説明

摺動機構及びその摩擦低減方法

【課題】摺動面で潤滑膜が生成されて摩擦低減性能を発揮出来る摺動部材の提供。
【解決手段】摺動面に窒化チタン系材料(例えば、窒化チタンカーボン、窒化チタン、窒化チタンアルミ)をコーティングし、ディーゼルエンジンオイルにモリブデンジチオカーバメイトをモリブデン含量として600ppm〜1000ppm添加し、摺動部材の算術平均粗さを2〜10nmにして、ゾンマーフェルド数の粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力(Pa)に換算した際に、2.12365×10−19〜5.94509×10−19の範囲内の潤滑条件で用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一方の摺動部材(例えば軸)と他方の摺動部材(例えば軸受)とから成り、両者が潤滑剤により潤滑されている摺動機構に関し、その様な摺動機構における摩擦低減技術に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材として鋼等の鉄系材料を用いた場合に、摩擦緩和剤であるモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)等の有機モリブデン系潤滑油添加剤を潤滑剤に添加すれば、低摩擦性能を発揮することが、従来から知られている。
【0003】
ここで、産業界で実際に使用されている潤滑剤(例えばエンジンオイル)には、様々な添加剤が含有されている。例えば、ジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)に代表される極圧剤や、清浄分散剤等は、潤滑剤と同様に、摺動面に潤滑膜を生成してしまう。そのため、有機モリブデン系潤滑油添加剤が添加された潤滑油が摺動面で潤滑膜を十分に生成できなくなってしまう。
すなわち、潤滑油添加剤以外の各種添加剤が潤滑膜を生成する際に競合してしまい、有機モリブデン系潤滑油添加剤を添加しても、その効果が得られず、或いは、その効果が十分に発揮できない場合が存在する。
特に、ディーゼルエンジンオイルは清浄分散剤を多く含有するので、有機モリブデン系潤滑油添加剤を添加しても、その効果が得られず、或いは、その効果が十分に発揮できない、という現象が顕著に現れてしまう。
【0004】
その他の従来技術として、例えば、ジアルキルジチオ亜鉛化合物と潤滑剤とを混合する技術が提案されている(特許文献1参照)。
しかし、係る従来技術は、低〜中温度領域における摩擦係数を低減することを目的としており、上述した問題を解消することは意図していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10−219267号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上述した従来技術の問題点に鑑みて提案されたものであり、摺動面で潤滑膜が生成されて摩擦低減性能を発揮出来る摺動部材の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者は種々研究の結果、一般的なディーゼルエンジンオイルであっても、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加し、少なくとも一方の摺動部材を窒化チタン系材料(例えば、窒化チタンカーボン、窒化チタン、窒化チタンアルミ)でコーティングすれば、一定の条件下であれば、摩擦係数が減少して、低摩擦性能が発揮されることを見出した。
本発明は、係る知見に基いて創作されたものである。
【0008】
本発明の摺動機構は、ゾンマーフェルド数(S=粘度×速度÷荷重)の粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力(Pa)に換算した際に、2.12365×10−19〜5.94509×10−19の範囲内の潤滑条件で用いられ、鋼系材料製の摺動部材の少なくとも一方の摺動面が窒化チタン系材料でコーティングされており、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)をモリブデン含量として600ppm〜1000ppm添加したディーゼルエンジンオイルが潤滑剤として摺動部材間に介在しており、摺動部材の算術平均粗さが2〜10nmの範囲であることを特徴としている。
【0009】
そして、本発明の摺動機構の摩擦低減方法は、鋼系材料製の摺動部材の少なくとも一方の摺動面に窒化チタン系材料をコーティングし、ディーゼルエンジンオイルにモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)をモリブデン含量として600ppm〜1000ppm添加し、摺動部材の算術平均粗さを2〜10nmにして、ゾンマーフェルド数(S=粘度×速度÷荷重)の粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力(Pa)に換算した際に、2.12365×10−19〜5.94509×10−19の範囲内の潤滑条件で用いることを特徴としている。
【0010】
本発明において、前記窒化チタン系材料は、窒化チタンアルミ(TiAlN)であるのが好ましい。
または、前記窒化チタン系材料は、窒化チタンであり、摺動部材の算術平均粗さが2〜4nmであるのが好ましい。
或いは、前記窒化チタン系材料は、窒化チタンカーボンであるのが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
上述する構成を具備する本発明によれば、通常のディーゼルエンジンオイルでは摩擦係数が増加してしまう窒化チタン系材料(例えば、窒化チタンカーボン、窒化チタン、窒化チタンアルミ)でコーティングされた摺動面を有していても、摩擦性能が大幅に低下する。
ここで、潤滑条件を上述した範囲内にすることにより、摺動部材間に潤滑膜が生成される境界摩擦の領域で良好な潤滑性能が発揮されることが、確認されている。すなわち、本発明によれば、清浄分散剤を多く含有するディーゼルエンジンオイルであっても、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した際に、その効果が十分に発揮される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実験例で使用したボールオンディスク形式の高周波往復装置の概念図である。
【図2】実験例1の8種類のサンプルにおける摩擦係数を比較して示す図である。
【図3】実験例1の8種類のサンプルにおける摩耗量を比較して示す図である。
【図4】実験例2の結果を示す図であって、潤滑条件と摩擦係数の関係を示している。
【図5】実験例6の8種類のサンプルにおける摩擦係数を比較して示す図である。
【図6】実験例6の8種類のサンプルにおける摩耗量を比較して示す図である。
【図7】実験例10の8種類のサンプルにおける摩擦係数を比較して示す図である。
【図8】実験例10の8種類のサンプルにおける摩耗量を比較して示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
