説明

摺動部品およびその製造方法

【課題】
潤滑油の保持と摩耗粉の確保に効果的な凹部を有する優れた耐摩耗性と焼きつき抑制可能な摺動部品を提供する。
【解決手段】
互いの平面を突き合わせて摺動させる一対の摺動面を備えた摺動部品であって、少なくとも一方の摺動面に凹部が形成され、該凹部の内面を覆うように親油性物質が形成されていることを特徴とする。また、該親油性物質は炭素原子含有の無機物で、黒鉛、ダイヤモンドライクカーボン、カーボンナノチューブのいずれからなることを特徴とする。このような構成により、摺動する機械部品において、摺動時摺動部品の表面に潤滑油を保持できるので摩擦損失を低減でき、また焼きつきを抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高負荷を受けて摺動する摺動部品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
潤滑油等を介して対面して摺動する摺動部品において、高負荷や潤滑油の劣化等によって生じる摩耗や焼付きに対して耐摩耗性や耐焼付き性の向上が求められている。摺動部材に基地組織中に球状の黒鉛を持っている球状黒鉛鋳鉄は、黒鉛自体が固体潤滑剤としての働きをするほか、潤滑油の保持性が良いために、一般に軸受け性能が良いことは知られている。しかし、切削加工や研削加工では球状黒鉛上に鋳鉄が引き伸ばされて形成され、これが稼動時にバリとなって相手部材と接触して摩耗や焼付きを生じる要因の一つとされていた。このバリを抑制して球状黒鉛鋳鉄を軸受けに用いるための技術として、特開平2−310335号公報(特許文献1)がある。この公報には、材料の基地組織および表面処理の両者による表面状態の改善により、高負荷、高回転に耐える優れた軸受性能を持つ、球状黒鉛鋳鉄部材からなる高速回転部材を提供すると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平2−310335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1の表面処理方法にて球状黒鉛鋳鉄を処理した場合、基地組織の尖閣部が除去されて内在する球状黒鉛の露出は可能であるが、基地組織表面に対する球状黒鉛の露出部の凹みは、大きくても1.0μm程度である。この大きさでは凹部に貯められる潤滑油が少なく、また摺動により定常的に生じる摩耗粉の凹部への確保も不十分である。
【0005】
本発明の目的は、潤滑油の保持と摩耗粉の確保に効果的な凹部を有する優れた耐摩耗性と焼きつき抑制可能な摺動部品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、例えば特許請求の範囲に記載の構成を採用する。
【0007】
(1)本願は上記課題を解決する手段を複数含んでいるが、その一例を挙げるならば、互いの一面を突き合わせて摺動させる一対の摺動面を備えた摺動部品であって、少なくとも一方の摺動面に凹部が形成され、凹部の内面の少なくとも一部の領域に親油性物質が形成されていることを特徴とする。
【0008】
上記(1)の親油性物質が炭素原子含有の無機物であり、炭素含有の無機物が黒鉛、ダイヤモンドライクカーボン、カーボンナノチューブのいずれからなることを特徴とする。
【0009】
上記(1)の前記凹部内面の少なくとも一部の領域に形成された親油性物質表面が前記摺動面の表面に対して5μm以上凹んでいることを特徴とする。
【0010】
上記(1)の一対の摺動面が圧縮機の摺動部品の摺動面であることを特徴とする。
【0011】
上記(1)の一対の摺動面が油圧機器の摺動部品の摺動面であることを特徴とする。
【0012】
(2)本願は、互いの一面を突き合わせて摺動させる一対の摺動面を備えた摺動部品の製造方法であって、前記一対の摺動面のうち少なくとも一方の摺動面を、親油性物質を内在させた鋳鉄の表面を遊離砥粒を用いて研磨することにより形成することを特徴とする。
【0013】
上記(2)の親油性物質が炭素原子含有の無機物であり、炭素原子含有の無機物が黒鉛からなることを特徴とする。
【0014】
上記(2)の遊離砥粒の平均粒径が30μm以上であることを特徴とする。
【0015】
(3)本願は、互いの一面を突き合わせて摺動させる一対の摺動面を備えた摺動部品の製造方法であって、前記一対の摺動面のうち少なくとも一方の摺動面を、摺動部材の表面に凹部を形成し、該凹部の内面であって少なくとも一部の領域に親油性物質を堆積させることで形成することを特徴とする。
