説明

摺動用樹脂組成物

【課題】 潤滑油が乏しい条件下でもPTFEの撥油性を緩和し、潤滑油の摺動面からの排出を防ぐことで、焼付き難い摺動用樹脂組成物を提供する。
【解決手段】 吸油性を有した無機化合物4を表面に埋収したPTFE3の粒子が合成樹脂2中に分散された状態の樹脂組成物1を用いることにより、吸油性を有した無機化合物4が潤滑油を吸収・保持し、摺動面におけるPTFE3の撥油性を緩和することができる。このため、摺動面からの潤滑油の排出を防ぐことができ、樹脂組成物1が焼付きに至り難くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成樹脂に固体潤滑剤としてポリテトラフルオロエチレン(以下、「PTFE」と称する)と吸油性を有する無機化合物とを含有させた摺動用樹脂組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、各種合成樹脂に固体潤滑剤としてPTFEを含有させた摺動用樹脂組成物が用いられている。この種の摺動用樹脂組成物においては、各種合成樹脂にPTFEだけでなく、さらにリン酸塩を含有させたものが提案されている。PTFEとリン酸塩とを含有した摺動用樹脂組成物を用いると、摺動時にリン酸塩が相手材の表面へのPTFEの移着を助長し、相手材の表面にPTFEの移着膜が形成され、樹脂摺動部材の無給油潤滑下での摺動特性が向上するものである。
【0003】
例えば、特許第2777724号公報(特許文献1)に開示される技術では、PTFEの移着膜を形成する機能がある無機化合物としてリン酸カルシウム、リン酸マグネシウム、リン酸バリウム、リン酸リチウムを挙げているが、近年、これら以外にも第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム又は無水物、リン酸水素マグネシウム又は無水物、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等が知られている。
【0004】
また、特開平9−136987号公報(特許文献2)や特開2004−83640号公報(特許文献3)に開示される技術では、炭酸カルシウムを多孔質構造体にすることで、摺動用樹脂組成物に液体(例えば、潤滑油)の吸収性、保持性等の機能を付加させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2777724号公報
【特許文献2】特開平9−136987号公報
【特許文献3】特開2004−83640号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1のように合成樹脂にPTFEと無機化合物とを均一に分散させた樹脂組成物を用いても、装置の起動時など潤滑油の乏しい条件下では、PTFEが合成樹脂に相溶することなく、摺動面において粒状に分散し、且つPTFEが撥油性を有するため、樹脂組成物中のPTFEの粒表面上で撥油された潤滑油が摺動面から排出され易く、樹脂組成物が焼付きに至る場合があった。また、特許文献2,3のように潤滑油を吸収する多孔質体を均一に分散させた樹脂組成物を用いても、無機化合物自身の摺動特性が劣るため、樹脂組成物が焼付きに至る場合があった。本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、潤滑油が乏しい条件下でもPTFEの撥油性を緩和し、潤滑油の摺動面からの排出を防ぐことで、焼付き難い摺動用樹脂組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明においては、合成樹脂に固体潤滑剤としてPTFEと吸油性を有する無機化合物とを含有させた摺動用樹脂組成物において、合成樹脂には、PTFEを粒状で分散させ、PTFEの粒表面には、吸油性を有する無機化合物を埋収させていることを特徴とする。
【0008】
なお、本発明におけるPTFEの粒表面に吸油性(潤滑油の吸収性)を有する無機化合物が埋収した状態とは、無機化合物の粒子の全体がPTFEの粒表面に完全に埋没した状態に限定されず、無機化合物の粒子の一部がPTFEの粒表面に埋収した状態、いわゆる付着した状態が含まれる。
