説明

摺動部材

【課題】 樹脂層に固体潤滑剤を多く添加しながらも、樹脂層の強度を低下させることなく、耐焼付性を維持した摺動部材を提供する。
【解決手段】 樹脂バインダーと総量で40〜60体積%の固体潤滑剤とからなる樹脂層12が軸受合金層11表面に設けられたクロスヘッド軸受6において、固体潤滑剤である黒鉛と二硫化モリブデンの平均粒径の比、添加量の比、固体潤滑剤の総表面積を示すパラメータが所定の関係を満たすことにより、樹脂層に固体潤滑剤を多く添加しながらも、樹脂層の強度を低下させることなく、耐焼付性を維持することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用軸受、特に2ストロークディーゼル機関のクロスヘッド軸受として最適使用し得る摺動部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関用軸受のうち、クランクシャフトを保持する主軸受やコネクティングロッド大端部のクランクピン軸受等の摺動部材については、軸受の摺動面に対し軸が連続的に一方向に回転するため、軸受の摺動面と軸の間に油膜が形成され、いわゆる流体潤滑の摺動状態となる。そのため、軸受の摺動面と回転する軸表面との接触が起き難く、摺動面に掛かる力(剪断応力)も小さい。
【0003】
一方、船用エンジンのクロスヘッド軸受については、摺動面と軸が相対的に揺動運動を行うため、軸と摺動面の相対すべり速度がゼロとなる瞬間が周期的におとずれる。そのため、軸と摺動面との間に油膜が形成され難い。特に、軸と摺動面の相対的な摺動方向が切り替わるときには、軸と摺動面が直接、接触しながら摺動するため、摺動面に掛かる力(剪断応力)が大きい。そのため、舶用エンジンのクロスヘッド軸受には、軸との接触時の摩擦を低減でき、容易に破壊しない摺動部材が必要となっている。
【0004】
従来、この種のクロスヘッド軸受には、鋼裏金上にアルミニウム系軸受合金を圧着させた軸受表面上にNiめっき層を電気めっきし、さらに鉛系オーバレイを20μm程度電気めっきした軸受が使用されている。この鉛系オーバレイは、軟質のためなじみ性が高く、油膜を形成しやすいため、クロスヘッド軸受には広く使用されているが、軸と摺動面との接触により塑性流動を起こして焼付きが発生したり、摩耗によりNiめっき層が露出して焼付きが発生するという問題があった。また、環境負荷物質である鉛を使用しているなど、環境面においても問題があった。
【0005】
また、従来のクロスヘッド軸受として、上記した鉛系オーバレイの問題を解消するべく、樹脂バインダーと固体潤滑剤からなる樹脂層が提案されている。例えば、特開平7−238936号公報(特許文献1)には、アルミニウム軸受合金上の表面に2〜10μmの樹脂コーティング層を施しており、この樹脂層に55〜98重量%の固体潤滑剤を含有させることにより、すべり軸受の摺動性能の向上が図られている。また、特開平9−125176号公報(特許文献2)には、Cu−Ag−Sn系の軸受合金層を形成することにより、すべり軸受の耐焼付性の向上が図られており、この軸受合金層上に厚さ1〜25μmの軟質金属又は樹脂層をオーバレイとして形成することにより、軸とのなじみ性の向上が図られている。更に、特開2006−308099号公報(特許文献3)には、軸受金属層の上部に1〜40μmの樹脂層を設けており、この樹脂層に固体潤滑剤として15〜25体積%の二硫化モリブデンや5〜15体積%のグラファイトを含有させることにより、耐摩耗性、キャビテーションに対する耐性、耐腐食性の改善が図られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−238936号公報
【特許文献2】特開平9−125176号公報
