説明

新規β−グルコシダーゼ、及びその利用

【課題】 大豆イソフラボン配糖体を分解できる新たなβ−グルコシダーゼを提供する。
【解決手段】 本発明者らは、麹菌ゲノムから3種の新しいβ−グルコシダーゼの遺伝子を見出し、これらがコードするタンパク質が大豆イソフラボン配糖体を加水分解できることを確認した。また、これらのβ−グルコシダーゼを、分泌シグナル配列、及び細胞表層局在タンパク質をコードする遺伝子とともに酵母に導入し、細胞表層にβ−グルコシダーゼを保持する酵母を作製した。さらに、この酵母を用いて、大豆イソフラボン配糖体を加水分解し、イソフラボンアグリコンを効率よく得ることに成功した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規β−グルコシダーゼ、それをコードする遺伝子、この遺伝子を含むベクター、形質転換体、β−グルコシダーゼの製造方法、及びβ−グルコシダーゼを用いてイソフラボンアグリコンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イソフラボンは女性ホルモンであるエストロゲン様の作用を有する物質であり、更年期障害の緩和、骨密度改善による骨粗しょう症の予防、動脈硬化予防、コレステロール低下、ホルモン依存型の乳癌や前立腺癌の予防などに効果を奏する。
【0003】
イソフラボンは配糖体(グリコシド)として植物中に存在し、中でも、大豆に多く含まれている。大豆に含まれるイソフラボン配糖体は、概ね、アグリコンの種類によって、ダイゼイン(Daizein)型(配糖体はダイジン(Daizin))、グリシテイン(Glycitein)型(配糖体はグリシチン(Glycitin))、及びゲニステイン(Genistein)型(配糖体はゲニスチン(Genistin))に分類され、糖の種類によって、グルコシド型、6−O−アセチルグルコシド型、及び6−O−マロニルグルコシド型に分類される。
【0004】
下記一般式(1)
【0005】
【化1】

(式中、Rは水素原子又は水酸基を示し、Rは水素原子又はメトキシ基を示す。Rが水素原子であるときRは水素原子又はメトキシ基を示し、Rが水酸基であるときRは水素原子を示す。)
は、グルコシド型配糖体である。
【0006】
また下記一般式(2)
【0007】
【化2】

(式中、Rは水素原子又は水酸基を示し、Rは水素原子又はメトキシ基を示す。Rが水素原子であるときRは水素原子又はメトキシ基を示し、Rが水酸基であるときRは水素原子を示す。)
は、6−O−アセチルグルコシド型配糖体である。
【0008】
また下記一般式(3)
【0009】
【化3】

(式中、Rは水素原子又は水酸基を示し、Rは水素原子又はメトキシ基を示す。Rが水素原子であるときRは水素原子又はメトキシ基を示し、Rが水酸基であるときRは水素原子を示す。)
は、6−O−マロニルグルコシド型配糖体である。
【0010】
式(1)、(2)、及び(3)において、R及びRがともに水素原子(H)である配糖体がダイジンであり、Rが水素原子(H)、Rがメトキシ基(−OCH)である配糖体がグリシチンであり、Rが水酸基(−OH)、Rが水素原子(H)である配糖体がゲニスチンである。
【0011】
一般にヒトにおいては、イソフラボン配糖体は摂取後、腸内細菌の働きによりグリコシド結合が分解されてイソフラボンアグリコンになる。その結果、腸管での吸収度が向上し、生理活性が得られると考えられている。このアグリコンへの変換には複数の腸内細菌が関与すると考えられており、各人の腸内フローラ(菌叢)の差異により、アグリコンへの変換効率は個人差が極めて大きい。従って、イソフラボンのもつ生理活性を安定して発揮させるには、アグリコン自体を摂取することが望ましい。
【0012】
イソフラボン配糖体のグリコシド結合を分解し、イソフラボンアグリコンの製造に用いることができる酵素として、β−グルコシダーゼが知られている。例えば、特許文献1は、アクレモニウム属糸状菌由来のβ−グルコシダーゼを開示している。この酵素は、セロオリゴ糖、セロビオース、又はアグリコンとβ−D−グルコピラノシル結合をする配糖体を加水分解し、グルコースを生成する。しかし、このβ−グルコシダーゼは、イソフラボン配糖体に対する加水分解活性が低い。
【0013】
また、特許文献2は、β−グルコシダーゼを細胞表層に発現する酵母を用いて、セルロース繊維からグルコースを生成、アルコール発酵を行う方法を開示している。しかし、同公報のβ−グルコシダーゼは、イソフラボン配糖体に対する加水分解活性が低い。
【0014】
また、特許文献3は、植物中のイソフラボン複合体を所定温度及びpHの条件下で処理してイソフラボン配糖体とし、次いで、この配糖体を所定温度及びpHの条件下でグリコシド結合を分解できる酵素で処理してイソフラボンアグリコンにするイソフラボンアグリコンの製造方法を開示している。グリコシド結合を分解できる酵素として、α−及びβ−ガラクトシダーゼ、ペクチナーゼが例示されている。これらの酵素は、イソフラボン配糖体に対する加水分解活性が低い。
【特許文献1】国際公開WO02/26979号公報
【特許文献2】国際公開WO01/79483号公報
【特許文献3】特開平10−117792号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、大豆イソフラボン配糖体を加水分解できる新たなβ−グルコシダーゼを提供することを課題とする。また本発明は、それをコードする遺伝子、この遺伝子を含むベクター、このベクターを保持する形質転換体、この形質転換体を用いてβ−グルコシダーゼを製造する方法、及びこの形質転換体を用いてイソフラボンアグリコンを効率よく製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記課題を解決するために本発明者らは研究を重ね、アスペルギルス・オリゼのゲノム配列の中から、3種の新規β−グルコシダーゼ遺伝子を見出した。また、これらの遺伝子を細胞表層局在タンパク質をコードするポリヌクレオチドとともに含むベクターを用いて酵母細胞を形質転換し、β−グルコシダーゼを細胞表層に保持する酵母を作製した。さらに、これらの酵母の存在下で、ダイジン、グリシチン、及びゲニスチンのグリコシド結合を加水分解して、イソフラボンアグリコンを効率よく製造することに成功した。
【0017】
本発明は、上記知見に基づき完成されたものであり、下記のβ−グルコシダーゼなどを提供する。
【0018】
項1. 下記の(1)又は(2)のβ−グルコシダーゼ。
(1) 配列番号2,4,又は6で示されるアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ
(2) 配列番号2,4,又は6で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換したアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ
項2. 下記の(3)又は(4)のβ−グルコシダーゼ遺伝子。
(3) 配列番号1,3,又は5で示される塩基配列からなるβ−グルコシダーゼ遺伝子
(4) 配列番号1,3,又は5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドからなるβ−グルコシダーゼ遺伝子
項3. 項2に記載の遺伝子を発現できるように含むベクター。
【0019】
項4. 5’末端側から順に、酵母細胞で機能する分泌シグナル配列、項2に記載のβ−グルコシダーゼ遺伝子、細胞表層局在タンパク質の全部又は一部をコードするポリヌクレオチドを含む項3に記載のベクター。
【0020】
項5. 細胞表層局在タンパク質が、GPIアンカリングタンパク質である項4に記載のベクター。
【0021】
項6. 宿主に項3に記載のベクターを導入してなる形質転換体。
【0022】
項7. 項6に記載の形質転換体を培養する工程と、培養物からβ−グルコシダーゼを回収する工程とを含むβ−グルコシダーゼの製造方法。
【0023】
項8. イソフラボン配糖体を、項1に記載のβ−グルコシダーゼの存在下で、糖とイソフラボンアグリコンとに分解する工程と、イソフラボンアグリコンを回収する工程とを含むイソフラボンアグリコンの製造方法。
【0024】
項9. 項4又は5に記載のベクターを保持する酵母。
【0025】
項10. 項1に記載のβ−グルコシダーゼを細胞表層に保持する酵母。
【0026】