本発明の実施形態として、例えば軸受構造において、一方の摺動部材が軸であり、当該軸の外周面(摺動面)を物理蒸着(PVD)技術により、窒化チタン系材料である窒化チタンカーボン(TiAlN)でコーティングした。そして、軸表面の算術平均粗さを5.0nmとした。
一方、他方の摺動部材として、軸受(少なくとも、インナーレース)を高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)で製造した。
そして、潤滑剤として、日本自動車技術会規格「DH−2」のディーゼルエンジンオイルに、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)をモリブデン含量として700ppm添加したものを用いた。
【0014】
係る軸受をゾンマーフェルト数が、2.12365×10−19となる摺動条件(混合潤滑領域)で、使用した。ここでゾンマーフェルト数は、粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力(Pa)に換算した数値である。
その結果、係る軸受は、摺動する双方の部材が高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)であり、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加していないディーゼルエンジンオイル(DH−2)で潤滑し、ゾンマーフェルト数が、2.12365×10−19となる摺動条件(混合潤滑領域)で使用した場合に比較して、摩擦係数が著しく減少した。
【0015】
[実験例1]
図1で示す様な、ボールオンディスク形式の高周波往復装置(HFRR)を用いて、実験例1を行なった。
図1において、平板状の基材10(算術平均粗さ5.0nm)上に、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)製のボール20を載置して、基材10とボール20の間をディーゼルエンジンオイルで潤滑した。
【0016】
図1において、矢印Pはボール20に負荷される荷重であり、矢印Fは摩擦力が作用する方向である。
荷重Pについては、後述する実験例2における潤滑条件がなるべく等間隔に配列されるように、1000g或いは400gとした。
【0017】
基材10は、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)で構成した場合と、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)のボール20側(摺動面側)に窒化チタンアルミをコーティングした場合とに分けた。
潤滑剤については、2種類のディーゼルエンジンオイル{米国石油学会の規格「CD」のディーゼルエンジンオイル(以下、符号「CD」で示す)と、出願人が所属するボルボグループ独自の規格では「VDS−4」であり且つ日本自動車技術会規格では「DH−2」であるディーゼルエンジンオイル(以下、符号「VHS−4(DH−2)」で示す):何れも一般的なディーゼルエンジンオイル}を使用した。そして、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)をモリブデン含量として700ppm添加した場合と、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加しない場合とに分けた。
【0018】
基材10の材質と、潤滑剤とを組み合わせることにより、全部で8通りのサンプル(下表1のNo.1〜No.8)について、実験を行なった。
8種類のサンプルの各々について、基材10の材質と、潤滑剤とを組み合わせを、下表1で示す。
表1

【0019】
図1で示す様な、ボールオンディスク形式の高周波往復装置(HFRR)を用いた実験例1の実験結果が、図2で示されている。
図2の横軸は摩擦係数μを示し、縦軸はサンプルNo.を示している。
図2において、サンプルNo.1とNo.2、サンプルNo.5とサンプルNo.6とを比較すると、2種類のディーゼルエンジンの何れにおいても、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加しない場合には、基材10に窒化チタンアルミをコーティングしたサンプル(No.2、No.6)は、基材10に窒化チタンアルミをコーティングしないサンプル(No.1、No.5)よりも摩擦が大きく(μが大きい)、潤滑性能が劣っていることが分る。
このことから、ディーゼルエンジンにモリブデンジチオカーバメイトを添加しない場合(一般的な場合)には、窒化チタンアルミをコーティングすると、潤滑性能は低下することが分る。
【0020】
これに対して、図2においてサンプルNo.4、No.8の結果を、その他の資料の結果と比較すると、ディーゼルエンジンにモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した場合であって、且つ、基材10に窒化チタンアルミをコーティングした場合には、摩擦が非常に小さくなり(μが非常に小さい)、潤滑性能が格段に向上することが理解される。
すなわち、実験例1から、ディーゼルエンジンにモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加して、且つ、摺動材料の一方に窒化チタンアルミをコーティングした場合には、摩擦が非常に小さくなり(μが非常に小さい)、潤滑性能が格段に向上することが確認された。
換言すれば、実験例1より、清浄分散剤を多く含有する通常のディーゼルエンジンオイルを潤滑剤として用いる場合でも、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加したディーゼルエンジンオイルが潤滑膜を生成することを、清浄分散剤が阻害してしまうことがなく、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加したディーゼルエンジンオイルの潤滑膜が生成されて、潤滑性能を発揮したために、摩擦係数μが低下したと推定される。
【0021】
なお、従来から公知のモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した場合の低摩擦性能は、サンプルNo.1とNo.3、No.5とNo.7を比較すれば明らかである。
【0022】
実験例1を行なった後、基材10側に生じる摩耗量を比較して示すのが図3である。
図3の縦軸には、基材10側に生じた摩耗痕の幅(mm)が示されており、横軸にはサンプルNo.が示されている。ここで、基材10側に生じた摩耗痕の幅(mm)は、摩耗量に比例する。
図3において、窒化チタンアルミをコーティングしたサンプル(No.2、No.4、No.6、No.8)は、コーティングしていないサンプル(No.1、No.3、No.5、No.7)に比較すると、明らかに摩耗量が減少している。
図3より、窒化チタンアルミをコーティングした場合には、耐摩耗性が向上することが明らかである。
【0023】
[実験例2]
実験例2では、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加しない潤滑剤(図4ではVDS4(DH−2)と表記:「DH−2」は日本自動車技術会の規格)と、モリブデンジチオカーバメイトをモリブデン含量として700ppm添加した潤滑剤(VDS4(DH−2)+MoDTC)を用意した。なお、図4に関して使用された潤滑剤{VDS4(DH−2)}は、一般的なディーゼルエンジンオイルである。
