説明

捺染用インクジェットインク用の前処理剤、前処理剤によって処理した布帛、及びインクジェット捺染方法

【課題】酸性染料を含有する捺染用インクジェットインクと組み合わせて用いることにより、滲みが低減し、しかも高発色性を有する高品位な画像を得ることが可能な前処理剤、その前処理剤によって処理した布帛、及びその前処理剤を用いるンクジェット捺染方法を提供する。
【解決手段】前処理剤は、酸性染料によるインクジェット捺染用であり、ヒドロキシエチルセルロースとアンモニウム塩とヒドロトロピー剤と水とを含み、前記ヒドロキシエチルセルロース含有量が1〜5重量%であり、前記アンモニウム塩含有量が1〜6重量%である。インクジェット捺染方法は、前記の前処理剤によって予め処理した布帛に、酸性染料を含有する捺染用インクジェットインクを吐出させる工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、捺染用インクジェットインク用の前処理剤に関する。本発明による前処理剤は、酸性染料を含有する捺染用インクジェットインクと組み合わせて用いることにより、滲みが低減し、しかも高発色性を有する高品位な画像を得ることができる。
【背景技術】
【0002】
従来から、布帛に画像を印捺する方法として、スクリーン捺染法、ローラ捺染法、ロータリースクリーン捺染法、又は転写捺染法等が用いられている。しかしながら、画像デザインの変更毎に、高価なスクリーン枠、彫刻ローラ、又は転写紙等を用意する必要があるため、多品種少量生産にはコスト的に不向きであり、ファッションの多様化に迅速に対応することができないという欠点を有していた。
【0003】
こうした従来の印捺方法の欠点を解消するために、スキャナーで見本を読み取り、コンピュータで画像処理を行い、その結果をインクジェット方式で印捺する技術が開発されてきた。しかしながら、インクジェット方式は、記録媒体として紙を用いる技術として発展してきたため、布帛に適用した場合には、滲みが著しく、鮮明性に劣るという問題があった。この理由は、布帛は、紙と異なり、繊維組織や編織組織に方向性があり、空隙が紙よりも大きいために、インクが縦横方向に滲み、鮮明な画像を得ることができないからである。また、インクジェット方式では、インクヘッドからインク液滴を記録媒体へ吐出させるので、従来の印捺方法で用いる高粘度インキをそのまま適用することは原理的に不可能であり、しかもヘッドの目詰まりを防止するために、粘度をかなりの程度まで低くする必要がある。
【0004】
そこで、インクジェット捺染においては、従来の印捺方法で用いられていた捺染糊成分の全体を2成分、すなわち、高粘性の前処理剤と低粘性のインクとの2成分に分割し、前処理剤によって布帛を予めパディング処理し、前処理された布帛にインクをプリンタヘッドから吐出させる技術が開発されている。また、こうしたインクジェット捺染において、前処理剤に特定の成分を含有させることによって滲みを防止し、鮮明な画像を得ることを目的とする技術も提案されている。
【0005】
例えば、染料保持剤を予め付着させた前処理布帛を用いることによって滲みを防止し、鮮明な画像を得ることができるとするインクジェット捺染方法が提案されており(特許文献1)、前記の染料保持剤としては、水溶性高分子(すなわち、天然水溶性高分子又は合成水溶性高分子)、水溶性塩類、及び水不溶性無機微粒子が列挙されている。しかしながら、この特許文献1に記載の方法では、工業生産を行うにあたり、生地素材のロット差、保管場所や加工現場等の温湿度条件の差により、発色の変動が大きく、色の再現性に問題があり、また染着ムラが発生し、均染性が得られないという問題点があることも指摘されている(特許文献2)。
【0006】
【特許文献1】特公昭63−31594号公報
【特許文献2】特開平10−183481号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、インクジェット捺染において、滲みを防止して鮮明な画像を得ることができ、しかも高発色性を同時に達成することができる前処理剤を鋭意研究していたところ、
ヒドロキシエチルセルロースを水溶性樹脂成分として用いることにより、滲みの防止効果が飛躍的に向上し、極めて鮮明で、高発色性を有する高品位画像を得ることができることを見出した。
【0008】