【0016】
上記(3)の親油性物質が炭素原子含有の無機物であり、炭素含有の無機物が黒鉛、ダイヤモンドライクカーボン、カーボンナノチューブのいずれからなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、摺動する機械部品において、摺動時摺動部品の表面に潤滑油を保持できるので摩擦損失を低減でき、また焼きつきを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本願発明の摺動部品の構造の断面図である。
【図2】本発明の摺動部品の摺動面近傍の断面の模式図である。
【図3】本発明の第一の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図である。
【図4】本発明の第一の実施形態に関わる摺動部品の摺動面において、開口部が内部より狭い構造の凹部を表す断面図である。
【図5】本発明の第一の実施形態に関わる凹部を形成した摺動面の平面図である。
【図6】本発明の第二の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図である。
【図7】本発明の第三の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図である。
【図8】本発明の第四の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図である。
【図9】本発明の摺動部品の一例であるスクロール圧縮機の旋回スクロール部品の概略図である。
【図10】本発明の摺動部品を構成部材として有する油圧機器の構成例を表す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施例を図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0020】
本実施例では、摺動面の凹部に親油性物質が備えられ、かつ親油性物質が摺動面から凹んでいる摺動部品の例を説明する。
【0021】
図1は、本願発明の摺動部品の構造の断面図である。
【0022】
図1において、1は摺動部材、2は摺動面、6は摺動表面に設けられた凹部で、7は凹部6内に設けた親油性物質である。また、摺動部材1の表面に設けた凹部6は、図1のように大きさは異なってもよく、ほぼ同じ大きさでもよい。また、表面の凹部6内に設ける親油性物質7は、凹部6内の内側を覆う程度とし、凹部6にある程度空間を設けることにより摺動時に潤滑油を貯め保持することができる。ここで、摺動部材として、鋳鉄材や鍛鉄材、ステンレス鋼材、リン青銅、クロムモリブデン鋼等を用いることができ、親油性物質7には潤滑油5とのなじみが良好(すなわち潤滑油に対する親油性物質7の表面エネルギーが高い状態)な炭素原子含有の無機物である黒鉛やダイヤモンドライクカーボン(以後、DLCと称する)、カーボンナノチューブ(以後、CNTと称する)等を用いることができる。
【0023】
図2は、本実施例の摺動部品が別の摺動部品と対向して摺動する場合の摺動面近傍の断面の模式図を示している。
【0024】
図2において、本実施例の摺動部材1(以下、これを第一の摺動部材という)と、対向する摺動部材3(以下、これを第二の摺動部材という)との摺動面は、潤滑油5を介して配置されている。
【0025】
第一の摺動部材1の摺動面2と第二の摺動部材3の摺動面4は、相対的に逆向きか、あるいは一方が止まった状態でもう一方が移動して摺動する。第一の摺動部材1の摺動面2には凹部6が設けられ、その内側に親油性物質7が形成されている。
【0026】
親油性物質7は、摺動面2に対して凹んでおり、稼動時に親油性物質7は潤滑油5とのなじみ性が良好であるため、この凹みである凹部6に潤滑油を確保し易くなり、摺動部に高負荷が掛かり外部からの摺動面への潤滑油の供給が困難になった場合に、この凹部6の潤滑油5が効果的に作用して焼きつき等を抑制することができる。また、稼動時に生じた摺動部材の摩耗粉をこの凹部6により確保できるため、摩耗粉の噛みこみによる摺動面2および摺動面4の摩耗を抑制することができる。
【0027】