そして、窒化チタンアルミをコーティングしていない高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)で構成した基材と、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に窒化チタンアルミをコーティングした基材(TiAlN)を用意した。
その結果、次の4通りのサンプルを作成した。
【0024】
No.2−1(図4のプロット「▲」):モリブデンジチオカーバメイトを添加しない潤滑剤{VDS4(DH−2)}と、窒化チタンアルミをコーティングしていない基材(SUJ2)の組み合わせ。
No.2−2(図4のプロット「△」):モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンアルミをコーティングしていない基材の組み合わせ。
No.2−3(図4のプロット「●」):モリブデンジチオカーバメイトを添加しない潤滑剤{VDS4(DH−2)}と、窒化チタンアルミをコーティングした基材(TiAlN)の組み合わせ。
No.2−4(図4のプロット「○」):モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンアルミをコーティングした基材(TiAlN)の組み合わせ。
【0025】
そして、潤滑条件を変化させて、実験例1と同様な態様で、低摩擦性能を比較した。
潤滑条件については、混合潤滑領域の範囲で、ゾンマーフェルド数を基準に定めた。
ゾンマーフェルド数Sは S=粘度×速度÷荷重 の様な無次元量である。
実験例2の結果を図4で示す。図4において、縦軸は摩擦係数μを示し、横軸はゾンマーフェルド数Sを示している。
【0026】
図4では、ゾンマーフェルド数Sにおける粘度に関する項を「Pa・s」、速度に関する項を「周波数(s−1)」、荷重に関する項を「平均ヘルツ応力(Pa)」に換算して、求めている。
図4の横軸において、
符号Aは、ゾンマーフェルド数S=2.12365×10−20の箇所、
符号Bは、ゾンマーフェルド数S=9.03526×10−20の箇所、
符号Cは、ゾンマーフェルド数S=2.12365×10−19の箇所、
符号Dは、ゾンマーフェルド数S=3.6141×10−19の箇所、
符号Eは、ゾンマーフェルド数S=5.94509×10−19の箇所である。
実験例2は、符号A〜Eで示すゾンマーフェルド数Sに対応する潤滑条件と、符号Eよりもゾンマーフェルド数Sが大きな潤滑条件と、符号Aよりもゾンマーフェルド数Sが小さな潤滑条件について、行なわれた。
【0027】
図2を参照して述べた様に、潤滑剤にモリブデンジチオカーバメイトを添加しない場合(一般的な場合)には、窒化クロムをコーティングすると、潤滑性能は低下する。一方、潤滑剤にモリブデンジチオカーバメイトを添加した場合には、窒化チタンアルミをコーティングすると、摩擦が非常に小さくなり(μが非常に小さい)、潤滑性能が格段に向上する。
図4において、C〜Eで示すゾンマーフェルド数Sの範囲においては、No.2−4のサンプルの摩擦係数μ(図4のプロット「○」)は、No.2−1のサンプルの摩擦係数μ(図4のプロット「▲」)、No.2−2のサンプルの摩擦係数μ(図4のプロット「△」)、No.2−3のサンプルの摩擦係数μ(図4のプロット「●」)よりも低くなっており、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンアルミのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が発揮されていることが確認された。
【0028】
発明者の実験では、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも小さいと(図4において、符号Cで示す箇所よりも左側の領域)、No.2−4のサンプルの摩擦係数μ(図4のプロット「○」)よりも、No.2−2のサンプルの摩擦係数μ(図4のプロット「△」)の方が小さい。
すなわち、発明者の実験において、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンアルミのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が確認された潤滑条件は、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも大きい領域(図4における符号Cよりも右側の領域)のみであった。
ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも小さいと、潤滑剤が潤滑膜を形成する境界摩擦の範疇よりも、固体接触を生じるドライ摩擦の範疇における性質が強く出てしまうためと推定される。
【0029】
図4において、符号Cにおけるプロット、符号Dにおけるプロット、符号Eにおけるプロットを比較すれば明らかな様に、No.2−4のサンプルのプロット(○)と、No.2−1、No.2−2、No.2−3のプロット(▲、△、●)との差異は小さくなっている。
発明者の実験では、ゾンマーフェルド数S=5.94509×10−19よりも大きい領域(図4における符号Eよりも右側の領域)では、No.2−4のサンプルのプロット(○)と、その他のプロット(No.2−1、No.2−2、No.2−3のプロット:▲、△、●)との差異はさらに小さかった。
【0030】
換言すれば、発明者の実験において、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンアルミのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が確認された潤滑条件は、ゾンマーフェルド数Sが「5.94509×10−19」よりも小さい領域(図4における符号Eよりも左側の領域)であった。
ゾンマーフェルド数Sが「5.94509×10−19」よりも大きいと、いわゆる流体摩擦の範疇に属してしまい、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンアルミのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が発揮されないことよると推定される。流体摩擦の範疇に属している場合には、摺動面間には十分な潤滑剤が存在するが、膜を生成することはない。
実験例2から、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンアルミのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能は、ゾンマーフェルド数Sが 2.12365×10−19≦S≦5.94509×10−19 の範囲で発揮されることが確認された。
【0031】