【特許文献3】特開2006−308099号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、アルミニウム軸受合金上の表面に2〜10μmの樹脂層を施しているが、樹脂層の摺動特性を高めるため、樹脂層に55〜98重量%と非常に多くの固体潤滑剤を含有させている。この場合には、焼成時において、固体潤滑剤がほとんど収縮することなく相対的に樹脂バインダーが大きく収縮するため、樹脂層の表面に凹凸ができやすくなる(表面粗さが粗くなる)。また、樹脂バインダー体積に対する固体潤滑剤の体積の割合が多くなると、固体潤滑剤の粒同士が接触する確率が高くなるため、その間に樹脂バインダーを十分に充填することができず、その結果樹脂層の強度が低下する。内燃機関のクランク軸の軸受のように摺動面に対して軸が連続的に一方向に回転する用途の軸受では、摺動面と軸との間には常に油膜が形成される。このため、摺動面と軸との接触頻度が低く、摺動面にかかる力(剪断力)が小さいので、表面が凹凸状であったり、強度が低い樹脂層を用いても使用上問題はない。しかし、クロスヘッド軸受のように、摺動面と軸との接触が起きやすく、摺動面に大きな剪断力がかかる用途の軸受にそのような樹脂層を用いると、樹脂層に焼付きや破壊が発生する。
【0008】
また、特許文献2では、Cu−Ag−Sn系の軸受合金層上に厚さ1〜25μmの軟質金属又は樹脂層をオーバレイとして形成しているが、その軸受合金層が摺動特性に優れているため、オーバレイは軸とのなじみを取るのに必要な厚さがあればよいと記述されているように、オーバレイは摩耗することが前提となっている。しかし、クロスヘッド軸受のような軸と摺動面の接触が頻繁に発生する軸受では、オーバレイが摩滅すると焼付きが発生する。
【0009】
また、特許文献3では、樹脂層に固体潤滑剤として二硫化モリブデンや黒鉛を含有させているが、その固体潤滑剤の割合が40(体積)%を下限とするため、摺動面に存在する固体潤滑剤の量が少なく、軸と固体の接触時の摩擦係数が高い。そのため、クロスヘッド軸受のような軸との接触が頻繁に発生する軸受では、樹脂層の焼付きが発生する。また、固体潤滑剤のうち二硫化モリブデンは10〜40μmの平均幅、5〜15nmの平均高さを有する非常に薄い扁平状であり、扁平面が摺動面に対して平行に存在するため、軸との接触による剪断力で二硫化モリブデンが容易に破壊され、その結果樹脂層の強度が低下する。
【0010】
以上のことから、クロスヘッド軸受のような軸との接触が頻繁に発生する軸受おいて、樹脂層の耐焼付性を確保するには固体潤滑剤を多く添加しなければならず、樹脂層の強度を確保するためには固体潤滑剤を少なく添加しなければならないという、相反する特性が必要とされていた。本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、樹脂層に固体潤滑剤を多く添加しながらも、樹脂層の強度を低下させることなく、耐焼付性を維持した摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明においては、樹脂バインダーと総量で40〜60体積%の固体潤滑剤からなる樹脂層が基材表面に設けられた摺動部材において、
前記固体潤滑剤が黒鉛と二硫化モリブデンとからなり、
(イ)黒鉛の平均粒径Xgと二硫化モリブデンの平均粒径Xmとの平均粒径の比が2≦Xg/Xm≦10
(ロ)黒鉛の添加量Vg(体積%)と二硫化モリブデンの添加量Vm(体積%)との添加量の比が0.2≦Vg/Vm≦2
(ハ)固体潤滑剤の総表面積を示すパラメータがVg/Xg+Vm/Xm≦0.55
上記(イ)〜(ハ)の関係となることを特徴とする。
【0012】
請求項2に係る発明においては、請求項1記載の摺動部材において、樹脂バインダーがポリアミドイミド樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、又はポリイミド樹脂のいずれか1種以上からなることを特徴とする。
【0013】
