説明

摺動装置、メカニカルシール、回転装置、ポンプ及び補助人工心臓システム

【課題】血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能な摺動装置を提供する。
【解決手段】摺動面14を有する固定側摺動部材12と、摺動面24を有する回転部側摺動部材22とを備え、固定側摺動部材12の摺動面14と回転側摺動部材22の摺動面24とを対向させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であって、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22とのうち少なくとも一方(例えば固定側摺動部材12)は、「ケイ素を含有する材料からなり、かつ、ケイ素酸化物の水和物15を摺動面に有する部材」からなることを特徴とする摺動装置1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摺動装置、メカニカルシール、回転装置、ポンプ及び補助人工心臓システムに関する。
【背景技術】
【0002】
液体に移動力を付加するポンプは様々な産業分野で広く利用されている。そのようなポンプの中でも、特に血液に移動力を付加するポンプとして、従来、補助人工心臓ポンプが知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
図11は、従来の補助人工心臓ポンプ900の断面図である。
従来の補助人工心臓ポンプ900は、図11に示すように、摺動面を有する固定側摺動部材912と、摺動面を有する回転側摺動部材922とを備え、固定側摺動部材912の摺動面と回転側摺動部材922の摺動面とを対向させた状態で使用する摺動装置901を備える。さらにいえば、摺動装置901は、固定側摺動部材912と回転側摺動部材922とを当接させた状態で、血液中で使用する摺動装置である。固定側摺動部材912は、例えば、炭化ケイ素からなる。回転側摺動部材922は、例えば、炭素からなる。
【0004】
固定側摺動部材912は、固定部910の一部を構成する部材でもある。
回転側摺動部材922は、回転部920の一部を構成する部材でもある。回転部920は回転側摺動部材922の他に、インペラ926及び回転シャフト928を有する。回転シャフト928は、駆動部930により駆動力(回転力)を与えられて回転部920全体を回転させる。
【0005】
摺動装置901は、補助人工心臓ポンプ900の駆動部930等に血液成分が進入するのを阻止するメカニカルシールとしての役割も有する。また、符号の図示及び詳しい説明は省略するが、補助人工心臓ポンプ900は、クールシール液循環部940(符号を図示せず。)をさらに備え、補助人工心臓ポンプ900内部の潤滑、冷却、シール性の維持等の機能を果たすクールシール液(パージ液と呼ぶこともある。)の循環を行っている。
【0006】
従来の補助人工心臓ポンプ900によれば、上記のような摺動装置901を備えるため、固定部と回転部と間の摺動を摺動装置が受け持ち、補助人工心臓ポンプを安定して動作させることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−296528号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、補助人工心臓ポンプの技術分野においては、補助人工心臓ポンプを一層安定して動作させたいという要求が存在する。なお、このような要求は、補助人工心臓ポンプの技術分野に限られるものではなく、血液や、血液中の特定成分を分散した水性液体(以下、これらを「血液成分を含有する水性液体」ということもある。)を移動させるポンプの技術分野においても同様に存在する。本発明の発明者らは、上記要求に応えるため、「ポンプが備える摺動装置又は回転装置の摩擦力を低減すること」に鋭意努力した。ポンプが備える摺動装置又は回転装置の摩擦力を低減することで上記要求に応えることが可能となると考えたためである。
【0009】
そこで、本発明は上記したような事情に鑑みてなされたもので、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能な摺動装置を提供することを目的とする。また、本発明の摺動装置を備えるメカニカルシールを提供することを目的とする。また、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の回転装置によりも摩擦力を低減することが可能な回転装置を提供することを目的とする。さらにまた、本発明のメカニカルシール又は回転装置を備えるポンプ及び補助人工心臓システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者らは、血液成分を含有する水性液体中で摺動装置を使用すると血液成分(例えば、タンパク質成分や血漿成分)が摺動面に付着することに起因して摩擦力が高くなってしまう場合があることに注目した。血液成分が摺動面に付着すること自体は以前より問題視されており、その解決策として、例えば、上記したようにクールシール液(例えば純水や生理食塩水)を用いて摺動面を洗浄可能な構造(クールシール構造)が用いられている。
【0011】
しかしながら、補助人工心臓ポンプを一層安定して動作させるためには、従来の摺動装置よりも摩擦力を低減する必要があるため、本発明の発明者らは、血液成分が摺動面に付着し難くなる構成について鋭意研究を行い、本発明を完成させた。本発明は、以下の要素からなる。
【0012】
[1]本発明の摺動装置は、摺動面を有する固定側摺動部材と、摺動面を有する回転側摺動部材とを備え、前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面とを対向させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であって、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とのうち少なくとも一方は、「ケイ素を含有する材料からなり、かつ、ケイ素酸化物の水和物を摺動面に有する部材(以下、ケイ素含有材料製摺動部材という。)」からなることを特徴とする。
【0013】
本発明の摺動装置によれば、固定側摺動部材と回転側摺動部材とのうち少なくとも一方は、上記したケイ素含有材料製摺動部材からなることから、後述する実験例に示すように、摺動面に「高い親水性を有するケイ素酸化物の水和物」を有することとなる。このため、「一般に疎水性を有する血液成分」が摺動面に付着し難くなり、その結果、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となる。
【0014】
本発明においては、血液成分の由来となる血液は、ヒトのものに限られず、ヒト以外の哺乳類、鳥類、爬虫類等、種々の動物のものであってもよい。
【0015】