項11. イソフラボン配糖体を、項9又は10に記載の酵母の存在下で、糖とイソフラボンアグリコンとに分解する工程と、イソフラボンアグリコンを回収する工程とを含むイソフラボンアグリコンの製造方法。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、大豆イソフラボン配糖体のβ−グリコシド結合を効率よく加水分解できる3つのβ−グルコシダーゼが提供された。
【0028】
イソフラボン配糖体は、更年期障害の緩和、骨密度改善による骨粗しょう症の予防、動脈硬化予防、コレステロール低下、ホルモン依存型の乳癌や前立腺癌の予防などの作用を有するが、アグリコンは配糖体の100倍以上の活性を有し、また配糖体に比べて体内への吸収性がよい。また、配糖体を分解する腸内フローラの差異によりアグリコンへの変換効率は個人差が極めて大きい。このため、イソフラボンをアグリコンの形で摂取することが望まれる。
【0029】
この点、本発明のβ−グルコシダーゼによりイソフラボン配糖体を効率よく加水分解してアグリコンを得ることができる。中でも、本発明の第1のβ−グルコシダーゼは、大豆に含まれる主なイソフラボン配糖体のいずれも加水分解するため、これを用いることにより大豆から抽出したイソフラボン配糖体混合物から効率よくイソフラボンアグリコン混合物を得ることができる。
【0030】
また、本発明の第2のβ−グルコシダーゼは、ゲニスチンを特異的にアグリコンに分解するため、大豆から抽出したイソフラボン配糖体混合物から高い抗腫瘍活性を示すゲニステインを効率よく製造することができる。また、ゲニステインは強い抗酸化活性をもっており、体内で発生した活性酸素を中和し、過酸化脂質の発生を抑制する。動物実験では、ゲニステインがSOD活性を上げることも示されている。
【0031】
また、本発明の第3のβ−グルコシダーゼは、アセチル化又はマロニル化されていない糖を有するイソフラボン配糖体を特異的に分解するため、これにより大豆イソフラボン配糖体混合物を加水分解すると、主にアセチル化されていない糖が生成する。遺伝子組換えの手法によりβ−グルコシダーゼを高生産する微生物を用いて大豆イソフラボン配糖体混合物を加水分解する場合は、微生物はアセチル化又はマロニル化されていない糖を資化するため、生成する糖により培養液の粘度が増大することがなく、取り扱いが容易である。本発明の第3のβ−グルコシダーゼは、第1のβ−グルコシダーゼに比べて、グリステインプアーな素材の供給が可能である。これにより、ダイゼイン及びゲネステイン主体のものが得られ素材の多様性を持たせることができる。
【0032】
また、本発明のβ−グルコシダーゼを、分泌シグナルペプチド及び細胞表層局在タンパク質との融合タンパク質として酵母に発現させるときは、得られる酵母は細胞表層にβ−グルコシダーゼを保持するものとなる。これにより、β−グルコシダーゼを酵母に高密度に固定化でき、反応槽内に酵母を高密度で充填又は懸濁することにより、反応内のβ-グルコシダーゼ密度を高くすることができる、酵母の増殖により酵素を簡単に増やすことができる、菌体外にアグリコンが生成するため回収が容易である、菌体の回収による再利用が可能である等のメリットが得られる。さらに、配糖体の加水分解により糖が生成するが、酵母が糖を資化するため、糖により反応液の粘度が増大して取り扱いが困難になるということが回避される。また、糖による酵素反応のフィードバック阻害が回避される。このことが、β−グルコシダーゼ酵素剤を使用する従来法の産業化におけるネックを解消している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
(I)β−グルコシダーゼ
本発明のβ−グルコシダーゼは、下記の(1)又は(2)の酵素である。
(1) 配列番号2,4,又は6で示されるアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ;又は
(2) 配列番号2,4,又は6において1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換したアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ活性を有するタンパク質(酵素)である。
【0034】
配列番号2,4,又は6のアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼは、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)に由来する酵素である。本発明において、β−グルコシダーゼは、β−グルコシドから糖部分を遊離するのみならず、β−アセチルグルコシド、β−マロニルグルコシドから糖部分を分解する酵素をいう。
【0035】
中でも、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ;又は配列番号2において1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換したアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ活性を有する酵素は、ダイジン、グリシチン、及びゲニスチンの全てを効率良く加水分解できる点で好ましい。
【0036】
また、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ;又は配列番号4において1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換したアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ活性を有する酵素は、ゲニスチンを効率良く加水分解できるものである。
【0037】
さらに、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ;又は配列番号6において1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換したアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ活性を有する酵素は、アセチル化又はマロニル化された糖に対する分解活性が低い。従って、微生物が資化できない糖が生成せず、反応の進行に伴い培養液の粘度が増大するということがない。
【0038】
本発明において「数個」とは、例えば5個以下、好ましくは3個以下、より好ましくは2個以下をいう。
【0039】
配列番号2、4、及び6のアミノ酸配列の改変によりβ−グルコシダーゼ活性を喪失することなく(2)のホモログ酵素を得るには、例えば、既に同定されている各種のβ−グルコシダーゼとの相同性が低い部分のアミノ酸を改変すればよい。
【0040】
例えばアミノ酸の置換の場合には、タンパク質の構造保持の観点から、極性、電荷、親水性/疎水性等の点で、置換前のアミノ酸と類似した性質を有するアミノ酸に置換することができる。例えば、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリンは非極性アミノ酸に分類され;セリン、トレオニン、システイン、メチオニン、アスパラギン、グルタミンは極性アミノ酸に分類され;フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンは芳香族側鎖を有するアミノ酸に分類され;リジン、アルギニン、ヒスチジンは塩基性アミノ酸に分類され;アスパラギン酸、グルタミン酸は酸性アミノ酸に分類される。従って、同じ群のアミノ酸から選択して置換することができる。
【0041】
(2)のホモログには、例えばアスペルギルス・オリゼ以外の生物種のβ−グルコシダーゼが含まれる。このような他生物種の対応タンパク質は、本発明のβ−グルコシダーゼをコードする遺伝子の全長又は一部を用いた他生物種の遺伝子ライブラリーのスクリーニング等により同定された塩基配列から演繹的に同定できる。また、後述するNCBIのBlastサーチにより選抜された他の生物種の対応遺伝子から演繹的に同定することもできる。また(2)のホモログには、配列番号2,4,又は6のアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼの変異体や誘導体も含まれる。
(II)β−グルコシダーゼ遺伝子
本発明のβ−グルコシダーゼ遺伝子は、以下の(3)又は(4)の遺伝子、又はポリヌクレオチドである。
(3) 配列番号1,3,又は5で示される塩基配列からなるβ−グルコシダーゼ遺伝子
(4) 配列番号1,3,又は5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつβ−グルコシダーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド
本発明において、「遺伝子」には、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖又はアンチセンス鎖といった1本鎖DNAや、RNAも含まれる。また、「遺伝子」は、天然酵素の全長をコードするものに限らず、β−グルコシダーゼ活性を有するものであれば天然酵素の部分ポリペプチドに対応するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドも含まれる。
【0042】
本発明において、「あるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド」は、例えばMolecular Cloning:A Laboratory Manual(Sambrookら編、コールド・スプリング・ハーバー・ラボラトリー・プレス、コールド・スプリング・ハーバー、ニューヨーク、1989年)に記載の方法等によって得ることができる。本発明において「ストリンジェント」な条件としては、6×SSC(standard saline citrate;1×SSC=0.15M NaCl,0.015M Sodium citrate)、0.5%SDS及び50%ホルムアミドの溶液中において42℃で一夜加温した後、0.1×SSC、0.5%SDSの溶液中において68℃で30分間洗浄した場合にそのポリヌクレオチドから脱離しない条件が挙げられる。
【0043】
配列番号1,3,5の改変により(4)の遺伝子を得る方法は前述したとおりである。
(III)ベクター
本発明のベクターは、上記説明したβ−グルコシダーゼ遺伝子を発現できるように含むベクターである。このベクターはどのような細胞で機能できるものであってもよく、例えば酵母で機能できるベクター、アスペルギルス・オリゼ(以下、「麹菌」ということもある)で機能できるベクターなどが挙げられる。また、動物細胞で機能できるベクター、昆虫細胞で機能できるベクター、大腸菌で機能できるベクターなどであってもよい。本発明のβ−グルコシダーゼは麹菌に由来するものであるため、宿主として麹菌を用いる場合にセルフクローニングとなるため、組み換え体にならない。また、酵母は後述するように、β−グルコシダーゼを細胞表層に保持させることができるため好ましい宿主である。このことから、ベクターとしては、麹菌で機能できるベクター、及び酵母で機能できるベクターが特に好ましい。
【0044】
酵母で機能できるベクターとしては、YIp5、YEp24のような公知のベクターを制限なく使用できる。また、高活性プロモーターである酵母SED1プロモーター(特開2003−265177号)、GAPDHプロモーター(特公平7−24594)、PGK1プロモーター(EMBO J.(1982),1,603-Tuite,M.F. et.al)、又はADH1プロモーター(Nature(1981),293,717- Hitzeman,R.A.et.al)により外来遺伝子を発現できるベクターを好ましく挙げることができる。これらのベクターに使用できるターミネーターとしては、ADH1(アルデヒドデヒドロゲナーゼ)ターミネーター、GAPDH(グリセルアルデヒド3’-リン酸デヒドロゲナーゼ)ターミネーター等が挙げられる。
また発現ベクターの構築を大腸菌を用いて簡単に行うことができるように、発現ベクターは大腸菌の複製開始点(ColE1)を有していることが望ましい。また、通常、酵母選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、URA3、TRP1、LEU2等)及び大腸菌の選択マーカー(薬剤耐性遺伝子等)を備えていればよい。
【0045】
また、酵母で機能できるベクターは、酵母の自律複製配列を含んでいないものであれば、通常、酵母の染色体DNA組み込み型のものとなる。染色体組み込み型のベクターは、選択圧をかけなくてもβ−グルコシダーゼの発現ユニットが脱落し難い。このため、コストの点で選択圧をかけ難い工業スケールでの培養において、β−グルコシダーゼを高発現させることができる。
【0046】
アスペルギルス・オリゼでは、自律複製能を有するプラスミドは継代的に維持できないため、染色体組み込み型のプラスミドベクターが用いられる。この場合、pUC118などの汎用ベクターに麹菌で機能するプロモーター、ターミネーター、選択マーカーを挿入したものを用いればよい。特に、sodM(特開2001−224381)、glaB(特開2000−245465、特開平11−243965)、又はmelO(特開2001−46078)などの麹菌由来高活性プロモーターを有し、glaBのターミネーター(特開2000−245465、特開平11−243965)などの麹菌由来のターミネーターを有するものが好ましい。選択マーカーとしては、niaD(Mol.Gen.Genet., 218, 99-104, (1989))、ptrA(Biosci.Biotechnol.Biochem., 64, 1464-1421, (2000))などを使用できる。
【0047】
また、昆虫細胞で機能できるベクターとしては、AcNPV等が挙げられ、大腸菌内で機能できるベクターとしては、pBR322、pUC12、pUC119、pBluescript等が挙げられる。
<酵母細胞表層提示用のベクター>
上記β−グルコシダーゼを遺伝子組換えの手法により宿主に生産させ、この組換えβ−グルコシダーゼを用いて大豆イソフラボン配糖体からイソフラボンアグリコンを生産するにあたり、β−グルコシダーゼを細胞表層に保持した酵母を用いることが好ましい。
【0048】
形質転換によりこのような酵母を作製するためのベクターは、5’末端側から、酵母で機能する分泌シグナル配列、前述した本発明のβ−グルコシダーゼ遺伝子、及び細胞表層局在タンパク質の全部又は一部をコードするポリヌクレオチドを含むものであり、酵母に導入することにより、分泌シグナルペプチド、β−グルコシダーゼ、及び細胞表層局在タンパク質の全部又は一部の融合タンパク質を発現する。このベクターには、前述した酵母の高活性プロモーターが含まれることが望ましい。
<分泌シグナル配列>
分泌シグナル配列は、分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチド配列である。
【0049】
分泌シグナルペプチドは、ペリプラズムを含む細胞外に分泌される分泌性タンパク質のN-末端に通常結合しているペプチドである。このペプチドは、生物間で類似した構造を有しており、20個程度のアミノ酸からなり、N末端付近に塩基性アミノ酸配列を有し、その後に疎水性アミノ酸を多く含んでいる。分泌シグナルは、通常、分泌性タンパク質が細胞内から細胞膜を通過して細胞外へ分泌される際にシグナルペプチダーゼにより分解されることにより除去される。
【0050】
本発明においては、β−グルコシダーゼを酵母の細胞外に分泌させることができる分泌シグナルペプチドをコードするポリヌクレオチド配列であれば、どのようなものでも用いることができ、その起源は問わない。例えば、リゾプス・オリゼ(Rhizopus oryzae)等のグルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列、アスペルギルス・オリゼ(Aspergillus oryzae)のグルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列、酵母(Saccharomyces cerevisiae)のα−またはa−アグルチニンの分泌シグナルペプチド配列、酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のα因子の分泌シグナルペプチド配列等を好適に用いることができる。特に、分泌効率の点で、リゾプス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列が好ましい。また、アスペルギルス・オリゼ由来グルコアミラーゼの分泌シグナルペプチド配列も好ましいものとして挙げられる。
<細胞表層局在タンパク質>
細胞表層局在タンパク質は、細胞表層に固定化され又は付着ないしは接着してそこに局在するタンパク質であればよく、公知のものを制限なく使用できる。
【0051】