【0009】
また、本発明における合成樹脂としては、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンサルフィド、ポリアミド、ポリアセタール等の一般的な合成樹脂を用いることができる。合成樹脂の種類は、PTFEの撥油性を緩和する効果には直接は関係しないので任意の合成樹脂を用いることができるが、特に、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール等の合成樹脂は、耐熱性や強度が高く、高負荷条件で使用される摺動用樹脂組成物に好適である。なお、摺動用樹脂組成物に対するPTFEの含有量は30〜50質量%、吸油性を有する無機化合物の含有量は5〜20質量%が望ましいが、摺動条件や無機化合物の種類により含有量を調整することができる。
【0010】
また、本発明におけるPTFEとしては、懸濁重合によるモールディングパウダーを用いることが好適である。懸濁重合によるモールディングパウダーを用いると、外力(機械的な力)により吸油性を有する無機化合物の粒子をPTFEの粒表面に押圧して埋収させることができ、且つ、外力によりPTFEの粒子が変形(燐片状化)することなく、無機化合物を埋収したPTFEの粒子のアスペクト比(PTFEの粒子の長径長/PTFEの粒子の短径長)を1.5未満とすることができる。このため、合成樹脂中にPTFEの粒子を分散させ易い。
【0011】
また、本発明における吸油性を有する無機化合物としては、吸油量が150ml/100g以上の多孔質構造体であり、その成分としてリン酸カルシウム、リン酸バリウム、リン酸マグネシウム、リン酸リチウム、第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム又は無水物、リン酸水素マグネシウム又は無水物、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の無機化合物のうちいずれか一種以上、若しくはそれらの複合体を用いることができる。また、吸油性を有する無機化合物は、花弁状多孔質構造であることがより望ましい。花弁状多孔質構造の無機化合物は市販されており、花弁状多孔質構造については特許文献3にも記載されているために詳細な説明は省略するが、花弁状多孔質構造にすることで、無機化合物の比表面積を増やし、吸油性を高めることが可能である。
【0012】
また、本発明の摺動用樹脂組成物は、各種金属の基材の表面に層状に被覆した形態の摺動部材に用いてもよいし、各種金属基材に多孔質金属焼結層を形成し、その多孔質金属焼結層に摺動用樹脂組成物を含浸被覆した形態の摺動部材に用いることもできる。
【0013】
請求項2に係る発明においては、請求項1記載の摺動用樹脂組成物において、PTFEの粒表面における吸油性を有する無機化合物の面積率は、5〜30%の範囲であることを特徴とする。
【0014】
請求項3に係る発明においては、請求項1又は請求項2記載の摺動用樹脂組成物において、吸油性を有する無機化合物の平均粒径は、PTFEの平均粒径の1/3以下であることを特徴とする。
【0015】
請求項4に係る発明においては、請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動用樹脂組成物において、合成樹脂には、さらに固体潤滑剤として二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
請求項1に係る発明においては、合成樹脂の摩擦摩耗特性の改善効果や相手軸表面へのPTFEの移着膜の形成を目的として、合成樹脂にPTFEを添加している。しかしながら、特に摺動速度が速く、潤滑油が乏しい条件下では、樹脂組成物中のPTFEが撥油性を有しているため、相手軸の回転力によりPTFEの粒表面上で撥油された潤滑油が容易に摺動面から排出されてしまい、樹脂組成物が焼付きに至り易い。これに対し、本発明では、PTFEの粒表面に吸油性を有する無機化合物が埋収した状態にあるので、PTFEの粒表面上でも吸油性を有する無機化合物が潤滑油を吸収・保持し、摺動面におけるPTFEの撥油性を緩和することができる。このため、摺動面からの潤滑油の排出を防ぐことができ、樹脂組成物が焼付きに至り難くなる。