摺動面2の凹部6に親油性物質7を内在させる方式としては、第一の摺動部材1に球状黒鉛鋳鉄等の黒鉛からなる親油性物質を内在する材料を用いて、摺動面を全面加工した後で親油性物質である球状黒鉛部を露出させ、かつ球状黒鉛部を凹ませる方式や、摺動面2に凹部6を形成し、次いで親油性物質7を凹部6を含む摺動面全面に形成した後、摺動面2上に形成された親油性物質7を選択的に除去する方法や、摺動面を全面加工した後で凹部3を形成し、次いで親油性物質7を凹部6に選択的に設ける方式等のいずれの方式で得てもよい。
【0028】
潤滑油の保持性と摩耗粉の確保性から親油性物質7の摺動面からの凹みの深さとしては、少なくとも5μm以上が好ましく、より深い方が潤滑油の保持性と摩耗粉の確保性が向上する。また、凹部6の摺動面から見た平面的な形状は、円形や矩形や楕円や、輪郭の一部が歪んだ形状であっても潤滑油の保持と摩耗粉の確保ができ、かつ輪郭がバリとならなければ支障はない。
【0029】
また、第二の摺動部材3には第一の摺動部材1と同一の材料を用いることができ、第一の摺動部材1の摺動面2と同様に凹部に親油性物質を備える形態としてもよい。
【実施例2】
【0030】
本実施例では、摺動面の凹部に親油性物質が備えられ、かつ親油性物質が摺動面から凹んでいる摺動部品の製造方法において、親油性物質を内在した摺動部材を用いて、遊離砥粒による研磨加工により凹んだ形状の親油性物質を形成する摺動部品の製造方法の例を説明する。
【0031】
図3は、本発明の第一の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図であり、同図(a)は親油性物質を内在した材料から摺動面を切り出す前の状態を、同図(b)は親油性物質を内在した摺動部材の遊離砥粒を用いた研磨加工の状態を、同図(c)は遊離砥粒による研磨加工で形成した摺動面の状態を表わす。
【0032】
図3(a)において、摺動部材8は球状黒鉛鋳鉄からなり、その内部には潤滑油とのなじみ性が良好な球状の黒鉛からなる親油性物質9を内在する。摺動部材8の破線A-A’の上部を機械加工等により除去加工して、摺動面となる破線A-A’の矢印で示す面を得る。
【0033】
図3(b)において、摺動部材8の摺動面10に砥粒11を含んだ研磨液12を供給して定盤13を押し付けながら摺動部材8と相対運動する。砥粒11は摺動面10に遊離的に作用する。砥粒11は、鋳鉄材と黒鉛を加工する能力があればよく、一例として炭化ケイ素(SiC)、アルミナ(Al)、ダイヤモンド等を用いることができるし、それらの混合物であってもよい。研磨液12は、砥粒11を分散して遊離的に加工面に作用できるものであればよいが、鋳鉄表面の酸化を抑制するために炭化水素油等の油系のものが好ましい。定盤13は、被削物である摺動部材に砥粒11を遊離的に作用させる能力があればよく、純錫、純銅、錫合金、銅合金、鋳鉄等や、または、定盤13の表面に不織布やポリウレタン等からなる研磨パッドを貼り付けたものを用いることができる。
【0034】
遊離砥粒による研磨加工が進行すると図2(c)に示すように、摺動部材8の生地材料である鋳鉄に比べて、黒鉛からなる親油性物質9は加工されやすいため、摺動面10に対して黒鉛からなる親油性物質9の表面は凹んで凹部14が形成される。この凹部14の形状は、図2(b)の砥粒11の平均粒径等により変化する。砥粒11の平均粒径が黒鉛からなる親油性物質9の平均的な直径より大きい場合は、砥粒11は凹部14に入らないため、凹部の開口径は内部と同等以上の大きさとなる。一方、砥粒11の平均粒径が黒鉛からなる親油性物質9の平均的な直径より小さい場合は、砥粒11は凹部14に入り混んで内部の黒鉛をかき出す様に作用する。
【0035】
図4は黒鉛からなる親油性物質の平均的な直径に比べて小さい平均粒径の砥粒11を用いて加工した摺動部材8の断面図である。図4に示すように黒鉛からなる親油性物質の平均的な直径に比べて小さい平均粒径の砥粒11を用いて加工した場合、凹部14の開口径(幅)Bが凹部14の内部の径(幅)Cより小さい形状となる。凹部14の内部より開口径が小さいため、凹部に入った潤滑油は、潤滑油の供給が滞った際に、凹部の開口径が広いものに比べて長時間に渡って少しずつ摺動面に供給されるため、焼き付きまでの時間を延ばすことが可能である。
【0036】