ところで、ヒドロキシエチルセルロース等の水溶性高分子化合物を前処理剤に含有させること自体は、従来から提案されている。例えば、前記特許文献1には、前処理剤に含有させる染料保持剤として、水溶性高分子(すなわち、天然水溶性高分子又は合成水溶性高分子)、水溶性塩類、及び水不溶性無機微粒子が記載されており、具体的には、デンプン質(甘藷、馬鈴薯、トウモロコシ、又は小麦等)、セルロース系物質(カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、又はヒドロキシエチルセルロース等)、多糖類(アルギン酸ナトリウム、アラビアゴム、ローカストビーンガム、トラガントガム、グアガム、又はタマリンド種子等)、タンパク質物質(ゼラチン、又はカゼイン等)、タンニン系物質、又はリグニン系物質等の様な天然水溶性高分子、ポリビニルアルコール系化合物、ポリエチレンオキサイド系化合物、アクリル酸系水溶性高分子、又は無水マレイン酸系水溶性高分子等の様な合成水溶性高分子、アルカリ金属(NaCl、NaSO、KCl、CHCOONa等)、アルカリ土類金属(CaCl、MgCl等)の様な水溶性塩類、さらには、水不溶性無機微粒子(ZnO、SiO、CaCO、BaSO、TiO、Al(OH)、Fe、CaO、KO、又はケイ酸アルミニウム塩)、あるいは天然粘土物質(ベントナイト、珪藻土、活性白土、カオリン、タルク、又はモンモリロナイト)が列挙されている。すなわち、前記特許文献1には、天然水溶性高分子に属するセルロース系物質の1例として、ヒドロキシエチルセルロースが例示されている。
【0009】
しかしながら、前記特許文献1の実施例では、酸性染料に対する染料保持剤として、ポリビニルアルコール(合成水溶性高分子)、CaCl(アルカリ土類金属)、及びベントナイト(天然粘土物質)を使用する態様が具体的に記載されているだけであり、天然水溶性高分子(例えば、セルロース系物質又はタンパク質物質)を用いる態様については具体的な記載がない。また、比較例においてもゼラチン(タンパク質物質)を使用する態様が記載されているだけである。更に、分散染料に対する染料保持剤としても、具体的には、アラビアゴム(多糖類)、NaCl(アルカリ金属)、及びモンモリロナイト(天然粘土物質)を使用する態様が記載されているだけである。すなわち、前記特許文献1においては、セルロース系物質を用いた具体的態様は全く記載されておらず、具体的な検討はされていない。むしろ、天然水溶性高分子化合物に属するゼラチン(タンパク質物質)が比較用物質として使用されており、発色性の点で劣っていることが具体的に示されている。
【0010】
これに対し、本発明者が見出したところによれば、後述する実施例で具体的に示すとおり、ヒドロキシエチルセルロースを使用することにより、前記特許文献1の実施例で具体的に検討されているポリビニルアルコール、CaCl、及びベントナイト、更にはゼラチンと比較して、滲みの発生を伴わずに、高発色性を有する高品位画像を得ることができる。すなわち、ヒドロキシエチルセルロースの使用により、滲み発生の飛躍的な低減(すなわち、飛躍的に明瞭な画像の実現)を伴って、しかも、従来のインクジェット捺染における発色性の限界を超える高発色性を実現することができる。また、ヒドロキシエチルセルロースは、その他の代表的な水溶性樹脂成分、例えば、アルギン酸ナトリウムやグアガムと比較しても、前記と同様の高品位画像を得ることができる点で優れている。更に、ヒドロキシエチルセルロースは、他のセルロース材料(例えば、カルボキシメチルセルロース)と比較しても、前記と同様の高品位画像を得ることができる点で優れている。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
従って、本発明は、ヒドロキシエチルセルロースとアンモニウム塩とヒドロトロピー剤と水とを含み、前記ヒドロキシエチルセルロース含有量が1〜5重量%であり、前記アン
モニウム塩含有量が1〜6重量%であることを特徴とする、酸性染料によるインクジェット捺染用の前処理剤に関する。
【0012】
本発明による前処理剤の好ましい態様においては、ヒドロトロピー剤含有量が5〜15重量%である。
本発明による前処理剤の別の好ましい態様においては、ヒドロトロピー剤が尿素である。
本発明による前処理剤の更に別の好ましい態様においては、ヒドロキシエチルセルロースの重量平均分子量が5万〜50万である。
本発明による前処理剤の更に別の好ましい態様においては、アンモニウム塩が、硫酸アンモニウム又は酒石酸アンモニウムである。
本発明による前処理剤の更に別の好ましい態様においては、絹又はポリアミド系繊維用である。
【0013】
本発明は、前記の前処理剤によって処理した布帛にも関する。