【0017】
一方、特許文献1のように合成樹脂からなるバインダー樹脂中にPTFEの粒子と無機化合物とを均一に分散させた樹脂組成物において、無機化合物として特許文献2,3のように吸油性を有する多孔質構造のものを用いても、摺動面におけるPTFEの粒子の撥油性が緩和することなく、相手軸の回転力によりPTFEの粒表面上で撥油された潤滑油が容易に摺動面から排出されるため、焼付きに至り易い。
【0018】
また、請求項2に係る発明のように、PTFEの粒表面における吸油性を有する無機化合物の面積率を5〜30%の範囲とすることが好ましい。吸油性を有する無機化合物の面積率が5%未満であると、無機化合物の量が少な過ぎるため、PTFEの撥油性を緩和する効果が十分に得られない。一方、吸油性を有する無機化合物の面積率が30%を超えると、粒表面におけるPTFEの量が少な過ぎるため、PTFEの摺動特性を阻害してしまう。
【0019】
また、本発明の摺動用樹脂組成物は、予め、外力(機械的な力)により吸油性を有する無機化合物の粒子をPTFEの粒表面に押圧して埋収させるものであるが、請求項3に係る発明のように、無機化合物の平均粒径をPTFEの平均粒径の1/3以下とすることが好ましい。このように、PTFEの粒径に比して無機化合物の粒径が小さいほど、PTFEの粒表面に無機化合物を埋収させ易い。一方、粒径比が1/3を超えると、無機化合物がPTFEの粒表面に不均一に偏って存在してしまう。
【0020】
また、請求項4に係る発明のように、合成樹脂にさらに固体潤滑剤として二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させることにより、樹脂摺動部材の摺動特性を高めることができる。これらの固体潤滑剤は、樹脂摺動部材が用いられる摺動条件により含有量を調整すればよく、具体的には摺動用樹脂組成物に1〜60質量%含有させればよい。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】PTFEの粒表面に吸油性を有する無機化合物を埋収させた場合における樹脂組成物を示す模式図である。
【図2】PTFEの粒表面に吸油性を有する無機化合物を埋収させない場合における樹脂組成物を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図1を参照して、合成樹脂2としてポリアミドイミド(以下、PAIと称する)を使用し、PTFE3の粒子面に埋収される無機化合物4として、炭酸カルシウムとリン酸カルシウムの複合体で、花弁状多孔質構造を有する丸尾カルシウム社製「ポロネックス(商品名)」(以下、CaCO3花弁状多孔質体という)を使用した本実施形態に係る樹脂組成物1について説明する。PTFE3は、懸濁重合により製造されたモールディングパウダーであり、三井デュポン社製「テフロン7A−J(商品名)」「テフロンMP−1300(商品名)」、旭硝子社製「フルオンG190(商品名)」等を用いることができる。また、図1に示すように、PTFE3の粒表面には、無機化合物4であるCaCO3花弁状多孔質体が埋収しており、そのPTFE3が合成樹脂2中に分散している。なお、図1においては、樹脂組成物1の断面を示しているが、樹脂摺動部材を作成した際の摺動面においても、樹脂組成物1の断面と同様の組織が現れる。
【0023】
本実施形態では、一般的なロールミル混練機を用い、予め、平均粒径30μmのPTFE3(三井デュポン社製「テフロン7A−J(商品名)」)の粒表面に平均粒径5μmの無機化合物4であるCaCO3花弁状多孔質体を埋収させた。具体的には、回転方向が異なる2本のロール間をPTFE3及び無機化合物4の粒子が通過するとき、外力(ロール間の押圧力とロール表面間の剪断力)で、PTFE3の粒表面に無機化合物4の粒子を押圧して埋収させるものである。
【0024】
