説明

新規ラクタム開環酵素およびその用途

【課題】ストレプトスリシンに対し、原核細胞に対する抗生物質活性を失わせることなく、真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)を低減することができる活性を有する酵素、原核細胞に対する抗生物質活性を保持しつつ真核細胞に対する毒性が低減されたストレプトスリシン誘導体およびその製造方法などを提供する。
【解決手段】開示される特定のアミノ酸配列を有するタンパク質などは、ストレプトスリシンのラクタムを開環させることによって、ストレプトスリシンDなどの原核細胞に対する抗生物質活性を失わせることなく、真核細胞に対する抗生物質活性を低減することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規ラクタム開環酵素およびその用途に関する。より具体的には、ストレプトスリシン誘導体のラクタムを開環する活性を有する新規ラクタム開環酵素、当該酵素を用いたラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体の製造方法、ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体を含有する抗菌剤などに関する。
【背景技術】
【0002】
ストレプトスリシン(streptothricin)(「ST」と略記する場合がある。)(図1参照)は、1943年に初めてStreptomyces lavendulaeから単離された広域抗生物質である(非特許文献1:Waksman, S. A. (1943) J. Bacteriol. 46, 299-310)。すべてのSTは、β-リジンホモポリマー(1〜7残基)が結合する、カルバモイル化D-gulosamine基およびアミド型の異常アミノ酸streptolidine(streptolidineラクタム)からなる。STは、原核細胞における強力なタンパク質生合成阻害剤であり、さらに酵母、真菌、原虫、昆虫、植物などの真核細胞の成長を強力に阻害することから、このような生物の一部において、組換えDNA技術のための効果的な選択薬剤として使用されている。しかし、STは腎毒性を示すことから治療には用いられていない。
【0003】
現在までに、ST耐性細菌から単離されたTn1825およびTn1826などの転移因子中に、多くのST耐性遺伝子が同定されており(非特許文献2)、この種の転移因子は、志賀毒素産生性大腸菌(非特許文献3)やShigella菌株(非特許文献4)など、臨床的に問題となる病原体からも単離されている。タンパク質生合成阻害活性を示す抗生物質(アミノ配糖体など)に対する細菌耐性は、抗生物質の取り込みと蓄積の減少、16S RNAまたはリボゾームタンパク質の修飾、および抗生物質の酵素的修飾の、3つの原因により引き起こされる(非特許文献5)。しかし、STに対する細菌耐性に関しては、現在までに、β-リジンのβ-アミノ基(16位)のモノアセチル化(図1参照)によるST分子の修飾によりもたらされる共通した耐性機序が唯一明らかにされているのみである。実際、Streptomyces lavendulae(非特許文献6)、Streptomyces rochei(非特許文献7)、Streptomyces noursei(非特許文献8、非特許文献9)などのST産生菌株でも、N-アセチルトランスフェラーゼ(NAT)をコードするST耐性遺伝子が同定されており、自ら産生したSTに対する自己耐性における役割が研究されている。この耐性機序と、多くの細菌に対してST-DのほうがST-Fより抗菌力が強いという事実に基づいて、β-リジン基が抗生物質活性において重要な役割を果たしていることが示された。一方、Inamori(非特許文献10)およびTaniyama(非特許文献11)のグループは、ST-Fから化学的に合成したST-F-acid(図1参照。彼らの論文ではracenomycin-A-acid)は、細菌、真菌、植物に対する抗生物質活性を示さなかったことを独自に報告した。この結果から、streptolidineラクタムも抗生物質活性に不可欠であることが確認された。しかしながら、ST-D-acidの抗生物質活性は試験されていない。
【非特許文献1】Waksman, S. A. (1943) J. Bacteriol. 46, 299-310
【非特許文献2】Partridge, S. R., & Hall, R. M. (2005) J. Clin. Microbiol. 43, 4298-4300
【非特許文献3】Singh, R., Schroeder, C. M., Meng, J., White, D. G., McDermott, P. F., Wagner, D. D., Yang, H., Simjee, S., Debroy, C., Walker, R. D., & Zhao, S. (2005) J. Antimicrob. Chemother. 56, 216-219
【非特許文献4】Peirano, G., Agerso, Y., Aarestrup, F. M., & dos Prazeres Rodrigues, D. (2005) J. Antimicrob. Chemother. 55, 301-305
【非特許文献5】Vakulenko, S. B., & Mobashery, S. (2003) Clin. Microbiol. Rev. 16, 430-450
【非特許文献6】Horinouchi, S., Furuya, K., Nishiyama, M., Suzuki, H., & Beppu, T. (1987) J. Bacteriol. 169, 1929-1937
【非特許文献7】Fernandez-Moreno, M. A., Vallin, C., & Malpartida, F. (1997) J. Bacteriol. 179, 6929-6936
【非特許文献8】Krugel, H., Fiedler, G., Haupt, I., Sarfert, E., & Simon, H. (1988) Gene. 62, 209-217
【非特許文献9】Grammel, N., Pankevych, K., Demydchuk, J., Lambrecht, K., Saluz, H. P., & Krugel, H. (2002) Eur. J. Biochem. 269, 347-357
【非特許文献10】Inamori, Y., Tominaga, H., Okuno, M., Sato, H., & Tsujibo, H. (1988) Chem. Pharm. Bull. (Tokyo) 36, 1577-80
【非特許文献11】Taniyama, H., Sawada, Y., & Kitagawa, T. (1971) J. Antibiot. (Tokyo) 24, 662-666
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記状況において、ストレプトスリシンに対し、原核細胞に対する抗生物質活性を失わせることなく、真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)を低減することができる活性を有する酵素、原核細胞に対する抗生物質活性を保持しつつ真核細胞に対する毒性が低減されたストレプトスリシン誘導体およびその製造方法などが望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質が、ストレプトスリシンのラクタムを開環させる活性を有することを見出した。さらに、該酵素によってラクタムが開環されたストレプトスリシンDの誘導体(ST-D-acid)が、原核細胞に対する抗生物質活性を保持しつつ真核細胞に対する毒性が低減されていることを見出した。これらの知見に基づいてさらに検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、
(1) 以下の(a)〜(f)のいずれかに記載のポリヌクレオチド:
(a)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(b)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(c)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(d) 配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(e)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;及び
(f)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド、
(2) 以下の(g)〜(i)のいずれかである上記(1に記載のポリヌクレオチド:
(g)配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列または配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16のアミノ酸配列において、1〜10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(h) 配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;及び
(i)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド、
(3) 配列番号:1の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有する上記(1)に記載のポリヌクレオチド、
(4) 配列番号:2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有する上記(1)に記載のポリヌクレオチド、
(5) DNAである、上記(1)〜(4)のいずれかに記載のポリヌクレオチド、
(6) 上記(1)〜(5)のいずれかに記載のポリヌクレオチドにコードされるタンパク質、
(7) 配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列からなる上記(6)に記載のタンパク質。
(8) 配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる上記(7)に記載のタンパク質。
(9) 上記(1)〜(5)のいずれかに記載のポリヌクレオチドを含有する組換えベクター、
(10) 上記(9)に記載の組換えベクターが導入された形質転換体、
(11) 上記(10)に記載の形質転換体を培養し、上記(6)に記載のタンパク質を生成させる工程を含む、上記(6)に記載のタンパク質の製造方法、
(12) 上記(6)に記載のタンパク質を用いてラクタムを開環する工程を含む、ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体またはその塩の製造方法、
(13) ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体が、式(I)
【化4】

(式中、nは1〜7の整数を表す。)
で表される化合物である、上記(12)に記載の製造方法、
(14) 式(I)で表される化合物が、式(II)
【化5】

で表される化合物である、上記(13)に記載の製造方法、
(15) 式(II)
【化6】

で表される化合物またはその塩を含有する抗菌剤
などを提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明のタンパク質は、ストレプトスリシンのラクタムを開環させることにより、原核細胞に対する抗生物質活性を失わせることなく真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)を低減させることができるので、臨床開発可能な、または創薬におけるリード化合物にできるストレプトスリシン誘導体の製造に使用することができる。