請求項3に係る発明においては、請求項1記載又は請求項2記載の摺動部材において、黒鉛の平均粒径Xgが2〜8μmであることを特徴とする。
【0014】
請求項4に係る発明においては、請求項3記載の摺動部材において、黒鉛の平均粒径Xgが樹脂層の厚さの45%以下であることを特徴とする。
【0015】
請求項5に係る発明においては、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材において、樹脂バインダーの総量に対し、ポリエーテルサルホン、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド、又はポリテトラフルオロエチレンのいずれか1種以上を20体積%以下添加することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
請求項1に係る発明においては、樹脂バインダーと40〜60体積%の固体潤滑剤からなる樹脂層でありながらも、固体潤滑剤が黒鉛と二硫化モリブデンとからなり、請求項1記載の(イ)〜(ハ)の関係を満たすことにより、樹脂層の強度を低下させることなく、耐焼付性を維持することができる。これに対し、固体潤滑剤の総量が40体積%以下であると、軸との接触時の摩擦係数が高くなり、樹脂層の焼付きが発生する。また、固体潤滑剤の総量が60体積%を超えると、固体潤滑剤に対して樹脂バインダーの割合が少なくなり、十分に固体潤滑剤を保持できず、樹脂層の強度が低下する。
【0017】
また、請求項1記載の(イ)に示すように、黒鉛の平均粒径Xgと二硫化モリブデンの平均粒径Xmとの平均粒径の比については、2≦Xg/Xm≦10の範囲としている。図4に示すように、樹脂バインダー21に平均粒径の小さい固体潤滑剤22のみを分散させた場合(図4(A))、又は樹脂バインダー21に平均粒径の大きい固体潤滑剤23のみを分散させた場合(図4(B))には、固体潤滑剤の間に相対的に大きな空間が存在し、固体潤滑剤の見かけ上の体積が大きくなる。一方、樹脂バインダー21に平均粒径の小さい固体潤滑剤22と大きい固体潤滑剤23を分散させた場合(図4(C))には、大きい固体潤滑剤23の間の空間に小さい固体潤滑剤22が入り込み、固体潤滑剤の見かけ上の体積が小さくなる。このため、固体潤滑剤として平均粒径の小さい二硫化モリブデンと平均粒径の大きい黒鉛を多く添加しても、焼成時において樹脂バインダーと固体潤滑剤の収縮差による樹脂層表面での凹凸が小さくなり、また、固体潤滑剤同士の接触が防止され、樹脂層の強度の低下を防止することができる。なお、固体潤滑剤の形状は、図4に示す球形に限られず、楕円、その他不規則形状のものも含む。
【0018】
これに対し、平均粒径の比が2未満であって、平均粒径の大きさに差がない場合、固体潤滑剤のうち平均粒径の小さい二硫化モリブデンが平均粒径の大きい黒鉛の間の空間に十分に入り込めず、固体潤滑剤の見かけ上の体積が小さくならない。また、平均粒径の比が10を超えて、平均粒径の大きさに差がある場合、固体潤滑剤のうち平均粒径の小さい二硫化モリブデンが平均粒径の大きい黒鉛に対して小さくなり過ぎるため、固体潤滑剤の見かけ上の体積が大きくなり、その間に樹脂バインダーが十分に入り込めず、樹脂層の強度が低下する。
【0019】
また、本発明では、固体潤滑剤として平均粒径の大きな黒鉛と平均粒径の小さな二硫化モリブデンとを使用することにより、樹脂層の強度を高めることができるが、そのメカニズムは以下のように推定される。まず、一般的に固体潤滑剤として市販される二硫化モリブデン及び黒鉛は粉砕粉である。二硫化モリブデンは扁平状粒子の形状をしており、扁平面に対して平行方向にへき開面が多く存在した層状の組織となっている。一方、黒鉛は塊状粒子であり、粒子の表面でのへき開面の方向性が見られない。このため、二硫化モリブデン及び黒鉛の粉末において、二硫化モリブデン粒子は、扁平面に対し平行方向にへき開しやすいという強度の方向性があるのに対し、黒鉛の粒子には強度の方向性が見られないため、二硫化モリブデンと比べて相対的に強度が強いと考えられる。つまり、二硫化モリブデンは、軸との接触により摺動面に剪断力がかかることにより、容易に破壊されやすい。