本発明の摺動装置は、固定側摺動部材と回転側摺動部材との間に、回転側摺動部材の回転軸に沿った方向に所定の荷重が与えられた状態で使用させる摺動装置であることが好ましい。本発明はこのような構成(いわゆるスラスト軸受け構造)を有する摺動装置に対して好適に適用することができる。
【0016】
[2]本発明の摺動装置においては、前記ケイ素酸化物は、前記ケイ素含有材料製摺動部材が含有するケイ素に由来するケイ素の酸化物であることが好ましい。
【0017】
このような構成とすることにより、ケイ素含有材料製摺動部材とケイ素酸化物の水和物との結合力を高くすることが可能となり、その結果、ケイ素酸化物の水和物がケイ素含有材料製摺動部材の表面から離脱してしまうのを抑制することが可能となる。
【0018】
[3]本発明の摺動装置においては、前記ケイ素含有材料製摺動部材は、前記摺動装置として組まれる前に、前記ケイ素酸化物の水和物を前記摺動面に形成する処理が施されたものであることが好ましい。
【0019】
このような構成とすることにより、摺動装置として組まれた後にケイ素酸化物の水和物を摺動面に形成したものよりも自由度及び効果の高い条件(例えば、圧力条件や温度条件)でケイ素酸化物の水和物を形成することが可能となる。
【0020】
[4]本発明の摺動装置においては、前記ケイ素酸化物の水和物を前記摺動面に形成する処理は、なじみ処理であることが好ましい。
【0021】
「なじみ処理」とは、所定の手順に沿って荷重を増大させながら摺動面に摩擦を与える処理をいう。本発明においては、一定荷重において摩擦係数の変化率が所定の値(例えば、5%)以内になるまで摺動面に摩擦を与えた後、荷重を所定の値(例えば、50N)ずつ増加させることにより行うことが好ましい(後述する図4参照。)。なじみ処理は、例えば水中で行う。なお、なじみ処理中に与える最大の荷重(以下、最大荷重という。)は、摺動装置を実際に使用するときにかかる荷重よりも大きいことが好ましく、例えば、荷重の10倍以上であることが一層好ましい。
【0022】
ここで、ケイ素を含有する材料からなる部材になじみ処理を行うと、トライボケミカル反応と呼ばれる反応が起こり、摺動面にケイ素酸化物の水和物が形成されることが知られている(例えば、トライボロジスト1989年(Vol.34)2号の140ページにおける特集「セラミックスのトライボロジー」(著者:田上寛)を参照。)。本発明の発明者らは、当該なじみ処理が施されたケイ素含有材料製摺動部材の摺動面は、単純に摩擦力が低いだけでなく、表面自由エネルギーが大きいためにケイ素含有材料製摺動部材の摺動面における親水性がより一層高くなり、血液成分がより一層摺動面に付着し難くなることを見出した。
【0023】
したがって、上記[4]に記載の摺動装置によれば、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となる。
【0024】
[5]本発明の摺動装置においては、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とのうち一方は、前記ケイ素含有材料製摺動部材としての炭化ケイ素製摺動部材からなり、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とのうち他方は、炭素製摺動部材からなることが好ましい。
【0025】
炭化ケイ素は、硬度や耐久性に優れるとともに、なじみ処理に適する材料である。炭素は、炭化ケイ素とともに用いるのに適する軟質材料である。したがって、上記[5]に記載の摺動装置によれば、摺動部材として一般的な組み合わせのものに本発明を適用することが可能となる。
【0026】
[6]本発明の摺動装置においては、前記炭素製摺動部材は、なじみ処理が施されていない炭素製摺動部材からなることが好ましい。
【0027】
ところで、炭素製摺動部材になじみ処理を行うと、トライボケミカル反応が起こらずに、表面自由エネルギーが低くなってしまうことが判明した(後述する実験例1、特に図6(b)参照。)。つまり、なじみ処理を施した炭素製摺動部材については、摺動面の親水性が低くなってしまうということである。したがって、上記[6]に記載の摺動装置によれば、なじみ処理を施した炭素性摺動部材を用いる場合よりも、炭素製摺動部材の摺動面に血液成分が付着し難くなる。
【0028】
[7]本発明の摺動装置においては、前記炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さは、0.01μm〜1.0μmの範囲内にあることが好ましい。
【0029】
このような構成とすることにより、摺動面の親水性が低くなりすぎてしまうのを防止することが可能となり、かつ、摺動面の粗さに起因する摩擦力が大きくなりすぎてしまうことを防止することが可能となる。
【0030】
ところで、炭素製摺動部材においては、摺動面の平均表面粗さが表面自由エネルギーの大小に関わっていると考えられる(後述する実験例1参照。)。
炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さを0.01μm〜1.0μmの範囲内としたのは、当該平均表面粗さが0.01μmより小さい場合には、摺動面が平坦すぎて摺動面の親水性が低くなりすぎてしまう場合があるためであり、当該平均表面粗さが1.0μmより大きい場合には、表面の凹凸が大きすぎて摺動面の粗さに起因する摩擦力が大きくなりすぎてしまう場合があるためである。
上記観点からは、炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さは、0.05μm〜0.50μmの範囲内にあることが一層好ましく、0.10μm〜0.25μmの範囲内にあることがより一層好ましい。
【0031】
[8]本発明の摺動装置においては、前記炭化ケイ素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さは、前記炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さよりも小さいことが好ましい。
【0032】
このような構成とすることにより、炭素製摺動部材における摺動面の親水性が低くなりすぎてしまうことが抑制され、炭素製摺動部材の摺動面に血液成分が付着し難くなる。
【0033】
[9]本発明の摺動装置においては、前記固定側摺動部材及び前記回転側摺動部材はいずれも、前記ケイ素含有材料製摺動部材としての炭化ケイ素製摺動部材からなることが好ましい。
【0034】
このような構成とすることにより、固定側摺動部材の摺動面及び回転側摺動部材の摺動面はいずれもケイ素酸化物の水和物を有することになるため、固定側摺動部材及び回転側摺動部材の両方について血液成分がより付着し難くなる。その結果、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となる。
【0035】
[10]本発明の摺動装置においては、前記摺動装置は、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とを当接させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であることが好ましい。