本発明による布帛の好ましい態様においては、前記の前処理剤の絞り率が50%以上である。
【0014】
本発明は、更に、前記の前処理剤によって予め処理した布帛に、酸性染料を含有する捺染用インクジェットインクを吐出させる工程を含むことを特徴とする、インクジェット捺染方法にも関する。
【発明の効果】
【0015】
インクジェット捺染においては、インク組成物に含まれる染料濃度を高くすれば、滲みのない状態で高発色性を可能にすることができる。しかしながら、染料を高濃度で含有するインク組成物は粘度も高くなるので、吐出安定性が低下する。従って、使用可能なインク組成物における染料濃度には限界がある。こうした条件下で、滲みを発生させない状態で、あるレベル以上のOD値を得ることは徐々に困難になる。
しかしながら、驚くべきことに、本発明の前処理剤によれば、従来のインクジェット捺染において通常使用されているレベルの染料濃度のインク組成物を用いた場合でも、滲みの発生が飛躍的に抑制され、従って、得られる画像が極めて鮮明になると共に、高発色性を有する高品位画像を得ることができる。すなわち、滲み発生の飛躍的な低減(すなわち、飛躍的に明瞭な画像の実現)を伴って、しかも、従来のインクジェット捺染における発色性の限界を超える高発色性を実現することができる。
従って、従来のインクジェット捺染において得られるレベルと同等のOD値の画像を得る場合には、本発明により、インク使用量を減少させることができ、コストダウンや環境保全の観点から有利である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
[前処理剤]
(ヒドロキシエチルセルロース)
本発明の前処理剤は、ヒドロキシエチルセルロースを含有する。ヒドロキシエチルセルロースは、例えば、セルロースに水酸化ナトリウムを反応させてアルカリセルロースを生成し、このアルカリセルロースにエチレンオキサイドを作用させることにより、セルロースの水酸基をエーテル結合でヒドロキシエチル基に置換することによって製造される。
【0017】
本発明で用いることのできるヒドロキシエチルセルロースは、水溶性であり、そのDS(セルロースの有する水酸基がエチレンオキサイドに置換された平均の数)やMS(セルロースの1単位に付加されたエチレンオキサイドの平均モル数)は、特に限定されないが、DSは、例えば、1.0〜1.3(13C−NMR法)であり、MSは、例えば、1.
8〜2.5(モルガン法)であることができる。また、本発明で用いることのできるヒドロキシエチルセルロースの重量平均分子量も、特に限定されないが、好ましくは5万〜50万、より好ましくは10万〜40万である。重量平均分子量が5万以上のヒドロキシエチルセルロースを用いることにより、滲み防止の効果を得ることができ、重量平均分子量が50万以下のヒドロキシエチルセルロースを用いることにより、パディング/コーティング特性の向上と、高発色性を両立させることができる。
【0018】
ヒドロキシエチルセルロースとしては、市販品、例えば、HECダイセルSP200又はHECダイセルSP400(ダイセル化学工業社製)を用いることができる。
【0019】
本発明の前処理剤において、ヒドロキシエチルセルロースの含有量は、前処理剤の全重量に対して1〜5重量%、好ましくは、1.5〜3.5重量%である。ヒドロキシエチルセルロースの含有量を1重量%以上にすることにより、滲みを伴わずに、高発色性を達成することができる。また、5重量%以下にすることにより、パディングの適正粘度とすることができる。
【0020】
(アンモニウム塩)
本発明の前処理剤は、アンモニウム塩を含有する。アンモニウム塩は、pH調整剤として使用され、酸性染料を固着させる促進剤の機能を有する。本発明では、酸性染料の固着促進機能を有する限り、任意の無機アンモニウム塩又は有機アンモニウム塩を用いることができる。無機アンモニウム塩としては、例えば、硫酸アンモニウムを挙げることができ、有機アンモニウム塩としては、例えば、酒石酸アンモニウムを挙げることができる。アンモニウム塩の含有量は、前処理剤の全重量に対して、1〜6重量%、好ましくは、3〜5重量%である。アンモニウム塩の含有量を1重量%以上にすることにより、染料の固着を促進して発色性を向上させることができる。一方、酸性染料によるインクジェット捺染では、アンモニウム塩の含有量を増加させることによって、一般に、発色性が向上する。しかしながら、本発明の前処理剤においては、アンモニウム塩の含有量が6重量%を超えると、滲みが発生することがある。すなわち、アンモニウム塩の含有量を6重量%以下にすることにより、高発色性を維持しながら、滲み発生を有効に低減化し、明瞭な画像を得ることができる。
