説明

撥液性部材、ノズルプレート及びそれを用いた液体噴射ヘッドならびに液体噴射装置

【課題】 高い撥液性及び撥液耐久性を有するノズルプレート等の撥液性部材及びそれを用いた液体噴射ヘッド並びに液体噴射装置を提供する。
【解決手段】 基材22の表面にケイ素を含有する下地膜23と当該下地膜23上に設けられたフルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の撥液膜24とを有し、飛行時間型二次イオン質量分析装置により測定した際に検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオンに対する強度比が、10以上である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は撥液性部材及びそれを用いた液体噴射ヘッド並びに液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体噴射ヘッドは、液体を噴射する多数の微細な噴射孔(ノズル開口)が微小間隔を隔てて形成されているノズルプレートを有する。この噴射孔からインクが噴射される際、噴射面にインクが付着することがある。このような場合、次に噴射されたインクが残存している付着インクと接触すると、付着インクの表面張力や粘性等の影響を受けて次に噴射されたインクの噴射軌道が曲げられてしまう。このように、付着インクが噴射面に残存していると、所定の箇所に印刷をすることができないという問題が生じる。このような問題を解消するものとして、噴射面に付着インクを残存させないためにノズルプレートの噴射面に撥液膜を設けるという技術がある(特許文献1等参照)。
【0003】
ここで、ノズルプレートのような固体表面に撥液膜を設けた際の固体表面の撥液性は、一般には液体(多くは水)の接触角を指標としている。また、インクがアルカリ性を示す場合が多い為、長期間の使用に当たっては高いアルカリ耐性も求められているが、このような撥液性の耐久性(撥液耐久性)は、液体を長期間固体表面に滴下又は暴露したり、機械的摩擦を行った後、接触角を測定して、値の大小で評価している(例えば非特許文献1参照)。
【0004】
しかしながら、接触角は、撥液性だけでなく、液体の種類、濃度、温度等や、最表面の化学的因子や物理的構造因子等の固体表面状態の相互作用によっても変化するため、固体表面の撥液性のみを示すものではない。また、固体表面に汚染があって接触角が変化しても、汚染レベルが目に見えない微量なものであれば、その値は誤って解釈しかねない。したがって、接触角での評価が良好であっても撥水性や撥液耐久性が悪い場合も多く、撥液性及び撥液耐久性に優れた部材を安定して供給し難かった。
【0005】
【特許文献1】特開2004−351923号公報
【非特許文献1】「高撥水技術の最新動向―超撥水材料から最新の応用まで―」、東レリサーチセンター発行、2001年10月1日、P20,21
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような事情に鑑み、高い撥液性及び撥液耐久性を有するノズルプレート等の撥液性部材及びそれを用いた液体噴射ヘッド並びに液体噴射装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは鋭意研究を重ねた結果、飛行時間型二次イオン質量分析装置(ToF−SIMS)により検出される特定のイオンの強度比が、撥液性部材の撥液性及び撥液耐久性の指標となることを知見し、本発明を完成させた。
【0008】
本発明の第1の態様は、基材の表面にケイ素を含有する下地膜と当該下地膜上に設けられたフルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の撥液膜とを有し、飛行時間型二次イオン質量分析装置により測定した際に検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオンに対する強度比が、10以上であることを特徴とする撥液性部材にある。
かかる第1の態様では、飛行時間型二次イオン質量分析装置(以下、適宜「ToF−SIMS」と称する。)により検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオンに対する強度比を10以上とすることで、高い撥液性有し、また撥液耐久性にも優れているため、その撥液性を長期間維持できる。
【0009】
本発明の第2の態様は、第1の態様において、前記フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオンに対する強度比が、20以上であることを特徴とする撥液性部材にある。
かかる第2の態様では、フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオンに対する強度比を20以上とすることで、確実に高い撥液性及び撥液耐久性を有する撥液性部材を提供することができる。
【0010】