【0036】
本発明の摺動装置は、上記のような摺動装置に対して好適に適用することが可能である。
【0037】
なお、「固定側摺動部材の摺動面と回転側摺動部材の摺動面とを当接した状態」とは、摺動面同士が完全に接触して当接している状態のみをいうのではなく、摺動面同士の間にごく小さな間隙があり、当該間隙に侵入した液体(例えば、クールシール液、血液成分を含有する水性液体など)が存在する場合も含む。
【0038】
[11]本発明の摺動装置においては、前記摺動装置は、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材との間に位置する中間摺動部材をさらに備え、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とを前記中間摺動部材を介して対向させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であることも好ましい。
【0039】
本発明の摺動装置は、上記のような摺動装置に対しても好適に適用することが可能である。
【0040】
なお、中間摺動部材としては、例えば、炭素、各種セラミックス(例えば、炭化ケイ素)、各種プラスチック(例えば、PTFE)、各種超硬合金等からなるものを用いることができる。
【0041】
[12]本発明のメカニカルシールは、上記[1]〜[10]のいずれかに記載の摺動装置を備える。
【0042】
本発明のメカニカルシールによれば、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に、従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となる本発明の摺動装置を備えることから、安定した摺動状態を得ることが可能となるため、高いシール性を得ることが可能となる。
【0043】
[13]本発明のポンプは、本発明のメカニカルシールを備える。
【0044】
本発明のポンプによれば、本発明の摺動装置を備えるメカニカルシールを備えるため、高いシール性を得ることが可能となり、かつ、血液成分を含有する水性液体に移動力を付加する場合でも安定して動作可能なポンプとなる。
【0045】
[14]本発明のポンプは、補助人工心臓ポンプであることが好ましい。
【0046】
このような構成とすることにより、本発明の摺動装置を備えるメカニカルシールを備えるため、従来の補助人工心臓ポンプよりも一層安定して動作可能な補助人工心臓ポンプとなる。
【0047】
[15]本発明の補助人工心臓システムは、本発明の補助人工心臓ポンプを備える。
【0048】
本発明の補助人工心臓システムによれば、従来の補助人工心臓ポンプよりも一層安定して動作可能な本発明の補助人工心臓ポンプを備えるため、信頼性の高い補助人工心臓システムとなる。
【0049】
なお、「補助人工心臓システム」とは、補助人工心臓ポンプの他に制御装置や人工血管等を備え、装着者の心臓の働きを補助するためのものである。
【0050】
[16]本発明の回転装置は、摺動面を有する回転軸と、摺動面を有する軸受け部材とを備え、前記軸受け部材の中に前記回転軸を挿入した状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する回転装置であって、前記回転軸と前記軸受け部材とのうち少なくとも一方は、「ケイ素を含有する材料からなり、かつ、ケイ素酸化物の水和物を摺動面に有する部材(以下、ケイ素含有材料製摺動部材という。)」からなることを特徴とする。
【0051】
本発明の回転装置によれば、回転軸と軸受け部材とのうち少なくとも一方は、ケイ素含有材料製摺動部材からなることから、上記[1]の摺動装置の場合と同様に、摺動面に「高い親水性を有するケイ素酸化物の水和物」を有することとなり、「一般に疎水性を有する血液成分」が摺動面に付着し難くなり、その結果、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の回転装置よりも摩擦力を低減することが可能となる。
なお、上記の回転装置は、いわゆるラジアル軸受け構造を有する回転装置であるといえる。
【0052】
本発明においては、血液成分の由来となる血液は、ヒトのものに限られず、ヒト以外の哺乳類、鳥類、爬虫類等、種々の動物のものであってもよい。
【0053】
[17]本発明のポンプは、本発明の回転装置を備える。
【0054】
本発明のポンプによれば、本発明の回転装置を備えるため、血液成分を含有する水性液体中で使用する場合でも安定して動作可能なポンプとなる。
【0055】
[18]本発明のポンプは、補助人工心臓ポンプであることが好ましい。
【0056】
このような構成とすることにより、本発明の回転装置を備えるため、従来の補助人工心臓ポンプよりも一層安定して動作可能な補助人工心臓ポンプとなる。
【0057】
[19]本発明の補助人工心臓システムは、本発明の補助人工心臓ポンプを備える。
【0058】
本発明の補助人工心臓システムによれば、従来の補助人工心臓ポンプよりも一層安定して動作可能な本発明の補助人工心臓ポンプを備えるため、信頼性の高い補助人工心臓システムとなる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】実施形態1に係る補助人工心臓システム100を説明するために示す図である。
【図2】実施形態1に係る補助人工心臓ポンプ110の断面図である。
【図3】実施形態1に係る摺動装置1を説明するために示す図である。
【図4】実施形態1におけるなじみ処理を説明するために示す図である。
【図5】実施形態2に係る摺動装置2を説明するために示す図である。
【図6】実験例1における表面自由エネルギーの変化を説明するために示す棒グラフである。
【図7】実験例2におけるストライベック曲線のグラフである。
【図8】実験例2におけるストライベック曲線のグラフである。
【図9】実験例2における実験装置300の模式図である。
【図10】実験例3に係る摺動装置3における摩擦係数の変化を示すグラフである。
【図11】従来の補助人工心臓ポンプ900の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0060】
以下、本発明の摺動装置、回転装置、ポンプ及び人工補助心臓システムについて、図に示す実施の形態に基づいて説明する。
【0061】
[実施形態1]
図1は、実施形態1に係る補助人工心臓システム100を説明するために示す図である。
図2は、実施形態1に係る補助人工心臓ポンプ110の断面図である。
図3は、実施形態1に係る摺動装置1を説明するために示す図である。図3(a)は摺動装置1を含む部分の斜視図であり、図3(b)は摺動装置1を含む部分の断面図であり、図3(c)は図3(b)における符号Aで示す部分の拡大図である。なお、図3においては、説明を分かりやすくするため、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22とを離して図示している。