[実験例3]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤(VDS4 10W30+MoDTC)と、窒化チタンアルミをコーティングした基材(TiAlN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」として、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として500〜1100ppmの範囲で100ppmずつ変化させて、その他の条件は実験例1と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例3の実験結果を下表2で示す。
表2

【0032】
表2において、「○」はモリブデンジチオカーバメイトを添加しない場合に比較して低摩擦性能が確認された旨を示している。「×」は低摩擦性能が確認されなかった旨を示す。
表2において、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量を、モリブデン含量として600ppmとした場合の低摩擦性能は、「△」となっている。これは低摩擦性能は発揮されたが、モリブデン含量として700〜1000ppmの場合の低摩擦性能ほどではなかったことを示している。
モリブデンジチオカーバメイト添加量が少ないと、摩擦低減効果が不十分であり、モリブデン含量として600ppm以上添加するべきことが、実験例3で確認された。
表2において、モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として1000ppmの場合の摩擦係数μと、添加量がモリブデン含量として1100ppmの場合の摩擦係数μは、大差はなかった。潤滑剤とモリブデンジチオカーバメイト添加量と摩擦低減効果の特性は、モリブデンジチオカーバメイト添加量が所定値を超えると摩擦低減効果の増加が殆ど見られないことが従来から良く知られており、実験例3から、係る所定値がモリブデン含量として1000ppm程度であることが確認された。
換言すれば、実験例3より、モリブデンジチオカーバメイト添加量はモリブデン含量として600〜1000ppmにおいて、コストの高騰を招くこと無く、摩擦低減効果が確認できた。
【0033】
[実験例4]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンアルミをコーティングした基材(TiAlN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として700ppmにして、基材10の算術平均粗さを1〜4nmの範囲で0.5nmずつ変化させて、その他の条件は実験例1と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例4の実験結果を下表3で示す。
表3

【0034】
表3において、「○」は摩擦係数が十分に低いことが確認された旨を示し、「−」は摩擦係数の計測が出来なかった旨を示している。
基材10の算術平均粗さが2nmよりも小さいと、流体摩擦の範疇となってしまい、図1で示す様な装置では摩擦係数が計測できないことに起因すると推測される。
換言すれば、基材10の算術平均粗さが2nm以上でなければ、潤滑剤が摺動部材間で潤滑膜を生成する境界摩擦の範疇に属しないことが、実験例4で確認された。
【0035】
[実験例5]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンアルミをコーティングした基材(TiAlN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として700ppmにして、基材10の算術平均粗さを8.0〜11.0nmの範囲で0.5nmずつ変化させて、その他の条件は実験例1と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例5の実験結果を下表4で示す。
表4

【0036】
表4において、「○」は摩擦係数が十分に低いことが確認された旨を示し、「×」は摩擦係数が大きかった旨を示している。
基材10の算術平均粗さが10.0nmよりも大きいと、表面の凹凸が大きいため、摺動部材として機能しなかったと推測される。
換言すれば、基材10の算術平均粗さが10.0nm以下でなければ、潤滑剤が摺動部材間で潤滑膜を形成する境界摩擦を行う摺動部材として機能し得ないことが、実験例5で確認された。
【0037】
次に、本発明の第2実施形態について説明する。
第2実施形態では、例えば軸受構造において、一方の摺動部材が軸であり、当該軸の外周面(摺動面)を物理蒸着(PVD)技術により、窒化チタン(TiN)でコーティングした。そして、軸表面の算術平均粗さを3.0nmとした。
一方、他方の摺動部材として、軸受(少なくとも、インナーレース)を高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)で製造した。
そして、潤滑剤として、日本自動車技術会規格「DH−2」のディーゼルエンジンオイルに、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)をモリブデン含量として700ppm添加したものを用いた。
【0038】
係る軸受をゾンマーフェルト数が、2.12365×10−19となる摺動条件(混合潤滑領域)で、使用した。ここでゾンマーフェルト数は、粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力(Pa)に換算した数値である。
その結果、係る軸受は、摺動する双方の部材が高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)であり、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加していないディーゼルエンジンオイル(DH−2)で潤滑し、ゾンマーフェルト数が、2.12365×10−19となる摺動条件(混合潤滑領域)で使用した場合に比較して、摩擦係数が著しく減少した。
【0039】
[実験例6]
図1で示す様な、ボールオンディスク形式の高周波往復装置(HFRR)を用いて、実験例6を行なった。
ここで、基材10において、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)のボール20側(摺動面側)に窒化チタンをコーティングする場合がある点を除き、実験例6は実験例1と同様な条件で行なわれた。
【0040】
実験例6で用いられた8通りのサンプル(下表1のNo.1〜No.8)について、基材10の材質と、潤滑剤とを組み合わせを、下表5で示す。
表5

【0041】
また、実験例6の結果を図5で示す。
図5の横軸は摩擦係数μを示し、縦軸はサンプルNo.を示している。
図5において、サンプルNo.1とNo.2、サンプルNo.5とサンプルNo.6とを比較すれば、基材10に窒化チタンをコーティングすると、窒化チタンをコーティングしない場合に比較して、摩擦が大きく(μが大きい)、潤滑性能が劣っていることが分る。
【0042】
これに対して、図5において、サンプルNo.4、No.8の結果を、その他の資料の結果と比較すると、ディーゼルエンジンにモリブデンジチオカーバメト(MoDTC)を添加した場合であって、且つ、基材10に窒化チタンをコーティングした場合には、摩擦が非常に小さくなり(μが非常に小さい)、潤滑性能が格段に向上することが分る。
ディーゼルエンジンにモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した場合であって、且つ、基材10に窒化チタンをコーティングした場合には、清浄分散剤を多く含有する通常のディーゼルエンジンオイルを潤滑剤として用いたとしても、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加したディーゼルエンジンオイルが潤滑膜を生成することを、清浄分散剤が阻害してしまうことがなく、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加したディーゼルエンジンオイルの潤滑膜が生成されて、潤滑性能を発揮し、摩擦係数μが低下したと推定される。
なお、図5において、サンプルNo.1とNo.3、No.5とNo.7を比較すれば、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した場合の低摩擦性能が確認される。
【0043】
実験例6を行なった後、基材10側に生じる摩耗量を比較して示すのが図6である。
図6の縦軸には、基材10側に生じた摩耗痕の幅(mm)が示されており、横軸にはサンプルNo.が示されている。ここで、基材10側に生じた摩耗痕の幅(mm)は、摩耗量に比例する。
図6において、窒化チタンをコーティングしたサンプル(No.2、No.4、No.6、No.8)は、コーティングしていないサンプル(No.1、No.3、No.5、No.7)に比較すると、明らかに摩耗量が減少している。
図6より、窒化チタンをコーティングした場合には、耐摩耗性が向上することが明らかである。
【0044】
[実験例7]
実験例7では、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加しない潤滑剤(VDS4(DH−2):「DH−2」は日本自動車技術会の規格)と、モリブデンジチオカーバメイトをモリブデン含量として700ppm添加した潤滑剤(VDS4(DH−2)+MoDTC)を用意した。なお、当該潤滑剤{VDS4(DH−2)}は、一般的なディーゼルエンジンオイルである。
そして、窒化チタンをコーティングしていない高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)で構成した基材と、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に窒化チタン(TiN)をコーティングした基材を用意した。
【0045】
実験例7では、次の4通りのサンプルを作成した。
No.7−1:モリブデンジチオカーバメイトを添加しない潤滑剤{VDS4(DH−2)}と、窒化チタンをコーティングしていない基材(SUJ2)の組み合わせ。
No.7−2:モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンをコーティングしていない基材の組み合わせ。
No.7−3:モリブデンジチオカーバメイト添加しない潤滑剤{VDS4(DH−2)}と、窒化チタン(TiN)をコーティングした基材の組み合わせ。
No.7−4モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタン(TiN)をコーティングした基材の組み合わせ。
【0046】
そして、潤滑条件を変化させて、上記実験例6と同様な態様で低摩擦性能を比較した。
潤滑条件については、第1実施形態の実験例2と同様に、混合潤滑領域の範囲で、ゾンマーフェルド数を基準に定めた。
ゾンマーフェルド数Sは、粘度に関する項を「Pa・s」、速度に関する項を「周波数(s−1)」、荷重に関する項を「平均ヘルツ応力(Pa)」に換算して、求めている。
ゾンマーフェルト数Sは、第1実施形態の実験例2と同様に、
S=2.12365×10−20
S=9.03526×10−20
S=2.12365×10−19
S=3.6141×10−19
S=5.94509×10−19とした。
実験例7では、ゾンマーフェルド数SがS=5.94509×10−19よりも大きな潤滑条件についても行なわれた。
【0047】
実験例7の結果は、第1実施形態における実験例2の結果(図4参照)と同様であった。
すなわち、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」、「3.6141×10−19」、「5.94509×10−19」では、No.7−4のサンプルの摩擦係数μは、No.7−1のサンプルの摩擦係数μ、No.7−2のサンプルの摩擦係数μ、No.7−3のサンプルの摩擦係数μよりも低くなっており、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が発揮されていることが確認された。そして、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも小さいと、No.7−4のサンプルの摩擦係数μよりも、No.7−2のサンプルの摩擦係数μの方が小さかった。
上述した結果から、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が確認された潤滑条件は、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも大きい領域のみであることが確認された。
ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも小さいと、潤滑剤が潤滑膜を形成する境界摩擦の範疇よりも、固体接触を生じるドライ摩擦の範疇における性質が強く出てしまうためと推定される。
【0048】
実験例7では、ゾンマーフェルド数S=5.94509×10−19よりも大きい領域では、No.7−4のサンプルにおける摩擦係数μと、その他のサンプルNo.7−1、No.7−2、No.7−3における摩擦係数μの差異は、非常に小さかった。
換言すれば、実験例6では、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が有意に確認された潤滑条件は、ゾンマーフェルド数Sが「5.94509×10−19」よりも小さい領域であった。
ゾンマーフェルド数Sが「5.94509×10−19」よりも大きいと、いわゆる流体摩擦の範疇に属してしまい、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が発揮されないことよると推定される。流体摩擦の範疇に属している場合には、摺動面間には十分な潤滑剤が存在するが、膜を生成することはない。
【0049】
実験例7から、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能は、ゾンマーフェルド数Sが 2.12365×10−19≦S≦5.94509×10−19 の範囲で発揮されることが確認された。
【0050】