なお、本発明者が確認したところ、PTFE3の粒表面に各種無機化合物4の粒子を埋収させ、且つ、PTFE3の粒子の燐片状化をも防ぐことが可能であったのは、PTFE3として懸濁重合により製造されたモールディングパウダーを用い、且つ、ロールミル混練機のような回転するロール間に試料を通すタイプの混合、混練方法の組合せによってのみであった。この組合せで得られる表面に無機化合物4を埋収したPTFE3の粒子は、アスペクト比が1.5未満であり、合成樹脂2中に均一に分散させることができた。
【0025】
一方、PTFEとして懸濁重合により製造されたモールディングパウダー(三井デュポン社製「テフロン7A−J(商品名)」、平均粒径30μm)を用い、且つ、他の一般的な混合、混練方法として攪拌回転羽根によるミキサータイプや、高速で試料粉同士を衝突させるジェットミルタイプを組合せた場合、PTFEの粒表面に無機化合物を埋収させることができなかった。また、ボールミルタイプの混合、混練方法を組合せた場合、PTFEの粒表面に無機化合物が埋収はするが、PTFEの粒子同士が結着し造粒され粗大化してしまい、後工程で合成樹脂中に分散させることが困難であった。
【0026】
また、PTFEとして乳化重合により製造されたファインパウダー(三井デュポン社製「MP1500−J(商品名)」、平均粒径20μm)を用い、且つ、ロールミル混練機のような回転するロール間に試料を通すタイプの混合、混練方法を組合せた場合、PTFEの粒表面が柔らかく、無機化合物を埋収させることは容易であるが、混合、混練の外力によりPTFEが繊維化しやすく、PTFEの粒子が燐片状になり易い。そして、合成樹脂中に燐片状のPTFEの粒子が分散した樹脂組成物であると、その樹脂組成物を金属基材に被覆して摺動部材を作成したときに、燐片状のPTFEの粒子が被覆面(摺動面)に対して平行に配置するようになるため、摺動部材の強度が大きく低下してしまう。また、金属基材の表面に多孔質金属焼結層を形成し、この多孔質金属焼結層に樹脂組成物を含浸させる場合には、多孔質金属焼結層の中に燐片状のPTFEの粒子が侵入し難く、樹脂組成物の含浸、被覆が困難となる。
【0027】
また、PTFEの粒子に熱処理をした焼成PTFE(喜多村社製 「KT−400M(商品名)」、平均粒径33μm)を用いた場合、PTFEの粒表面が硬く、無機化合物を埋収させ難い。
【0028】
上記のように予め無機化合物4を埋収させたPTFE3の粒子と、PAIと、を有機溶剤で希釈し、その塗料状態の樹脂組成物1を金属基材の表面に被覆した後、溶剤の乾燥加熱、樹脂組成物1の焼成加熱を施すことで、樹脂摺動部材を得ることができる。なお、本実施形態では、予めPTFE3の粒表面に無機化合物4を埋収させる方法を示したが、これに限定されない。例えば、合成樹脂2とPTFE3と無機化合物4とを有機溶剤で希釈した塗料をロール混合、混練機で処理して、PTFE3の粒表面への無機化合物4の埋収と、合成樹脂2とPTFE3の粒子との混合と、を同時に行なってもよい。
【0029】
無機化合物4を埋収させたPTFE3の粒子は、PTFE3の粒表面における無機化合物4の面積率が5%以上から30%以下の範囲であることが好ましい。無機化合物4の面積率が5%未満であると、無機化合物4の量が少な過ぎるため、PTFE3の撥油性を緩和する効果が十分に得られない。一方、無機化合物4の面積率が30%を超えると、粒表面におけるPTFE3の量が少な過ぎるため、PTFE3の摺動特性を阻害してしまう。
【0030】
なお、摺動用樹脂組成物1において、含有する無機化合物4の全てがPTFE3の粒表面に埋収されている必要はなく、一部は単独で合成樹脂2中に分散していてもよい。また、摺動用樹脂組成物1において、全てのPTFE3の粒表面に無機化合物4が埋収されている状態が最も望ましく、PTFE3の粒子と無機化合物4の混合、混練する時間を長くすれば成しえるが、生産性が低くなる。PTFE3の粒子と無機化合物4の混合、混練する時間を短時間にして生産性を高める場合には、一部のPTFE3の粒子には表面に無機化合物4が埋収されていなくてもよい。具体的には、樹脂組成物1に含有するPTFE3のうち、少なくとも50%を超えるPTFE3の粒表面に無機化合物4が埋収されていれば、PTFE3の撥油性を緩和できることを本発明者は確認している。
【0031】