図4は、実施形態1におけるなじみ処理を説明するために示す図である。図4(a)はなじみ処理を説明するために示す模式図であり、図4(b)はなじみ処理における荷重、摩擦係数及び時間の関係を表すグラフである。図4(a)の矢印は荷重をかけていることを表す。図4(b)の縦軸は摩擦係数(上ほど大きい)及び荷重(上ほど大きい)を表し、横軸は時間を表す。
【0062】
実施形態1に係る補助人工心臓システム100は、図1に示すように、補助人工心臓ポンプ110と、人工血管120,130と、制御装置150(図示せず。)とを備える。なお、制御装置150は、補助人工心臓システム100の使用者の体外にあり、ケーブル140を介して補助人工心臓ポンプ110と接続されている。
【0063】
補助人工心臓ポンプ110は、心臓の左心室の機能を補助する血液ポンプであり、体内に埋め込まれる。補助人工心臓ポンプ110は、図2に示すように、固定部10と、回転部20と、駆動部30と、クールシール液循環部40とを備えるポンプである。
【0064】
固定部10は、固定側摺動部材12(いわゆるシールリング)を有する。
固定側摺動部材12は、図3(c)に示すように、摺動面14を有する。
【0065】
回転部20は、回転側摺動部材22(いわゆるシートリング)と、インペラ26と、回転シャフト28とを有する。
回転側摺動部材22は、摺動面24を有する。
インペラ26は、血液に移動力を付加する。
回転シャフト28は、駆動部30と接続されており、駆動部30により駆動力(回転力)を与えられて回転部20全体を回転させる。
【0066】
固定側摺動部材12と回転側摺動部材22とは、実施形態1に係る摺動装置1を構成する。これについては後で詳しく記載する。
実施形態1においては、摺動装置1がそのままメカニカルシールとしての機能を有する。
【0067】
駆動部30は回転シャフト28を介して回転部20を回転させる。駆動部30は、例えば、回転モーターを備える。
クールシール液循環部40は、補助人工心臓ポンプ110内部の潤滑、冷却、シール性の維持等の機能を果たすクールシール液(例えば、水や生理食塩水)をクールシール液入口42から補助人工心臓ポンプ110内を通過させ、クールシール液出口44から排出する。クールシール液は、回転シャフト28と固定部10との間についても潤滑及び冷却を行う機能を有する。また、クールシール液は、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22との間隙からの血液成分の進入を抑える(シール性を確保する)機能とともに、摺動面を洗浄する機能を有する。
【0068】
以下、実施形態1に係る摺動装置1について詳しく説明する。
実施形態1に係る摺動装置1は、図3に示すように、摺動面14を有する固定側摺動部材12と、摺動面24を有する回転側摺動部材22とを備え、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22とを当接させた状態で、血液成分を含有する水性液体(実施形態1においては血液)中で使用する摺動装置である。
【0069】
摺動装置1は、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22との間に、回転側摺動部材22の回転軸に沿った方向に所定の荷重が与えられた状態で使用させる摺動装置(いわゆるスラスト軸受け構造を有する摺動装置)である。所定の荷重は、例えば、磁石同士の反発力を利用して与えることができる。
なお、摺動装置1においては、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22との間には使用時において1μm以下の間隙があり、当該間隙には血液やクールシール液が入り込む。血液やクールシール液の成分のうち、水成分は摺動面を潤滑する。また、上記したように、クールシール液は摺動面を潤滑する。
【0070】
固定側摺動部材12は、ケイ素含有材料製摺動部材からなる。つまり、固定側摺動部材12は、ケイ素を含有する材料からなり、かつ、ケイ素酸化物の水和物15を摺動面14に有する部材からなる(図3(c)参照。)。さらにいえば、固定側摺動部材12は、炭化ケイ素製摺動部材からなる。
【0071】
ケイ素酸化物の水和物15を構成するケイ素酸化物は、ケイ素含有材料製摺動部材(固定側摺動部材12)が含有するケイ素に由来するケイ素の酸化物である。
ケイ素含有材料製摺動部材(回転側摺動部材12)は、摺動装置1として組まれる前に、ケイ素酸化物の水和物15を摺動面14に形成する処理であるなじみ処理が施されたものである。
【0072】
ここで、実施形態1におけるなじみ処理について図4を用いて説明する。まず、図4(a)に示すように、固定側摺動部材12の摺動面14を対向部材Pの面に突き当てる。その後、軸方向に沿って荷重をかけた状態で固定側摺動部材12と対向部材Pとを水中で摺動させる。これをしばらく続けると、双方の部材の摺動面がなじみ、部材間の摩擦係数が低下してくる(図4(b)のステップ1を参照。)。
部材間の摩擦係数がある程度低下し、摩擦係数の時間変化が小さくなったら、さらに大きい荷重をかけ、固定側摺動部材12と対向部材Pとをさらに水中で摺動させる。これを固定側摺動部材12の摺動面14が所望の状態になるまで繰り返す(図4(b)のステップ2以降を参照。)。
【0073】
上記なじみ処理においてトライボケミカル反応が発生し、固定側摺動部材12の摺動面14にケイ素酸化物の水和物15が形成される。
なじみ処理は、例えば、一定荷重における摩擦係数の時間変化が小さくなる(例えば、一定時間内における摩擦係数の減少率が5%以内となる)たびに、荷重を50Nずつ増加させ、これを4ステップ(つまり、最大荷重が200Nとなるように)繰り返す条件で行うことができる。
【0074】
炭化ケイ素製摺動部材(固定側摺動部材12)の摺動面14における平均表面粗さは、後述する炭素製摺動部材(回転側摺動部材22)の摺動面24における平均表面粗さよりも小さく、例えば、0.05μmである。
【0075】
回転側摺動部材22は、なじみ処理が施されていない炭素製摺動部材からなる。炭素製摺動部材(回転側摺動部材22)の摺動面24における平均表面粗さは、0.01μm〜1.0μmの範囲内にあり、一層好ましくは0.05μm〜0.5μmの範囲内にあり、より一層好ましくは0.10μm〜0.25μmの範囲内にあり、例えば、0.15μmである。
【0076】
次に、実施形態1に係る摺動装置1、ポンプ(補助人工心臓ポンプ110)及び補助人工心臓システム100の効果を説明する。
【0077】
実施形態1に係る摺動装置1によれば、固定側摺動部材と回転側摺動部材とのうち少なくとも一方(固定側摺動部材12)は、ケイ素含有材料製摺動部材からなることから、摺動面に「高い親水性を有するケイ素酸化物の水和物」を有することとなる。このため、「一般に疎水性を有する血液成分」が摺動面に付着し難くなり、その結果、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となる。