また、本発明のポリヌクレオチドは、ストレプトスリシンに対する耐性を真核細胞(例えば、酵母)に付与することができるので、抗生物質耐性マーカー遺伝子として、組換えDNA技術に好適に使用することができる。
さらに、ST-D-acidは、原核細胞に対する抗生物質活性を保持しつつ真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)が低減されているので、臨床開発可能な抗菌剤として、または、そのような抗菌剤の創薬におけるリード化合物として使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明者らは、ストレプトスリシン(ST)非産生菌株と考えられているStreptomyces albulus NBRC14147からの、新たな機序を示すST耐性付与遺伝子(sttH)の単離に成功した。SttHのin vivoおよびin vitroでの分析により、この酵素がstreptolidineラクタムのアミド結合の加水分解を触媒することにより、ST耐性が付与されることが証明された。興味深いことに、ST-F(β-リジン残基1個)では、SttHの作用により原核細胞と真核細胞(酵母)の両方に対する毒性が失われるが、3個のβ-リジン残基をもつST-Dの選択毒性は、streptolidine lactamの加水分解により広域性から細菌特異性に変換する。STは哺乳類に毒性を示すことから、臨床開発されたことはない。しかし、本研究において、SttHにより加水分解され、ラクタムが開環されたST-D(ST-D-acidと称することがある)は、真核細胞に対する毒性が減少しても、依然として強い抗菌活性を示すことが明らかにされ、ST-D-acidを臨床開発できる、または創薬における新たなリード化合物にできる可能性が示唆された。さらに、sttH遺伝子と組み合わせたST-Dの使用は、酵母などの真核細胞を用いる組換えDNA技術における非常に有力な手法となると考えられる。
【0009】
本発明は、これらの知見に基づき、ストレプトスリシン(ST)の原核細胞に対する抗生物質活性を失わせることなく真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)を低減させることができるタンパク質(新規ラクタム開環酵素)、当該タンパク質をコードするポリヌクレオチド、当該ポリヌクレオチドを含有するベクター、当該ベクターまたはポリヌクレオチドが導入された形質転換体、当該形質転換体を用いる当該タンパク質の製造方法、当該タンパク質を用いる原核細胞に対する抗生物質活性を保持しつつ真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)が低減されたストレプトスリシン誘導体の製造方法、ST-D-acidを含有する抗菌剤などを提供するものである。
【0010】
1.本発明のポリヌクレオチド
本明細書中、配列番号:1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドを「sttH遺伝子」と称することがある。
まず、本発明は、(a)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド(具体的には、DNA、以下、これらを単に「DNA」とも称する);及び(b)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドを提供する。本発明で対象とするDNAは、上記のStreptomyces albulus NBRC14147由来の新規ラクタム開環酵素をコードするDNAに限定されるものではなく、このタンパク質と機能的に同等なタンパク質をコードする他のDNAを含む。機能的に同等なタンパク質としては、例えば、(c)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質が挙げられる。このようなタンパク質としては、配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16のアミノ酸配列において、例えば、1〜100個、1〜70個、1〜50個、1〜30個、1〜15個、1〜10個、1〜9個、1〜8個、1〜7個、1〜6個(1〜数個)、1〜5個、1〜4個、1〜3個、1〜2個、1個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質が挙げられる。上記アミノ酸残基の欠失、置換、挿入および/または付加の数は、一般的には小さい程好ましい。また、このようなタンパク質としては、(d)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16のアミノ酸配列と約80%以上、85%以上、88%以上、90%以上、92%以上、95%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.3%以上、99.5%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつラクタム開環活性を有するタンパク質が挙げられる。上記相同性の数値は一般的に大きい程好ましい。 なお、アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、BLAST(例えば、Altzshul S. F. et al., J. Mol. Biol. 215, 403 (1990)、など参照)やFASTA(Pearson W. R., Methods in Enzymology 183, 63 (1990)、など参照)等の解析プログラムを用いて決定できる。BLASTまたはFASTAを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。ここで、ラクタム開環活性は、通常の方法またはそれに準じた方法によって、例えば、後述の実施例に記載の方法によって測定することができる。本発明におけるラクタム開環活性は、より具体的にはストレプトスリシンのラクタムを開環する活性であり、さらに具体的には、ストレプトスリシンのstreptolidineラクタムを開環する活性である。ラクタムの開環は、具体的には、加水分解によって行われる。
【0011】
また、本発明は、(e)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;及び(f)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドも包含する。
【0012】
ここで、「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするポリヌクレオチド(DNA)」とは、配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるDNAまたは配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列をコードするDNAの全部または一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法またはサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるDNAをいう。具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAを固定化したフィルターを用いて、0.7〜1.0mol/LのNaCl存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2倍濃度のSSC(Saline-sodium citrate)溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mmol/L塩化ナトリウム、15mmol/Lクエン酸ナトリウムよりなる)を用い、65℃条件下でフィルターを洗浄することにより同定できるポリヌクレオチドをあげることができる。
【0013】
ハイブリダイゼーションは、Sambrook J. et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2001)(以下、モレキュラー・クローニング第3版と略す)、Ausbel F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley and Sons (1987-1997)、Glover D. M. and Hames B. D., DNA Cloning 1: Core Techniques, A practical Approach, Second Edition, Oxford University Press (1995)等の実験書に記載されている方法に準じて行うことができる。
【0014】
本明細書でいう「ストリンジェントな条件」は、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件のいずれでもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%SDS、50%ホルムアミド、50℃の条件である。条件を厳しくするほど、二本鎖形成に必要とする相補性が高くなる。具体的には、例えば、これらの条件において、温度を上げるほど高い相同性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれら要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0015】
なお、ハイブリダイゼーションに市販のキットを用いる場合は、例えばAlkphos Direct Labelling Reagents(アマシャムファルマシア社製)を用いることができる。この場合は、キットに添付のプロトコルにしたがい、標識したプローブとのインキュベーションを一晩行った後、メンブレンを55℃の条件下で0.1% (w/v) SDSを含む1次洗浄バッファーで洗浄後、ハイブリダイズしたDNAを検出することができる。
【0016】
これ以外にハイブリダイズ可能なDNAとしては、FASTA、BLAST等の解析プログラムにより、デフォルトのパラメータを用いて計算したときに、配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列をコードするDNAと約80%以上、85%以上、88%以上、90%以上、92%以上、95%以上、97%以上、98%以上、99%以上、99.3%以上、99.5%以上、99.7%以上、99.8%以上、99.9%以上の同一性を有するDNAをあげることができる。
【0017】
あるアミノ酸配列に対して、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドは、部位特異的変異導入法(例えば、Gotoh, T. et al., Gene 152, 271-275 (1995)、Zoller, M.J., and Smith, M., Methods Enzymol. 100, 468-500 (1983)、Kramer, W. et al., Nucleic Acids Res. 12, 9441-9456 (1984)、Kramer W, and Fritz H.J., Methods. Enzymol. 154, 350-367 (1987)、Kunkel,T.A., Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 82, 488-492 (1985)、Kunkel, Methods Enzymol. 85, 2763-2766 (1988)、など参照)、アンバー変異を利用する方法(例えば、Gapped duplex法、Nucleic Acids Res. 12, 9441-9456 (1984)、など参照)などを用いることにより得ることができる。
【0018】
また目的の変異(欠失、付加、置換および/または挿入)を導入した配列をそれぞれの5’端に持つ1組のプライマーを用いたPCR(例えば、Ho S. N. et al., Gene 77, 51 (1989)、など参照)によっても、ポリヌクレオチドに変異を導入することができる。