細胞膜に局在するタンパク質としては、膜貫通タンパク質や細胞表層局在タンパク質が挙げられる。膜貫通タンパク質は、疎水性アミノ酸領域部分で脂質二重膜を貫通しているタンパク質であり、受容体タンパク質に多く見られる。一方、細胞表層局在タンパク質としては、脂質で修飾されたタンパク質が知られており、この脂質が膜成分と共有結合することにより細胞膜に固定される。その他に、固定化の機構が明らかにされていない細胞表層局在タンパク質もあり、本発明方法ではそれらも使用できる。細胞表層局在タンパク質としては、後述する各種GPIアンカリングタンパク質やBGL2などが知られている。BGL2は、酵母のβ−グルカナーゼで細胞壁に強く結合することは分かっているが、その機構は不明のタンパク質である。また、BGL2は、GPIアンカリングタンパク質に共通するモチーフは有さない。
<GPIアンカリングタンパク質>
細胞表層局在タンパク質の代表例として、GPI(glycosylphosphatidylinositol:エタノールアミンリン酸-6マンノースα1−2マンノースα1−6マンノースα1−4グルコサミンα1−6イノシトールリン脂質を基本構造とする糖脂質)アンカリングタンパク質を挙げることができる。GPIアンカリングタンパク質は、そのC末端に糖脂質であるGPIを有しており、このGPIが細胞膜中のPI(phosphatidylinositol)と共有結合することによって細胞膜表面に結合する。
【0052】
GPIアンカリングタンパク質のC末端へのGPIの結合は以下のようにして行われる。即ち、GPIアンカリングタンパク質は、転写及び翻訳の後、N末端側に存在する分泌シグナルの作用により小胞体内腔に分泌される。GPIアンカリングタンパク質のC末端又はその近傍の領域には、GPIアンカーがGPIアンカリングタンパク質と結合する際に認識されるGPIアンカー付着シグナルと呼ばれる領域が存在する。小胞体内腔及びゴルジ体において、このGPIアンカー付着シグナル領域が切断され、新たに生じるC末端にGPIが結合する。
【0053】
GPIが結合したタンパク質は、分泌小胞により細胞膜まで運ばれ、GPIが細胞膜のPIに共有結合することにより、細胞膜に固定される。さらに、ホスファチジルイノシトール依存性ホスホリパーゼC(PI−PLC)によりGPIアンカーが切断され、細胞壁に組み込まれることにより細胞壁に固定された状態で、細胞表面に提示される。
【0054】
GPIアンカリングタンパク質のプロセッシング及び細胞内輸送の様子を図1に示す。
【0055】
このように、GPIアンカリングタンパク質は、本発明にいう細胞表層局在タンパク質の1種であって、しかもGPIアンカー付着シグナルを有するものである。本発明においては、細胞表層局在タンパク質をコードするポリヌクレオチドとして、GPIアンカー付着シグナル領域を含むGPIアンカリングタンパク質の細胞膜結合領域をコードするポリヌクレオチドを好適に用いることができる。
【0056】
GPIアンカリングタンパク質の細胞膜結合領域は、GPIアンカー付着シグナル領域を含む、通常C末端の領域である。この細胞膜結合領域は、GPIアンカー付着シグナル領域を含んでいればよく、β−グルコシダーゼ活性を阻害しない限り、その他GPIアンカリングタンパク質のどのような部分を含んでいてもよい。
【0057】
GPIアンカリングタンパク質は、酵母細胞で機能するタンパク質であればよく、公知のGPIアンカリングタンパク質を制限なく使用できる。公知のGPIアンカリングタンパク質としては、例えば、酵母の性凝集タンパク質であるα−又はa−アグルチニン、Flo1タンパク質、大腸菌の外膜タンパク質OmpA(Georgiou,Get.alTrends Biotechnol.,11,6-10,1993)、大腸菌マルトーストランスポーターLamB、大腸菌鞭毛タンパク質flagellin、枯草菌細胞壁溶解酵素CwlB等が挙げられる。
【0058】
特に、酵母のα−アグルチニンを好適に使用できる。α−アグルチニンのC末端側から320ないしは600個のアミノ酸からなる領域(即ち、C末端から320個のアミノ酸からなる領域、C末端から321個のアミノ酸からなる領域、・・・・・C末端から599個のアミノ酸からなる領域、又はC末端から600個のアミノ酸からなる領域)を用いることが好ましく、C末端側から320個のアミノ酸からなる領域をコードするポリヌクレオチド配列を用いることがより好ましい。α−アグルチニンのC末端側から320個のアミノ酸からなる配列には、4カ所の糖鎖結合部位が存在する。GPIアンカーがPI−PLCにより切断された後、この糖鎖と細胞壁を構成する多糖類とが共有結合することにより、α−アグルチニンの細胞壁への固定を増強する。
【0059】
α−アグルチニンなどでは、GPIアンカリングタンパク質の細胞膜結合領域をコードする配列は、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列との双方を含んでいるが、本発明の細胞表層局在タンパク質は、細胞表層局在タンパク質の一部をコードする配列とGPIアンカー付着シグナル配列とが、別々の起源から調製されたものであってもよい。
【0060】
細胞表層局在タンパク質は、細胞表層に結合できるものであればよく、例えばN末端が一部欠けていても良い。
<その他>
分泌シグナル配列とβ−グルコシダーゼ遺伝子との間には、分泌シグナルペプチドによる融合タンパク質の分泌を阻害しない程度であれば、任意のオリゴヌクレオチド配列が挿入されていてもよい。一般に30b程度までの挿入配列が許容される。また、β−グルコシダーゼ遺伝子と細胞表層局在タンパク質をコードする配列との間には、一般に30b程度までであれば、任意のオリゴヌクレオチド配列が挿入されていてもよい。さらに、プロモーターと分泌シグナル配列との間にも、プロモーターによる融合タンパク質遺伝子の発現を阻害しない範囲で任意のヌクレオチド配列が挿入されていてもよい。
【0061】
発現ベクターは、プラスミドベクターであってもよく、あるいは人工染色体であってもよい。ベクターの調製が容易であり、また酵母細胞の形質転換が容易である点で、プラスミドベクターであることが好ましい。SED1プロモーターを備える発現ベクターであって、酵母染色体DNAに組み込まれるものとしては、pRS406にSED1プロモーターと分泌シグナル配列、β−グルコシダーゼ遺伝子、及びα−アグルチニンのC末端から320個のアミノ酸からなる領域をコードする配列からなるポリヌクレオチド断片を挿入して構築したpRS406 Psed1−CAS1等が挙げられる。
【0062】
また、GAPDHプロモーターを備える発現ベクターであって、酵母染色体DNAに組み込まれるものとしては、pICAS1(京都大学大学院農学研究科の植田充美教授より分譲)等が挙げられる。PGK1プロモーター又はADH1プロモーターを含む発現ベクターは、これらのプロモーターをPCRにより増幅してプラスミドpRS406に連結することにより作製できる。
(IV)形質転換体
上記説明した本発明のベクターを用いて宿主を形質転換することにより、本発明の麹菌β−グルコシダーゼを高生産する形質転換体が得られる。
<宿主>
宿主は、ベクターに適した宿主を制限なく使用できる。
【0063】
特に、β−グルコシダーゼを表層提示した酵母を作製するための宿主は、子のう菌酵母(Ascomycetou yeast)に属するものであればよく、特に限定されない。その中でもSaccharomycetaceaeに属するものが好ましく、Saccharomyces属であるものがより好ましい。
【0064】
中でも、各種培養ストレスに強いことから、厳密な制御が難しい工業生産においても安定した細胞増殖を示す点で、実用酵母が好ましい。また、実用酵母は多倍体であるため、相同染色体にベクターを複数組み込むことができる。その結果、一倍体である実験室酵母に組み込む場合に比べて、β−グルコシダーゼの発現量が多くなる。実用酵母としては清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ビール酵母、パン酵母など、発酵食品に深く関与する酵母が挙げられる。実用酵母の中でも、長年使用されてきた安全性の実績があり、濃糖耐性(浸透圧ストレス耐性)を有し、さらに遺伝学的にも安定した清酒酵母が好ましい。
【0065】
清酒酵母としては、日本醸造協会頒布の「きょうかい酵母」およびこれらを親株とした突然変異株などが挙げられる。また他にも、清酒醸造で使用されている酵母であればいずれも有用である。形質転換マーカーとして栄養要求性遺伝子を用いる場合は、これら清酒酵母に突然変異などの手法を用いて栄養要求性を付与した株を用いればよく、そのような栄養要求性としてはウラシル要求性、トリプトファン要求性、ロイシン要求性、ヒスチジン要求性、アデニン要求性などが挙げられる。清酒酵母にウラシル要求性を付与した例としては「きょうかい9号酵母」を宿主として突然変異法により取得したSaccharomyces cerevisiae GRI−117−Uが挙げられる。
