説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】鋼板に大きな外部応力がかかる条件下、もしくは正弦波に加えて3次以上の高調波成分を3%以上含む交流磁束密度波形による励磁された条件下で使用するのに好適な、線状溝が付与された変圧器鉄心用の方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】線状溝の幅を50〜300μm、深さを10μm以上、圧延方向の間隔を2mm以上10mm以下とし、かつ該線状溝の溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径を1.0μm以上とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランス鉄心など、鋼板に大きな外部応力がかかる条件下、もしくは正弦波に加えて3次以上の高調波成分を含む交流磁束密度波形により励磁された条件下で使用するのに好適な方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、その磁化特性が優れていること、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を、(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高度に揃えることや、製品鋼板中の不純物を低減することが重要である。しかしながら、結晶方位の制御や、不純物を低減することは、製造コストとの兼ね合い等で限界がある。そこで、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一性を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザを照射し、鋼板表層に高転位密度領域を導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。
また、特許文献2には、仕上げ焼鈍済みの鋼板に対して、882〜2156MPa(90〜220kgf/mm2)の荷重で地鉄部分に深さ:5μm超の溝を形成したのち、750℃以上の温度で加熱処理することにより、磁区を細分化する技術が提案されている。
上記したような種々の磁区細分化技術の開発により、鉄損特性が良好な方向性電磁鋼板が得られるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【特許文献2】特公昭62−53579号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した線状溝形成により磁区細分化処理を施す技術では、レーザー照射などによる高転位密度域を導入する磁区細分化技術よりも鉄損低減効果が少なく、また、実機トランスに組上げた場合に、磁区細分化により鉄損が低減されても実機トランスの鉄損がほとんど改善されない、すなわちビルディングファクター(BF)が極端に悪いといった問題が発生していた。
【0006】
また、そういった問題とは別に、変圧器の用途の変化に伴う新たな問題が顕在化してきた。
例えば、近年世界的な電力需要の増加を背景に、変圧器は大型化の一途を辿ってきているが、それに伴って変圧器鉄心の重量は増加し、その増加した自重を支え固定するために、外部からより大きな力をかけて支えるようになってきている。
このように、電磁鋼板に大きな外部応力がかかる状態で使用した場合には、その鉄損特性が劣化しやすいことが知られており、変圧器の大型化によるエネルギー効率の改善を妨げる原因となっている。
【0007】
さらに、近年、インバータなどの電気機器エレクトロニクスの発達、分散型電源や直流送電方式の採用などによって、電力の送配電に使用される変圧器に、高調波が混在した電圧波形ないしは磁束密度波形が付加されるケースが多くなった。ところが、このような高調波が混在する場合には、変圧器鉄心におけるエネルギー損失が増加し、送配電効率が低下するという問題がある。
【0008】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたものであり、鋼板に大きな外部応力がかかる条件下、もしくは正弦波に加えて3次以上の高調波成分を3%以上含む交流磁束密度波形により励磁された条件下で使用する場合に特に好適な、変圧器鉄心用の方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.幅方向に延びる線状溝を圧延方向に一定間隔で有する方向性電磁鋼板において、該線状溝の幅が50〜300μm、深さが10μm以上で、かつ圧延方向の間隔が2mm以上10mm以下であり、該線状溝の溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径が1.0μm以上であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0010】
2.前記鋼板の板厚方向に対し、前記線状溝の溝側壁面がなす角度を30°以上としたことを特徴とする前記1に記載の方向性電磁鋼板。
【0011】
3.前記鋼板の板厚方向に対し、前記線状溝の溝側壁面がなす角度を60°以下としたことを特徴とする前記1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【0012】
4.前記1〜3のいずれかに記載の方向性電磁鋼板において、線状溝を形成するに際し、レジスト印刷を含む電解エッチング法を用いることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、実機トランスに組上げた際の鉄損を効果的に抑えることのできる、優れた実機鉄損特性を有する方向性電磁鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明におけるそれぞれのパラメータの定義を示した模式図である。