例えば球状黒鉛鋳鉄の黒鉛の平均的な直径は40μmの場合、砥粒11の平均粒径に40μmより大きいものを用いた場合は、凹部の開口径は内部より大きくなり、40μmより小さいものを用いた場合は、凹部の開口径は内部より小さくできる。なお、凹部の開口径を確実に制御するには、砥粒11の平均粒径としては黒鉛の平均的な直径に比べて10μm以上大きいかあるは小さくするのが好ましい。また、球状黒鉛鋳鉄の黒鉛粒径は製造条件等の変動によってばらつきがあるため、球状黒鉛鋳鉄材料に合わせて砥粒11の平均粒径を調整するのが好ましい。
【0037】
図5は図3(C)および図4に示した摺動面の平面図である。黒鉛からなる親油性物質9は摺動面10に対して上から見た場合、ほぼ円形でありランダムに配置されている。また黒鉛からなる親油性物質9の大きさにはばらつきがあり、本発明では黒鉛からなる親油性物質9の大きさには平均値を用いている。なお、ここでは図示していないが、黒鉛からなる親油性物質9は凹形状をしている。
【実施例3】
【0038】
本実施例では、摺動面の凹部に親油性物質が備えられ、かつ親油性物質が摺動面から凹んでいる摺動部品の製造方法において、摺動面に凹部を形成した後、親油性物質を凹部に形成し、次いで摺動面に形成された親油性物質を除去することにより、親油性物質が凹部を覆うように配置された摺動部品の製造方法の例を説明する。
【0039】
図6は、本発明の第二の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図であり、同図(a)は摺動面の凹部形成後の状態を、同図(b)は凹部に親油性部材を形成した状態を、同図(c)は凹部以外に形成された親油性物質を取り除いた状態を表す。
【0040】
図6(a)において、摺動部材15の摺動面16に凹部17を形成する。摺動部材15は鋳鉄材や鍛鉄材やステンレス鋼材、リン青銅材等を用いることができる。凹部17は、球状等の工具を摺動面に押し付けて形状を転写する方式や、レーザ加工等により形成する。凹部17は摺動面16の上部から見た場合に円形に限らず、楕円や4角等の矩形であってもよい。また、摺動面16の平面方向に対してランダムに配置されていても、一定間隔で規則的に配置されていてもよい。また、凹部17の断面形状も半球に限らす、凹部17の底面と側面が直線状に近い形状で交わってもよい。凹部17の大きさは、潤滑油の保持と摩耗粉の確保のために摺動面の平面方向に20μm以上が好ましい。凹部の深さは内部に親油性物質を形成した状態で凹みが少なくても5μm以上になるように、親油性物質の厚みを考慮して深さを決定する。
【0041】
図6(b)において、凹部17に親油性物質18を形成する。親油性物質18は潤滑油とのなじみがよいものであれば支障がなく、黒鉛やDLCやCNT等を用いることができる。例えば、親油性物質にDLCを用いる場合、プラズマCVD装置を用いて、真空容器中で高周波等がかけられ、かつ温度調整可能な電極上に、摺動面に凹部を形成した摺動部材を装置の真空容器に設置し、真空容器の圧力を下げて、炭化水素ガスと水素ガス等を導入して、高周波をかけてプラズマ化させることで、凹部を含む摺動面にDLCが形成できる。成膜時間等の調整によりDLCの厚みの制御が可能であるが、潤滑油とのなじみのよいDLCが凹部に形成できていればよく、DLCは50nm程度以上あれば問題はない。また、黒鉛やCNTについては、CVD法や蒸着法やスパッタ法やイオンプレーティング法等により形成する。
【0042】
また、図6(b)では全面に親油性物質を形成しているが、凹部に選択的に親油性物質を形成することで、凹部以外に形成された親油性物質を除去する工程を省略してもよい。例えば、親油性物質にDLCを用いる場合、摺動面の凹部に対応する場所が開口したメタルマスク等を摺動面に重ねて成膜することで、凹部にDCLを選択的に形成することが可能である。
【0043】
図6(c)は、図6(b)において凹部以外に形成された親油性物質18を除去した後の状態である。摺動面14状に形成された親油性物質16の除去方法としては、例えば遊離砥粒を用いた研磨加工等により行う。研磨加工の基本構成は実施例2で述べたのと同様であるが、砥粒径としては、凹部に形成された親油性物質18の加工がなるべくなされないように粒径の小さい砥粒を用いる。粒径としては、0.5μm以下のものが好適である。
【実施例4】
【0044】
本実施例では、摺動面の凹部に親油性物質が備えられ、かつ親油性物質が摺動面から凹んでいる摺動部品の製造方法において、摺動面に内部の幅に比べて開口幅が狭い凹部を形成した後、親油性物質を凹部を含む摺動面の全面に形成し、次いで摺動面に形成された親油性物質を除去することにより、親油性物質が凹部を覆うように配置され、かつ内部の幅より開口幅が狭い凹部を有する摺動部品の製造方法の例を説明する。