<形質転換方法>
形質転換方法は、特に限定されず、リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、DEAEデキストラン法、酢酸リチウム法、プロトプラスト法などのトランスフェクション法やマイクロインジェクション法のような公知の方法を制限なく使用できる。
【0066】
β−グルコシダーゼを表層提示する酵母を作製する場合、得られた酵母の細胞表層にβ−グルコシダーゼが固定されていることは、常法により確認できる。例えば、被験酵母に、このβ−グルコシダーゼに対する抗体と、FITCのような蛍光標識2次抗体またはアルカリフォスファターゼのような酵素標識2次抗体等とを作用させる方法、β−グルコシダーゼに対する抗体とビオチン標識2次抗体とを反応させた後さらに蛍光標識ストレプトアビジンを作用させる方法などが挙げられる。
(V)β−グルコシダーゼの製造方法
β−グルコシダーゼ遺伝子を含むベクターで形質転換された形質転換体を培養し、培養物からβ−グルコシダーゼを回収することにより、β−グルコシダーゼを効率よく製造することができる。
<麹菌による製造>
麹菌にβ−グルコシダーゼを生産させる場合は、形質転換体を培養する培地は、宿主である麹菌の培養に適した培地とすればよい。例えば、ポテトデキストロース培地(ニッスイ社)または最少培地(2%グルコース(又はスターチ)、0.3%NaNO、0.2%KCl、0.1%KHPO、0.05%MgSO、0.002%FeSO、pH6.0)等を使用できる。培地は、固体培地でも液体培地でもよい。なお、固体培地にする場合は、105%程度の寒天を添加した培地を用いればよい。
【0067】
培養温度は、形質転換体の生育可能温度範囲であればよく、例えば25〜42℃程度が挙げられる。培養時間は、その他の条件によって異なるが、通常2〜7日間程度とすればよい。
【0068】
本発明の第1及び第3の各β−グルコシダーゼ(BG1、BG5)は分泌タンパク質であるため、培養終了後に培養上清を回収すればよい。寒天培地の場合も培養上清としての寒天培地を回収すればよい。
【0069】
また、本発明の第2のβ−グルコシダーゼ(BG3)は麹菌細胞内に蓄積されるものであるため、濾紙、ガラスフィルターなどで集菌し、通常は、液体窒素で凍結し粉砕したり、海砂Bですり潰したりすればよい。また、別法としてポリトロンやホモジナイザーなども菌体の破砕に利用できる。得られた破砕液を5000〜12000g程度で5〜20分間程度遠心分離し、上清を回収すればよい。
【0070】
さらに、これらの上清を、公知のタンパク質精製方法、例えばイオン交換、疎水、ゲルろ過、アフィニティなどの各種クロマトグラフィーに供することによりβ−グルコシダーゼを精製してもよい。
<酵母による製造>
酵母にβ−グルコシダーゼを生産させる場合は、形質転換体を培養する培地は、宿主である酵母の培養に適した培地とすればよい。例えば、YPD培地、適当な選択圧をかけたSD培地等を使用できる。
【0071】
培養温度は、形質転換体の生育可能温度範囲であればよく、例えば15〜40℃程度が挙げられる。培養時間は、その他の条件によって異なるが、通常2〜7日間程度とすればよい。
【0072】
一般に、分泌にかかわるシグナル配列は酵母と麹菌とで互換性があるため、β−グルコシダーゼの回収方法は、麹菌による製造の項目で述べた方法と同じとすればよい。
【0073】
得られたβ−グルコシダーゼを精製してもよい
<その他の細胞による製造>
形質転換体が大腸菌のような細菌である場合は、細菌の培養に通常使用される液体培地又は平板培地を用いて培養すればよい。培養温度はその細菌の生育可能温度内であればよく、例えば15〜40℃程度が挙げられる。培養時間は、その他の培養条件により異なるが、通常2〜7日間程度とすればよい。
【0074】
形質転換体が哺乳動物細胞である場合にも、当該細胞に応じて適した条件で培養すればよい。例えばFBSを添加したDMEM培地(ニッスイ社製等)を用い、5%CO存在下に25〜40℃程度の温度で、数日ごとに新しい培地に交換しながら培養することができる。細胞がコンフルエントになるまで増殖したら、例えばトリプシンPBS溶液を加えて個々の細胞に分散させ、得られた細胞の懸濁液を数倍に希釈して新しいシャーレに播種し継代を続ければよい。培養日数は、通常2〜14日間程度とすればよい。
【0075】
β−グルコシダーゼの回収、及び精製については前述したとおりである。
(VI)イソフラボンアグリコンの製造方法
第1の製造方法
本発明の第1のイソフラボンアグリコンの製造方法は、本発明のβ−グルコシダーゼの存在下で、イソフラボン配糖体をイソフラボンアグリコンと糖とに分解する工程と、得られたイソフラボンアグリコンを回収する工程とを含む方法である。
<イソフラボン配糖体>
イソフラボン配糖体の由来は特に限定されず、どのような植物から得たものであってもよい。大豆にはイソフラボン配糖体が多く含まれることから、大豆由来のイソフラボン配糖体を用いることが好ましい。イソフラボン配糖体は1種を単独で使用してもよく、植物から抽出されたイソフラボン配糖体混合物を使用してもよい。さらに、大豆のような植物そのものを原料として用いてもよい。
【0076】
大豆からイソフラボン配糖体を抽出するに当たっては、大豆、特に大豆の胚芽部分を、ポリトロン、ホモジナイザーなどを用いて磨り潰し、水又はアルコールで抽出すればよい。また、大豆のイソフラボン配糖体混合物は、フジッコ株式会社から市販されている(製品名:フジフラボンP40)。
【0077】
また、各イソフラボン配糖体は長良サイエンス株式会社(岐阜市折立字長瀬479−15)から市販されている。
<酵素反応>
反応液中の基質(イソフラボン配糖体)の濃度は、通常0.1〜30重量%程度とすることが好ましく、1〜10重量%程度とすることがより好ましい。上記の基質濃度範囲であれば、実用的なイソフラボンアグリコンの製造効率が得られる。また、上記基質濃度範囲であれば、生成する糖により反応液の粘度が増大しすぎて取り扱いが困難になるということがない。また、生成糖によるフィードバック阻害により酵素反応速度が低下したり反応停止したりすることがない。
【0078】
また酵素の使用量は、反応液中のβ−グルコシダーゼ活性が10〜1000U/ml程度となる量が好ましい。β−グルコシダーゼは1種を単独で使用することができ、また基質特異性が互いに異なる複数のβ−グルコシダーゼを併用してもよい。
【0079】
反応液のpHは、使用するβ−グルコシダーゼの至適pHを考慮して定めればよいが、概ねpH3〜5程度が好ましい。
【0080】
反応温度は、β−グルコシダーゼが活性を示す温度であればよく、通常30〜50℃程度が好ましい。
【0081】
反応液中の各成分濃度を、例えば、ガスクロマトグラフィーやHPLCなどを用いて経時的にモニターすることにより、基質の追加量、反応時間、pH調整剤の添加量などを決定すればよい。また、基質である配糖体は水溶性であるため、反応開始時の反応液は基質が水に溶けて透明であるが、アグリコンは水に不溶であるため、反応の進行に伴い反応液が濁るようになる。この濁りを例えば660nmにおける吸光度などでモニターして吸光度が1〜100程度に達した時点で反応を終了することもできる。その他、反応液の粘度測定によるモニターが可能である。
<アグリコンの回収>
上記の反応により反応液中にイソフラボンアグリコン、及び糖が生成する。前述したようにアグリコンは水不溶性であるため、反応液中で沈殿を生じる。この沈殿を遠心分離などで回収することにより、イソフラボンアグリコンを回収すればよい。また、水と二層に分配するエーテル、ヘキサンのような有機溶媒で抽出することもできる。さらに、各種クロマトグラフィーなどを用いて精製すればよい。
第2の製造方法
本発明の第2のイソフラボンアグリコンの製造方法は、本発明のβ−グルコシダーゼを細胞表層に保持する酵母の存在下で、イソフラボン配糖体をイソフラボンアグリコンと糖とに分解する工程と、得られたイソフラボンアグリコンを回収する工程とを含む方法である。
<酵母>
β−グルコシダーゼを細胞表層に保持する酵母は、上記説明した本発明のβ−グルコシダーゼ遺伝子を細胞表層局在タンパク質及び分泌シグナルペプチドとの融合タンパク質として発現する酵母である。この融合タンパク質をコードするポリヌクレオチドが染色体DNA中に組み込まれた酵母を使用することにより、安定してイソフラボンアグリコンを製造することができる。
【0082】
酵母は1種を単独で使用することができ、また互いに異なる種類のβ−グルコシダーゼを生産する異種酵母を組み合わせて用いることもできる。また、複数種のβ−グルコシダーゼ遺伝子が染色体DNA中に組み込まれることにより複数種のβ−グルコシダーゼを生産するようになった酵母を用いることもできる。