【図2】モデルトランス変圧器鉄心形状を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について具体的に説明する。
・鋼板に大きな外部応力がかかる状態での鉄損特性改善
方向性電磁鋼板を用いて変圧器鉄心を構成すると、トランス鉄心内では局所的に応力が大きくなる部分が生じる。例えば、巻きトランスにおいては、内巻きのコーナー部分において鋼板板面に対して直角方向(以下、面直方向という)の大きな圧縮応力が生じる。また積みトランスにおいては、鋼板を押さえつけて鉄心を固定するので、面直方向に大きな圧縮応力が生じる。
このような圧縮応力は、面直方向の磁化を阻害するために、表面磁極を減少させることにつながる。すなわち、表面磁極の発生による静磁エネルギーをドライビングフォースとする磁区細分化効果が小さくなり、結果として鉄損が増大することとなる。また、線状溝が形成された鋼板では、鋼板面の不均一性により、このような応力が、溝形成部に集中することになり、局部的な応力集中が、大幅な鉄損増加を引き起こすことが考えられる。
【0016】
そこで、本発明では、線状溝の形状に注目して、線状溝部の面直方向における圧縮応力の集中が少ない方向性電磁鋼板を検討した。
ここに、本発明における、応力集中が少なく、かつ磁区細分化効果が大きい溝構成および溝形状の具体的な条件は次のとおりである。
(1) 幅が50〜300μm、深さが10μm以上で、かつ圧延方向の間隔が2mm以上10mm以下
(2) 断面形状において、溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径が1.0μm以上とする必要がある。また、
(3) 断面形状において、板厚方向に対し、溝側壁面のなす角度が30°以上とすることが好ましい。
【0017】
前述した溝深さおよび断面形状において、板厚方向に対し溝側壁面に平行な方向(以下、単に溝側壁方向という)がなす角度や、溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径の測定手順について、以下、具体的に述べる。
【0018】
図1に、溝断面形状の模式図を示す。この断面は、圧延方向と直角方向に切断した断面である。また、各パラメータが表す箇所は、図1に示したとおりである。
溝底部は、図1に示したように凸凹しているが、幅や深さが1μm以下の凸凹は無視し、一番深い部分を含む鋼板面に平行な面を溝底面、またその深さを溝深さと、それぞれ定義する。また、溝側壁面は、溝の始点と深さが溝深さの1/5の点とを結ぶ線に平行な面とする。
板厚方向に対し溝側壁方向のなす角度は、図1から分かるように、溝断面の両端に2つあるが、本発明では小さい方の角度を意味する。また、溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径は、溝側壁が溝底面と交わる点の近傍(部分)における溝側壁の曲面の曲率半径と定義する。曲率半径も、図1から分かるように溝の両端に2つあるが、小さい方を、本発明における曲率半径とする。
なお、本発明では、溝断面を光学顕微鏡で観察し、上記の定義に従って、各パラメータを測定する。また、鋼板:100mm長ごとに1本の溝、それぞれの溝(コイル幅)について20点を観察し、その平均の値を各パラメータの値とする。
【0019】
本発明では、上述したように、溝形成による磁区細分化処理材を用いて、実機トランスのような圧縮応力がかかった状態における鉄損低減を実現するために、線状溝の幅や、深さ、圧延方向の間隔、板厚方向に対する溝側壁方向のなす角度、溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径をそれぞれ規定している。それぞれの規定理由を以下に記載する。
【0020】
・磁区幅の効果的な低減
本発明では、線状溝の圧延方向の間隔を10mm以下とすることにより、方向性電磁鋼板の磁区幅を効果的に低減し、高調波が混在しても低鉄損化を図ることが可能となる。但し、あまりに間隔を狭くすると磁束密度が著しく低下するため、2mm以上とすることが必要である。
他方、線状溝の幅は50〜300μmの範囲とする。この幅が50μm以上の場合に、十分に表面磁極量が大きくなり、低鉄損化を図ることが可能となる。しかしながら、幅が300μmを超えると、表面磁極量が大きくなることによる鉄損低減効果よりも、地鉄の減少による透磁率減少効果が大きくなり、効果が小さくなる。なお、上記した線状溝の幅は、図1における溝の両始点(溝口部)間の長さである。
また、線状溝の深さを10μm以上とすることにより、幅の範囲を規定した理由と同様に、十分に表面磁極量が大きくなり、低鉄損化を図ることが可能となる。但し、あまりに深い溝では磁束密度が著しく低下するため、板厚の20%を超えないことが望ましい。
【0021】
本発明では、溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径を、1.0μm以上とすることにより、磁区細分化効果を損なわずにトランス内の磁束の流れを円滑にして、ヒステリシス損を低減することで、全鉄損を低減することが可能となる。好ましくは5.0μm以上、より好ましくは10.0μm以上とする。
【0022】
ここに、線状溝の形成方法は種々の方法が考えられるが、特に、レジスト印刷を含む電解エッチング法を用いて形成すると、鋼板内の歪が低減してスムーズな磁束流れを確保できるので、本発明を達成するために最も望ましい方法である。
【0023】
次に、面直方向の圧縮応力下での鉄損劣化の抑制について説明する。