【0020】
しかしながら、平均粒径の小さな二硫化モリブデンを使用することにより、剪断力を分散させて、一つの二硫化モリブデンの粒子にかかる剪断力が小さくなるため、その破壊を抑制することができる。また、同時に樹脂バインダー内にも剪断力がかかるが、固体潤滑剤として平均粒径の大きい黒鉛を分散させることにより、樹脂バインダー内の剪断力を各々の強度の高い黒鉛粒子で止めることができる。以上のことから、固体潤滑剤として平均粒径の大きな黒鉛と平均粒径の小さな二硫化モリブデンとを分散させることにより、樹脂層に固体潤滑剤を多く添加しながらも、樹脂層の強度が非常に高い状態で保たれていると考えられる。
【0021】
また、請求項1記載の(ロ)に示すように、黒鉛の添加量Vg(体積%)と二硫化モリブデンの添加量Vm(体積%)との添加量の比(体積比)については、0.2≦Vg/Vm≦2の範囲とすることにより、樹脂層の強度を低下させることなく、耐焼付性を維持することができる。ここで、二硫化モリブデンは、摺動面に剪断力がかるとへき開面が摺動面に対して平行に配向し、層状のへき開面が剪断されるため、摺動特性が高い。一方、黒鉛は、へき開面に方向性がないため、二硫化モリブデンよりも若干摺動特性が劣るが、摺動面に剪断力がかかっても剪断され難い。したがって、樹脂層の強度を高めるためには多くの黒鉛を添加したほうがよいのに対し、摺動特性を高めるためには多くの二硫化モリブデンを添加したほうがよく、添加量のバランスを図ることが重要である。これに対し、添加量の比が0.2未満であると、黒鉛の添加量が少なくなり過ぎるため、樹脂層の強度の向上に効果が見られない。また、添加量の比が2を超えると、黒鉛の添加量が多くなり過ぎるため、軸との接触時の摩擦係数が高くなり、樹脂層に焼付きが発生する。
【0022】
また、請求項1記載の(ハ)に示すように、固体潤滑剤の総表面積を示すパラメータについては、Vg/Xg+Vm/Xm≦0.55の範囲とすることにより、樹脂層中の固体潤滑剤の総表面積が大きくなり過ぎず、樹脂層の強度の低下を防止することができる。これに対し、固体潤滑剤の総表面積を示すパラメータが0.55を超えると、固体潤滑剤の総表面積が大きくなり、樹脂層の強度が低下する。これは、固体潤滑剤と樹脂バインダーとがファンデルワールス力で結合されており、固体潤滑剤と樹脂バインダーの密着力が強固ではないためである。さらに固体潤滑剤の総表面積が大きくなると、固体潤滑剤粒子同士が接触し、その間に樹脂バインダーが十分に入り込むことができなくなるため、樹脂層の強度の低下が著しくなる。
【0023】
また、請求項2に係る発明のように、樹脂バインダーはポリアミドイミド樹脂(以下、「PAI樹脂」という。)、ポリベンゾイミダゾール樹脂(以下、「PBI樹脂」という。)、又はポリイミド樹脂(以下、「PI樹脂」という。)のいずれか1種以上からなることが好ましい。これらの樹脂は耐熱性に優れており、摺動部材における樹脂バインダーに適している。
【0024】
また、請求項3に係る発明のように、黒鉛の平均粒径Xgは2〜8μmであることが好ましい。黒鉛の平均粒径Xgが2μm未満であると、粒径が小さくなり過ぎるため、樹脂層の強度の向上に効果が見られない。また、黒鉛の平均粒径Xgが8μmを超えると、樹脂層の表面粗さが粗くなるため、樹脂層の耐焼付性が低下する。
【0025】
また、請求項4に係る発明のように、黒鉛の平均粒径Xgは樹脂層の厚さの45%以下であることが好ましい。樹脂層の厚さが薄い場合、黒鉛の平均粒径Xgが膜厚の45%を超えると、樹脂層の表面粗さが粗くなるため、樹脂層の耐焼付性が低下する。
【0026】