[実験例8]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤(VDS4 10W30+MoDTC)と、窒化チタンアルミをコーティングした基材(TiAlN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」として、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として500〜1100ppmの範囲で100ppmずつ変化させて、その他の条件は実験例1と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例7の結果、実験例3(表2参照)と同様に、モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として500ppmでは摩擦低減効果を発揮しなかった。モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含有量として、600ppmでは摩擦低減効果は発揮されたが、モリブデン含量として600ppm〜1000ppmの場合における摩擦低減効果ほどではなかった。モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として600ppm以上とするべきことが確認された。
また、モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として1000ppmの場合の摩擦係数μと、添加量がモリブデン含量として1100ppmの場合の摩擦係数μは大差なく、モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として1000ppmを超えると、潤滑剤とモリブデンジチオカーバメイト添加量と摩擦低減効果の増加が殆ど見られないことが確認された。
実験例8より、モリブデンジチオカーバメイト添加量はモリブデン含量として600〜1000ppmにおいて、コストの高騰を招くこと無く、摩擦低減効果が確認できた。
【0051】
[実験例9]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンをコーティングした基材(TiN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として700ppmにして、基材10の算術平均粗さを1.0〜5.0nmの範囲で0.5nmずつ変化させて、その他の条件は実験例1と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例9の実験結果を下表6で示す
表6

【0052】
表6において、「○」は摩擦係数が十分に低いことが確認された旨を示し、「−」は摩擦係数の計測が出来なかった旨を示し、「×」は摩擦係数が大きかった旨を示している。
基材10の算術平均粗さが2nmよりも小さいと、流体摩擦の範疇となってしまい、図1で示す様な装置では摩擦係数が計測できないことに起因すると推測される。
換言すれば、基材10の算術平均粗さが2nm以上でなければ、潤滑剤が摺動部材間で潤滑膜を生成する境界摩擦の範疇に属しないことが、実験例9で確認された。
一方、基材10の算術平均粗さが4.0nmよりも小さいと、表面の凹凸が大きいため、摺動部材として機能できなかったと推測される。
換言すれば、基材10の算術平均粗さが4.0nm以下でなければ、潤滑剤が摺動部材間で潤滑膜を形成する境界摩擦を行う摺動部材として機能し得ないことが、実験例9で確認された。
【0053】
次に、本発明の第3実施形態について説明する。
第3実施形態では、例えば軸受構造において、一方の摺動部材が軸であり、当該軸の外周面(摺動面)を物理蒸着(PVD)技術により、窒化チタンカーボン(TiCN)でコーティングした。そして、軸表面の算術平均粗さを5.0nmとした。
一方、他方の摺動部材として、軸受(少なくとも、インナーレース)を高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)で製造した。
そして、潤滑剤として、日本自動車技術会規格「DH−2」のディーゼルエンジンオイルに、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)をモリブデン含量として700ppm添加したものを用いた。
【0054】
係る軸受をゾンマーフェルト数が、2.12365×10−19となる摺動条件(混合潤滑領域)で、使用した。ここでゾンマーフェルト数は、粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力(Pa)に換算した数値である。
その結果、係る軸受は、摺動する双方の部材が高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)であり、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加していないディーゼルエンジンオイル(DH−2)で潤滑し、ゾンマーフェルト数が、2.12365×10−19となる摺動条件(混合潤滑領域)で使用した場合に比較して、摩擦係数が著しく減少した。
【0055】
[実験例10]
図1で示す様な、ボールオンディスク形式の高周波往復装置(HFRR)を用いて、実験例10を行なった。
ここで、基材10において、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)のボール20側(摺動面側)に窒化チタンカーボンをコーティングする場合がある点を除き、実験例9は実験例1、実験例6と同様な条件で行なわれた。
【0056】
実験例10で用いられた8通りのサンプル(下表1のNo.1〜No.8)について、基材10の材質と、潤滑剤とを組み合わせを、下表7で示す。
表7

【0057】
また、実験例10の結果を図7で示す。
図7の横軸は摩擦係数μを示し、縦軸はサンプルNo.を示している。
図7において、サンプルNo.1とNo.2、サンプルNo.5とサンプルNo.6とを比較すれば、基材10に窒化チタンカーボンをコーティングすると、窒化チタンカーボンをコーティングしない場合に比較して、摩擦が大きく(μが大きい)、潤滑性能が劣っていることが分る。
【0058】
これに対して、図7において、サンプルNo.4、No.8の結果を、その他の資料の結果と比較すると、ディーゼルエンジンにモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した場合であって、且つ、基材10に窒化チタンカーボンをコーティングした場合には、摩擦が非常に小さくなり(μが非常に小さい)、潤滑性能が格段に向上することが分る。
ディーゼルエンジンにモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した場合であって、且つ、基材10に窒化チタンカーボンをコーティングした場合には、清浄分散剤を多く含有する通常のディーゼルエンジンオイルを潤滑剤として用いたとしても、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加したディーゼルエンジンオイルが潤滑膜を生成することを、清浄分散剤が阻害してしまうことがなく、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加したディーゼルエンジンオイルの潤滑膜が生成されて、潤滑性能を発揮し、摩擦係数μが低下したと推定される。