【0078】
また、実施形態1に係る摺動装置1によれば、ケイ素酸化物が「ケイ素含有材料製摺動部材が含有するケイ素に由来するケイ素」の酸化物であるため、ケイ素含有材料製摺動部材とケイ素酸化物の水和物との結合力を高くすることが可能となり、その結果、ケイ素酸化物の水和物がケイ素含有材料製摺動部材の表面から離脱してしまうのを抑制することが可能となる。
【0079】
また、実施形態1に係る摺動装置1によれば、ケイ素含有材料製摺動部材が、摺動装置1として組まれる前に、ケイ素酸化物の水和物15を摺動面14に形成する処理が施されたものであるため、摺動装置として組まれた後にケイ素酸化物の水和物を摺動面に形成したものよりも自由度及び効果の高い条件(例えば、圧力条件や温度条件)でケイ素酸化物の水和物を形成することが可能となる。
【0080】
また、実施形態1に係る摺動装置1によれば、ケイ素酸化物の水和物15を摺動面14に形成する処理が「なじみ処理」であるため、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に従来の摺動装置よりも摩擦力を一層低減することが可能となる。
【0081】
また、実施形態1に係る摺動装置1によれば、固定側摺動部材と回転側摺動部材とのうち一方(固定側摺動部材12)が炭化ケイ素製摺動部材からなり、固定側摺動部材と回転側摺動部材とのうち他方(回転側摺動部材22)が炭素製摺動部材からなるため、摺動部材として一般的な組み合わせのものに本発明を適用することが可能となる。
【0082】
また、実施形態1に係る摺動装置1によれば、炭素製摺動部材が「なじみ処理が施されていない炭素製摺動部材」からなるため、なじみ処理が施された炭素性摺動部材を用いる場合よりも、炭素製摺動部材の摺動面に血液成分が付着するのを抑制することが可能となる。
【0083】
また、実施形態1に係る摺動装置1によれば、炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さが0.01μm〜1.0μmの範囲内にあるため、摺動面の親水性が低くなりすぎてしまうのを防止することが可能となり、かつ、摺動面の粗さに起因する摩擦力が大きくなりすぎてしまうことを防止することが可能となる。
【0084】
また、実施形態1に係る摺動装置1によれば、炭化ケイ素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さが炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さよりも小さいため、炭素製摺動部材における摺動面の親水性が低くなりすぎてしまうことが抑制され、炭素製摺動部材の摺動面に血液成分が一層付着し難くなる。
【0085】
実施形態1に係るメカニカルシールによれば、実施形態1に係る摺動装置1を備えるため、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に、従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となる本発明の摺動装置を備えることから、安定した摺動状態を得ることが可能となるため、高いシール性を得ることが可能となる。
【0086】
実施形態1に係るポンプは、実施形態1に係るメカニカルシールを備えるため、高いシール性を得ることが可能となり、かつ、血液成分を含有する水性液体に移動力を付加する場合でも安定して動作可能なポンプとなる。
【0087】
また、実施形態1に係るポンプは、実施形態1に係る摺動装置1を備えるメカニカルシールを備える補助人工心臓ポンプ110であるため、従来の補助人工心臓ポンプよりも一層安定して動作可能な補助人工心臓ポンプとなる。
【0088】
実施形態1に係る補助人工心臓システム100は、従来の補助人工心臓ポンプよりも一層安定して動作可能な実施形態1に係る補助人工心臓ポンプ100を備えるため、信頼性の高い補助人工心臓システムとなる。
【0089】
実施形態1に係る摺動装置1は、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22との間に、回転側摺動部材22の回転軸に沿った方向に所定の荷重が与えられた状態で使用させる摺動装置であり、本発明はこのような構成(いわゆるスラスト軸受け構造)を有する摺動装置に対して好適に適用することができる。
【0090】
実施形態1に係る摺動装置1は、固定側摺動部材12と回転側摺動部材22とを当接させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置である。本発明はこのような構成を有する摺動装置に対して好適に適用することができる。
【0091】
[実施形態2]
図5は、実施形態2に係る摺動装置2を説明するために示す図である。図5(a)は摺動装置2を含む部分の斜視図であり、図5(b)は摺動装置2を含む部分の断面図であり、図5(c)は図5(b)における符号Aで示す部分の拡大図である。なお、図5においては、説明を分かりやすくするため、固定側摺動部材12と回転側摺動部材52とを離して図示している。
【0092】
実施形態2に係る摺動装置2は、基本的には実施形態1に係る摺動装置1と同様の構成を有するが、回転側摺動部材の構成が実施形態1に係る摺動装置1とは異なる。すなわち、実施形態2に係る摺動装置2においては、図5に示すように、回転側摺動部材52は、炭化ケイ素製摺動部材からなり、摺動面54にケイ素酸化物の水和物55を有する。つまり、実施形態2に係る摺動装置2においては、固定側摺動部材12及び回転側摺動部材52はいずれも、化ケイ素製摺動部材からなる。
【0093】
実施形態2に係る摺動装置2は、回転側摺動部材の構成が実施形態1に係る摺動装置1とは異なるが、固定側摺動部材12及び回転側摺動部材52のいずれもが炭化ケイ素製摺動部材からなることから、固定側摺動部材12の摺動面14及び回転側摺動部材52の摺動面54の両方がケイ素酸化物の水和物15,55を有することとなる。このため、実施形態2に係る摺動装置2によれば、固定側摺動部材と回転側摺動部材とのいずれについても血液成分が付着し難くなるため、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に実施形態1に係る摺動装置1の場合よりも摩擦力を低減することが可能となる。
【0094】
なお、実施形態2に係る摺動装置2は、回転側摺動部材の構成以外の点においては実施形態1に係る摺動装置1と同様の構成を有するため、実施形態1に係る摺動装置1が有する効果のうち該当する効果をそのまま有する。
【0095】
[実験例1]
図6は、実験例1における表面自由エネルギーの変化を説明するために示す棒グラフである。図6(a)は炭化ケイ素に関する棒グラフであり、図6(b)は炭素に関する棒グラフである。なお、図6においては、表面自由エネルギーのうち、分散力に起因する部分を薄い灰色で図示し、水素結合力に起因する部分を濃い灰色で図示している。