また、請求項5に係る発明のように、樹脂バインダーの総量に対し、ポリエーテルサルホン、ポリアミド(以下、「PA樹脂」という。)、ポリフェニレンサルファイド、又はポリテトラフルオロエチレン(以下、「PTFE樹脂」という。)のいずれか1種以上を20体積%以下添加することが好ましい。これらの樹脂を樹脂バインダー中に添加することにより、樹脂バインダーの硬さが低くなり、樹脂層のなじみ性を高めることができる。樹脂バインダーの総量に対し添加量が20体積%を超えると、樹脂バインダーの硬さが低くなり過ぎるため、樹脂層の強度が低下する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】クロスヘッド機構を示す概略図である。
【図2】揺動試験の概略構成図である。
【図3】本発明の実施例を示すクロスヘッド軸受の断面の模式図である。
【図4】樹脂バインダーに小さい固体潤滑剤を分散させた場合(A)、樹脂バインダーに大きい固体潤滑剤を分散させた場合(B)、樹脂バインダーに小さい固体潤滑剤と大きい固体潤滑剤を分散させた場合(C)を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。図1は、船用エンジンの1つのピストン3に対応するクロスヘッド機構1を示す概略図である。
【0029】
図1において、船用エンジンのクロスヘッド機構1は、シリンダ2内を摺動するピストン3のピストンロッド4の下端に固定される軸5を揺動自在に軸支するものであり、軸5と摺動する軸受面に摺動層が形成されるクロスヘッド軸受6とこれを介挿する軸受ハウジング7を有している。そして、クロスヘッド機構1は、その下端がクランク軸9に回転自在に軸支されるコネクティングロッド8の上端に形成されている。
【0030】
上記のように構成される船用エンジンにおいては、ピストン3の上下運動をコネクティングロッド8を介してクランク軸9の回転運動に変換するようになっている。このとき、クロスヘッド機構1においては、軸受ハウジング7に固定されるクロスヘッド軸受6に対しコネクティングロッド8の揺動運動が作用するため、軸受面に油膜の形成が難しく、軸5と摺動面が接触を起こしやすい。そこで、このような軸5との接触が頻繁に発生するクロスヘッド軸受6では、樹脂層の強度を確保すると共に、耐焼付性を確保する必要がある。
【0031】
図3にクロスヘッド軸受6の断面の模式図を示す。クロスヘッド軸受6は、裏金となる鋼板13上に接合されたアルミニウム系軸受合金層11の表面に、摺動面となる樹脂層12を設けた構成である。本実施形態において、樹脂層12は、PAI樹脂、PBI樹脂、PA樹脂等の耐熱性樹脂を主成分とし、固体潤滑剤として平均粒径が1〜7μmの黒鉛と平均粒径が0.5〜3μmの二硫化モリブデンを総量で40〜60体積%含有する樹脂層である。なお、固体潤滑剤の平均粒径は、予めレーザー回折法にて粒度分布を測定した。
【0032】
次に、本実施形態に係る樹脂層12を設けた実施例品と比較例品について、揺動試験を実施した。揺動試験の実施例品及び比較例品は、裏金となる鋼板13上にアルミニウム系軸受合金層11を接合した平板を外径110mm、幅40mm、肉厚5mmの半割軸受に加工後、脱脂処理を行い、軸受合金層11の表面をブラスト加工により粗面化する。さらに洗浄、乾燥後、表1の実施例1〜10及び比較例1〜10に示す組成物を有機溶剤(N−メチル−2ピロリドン)で希釈した組成物を上記した軸受合金層11表面に、エアースプレーで吹付け塗布した。その後、有機溶剤を乾燥除去し、180℃で60分焼成する。ここで、樹脂層12の厚さは20μmとした。
【0033】
また、比較例11については、上記の半割軸受の軸受合金層11の表面に電気めっきにてNiめっきを3μm施した後、Pb−Sn−Cu系オーバレイを電気めっきにて20μm施した。
【0034】