なお、図7において、サンプルNo.1とNo.3、No.5とNo.7を比較すれば、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加した場合の低摩擦性能が確認される。
【0059】
実験例10を行なった後、基材10側に生じる摩耗量を比較して示すのが図8である。
図8の縦軸には、基材10側に生じた摩耗痕の幅(mm)が示されており、横軸にはサンプルNo.が示されている。ここで、基材10側に生じた摩耗痕の幅(mm)は、摩耗量に比例する。
図8において、窒化チタンカーボンをコーティングしたサンプル(No.2、No.4、No.6、No.8)は、コーティングしていないサンプル(No.1、No.3、No.5、No.7)に比較すると、明らかに摩耗量が減少している。
図8より、窒化チタンカーボンをコーティングした場合には、耐摩耗性が向上することが明らかである。
【0060】
[実験例11]
実験例11では、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を添加しない潤滑剤(VDS4(DH−2):「DH−2」は日本自動車技術会の規格)と、モリブデンジチオカーバメイトをモリブデン含量として700ppm添加した潤滑剤(VDS4(DH−2)+MoDTC)を用意した。なお、当該潤滑剤{VDS4(DH−2)}は、一般的なディーゼルエンジンオイルである。
そして、窒化チタンカーボンをコーティングしていない高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)で構成した基材と、高炭素クロム軸受鋼(UJ2)に窒化チタンカーボン(TiCN)をコーティングした基材を用意した。
【0061】
実験例11では、次の4通りのサンプルを作成した。
No.11−1:モリブデンジチオカーバメイトを添加しない潤滑剤{VDS4(DH−2)}と、窒化チタンカーボンをコーティングしていない基材(SUJ2)の組み合わせ。
No.11−2:モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンカーボンをコーティングしていない基材の組み合わせ。
No.11−3:モリブデンジチオカーバメイト添加しない潤滑剤{VDS4(DH−2)}と、窒化チタンカーボン(TiCN)をコーティングした基材の組み合わせ。
No.11−4モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンカーボン(TiCN)をコーティングした基材の組み合わせ。
【0062】
そして、潤滑条件を変化させて、上記実験例10と同様な態様で低摩擦性能を比較した。
潤滑条件については、第1実施形態の実験例2、第2実施形態の実験例7と同様に、混合潤滑領域の範囲で、ゾンマーフェルド数を基準に定めた。
ゾンマーフェルド数Sは、粘度に関する項を「Pa・s」、速度に関する項を「周波数(s−1)」、荷重に関する項を「平均ヘルツ応力(Pa)」に換算して、求めている。
ゾンマーフェルト数Sは、第1実施形態の実験例2、第2実施形態の実験例7と同様に、
S=2.12365×10−20
S=9.03526×10−20
S=2.12365×10−19
S=3.6141×10−19
S=5.94509×10−19とした。
実験例11では、ゾンマーフェルド数SがS=5.94509×10−19よりも大きな潤滑条件についても行なわれた。
【0063】
実験例11の結果は、第1実施形態における実験例2の結果(図4参照)、第2実施形態における実験例7の結果と同様であった。
すなわち、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」、「3.6141×10−19」、「5.94509×10−19」では、No.11−4のサンプルの摩擦係数μは、No.11−1のサンプルの摩擦係数μ、No.11−2のサンプルの摩擦係数μ、No.11−3のサンプルの摩擦係数μよりも低くなっており、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンカーボンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が発揮されていることが確認された。そして、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも小さいと、No.11−4のサンプルの摩擦係数μよりも、No.11−2のサンプルの摩擦係数μの方が小さかった。
【0064】
上述した結果から、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンカーボンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が確認された潤滑条件は、ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも大きい領域のみであることが確認された。
ゾンマーフェルド数Sが「2.12365×10−19」よりも小さいと、潤滑剤が潤滑膜を形成する境界摩擦の範疇よりも、固体接触を生じるドライ摩擦の範疇における性質が強く出てしまうためと推定される。
【0065】
実験例11では、ゾンマーフェルド数S=5.94509×10−19よりも大きい領域では、No.11−4のサンプルにおける摩擦係数μと、その他のサンプルNo.11−1、No.11−2、No.11−3における摩擦係数μの差異は、非常に小さかった。
換言すれば、実験例11では、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンカーボンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が有意に確認された潤滑条件は、ゾンマーフェルド数Sが「5.94509×10−19」よりも小さい領域であった。
ゾンマーフェルド数Sが「5.94509×10−19」よりも大きいと、いわゆる流体摩擦の範疇に属してしまい、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンカーボンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能が発揮されないことよると推定される。流体摩擦の範疇に属している場合には、摺動面間には十分な潤滑剤が存在するが、膜を生成することはない。
【0066】
実験例11から、モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤と窒化チタンカーボンのコーティングとの組み合わせにおける低摩擦性能は、ゾンマーフェルド数Sが 2.12365×10−19≦S≦5.94509×10−19 の範囲で発揮されることが確認された。
【0067】