【0045】
図7は、本発明の第三の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図であり、同図(a)は摺動面の凹部形成後の状態を、同図(b)は凹部に親油性部材を形成した状態を、同図(c)は凹部以外に形成された親油性物質を取り除いた状態を表す。
【0046】
図7(a)において、摺動部材19の摺動面20に凹部21を形成する。摺動部材19は鋳鉄材や鍛鉄材やステンレス鋼材、リン青銅材等を用いることができる。凹部21は、ドリル等を回転させながら工具の先端を揺動させて加工することで摺動面20に内部より開口径が小さい凹部形状を形成する。凹部21は摺動面20の上部から見た場合に円形となる。また、摺動面20の平面方向に対してはランダムに配置されていても、一定間隔で規則的に配置されていてもよい。凹部21の大きさと深さは、実施例3で説明したのと同様に潤滑油の保持と摩耗粉の確保のために摺動面の平面方向に20μm以上が好ましく、また、凹部21の深さは内部に親油性物質を形成した状態で凹みが少なくても5μm以上になるように、親油性物質の厚みを考慮して深さを決定する。
【0047】
図7(b)において、凹部21に親油性物質22を形成する。親油性物質22には、実施例2と同様の材料を用いることがでる。親油性物質22は、斜方スパッタ等により開口幅より広い内部を有する凹部21の内部と摺動面20を含む全面に形成する。
【0048】
図7(c)は、図7(b)において凹部以外に形成された親油性物質18を除去した後の状態である。実施例3で説明したのと同様に凹部21以外に形成された摺動面20の親油性物質22を除去する。実施例2で説明したのと同様に凹部の開口幅が凹部の内部の幅より小さい形状となるため、凹部に入った潤滑油は、潤滑油の供給が滞った際に開口が広いものに比べて長時間に渡って少しずつ摺動面に供給されるため、潤滑油が消費するまでの時間を延長でき焼き付きまでの時間を延ばすことが可能である。
【0049】
以上、発明の実施形態に述べてきた例のように、本発明によれば摺動面に形成した凹部に親油性物質を備え、その凹部が少なくとも5μm以上凹んでいることで、凹部に潤滑油を確実に確保して、高負荷が摺動部に掛かかり外部からの摺動面への潤滑油の供給が困難になった場合に、この凹みの潤滑油が効果的に作用して焼きつきの抑制ができ、また、稼動時に生じる摺動部材の摩耗粉をこの凹みにより確保できるため、摩耗粉の噛みこみによる摺動面の摩耗を抑制することが可能となる。また、凹部の開口幅が凹部の内部の幅より小さい形状とした場合には、凹部に入った潤滑油は、潤滑油の供給が滞った際に開口が広いものに比べて長時間に渡って少しずつ摺動面に供給されるため、潤滑油が消費するまでの時間を延長でき焼き付きまでの時間を延ばすことも可能となる。
【実施例5】
【0050】
本実施例では、摺動面に凹部が設けられた摺動部品の製造方法において、摺動面に凹部を形成した後、摺動面に保護膜を設けて選択的に凹部の表面に微細な凹凸を形成し、次いで摺動面の保護膜を除去することにより、凹部の表面に微細な凹凸を有する摺動部品の製造方法の例を説明する。
【0051】
図8は、本発明の第四の実施形態に関わる摺動部品の製造工程を説明するための工程図であり、同図(a)は摺動面の凹部形成後の状態を、同図(b)は凹部の表面に微細な凹凸を形成する途中の状態を、同図(c)は摺動面の保護膜を取り除いた状態を表す。
【0052】
図8(a)において、摺動部材23の摺動面24に凹部25を形成する。摺動部材23には実施例2で説明したのと同様の材料を用い、凹部25も実施例2で説明したのと同様の方式で形成する。
【0053】
図8(b)において、摺動面24に保護膜26を形成した後、サンドブラスト等により粒子27を凹部25の表面に衝突させて、凹部25の表面に微細凹凸を形成する。保護膜27は凹部25に対応する位置は開口しており、凹部25の表面に微細凹凸を形成する際に、摺動面24が加工されないように作用する。保護膜26には熱硬化性樹脂や光硬化性樹脂等のフォトレジスト等を用いる。粒子27は凹部25の表面に微細凹凸を形成するものであり、凹部25の開口幅に比べて十分小さい必要があり、平均粒径が1μm以下のSiCやAL等の粒子を用いるのが好ましい。
【0054】