本発明の第3の態様は、第1又は2の態様において、前記フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンはC2x+1(1≦x≦11)であることを特徴とする撥液性部材にある。
かかる第3の態様では、C2x+1(1≦x≦11)/Siを10以上とすることで、撥液性及び撥液耐久性に優れた撥液性部材となる。
【0011】
本発明の第4の態様は、第3の態様において、前記フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンはCであることを特徴とする撥液性部材にある。
かかる第4の態様では、C/Siを10以上とすることで、確実に高い撥液性及び耐久性を有する。
【0012】
本発明の第5の態様は、第1〜4の何れかの撥液性部材からなり、前記基材がノズル開口を有することを特徴とするノズルプレートにある。
かかる第5の態様では、ToF−SIMSにより検出される特定のイオン強度比を10以上とすることで、撥水性及び撥液耐久性に優れたノズルプレートとなる。
【0013】
本発明の第6の態様は、第5の態様のノズルプレートと、前記ノズル開口に連通する圧力発生室が形成される流路形成基板と、前記圧力発生室内に圧力変化を生じさせて前記ノズル開口から液滴を噴射させる圧力発生手段とを具備することを特徴とする液体噴射ヘッドにある。
かかる第6の態様では、ToF−SIMSにより検出される特定のイオン強度比が10以上で撥液性及び撥液耐久性に優れたノズルプレートを用いるため、高精細・高精度等印字品質が高く耐久性に優れた液体噴射ヘッドを提供することができる。
【0014】
本発明の第7の態様は、第6の態様の液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置にある。
かかる第7の態様では、液滴の吐出特性を著しく向上した液体噴射ヘッドを有する液体噴射装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
(実施形態1)
図1は、本発明の撥液性部材の実施形態1に係るノズルプレートの斜視図及び断面図である。本発明の撥液性部材としては、液体噴射ヘッドに用いられるノズルプレートが挙げられ、図示するように、ノズルプレート20は、ノズル開口21が穿設された基材22と、基材22の表面に設けられた下地膜23と、下地膜23上に設けられた撥液膜24とからなる。この下地膜23及び撥液膜24は基材22の外表面及びノズル開口21に設けられている。図1においてこの下地膜23及び撥液膜24はノズル開口21内にも周り込んで形成されているが、液体噴射ヘッドの目的に応じてその一部または全部が除去されていてもよい。下地膜23はケイ素を含有する膜であり、撥液膜24はフルオロカーボン基を有するシランカップリング剤からなる膜である。
【0016】
本発明において、この下地膜及び撥液膜が設けられた基材表面は、飛行時間型二次イオン質量分析装置(ToF−SIMS)により検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオン(質量数28)に対する強度比、すなわち、フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオン/ケイ素イオン(強度比)が、10以上、好ましくは20以上である。このように、フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオン/ケイ素イオン(強度比)が10以上であると、撥液性部材の撥液性及び耐アルカリ性が良好となる。特に、フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオン/ケイ素イオン(強度比)が20〜40の範囲内であることが好ましい。
【0017】
ここで、ToF−SIMSとは、基材の最表面に存在する膜の分子等を測定する装置である。15keV程度の弱いGaパルスイオンを試料表面に照射して表面の構成成分をスパッタし、発生した電荷を持つイオン(2次イオン)を電場によって加速して、一定の距離(飛行距離)だけ離れた位置で検出する。軽いイオンほど早く、重いイオンほど遅い速度で飛んでいくため、2次イオンが発生してから検出されるまでの時間(飛行時間)を測定することにより、発生した2次イオンの質量を求めることができる。
【0018】
ToF−SIMSでは1次イオン照射量が15keV程度と著しく少ないため、一次イオンが照射された有機化合物は構造を反映したフラグメント(断片)イオンを放出するので、質量スペクトルから表面に存在する有機化合物の構造を知ることができる。また、固体試料表面の最も外側で発生した2次イオンのみが真空中へ飛び出すため、試料の最表面(深さ数Å程度)の情報を得ることができる。
【0019】