本発明では、板厚方向に対して溝側壁方向のなす角度を30°以上とすることが好ましい。というのは、鋼板に、面直方向(板厚方向)の圧縮応力がかかった場合でも、この圧縮応力を面内方向(板幅方向)に効果的に逃して、鉄損劣化を抑制することができるからである。但し、あまりに角度を大きくすると、面内の溝垂直方向の磁極量が小さくなるので、鉄損低減効果が小さくなってしまう。そのため、好ましい上限は70°程度である。
【0024】
・3次以上の高調波成分を含む交流磁束密度波形による励磁条件下での鉄損特性改善
特に、3次以上の高調波成分を含む交流磁束密度波形により励磁させた条件下での鉄損特性を改善するためには、溝の断面形状において、板厚方向に対する溝側壁方向のなす角度を60°以下とするのが良い。
【0025】
直流送電方式の変圧器に採用された場合など、変圧器がインバータに接続されると、その電圧波形には高調波成分が重畳する。また、電圧波形に高調波成分が重畳すると、変圧器鉄心内に生じる磁束波形にも高調波成分が重畳してしまう。このように高調波成分が大きくなると、鉄心の渦電流損が大きくなり、結果として変圧器における鉄損が大きくなる。
そのため、高調波成分を含む交流磁束密度波形による励磁条件下での鉄損を改善するためには、渦電流損を低減することが有効である。すなわち、溝の周囲に発生する磁極を増加させて、磁区細分化効果を増強し、渦電流損の増加を効果的に抑えることができるからである。
従って、本発明では、板厚方向に対し、溝側壁面のなす角度を60°以下とすることが、上述したように、溝の周囲に発生する磁極を増加させて磁区細分化効果を増強し、渦電流損の増加を効果的に抑えられるため望ましい。
【0026】
さらに、発明者らは、溝エッチングの条件を種々に変更して調査した。その結果、電解エッチングを用い、その時の電解電流密度を適宜調整することで、上記した線状溝の形状を容易に達成することを見出した。以下に、その条件の一例を記載する。
・エッチング条件
極間距離:30mm
液温:40℃
電解液の鋼板に対する相対速度:0.5m/s
電流密度:10 A/dm2以上20 A/dm2以下
【0027】
通常、電流密度を上げることで、エッチング速度は速くなるが、エッチング速度が速くなると、陽極である鋼板表面の周辺における電解液中に、溶解したFeイオンが滞留してエッチング反応の進行が妨げられる。特に、溝底部では、流束が小さいため、エッチング反応が進行し難い。一方、溝口部(溝の始点近傍)では、流束が大きいため、エッチング反応が進行し易い。従って、電流密度が大きくてエッチング速度が速い場合には、溝底部より溝口部において、よりエッチング反応が進行するため、溝口部が広く溝底部がせまい形状になる。
すなわち、前述したような溝形状とするためには、電流密度を10 A/m2以上とすることが良い。しかしながら、20 A/m2を超えた場合は、上述したように、反応が早く進行し過ぎて、溝口部ばかりが広がり、板厚方向に対する溝側壁方向のなす角度を最適な範囲に収めることが難しくなる。従って、本発明では、電流密度を10A/dm2以上20A/dm2以下の範囲とすることが好ましい。
【0028】
本発明において、方向性電磁鋼板用スラブの成分組成は、磁区細分化効果の大きい二次再結晶が生じる成分組成であればよい。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl,N,SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0029】
さらに、本発明は、Al,N,S,Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。
この場合には、Al,N,SおよびSe量はそれぞれ、Al:100質量ppm以下、N:50質量ppm以下、S:50質量ppm以下、Se:50質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0030】
本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0031】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0032】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満ではその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0033】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%、Mo:0.005〜0.10質量%およびCr:0.03〜1.50質量%のうちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.50質量%を超えると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.50質量%の範囲とするのが好ましい。
【0034】
また、Sn,Sb,Cu,P,MoおよびCrはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避不純物およびFeである。
【0035】
上記の成分組成に調整した鋼素材を、通常の造塊法、連続鋳造法でスラブとしてもよいし、100mm以下の厚さの薄鋳片を直接連続鋳造法で製造してもよい。スラブは、通常の方法で加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後加熱せずに直ちに熱間圧延に供してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進めてもよい。
【0036】