図8(c)は、図8(b)において摺動面24に形成された保護膜26を除去した後の状態である。凹部25の表面に微細凹凸28が形成されている。凹部25の表面に微細凹凸28が設けられたことで、凹部25の表面積が大きくなり、潤滑油が凹部表面の微細凹凸の凹みに入りこむことで、微細凹凸が無い凹部に比べて潤滑油の保持性が向上できる。
【0055】
これにより、潤滑保持性の良好な凹部を摺動面に備えることで、これまで述べてきた実施例と同様の効果が得られ、焼きつきの抑制と摩耗粉の噛みこみによる摺動面の摩耗を抑制することが可能となる。
【0056】
本実施の形態で得られる摺動部品としては、例えば圧縮機や油圧ポンプや油圧モータ等に代表される油圧機器等に適用可能である。
【0057】
図9は本発明の摺動部品の一例であるスクロール圧縮機の旋回スクロール部品の概略図である。旋回スクロール部品29は鏡板面30と渦巻き状のラップ31と、その端部の刃先面32から構成される。ハッチングで示した刃先面32が摺動面であり、ここに本発明の実施形態に基づいて凹部を有する構造を付与することで、摺動面の焼付き抑制と耐摩耗性が向上し長期安定性を有するスクロール圧縮機を提供することができる。
【0058】
ここで、スクロール圧縮機について説明する。
【0059】
スクロール圧縮機は、一対の同一の渦巻き形状の摺動部品を、一方を固定し、他方を旋回運動(相対的には揺動運動)させることにより、圧縮室の体積を小さくしていき圧縮するものである。すなわち、上記の固定されたスクロール(固定スクロール)の外側の吸込み口より空気を吸入し、圧縮空間に封じ込めた空気を旋回運動に伴なう圧縮室の縮小により、渦の中心に向かって圧縮されていく。圧縮空気は渦巻きの中心で最小となり、空気は最高に圧縮されて中心部にある吐出口より外部へ吐き出される。この吸込み、圧縮、吐き出しの工程を連続的に繰り返して圧縮空気を製造している。
【0060】
上記の固定スクロールと旋回スクロールは、摺動面を対向させて高速で旋回しており、本発明の構成により摺動面の焼付き抑制と耐摩耗性が向上が図れる。
【0061】
図10は、本発明の摺動部品を構成部材として有する一例である油圧機器の断面図である。ポンプケーシング33は本体ケーシング33aとフロントケーシング33bとから構成され、本体ケーシング33aはフロントケーシング33bに接合して固定されている。シリンダブロック34の中心を貫通して連結した回転軸35が設けられ、回転軸35は本体ケーシング33aおよびフロントケーシング33bに、それぞれ軸受け36、37により回転自在に支持されている。また、回転軸35にはカップリング部材38が連結されており、このカップリング部材38には、エンジンの出力軸等が連結される。
【0062】
斜板39は本体ケーシング33aに設けた傾転角制御部材40によって、回転軸35に対する斜板39の傾斜角度を制御することにより、油圧ポンプの塗出容量が決定される。斜板39には所定数のシュー41が装着されており、これら各シュー41には球面継手を介してそれぞれピストン42が連結している。ピストン42はシリンダブロック34に形成されたシリンダ穴43に往復稼動できるように挿入されている。シリンダブロック34には奇数個の例えば5個や7個のシリンダ穴43が設けられており、各シリンダ穴43にそれぞれピストン42が挿入されている。
【0063】
シリンダブロック34と本体ケーシング33aとの間には弁板44が介装されている。弁板44には、本体ケーシング33aに設けた吸い込み流路45および吐出流路46に連通する吸い込みポート47と吐出ポート48とが設けられている。
【0064】
駆動手段(図示しない)により回転軸35を回転駆動すると、この回転軸35に連結したシリンダブロック34が回転駆動される。シリンダブロック34が回転することにより、各シリンダ穴43に挿入したピストン42が回転軸35の軸回りに回転駆動されることになり、この時にピストン42に連結したシュー41が斜板39の表面上を摺動する。ここで、斜板39が回転軸35に対して傾斜していると、この傾斜角に応じてピストン42がシリンダ穴43内で上下運動して、油の吸い込みと吐出が繰り返されてポンプとして作用する。
【0065】
シュー41の斜板39に対向する面49が摺動面である。ここに本発明の実施形態に基づいて凹部を有する構造を付与することで、長期安定性を有する油圧ポンプを提供することができる。
【符号の説明】
【0066】
1‥第一の摺動部材、 2‥第一の摺動部材の摺動面、 3‥第二の摺動部材