【0083】
反応液中の酵母密度は、酵母1細胞当たりに固定されているβ−グルコシダーゼの分子数及び活性により異なるが、反応液中のβ−グルコシダーゼ活性が10〜1000U/ml程度となる密度とすることが好ましい。
【0084】
酵母は、そのまま反応液中に含まれていてもよく、又は、固定化されていてもよいが、連続反応、回分式反応又は半回分式反応により連続使用できる点で、固定化されていることが好ましい。「固定化」とは、酵母が遊離の状態ではない状態を意味し、例えば、酵母が担体に結合、付着又は担体内部に取り込まれた状態を指す。固定化方法は特に限定されず、公知の微生物固定化方法を採用できる。このような公知の固定化方法としては、細孔を有する担体に酵母を保持させる方法、格子やマイクロカプセルにより酵母を包括する方法などが挙げられる。
【0085】
担体としては、反応液中の水又は溶媒に対して不溶性の物質からなるものを用いる。具体的には、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミド、ポリビニルフォルマール、セルロース等の樹脂からなる多孔質体を好適に使用できる。また、ポリウレタンフォーム、ポリスチレンフォーム、シリコンフォームのような発泡体も多孔質体として使用できる。担体内で良好に酵母を増殖させることができ、さらに活性が低下した酵母や死滅した酵母を脱離させずに長期間保持することができる点で、多孔質の担体が望ましい。
【0086】
多孔質体の細孔(開口部)の直径は、酵母の種類によっても異なるが、通常50〜1000μm程度が好ましい。上記開口部直径の範囲であれば、酵母の侵入及び増殖が容易であるとともに、高密度で酵母を保持することができる。
【0087】
また担体の外形は、特に限定されず、球状、立方体状又は不定形などの粒状;網目状、シート状などのいずれの形状であってもよい。調製が容易である点で、粒状であることが好ましい。粒子の大きさは、例えば球状の場合直径が2〜50mm程度、立方体状の場合2〜50mm角程度とすればよい。
【0088】
包括による酵母の固定化方法としては、ポリアクリルアミド、アルギン酸カルシウム、κ−カラギーナン、合成プレポリマー(光架橋性樹脂プレポリマー、ウレタンプレポリマー等)などを用いて格子状に酵母を包括する方法;相分離法、界面重合法、水中乾燥法などの手法で高分子半透膜からなるマイクロカプセルで酵母を覆うことによりこれを包括する方法が挙げられる。また、酵母を互いに架橋する方法も挙げられる。
反応
原料として使用するイソフラボン配糖体は、第1の製造方法について説明した通りである。
【0089】
イソフラボン配糖体の分解反応は、反応容器内の反応液中に遊離の酵母又は固定化された酵母を懸濁した状態で行うことができる。また、カラムのような反応容器内に遊離又は固定化された酵母を充填したバイオリアクターを用いて行うこともできる。また、反応は連続式、回分式(バッチ式)又は半回分式のいずれの方式で行ってもよい。
【0090】
反応液中には、基質となるイソフラボン配糖体、またはそれを含む原料のみ含まれていてもよく、又はこれに加えてpH調整のための緩衝剤や酵母の生存に必要な公知の物質が含まれていてもよい。
【0091】
反応液中の基質(イソフラボン配糖体)の濃度は、通常0.1〜50重量%程度とすることが好ましく、1〜40重量%程度とすることがより好ましい。上記の基質濃度範囲であれば、実用的なイソフラボンアグリコンの製造効率が得られる。
【0092】
反応液のpHは、使用するβ−グルコシダーゼの至適pHを考慮して定めればよいが、概ねpH3〜5程度が好ましい。
【0093】
反応温度は、酵母が保持するβ−グルコシダーゼが活性を示す温度であればよく、通常30〜60℃程度が好ましい。β−グルコシダーゼが細胞表層に固定化されている分、酵素の耐熱性が向上する。この場合、酵母の生育可能温度を超えていても、表層のβ−グルコシダーゼが活性を有していれば分解反応は行うことができる。但し、この場合は生成してくる糖を除去(資化)することは出来なくなる。
【0094】
反応液中の各成分濃度を、例えばガスクロマトグラフィーやHPLCなどを用いて経時的にモニターすることにより、基質の追加量、反応時間、pH調整剤などの添加量を決定し、また反応の終点を決定すればよい。また、アグリコンの回収は、前述した有機溶媒を用いた二層分配、又は遠心分離沈殿画分のエタノール抽出により行えばよい。得られたイソフラボンアグリコンの精製方法は、第1の製造方法について説明した通りである。
実施例
以下、本発明を実施例を示してより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0095】
本発明において、酵素活性の検出、及び酵素活性の測定は以下の方法で行った。
<β−グルコシダーゼ活性の検出>
β−グルコシダーゼ活性の有無は、菌体又は培養上清を1mM 4−Nitrophenyl−β−D−glucopyranosideを含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、37℃で10分間静置した後、等量のNaCOを加え反応を停止し、遊離した4−Nitrophenolを目視にて確認した。遊離4−Nitrophenolは黄色を呈するため、この呈色を確認する。
<β−グルコシダーゼ活性の定量>
β−グルコシダーゼ活性は、菌体又は培養上清を1mM 4-Nitrophenylβ-D-glucopyranosideを含む50mM酢酸緩衝液(pH5.0)中に添加し、37℃で30分間静置した後、等量のNaCOを加え反応を停止し、遊離した4-Nitrophenol量から求めた。β−グルコシダーゼ活性1U=4-Nitrophenyl-β-D-glucopyranosideから1分間に1μmolの4-Nitrophenolを生成するのに必要な酵素量、と定義した。
【実施例1】
【0096】
新規β−グルコシダーゼ遺伝子のクローニング
常法に従って、Aspergillus oryzaeのβ−グルコシダーゼのcDNAを取得した。簡単に述べると、まず、Aspergillus oryzae O−1013株(FERM P−16528として寄託)から全RNAを抽出し、ついで、オリゴdTセルロースを用いてPoly(A)+RNAを取得した。
【0097】
次にPoly(A)+RNAを鋳型とし、GIBCO BRL社のRT−PCR KITを用いて逆転写反応を行い、cDNA混合物を取得した。即ち、5'-gtcgacATGAAGCTGTCAGCGGCACTTTCT-3'(配列番号7)及び5'- gttaac cTAAGCTCAATGATCCGGTCAACTG-3'(配列番号8)を合成し、これをプライマーとして、それぞれ先ほどのcDNA混合物を鋳型にPCRした。PCRは、50℃/30分−94℃/2分の後、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返す条件で行った。ここで、両プライマーの設計には、後に各種発現用ベクターに連結しやすいように、翻訳開始コドンATGの直前に制限酵素サイトSalIを付加、また翻訳終止コドンを除去した後ろにg(配列番号8では、相補的なc)と制限酵素サイトHpaIを付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0098】
また、プライマーとして5'-gtcgacATGGGTTCCACTTCAACATCGACT-3'(配列番号9)及び5'- gttaac cAGCTTTCTCAATGTATTGGTCGAA-3'(配列番号10)を使用した他は、上記と同様の操作を行い、第2のβ−グルコシダーゼ(BG3)のcDNA断片(約1.5kbp)を得た。SalIサイト、及びHpaIサイトを除く塩基配列を配列番号3に示す。
【0099】
また、プライマーとして、5'-gtcgacATGGCTGCCTTCCCGGCCTATTTG-3'(配列番号11)及び5'- gttaaccCAAAGTAGAACATCCCTCTCCAAC-3'(配列番号12)を使用した他は、上記と同様の操作を行い、第3のβ−グルコシダーゼ(BG5)のcDNA断片(約2.6kbp)を得た。SalIサイト、及びHpaIサイトを除く塩基配列を配列番号5に示す。
【実施例2】
【0100】
β−グルコシダ−ゼを発現するベクターの作製
pRS406(STRATAGENE社より販売)のBamHI−SalI切断部位にPsed1(特開2003−265177号)を、またXhoI−KpnI切断部位にADH1ターミネーターを挿入した。さらにSalIとXhoIとの間に制限酵素サイトHpaIを追加し、pK112を作成した。
