説明

摺動部材

【課題】ポリエーテルエーテルケトンを含む樹脂層を備え、高温条件下において摺動特性に優れる摺動部材を提供する。
【解決手段】摺動部材11を、基部12と、基部12上に設けられた多孔質層13と、多孔質層13に含浸し且つ前記多孔質層を被覆し、ポリエーテルエーテルケトンを含む樹脂層14とを備えている。樹脂層14は、390℃で押出圧力9.8MPaにおける体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である特性を有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエーテルエーテルケトンを含む樹脂層を備える摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、摺動部材のうち自動車などの機械部品に使用されるすべり軸受は、例えば鋼で形成された基部と、基部上に設けられた多孔質層と、多孔質層に含浸し且つこの多孔質層上に被覆して設けられている樹脂層とを備えている。多孔質層は、基部上に樹脂層を固定するために、多数の孔部および凹凸部を有している。一般に、多孔質層は、銅系、鉄系などの金属の粉末を基部上に散布して焼結して設けられている。
樹脂層は、摺動部材の非焼付性、耐摩耗性、機械的強度などの摺動特性を向上させるために、例えば特許文献1に示すように、ポリエーテルエーテルケトンを含んでいる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平1−108413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年の自動車などの機械部品の高性能化及びコンパクト化によって、摺動部材の樹脂層の摺動面に、摺動の相手部材による高負荷が加わりやすくなっている。その結果、摺動面に供給される潤滑油の油膜は相手部材によって破断されやすくなり、相手部材が潤滑油を介さずに樹脂層に接触することがある。相手部材が樹脂層の摺動面に接触しながら摺動すると、相手部材と樹脂層との間で摩擦熱が生じ、この摩擦熱によって摺動部材の樹脂層の摺動面付近は、高温になることがある。このような樹脂層の高温条件下では、樹脂層のポリエーテルエーテルケトンは溶融流動し、摺動部材に樹脂層を設けたことによる摺動特性の効果が十分に得られなくなることがある。
【0005】
また、樹脂層にポリエーテルエーテルケトンを含む摺動部材を、冷凍機用圧縮機に用いる軸受および燃料噴射用ポンプに用いる軸受に適用することが検討されている。しかしながら、この圧縮機やポンプの軸受として適用する摺動部材の樹脂層の摺動面には、上述と同様に高負荷が加わりやすい。その結果、上述と同様に、樹脂層の摺動面付近は高温になり、樹脂層のポリエーテルエーテルケトンが溶融流動し、焼付が生じるおそれがある。
【0006】
本発明は上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、ポリエーテルエーテルケトンを含む樹脂層を備え、高温条件下において摺動特性に優れる摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、ポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと称する)を含む樹脂層の体積流量に着目して鋭意実験を重ねた。その結果、本発明者は、PEEKを含む樹脂層の体積流量を所定の範囲内にすることにより、高温条件下において樹脂層が溶融流動しにくくなることを発見した。すなわち、本発明者は、PEEKを含む樹脂層の体積流量を所定の範囲内にすることにより、高温条件下において摺動部材の摺動特性は優れることを解明した。
本発明者は、上記の解明を基にして、下記の発明をした。
【0008】
本発明の一実施形態の摺動部材は、基部と、この基部上に設けられた多孔質層と、多孔質層に含浸し且つ前記多孔質層を被覆し、ポリエーテルエーテルケトンを含む樹脂層とを備え、この樹脂層は、390℃で押出圧力9.8MPaにおける体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である特性を有していることを特徴としている。
【0009】
基部は、樹脂層を設けるための構成物のことであり、例えば、鋼、鉄などから形成される裏金層である。
多孔質層は、多数の孔部および凹凸部を有している。多孔質層は、例えば銅、鉄などの金属の粉末を基部上に散布し焼結して設けられている。
【0010】