本発明の撥液性部材はこのようなToF−SIMSで、フルオロカーボン系フラグメントイオンとケイ素イオンが測定検出される。測定検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオンとしては、パーフルオロアルキルイオン、アルキルの水素の一部がフッ素置換されたフルオロアルキルイオン、パーフルオロポリエーテルイオン等が挙げられる。本発明の撥液性部材は、この検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオンの中で最も強く検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオンのケイ素イオンに対する強度比が10以上である。検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンが、パーフルオロアルキルイオン(C2x+1(1≦x≦11))であることが好ましい。特に、フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンがC(質量数119)であり、C/Siが10以上であることが好ましい。
【0020】
本発明の撥液性部材を構成する基材は、金属材料、複合材料、樹脂系材料等のいずれでもよい。金属材料としては、ステンレス鋼、ニッケル、鉄等が挙げられる。複合材料としては、ケイ素、サファイアまたは炭素を含むものが挙げられる。樹脂系材料としては、ポリ四フッ化エチレン、ポリエチレン、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリオキシメチレン、ポリスチレン、アクリロニトリルブタジエンスチレン、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンエーテル、チタン酸カリウム繊維複合樹脂、ポリプロピレン、エチレン−プロピレン−ジエン三元共重合体、オレフィン系エラストマ、ウレタン系エラストマ、プロロプレンゴム、シリコーンゴムまたはブチルゴム等が挙げられる。本実施形態では、基材としてノズル開口を180穴/inch×2列(図1には1列のみ示す)で有するステンレス鋼を用いた。
【0021】
基材上に設けられる下地膜は、ケイ素を含有するものであればよい。例えば、シリコーン材料のプラズマ重合膜とすることができる。また、SiO2のプラズマ重合膜、液体成膜法(塗布、スプレー、浸漬等)で成膜された膜、蒸着膜、スパッタリング膜等でもよい。シリコーン材料のプラズマ重合膜の原料としては、シリコーンオイル、アルコキシシランが挙げられる。本実施形態では、シリコーンのプラズマ重合膜を下地膜とした。
【0022】
この下地膜上には、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の撥水膜が設けられている。フルオロカーボン基としては、パーフルオロアルキル基、アルキル基の水素の一部がフッ素置換されたフルオロアルキル基、パーフルオロポリエーテルからなる基等が挙げられる。フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の具体例としては、ヘプタトリアコンタフルオロイコシルトリメトキシシランなどが挙げられ、本実施形態ではヘプタトリアコンタフルオロイコシルトリメトキシシランを重合した膜を撥液膜とした。勿論、本発明において、このヘプタトリアコンタフルオロイコシルトリメトキシシランに限定されるものではない。
【0023】
なお、基材上に下地膜及び撥液膜を設ける方法は特に限定されないが、その概要を以下に例示する。
【0024】
本発明の撥液性部材は、基材の洗浄工程と、下地膜の成膜工程と、下地膜の表面活性化処理工程と、撥液膜の成膜工程と、加湿乾燥処理工程と、アニール処理の工程とを経て製造することができる。「基材の洗浄工程」は、基材上に下地膜を成膜する際に不都合な基材上の不要物を取り除くこと等を目的に行なわれる。詳細な洗浄条件は、基材の材質、形状、大きさ等に応じて適宜選択されるべきものである。「下地膜の成膜工程」における詳細な成膜条件は、基材の材質・形状・大きさ、下地膜の種類・厚さ、撥液膜となるシランカップリング剤の種類等に応じて適宜選択されるべきものである。「下地膜の表面活性化処理工程」は、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の撥液膜を下地膜上により強く結合させるためのOH基を付与する目的で行なわれる。このように処理した下地膜上にシランカップリング剤の撥液膜を成膜すると、下地膜のOH基とシランカップリング剤の撥液膜とが結合して、高密度で密着性の高い撥液膜を成膜できる。具体的には、下地膜表面のプラズマまたは紫外線照射処理・熱処理等が挙げられる。詳細な処理条件は、下地膜の種類・厚さ、成膜するシランカップリング剤の種類等に応じて適宜選択されるべきものである。「撥液膜の成膜工程」における詳細な成膜条件は、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の種類、目的とする撥液性等に応じて適宜選択されるべきものである。