また欠失変異体の一種であるタンパク質の部分断片をコードするポリヌクレオチドは、そのタンパク質をコードするポリヌクレオチド中の作製したい部分断片をコードする領域の5’端の塩基配列と一致する配列を有するオリゴヌクレオチドおよび3’端の塩基配列と相補的な配列を有するオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いて、そのタンパク質をコードするポリヌクレオチドを鋳型にしたPCRを行うことにより取得できる。
【0019】
本発明のポリヌクレオチドとしては、具体的には、上記(a)〜(f)のいずれかに記載のポリヌクレオチドがあげられる。本発明のポリヌクレオチドとしては、(g)配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列または配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16のアミノ酸配列において、1〜10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;(h) 配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;および(i)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドが好ましく、さらに、配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドおよび配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドが好ましい。なかでも、コードされるタンパク質のラクタム開環活性の点で、配列番号:2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドおよび配列番号:1に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチドが好ましい。
【0020】
2.本発明のタンパク質
本発明は、上記本発明のポリヌクレオチドにコードされるタンパク質も提供する。より具体的には、上記ポリヌクレオチド(a)〜(i)のいずれかにコードされるタンパク質であり、好ましくは、配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質、または配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質であり、より好ましくは、配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である。なかでも、ラクタム開環活性の点で、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が好ましい。
【0021】
配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質としては、配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列において、上記したような数のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質が挙げられる。また、このようなタンパク質としては、配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列と上記したような相同性を有するアミノ酸配列を有し、かつラクタム開環活性を有するタンパク質が挙げられる。このようなタンパク質は、「モレキュラークローニング第3版」、「カレント・プロトコールズ・イン・モレキュラー・バイオロジー」、“Nuc. Acids. Res., 10, 6487 (1982)”、“Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 79, 6409 (1982)”、“Gene, 34, 315 (1985)”、“Nuc. Acids. Res., 13, 4431 (1985)”、“Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488 (1985)”等に記載の部位特異的変異導入法を用いて、取得することができる。
【0022】
本発明のタンパク質のアミノ酸配列において1以上のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入および/または付加されたとは、同一配列中の任意かつ1もしくは複数のアミノ酸配列中の位置において、1または複数のアミノ酸残基の欠失、置換、挿入及び/又は付加があることを意味し、欠失、置換、挿入及び付加のうち2種以上が同時に生じてもよい。
以下に、相互に置換可能なアミノ酸残基の例を示す。同一群に含まれるアミノ酸残基は相互に置換可能である。A群:ロイシン、イソロイシン、ノルロイシン、バリン、ノルバリン、アラニン、2-アミノブタン酸、メチオニン、o-メチルセリン、t-ブチルグリシン、t-ブチルアラニン、シクロヘキシルアラニン; B群:アスパラギン酸、グルタミン酸、イソアスパラギン酸、イソグルタミン酸、2-アミノアジピン酸、2-アミノスベリン酸; C群:アスパラギン、グルタミン; D群:リジン、アルギニン、オルニチン、2,4-ジアミノブタン酸、2,3-ジアミノプロピオン酸; E群:プロリン、3-ヒドロキシプロリン、4-ヒドロキシプロリン; F群:セリン、スレオニン、ホモセリン; G群:フェニルアラニン、チロシン。
【0023】
また、本発明のタンパク質は、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t-ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法によっても製造することができる。また、アドバンスドケムテック社製、パーキンエルマー社製、ファルマシア社製、プロテインテクノロジーインストゥルメント社製、シンセセルーベガ社製、パーセプティブ社製、島津製作所社製等のペプチド合成機を利用して化学合成することもできる。
【0024】
3.本発明の組換えベクター及び形質転換体
さらに、本発明は、上述した本発明のポリヌクレオチド(DNA)を含有する組換えベクター及び形質転換体を提供する。本発明の組換えベクターは、上記(a)〜(i)のいずれかに記載のポリヌクレオチド(DNA)を含有する。本発明の形質転換体には、本発明の組換えベクターが、本発明のポリヌクレオチド(DNA)が発現可能なように導入されている。
【0025】
(1)組換えベクターの作成
本発明の組換えベクターは、適当なベクターに本発明のポリヌクレオチド(DNA)を連結(挿入)することにより得ることができる。より具体的には、精製されたDNAを適当な制限酵素で切断し、適当なベクターの制限酵素部位またはマルチクローニングサイトに挿入して、ベクターに連結することにより得ることができる。本発明のポリヌクレオチドを挿入するためのベクターは、宿主中で複製可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミド、バクテリオファージ、動物ウイルス等が挙げられる。プラスミドとしては、例えば、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322, pBR325, pUC118, pUC119等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110, pTP5等)、酵母由来のプラスミド(例えばYEp13, YEp24, YCp50等)などがあげられる。バクテリオファージとしては、例えば、λファージなどがあげられる。動物ウイルスとしては、例えば、レトロウイルス、ワクシニアウイルス、昆虫ウイルス(例えば、バキュロウイルスなど)などがあげられる。
【0026】
本発明のポリヌクレオチドは、通常、適当なベクター中のプロモーターの下流に、発現可能なように連結される。用いられるプロモーターとしては、形質転換する際の宿主が動物細胞である場合には、SV40由来のプロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、サイトメガロウイルスプロモーター、SRαプロモーターなどが好ましい。宿主がエシェリヒア属菌である場合は、Trpプロモーター、T7プロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーターなどが好ましい。宿主がバチルス属菌である場合は、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーターなどが好ましい。宿主が酵母である場合は、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADH1プロモーター、GALプロモーターなどが好ましい。宿主が昆虫細胞である場合は、ポリヘドリンプロモーター、P10プロモーターなどが好ましい。
本発明の組換えベクターには、以上の他に、所望によりエンハンサー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、リボソーム結合配列(SD配列)、選択マーカーなどを含有しているものを用いることができる。選択マーカーとしては、例えば、ジヒドロ葉酸還元酵素遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子などがあげられる。
【0027】
(2)形質転換体の作成
このようにして得られた、本発明のポリヌクレオチド(すなわち、本発明のタンパク質をコードするDNA)を含有する組換えベクターを、適当な宿主中に導入することによって、形質転換体を作成することができる。宿主としては、本発明のDNAを発現できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、エシェリヒア属菌、バチルス属菌、シュードモナス属菌、リゾビウム属菌、酵母、動物細胞または昆虫細胞などがあげられる。エシェリヒア属菌としては、例えば、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)などがあげられる。バチルス属菌としては、例えば、バチルス・ズブチリス(Bacillus subtilis)などがあげられる。シュードモナス属菌としては、例えば、シュードモナス・プチダ(Pseudomonas putida)などがあげられる。リゾビウム属菌としては、例えば、リゾビウム・メリロティ(Rhizobium meliloti)などがあげられる。酵母としては、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、シゾサッカロミセス・ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)などがあげられる。動物細胞としては、例えば、COS細胞、CHO細胞などがあげられる。昆虫細胞としては、例えば、Sf9、Sf21などがあげられる。
【0028】
組換えベクターの宿主への導入方法およびこれによる形質転換方法は、一般的な各種方法によって行うことができる。組換えベクターの宿主細胞への導入方法としては、例えば、例えばリン酸カルシウム法(Virology, 52, 456-457 (1973))、リポフェクション法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 7413 (1987))、エレクトロポレーション法(EMBO J., 1, 841-845 (1982))などがあげられる。エシェリヒア属菌の形質転換方法としては、例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 69, 2110 (1972)、Gene, 17, 107 (1982)などに記載の方法などがあげられる。バチルス属菌の形質転換方法としては、例えば、Molecular & General Genetics,168, 111 (1979)に記載の方法などがあげられる。酵母の形質転換方法としては、例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA,75,1929 (1978)に記載の方法などがあげられる。動物細胞の形質転換方法としては、例えば、Virology,52, 456 (1973)に記載の方法などがあげられる。昆虫細胞の形質転換方法としては、例えば、Bio/Technology, 6, 47-55 (1988)に記載の方法などがあげられる。このようにして、本発明のタンパク質をコードするDNAを含有する組換えベクターで形質転換された形質転換体を得ることができる。