【0021】
(ヒドロトロピー剤)
本発明の前処理剤は、ヒドロトロピー剤を含有する。ヒドロトロピー剤としては、例えば、尿素、ジメチル尿素、チオ尿素、モノメチルチオ尿素、又はジメチルチオ尿素等のアルキル尿素を用いることができる。
ヒドロトロピー剤の含有量は、特に限定されるものではないが、前処理剤の全重量に対して、好ましくは5〜15重量%、より好ましくは8〜12重量%である。ヒドロトロピー剤の含有量を5重量%以上にすることにより、発色性を向上させることができ、15重量%以下にすることにより、滲みの発生を有効に防止することができる。
【0022】
(水)
本発明の前処理剤において、水は主溶媒である。水は、イオン交換水、限外濾過水、逆浸透水、又は蒸留水等の純水、又は超純水を用いることができる。また、紫外線照射、又は過酸化水素添加などにより滅菌した水を用いることにより、前処理剤を長期保存する場合にカビやバクテリアの発生を防止することができるので好適である。
【0023】
(糊剤)
本発明の前処理剤は、前記ヒドロキシエチルセルロースに加えて、従来の前処理剤において通常使用されている糊剤を含むことができる。このような糊剤としては、例えば、グアー又はローカストビーン等の天然ガム類、澱粉類、アルギン酸ソーダ又はふのり等の海
草類、ペクチン酸等の植物皮類、メチル繊維素、エチル繊維素、又はカルボキシメチルセルロース等の繊維素誘導体、焙焼澱粉、アルファ澱粉、カルボキシメチル澱粉、カルボキシエチル澱粉、又はヒドロキシエチル澱粉等の加工澱粉、シラツガム系、ローストビーンガム系等の加工天然ガム、アルギン誘導体、あるいは、ポリビニルアルコール、又はポリアクリル酸エステル等の合成糊、エマルジョン等が用いられ、これらの1種又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
前記ヒドロキシエチルセルロースに加えて用いる糊剤の含有量は、特に限定されるものではないが、前処理剤の全重量に対して、好ましくは1重量%以下、より好ましくは0.1〜0.5重量%である。
【0024】
[捺染用インクジェットインク]
(染料)
本発明の前処理剤は、酸性染料を含有する捺染用インクジェットインク組成物と組み合わせて用いる。酸性染料としては、アゾ染料、アントラキノン染料、カルボニウム染料、ニトロ染料、又は金属錯塩染料を挙げることができる。このような酸性染料の具体例を挙げれば以下のとおりである。
C.I.アシッドイエロー1、3、7、11、17、19、23、25、29、36、38、40、42、44、49、59、61、70、72、75、76、78、79、98、99、110、111、112、114、116、118、119、127、128、131、135、141、142、161、162、163、164、165、169、207、219、246;
【0025】
C.I.アシッドレッド1、6、8、9、13、14、18、19、24、26、27、28、32、35、37、42、51、52、57、62、75、77、80、82、83、85、87、88、89、92、94、95、97、106、111、114、115、117、118、119、129、130、131、133、134、138、143、145、149、154、155、158、168、180、183、184、186、194、198、199、209、211、215、216、217、219、249、252、254、256、257、260、262、265、266、274、276、282、283、289、303、317、318、320、321、322、361;
【0026】
C.I.アシッドブルー1、7、9、15、22、23、25、27、29、40、41、43、45、49、54、59、60、62、72、74、78、80、82、83、87、90、92、93、100、102、103、104、112、113、117、120、126、127、129、130、131、133、138、140、142、143、151、154、158、161、166、167、168、170、171、175、182、183、184、185、187、192、199、203、204、205、225、229、234、236、300;
【0027】