「加湿乾燥処理工程」は、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤と下地膜表面との間で脱水縮合反応による結合で撥液膜とするために高温高湿雰囲気下に置くものである。詳細な処理条件は、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の種類、目的とする撥液性等に応じて適宜選択されるべきものである。「アニール処理工程」は、シランカップリング剤の重合反応を終端させるために、「加湿乾燥処理工程」よりも高い温度で処理するものである。詳細な処理条件は、フルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の種類、目的とする撥液性等に応じて適宜選択されるべきものである。なお、下地膜及び撥液膜の種類、「撥液膜の成膜工程」での溶液の濃度、「加湿乾燥処理工程」の温度条件等を調整することにより、ToF−SIMSにより検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオン/ケイ素イオン(強度比)を10以上にすることができる。
【0025】
ここで、試験例に基づき、本実施形態についてさらに詳述する。
(試験例1)ToF−SIMS測定
ステンレス鋼製でノズル開口(180穴/inch×2列)を有するものを基材とし、下地膜をジメチルポリシロキサンのプラズマ重合膜とし、ヘプタトリアコンタフルオロイコシルトリメトキシシランが重合した膜を撥液膜として製造した3種類のノズルプレートA〜C(撥液膜の成膜工程において成膜するシランカップリング剤の成膜条件を変更することにより作成)について、ルノックスMA−23L(商品名、東邦化学工業社製のアルカリ系洗浄溶液)に30分間浸漬させ、その後下記の条件でToF−SIMS測定した。なお、アルカリ系洗浄溶液の浸漬前後で、ToF-SIMSの測定値は本願の作用効果に影響を及ぼすような変化は生じなかった。その結果、ノズルプレートA〜Cでは、C(質量数119)のピークが最も強く検出され、ケイ素イオン(質量数28)のピークも検出された。また、ノズルプレートB及びCのC/Si(強度比)は、10以上であった。ノズルプレートCについては、ToF−SIMS分析スペクトルを図2に示す。
ToF−SIMSの測定条件
測定機器:アルバックファイ製 TRIFT II
照射イオン:15keV 69Gaイオン
照射ドーズ量:5E12/cm程度
【0026】
(試験例2)アルカリ耐久性試験
さらに、このノズルプレートA〜Cを、ルノックスMA−23L(商品名、東邦化学工業社製のアルカリ系洗浄溶液)に30分間浸漬させた。その後、ワイピング処理(インクがノズルプレート表面にかかる状態でヘッドクリーニング用ワイパーでワイピング2000回処理)して、インクで濡れたノズルの割合を求めた。なお、ノズルプレートA〜Cについて、それぞれ2回ずつ同様の試験を行った。ToF−SIMSで求めたC/Siに対して、プロットした結果を図3に示す。
【0027】
図3に示すように、C/Siが10よりも大きい本発明のノズルプレートB及びCは濡れノズル率が低かった。一方、C/Siが8程度のノズルプレートAは、濡れノズル率が高かった。したがって、C/Siが大きい程ノズルの濡れ耐性も高く、ほとんど濡れなくなることが確認された。
【0028】
(試験例3)
基材としてステンレス鋼製でノズル開口(180穴/inch×2列)を有するものを用い、下地膜をジメチルポリシロキサンのプラズマ重合膜とし、ヘプタトリアコンタフルオロイコシルトリメトキシシランが重合した膜を撥液膜として製造した4種類のノズルプレートD〜Gについて、試験例1と同様の条件で表面をToF−SIMSで測定した。その結果、ノズルプレートD〜Gでは、C(質量数119)のピークが最も強く検出され、ケイ素イオン(質量数28)のピークも検出された。
【0029】
さらにこのノズルプレートD〜Gを前述のルノックスMA−23Lにて30分間のアルカリ浸漬処理した。その後、ロール状に丸めたベンコットン先端に充分吸収する程度のインクを染み込ませたもので、各ノズルプレート表面をなぞり、インクが表面張力で集まってその動きが止まるまでの時間を、インクの引き時間として計測した。結果を表1及び図4に示す。また、近似式も図4に併せて示す。
【0030】
表1及び図4に示すように、C/Siが10以上であるノズルプレートD〜Gはインクの引き時間が短く、ノズルプレート表面の撥液性が非常に高かった。また、C/Siが大きい程、インクの引き時間は短くなることが確認された。なお、ノズルプレートD〜Gの水に対する接触角には明確な差はなかった。
【0031】
【表1】

【0032】
このように、フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオン/ケイ素イオンが10以上である撥液性部材は、撥液性及び撥液耐久性に優れる。なお、接触角等とは異なり、ToF−SIMSは、撥液膜そのものに由来する情報を得ることができ、また、同時に汚染等他の影響の有無も区別して知ることができる。そのため、誤差の少ない精度の高い手法で撥液性部材を製造することができる。また、撥液性部材表面をToF−SIMSで分析して得られるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンとケイ素イオンとの強度比により、撥液性部材の撥液性を評価することができる。例えば、C/Siが常に一定レベルの強度が得られるように製造工程を管理することで、安定した高品質のノズルヘッドを製造することが可能となる。