【0029】
4.本発明のタンパク質の製造
また、本発明は、前記形質転換体を培養し、本発明のタンパク質を生成させる工程を含む、本発明のタンパク質の製造方法を提供する。本発明のタンパク質は、前記形質転換体を本発明のタンパク質をコードするDNAが発現可能な条件下で培養し、本発明のタンパク質を生成・蓄積させ、分離・精製することによって製造することができる。
【0030】
(形質転換体の培養)
本発明の形質転換体の培養は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行うことができる。該培養によって、形質転換体によって本発明のタンパク質が生成され、形質転換体内または培養液中などに本発明のタンパク質が蓄積される。
【0031】
宿主がエシェリヒア属菌、バチルス属菌である形質転換体を培養する培地としては、該形質転換体の生育に必要な炭素源、窒素源、無機塩類等を含有し、形質転換体の培養を効率的に行うことができる培地であれば、天然培地、合成培地のいずれを用いてもよい。炭素源としては、グルコース、フラクトース、スクロース、デンプンなどの炭水化物、酢酸、プロピオン酸などの有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類が用いられる。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウムなどの無機酸もしくは有機酸のアンモニウム塩またはその他の含窒素化合物のほか、ペプトン、肉エキス、コーンスティープリカーなどが用いられる。無機塩類としては、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、リン酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウムなどが用いられる。培養中は必要に応じてアンピシリンやテトラサイクリン等の抗生物質を培地に添加してもよい。プロモーターとして誘導性のプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養する場合は、必要に応じてインデューサーを培地に添加してもよい。例えば、Lacプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養するときにはイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)などを、trpプロモーターを用いた発現ベクターで形質転換した形質転換体を培養するときにはインドールアクリル酸(IAA)などを培地に添加してもよい。
【0032】
宿主がエシェリヒア属菌の場合、培養は通常約15〜43℃で約3〜24時間行い、必要により、通気や撹拌を加える。宿主がバチルス属菌の場合、培養は通常約30〜40℃で約6〜24時間行ない、必要により通気や撹拌を加える。
【0033】
宿主が酵母である形質転換体を培養する培地としては、たとえばバークホールダー(Burkholder)最小培地(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 77, 4505 (1980))や0.5%カザミノ酸を含有するSD培地(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 5330 (1984))があげられる。培地のpHは約5〜8に調整するのが好ましい。培養は通常約20℃〜35℃で約24〜72時間行い、必要に応じて通気や撹拌を加える。
【0034】
宿主が動物細胞である形質転換体を培養する培地としては、たとえば約5〜20%の胎児牛血清を含むMEM培地(Science, 122, 501 (1952)),DMEM培地(Virology, 8, 396 (1959))などが用いられる。pHは約6〜8であるのが好ましい。培養は通常約30℃〜40℃で約15〜60時間行い、必要に応じて通気や撹拌を加える。
【0035】
宿主が昆虫細胞である形質転換体を培養する培地としては、Grace's Insect Medium(Nature,195,788(1962))に非働化した10%ウシ血清等の添加物を適宜加えたものなどが用いられる。培地のpHは約6.2〜6.4に調整するのが好ましい。培養は通常約27℃で約3〜5日間行い、必要に応じて通気や撹拌を加える。
【0036】
(本発明のタンパク質の分離・精製)
上記培養物から、本発明のタンパク質を分離・精製することによって、本発明のタンパク質を得ることができる。ここで、培養物とは、培養液、培養菌体もしくは培養細胞、または培養菌体もしくは培養細胞の破砕物のいずれをも意味する。本発明のタンパク質の分離・精製は、通常の方法に従って行うことができる。
【0037】
具体的には、本発明のタンパク質が培養菌体内もしくは培養細胞内に蓄積される場合には、培養後、通常の方法(例えば、超音波、リゾチーム、凍結融解など)で菌体もしくは細胞を破砕した後、通常の方法(例えば、遠心分離、ろ過など)により本発明のタンパク質の粗抽出液を得ることができる。本発明のタンパク質が培養液中に蓄積される場合には、培養終了後、通常の方法(例えば、遠心分離、ろ過など)により菌体もしくは細胞と培養上清とを分離することにより、本発明のタンパク質を含む培養上清を得ることができる。
【0038】
このようにして得られた抽出液もしくは培養上清中に含まれる本発明のタンパク質の精製は、通常の分離・精製方法に従って行うことができる。分離・精製方法としては、例えば、硫酸アンモニウム沈殿、ゲルろ過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相高速液体クロマトグラフィー、透析法、限外ろ過法などを単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。
【0039】
5.ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体の製造
さらに、本発明は、本発明のタンパク質を用いてラクタムを開環する工程を含む、ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体(ST-acidと称することがある。)の製造方法を提供する。本発明のタンパク質は、ストレプトスリシンのラクタムを開環する活性を有するので、本発明のタンパク質を用いることにより、ストレプトスリシンを原料として、ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体を製造することができる。
【0040】
以下、下記反応式1に従って、本発明のラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体の製造方法について説明する。
[反応式1]
【化7】

(式中、nは1〜7の整数を表す。)
【0041】
化合物(III)は、原料となるストレプトスリシンであり、β−リシン側鎖の長さが異なるストレプトスリシンX(n=7)、A(n=6)、B(n=5)、C(n=4)、D(n=3)、E(n=2)、F(n=1)が知られている。ストレプトスリシン(すなわち、化合物(III))は、市販されているか、文献記載の方法(文献1,梅沢濱夫、竹内富雄、黒須英二、(1949) J. Antibiot, 3, 232-235;文献2,Taniyam H., Sawads Y., Kitagawa T. (1971) J. Antibiot, 24, 390-392;文献3,Miyashiro S, Ando T, Hirayama K, Kida T, Shibai H, Murai A, Shiio T, Udaka S.(1983) J. Antibiot, 36, 1638-1643; 文献4,Ando T, Miyashiro S, Hirayama K, Kida T, Shibai H, Murai A, Udaka S. (1987) J. Antibiot, 40, 1140-1145 )に従って得ることができる。
【0042】
反応に用いられる溶媒としては、リン酸ナトリウム緩衝液、トリス塩酸緩衝液などの緩衝液があげられる。反応液のpHは、通常約4.5〜8.0、好ましくは約6.0〜8.0、より好ましくは約6.5である。反応温度は、通常約25〜65℃、好ましくは約35〜65℃、より好ましくは約45℃である。反応時間は、通常30分〜2時間程度であるが、反応速度などに応じて適宜設定することができる。
【0043】
上記の反応によって生成された化合物(I)は、逆相高速液体クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、抽出などの通常用いられる方法によって単離・精製することができる。
【0044】
このようにして得られた化合物(I)が遊離体で得られた場合には、通常の方法によって塩に変換することができる。逆に、化合物(I)が塩で得られた場合には、通常の方法によって遊離体または他の塩に変換することができる。このような塩としては、生理学的に許容される酸(例えば、無機酸、有機酸など)や塩基(例えば、アルカリ金属など)などとの塩が好ましい。無機酸との塩としては、例えば、塩酸、硫酸、リン酸、臭化水素酸などとの塩があげられる。有機酸との塩としては、例えば、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、クエン酸、グルコン酸、酒石酸、乳酸、フタル酸、フマル酸、シュウ酸、マレイン酸、コハク酸、リンゴ酸、メタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、アジピン酸、プロピオン酸、ソルビン酸、安息香酸、アスコルビン酸などとの塩があげられる。塩基との塩としては、金属塩、アンモニウム塩、有機塩基との塩などがあげられる。金属塩としては、例えば、ナトリウム、カリウムなどのアルカリ金属塩との塩;カルシウム、マグネシウム、バリウムなどのアルカリ土類金属との塩;アルミニウム塩などがあげられる。有機塩基との塩としては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ピリジン、ピコリン、2,6−ルチジン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、シクロヘキシルアミン、ジシクロヘキシルアミン、N,N'−ジベンジルエチレンジアミンなどとの塩があげられる。
【0045】
6.本発明のストレプトスリシン誘導体を含有する抗菌剤
また、本発明は、ラクタムが開環されたストレプトスリシンDの誘導体(ST-D-acid)またはその塩などの、本発明のストレプトスリシン誘導体またはその塩を含有する抗菌剤を提供する。上記の製造方法によって製造することができるラクタムが開環されたストレプトスリシンD誘導体(ST-D-acid)またはその塩などは、真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)は低減されているが、原核細胞に対する抗生物質活性は保持している。したがって、ヒトを含む哺乳動物(例、イヌ、ネコ、モルモット、ラット、マウス、ブタ、ヒツジ、ウシなど)、鳥類、は虫類などの真核生物に対して安全に使用しうる抗菌剤として使用することができる。
【0046】
本発明の抗菌剤に用いられる、ラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体としては、原核細胞に対する抗生物質活性の点で、ラクタムが開環されたストレプトスリシンD誘導体(ST-D-acid)、すなわち、上記式(II)で表される化合物が好ましい。
【0047】