C.I.アシッドブラック1、2、7、24、26、29、31、44、48、50、51、52、58、60、62、63、64、67、72、76、77、94、107、108、109、110、112、115、118、119、121、122、131、132、139、140、155、156、157、158、159、191、234;
【0028】
C.I.アシッドオレンジ1、7、8、10、19、20、24、28、33、41、43、45、51、56、63、64、65、67、74、80、82、85、86、87、88、95、122、123、124;
【0029】
C.I.アシッドバイオレット7、11、15、31、34、35、41、43、47、
48、49、51、54、66、68、75、78、97、106;
【0030】
C.I.アシッドグリーン3、7、9、12、16、19、20、25、27、28、35、36、40、41、43、44、48、56、57、60、61、65、73、75、76、78、79;
【0031】
C.I.アシッドブラウン2、4、13、14、19、20、27、28、30、31、39、44、45、46、48、53、100、101、103、104、106、160、161、165、188、224、225、226、231、232、236、247、256、257、266、268、276、277、282、289、294、295、296、297、299、300、301、302。
【0032】
本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物において、前記酸性染料の含有量は特に限定されるものではないが、インク組成物の全重量に対して、好ましくは1〜10重量%、より好ましくは2〜7重量%である。前記酸性染料の合計含有量を1重量%以上とすることにより、充分な印捺濃度を得ることができ、10重量%以下とすることにより、インクジェット用インク組成物に求められる吐出安定性を確保することができ、特に高温下での吐出不良を防止することができる。
【0033】
(2)尿素系化合物
本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物は、尿素系化合物を含有することが好ましい。尿素系化合物としては、例えば、尿素、ジメチル尿素、モノメチルチオ尿素、チオ尿素、又はジメチルチオ尿素等のアルキル尿素、あるいはアルキルチオ尿素を挙げることができる。本発明のインク組成物が尿素系化合物を含有すると、酸性染料の溶解度を向上させることができる。尿素系化合物の含有量は特に限定されるものではないが、インク組成物の全重量に対して、好ましくは1〜10重量%、より好ましくは2〜7重量%である。尿素系化合物の含有量を1重量%以上とすることにより、充分な溶解度向上効果を得ることができ、10重量%以下とすることにより、印捺滲みを防止することができる。
【0034】
(3)pH調整剤
本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物においては、pH調整剤によってpHをアルカリ域に調整することが望ましい。特に、目標のpH値が9を超えるときは、有機アミンで調整することが望ましい。有機アミンであれば特に制限はないが、比較的蒸気圧の低いアルカノールアミン、特にトリエタノールアミンが好ましい。
【0035】
(4)水
本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物においては、水としては任意の水を用いることができるが、純水を用いるのが好ましい。純水は、イオン交換、又は蒸留等で容易に製造することができる。また、純水を更に紫外線等で滅菌処理するのが更に好ましい。
【0036】
(5)その他の添加物
本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物においては、インクの吐出安定性(特には、ピエゾヘッドでの吐出安定性)を向上させる目的で、アルキレングリコールモノアルキルエーテル(例えば、トリエチレングリコールモノ−n−ブチルエーテル)、グリコール化合物(例えば、エチレングリコール、グリセリン、又はチオジグリコール)、ピロリドン系化合物(例えば、2−ピロリドン、又はN−メチル−2−ピロリドン)、及び/又は界面活性剤(例えば、アセチレングリコール
系界面活性剤)を含有することができる。
【0037】
また、本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物においては、前記成分に加えて、防腐剤を含有することが好ましい。好ましい防腐剤としては、例えば、プロキセルCRL、プロキセルBDN、プロキセルGXL、プロキセルXL−2、プロキセルIB、又はプロキセルTNなどを挙げることができる。