揺動試験は、図2に示す揺動試験機30にて実施した。この揺動試験機30は、てこクランク機構(図示しない)により、回転する軸と試験軸31を連接棒で連接し試験軸31を揺動運動させる。また、試験軸31の上方には、試験軸31と当接する支持軸受33を有する支持軸受ハウジング32が配置され、その支持軸受ハウジング32を介して油圧ポンプ(図示しない)によって変動荷重が与えられる。また、試験軸31の下方には、本実施形態にかかる樹脂層12を有する試験軸受34が支持台35に固定されるようになっている。上記した支持軸受33及び試験軸受34には、給油通路36を介して潤滑油が供給されるようになっている。
【0035】
上記した揺動試験機30にて、各規定荷重で1時間の試験を行い、樹脂層12の破断状況を目視で確認した。これらの試験結果を表1に示す。なお、軸受試験機30における試験条件は、表2に示す通りである。すなわち、試験軸受34の強度及び耐焼付性を評価する負荷限界試験は、軸材料としてS45Cからなりその軸粗さが最大軸粗さ平均0.8μmの試験軸31の揺動速度を300cpm、揺動角を±20°に各々設定した後、軸受面圧のサイクル最大値Pwmaxを段階的に増大させ、軸受寸法「直径100mm×長さ40mm×厚さ5mm」の試験軸受34に剥離や焼付きが発生しない限界軸受面圧を求める方法で実施した。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
表1に示すように、実施例1〜4については、同一の平均粒径の固体潤滑剤を使用し、黒鉛及び二硫化モリブデンの添加量を変化させているが、請求項1規定の計算式(イ)〜(ハ)の関係を満たすことにより、いずれも剥離しない最高面圧が90MPaを超えて良好な結果が得られた。
【0039】
また、実施例5,6については、黒鉛を15体積%、二硫化モリブデンを30体積%添加しており、二硫化モリブデンの平均粒径を変化させている。いずれも剥離しない最高面圧が80MPaを超えて良好な結果である。
【0040】
また、実施例3,7,8については、黒鉛を20体積%、二硫化モリブデンを30体積%添加しており、黒鉛及び二硫化モリブデンの平均粒径を変化させている。請求項1規定の計算式(イ)の範囲内であれば、いずれも剥離しない最高面圧が100MPaと良好な結果が得られた。
【0041】
また、実施例9については、実施例8のPAI樹脂の代わりに、一部PA樹脂を使用しているが、剥離しない最高面圧が90MPaと良好な結果である。
【0042】
また、実施例10については、実施例3に対し、強度の高い黒鉛の割合を高めたため、さらに剥離しない最高面圧が高められる結果が得られた。
【0043】
また、比較例1については、実施例6に比べて、いずれも黒鉛を15体積%添加すると共に、黒鉛の平均粒径3.5μm、二硫化モリブデンの平均粒径0.5μmを使用し、二硫化モリブデンの添加量を変化させている。実施例6は良好な結果であるのに対し、二硫化モリブデンを30体積%添加した比較例1は、請求項1規定の計算式(ハ)の範囲を超えるため、50MPaで剥離が発生した。
【0044】
また、比較例2については、実施例10に比べて、いずれも黒鉛を30体積%、二硫化モリブデンを20体積%添加するが、二硫化モリブデンのほうが黒鉛よりも平均粒径が大きい。実施例10は良好な結果であるのに対し、比較例2は請求項1規定の計算式(イ)の範囲から外れるため、剥離しない最高面圧が50MPaと低い結果となった。
【0045】
また、比較例3については、実施例3に比べて、いずれも黒鉛を20体積%、二硫化モリブデンを30体積%添加すると共に、黒鉛の平均粒径3.5μmを使用し、二硫化モリブデンの平均粒径を変化させている。実施例3は良好な結果であるのに対し、二硫化モリブデンの平均粒径が3μmのものを添加した比較例3は、請求項1規定の計算式(イ)の範囲から外れるため、剥離しない最高面圧が50MPaと低い結果となった。
【0046】