本発明のラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体が抗菌活性を示す原核生物(例、細菌など)としては、大腸菌などのグラム陰性菌;結核菌、枯草菌、黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌などの病原性細菌などがあげられる。
【0048】
本発明のラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体またはその塩を上述の抗菌剤として使用する場合、通常の方法によって実施することができる。具体的には、例えば、以下に記載するようにして実施することができる。本発明のラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体またはその塩を抗菌剤として使用する場合には、それ自体または医薬組成物として、例えば、経口、非経口、静脈、口内、直腸、膣、経皮、鼻腔経路経由または吸入経由で投与することができるが、経口的に投与するのが好ましい。経口投与のための医薬組成物としては、錠剤(糖衣錠、コーティング錠、有核錠、舌下錠、口腔内貼付錠、口腔内崩壊錠を含む)、丸剤、カプセル剤(ハードカプセル、ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、散剤、顆粒剤、細粒剤、トローチ剤、液剤(シロップ剤、乳剤、懸濁剤を含む)などが挙げられる。非経口投与のための医薬組成物としては、注射剤、クリーム剤、軟膏剤、坐剤などが挙げられる。このような医薬組成物は、例えば、生理学的に許容される賦形剤、担体などと混合し、常法に従って製造することができる。生理学的に許容される賦形剤、担体などとしては、例えば、固形製剤における賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、緩衝剤、増粘剤、乳化剤などがあげられる。また、必要に応じて、着色剤、甘味剤、抗酸化剤などの製剤添加剤も用いることができる。
【0049】
賦形剤としては、例えば、乳糖、白糖、D−マンニトール、D−ソルビトール、デンプン、α化デンプン、デキストリン、結晶セルロース(例えば、微結晶セルロースなど)、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、アラビアゴム、デキストリン、プルラン、軽質無水ケイ酸、合成ケイ酸アルミニウム、メタケイ酸アルミン酸マグネシウムなどが挙げられる。結合剤としては、例えば、α化デンプン、ショ糖、ゼラチン、マクロゴール、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、トレハロース、デキストリン、プルラン、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、ポリビニルピロリドン(PVP)などが挙げられる。崩壊剤としては、例えば、乳糖、白糖、デンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、架橋ポリビニルピロリドン、カルメロースナトリウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、軽質無水ケイ酸、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、陽イオン交換樹脂、部分α化でんぷん、トウモロコシデンプンなどがあげられる。滑沢剤としては、例えば、ステアリン酸、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、ワックス類、コロイドシリカ、DL−ロイシン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸マグネシウム、マクロゴール、エアロジルなどがあげられる。
【0050】
溶剤としては、例えば、注射用水、生理的食塩水、リンゲル液、アルコール、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、中鎖脂肪酸トリグリセリド(MCT)、植物油(例えば、サフラワー油、ゴマ油、トウモロコシ油、オリーブ油、綿実油、大豆レシチンなど)などがあげられる。溶解補助剤としては、例えば、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどがあげられる。懸濁化剤としては、例えば、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリンなどの界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどの親水性高分子;ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などがあげられる。緩衝剤としては、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩などの緩衝液などがあげられる。増粘剤としては、例えば、天然ガム類、セルロース誘導体などがあげられる。乳化剤としては、例えば、脂肪酸エステル類(例えば、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステルなど)、ワックス(例えば、ミツロウ、菜種水素添加油、サフラワー水素添加油、パーム水素添加油、シトステロール、スチグマステロール、カンペステロール、ブラシカステロール、カカオ脂粉末、カルナウバロウ、ライスワックス、モクロウ、パラフィンなど)、レシチン(例えば、卵黄レシチン、大豆レシチンなど)などがあげられる。
【0051】
着色剤としては、例えば、水溶性食用タール色素(例、食用赤色2号および3号、食用黄色4号および5号、食用青色1号および2号などの食用色素、水不溶性レーキ色素(例、前記水溶性食用タール色素のアルミニウム塩など)、天然色素(例、β−カロチン、クロロフィル、ベンガラなど)などがあげられる。甘味剤としては、例えば、ショ糖、乳糖、サッカリンナトリウム、グリチルリチン酸二カリウム、アスパルテーム、ステビアなどがあげられる。抗酸化剤としては、例えば、亜硫酸塩、アスコルビン酸及びそれらのアルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩などがあげられる。
【0052】
錠剤、顆粒剤、細粒剤などに関しては、味のマスキング、光安定性の向上、外観の向上あるいは腸溶性などの目的のため、コーティング基材を用いて通常の方法でコーティングしてもよい。そのコーティング基剤としては、糖衣基剤、水溶性フィルムコーティング基材、腸溶性フィルムコーティング基材などがあげられる。糖衣基剤としては、例えば、白糖があげられ、さらにタルク、沈降炭酸カルシウム、ゼラチン、アラビアゴム、プルラン、カルナバロウなどから選ばれる1種または2種以上を併用してもよい。水溶性フィルムコーティング基剤としては、例えば、ヒドロキシプロピルセルロース(HPC)、ヒドロキシプロピルメチルセルロース(HPMC)、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、メチルヒドロキシエチルセルロースなどのセルロース系高分子;ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、アミノアルキルメタアクリレートコポリマーE(オイドラギットE(登録商標))ポリビニルピロリドンなどの合成高分子;プルランなどの多糖類などがあげられる。腸溶性フィルムコーティング基剤としては、例えば、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースアセテートサクシネート、カルボキシメチルエチルセルロース、酢酸フタル酸セルロースなどのセルロース系高分子;メタアクリル酸コポリマーL(オイドラギットL(登録商標))、メタアクリル酸コポリマーLD(オイドラギットL−30D55(登録商標))メタアクリル酸コポリマーS(オイドラギットS(登録商標))などのアクリル酸系高分子;セラックなどの天然物などがあげられる。これらのコーティング基剤は、単独で、または2種以上を適宜の割合で混合してコーティングしてもよく、また2種以上を順次コーティングしてもよい。
【0053】
本発明の抗菌剤における本発明のラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体またはその塩の含有量は、通常0.01重量%〜100重量%、好ましくは1〜99重量%である。
【0054】
本発明のラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体またはその塩の投与量は、抗菌作用の有効量の範囲内であればよく、対象疾患、投与対象、投与方法、症状などによっても異なるが、通常、体重1kg当たり、1日につき、約0.001〜約1000mgである。より具体的には、例えば、前記したような病原性細菌に感染した患者に、経口的に投与する場合、体重1kg当たり、1日につき、本発明のラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体を約0.01〜100mg、好ましくは0.05〜50mg、より好ましくは、0.1〜10mg投与する。非経口的に投与する場合、体重1kg当たり、1日につき、本発明のラクタムが開環されたストレプトスリシン誘導体を約0.001〜50mg、好ましくは0.005〜20mg、より好ましくは、0.01〜10mg投与する。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0056】
[材料と方法]
まず、本発明で用いた材料、実験方法について説明する。
(1)化学薬品
ストレプトスリシン(ST)(クローンNAT、ST-FとST-Dの混合物;ST-FとST-Dの割合は約5:1)はWERNER BioAgents(Meisenweg、イェナ、ドイツ)から入手した。その他すべての試薬は分析用特級とした。
【0057】
(2)細菌株、プラスミド、DNA操作の一般的手法
S. albulus NBRC14147のDNAをsttH遺伝子のクローニングに使用した。S. albulus NBRC14147の培地と生育条件は以前報告したとおりである(Takagi, H., Hoshino, Y., Nakamori, S., & Inouye, S. (2000) J. Biosci. Bioeng. 89, 94-96)。E. coli−StreptomycesシャトルベクターであるpWHM3(Kieser, T., Bibb, M. J., Buttner, M. J., Chater, K. F., & Hopwood, D. A. (2000) Practical Streptomyces Genetics (John Innes Foundation, Norwich, U.K))とS. lividans TK23(Kieser, T., Bibb, M. J., Buttner, M. J., Chater, K. F., & Hopwood, D. A. (2000) Practical Streptomyces Genetics (John Innes Foundation, Norwich, U.K))をsttH遺伝子のクローニングに使用した。ST産生株として、S. lavendulae NBRC12789を使用した。STに対するNATをコードするnat遺伝子は、pHN15プラスミド(WERNER BioAgents)から切り出した。pQE30プラスミド、E. coli M15(pREP4)(Qiagen)、およびE. coli XL1-Blue MRF((東洋紡、日本、大阪府)を組換えタンパク質の過剰発現に用いた。 E. coli 菌株とStreptomyces 菌株のDNA組換えは標準的な技術を用いて行った(Kieser, T., Bibb, M. J., Buttner, M. J., Chater, K. F., & Hopwood, D. A. (2000) Practical Streptomyces Genetics (John Innes Foundation, Norwich, U.K),Sambrook, J., & Russell, D. W. (2001) Molecular Cloning: A Laboratory Manual (Cold Spring Harbor Lab. Press, Plainview, New York))。