樹脂層は、多孔質層に含浸し且つこの多孔質層上に被覆して設けられている。すなわち、樹脂層の一部は、多孔質層の孔部および凹凸部の凹部内に入り込んでいる。樹脂層は、この構成によるアンカー効果によって多孔質層に固定されている。
樹脂層の摺動面にはボーリング加工、ブローチ加工などの切削加工を施してもよい。このとき摺動面には多孔質層が一部露出してもよい。
【0011】
樹脂層は、PEEKを含み、390℃で押出圧力9.8MPaにおける体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である特性を有している。
「体積流量Q」とは、液体の流動性を表す指数、すなわち流動しやすいか否かの指数である。この「体積流量Q」は、具体的には、溶融混錬されて作製されたペレット、言い換えると粘性を有する液体を所定の温度、所定の圧力で押出し、そのとき1秒間で押出される樹脂量のことである。本実施形態では、樹脂層を構成する材料を溶融混練して得られる390℃のペレットを直径11.3mmのシリンダーに入れ、このペレットをシリンダーの先端に設けたノズルから9.8MPaの押出圧力で押し出し、そのとき押し出される1秒間当たり液体の量(cm3/sec)、すなわち、液体の押し出し速度(cm3/sec)である。この場合のノズルは、直径1mm、長さ10mmである。
【0012】
本実施形態の体積流量Qは、樹脂層の溶融流動のしやすさを表し、この体積流量Qの値が小さいほど樹脂層が溶融流動しにくいことを表している。体積流量Qの値は、樹脂層の成分によって異なり、また、樹脂層のPEEKの分子量が大きいほど小さくなる。
【0013】
摺動部材の樹脂層がPEEKを主成分とし、390℃で押出圧力9.8MPaにおける体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である場合、この樹脂層の摺動特性のうち非焼付性は、従来の使用条件下、例えば90℃よりも30℃以上高い高温条件下、例えば120〜150℃の使用条件下において良好である。
また、樹脂層が高温条件下でも溶融流動しにくいことにより、非焼付性、耐摩耗性、機械的強度などの摺動特性も室温の低温条件下および高温条件下において良好にすることができる。
【0014】
本発明の請求項2の摺動部材では、樹脂層は、10〜20質量%の繊維、2〜15質量%の無機フッ化物、2〜10質量%の固体潤滑剤を含み、残部がポリエーテルエーテルケトンおよび不可避的不純物からなることを特徴としている。
【0015】
繊維および無機フッ化物は、樹脂層の耐摩耗性を良好にするために添加され、固体潤滑剤は、樹脂層の非焼付性を良好にするために添加されている。
繊維は、例えば一般的なチタン酸カリウム繊維またはカーボンファイバであることが好ましい。繊維の含有量は、樹脂層を構成する材料全体において10質量%以上であると、樹脂層の耐摩耗性はより良好であり、20質量%以下であると、樹脂層の非焼付性はより良好である。
【0016】
無機フッ化物としては、フッ化カルシウムであることが好ましい。無機フッ化物の含有量は、樹脂層を構成する材料全体において2質量%以上であると、樹脂層の耐摩耗性はより良好であり、15質量%以下であると、樹脂層の非焼付性はより良好である。
固体潤滑剤としては、グラファイト(Gr)であることが好ましい。固体潤滑剤の含有量は、樹脂層を構成する材料全体において2質量%以上10質量%以下であると、樹脂層の非焼付性はより良好である。
樹脂層には、上記以外に、樹脂層の摺動特性を良好にするためにその他の添加物を加えてもよい。この場合、390℃で押出圧力9.8MPaにおける体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下の特性を有するように、樹脂層の成分は調整される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態の摺動部材を模式的に示す断面図
【図2】スクロール圧縮機の主要部の縦断正面図
【発明を実施するための形態】
【0018】
摺動部材の一実施形態の断面を、図1に示す。図1に示す摺動部材11は、基部12と、基部12上に設けられた多孔質層13と、多孔質層13に含浸し且つこの多孔質層13上に被覆している樹脂層14とを備えた3層構造である。ここで、樹脂層14の表面、この場合、樹脂層14の面のうち基部12とは反対側の面が、摺動部材11の樹脂層14の摺動面15となる。
樹脂層14がPEEKを含み、390℃で押出圧力9.8MPaにおける体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である特性を有しているので、樹脂層14は高温条件下でも非焼付性などの摺動特性の効果を良好に発揮することができる。