【0038】
更に、本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物においては、キレート剤(金属封鎖剤)を含有することができる。キレート剤は、インク中の金属をトラップし、インクの信頼性を向上すると共に、布帛上の重金属をトラップし、染め斑防止に有効である。キレート剤としては、エチレンジアミン四酢酸塩、ニトリロトリ酢酸塩、ヘキサメタリン酸塩、ピロリン酸塩、又はメタリン酸塩等が好適である。また、BASF社から市販されているTRILON TA、DEKOL SN、Benkiesed社から市販されているCalgon Tは生分解性に優れており環境面で好適である。
【0039】
更に、本発明の前処理剤と組み合わせて用いることのできるインクジェット捺染用インク組成物においては、前記構成成分を適宜選択して含有するが、粘度が20℃で8.0mPa・s以下、好ましくは1.5〜6.0mPa・sとすることが好ましい。8.0mPa・s以下であれば通常の環境温度で何ら支障なくインク吐出が可能である。20℃で8.0mPa・sを超えるインクは低温領域での吐出安定性が悪くなる。また、本発明のインク組成物は、pH値が好ましくは10以下、より好ましくは7〜9である。pH値を10以下とすることによって印捺滲みを防止することができ、6以上とすることによって、良好な溶解性を得ることができる。
【0040】
[インクジェット捺染方法]
本発明によるインクジェット捺染方法は、本発明の前処理剤によって予め前処理を施した布帛に、インクジェット捺染インクをインクジェット方式によって吐出させて付着させる工程、定着する工程、及び洗浄する工程により主に構成される。それぞれの工程には、公知の方法及び操作を使用することができる。以下、各工程の具体的な態様を例示する。
【0041】
(前処理方法)
本発明による前処理剤を布帛に付着させる方法としては、常法通り、コーティング又はパディング法が望ましい。例えば、パディング時の絞り率は、布帛の厚さ、及び/又は繊維の太さ等で適宜決めることができ、50%以上が望ましく、更に好適には65%以上である。ここで、絞り率(S)は、以下の計算式(1):
S(%)=〔A/B〕×100 (1)
から計算することができる。なお、計算式(1)において、Sは、絞り率(%)であり、Aは前処理剤付着量であり、Bは、布帛の重量である。
【0042】
パディングにおける絞り率が、50%未満になると、滲み防止効果が低下し、発色性も低下することがある。
【0043】
(布帛)
本発明方法によって捺染することにできる布帛は、酸性染料によって捺染可能な繊維からなる布帛であれば、特に限定されず、例えば、動物性繊維又はポリアミド系繊維からなる布帛又は少なくともこれらの繊維の一つを含む混紡からなる布帛である。好ましくは、絹、又はポリアミド系繊維からなる布帛である。
【0044】
(インクジェット吐出)
インクジェット捺染方法は、サーマル方式、コンテティニュアス方式、又はピエゾ方式などの任意のインクジェット方式に適用することができる。
【0045】
(定着)
前記の前処理剤で処理された布帛は、インクジェット方法によって、前記の捺染インクによって印捺された後、高熱又は高熱の蒸気により定着される。例えば、公知のスチーマー(マチス社製;スチーマーDHe型)を用いて定着操作を行うことができる。定着条件は、例えば、絹やポリアミド系繊維では、95〜105℃にて、飽和蒸気近辺で、20〜40分間処理するのが好ましい。
【0046】
(洗浄)
その後、洗浄操作を行う。具体的には、布帛を水道水で揉み洗いし、徐々に温水を追加する。更に、ノニオン系界面活性剤を入れた50℃の水中に、時々撹拌しながら15分間程度浸ける。浴比(印捺布重量/浴重量)は1/50であることが好ましい。更に洗浄液中に水道水を入れながら手揉み洗いをする。十分に水洗した後に布を乾燥させ、アイロンを掛けして印捺布を得ることができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0048】
<実施例1〜2、比較例1〜7、及び参考例1〜2>
(1)前処理剤の調製
以下の表1及び表2に示す組成を有する11種の前処理剤を調製した。
実施例1等の前処理剤の調製に用いた「HEC(SP200)」は、ダイセル化学工業社製のヒドロキシエチルセルロース(重量平均分子量=120,000)であり、実施例2の前処理剤の調製に用いた「HEC(SP400)」は、ダイセル化学工業社製のヒドロキシエチルセルロース(重量平均分子量=250,000)である。