サザンブロット分析はECL直接核酸標識・検出システム(Amersham Bioscience、ニュージャージー州ピスカタウェイ)を用いて行った。S. cerevisiae におけるsttHとnat遺伝子の発現には、S. cerevisiae CKY8菌株(MAT( ura3-52 leu2-3、112)と酵母エピソーム様pAD4プラスミドを使用した。このプラスミドはアンピシリン耐性遺伝子(E. coli用)およびLEU2遺伝子(酵母用)の選択マーカーを含むE. coli−Saccharomycesシャトルベクターである。CKY8菌株の形質転換はBD Yeastmaker Yeast Transformation System 2(BD Biosciences Clontech、カリフォルニア州パロアルト)を用いて実施した。pAD4誘導体を保有するS. cerevisiae CKY8菌株は、L-leucine(SC-Leu)を含まない合成完全培地(Sherman, F. (1991) Methods Enzymol. 194, 3-21)またはYPD培地(Sherman, F. (1991) Methods Enzymol. 194, 3-21)で生育させた。STおよびST-acidの最小発育阻止濃度(MIC)試験では、微生物としてS. cerevisiae S288C(CKY8菌株と同じ遺伝子背景のもの)、S. pombe L972、E. coli W3110、B. subtilis NBRC13169、S. aureus AB、およびS. aureus FIR1169(Igarashi, H., Fujikawa, H., Usami, H., Kawabata, S., & Morita, T. (1984) Infect. Immun. 44, 175-181)を使用した。
【0058】
(3)Streptomyces 菌株のN−アセチルトランスフェラーゼ(NAT)をコードする遺伝子のPCR増幅
S. lavendulae(Horinouchi, S., Furuya, K., Nishiyama, M., Suzuki, H., & Beppu, T. (1987) J. Bacteriol. 169, 1929-1937)、 S. rochei(Fernandez-Moreno, M. A., Vallin, C., & Malpartida, F. (1997) J. Bacteriol. 179, 6929-6936)、S. noursei(Krugel, H., Fiedler, G., Haupt, I., Sarfert, E., & Simon, H. (1988) Gene. 62, 209-217, Grammel, N., Pankevych, K., Demydchuk, J., Lambrecht, K., Saluz, H. P., & Krugel, H. (2002) Eur. J. Biochem. 269, 347-357)の高度に保存されたNATのアミノ酸配列に基づいて、5(-GACGC(G/C)GA(A/G)GC(G/C)ATCGA(A/G)G(G/C)(G/C)CT(G/C)GA-3( (配列番号:17)および 5(-GTTST(C/T)GTT(G/C)GT(G/C)AC(C/T)TC(G/C)AGCCA-3( (配列番号:18)の、2つのプライマーを設計した。PCR増幅は、94℃で1分間変性、60℃で1分間アニーリング、72℃で1分間伸長を30サイクルの条件で実施した。
【0059】
(4)S. albulus NBRC14147のsttH遺伝子のクローニング
S. albulus NBRC14147のゲノムDNAをSau3AIを用いて部分的に消化した。2.0 kb を超えるSau3AI断片を、thiostrepton 耐性遺伝子をもつpWHM3プラスミドのBamHI部位に組込んだ。このようにして作製した組込みDNAを用いてS. lividans TK23を形質転換させ、ST(100 μg/mL)およびthiostrepton(20 μg/mL)の両方に対して耐性を示す形質転換体をR5寒天培地(Kieser, T., Bibb, M. J., Buttner, M. J., Chater, K. F., & Hopwood, D. A. (2000) Practical Streptomyces Genetics (John Innes Foundation, Norwich, U.K)から単離した。13個の形質転換体から、2.9 kb挿入断片(pWHM3-st11)をもつプラスミドを保有する形質転換体の1つを、その後の実験用に選出した。この2.9 kb断片の完全なヌクレオチド配列を決定後、pWHM3を用いて、ORF2-ORF3(pWHM3-orf2-3)、ORF1(pWHM3-orf1)のそれぞれをもつ2つのプラスミドを作製した。
【0060】
(5)sttH(ORF2)遺伝子の開始コドンの推定
sttH遺伝子の開始コドンを推定するため、7つのフォワードプライマーと1つのリバースプライマーを図2に模式的に示したとおりに設計し、sttH遺伝子の増幅に使用した。BamHI部位(5(-GGGGGATCC-3()をすべてのフォワードプライマーに付加し、HindIII部位(5(-ACCAAGCTT-3()をリバースプライマーに付加した。PCRは標準的な条件で実施した。配列の確認後、7つの増幅断片のそれぞれをpQE30プラスミドの同じ部位に挿入し、pQE30-SHF1R(SH-F1とSH-Rプライマーで増幅したPCR断片をもつ)、pQE30-SHF2R(SH-F2とSH-R)、pQE30-SHF3R(SH-F3とSH-R)、pQE30-SHF4R(SH-F4とSH-R)、pQE30-SHF5R(SH-F5とSH-R)、 pQE30-SHF6R(SH-F6とSH-R)、およびpQE30-SHF7R(SH-F7とSH-R)プラスミドを作製した。各プラスミドをE. coli XL1-Blue MRF(に導入した。これらの形質転換体におけるSTのMICを、アンピシリン(100 (g/mL)、isopropyl-(-D-thiogalactoside(IPTG)0.1 mM、ST(0〜100 (g/mL)を含むLuria-Bertani(LB)寒天平板(Sambrook, J., & Russell, D. W. (2001) Molecular Cloning: A Laboratory Manual (Cold Spring Harbor Lab. Press, Plainview, New York))上で決定した。
【0061】
(6)SttHの組換え酵素(rSttH)により生成されたST-FおよびST-D由来化合物の同定とrSttHの速度反応試験(反応速度論的解析)
製造者(Qiagen)のプロトコルに従って、反応液(500 μL)は、リン酸ナトリウム緩衝液100 mM(pH 6.5)、ST-FまたはST-D 1 mg/mL、pQE30-SHF6Rを保有する E. coli M15(pREP4)から精製したrSttH 100 μg/mLを用いて作製した。反応液をrSttHとともに、またはrSttHを添加せずに、30℃で1時間反応させた後、タンパク質除去のためのクロロフォルム抽出を行った。イオン対試薬を用いた逆相HPLCにより水層を分析した。分析条件は、カラム、C18逆相カラム[COSMOSIL 5C18-AR-II(250×4.6 mm)(ナカライテスク、日本、京都府)];カラム温度、30℃;検出、210 nm;流速、1mL/分、とした。ヘプタフルオロ酪酸0.1%+アセトニトリル18%(ST-F反応用)、およびヘプタフルオロ酪酸0.1%+アセトニトリル23%(ST-D反応用)の、2つの異なる移動相を使用した。反応速度試験は、安定状態の反応速度パラメータの測定に適合させるために酵素濃度(2 μg/mL)と反応時間(5分)を減少させた以外は、上述と同様の条件で実施した。全試験は直線性の範囲内で実施した。2N HClを15 μl添加して反応を終了させたあとに、HPLCを用いて分析した。ラインウィーバー-バークプロットを用いて反応速度定数を推定した。硫酸ナトリウム100 mMを含むリン酸ナトリウム緩衝液20 mM(pH 7.0)で緩衝化したCOSMOSIL 5Diol-300(7.8 mm×600 mm)カラム(ナカライテスク)を用いたゲルろ過により、rSttHのネイティブの分子量を推定した。
【0062】
(7)ST-化合物(STおよびST由来化合物)の精製
逆相HPLCにより、カラムサイズ(250×10 mm、流速(4.72 mL/min)、アセトニトリル濃度(25%)以外は基本的に上述と同様の条件で、市販のSTからST-FおよびST-Dを精製した。HPLC分画から有機溶媒を除去後、水相を凍結乾燥して化合物の白色粉末を作製した。酵素的に合成したST-F-acidおよびST-D-acidを、ST-FおよびST-Dの精製について記した手順と同様の手順で精製した。
【0063】
(8)ST-F-acidおよびST-D-acidの構造決定
Finnigan MAT TSQ 7000(四重極型タンデム質量分析計)を用いてST化合物のESI-MS/MSスペクトルを算出した。ST-F-acidおよびST-D-acidの1H-NMRスペクトルデータは、JEOL LNM-LA500 分光計を用いて500 MHzで記録した。(i) ST-F-acid, 1H-NMR (500 MHz, D2O) δ: 1.60 (4H, m, H-17, 18), 2.51 (1H, dd, J = 8 and 17 Hz, H-15), 2.62 (1H, dd, J = 5 and 17 Hz, H-15), 2.86 (2H, br s, H-19), 2.94 (1H, dd, J = 10 and 13 Hz, H-4), 3.08 (1H, dd, J = 3 and 13 Hz, H-3), 3.49 (1H, m, H-16), 3.55 (2H, d, J = 6 Hz, H-12), 3.98 (2H, m, H-5), 3.99 (1H, t, J = 3 Hz, H-9), 4.05 (1H, dd, J = 3 and 10 Hz, H-8), 4.14 (1H, t, J = 6 Hz, H-11), 4.31 (1H, d, J = 5 Hz, H-2), 4.59 (1H, d, J = 4 Hz, H-10), 4.95 (1H, d, J = 9 Hz, H-7). (ii) ST-D-acid, 1H-NMR (500 MHz, D2O) δ: 1.43 (4H, m, H-18, 24), 1.51 (4H, m, H-17, 23), 1.60 (4H, m, H-29, 30), 2.40 (1H, dd, J = 8 and 16 Hz, H-27), 2.43 (1H, dd, J = 8 and 16 Hz, H-21), 2.48 (1H, dd, J = 8 and 16 Hz, H-15), 2.50 (1H, dd, J = 5 and 17 Hz, H-27), 2.53 (1H, dd, J = 5 and 17 Hz, H-21), 2.57 (1H, dd, J = 5 and 17 Hz, H-15), 2.85 (2H, m, H-31), 2.86 (2H, br s, H-19), 2.94 (1H, dd, J= 10 and 13 Hz, H-4), 3.05 (3H, m, Acetyl), 3.08 (1H, dd, J= 3 and 13 Hz, H-3), 3.45 (4H, m, H-19, 25), 3.48 (3H, m, H-16, 22, 28) , 3.54 (2H, d, J= 6 Hz, H-12), 3.98 (1H, t, J= 3 Hz, H-9), 3.99 (2H m, H-5), 4.06 (1H, dd, J= 3 and 10 Hz, H-8), 4.14 (1H, t, J= 6 Hz, H-11), 4.31 (1H, d, J= 5 Hz, H-2), 4.58 (1H, d, J= 4 Hz, H-10), 4.94 (1H, d, J= 9 Hz, H-7).