【0019】
摺動部材11は、冷凍機用圧縮機、例えば、特開2005−76545号公報に示すスクロール圧縮機(以下、圧縮機と称する)等に用いる軸受に適用することができる。図2に、圧縮機21の主要部の縦断正面図を示す。図2において、密閉容器以外の断面のハッチングの表示は省略する。
圧縮機21は、外郭をなす密閉容器22を有している。密閉容器22内には、冷媒を圧縮する圧縮機構23および圧縮機構23を駆動する電動機24が設けられている。また、密閉容器22内の圧縮機構23および電動機24の周囲には、潤滑油25が貯留されている。
【0020】
圧縮機構23は、一般的なスクロールによる圧縮を行う機構であり、固定された渦巻き体である固定スクロール26、円運動する渦巻き体である旋回スクロール27を有している。固定スクロール26と旋回スクロール27との間には、所定量の冷媒が供給される。また、圧縮機構23は、電動機24側に突出する旋回駆動軸28および旋回駆動軸28を支持する軸受29を有している。旋回スクロール27は、旋回駆動軸28が回転することによって回転する構成である。
【0021】
電動機24は、固定子24aおよび回転子24bを有している。固定子24aは密閉容器22内に固定され、回転子24bは固定子24aの内周側に設けられている。回転子24bの圧縮機構23側には、圧縮機構23を駆動するクランク軸30が結合されている。クランク軸30には、圧縮機構23側に突出する主軸31が設けられている。主軸31は、軸受32によって支持されている。この主軸31の内側には、前述の圧縮機構23の軸受29が位置している。
本発明では、軸受29および軸受32に、摺動部材11の構成を適用している。
【0022】
この構成によれば、電動機24の電源を入れると、回転子24bが回転し、クランク軸30を介して主軸31が回転する。これにより、電動機24の駆動力は、主軸31、軸受29および旋回駆動軸28を介して旋回スクロール27に伝達される。その結果、旋回スクロール27は回転し、固定スクロール26と旋回スクロール27とが噛み合って固定スクロール26と旋回スクロール27との間は狭くなる。これにより、固定スクロール26と旋回スクロール27との間に供給された冷媒は圧縮される。
【0023】
ここで、軸受29の樹脂層14の摺動面15または軸受32の樹脂層14の摺動面15において、相手部材である旋回駆動軸28および主軸31から大きな負荷を受けると、摺動面15に供給される潤滑油25の油膜は相手部材によって破断され、相手部材が潤滑油を介さずに樹脂層14に接触することがある。相手部材が樹脂層14に接触しながら摺動すると、相手部材と樹脂層14との間で摩擦熱が生じ、この摩擦熱によって樹脂層14が高温になる。このような高温状態で軸受29および軸受32を使用すると、樹脂層14のPEEKが溶融することがある。しかしながら、軸受29および軸受32は摺動部材11の構成であるので、樹脂層14は溶融流動しにくい。よって、上述したように、樹脂層14の非焼付性などの摺動特性は、高温条件下においても良好である。
【0024】
次に、本実施形態の摺動部材11の効果を確認した試験について説明する。
本実施形態の摺動部材11と同様の構成の実施例品1〜5は、例えば鋼で形成される基部である裏金層上に多孔質層を設け、多孔質層上に樹脂層を設けることにより得られる。
【0025】
実施例品1〜5は、具体的には、次のようにして得た。
まず、厚さ0.8mmの鋼裏金板の基部の表面に青銅粉末を、青銅粉末の厚さが0.4mmになるまで散布した後、青銅粉末が散布された基部を800℃で加熱し、焼結を行った。これにより、基部上に多孔質層が設けられた複合部材を得た。
【0026】
実施例品1〜5の樹脂層は、表1に示す成分から構成されている。
樹脂層の成分であるPEEKとしては分子量の異なるものを用いた。表1中の分子量が「低」のものは、Victrex社製の品番:151のPEEKである。また、表1中の分子量が「高」のものは、分子量が「低」よりも大きいPEEK、この場合Victrex社製の品番:450のPEEKである。
【0027】
本実施の形態では、繊維としてはチタン酸カリウム繊維、カーボンファイバを用いた。無機フッ化物としてはフッ化カルシウムを用い、固体潤滑剤としてはグラファイト(Gr)を用いた。
【0028】
【表1】

【0029】
次に、樹脂層を構成する材料をドライブレンドした後、40mm径押出機で押出温度360℃の雰囲気中で溶融混練しながら、押し出す操作を行って、均一配合ペレットを得た。次に、この均一配合ペレットから、シート用押出機を用い、360℃で0.40mmの厚さのシート部材を得た。