ついで、必要に応じて熱延板焼鈍を行ったのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延により最終板厚とし、その後、脱炭焼鈍ついで最終仕上げ焼鈍を施す。さらに、絶縁張力コーティングの塗布および乾燥、並びに平坦化焼鈍を施して製品とする。
【0037】
なお、本発明に従う溝の形成は、最終の冷間圧延後であれば、一次再結晶焼鈍の前後や、二次再結晶焼鈍の前後、平坦化焼鈍の前後など、いずれのタイミングで形成しても問題はない。また、線状溝の形成は、局所的にエッチング処理する方法、刃物などでけがく方法、突起つきロールで圧延する方法などが挙げられるが、最も好ましいのは最終冷延後の鋼板に、印刷等によりエッチングレジストを付着させたのち、非付着域に電解エッチング処理により線状溝を形成する方法である。というのは、機械的に溝を形成させる方法では、刃物やロールの磨耗が極めて大きくなり、溝が鈍ったような形状になるからである。さらに、刃物やロールの交換による生産性の低下といった不利もある。
【0038】
本発明で鋼板表面に形成する溝の形成方向は、圧延方向と直角方向に対し±30°程度以内とすることが好ましい。なお、本発明において、「線状」とは、実線だけでなく、点線や破線なども含むものとする。
【0039】
本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知の溝を形成して磁区細分化処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法を、適宜使用することができる。
【実施例】
【0040】
〔実施例1〕
表1に示した成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物の組成からなる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1400℃に加熱後、熱間圧延により板厚:2.2mmの熱延板としたのち、1020℃で180秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.55mmとし、雰囲気酸化度P(H2O)/P(H2)=0.25、90秒の条件で中間焼鈍を施して、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度冷間圧延を施して最終板厚:0.23mmの冷延板に仕上げた。
【0041】
その後、グラビアオフセット印刷によるエッチングレジストを塗布し、表2に示す種々の条件(極間距離:30mm固定)で電解エッチングを行った。ついで、アルカリ液中でのレジスト剥離を行うことにより、溝形状を様々に変えた鋼板を作製した。溝形成は、圧延方向と直交する向きに対し10°の角度で形成した。この形成した鋼板の溝形状を表2に併記する。
【0042】
さらに、雰囲気酸化度P(H2O)/P(H2)=0.55、均熱温度:825℃で200秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶とフォルステライト被膜形成および純化を目的とした最終仕上げ焼鈍を、N2:H2=60:40の混合雰囲気中にて1250℃,10hの条件で実施した。その後、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる絶縁張力コーティング処理を施し、製品とした。
その後に、製品の磁気特性を測定し、加えて各製品を斜角せん断し、500kVAの三相三脚型の積みトランスを組み立て、50Hz,1.7Tで励磁した状態での鉄損(ビルディングファクター)を測定した。
なお、磁気特性はJIS C2550に記載の方法に準拠して求めた。
上記した測定結果をそれぞれ表2に併記する。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
表2に示したとおり、本発明の溝形状を満足する条件1〜6,8〜11および13〜18の方向性電磁鋼板は、素材鉄損が比較例と同等かそれより低いだけでなく、そのいずれもが変圧器に組んだ際に、ビルディングファクターの劣化が抑制されて、実機トランスでの良好な鉄損特性を示している。特に、曲率半径が5.0μm以上となる条件では、ビルディングファクターがさらに改善している。
しかしながら、溝底面と溝側壁の交わる部分の曲率半径が本発明の範囲を外れる条件7,19や、溝深さを満足しない条件12の方向性電磁鋼板は、変圧器に組んだ際のビルディングファクターが劣っていた。
【0046】
〔実施例2〕
表3に示した成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物の組成からなる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1400℃に加熱後、熱間圧延により板厚:2.2mmの熱延板としたのち、1020℃で180秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.55mmとし、雰囲気酸化度P(H2O)/P(H2)=0.25、90秒の条件で中間焼鈍を施して、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度冷間圧延を施して最終板厚:0.23mmの冷延板に仕上げた。
【0047】
その後、グラビアオフセット印刷によるエッチングレジストを塗布し、表4に示す種々の条件(極間距離:30mm固定)で電解エッチングを行い、ついでアルカリ液中でのレジスト剥離を行うことにより、溝形状を様々に変えた鋼板を作製した。溝形成は、圧延方向と直交する向きに対し10°の角度にて形成し、形成した鋼板の溝形状を表4に併記した。
【0048】