【0064】
(9)sttH遺伝子またはnat遺伝子を過剰発現するE. coliおよび S. cerevisiae菌株のST-D耐性プロフィールの検討
nat遺伝子を過剰発現するE. coli菌株を作製するため、以下のプライマーを設計してPCRに使用した。5(-GGGGGATCCACCACTCTTGACGACACGGCT-3((フォワード)(配列番号:19)、5(-ACCAAGCTT TCAGGGGCAGGGCATGCTCAT-3((リバース)(配列番号:20)。制限酵素部位(GGATCCまたはAAGCTT、下線)と停止コドン(TCA、下線)をこれらのプライマーに挿入した。pQE30を用いてこれらのプライマーをもつ増幅断片を組込んだ発現ベクター(pQE30-nat)を作製した。pQE30-natおよびpQE30-SHF6Rのそれぞれを保有する E. coli XL1-Blue MRF(菌株におけるST-FおよびST-DのMICを、アンピシリン(100 (g/mL)、IPTG 0.1 mM、ST(0〜4 mM)を含むLB寒天平板上で決定した。また、nat遺伝子およびsttH遺伝子のそれぞれを過剰発現するS. cerevisiae CKY8菌株を、以下の手順で作製した。制限部位(AAGCTTまたはCTGCAG、下線)と停止コドン(TCA、下線)を付加した以下の2セットのプライマーを設計し、PCRに使用した:
5(-ACCAAGCTTAATATGACCACTCTTGACGACACG-3((nat遺伝子のフォワードプライマー)(配列番号:21)、
5(-AAACTGCAG TCAGGGGCAGGGCATGCTCAT-3((nat遺伝子のリバースプライマー)(配列番号:22)、
5(-ACCAAGCTTACCATGCCCCCCGAGACCGCCGCG-3((sttH遺伝子のフォワードプライマー)(配列番号:23)、
5(-AAACTGCAG TCAGCGCGCTGGAGCGGGCGG-3((sttH遺伝子のリバースプライマー)(配列番号:24)。
配列を確認後、増幅断片をpAD4の同じ部位に挿入し、酵母アルコール脱水素酵素の恒常的プロモーターの調節下でこれらの遺伝子が発現するpAD4-natおよびpAD4-sttHを作製した。pAD4-natおよびpAD4-sttHのそれぞれを保有するS. cerevisiae CKY8菌株を、ST(ST-FまたはST-D、0〜4 mM)を含むSC-Leu培地で生育させ、ST-FおよびST-DのMICを決定した。
【0065】
実施例1:ストレプトスリシン(ST)耐性遺伝子のクローニングと塩基配列決定
興味深いことに、ST非産生菌株であると考えられているStreptomyces菌株を用いたSTの最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration、MIC)試験により、Streptomyces albulus NBRC14147がST産生菌株のS. lavendulae NBRC12789よりST耐性が高いことが判明した(表1)。さらに、STに作用するN−アセチルトランスフェラーゼ(N-acetyltransferese、NAT)をコードするnat遺伝子などの遺伝子用に設計されたプライマーを使用し、NBRC14147菌株のゲノムDNAを鋳型としてPCRを行ったところ、増幅断片が認められなかった。一方で、S. lavendulae NBRC12789のゲノムDNAを鋳型に用いた場合には、特定の増幅断片が検出された。NBRC14147菌株にはNATをコードしている相同遺伝子が存在しないと考えられたため、この菌株をST耐性遺伝子の単離用に選択した。thiostrepton耐性遺伝子をもつpWHM3プラスミドを用いて作製したNBRC14147菌株のゲノムライブラリーと、STおよびthiostrepton感受性を示す異種宿主としてStreptomyces lividans TK23菌株を用いることにより、thiostrepton(20 μg/mL)とST(400 μg/mL超、ST-FとST-Dの混合物)の両方に耐性を示すTK23菌株の形質転換体が多数単離された。2.9 kb断片をプローブとして実施したサザンブロット分析により、これらの形質転換体から単離されたすべてのプラスミドにこの2.9 kb断片が認められたため、その後の実験用に、これらの形質転換体から、2.9 kb断片をもつpWHM3プラスミド(pWHM3-st11、図2および表1)を保有する形質転換体の1つを選出した。
2.9 kb DNA断片の塩基配列決定とStreptomyces菌株のコドンフレーム解析(Bibb, M. J., Findlay, P. R., & Johnson, M. W. (1984) Gene. 30, 157-166)により、2つのORF(ORF1および2)と1つの部分ORF(ORF3)が示された(図2)。個別のORFの機能を解明するため、BLAST(Altschul, S. F., Gish, W., Miller, W., Myers, E. W., & Lipman, D. J. (1990) J. Mol. Biol. 215, 403-410)および3D-PSSM(Kelley, L. A., MacCallum, R. M., & Sternberg, M. J. (2000) J. Mol. Biol. 299, 499-520)を用いてこれらの翻訳産物についてのデータベース(UniPro)検索を行った。結果を図2にまとめた。要約すると、各ORFは、エステラーゼおよびβ-ラクタマーゼ(ORF1)、isochorismataseなどの加水分解酵素(ORF2)、リパーゼ(ORF3)と類似していた。したがって、いずれの遺伝子についてもnat遺伝子に対する相同性はこの断片上では認められなかった。どの遺伝子がST耐性に関与しているかを確認するため、ORF1およびORF2〜3のそれぞれをもつpWHM3-orf1 およびpWHM3-orf2-3プラスミドを作製し(図2)、S. lividans TK23に導入した。MIC試験により、pWHM3-orf2-3を保有する形質転換体がST耐性を示すことが確認された(表1)。pWHM3-orf2-3プラスミドがORF3の一部をもつという事実から考えて、ORF2がST耐性を付与することが示された。本研究では、加水分解酵素遺伝子に対する類似性が認められたORF2をsttHと名付けた。
【表1】

【0066】
実施例2:sttH遺伝子の開始コドンの推定
塩基配列決定とフレーム解析の結果に基づいて、8つの開始コドン候補(図2に示した第1〜8ポジションのATGおよびGTG)がsttH遺伝子中に確認された。さらに、一般的に知られているStreptomyces菌株のプロモーター領域とリボソーム結合部位のセットの明白で特徴的な塩基配列がないため、塩基配列の情報による開始コドンの予測が困難であった。そこでわれわれは、それぞれ異なるN末端領域をもつ6種類のSttHの組換え酵素(「rSttH」と略記する場合がある。)を、N末端6×His Tag融合タンパク質として作製し、MIC値により判断したそれぞれの酵素活性に基づいて、開始コドンを推定した。E. coliの発現プラスミドとなるpQE30-SHF1R(第1ポジションからsttH遺伝子をもつ)、pQE30-SHF2R(第2ポジション)、pQE30-SHF3R(第3および第4ポジション)、pQE30-SHF4R(第5ポジション)、pQE30-SHF5R(第6および第7ポジション)、pQE30-SHF6R(第8ポジション)を作製した。第9ポジションのGTGコドンは、翻訳産物のペプチド鎖が極めて短かったため開始コドン候補とはみなされなかったが、pQE30-SHF7Rも作製した。これらの7つのプラスミドとpQE30(挿入なし)をE. coliに導入後、STのMICは、12.5μg/mL(pQE30を保有するE. coli菌株)、50μg/mL(pQE30-SHF1R)、50μg/mL(pQE30-SHF2R)、 50μg/mL(pQE30-SHF3R)、100μg/mL(pQE30-SHF4R)、100μg/mL(pQE30-SHF5R)、 >100μg/mL(pQE30-SHF6R)、および12.5μg/mL(pQE30-SHF7R)であり、第8ポジションのコドンがS.albulus NBRC14147の開始コドンであることが示唆された。
【0067】
実施例3:rSttHにより変換されたST-FおよびST-D由来化合物の同定と構造決定
Ni アフィニティクロマトグラフィを用いて高度精製したrSttHをST-Fと反応させた。溶出したrSttH依存性生成物は、逆相HPLC上の保持時間がST-Fより長く、特に補因子や金属イオンなどのいかなる添加物も含まない反応液で検出された(図3C)。同様に、ST-Dを基質に用いた場合にも、rSttH依存性生成物が検出された。このようにして得られたrSttH依存性生成物の構造を決定するため、これらの化合物を精製し、正イオンモードのエレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)およびNMRにより分析した。ESI-MS分析の結果、ST-F由来化合物の分子量は521であり、ST-Fの分子量(503 Da)より分子量が18増加していることが確認された(図4)。また、タンデム質量分析(ESI-MS/MS)により、この分子量変化はstreptolidineラクタム基で起こっていることが示された。同様の事象がST-D由来化合物でもみられた。これらの結果から、rSttHがstreptolidineラクタムのアミド結合の加水分解を触媒することが強く示唆された。これらの予測された構造を確認するためにNMR分析を行ったところ、得られたstreptolidine基の1H NMRスペクトルの特徴(「材料と方法」を参照)は、Zabriskieら(Jackson, M. D., Gould, S. J., & Zabriskie, T. M. (2002) J. Org. Chem. 67, 2934-2941)により報告された化学合成streptolidineの特徴と完全に一致していた。したがって、rSttHの作用により生成されたST-FおよびST-D由来化合物は、それぞれ、ST-F-acid(前記式(I)において、n=1である化合物)およびST-D-acid(前記式(I)において、n=3である化合物)であることが確認された。
【0068】
実施例4:rSttHの酵素特性
pHの異なる数種類の緩衝液100 mM(リン酸ナトリウム(NaPB)、pH 4.5〜7;トリス塩酸、pH 7〜10)を用いて最適pHを測定した。pH 6.5で最大活性が認められ、pHが低下(約4)すると、活性は急速に低下した。また、温度が酵素活性に与える影響を、NaPB緩衝液100 mM(pH 6.5)を用いて25〜75℃の範囲で検討した。酵素活性は45℃で最大であったが、65℃でも最大活性の約90%が検出された。反応速度パラメータを表2にまとめた。rSttHのKm値はST-Fで0.96±0.19 mM、ST-Dで5.74±0.99 mMと算出され、この酵素は短鎖β-リジンポリマーをもつST化合物に対する親和性が高いことが示された。しかし、rSttHのVmax値は、ST-DのほうがST-Fと比べてわずかに高かった。ST-Fとの反応におけるVmax/Km値を算出したところ、ST-Dより4倍高かった。rSttH ORF2のネイティブの分子量は、ゲルろ過により50 kDaと推定され、rSttHがホモダイマーとして存在していることが示唆された。
【表2】

【0069】
実施例5:SttH遺伝子またはnat遺伝子を過剰発現するE. coliおよび酵母細胞ならびにその他の微生物におけるST-D耐性プロフィールの検討
化学合成ST-F-acidの生物学的活性は、微生物や植物において無視できるレベルであることが以前に報告されているが(20,21)、ST-D-acidについては依然として不明である。そこでわれわれは、sttH遺伝子またはnat遺伝子を過剰発現するE. coliおよびSaccharomyces cerevisiaeにおけるST-FおよびST-DのMICをそれぞれ検討した(表3)。以前報告されたとおり、nat遺伝子をもつE. coli(pQE-nat)およびS. cerevisiae(pAD4-nat)の菌株は、ST-FおよびST-Dの両方に耐性を示した。しかし、興味深いことに、ST-DのMIC値は、rSttHを過剰発現するS. cerevisiae(pAD4-sttH)での結果とは対照的に、rSttHを過剰発現するE. coli(pQE30-SHF6R)では極めて低いことが判明し、ST-D-acidは依然として原核細胞に対して抗生物質活性を示すことが示唆された。このことを確認するため、グラム陽性およびグラム陰性細菌、臨床的に単離された病原細菌、酵母などのさまざまな微生物に対するST-acidとSTの選択毒性を検討した。MIC試験により、ST-F-acidの抗生物質活性が原核細胞および真核細胞のどちらにおいてもほぼ完全に失われていたのとは対照的に、ST-D-acidは、S. cerevisiaeやSchizosaccharomyces pombeなどの真核細胞に対しては活性を示さなかったが、E. coli、Bacillus subtilis、およびStaphylococcus aureusなどの細菌に対しては実際高い活性を示した(表3)。表中のカッコ内のc/aはST-F -acidとST-Fの最小発育阻止濃度の比を表し、d/bはST-D -acidとST-Dの最小発育阻止濃度の比を表す。