【0096】
実験例1においては、炭化ケイ素又は炭素からなる部材を用いて、なじみ処理における最大荷重が異なる場合における表面自由エネルギーの違いを測定した。
なじみ処理の方法は実施形態1に記載した方法と同様であるため省略するが、最大荷重はそれぞれ0N(つまり、なじみ処理を行わない)、100N、200Nとした。なお、初期状態における摺動面の平均表面粗さは、炭化ケイ素からなる部材では0.027μm、炭素からなる部材では0.258μmであった。ポア率に関しては、炭化ケイ素からなる部材では28.8%、炭素からなる部材では36.3%のものを用いた。
【0097】
なお、表面自由エネルギーは、大まかには表面の濡れ性の大きさと関連付けることができ、表面自由エネルギーが大きいほど親水性が高いということができる。
表面自由エネルギーの測定方法としては、一般的な方法を用いた。詳しい説明は省略するが、まず、水に対する表面張力とジヨードメタンに対する表面張力とを接触角測定器で測定する(いわゆる液適法。)。次に、水とジヨードメタンとに関する既知のデータから、公式により表面自由エネルギーを算出する。
【0098】
結果としては、まず、炭化ケイ素からなる部材については、図6(a)に示すように、最大荷重が大きくなるほど、表面自由エネルギーが大きくなった。これは、トライボケミカル反応により摺動面に酸化ケイ素の水和物が形成され、水素結合力が大きく増加したためであると考えられる。
【0099】
次に、炭素からなる部材については、図6(b)に示すように、最大荷重が大きくなるほど、表面自由エネルギーが小さくなった。これは、摺動面が平滑化されることにより、水素結合力が減少するためであると考えられる(炭素そのものは疎水性が強い物質である。)。
なお、固定側の部材であることと回転側の部材であることとには本質的な違いはないため、部材の固定側と回転側とを入れ替えても同様の結果が得られると考えられる。
【0100】
以上のように、固定側摺動部材と回転側摺動部材とのうち一方が炭化ケイ素製摺動部材からなり、固定側摺動部材と回転側摺動部材とのうち他方が炭素製摺動部材からなる場合においては、摺動面の親水性を高くし、血液成分が摺動面に付着するのを抑制するという観点からは、炭化ケイ素製摺動部材についてはなじみ処理が施された炭化ケイ素製摺動部材(ケイ素含有材料製摺動部材)を用い、炭素製摺動部材についてはなじみ処理が施されていない炭素製摺動部材を用いるのがよいことが確認できた。
【0101】
[実験例2]
図7及び図8は、実験例2におけるストライベック曲線を表すグラフである。
【0102】
実験例2においては、固定側摺動部材及び回転側摺動部材が、一方が炭化ケイ素製摺動部材であり他方が炭素製摺動部材である場合と、両方とも炭化ケイ素製摺動部材である場合とを想定して、ストライベック曲線を作成した。
なお、本明細書においては、ストライベック曲線とは、縦軸に摩擦係数μをとり、横軸に粘度と軸回転数との積を荷重で割った値(以下、ストライベック数という。)をとってグラフにしたものである。
【0103】
試験は、図示は省略するが、固定側摺動部材に相当するディスク部材と回転側摺動部材に相当するリング部材とを用意し、ディスク部材とリング部材とを当接させた状態で当該リング部材を回転させ、摩擦のトルクを測定することにより行った。また、ディスク部材とリング部材とは実験用の液体に浸された状態とし、ディスク部材に油圧で荷重をかけることでディスク部材とリング部材との間にかかる荷重を変化させた。
【0104】
用意したディスク部材及びリング部材の外径は20mmとした。リング部材に空けられた穴の直径は10mmとした。初期状態における摺動面の平均表面粗さは、炭化ケイ素からなる部材では0.027μm、炭素からなる部材では0.258μmであった。ポア率に関しては、炭化ケイ素からなる部材では28.8%、炭素からなる部材では36.3%のものを用いた。
測定は、回転側摺動部材の回転の速さを800rpmとし、水温(実験用の液体の温度)を18℃〜20℃とし、荷重を50N〜200N(接触面圧としては212.3kPa〜849.3kPa)として行った。実験用の液体としては、血しょうを15vol%含む水を用いた。
【0105】
実験例2においては以下の(1)〜(5)について、ストライベック曲線を作成した。なお、(1)及び(4)が本発明に係る摺動装置であり、(2)、(3)及び(5)は比較例に係る摺動装置である。(1)〜(3)の結果については図7にまとめて示し、(4)及び(5)の結果については図8にまとめて示した。
【0106】
(1)ディスク部材がなじみ処理が施された炭化ケイ素製摺動部材からなり、リング部材がなじみ処理が施されていない炭素製摺動部材からなる場合(白抜きの四角形で図示。)。
(2)ディスク部材がなじみ処理が施されていない炭化ケイ素製摺動部材からなり、リング部材がなじみ処理が施されていない炭素製摺動部材からなる場合(黒塗りの三角形で図示。)。
(3)ディスク部材がなじみ処理が施された炭化ケイ素製摺動部材からなり、リング部材がなじみ処理が施された炭素製摺動部材からなる場合(白抜きの三角形で図示。)。
(4)ディスク部材がなじみ処理が施された炭化ケイ素製摺動部材からなり、リング部材もなじみ処理が施された炭化ケイ素製摺動部材からなる場合(白抜きのひし形で図示。)。
(5)ディスク部材がなじみ処理が施されていない炭化ケイ素製摺動部材からなり、リング部材もなじみ処理が施されていない炭化ケイ素製摺動部材からなる場合(黒塗りの四角形で図示。)。
【0107】
結果としては、ディスク部材が炭化ケイ素からなりリング部材が炭素からなる場合においては、本発明に係る摺動部材((1)の場合)の摩擦係数が全体的に他の摺動部材((2)及び(3)の場合)の摩擦係数よりも低くなった。従って、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に、本発明に係る摺動装置が従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となることが確認できた(図7参照。)。
【0108】
一方、ディスク部材及びリング部材の両方が炭化ケイ素からなる場合においても、本発明に係る摺動部材((4)の場合)の摩擦係数が全体的に他の摺動部材((5)の場合)の摩擦係数よりも低くなった。従って、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に、本発明に係る摺動装置が従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となることが確認できた(図8参照。)。なお、図8における比較はなじみ処理の有無に関する比較でもあるため、なじみ処理により摩擦係数が低減可能であることも確認できた。
【0109】
[実験例3]
図9は、実験例3における実験装置300の模式図である。