さらに、雰囲気酸化度P(H2O)/P(H2)=0.55、均熱温度:825℃で200秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶とフォルステライト被膜形成および純化を目的とした最終仕上げ焼鈍を、N2:H2=60:40の混合雰囲気中にて1250℃,10hの条件で実施した。その後、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる絶縁張力コート処理を施し、製品とした。
その後に、製品の磁気特性を測定し、加えて各製品を斜角せん断し、500kVAの三相型の巻きトランスを組み立て、50Hz,1.7Tで励磁した状態での鉄損(ビルディングファクター)を測定した。
なお、磁気特性はJIS C2550に記載の方法に準拠して求めた。
上記した測定結果をそれぞれ表4に併記する。
【0049】
【表3】

【0050】
【表4】

【0051】
表4に示したとおり、本発明の溝形状を満足する条件3〜13の方向性電磁鋼板は、素材鉄損が比較例と同等かそれより低いばかりでなく、いずれも変圧器に組んだ際に、ビルディングファクターの劣化が抑制され、実機トランスでの良好な鉄損特性を有している。特に、曲率半径が5.0μm以上となる条件では、ビルディングファクターがさらに改善している。
しかしながら、溝底面と溝側壁の交わる部分の曲率半径が本発明の範囲を外れる条件1,2の方向性電磁鋼板は、変圧器に組んだ際のビルディングファクターが劣っていた。
【0052】
〔実施例3〕
表5に示した成分を含有し、残部がFeおよび不可避不純物の組成からなる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1400℃に加熱後、熱間圧延により板厚:2.2mmの熱延板としたのち、1020℃で180秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.55mmとし、雰囲気酸化度P(H2O)/P(H2)=0.25、90秒の条件で中間焼鈍を施して、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度冷間圧延を施して最終板厚:0.23mmの冷延板に仕上げた。
【0053】
その後、グラビアオフセット印刷によるエッチングレジストを塗布し、表5に示す種々の条件(極間距離:30mm固定)で電解エッチングを行い、ついでアルカリ液中でのレジスト剥離を行うことにより、溝形状を様々に変えた鋼板を作製した。溝形成は、圧延方向と直交する向きに対し10°の角度にて形成し、形成した鋼板の溝形状を表6に併記した。
【0054】
さらに、雰囲気酸化度P(H2O)/P(H2)=0.55、均熱温度:825℃で200秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、二次再結晶とフォルステライト被膜形成および純化を目的とした最終仕上げ焼鈍を、N2:H2=60:40の混合雰囲気中にて1250℃,10hの条件で実施した。その後、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる絶縁張力コート処理を施し、製品とした。
その後に、製品の磁気特性を測定し、加えて各製品を斜角せん断し、図2に示す500mm角の変圧器鉄心部分を模した三相三脚型の積みモデルトランスを組み立て、50Hz,1.7Tで励磁した状態での鉄損を測定した。また、このトランスの励磁磁束波形に三次高調波を基本波(50Hz)に対し5%重畳させ、磁束平均値:1.7Tで励磁し、鉄損を測定した。
なお、磁気特性はJIS C2550に記載の方法に準拠して求めた。
上記した測定結果をそれぞれ表6に併記する。
【0055】
【表5】

【0056】
【表6】

【0057】
表6に示したとおり、本発明の溝形状を満足する試験No.1〜10の方向性電磁鋼板は、素材鉄損が比較例と同等かそれより低いばかりでなく、いずれも実機トランスで良好な鉄損特性を有している。
しかしながら、溝深さを満足しない条件11や溝底面と溝側壁の交わる部分の曲率半径が本発明の範囲を外れる条件12の方向性電磁鋼板は、高調波重畳時の鉄損特性が劣っていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
幅方向に延びる線状溝を圧延方向に一定間隔で有する方向性電磁鋼板において、該線状溝の幅が50〜300μm、深さが10μm以上で、かつ圧延方向の間隔が2mm以上10mm以下であり、該線状溝の溝側壁が溝底面と交わる部分の曲率半径が1.0μm以上であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記鋼板の板厚方向に対し、前記線状溝の溝側壁面がなす角度を30°以上としたことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記鋼板の板厚方向に対し、前記線状溝の溝側壁面がなす角度を60°以下としたことを特徴とする請求項1または2に記載の方向性電磁鋼板。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の方向性電磁鋼板において、線状溝を形成するに際し、レジスト印刷を含む電解エッチング法を用いることを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。




【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−102395(P2012−102395A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−212400(P2011−212400)
【出願日】平成23年9月28日(2011.9.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】