また、比較例4については、平均粒径が一種の二硫化モリブデンを45体積%添加したものであるが、固体潤滑剤の見かけ上の体積が高く、焼成時に樹脂層の表面が凹凸状となったため、50MPaで剥離が発生した。
【0047】
また、比較例5については、実施例1に比べて、いずれも同一平均粒径の固体潤滑剤を使用すると共に、黒鉛を15体積%添加しているが、二硫化モリブデンの添加量を変化させている。実施例1は良好な結果であるのに対し、二硫化モリブデンを20体積%添加した比較例5は、固体潤滑剤の総量が40〜60体積%の範囲から外れるため、50MPaで焼付きが発生した。
【0048】
また、比較例6については、平均粒径の異なる二硫化モリブデンを使用しているが、黒鉛を添加しないために樹脂層の強度の向上に効果がなく、剥離しない最高面圧が60MPaと低い結果となった。
【0049】
また、比較例7については、実施例4に比べて、いずれも同一の平均粒径の固体潤滑剤を使用しているが、二硫化モリブデンを多く添加し、黒鉛との総量で60体積%を超えている。実施例4は良好な結果であるのに対し、二硫化モリブデンを40体積%添加した比較例7は、固体潤滑剤の総量が40〜60体積%の範囲から外れるため、剥離しない最高面圧が50MPaと低い結果となった。
【0050】
また、比較例8,9については、黒鉛の添加量と二硫化モリブデンの添加量との添加量の比(体積比)が、請求項1規定の計算式(ロ)の範囲から外れている。比較例8は、黒鉛の添加量が5体積%と少な過ぎるため、樹脂層の強度が低下し、剥離しない最高面圧が60MPaと低い結果となった。比較例9は、二硫化モリブデンの添加量が10体積%と少な過ぎるため、摺動特性が不十分となり、50MPaで焼付きが発生した。
【0051】
また、比較例10については、実施例6に比べて、いずれも黒鉛を15体積%、二硫化モリブデンを25体積%添加するが、比較例10は請求項1規定の計算式(イ)の範囲から外れるため、50MPaで剥離した。
【0052】
また、比較例11は、従来のPb系オーバレイを使用しているが、軸との接触により摩滅して下地のNi層が露出し、50MPaで焼付きが発生した。
【0053】
以上の説明から明らかなように、本実施形態の各実施例1〜10によれば、樹脂バインダーと総量で40〜60体積%の固体潤滑剤からなる樹脂層12が軸受合金層11表面に設けられたクロスヘッド軸受6において、
前記固体潤滑剤は黒鉛と二硫化モリブデンからなり、
(イ)黒鉛の平均粒径Xgと二硫化モリブデンの平均粒径Xmとの平均粒径の比が2≦Xg/Xm≦10
(ロ)黒鉛の添加量Vg(体積%)と二硫化モリブデンの添加量Vm(体積%)との添加量の比が0.2≦Vg/Vm≦2
(ハ)固体潤滑剤の総表面積を示すパラメータがVg/Xg+Vm/Xm≦0.55
上記(イ)〜(ハ)の関係を満たすことにより、いずれも剥離しない最高面圧が80MPaを超える良好な結果が得られ、樹脂層の強度を低下させることなく、樹脂層の耐焼付性を維持することができる、という優れた効果を奏する。
【0054】
なお、本実施形態の各実施例1〜12では、樹脂バインダーにPAI樹脂又はPBI樹脂を使用しているが、例えば、PI樹脂等の耐熱性樹脂を使用してもよい。また、本実施形態の実施例9では、樹脂バインダーの一部としてPA樹脂を添加しているが、例えば、ポリエーテルサルホンやポリフェニレンサルファイドやポリテトラフルオロエチレン等の熱可塑性樹脂を添加することによっても、樹脂バインダーの硬さを低くし、樹脂層のなじみ性を高めることができる。ただし、熱可塑性樹脂は、樹脂バインダーに多く添加し過ぎると、樹脂バインダーの硬さが低くなり、樹脂層の強度が低下するため、添加量が20体積%以下であることが好ましい。
【0055】
また、樹脂層12の膜厚は、10〜40μmであることが望ましい。樹脂層12の層厚が10μm未満であると、初期摩耗により樹脂層12が摩滅してしまう場合がある。また、樹脂層12の層厚が40μmを超えると、製造コストが高くなるだけでなく、樹脂層と軸との熱膨張差による軸受クリアランス変化が大きくなる。