図10は、実験例3に係る摺動装置3における摩擦係数の変化を説明するために示すグラフである。図10(a)は実験例3に係る摺動装置3の結果を示すグラフであり、図10(b)は比較例1に係る摺動装置3aの結果を示すグラフであり、図10(c)は比較例2に係る摺動装置3bの結果を示すグラフである。図10においては、縦軸が摩擦係数μを示し、横軸が時間t(単位は分)を示す。
【0110】
実験例3においては、固定側摺動部材及び回転側摺動部材のいずれもが炭化ケイ素製摺動部材からなる場合における、時間による摩擦係数の変化を測定した。
【0111】
実験例3は、実験装置300を用いて行った(図9参照。)。実験装置300は、基本的には実施形態1に係る補助人工心臓ポンプ110を模した構造とした。すなわち、実験装置300は、固定部310と、回転部320と、駆動部330と、クールシール液循環部340とを備えるものとした。また、固定側摺動部材312及び回転側摺動部材322(後述)にかかる荷重を調節するための荷重調節部350をさらに備えるものとした。
【0112】
固定部310は、固定側摺動部材312を有するものとし、固定側摺動部材312は、摺動面314(符号を図示せず。)を有するものとした。
回転部320は、回転側摺動部材322と、磁石326と、回転シャフト328とを有するものとし、回転側摺動部材322は、摺動面324(符号を図示せず。)を有するものとした。磁石326は、荷重調節部350における移動可能な磁石352との反発力により、固定側摺動部材312と回転側摺動部材322との間に荷重をかけるものである。
【0113】
駆動部330は、モーター332とトルク検出部334とを備え、回転シャフト328を通じて回転部320を回転させるものとした。
クールシール液循環部340は、タンク342とポンプ344とを備え、クールシール液を流通させた。
荷重調節部350は、移動可能な磁石352を備える。移動可能な磁石352は、磁石326と同じ極で向かい合うようにした。
【0114】
固定側摺動部材312と回転側摺動部材322とで、実験例3における摺動装置3を構成した。固定側摺動部材312と回転側摺動部材322とは、実験用の液体にさらし、固定側摺動部材312と回転側摺動部材322とで当該液体が内部に侵入しないようにするメカニカルシールを構成した。
固定側摺動部材312及び回転側摺動部材322のいずれについても炭化ケイ素製摺動部材からなるものを用いた。
【0115】
また、実験例3においては、実験例3に係る摺動装置3の効果を確認するために、比較例1及び比較例2についての実験も行った。比較例1及び比較例2の実験装置については、固定側摺動部材及び回転側摺動部材が異なる以外は実験装置300と同様の構成を有するものとしたので、図示及び詳細な説明は省略する。
比較例1においては、固定側摺動部材がなじみ処理が施されていない炭化ケイ素製摺動部材からなり、回転側摺動部材がなじみ処理が施されていない炭素製摺動部材からなるものを用いた。
比較例2においては、固定側摺動部材及び回転側摺動部材のいずれもがなじみ処理が施されていない炭化ケイ素製摺動部材からなるものを用いた。
【0116】
実験条件は、いずれも共通で、血液成分を含有する水性液体としてヤギの血液を用い、クールシール液として水を用い、回転部320の回転の速さを2000rpmとし、摺動面に係る荷重を2Nとして行った。
【0117】
結果として、従来の摺動装置に近い構成を有する比較例1及び比較例2に係る摺動装置においては、時間が経過すると摩擦係数が増大し、摺動が不安定となるのに対して(図10(b)及び図10(c)参照。)、本発明の構成を有する摺動装置3においては、時間が経過しても摩擦係数の増大や摺動が不安定となることは見られなかった。また、摩擦係数そのものも比較例よりも格段に低くなることが確認できた(図10(a)参照。)。
【0118】
[実施形態3]
実施形態3に係る回転装置4(図示せず。)は、摺動面を有する回転軸と、摺動面を有する軸受け部材とを備え、軸受け部材の中に前記回転軸を挿入した状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する回転装置であって、回転軸と軸受け部材とのうち少なくとも一方は、ケイ素を含有する材料からなり、かつ、ケイ素酸化物の水和物を摺動面に有する部材(以下、ケイ素含有材料製摺動部材という。)からなる。つまり、いわゆるラジアル軸受け構造を有する回転装置である。なお、本発明においては、回転軸及び軸受け部材はいずれも炭化ケイ素製摺動部材からなるものであってもよい。
【0119】
実施形態3に係るポンプは、回転装置4を備えるポンプであり、補助人工心臓ポンプである。また、実施形態3に係る補助人工心臓システムは、実施形態3に係るポンプを備える。
【0120】
実施形態3に係る回転装置4によれば、回転軸と軸受け部材とのうち少なくとも一方はケイ素含有材料製摺動部材からなるため、実施形態1に係るの摺動装置の場合と同様に、ケイ素含有材料製摺動部材が摺動面に親水性の高いケイ素酸化物の水和物を有することにより、血液成分が当該摺動面に付着するのを一層効果的に抑制することが可能となり、その結果、血液成分を含有する水性液体中で用いた場合に、従来の摺動装置よりも摩擦力を低減することが可能となる。
【0121】
実施形態3に係るポンプによれば、実施形態3に係る回転装置4を備えるため、血液成分を含有する水性液体に移動力を付加する場合でも安定して動作させることが可能なポンプとなる。
【0122】
また、実施形態3に係るポンプによれば、実施形態3に係る回転装置4を備えるため、安定して動作させることが可能な補助人工心臓ポンプとなる。
【0123】
実施形態3に係る補助人工心臓システムによれば、従来の補助人工心臓ポンプよりも安定して動作させることが可能な実施形態3に係る補助人工心臓ポンプを備えるため、動作安定性の高い補助人工心臓システムとなる。
【0124】
以上、本発明を上記の実施形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではない。その趣旨を逸脱しない範囲において種々の様態において実施することが可能であり、例えば、次のような変形も可能である。
【0125】
(1)上記実施形態1〜3においては、固定側摺動部材と回転側摺動部材とを当接させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置を例にとって本発明を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、摺動装置は、固定側摺動部材と回転側摺動部材との間に位置する中間摺動部材をさらに備え、固定側摺動部材と回転側摺動部材とを中間摺動部材を介して対向させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であってもよい。本発明の摺動装置は、上記のような摺動装置に対しても好適に適用することが可能である。中間摺動部材としては、例えば、炭素、各種セラミックス(例えば、炭化ケイ素)、各種プラスチック(例えば、PTFE)、各種超硬合金等からなるものを用いることができる。中間摺動部材が炭化ケイ素からなる場合には、なじみ処理が施された中間摺動部材を用いることが好ましい。
