イオン検出器が作動するべき利得に対応する前記イオン検出器の第1の最適制御電圧を見つけることと、
(b)第1の較正点を、前記見つけられた最適制御電圧および前記対応する利得に設定することと、
(c)目標ピークの大きさを得るために、前記基準質量ピークの大きさを、前記基準質量ピークの大きさの特定の割合まで縮小することと、
(d)前記目標ピークの大きさおよび前記対応する利得を与えるために十分な第2の制御電圧を見つけることと、
(e)第2の較正点を、前記見つけられた第2の制御電圧および対応する利得に設定することと、
(f)特定の個数の較正点が作られたか否かを決定し、まだ特定の個数の較正点が作られていないならば、前記特定の個数の較正点が作られたと決定されるまで、ピークの大きさを前記特定の割合で縮小させ続けて、付加的な較正点を作ることと
により、前記イオン検出器に対する前記制御電圧対利得曲線を作成するステップを含む、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
前記基準質量ピークが、前記基準サンプルの前記質量走査時に検出される最小信号に対応する、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
特定の個数の較正点が作られたか否かを決定するに先立って、
(a)前記見つけられた最後の制御電圧が、特定の最低制御電圧以下であるか否か決定するステップと、
(b)前記見つけられた最後の制御電圧が、前記特定の最低制御電圧より大きいならば、請求項17のステップ(f)を実行するステップと、
(c)前記見つけられた最後の制御電圧が、前記特定の最低制御電圧以下であるならば、前記現在の較正点を、前記最後の較正点として設定し、これにより、前記最後の較正点に対応する前記制御電圧の前記値は、作成中の前記制御電圧対利得曲線に対して決定されるべき前記最低制御電圧であるステップと、
(d)増大された目標ピークの大きさを得るために、前記目標ピークの大きさを、前記目標ピークの大きさの特定の増大割合まで増大するステップと、
(e)前記増大された目標ピークの大きさおよび前記対応する利得を生成するために十分な制御電圧を見つけるステップと、
(f)付加的な較正点を、前記ちょうど見つけられたばかりの制御電圧および対応する利得に設定するステップと、
(g)前記特定の個数の較正点が作られたか否かを決定し、まだ特定の個数の較正点が作られていないならば、前記特定の個数の較正点が作られたと決定されるまで、ピークの大きさを前記特定の増大割合で増大させ続けて、付加的な較正点を作るステップと
を含む、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
請求項1のステップ(b)〜(e)を実行するために構成されたロジックを有する、質量分析器システムのイオン検出器の制御電圧を最適化するソフトウェアを含む、信号保持媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2008−516411(P2008−516411A)
【公表日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−536829(P2007−536829)
【出願日】平成17年10月11日(2005.10.11)
【国際出願番号】PCT/US2005/036627
【国際公開番号】WO2006/044440
【国際公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【出願人】(599060928)バリアン・インコーポレイテッド (81)
【Fターム(参考)】