比較例1の前処理剤の調製に用いた「アルギン酸ナトリウム」は、キミカ社製の「ULV−30」であり、比較例2の前処理剤の調製に用いた「グアガム」は、三昌社製の「メイプロガムNP16」である。更に、比較例6の前処理剤の調製に用いた「ヒドロキシメチルセルロース」はダイセル化学工業社製の「4850」である。表1及び表2において、数値の単位は重量%である。
【0049】
【表1】

【0050】
【表2】

【0051】
(2)インク組成物の調製
以下の表3に示す組成を有する5種のインク組成物を調製した。表3において、ブラックインク(1)及び(2)では、C.I.アシッドブラック52を使用し、イエローインクではC.I.アシッドイエロー110を使用し、マゼンタインクではC.I.アシッドレッド289を使用し、シアンインクではC.I.アシッドブルー87を使用した。また、オルフィンE1010はアセチレングリコール系界面活性剤である。表3において、数値の単位は重量%である。
【0052】
【表3】

【0053】
(3)パッディング
前項(1)で調製した前処理剤を、パッダー(マチス社;水平垂直パッダーHVF350)で布帛にパッディングした。布帛としては、絹12匁を用いた。絞り率は約75%であった。
なお、比較例7の前処理剤は、高粘性であるために、パッディング速度が著しく遅くなった。従って、少なくとも工業的生産に使用することはできないので、印捺工程以降の操作は実施しなかった。
【0054】
(4)印捺
前項(2)で調製したブラックインク(1)、並びにイエローインク、マゼンタインク、及びシアンインクをそれぞれアルミパックに注入し、インクジェットプリンタ(エプソン製;プリンタMJ8000C)に充填した。これらのインクにより、前項(3)でパッ
ディング処理した絹上にプリントした。
印捺パターンは、黒細線と、ブラック単色ベタ、イエロー単色ベタ、マゼンタ単色ベタ、及びシアン単色ベタ、並びに、イエローとマゼンタとの二次色ベタ、イエローとシアンとの二次色ベタ、及びマゼンタとシアンとの二次色ベタを用いた。
【0055】
(5)定着
印捺布帛を、102℃にて30分間、高湿下で定着し、定法により洗浄した。洗浄後、アイロンかけをして、評価用の印捺布帛とした。
【0056】
(6)物性評価:印捺濃度
光学濃度ODを測定した。測定器として、光学濃度測定器(グレタグマクベス社;SPM50)を用いた。光源はD50であった。結果を表4及び表5に示す。表4及び表5において、「OD−Bk」は、ブラック単色ベタのOD値を意味し、同様に、「OD−Y」は、イエロー単色ベタのOD値、「OD−M」は、マゼンタ単色ベタのOD値、そして「OD−C」は、シアン単色ベタのOD値をそれぞれ意味する。結果を表4及び表5に示す。
【0057】
(7)物性評価:二次色滲み
イエローとマゼンタとの二次色ベタ、イエローとシアンとの二次色ベタ、及びマゼンタとシアンとの二次色ベタの滲みを、5名のパネラーにより、官能的に5段階で評価した。結果を表4及び表5に示す。なお、評価基準は以下の通りである。
A:3つの二次色で滲みがない
B:1つの二次色でやや滲む
C:2つの二次色でやや滲む
D:1つの二次色が大きく滲む、あるいは3つの二次色でやや滲む
E:2つ以上の二次色で大きく滲む
【0058】
(8)物性評価:黒細線滲み
前項(2)で調製したブラックインク(1)による黒細線の滲みを、5名のパネラーにより、官能的に3段階で評価した。結果を表4及び表5に示す。なお、評価基準は以下の通りである。
A:滲みがない
B:やや滲む
C:滲みが大
【0059】
(9)物性評価の結果
【表4】

【0060】
【表5】

【0061】
(10)評価結果の解析
実施例1と比較例3との比較から明らかなとおり、ヒドロキシエチルセルロースの含有量が少ないと、発色濃度が全般に低くなり、滲みも発生する。また、比較例7に示すように、ヒドロキシエチルセルロースの含有量が多すぎると、パッディング速度が著しく遅くなり、実用的ではない。
実施例1と比較例4及び比較例5との比較から明らかなとおり、本発明の前処理剤においてアンモニウム塩含有量、特にその上限値は、重要な意味を有している。すなわち、アンモニウム塩含有量が少ないと、蒸熱時に充分な酸成分が生成されず、発色濃度が全般に低くなる(比較例4)。一方、アンモニウム塩含有量が或るレベル以上を超えると、イエローとシアンとの二次色及びマゼンタとシアンとの二次色において、シアンに滲みが発生する(比較例5)。これに対して、本発明では、このような滲みが発生せず、この理由は現在のところ不明である。