【0056】
また、二硫化モリブデンの平均粒径は、0.5μm以上であることが望ましい。二硫化モリブデンの平均粒径が0.5μm未満であると、樹脂層中の固体潤滑剤の総表面積が大きくなるため、樹脂層の強度が低下する。また、本実施形態の各実施例1〜10によれば、実施例6における平均粒径0.5μmと小さい二硫化モリブデンを使用するよりも、その他の実施例における平均粒径0.7μm以上の二硫化モリブデンを使用したほうが良好な結果が得られたことから、望ましくは、二硫化モリブデンの平均粒径が0.7μm以上である。
【0057】
本発明は上記し且つ図面に示した実施例にのみ限定されるものではなく、次のように変形又は拡張できる。基材である軸受合金層の表面を粗面化する方法としては、ブラスト加工に限らず、エッチング、溶射、化成処理等でも良い。また、樹脂表面層の塗布方法は、エアースプレー法に限らず、パッド印刷法、スクリーン印刷法、ロールコート法等でも良い。また、基材については軸受合金に限定されず、各種基材を用いることができる。また、本願の樹脂層には、耐摩耗性を高めるために硬質粒子等を添加することもできる。また、本発明の摺動部材は、船用内燃機関のクロスヘッド軸受に限定されず、他の内燃機関また内燃機関以外の各種用途の摺動部材に用いることができる。
【符号の説明】
【0058】
1 クロスヘッド機構
4 ピストンロッド
5 軸
6 クロスヘッド軸受
8 コネクティングロッド
11 軸受合金層
12 樹脂層
13 裏金
21 樹脂バインダー
22,23 固体潤滑剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂バインダーと総量で40〜60体積%の固体潤滑剤とからなる樹脂層が基材表面に設けられた摺動部材において、
前記固体潤滑剤が黒鉛と二硫化モリブデンからなり、
(イ)前記黒鉛の平均粒径Xgと前記二硫化モリブデンの平均粒径Xmとの平均粒径の比が2≦Xg/Xm≦10
(ロ)黒鉛の添加量Vg(体積%)と二硫化モリブデンの添加量Vm(体積%)との添加量の比が0.2≦Vg/Vm≦2
(ハ)前記固体潤滑剤の総表面積を示すパラメータがVg/Xg+Vm/Xm≦0.55
上記(イ)〜(ハ)の関係となることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記樹脂バインダーがポリアミドイミド樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、又はポリイミド樹脂のいずれか1種以上からなることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記黒鉛の平均粒径Xgが2〜8μmであることを特徴とする請求項1記載又は請求項2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記黒鉛の平均粒径Xgが前記樹脂層の厚さの45%以下であることを特徴とする請求項3記載の摺動部材。
【請求項5】
前記樹脂バインダーの総量に対し、ポリエーテルサルホン、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド、又はポリテトラフルオロエチレンのいずれか1種以上を20体積%以下添加することを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−196813(P2010−196813A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−42743(P2009−42743)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】