無機化合物4の平均粒径は、PTFE3の平均粒径の1/3以下であることが好ましい。このように、PTFE3の粒径に比して無機化合物4の粒径が小さいほど、PTFE3の粒表面に無機化合物4を埋収させ易い。一方、粒径比が1/3を超えると、無機化合物4がPTFE3の粒表面に不均一に偏って存在してしまう。
【0032】
なお、合成樹脂2としては、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンサルフィド、ポリアミド、ポリアセタール等の一般的な合成樹脂2を用いることができる。合成樹脂2の種類は、PTFE3の撥油性を緩和する効果には直接は関係しないので任意の合成樹脂2を用いることができる。特に、装置の起動時に潤滑油が摺動面に乏しい環境では、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール等の合成樹脂2が、耐熱性や強度が高く、樹脂組成物1に好適である。また、樹脂組成物1に対するPTFE3の含有量は30〜50質量%、無機化合物4の含有量は5〜20質量%が望ましいが、摺動条件や無機化合物4の種類により含有量を調整することができる。
【0033】
また、無機化合物4としては、本実施形態に示したCaCO3花弁状多孔質体に限定されず、吸油量が150ml/100g以上の多孔質構造体であり、その成分としてリン酸バリウム、リン酸マグネシウム、リン酸カルシウム、リン酸リチウム、第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム又は無水物、リン酸水素マグネシウム又は無水物、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸ストロンチウム、炭酸バリウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム等の無機化合物のうちいずれか一種以上、若しくはそれらの複合体を用いることができる。また、無機化合物4は、花弁状多孔質構造であることがより望ましい。
【0034】
また、樹脂組成物1には、さらに固体潤滑剤として二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させてもよい。これらの固体潤滑剤の粒子を合成樹脂2中に分散させることで、樹脂組成物1の摺動特性を高めることができる。なお、これらの固体潤滑剤は、樹脂組成物1が用いられる摺動条件により含有量を調整すればよく、具体的には樹脂組成物1に1〜60質量%含有させればよい。
【0035】
次に、本実施形態に係る樹脂組成物1を用いた実施例1〜5と比較例1〜4について、リングオンディスク摺動試験を行った。比較例1〜4及び実施例1〜5の樹脂組成物1の組成を表1に示す。比較例及び実施例の全ての合成樹脂2には、PAI、PTFE3には懸濁重合により製造された平均粒径が30μmのモールディングパウダーを用いた。また、比較例1の無機化合物4には、吸油性のない(吸油量が28ml/100gと少なく、十分な吸油性を有さない)重質炭酸カルシウムである丸尾カルシウム社製「スーパーSSS(商品名)」(以下、CaCO3という)を用いたのに対し、比較例2〜4及び実施例1〜5の無機化合物4には、吸油性を有する(吸油量が150ml/100g)CaCO3花弁状多孔質体(丸尾カルシウム社製「ポロネックス(商品名)」)を用いた。さらに、実施例2の固体潤滑剤には、二硫化モリブデンを用いた。
【0036】
【表1】

【0037】
比較例1及び実施例1〜5では、予め、ロール混練機によりCaCO3又はCaCO3花弁状多孔質体の粒子を全てのPTFE3の粒表面に、PTFE3の粒表面における無機化合物4の面積率が25%となるように埋収した。なお、PTFE3の粒表面における無機化合物4であるCaCO3及びCaCO3花弁状多孔質体の面積率は、EPMA装置により倍率2000倍の組成像を撮影し、その撮影画像を一般的な画像解析システムを用いた処理をしてPTFE3と無機化合物4の面積の比を算出させることにより測定することができる。
【0038】