【0062】
実施例1及び2と、比較例1、2、及び6とを比較すると明らかなとおり、ヒドロキシエチルセルロース以外の水溶性樹脂成分を用いると、滲みの発生を伴わずに、高発色性を実現することはできない。
【0063】
なお、本発明においても、ヒドロトロピー剤の濃度が通常の濃度範囲から逸脱すると悪影響が現れる。実施例1と参考例1との比較から明らかなとおり、尿素含有量が多いと、黒細線が滲み、二次色も滲む傾向が現れる。逆に、実施例1と参考例2との比較から明らかなとおり、尿素含有量が少ないと、発色濃度が全般に低くなる。
【0064】
<比較例8>
前記表1に示す比較例2の前処理剤によって、前記実施例1及び2と同様に前処理を行った絹布帛に、前記表3に示す組成のブラックインク(2)によってブラック単色ベタパターンを印捺し、前記実施例1及び2と同様に定着処理を行い、印捺濃度を測定したところ、OD値は1.5であった。
前記表3に示す各インク、すなわち、ブラックインク(1)、ブラックインク(2)、イエローインク、マゼンタインク、及びシアンインクを、それぞれインクジェットプリンタ(エプソン製;プリンタMJ8000C)に充填し、35℃にて、A4コピー用紙2000枚に対して吐出実験を行った。
ブラックインク(1)、イエローインク、マゼンタインク、及びシアンインクでは、全てのA4コピー用紙に対して良好な吐出性を示した。2000枚への印刷後、一晩放置して翌朝に印刷を再開したところ、良好な吐出性を示した。
一方、ブラックインク(2)では、A4コピー用紙への吐出開始から徐々に曲がりが発生し、200枚への印刷完了時点で、ほぼ半分に曲がりが認められた。また、500枚への印刷完了時点で、ノズルの10%では吐出が停止した。一晩放置して翌朝に印刷を再開
したところ、全ノズルから吐出が起きなかった。
ブラックインク(2)は、染料濃度が高いので、高OD値を得ることは可能になるが、インクジェットインクとしての適性を欠如している。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明による前処理剤は、酸性染料を含有する捺染用インクジェットインクと組み合わせて用いることにより、特に絹などの布帛において、滲みが低減し、しかも高発色性を有する高品位な画像を得ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒドロキシエチルセルロースとアンモニウム塩とヒドロトロピー剤と水とを含み、前記ヒドロキシエチルセルロース含有量が1〜5重量%であり、前記アンモニウム塩含有量が1〜6重量%であることを特徴とする、酸性染料によるインクジェット捺染用の前処理剤。
【請求項2】
ヒドロトロピー剤含有量が5〜15重量%である、請求項1に記載の前処理剤。
【請求項3】
ヒドロトロピー剤が尿素である、請求項1又は2に記載の前処理剤。
【請求項4】
ヒドロキシエチルセルロースの重量平均分子量が5万〜50万である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の前処理剤。
【請求項5】
アンモニウム塩が、硫酸アンモニウム又は酒石酸アンモニウムである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の前処理剤。
【請求項6】
絹又はポリアミド系繊維用である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の前処理剤。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の前処理剤によって処理した布帛。
【請求項8】
前処理剤の絞り率が50%以上である、請求項7に記載の布帛。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の前処理剤によって予め処理した布帛に、酸性染料を含有する捺染用インクジェットインクを吐出させる工程を含むことを特徴とする、インクジェット捺染方法。

【公開番号】特開2007−247109(P2007−247109A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−74107(P2006−74107)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】