【0033】
本実施の形態では、ノズルプレートを例示したが、本発明の撥液性部材はこれに限定されず、表面に撥液性が求められる製品に適用できる。例えば、ノズルプレート以外の液体噴出装置のシステム構成部材(樹脂系材料または複合材料製)であるヘッドキャップ、ヘッドクリーニング用ワイパ、ヘッドクリーニング用ワイパの保持レバー、ギア、プラテンまたはキャリッジ等にも適用することができる。また、液体噴出装置のシステム構成部材以外にも、撥液性が求められる部材に適用することができる。
【0034】
(実施形態2)
図5は、本発明に係る液体噴射ヘッドの概略を示す分解斜視図であり、図6は、図5の平面図及び断面図である。
【0035】
図示するように、流路形成基板10は、本実施形態では面方位(110)のシリコン単結晶基板からなり、その一方面には二酸化シリコンからなる、厚さ0.5〜2μmの弾性膜50が形成されている。なお、この弾性膜50は、本実施形態では、シリコン単結晶板である流路形成基板10を熱酸化することにより形成した酸化シリコンからなるアモルファス(非晶質)膜であり、流路形成基板10の表面状態をそのまま維持した平滑な表面状態を有している。
【0036】
この流路形成基板10には、シリコン単結晶基板をその一方面側から異方性エッチングすることにより、複数の隔壁11によって区画された圧力発生室12が幅方向に並設されている。また、その長手方向外側には、後述する保護基板30のリザーバ部32と連通される連通部13が形成されている。また、この連通部13は、各圧力発生室12の長手方向一端部でそれぞれインク供給路14を介して連通されている。この各圧力発生室12の一端に連通する各インク供給路14は、圧力発生室12よりも幅が狭く形成されており、圧力発生室12に流入するインクの流路抵抗を一定に保持している。
【0037】
このような圧力発生室12等が形成される流路形成基板10の厚さは、圧力発生室12を配設する密度に合わせて最適な厚さを選択することが好ましい。例えば、1インチ当たり180個(180dpi)程度に圧力発生室12を配置する場合には、流路形成基板10の厚さは、180〜280μm程度、より望ましくは、220μm程度とするのが好適である。また、例えば、360dpi程度と比較的高密度に圧力発生室12を配置する場合には、流路形成基板10の厚さは、100μm以下とするのが好ましい。これは、隣接する圧力発生室12間の隔壁11の剛性を保ちつつ、配列密度を高くできるからである。
【0038】
また、流路形成基板10の開口面側には、各圧力発生室12のインク供給路14とは反対側で連通するノズル開口21が穿設された実施形態1に係るノズルプレート20が接着剤や熱溶着フィルム等を介して固着されている。このノズルプレートは、上述したように、基材22上に下地膜23及び撥液膜24が設けられ、ToF−SIMSにより検出される特定のイオン強度比が10以上であり、撥液性及び耐久性に優れている。したがって、このようなノズルプレート20を用いることで、高精細・高精度等印字品質が高く耐久性に優れる本実施形態の液体噴射ヘッドを実現できる。
【0039】
一方、流路形成基板10の開口面とは反対側の弾性膜50の上には、厚さが例えば、約0.2μmの下電極膜60と、厚さが例えば、約1μmの圧電体層70と、厚さが例えば、約0.05μmの上電極膜80とが、後述するプロセスで積層形成されて、圧電素子300を構成している。ここで、圧電素子300は、下電極膜60、圧電体層70、及び上電極膜80を含む部分をいう。一般的には、圧電素子300の何れか一方の電極を共通電極とし、他方の電極及び圧電体層70を各圧力発生室12毎にパターニングして構成する。そして、ここではパターニングされた何れか一方の電極及び圧電体層70から構成され、両電極への電圧の印加により圧電歪みが生じる部分を圧電体能動部という。本実施形態では、下電極膜60を圧電素子300の共通電極とし、上電極膜80を圧電素子300の個別電極としているが、駆動回路や配線の都合でこれを逆にしても支障はない。何れの場合においても、各圧力発生室毎に圧電体能動部が形成されていることになる。また、ここでは、圧電素子300と当該圧電素子300の駆動により変位が生じる振動板とを合わせて圧電アクチュエータと称する。
【0040】
なお、このような各圧電素子300の上電極膜80には、例えば、金(Au)等からなるリード電極85がそれぞれ接続されている。このリード電極85は、各圧電素子300の長手方向端部近傍から引き出され、インク供給路14に対応する領域の弾性膜50上までそれぞれ延設されている。そして、このようなリード電極85は、詳しくは後述するが、駆動IC34と電気的に接続される。