また、比較例1及び実施例1〜5では、予めPTFE3の粒表面にCaCO3又はCaCO3花弁状多孔質体の粒子を埋収させた、表1に示す組成の樹脂組成物1を有機溶剤で希釈し、一般的な撹拌混合機(ミキサータイプ)で混合した塗料状態にし、それを金属基材の表面に被覆した後、有機溶剤の乾燥加熱、樹脂組成物1の焼成加熱を施した。なお、金属基材には、予め別に準備した、鋼裏金層と多孔質金属層とからなる金属基材を用い、樹脂組成物1を多孔質金属層側に含浸、被覆し、リングオンディスク摺動試験用の試料を作成した。
【0039】
比較例2〜4では、実施例1〜5と同一の合成樹脂2、PTFE3、無機化合物4を用いたが、PTFE3の粒表面に無機化合物4のCaCO3花弁状多孔質体を埋収させていない点が実施例1と異なっている。すなわち、比較例2〜4では、予めPTFE3の粒表面にCaCO3花弁状多孔質体の粒子を埋収させることなく、表1に示す組成の樹脂組成物1を有機溶剤で希釈し、一般的な撹拌混合機(ミキサータイプ)で混合した塗料状態とした。摺動試験用の試料の形態、作成方法は、比較例1及び実施例1〜5と同じである。
【0040】
リングオンディスク摺動試験の試験条件を表2に示す。摺動試験を開始し、なじみ運転した後、オイルバスから潤滑油を強制的に抜き取ると、摺動面に潤滑油が保持されている間には摩擦係数がなじみ運転時と同等の値を示すが、摺動面から潤滑油が排出されると、摩擦係数が一気に上昇し、摩擦熱が発生することにより樹脂組成物1が焼付きに至る。このため、摺動試験は、オイルバスから潤滑油を強制的に抜き取ってから樹脂組成物1が焼付くまでの時間の長さで評価した。その結果を表1に示す。なお、樹脂組成物1が焼付きに至ったか否かの判断は、試料の摺動面の裏側が190℃に達したときを基準とした。
【0041】
【表2】

【0042】
比較例1及び実施例1では、無機化合物4の吸油性の違いによる樹脂組成物1が焼付くまでの時間の違いを確認した。比較例1及び実施例1では、樹脂組成物1の組成比が同一であり、且つ無機化合物4を表面に埋収したPTFE3の粒子がPAI(合成樹脂2)中に分散された同一の状態である。樹脂組成物1が焼付くまでの時間は、比較例1では5分であるのに対し、実施例1では18分であった。これは、比較例1において、オイルバスから潤滑油を強制的に抜き取ると、吸油性がないCaCO3では潤滑油の吸収・保持効果が小さ過ぎるため、PTFE3の撥油性を緩和することができず、その結果、摺動面から潤滑油が排出されることで、樹脂組成物1が短時間で焼付きに至ったと考えられる。一方、吸油性を有するCaCO3花弁状多孔質体を含む実施例1では、PTFE3の粒表面上のCaCO3花弁状多孔質体が潤滑油を十分に保持し、PTFE3の撥油性を緩和している。このため、摺動面から潤滑油が排出され難く、樹脂組成物1が焼付くまでの時間が比較例1よりも長くなったと考えられる。
【0043】
そして、比較例2〜4及び実施例1では、PTFE3の粒表面への無機化合物4の埋収の有無による違いを確認した。樹脂組成物1が焼付くまでの時間は、比較例2〜4では4〜7分であるのに対し、実施例1では18分であった。これは、実施例1の樹脂組成物1が、図1に示すように、吸油性を有するCaCO3花弁状多孔質体(無機化合物4)を表面に埋収したPTFE3の粒子がPAI(合成樹脂2)中に分散された状態にあり、PTFE3の粒表面上のCaCO3花弁状多孔質体が潤滑油を十分に保持し、PTFE3の撥油性を緩和している。このため、摺動面から潤滑油が排出され難く、樹脂組成物1が焼付くまでの時間が比較例2〜4よりも長くなったと考えられる。
【0044】
これに対し、比較例2〜4の樹脂組成物1は、CaCO3花弁状多孔質体の含有量に関わらず、図2に示すように、ポリアミドイミド(合成樹脂2)中にPTFE3の粒子とCaCO3花弁状多孔質体(無機化合物4)とが独立して分散した状態にあり、PTFE3の撥油性が緩和されていない。このため、摺動面から潤滑油が排出され易い状態にあり、樹脂組成物1が短時間で焼付きに至ったと考えられる。
【0045】
また、実施例2の樹脂組成物1は、実施例1の組成に、さらに固体潤滑剤として二硫化モリブデンを含有させたものである。固体潤滑剤を含有させた場合であっても、実施例1と同じくPTFE3の粒表面上でCaCO3花弁状多孔質体が潤滑油を保持することによりPTFE3の撥油性を緩和する効果が得られ、さらに固体潤滑剤が合成樹脂2の摩擦特性を改善するため、樹脂組成物1が焼付くまでの時間が実施例1よりも長くなったと考えられる。