【0101】
得られた目的DNAをSalIとHpaIで消化し、上記プラスミドpK112のSalIとHpaI切断部位に挿入して、目的とする3つのプラスミドpK112−BG1, pK112−BG3,及びpK112−BG5を得た。
【実施例3】
【0102】
β−グルコシダ−ゼを発現する酵母の作製
常法に従い、実施例2で得られたプラスミドpK112−BG1, pK112−BG3,及びpK112−BG5をそれぞれ単離し、制限酵素StuIで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母Saccharomyces cerevisiae GRI−117−Uにそれぞれ導入した。0.67% Yeast nitrogen base w/o amino acids(Difco社)、0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpK112−BG1, −BG3, −BG5が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。この酵母を、それぞれSaccharomyces cerevisiae GRI−117−U(BG1), GRI−117−U(BG3), GRI−117−U(BG5)と名付けた。
【実施例4】
【0103】
β−グルコシダ−ゼ活性の確認
得られた酵母GRI−117−U(BG1), GRI−117−U(BG3), 及びGRI−117−U(BG5)をそれぞれ1%Yeast extract (Difco社),2%Polypepton (日本製薬製), 2%グルコースを含むYPD液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離した。得られた菌体を50mM酢酸緩衝液(pH5.0)に懸濁後、超音波処理により破砕し、その遠心上清を菌体破砕液とした。回収した培地と菌体破砕液のβ−グルコシダ−ゼ活性を測定した。この際コントロールとして、Saccharomyces cerevisiae GRI−117−Uを用いた。
【0104】
その結果、コントロールは培地および菌体破砕液にβ−グルコシダーゼ活性は認められなかった。一方、形質転換した酵母GRI−117−U(BG1)とGRI−117−U(BG5)は培地中と菌体破砕液にβ−グルコシダーゼ活性を示した。一方、GRI−117−U(BG3)は菌体破砕液にのみβ−グルコシダーゼ活性が検出された。
【実施例5】
【0105】
β−グルコシダ−ゼを酵母細胞表層に提示するベクターの作製
(A) 常法に従って、Aspergillus oryzaeのグルコアミラーゼの分泌シグナル配列を取得した。簡単に述べると、5'-gaattcATGCGGAACAACCTTCTTTTT-3'(配列番号13)及び5'-gtcgacGTTGAGATCCGACTGCCTCTT-3'(配列番号14)を合成し、これをプライマーとして、プラスミドpNGB1(Gene 207,127−134 (1998))を鋳型にPCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/30秒のサイクルを30回繰り返した。ここで、両プライマーの端には、他の遺伝子断片との連結を効率化するため、それぞれ制限酵素サイトEcoRIとSalIを付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0106】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、制限酵素EcoRI、SalIで切断し、約100bpのグルコアミラーゼ分泌シグナル配列を取得した。配列表の配列番号15にその配列を示す。
(B) Aspergillus oryzaeのβ−グルコシダーゼのcDNAは実施例1の方法により取得した。
(C) α-アグルチニンのC末端の一部をコードする配列及びGPIアンカー付着シグナル配列を有する遺伝子(320アミノ酸)を有する配列を取得するため、酵母Saccharomyces cerevisiae MT8−1から、常法により染色体DNAを単離し、5'-gtcgaccccgggGCTCGAGCGCCAAAAGCTCTTTTATC-3'(配列番号16)および5'-ggtaccTTTGATTATGTTCTTTCTAT-3'(配列番号17)の2つのプライマーを用いて、PCRを行った。PCRの条件としては、94℃/1分−52℃/1分−72℃/2分のサイクルを30回繰り返した。ここで、本遺伝子断片と他の断片との連結を効率化するため、配列番号16に示すプライマーの端には制限酵素サイトSalIとSmaIを、配列番号17に示すプライマーの端には制限酵素サイトKpnIを付加した。これらの追加配列は上記プライマー配列において、小文字で表記した。
【0107】
得られたPCR産物をスピンカラム(キアゲン社製、PCR Purification Kit)により精製後、SalIとKpnIとで消化して、SalI -KpnI断片を得た。このSalI -KpnI断片には、α-アグルチニンのC末端から320アミノ酸をコードする配列と、3'非コード領域の446bpとを含んでおり、この配列中にGPIアンカー付着シグナル配列が含まれている。配列表の配列番号18にその配列を示す。
【0108】
本発明のポリヌクレオチドの1実施例である目的DNAは、(A)で得られた分泌シグナル配列と(B)で得られたβ−グルコシダーゼのcDNAと(C)で得られたα-アグルチニンのC末端の一部を、以下の方法で接続することより得られる。
【0109】
pRS406(STRATAGENE社より販売)のBamHI−EcoRI切断部位にPsed1(特開2003−265177)を組み込んだプラスミドを作製した。このプラスミドのEcoRI-KpnI切断部位に、 (A)で得られた分泌シグナル配列と(C)で得られたα-アグルチニンのC末端の一部を常法に従いDNA連結酵素(T4 Ligase)等を用いて連結した断片を挿入した。このプラスミドをpK113とした。
【0110】
続いてpK113のSalI−SmaI切断部位に、(B)で得たβ−グルコシダーゼのcDNAをSalIとHpaIで消化した断片を挿入し、目的とするプラスミドpK113−BG1, pK113−BG3, 及びpK113−BG5を得た。
【実施例6】
【0111】
β−グルコシダーゼを細胞表層に提示する酵母の作製
実施例5で得られたプラスミドpK113−BG1, pK113−BG3, 及びpK113−BG5をそれぞれ単離し、制限酵素StuIで一カ所を切断して線状としたDNAを、酢酸リチウム法で酵母Saccharomyces cerevisiae GRI−117−Uに導入した。0.67%Yeast nitrogen base w/o amino acids (Difco社)0.077% CSM−URA(BIO101社)、2%グルコースを含むSD寒天培地で培養し、生育してきた酵母を選択した。本培地ではプラスミドpK113−BG1, pK113−BG3, 又はpK113−BG5が染色体に導入され、ウラシル要求性が相補された株のみが生育できる。この酵母を、Saccharomyces cerevisiae GRI−117−U(BG1)Display, GRI−117−U(BG3)Display, GRI−117−U(BG5)Displayと名付けた。
【実施例7】
【0112】
表層提示酵母を用いたβ−グルコシダーゼ活性の確認
得られた酵母GRI−117−U(BG1)Display, GRI−117−U(BG3)Display,及びGRI−117−U(BG5)Displayをそれぞれ1%Yeast extract(Difco社),2%Polypepton(日本製薬製),2%グルコースを含むYPD液体培地で培養し、遠心分離して培地と菌体とに分離し、それぞれのβ−グルコシダーゼ活性を測定した。この際コントロールとして、Saccharomyces cerevisiae GRI−117−Uを用いた。
【0113】
その結果、コントロールは、培地および菌体にβ−グルコシダーゼ活性は認められなかった。一方、酵母GRI−117−U(BG1)Display, GRI−117−U(BG3)Display,及びGRI−117−U(BG5)Displayはすべて未破砕の菌体にβ−グルコシダーゼ活性を示した。
【実施例8】
【0114】
表層提示酵母を用いたイソフラボン配糖体からのイソフラボンアグリコンの生産