【0030】
次に、前記複合部材を350℃に加熱し、前記シート部材を前記複合部材の上に重ね合わせてロールに通し、シート部材を複合部材の多孔質層に含浸および被覆させて、3層構造の摺動部材の実施例品1〜5を得た。
比較例品1〜4は、樹脂層を構成する成分が実施例品の樹脂層を構成する成分と異なる以外、実施例品1〜5と同様の製造方法によって得た。比較例品1〜4の樹脂層を構成する成分を表1に示す。
【0031】
上記の各試料である実施例品1〜5および比較例品1〜4について、樹脂層の軸受特性としての耐摩耗性および非焼付性の効果の確認試験を行った。樹脂層の摩耗試験の試験条件を表2に示し、樹脂層の焼付試験の試験条件を表3に示す。また。これらの試験結果を、表1に示す。摩耗試験は、室温の低温条件下、および150℃の高温条件下でそれぞれ行った。
【0032】
【表2】

【0033】
【表3】

【0034】
表1中の実施例品1〜5および比較例品1〜4の「体積流量Q(×10-2cm3/sec)」は、樹脂層を構成する材料を上述の条件で溶融混練し、溶融混練で得たペレットを直径11.3mmのシリンダーに入れ、そしてこのペレットを、シリンダーの先端に設けた直径1mm、長さ10mmのノズルから、390℃の液体を9.8MPaの押出圧力で押し出し、そのとき押し出される1秒間当たり液体の量(cm3/sec)を測定して得た。
表1に示すように、実施例品1〜5と、比較例品3、4との対比から、樹脂層を構成するPEEKの分子量が高いと、体積流量Qの値は小さく、樹脂層は溶融流動しにくいことが理解できる。
【0035】
次に、摩耗試験の結果について解析する。
実施例品1〜5と、比較例品1〜4との対比から、実施例品1〜5は、390℃で押出圧力9.8MPaにおける樹脂層の体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である特性を有しているため、室温および150℃の高温条件下において樹脂層が流動しにくく、その結果、比較例品1〜4よりも摩耗量が少なく、室温条件下および高温条件下においても耐摩耗性に優れていることが理解できる。特に、実施例品2は、室温条件下での摩耗量と高温条件下での摩耗量との差が少ないことから、実施例品2は、実施例品1〜5の中でもっとも使用温度に差があっても耐摩耗性に優れていることが理解できる。
【0036】
次に、焼付試験の結果について解析する。
実施例品1〜5と、比較例品1〜4との対比から、実施例品1〜5は、390℃で押出圧力9.8MPaにおける樹脂層の体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である特性を有しているため、比較例品1〜4よりも、樹脂層が流動しにくく、非焼付性が優れていることが理解できる。
【0037】
本実施形態は、要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得る。
不可避的不純物については説明を省略し、各成分には不可避的不純物が含まれ得る。
冷凍機用圧縮機の構成は、上記のものに限られず、また、摺動部材は、上記の用途以外の高温条件下で使用される軸受、例えば燃料噴射ポンプに使用される軸受にも適用することができる。
【符号の説明】
【0038】
図面中、11は摺動部材、12は基部、13は多孔質層、14は樹脂層、29は軸受(摺動部材)、32は軸受(摺動部材)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基部と、
前記基部上に設けられた多孔質層と、
前記多孔質層に含浸し且つ前記多孔質層を被覆し、ポリエーテルエーテルケトンを含む樹脂層とを備え、
前記樹脂層は、390℃で押出圧力9.8MPaにおける体積流量Qが3.5×10-2cm3/sec以下である特性を有することを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記樹脂層は、10〜20質量%の繊維、2〜15質量%の無機フッ化物、2〜10質量%の固体潤滑剤を含み、残部がポリエーテルエーテルケトンおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2012−122498(P2012−122498A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271409(P2010−271409)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】