4‥第二の摺動部材の摺動面、 5‥潤滑油、 6‥凹部
7‥親油性物質、 8‥摺動部材、 9‥黒鉛からなる親油性物質
10‥摺動面、 11‥砥粒、 12‥研磨液
13‥定盤、 14‥凹部、 15‥摺動部材
16‥摺動面、 17‥凹部、 18‥親油性物質
19‥摺動部材、 20‥摺動面、 21‥凹部
22‥親油性物質、 23‥摺動部材、 24‥摺動面
25‥凹部、 26‥保護膜、 27‥粒子
28‥微細凹凸、 29‥旋回スクロール部品、 30‥鏡板面
31‥ラップ、 32‥刃先面、 33‥ポンプケーシング
33a‥本体ケーシング、 33b‥フロントケーシング
34‥シリンダブロック、 35‥回転軸、 36‥軸受け
37‥軸受け、 38‥カップリング部材、 39‥斜板
40‥傾転角制御部、 41‥シュー、 42‥ピストン
43‥シリンダ穴、 44‥弁板、 45‥吸い込み流路
46‥吐出流路、 47‥吸い込みポート、 48‥吐出ポート
49‥シューの斜板に対向する面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いの平面を突き合わせて摺動させる一対の摺動面を備えた摺動部品であって、
少なくとも一方の摺動面に凹部が形成され、該凹部の内面を覆うように親油性物質が形成されていることを特徴とする摺動部品。
【請求項2】
請求項1記載の摺動部品において、
前記親油性物質は炭素原子含有の無機物であることを特徴とする摺動部品。
【請求項3】
請求項2記載の摺動部品において、
前記炭素含有の無機物は黒鉛、ダイヤモンドライクカーボン、カーボンナノチューブのいずれからなることを特徴とする摺動部品。
【請求項4】
請求項1記載の摺動部品において、
前記凹部の内面を覆うように親油性物質表面が前記摺動面の表面に対して5μm以上凹んでいることを特徴とする摺動部品。
【請求項5】
請求項1記載の摺動部品において、
前記一対の摺動面が圧縮機の摺動部品の摺動面であることを特徴とする摺動部品。
【請求項6】
請求項1記載の摺動部品において、
前記一対の摺動面が油圧機器の摺動部品の摺動面であることを特徴とする摺動部品。
【請求項7】
互いの平面を突き合わせて摺動させる一対の摺動面を備えた摺動部品の製造方法であって、
前記一対の摺動面のうち少なくとも一方の摺動面を、親油性物質を内在させた鋳鉄の表面を遊離砥粒を用いて研磨することにより形成することを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項8】
請求項7記載の摺動部品の製造方法において、
前記親油性物質が炭素原子含有の無機物であることを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項9】
請求項8記載の摺動部品の製造方法において、
前炭素原子含有の無機物が黒鉛からなることを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項10】
請求項7記載の摺動部品の製造方法において、
前記遊離砥粒の平均粒径が30μm以上であることを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項11】
互いの平面を突き合わせて摺動させる一対の摺動面を備えた摺動部品の製造方法であって、
前記一対の摺動面のうち少なくとも一方の摺動面を、摺動部材の表面に凹部を形成し、該凹部の内面を覆うように親油性物質を堆積することで形成することを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項12】
請求項11記載の摺動部品の製造方法において、
前記親油性物質が炭素原子含有の無機物であることを特徴とする摺動部品の製造方法。
【請求項13】
請求項12記載の摺動部品の製造方法において、
前記炭素含有の無機物が黒鉛、ダイヤモンドライクカーボン、カーボンナノチューブのいずれからなることを特徴とする摺動部品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−197900(P2012−197900A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−63342(P2011−63342)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】