【0041】
ここで、上述した下電極膜60は、イリジウム(Ir)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)などの白金族金属及び金(Au)からなる群から選択される金属からなり、複数層積層したものであってもよい。なお、積層した場合には、後のプロセスにより、結果的に混合層となってもよい。本実施形態では、弾性膜50側から順に、Pt/Ir/Ptの積層膜とした。
【0042】
下電極膜60上に設けられた圧電体層70は、結晶が配向していることが好ましい。例えば、本実施形態では、金属有機物を触媒に溶解・分散したいわゆるゾルを塗布乾燥してゲル化し、さらに高温で焼成することで金属酸化物からなる圧電体層70を得る、いわゆるゾル−ゲル法を用いて形成することにより、結晶が配向している圧電体層70とした。圧電体層70の材料としては、チタン酸ジルコン酸鉛系の材料がインクジェット式記録ヘッドに使用する場合には好適である。なお、この圧電体層70の成膜方法は、特に限定されず、例えば、スパッタリング法で形成してもよい。さらに、ゾル−ゲル法又はスパッタリング法等によりチタン酸ジルコン酸鉛の前駆体膜を形成後、アルカリ水溶液中での高圧処理法にて低温で結晶成長させる方法を用いてもよい。
【0043】
何れにしても、このように成膜された圧電体層70は、バルクの圧電体とは異なり結晶が優先配向しており、且つ本実施形態では、圧電体層70は、結晶が柱状に形成されている。なお、優先配向とは、結晶の配向方向が無秩序ではなく、特定の結晶面がほぼ一定の方向に向いている状態をいう。また、結晶が柱状の薄膜とは、略円柱体の結晶が中心軸を厚さ方向に略一致させた状態で面方向に亘って集合して薄膜を形成している状態をいう。勿論、優先配向した粒状の結晶で形成された薄膜であってもよい。なお、このように薄膜工程で製造された圧電体層の厚さは、一般的に0.2〜5μmである。
【0044】
このような流路形成基板10の圧電素子300側には、圧電素子300の運動を阻害しない程度の空間を確保した圧電素子保持部31を有する保護基板30が接合され、圧電素子300はこの圧電素子保持部31内に形成されている。
【0045】
また、保護基板30には、各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバ90の少なくとも一部を構成するリザーバ部32が設けられ、このリザーバ部32は、上述のように流路形成基板10の連通部13と連通されて各圧力発生室12の共通のインク室となるリザーバ90を構成している。
【0046】
さらに、保護基板30の圧電素子保持部31とリザーバ部32との間、すなわちインク供給路14に対応する領域には、この保護基板30を厚さ方向に貫通する接続孔33が設けられている。また、保護基板30の圧電素子保持部31側とは反対側の表面には、各圧電素子300を駆動するための駆動IC34が実装されている。そして、各圧電素子300から引き出されたリード電極85は、この接続孔33まで延設されており、例えば、ワイヤボンディング等により駆動IC34と接続される。
【0047】
保護基板30上には、封止膜41及び固定板42とからなるコンプライアンス基板40が接合されている。ここで、封止膜41は、剛性が低く可撓性を有する材料(例えば、厚さが6μmのポリフェニレンサルファイド(PPS)フィルム)からなる。また、固定板42は、金属等の硬質の材料(例えば、厚さが30μmのステンレス鋼(SUS)等)で形成される。この固定板42のリザーバ90に対向する領域には、厚さ方向に完全に除去された開口部43が形成され、リザーバ90の一方面は可撓性を有する封止膜41のみで封止されている。
【0048】
なお、このような液体噴射ヘッドは、図示しない外部インク供給手段からインクを取り込み、リザーバ90からノズル開口21に至るまで内部をインクで満たした後、駆動IC34からの記録信号に従い、圧力発生室12に対応するそれぞれの下電極膜60と上電極膜80との間に電圧を印加し、弾性膜50、下電極膜60及び圧電体層70をたわみ変形させることにより、各圧力発生室12内の圧力が高まりノズル開口21からインク滴が吐出する。
【0049】
(他の実施形態)
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の構成は上述したものに限定されるものではない。
例えば、実施形態2では、成膜及びリソグラフィプロセスを応用して製造される薄膜型の液体噴射ヘッドを例にしたが、これに限定されるものではなく、例えば、グリーンシートを貼付する等の方法により形成される厚膜型の液体噴射ヘッドにも本発明を採用することができる。さらに、上述した圧電振動式のものに限定されず、例えば、発熱素子を用いたもの等、種々の構造の液体噴射ヘッドに応用することができることはいうまでもない。このように、本発明は、その趣旨に反しない限り、種々の構造の液体噴射ヘッドに応用することができる。
【0050】