【0046】
また、実施例3〜5の樹脂組成物1は、実施例1の組成比、すなわちPAI(合成樹脂2)へのPTFE3及び無機化合物4の含有量を変化させたものである。このように、、実施例1と樹脂組成物1の組成物が同一であれば、樹脂組成物1中におけるPTFE3の含有量を30〜50質量%、無機化合物4の含有量を5〜20質量%の範囲で組成した場合であっても、PTFE3の粒表面上でCaCO3花弁状多孔質体が潤滑油を保持することによりPTFE3の撥油性を緩和する効果が得られるため、PTFE3の粒表面に無機化合物4を埋収させない比較例2〜4と比べて、樹脂組成物1が焼付くまでの時間が長くなったと考えられる。
【0047】
なお、本実施形態では、一例として表1に示す組成の樹脂組成物1を用い、摺動試験の評価によりその効果を示したが、本発明の樹脂組成物1の組成はこれに限定されない。すなわち、樹脂組成部材が用いられる摺動部の使用環境、摺動条件に合わせて適宜、樹脂組成物1の組成を調整することができる。本発明者は、樹脂組成物1中におけるPTFE3の含有量を30〜50質量%、無機化合物4の含有量を5〜20質量%の範囲で組成することにより、樹脂組成物1が同一の組成であれば、PTFE3の粒表面に無機化合物4を埋収させた場合には、埋収させてない場合と比べて樹脂組成物1が焼付くまでの時間が長くなることを確認している。また、本発明者は、樹脂組成物1を構成する合成樹脂2が本実施形態で用いたPAIに限定されず、他の種類の合成樹脂2を用いても、本発明の効果が得られることを確認している。
【0048】
本実施形態に係る樹脂組成物1は、潤滑油の粘度が低い条件や潤滑油が希釈される環境となる各種産業の潤滑装置用の摺動部材に用いることができる。例えば、軽油で潤滑させる燃料噴射装置や塩素を含まないハイドロフルオロカーボン系の冷媒や自然冷媒で潤滑油が希釈される圧縮機の摺動部材等にも用いることができる。また、高負荷時に摺動面から潤滑油やグリースがしぼり出される条件や装置の起動時や停止時に摺動面に供給される潤滑油の量が乏しい環境となる各種産業の潤滑装置用の摺動部材にも用いることができる。例えば、高面圧条件下で用いられるラック・アンド・ピニオン式ステアリング装置や機構上、給油の遅れが生じるギアポンプの摺動部材等にも用いることができる。
【符号の説明】
【0049】
1 樹脂組成物
2 合成樹脂
3 PTFE
4 無機化合物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
合成樹脂に固体潤滑剤としてPTFEと吸油性を有する無機化合物とを含有させた摺動用樹脂組成物において、
前記合成樹脂には、前記PTFEを粒状で分散させ、
前記PTFEの粒表面には、前記吸油性を有する無機化合物を埋収させていることを特徴とする摺動用樹脂組成物。
【請求項2】
前記PTFEの粒表面における前記吸油性を有する無機化合物の面積率は、5〜30%の範囲であることを特徴とする請求項1記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項3】
前記吸油性を有する無機化合物の平均粒径は、前記PTFEの平均粒径の1/3以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摺動用樹脂組成物。
【請求項4】
前記合成樹脂には、さらに前記固体潤滑剤として二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛のいずれか一種以上を含有させることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動用樹脂組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−127015(P2011−127015A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−287642(P2009−287642)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】