[実験例12]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤(VDS4 10W30+MoDTC)と、窒化チタンカーボンをコーティングした基材(TiCN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」として、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として500〜1100ppmの範囲で100ppmずつ変化させて、その他の条件は実験例1と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例12の結果、実験例3(表2参照)、実験例7と同様に、モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として500ppmでは、摩擦低減効果は確認されなかった。モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含有量として、600ppmでは、摩擦低減効果は確認されたが、モリブデン含量として700ppm以上を添加した場合に発揮される摩擦低減効果ほどではなかった。従って、モリブデンジチオカーバメイト添加量は、モリブデン含量として600ppm以上とするべきことが確認された。
また、モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として1000ppmの場合の摩擦係数μと、添加量がモリブデン含量として1100ppmの場合の摩擦係数μは大差なく、モリブデンジチオカーバメイト添加量がモリブデン含量として1000ppmを超えると、潤滑剤とモリブデンジチオカーバメイト添加量と摩擦低減効果の増加が殆ど見られないことが確認された。
実験例12より、モリブデンジチオカーバメイト添加量はモリブデン含量として600〜1000ppmにおいて、コストの高騰を招くこと無く、摩擦低減効果が確認できた。
【0068】
[実験例13]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンカーボンをコーティングした基材(TiCN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として700ppmにして、基材10の算術平均粗さを1〜4nmの範囲で0.5nmずつ変化させて、その他の条件は実験例10と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例13の結果は、第1実施形態における実験例4の実験結果(表3参照)と同様であった。
すなわち、基材10の算術平均粗さが2nmよりも小さいと、流体摩擦の範疇となってしまい、図1で示す様な装置では摩擦係数が計測できないことに起因すると推測される。
換言すれば、基材10の算術平均粗さが2nm以上でなければ、潤滑剤が摺動部材間で潤滑膜を生成する境界摩擦の範疇に属しないことが、実験例13で確認された。
【0069】
[実験例14]
モリブデンジチオカーバメイトを添加した潤滑剤{VDS4(DH−2)+MoDTC}と、窒化チタンカーボンをコーティングした基材(TiAlN)を用いて、ゾンマーフェルド数Sを「2.12365×10−19」、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)の添加量をモリブデン含量として700ppmにして、基材10の算術平均粗さを8.0〜11.0nmの範囲で0.5nmずつ変化させて、その他の条件は実験例10と同じにして、低摩擦性能が発揮されるか否かを試験した。
実験例14の結果は、第1実施形態における実験例5の実験結果(表4参照)と同様であった。
すなわち、基材10の算術平均粗さが10.0nmよりも大きいと、低摩擦性能は発揮されなかった。表面の凹凸が大きいと摺動部材として機能しなかったためと推測される。
換言すれば、基材10の算術平均粗さが10.0nm以下でなければ、潤滑剤が摺動部材間で潤滑膜を形成する境界摩擦を行う摺動部材として機能し得ないことが、実験例14で確認された。
【0070】
上述した実施形態はあくまでも例示であり、本発明の技術的範囲を限定する趣旨の記述ではない。
例えば、図示の実施形態では、窒化クロムで摺動面をコーティングした基材10の相手方の部材であるボール20は、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)製であった。しかし、発明者の実験によれば、炭素量が0.15〜0.55重量%であり、焼入れ、焼戻し処理を施し、浸炭処理を施した鉄鋼材により、ボール20を構成した場合でも、図示の実施形態や、実験例1、実験例2と同様な結果が得られている。
従って、高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に代えて、炭素量が0.15〜0.55重量%で、焼入れ、焼戻し、浸炭を施した鉄鋼材を用いても良い。
【0071】
また、実施形態において、軸受が例示されているが、その他の摺動部材についても、本発明が適用出来ることは勿論である。
【符号の説明】
【0072】
10・・・10
20・・・20
P・・・荷重
F・・・摩擦力が作用する方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゾンマーフェルド数の粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力に換算した際に、2.12365×10−19〜5.94509×10−19の範囲内の潤滑条件で用いられ、鋼系材料製の摺動部材の少なくとも一方の摺動面が窒化チタン系材料でコーティングされており、モリブデンジチオカーバメイトをモリブデン含量として600ppm〜1000ppm添加したディーゼルエンジンオイルが潤滑剤として摺動部材間に介在しており、摺動部材の算術平均粗さが2〜10nmの範囲であることを特徴とする摺動機構。
【請求項2】
前記窒化チタン系材料は、窒化チタンアルミである請求項1の摺動機構。
【請求項3】
前記窒化チタン系材料は窒化チタンであり、摺動部材の算術平均粗さが2〜4nmである請求項1の摺動機構。
【請求項4】
前記窒化チタン系材料は、窒化チタンカーボンである請求項1の摺動機構。
【請求項5】
鋼系材料製の摺動部材の少なくとも一方の摺動面に窒化チタン系材料をコーティングし、ディーゼルエンジンオイルにモリブデンジチオカーバメイトをモリブデン含量として600ppm〜1000ppm添加し、摺動部材の算術平均粗さを2〜10nmにして、ゾンマーフェルド数の粘度をPa・s、速度をs−1、荷重を平均ヘルツ応力に換算した際に、2.12365×10−19〜5.94509×10−19の範囲内の潤滑条件で用いることを特徴とする摺動機構の摩擦低減方法。
【請求項6】
前記窒化チタン系材料は、窒化チタンアルミである請求項5の摩擦低減方法
【請求項7】
前記窒化チタン系材料は窒化チタンであり、摺動部材の算術平均粗さが2〜4nmである請求項5の摩擦低減方法。
【請求項8】
前記窒化チタン系材料は、窒化チタンカーボンである請求項5の摩擦低減方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−127371(P2012−127371A)
【公開日】平成24年7月5日(2012.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−276943(P2010−276943)
【出願日】平成22年12月13日(2010.12.13)
【出願人】(000003908)UDトラックス株式会社 (1,028)
【出願人】(000000387)株式会社ADEKA (987)
【Fターム(参考)】