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明のタンパク質は、ストレプトスリシンのラクタムを開環させることにより、原核細胞に対する抗生物質活性を失わせることなく真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)を低減させることができるので、臨床開発可能な、または創薬におけるリード化合物にできるストレプトスリシン誘導体の製造に有用である。
また、本発明のポリヌクレオチドは、ストレプトスリシンに対する耐性を真核細胞(例えば、酵母)に付与することができるので、組換えDNA技術に使用しうる抗生物質耐性マーカー遺伝子として有用である。現在STとnat遺伝子が、原核生物と真核生物の組換えDNA技術に用いられているが、真核細胞、特に酵母において、ST-D(ST-Fより活性が高い抗生物質)とsttH遺伝子の組合せに代わっていくことになるだろう。
さらに、ST-D-acidは、原核細胞に対する抗生物質活性を保持しつつ真核細胞に対する抗生物質活性(すなわち、毒性)が低減されているので、臨床開発可能な抗菌剤として、または、そのような抗菌剤の創薬におけるリード化合物として有用である。すなわち、表3に示されるように、酵母においては、ST-D-acidの生理活性が不活化された割合は、細菌よりも約4〜17倍高かった。特に、臨床的に単離された病原細菌であるS. aureus AB(未報告のエンテロトキシンAB産生菌株)およびS. aureus FIR 1169(トキシックショックシンドローム外毒素産生菌株)(Igarashi, H., Fujikawa, H., Usami, H., Kawabata, S., & Morita, T. (1984) Infect. Immun. 44, 175-181.)に対するST-D-acidの強い坑菌活性が認められた。STは、さまざまな細菌に対する強力な抗生物質であるが、哺乳類に対して毒性を示すため、臨床開発されたことはない。しかし、本発明において、ST-D-acidは、真核細胞に対する毒性が減少しても、依然として抗菌活性が強いことが示されたため、ST-D-acidを臨床開発できる、または創薬における新規のリード化合物にできる可能性が明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】streptothricin(ST)の化学構造を示す図である。
【図2】ST耐性に関わるクローン2.9 kb断片と塩基配列決定により推定されたORFの模式図である。斜線の四角はpWHM3プラスミドにクローニングされたDNA断片を示す。sttH遺伝子の開始コドン候補(第1ポジション〜第8ポジション)は灰色の四角で囲った。本研究で使用したPCRプライマーを矢印により模式的に示した。
【図3】rSttHにより生成された物質のHPLC分析の結果を示す図である。rSttHと反応させたST-F(C)、rSttHを添加しなかった場合のST-F(B)、および反応液とST-F標準物質(A)を逆相HPLCで分析した。HPLC条件は「材料と方法」に記載した通りである。
【図4】ST-FおよびrSttHの作用によりST-Fから生成された物質(ST-F-acid)のESI-MS/MS分析の結果を示す図である。ギ酸0.2%+アセトニトリル50%に溶解したST-F(A)およびST-F-acid(B)のESI-MS およびMS/MSスペクトルを示す。
【配列表フリーテキスト】
【0072】
[配列番号:1]sttH遺伝子(図2の第8ポジションから開始)の塩基配列を示す。
[配列番号:2]配列番号:1に記載の塩基配列からなるsttH遺伝子にコードされるSttHタンパク質のアミノ酸配列を示す。
[配列番号:3]図2の第7ポジションから開始される、rSttHをコードするDNAの塩基配列を示す。
[配列番号:4]配列番号:3に記載の塩基配列からなるDNAにコードされるrSttHのアミノ酸配列を示す。
[配列番号:5]図2の第6ポジションから開始される、rSttHをコードするDNAの塩基配列を示す。
[配列番号:6]配列番号:5に記載の塩基配列からなるDNAにコードされるrSttHのアミノ酸配列を示す。
[配列番号:7]図2の第5ポジションから開始される、rSttHをコードするDNAの塩基配列を示す。
[配列番号:8]配列番号:7に記載の塩基配列からなるDNAにコードされるrSttHのアミノ酸配列を示す。
[配列番号:9]図2の第4ポジションから開始される、rSttHをコードするDNAの塩基配列を示す。
[配列番号:10]配列番号:9に記載の塩基配列からなるDNAにコードされるrSttHのアミノ酸配列を示す。
[配列番号:11]図2の第3ポジションから開始される、rSttHをコードするDNAの塩基配列を示す。
[配列番号:12]配列番号:11に記載の塩基配列からなるDNAにコードされるrSttHのアミノ酸配列を示す。
[配列番号:13]図2の第2ポジションから開始される、rSttHをコードするDNAの塩基配列を示す。
[配列番号:14]配列番号:13に記載の塩基配列からなるDNAにコードされるrSttHのアミノ酸配列を示す。
[配列番号:15]図2の第1ポジションから開始される、rSttHをコードするDNAの塩基配列を示す。
[配列番号:16]配列番号:15に記載の塩基配列からなるDNAにコードされるrSttHのアミノ酸配列を示す。
[配列番号:17]上記実施例の[材料と方法](3)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。
[配列番号:18]上記実施例の[材料と方法](3)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。
[配列番号:19]上記実施例の[材料と方法](9)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。
[配列番号:20]上記実施例の[材料と方法](9)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。
[配列番号:21]上記実施例の[材料と方法](9)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。
[配列番号:22]上記実施例の[材料と方法](9)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。
[配列番号:23]上記実施例の[材料と方法](9)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。
[配列番号:24]上記実施例の[材料と方法](9)において用いられたプライマーの塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(f)のいずれかに記載のポリヌクレオチド:
(a)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(b)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(c)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(d) 配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列に対して60%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(e)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;及び
(f)配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
【請求項2】
以下の(g)〜(i)のいずれかである請求項1に記載のポリヌクレオチド:
(g)配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列または配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16のアミノ酸配列において、1〜10個のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加したアミノ酸配列からなり、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;
(h) 配列番号:2、4、6、8、10、12、14もしくは16に記載のアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド;及び
(i)配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列からなるポリヌクレオチド、又は配列番号:1、3、5、7、9、11、13または15に記載の塩基配列と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとハイストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつラクタム開環活性を有するタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有するポリヌクレオチド。
【請求項3】
配列番号:1の塩基配列からなるポリヌクレオチドを含有する請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
配列番号:2のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするポリヌクレオチドを含有する請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】
DNAである、請求項1〜4のいずれかに記載のポリヌクレオチド。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のポリヌクレオチドにコードされるタンパク質。
【請求項7】
配列番号:2、4、6、8、10、12、14または16に記載のアミノ酸配列からなる請求項6に記載のタンパク質。
【請求項8】
配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなる請求項7に記載のタンパク質。
【請求項9】
請求項1〜5のいずれかに記載のポリヌクレオチドを含有する組換えベクター。
【請求項10】
請求項9に記載の組換えベクターが導入された形質転換体。
【請求項11】
請求項10に記載の形質転換体を培養し、請求項6に記載のタンパク質を生成させる工程を含む、請求項6に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項12】
請求項6に記載のタンパク質を用いてラクタムを開環する工程を含む、ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体またはその塩の製造方法。
【請求項13】
ラクタムが開環したストレプトスリシン誘導体が、式(I)
【化1】

(式中、nは1〜7の整数を表す。)
で表される化合物である、請求項12に記載の製造方法。
【請求項14】
式(I)で表される化合物が、式(II)
【化2】

で表される化合物である、請求項13に記載の製造方法。
【請求項15】
式(II)
【化3】

で表される化合物またはその塩を含有する抗菌剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−222137(P2007−222137A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−50371(P2006−50371)
【出願日】平成18年2月27日(2006.2.27)
【出願人】(000002071)チッソ株式会社 (658)
【Fターム(参考)】