【0126】
(2)上記各実施形態においては、補助人工心臓ポンプであるポンプを例にとって本発明を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。補助人工心臓ポンプ以外のポンプにも本発明を適用することが可能であり、例えば、非埋め込み式であって血液を移動させるために用いるポンプや、血液成分を含有する水性液体から薬品を製造する装置に用いるポンプ等としてもよい。
【符号の説明】
【0127】
1,2,3,901…摺動装置、10,310,910…固定部、12,312,912…固定側摺動部材、14…(固定側摺動部材の)摺動面、15,55…ケイ素酸化物の水和物、20,50,320,920…回転部、22,52,322,922…回転側摺動部材、24,54…(回転側摺動部材の)摺動面、26,56,926…インペラ、28,58,328,928…回転シャフト、30,330,930…駆動部、40,340…クールシール液循環部、42…クールシール液入口、44…クールシール液出口、100…補助人工心臓システム、110,900…補助人工心臓ポンプ、120,130…人工血管、140…ケーブル、300…実験装置、326,352…磁石、332…モーター、334…トルク検出部、342…タンク、344…ポンプ、350…荷重調節部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動面を有する固定側摺動部材と、
摺動面を有する回転側摺動部材とを備え、
前記固定側摺動部材の摺動面と前記回転側摺動部材の摺動面とを対向させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であって、
前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とのうち少なくとも一方は、「ケイ素を含有する材料からなり、かつ、ケイ素酸化物の水和物を摺動面に有する部材(以下、ケイ素含有材料製摺動部材という。)」からなることを特徴とする摺動装置。
【請求項2】
請求項1に記載の摺動装置において、
前記ケイ素酸化物は、前記ケイ素含有材料製摺動部材が含有するケイ素に由来するケイ素の酸化物であることを特徴とする摺動装置。
【請求項3】
請求項2に記載の摺動装置において、
前記ケイ素含有材料製摺動部材は、前記摺動装置として組まれる前に、前記ケイ素酸化物の水和物を前記摺動面に形成する処理が施されたものであることを特徴とする摺動装置。
【請求項4】
請求項3に記載の摺動装置において、
前記ケイ素酸化物の水和物を前記摺動面に形成する処理は、なじみ処理であることを特徴とする摺動装置。
【請求項5】
請求項4に記載の摺動装置において、
前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とのうち一方は、前記ケイ素含有材料製摺動部材としての炭化ケイ素製摺動部材からなり、
前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とのうち他方は、炭素製摺動部材からなることを特徴とする摺動装置。
【請求項6】
請求項5に記載の摺動装置において、
前記炭素製摺動部材は、なじみ処理が施されていない炭素製摺動部材からなることを特徴とする摺動装置。
【請求項7】
請求項6に記載の摺動装置において、
前記炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さは、0.01μm〜1.0μmの範囲内にあることを特徴とする摺動装置。
【請求項8】
請求項6又は7に記載の摺動装置において、
前記炭化ケイ素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さは、前記炭素製摺動部材の摺動面における平均表面粗さよりも小さいことを特徴とする摺動装置。
【請求項9】
請求項4に記載の摺動装置において、
前記固定側摺動部材及び前記回転側摺動部材はいずれも、前記ケイ素含有材料製摺動部材としての炭化ケイ素製摺動部材からなることを特徴とする摺動装置。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれかに記載の摺動装置において、
前記摺動装置は、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とを当接させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であることを特徴とする摺動装置。
【請求項11】
請求項1〜9のいずれかに記載の摺動装置において、
前記摺動装置は、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材との間に位置する中間摺動部材をさらに備え、前記固定側摺動部材と前記回転側摺動部材とを前記中間摺動部材を介して対向させた状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する摺動装置であることを特徴とする摺動装置。
【請求項12】
請求項1〜10のいずれかに記載の摺動装置を備えるメカニカルシール。
【請求項13】
請求項12に記載のメカニカルシールを備えるポンプ。
【請求項14】
補助人工心臓ポンプである請求項13に記載のポンプ。
【請求項15】
請求項14に記載のポンプを備える補助人工心臓システム。
【請求項16】
摺動面を有する回転軸と、
摺動面を有する軸受け部材とを備え、
前記軸受け部材の中に前記回転軸を挿入した状態で、血液成分を含有する水性液体中で使用する回転装置であって、
前記回転軸と前記軸受け部材とのうち少なくとも一方は、「ケイ素を含有する材料からなり、かつ、ケイ素酸化物の水和物を摺動面に有する部材(以下、ケイ素含有材料製摺動部材という。)」からなることを特徴とする回転装置。
【請求項17】
請求項16に記載の回転装置を備えるポンプ。
【請求項18】
補助人工心臓ポンプである請求項17に記載のポンプ。
【請求項19】
請求項18に記載のポンプを備える補助人工心臓システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−85913(P2013−85913A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−232331(P2011−232331)
【出願日】平成23年10月22日(2011.10.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 「発行人」 社団法人 日本トライボロジー学会 「刊行物名」 トライボロジー会議予稿集 東京 2011−5 「発行年月日」 平成23年4月22日
【出願人】(392000796)株式会社サンメディカル技術研究所 (9)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】