食品添加物として市販されている大豆イソフラボン配糖体(フジフラボンP40、(フジッコ株式会社製))10gを100mlの水に溶解した配糖体水溶液を調製した。
【0115】
実施例6で得た各表層提示酵母は、YPD培地5mlで2晩培養した。使用する菌体量は、培養液の660nmの吸光度を測定し、等量になるよう集菌した。
【0116】
この配糖体水溶液5mlに、上記酵母菌体を添加し、30℃で振盪培養した。培養開始12時間後、及び84時間後に、培養液を1mlサンプリングし、3000gで10分間遠心分離した。
【0117】
培養開始直後、12時間後、及び84時間後の配糖体水溶液の外観、及び遠心分離した後の培養液の外観を図2に示す。図2のNは配糖体水溶液に酵母を添加しなかったものであり、Uはβ−グルコシダーゼを含むベクターで形質転換する前の宿主酵母GRI−117−Uを使用したものであり、1はBG1を使用したものであり、2はBG3を使用したものであり、3はBG5を使用したものである。
【0118】
BG1、BG3、及びBG5では、12時間後からアグリコンの沈殿が得られた。特に、BG1では大量のアグリコンが得られた。それぞれの培養液は培養開始後、反応副生成物である糖により一旦粘度が上昇したが、培養終了時には、反応前と同程度にまで粘度が低下した。これは、配糖体の加水分解と並行して酵母による糖資化が進んだためと考えられる。このことから、以後の培養液の操作性に問題が生じないことが確認された。
【実施例9】
【0119】
β−グルコシダーゼの基質特異性の検討
酵素の基質特異性を決定するために、LC−MSを用いた実験を行った。
<LC−MS条件>
装置はWaters社製Alliance2695−2996−ZQ4000(LC-フォトダイオードアレイ検出器-MS検出器)を使用した。カラムはImtakt社 Unison UK−C8 4.6×30mmを使用した。移動相は0.05%HCOOHとメタノールを用い、流速は1ml/分間で、3分間で80:20から20:80になる直線グラジエントを行った。カラム温度は35℃、サンプル温度の制御は行わなかった。
【0120】
フォトダイオードアレイの検出スキャン範囲は220nm〜400nm、MSイオン化条件は、ESI positiveモード:コーン電圧=+50V、ESI negativeモード:コーン電圧=−50Vで行った。
<ピーク分析>
標準物質として長良サイエンス株式会社製のDaizin、Glycitin、Genistin、O-AcetylDaizin、O−AcetylGlycitin、O−AcetylGenistin、Daizein、Glycitein、Genisteinを使用した。これらをイソプロパノールに溶解し、上記条件にて分析を行い、リテンションタイム、吸収スペクトル、分子イオンピークを決定し、基準ピークとした。
<βーグルコシダーゼの基質特異性の検討>
実施例8での反応終了サンプルを9倍量のイソプロパノールと混合し、イソフラボン類を溶解させた。遠心分離により菌体を含む不溶性画分を除去した。上清を19倍量のメタノールと混合し、分析サンプルとした。LC−MS装置にて上記条件で測定を行い、出現したピークの同定を行った。
【0121】
各種配糖体成分のアグリコンへの変換効率は、LC−MS分析でのピーク面積を元に概算した。対象イソフラボンの宿主酵母を用いたときのピーク面積率、即ち、対象イソフラボンのピーク面積/検出された全イソフラボン類の総ピーク面積からβ-グルコシダーゼ表層提示酵母を用いたときのピーク面積率を引き、100をかけた値を変換効率とした。
【0122】
分解産物のLC−MSの溶出パターンを図3に示す。(a)は分解前の配糖体混合物の結果を示し、(b)はBG1による分解産物の結果を示し、(c)はBG3による分解産物の結果を示し、(d)はBG5による分解産物の結果を示す。図3(a)から、BG1は、ダイジン、及びO−アセチルダイジンの双方に対して高い分解活性を有することが分かる。また、図3(c)から、BG5は、O−アセチルダイジンを加水分解せず、ダイジンに対する加水分解活性が高いことが分かる。
【0123】
また、ゲニスチン、O−アセチル化ゲニスチン、及びゲニステインの分解産物のLC−MSの溶出パターンを図4に示す。(a)は分解前の配糖体混合物の結果を示し、(b)はBG1による分解産物の結果を示し、(c)はBG3による分解産物の結果を示し、(d)はBG5による分解産物の結果を示す。図4(a)から、BG1は、ゲニスチン、及びO−アセチルゲニスチンの双方に対して高い分解活性を有することが分かる。また、図4(c)から、BG5は、O−アセチル化ゲニスチンを加水分解せず、ゲニスチンに対する加水分解活性が高いことが分かる。
【0124】
図5に、BG1、BG3、及びBG5の各基質に対する分解活性を、配糖体の糖全体に対する分解活性を100としたときの相対値で示した。この結果、BG1は、アセチル基の有無にかかわらず、ダイジン型、グリシジン型、及びゲニスチン型の全ての配糖体を効率よく分解した。また、BG5は、アセチル化糖を有する配糖体に対する活性が低かった。また、BG3は、ゲニスチン及びアセチル化ゲニスチンに対する特異性が高かった。
【図面の簡単な説明】
【0125】
【図1】GPIアンカリングタンパク質のプロセッシング、及び細胞内輸送の様子を説明する図である。
【図2】本発明のβ−グルコシダーゼを表層提示する酵母を用いてβ−グルコシダーゼ活性を確認した実施例4の結果を示す図である。
【図3】本発明のβ−グルコシダーゼを表層提示する酵母を用いて、ダイジン、O−アセチル化ダイジン、及びダイゼインを分解して得られる産物のLC−MS溶出パターンである。
【図4】本発明のβ−グルコシダーゼを表層提示する酵母を用いて、ゲニスチン、O−アセチル化ゲニスチン、及びゲニステインを分解して得られる産物のLC−MS溶出パターンである。
【図5】BG1、BG3、及びBG5の各基質に対する分解活性を、配糖体の糖全体に対する分解活性を100としたときの相対値で示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の(1)又は(2)のβ−グルコシダーゼ。
(1) 配列番号2,4,又は6で示されるアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ
(2) 配列番号2,4,又は6で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が付加、欠失、又は置換したアミノ酸配列からなるβ−グルコシダーゼ
【請求項2】
下記の(3)又は(4)のβ−グルコシダーゼ遺伝子。
(3) 配列番号1,3,又は5で示される塩基配列からなるβ−グルコシダーゼ遺伝子
(4) 配列番号1,3,又は5で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチドからなるβ−グルコシダーゼ遺伝子
【請求項3】
請求項2に記載の遺伝子を発現できるように含むベクター。
【請求項4】
5’末端側から順に、酵母細胞で機能する分泌シグナル配列、請求項2に記載のβ−グルコシダーゼ遺伝子、細胞表層局在タンパク質の全部又は一部をコードするポリヌクレオチドを含む請求項3に記載のベクター。
【請求項5】
細胞表層局在タンパク質が、GPIアンカリングタンパク質である請求項4に記載のベクター。
【請求項6】
宿主に請求項3に記載のベクターを導入してなる形質転換体。
【請求項7】
請求項6に記載の形質転換体を培養する工程と、培養物からβ−グルコシダーゼを回収する工程とを含むβ−グルコシダーゼの製造方法。
【請求項8】
イソフラボン配糖体を、請求項1に記載のβ−グルコシダーゼの存在下で、糖とイソフラボンアグリコンとに分解する工程と、イソフラボンアグリコンを回収する工程とを含むイソフラボンアグリコンの製造方法。
【請求項9】
請求項4又は5に記載のベクターを保持する酵母。
【請求項10】
請求項1に記載のβ−グルコシダーゼを細胞表層に保持する酵母。
【請求項11】
イソフラボン配糖体を、請求項9又は10に記載の酵母の存在下で、糖とイソフラボンアグリコンとに分解する工程と、イソフラボンアグリコンを回収する工程とを含むイソフラボンアグリコンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−28912(P2007−28912A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−212327(P2005−212327)
【出願日】平成17年7月22日(2005.7.22)
【出願人】(000165251)月桂冠株式会社 (88)
【Fターム(参考)】