また、本発明の液体噴射ヘッドは、インクカートリッジ等と連通するインク流路を具備する記録ヘッドユニットの一部を構成して、液体噴射装置に搭載される。図7は、その液体噴射装置の一例を示す概略斜視図である。
【0051】
図7に示すように、液体噴射ヘッドを有する記録ヘッドユニット1A及び1Bは、インク供給手段を構成するカートリッジ2A及び2Bが着脱可能に設けられ、この記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3は、装置本体4に取り付けられたキャリッジ軸5に軸方向移動自在に設けられている。この記録ヘッドユニット1A及び1Bは、例えば、それぞれブラックインク組成物及びカラーインク組成物を吐出するものとしている。なお、記録ヘッドユニットの数、カートリッジの数は図示例に限定されるものではない。
【0052】
そして、駆動モータ6の駆動力が図示しない複数の歯車およびタイミングベルト7を介してキャリッジ3に伝達されることで、記録ヘッドユニット1A及び1Bを搭載したキャリッジ3はキャリッジ軸5に沿って移動される。一方、装置本体4にはキャリッジ軸5に沿ってプラテン8が設けられており、図示しない給紙ローラなどにより給紙された紙等の記録媒体である記録シートSがプラテン8上に搬送されるようになっている。
【0053】
ここで、実施形態2においては、本発明の液体噴射ヘッドの一例としてインクジェット式記録ヘッドを説明したが、液体噴射ヘッドの基本的構成は上述したものに限定されるものではない。本発明は、広く液体噴射ヘッドの全般を対象としたものであり、例えば、プリンタ等の画像記録装置に用いられる各種の記録ヘッド、液晶ディスプレー等のカラーフィルタの製造に用いられる色材噴射ヘッド、有機ELディスプレー、FED(面発光ディスプレー)等の電極形成に用いられる電極材料噴射ヘッド、バイオchip製造に用いられる生体有機物噴射ヘッド等にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明の実施形態1に係るノズルプレートの斜視図及び断面図である。
【図2】試験例1の撥液性部材のToF−SIMS分析スペクトルである。
【図3】試験例2の結果を示す図である。
【図4】試験例3の結果を示す図である。
【図5】本発明の実施形態2に係る液体噴射ヘッドの分解斜視図である。
【図6】本発明の実施形態2に係る液体噴射ヘッドの平面図及び断面図である。
【図7】本発明の実施形態に係るインクジェット式記録装置の概略斜視図である。
【符号の説明】
【0055】
10 流路形成基板、 12 圧力発生室、 13 連通部、 14 インク供給路、 20 ノズルプレート、 21 ノズル開口、 22 基材、 23 下地膜、 24 撥液膜、 30 保護基板 31 圧電素子保持部、 32 リザーバ部、 33 接続孔、 40 コンプライアンス基板、 50 弾性膜、 60 下電極膜、 70 圧電体層、 80 上電極膜、 90 リザーバ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面にケイ素を含有する下地膜と当該下地膜上に設けられたフルオロカーボン基を有するシランカップリング剤の撥液膜とを有し、飛行時間型二次イオン質量分析装置により測定した際に検出されるフルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオンに対する強度比が、10以上であることを特徴とする撥液性部材。
【請求項2】
請求項1において、前記フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンのケイ素イオンに対する強度比が、20以上であることを特徴とする撥液性部材。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンはC2x+1(1≦x≦11)であることを特徴とする撥液性部材。
【請求項4】
請求項3において、前記フルオロカーボン系フラグメントイオン中最も強く検出されるイオンはCであることを特徴とする撥液性部材。
【請求項5】
請求項1〜4の何れかの撥液性部材からなり、前記基材がノズル開口を有することを特徴とするノズルプレート。
【請求項6】
請求項5のノズルプレートと、前記ノズル開口に連通する圧力発生室が形成される流路形成基板と、前記圧力発生室内に圧力変化を生じさせて前記ノズル開口から液滴を噴射させる圧力発生手段とを具備することを特徴とする液体噴射ヘッド。
【請求項7】
請求項6の液体噴射ヘッドを具備することを特徴とする液体噴射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−289838(P2006−289838A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−115021(P2005−115021)
【出願日】平成17年4月12日(2005.4.12)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】