説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】磁区細分化用の線状溝を形成した素材の鉄損をさらに低減し、かつ実機トランスに組上げた場合に、優れた低鉄損特性を得ることができる方向性電磁鋼板を提供する。
【解決手段】鋼板の板厚が0.30mm以下で、線状溝の圧延方向での間隔が2〜10mmの範囲で、線状溝の深さが10μm以上で、線状溝の底部におけるフォルステライト被膜厚みが0.3μm以上で、フォルステライト被膜およ該張力コーティングにより、鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上で、かつ圧延方向に、1.7T,50Hzの交番磁界をかけたときの、鉄損W17/50中の渦電流損の占める割合を65%以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料として用いる方向性電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、その磁化特性が優れていること、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、鋼板中の二次再結晶粒を、(110)[001]方位(いわゆる、ゴス方位)に高度に揃えることや、製品鋼板中の不純物を低減することが重要である。しかしながら、結晶方位の制御や、不純物を低減することは、製造コストとの兼ね合い等で限界がある。そこで、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一性を導入し、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、最終製品板にレーザを照射し、鋼板表層に高転位密度領域を導入し、磁区幅を狭くすることで、鋼板の鉄損を低減する技術が提案されている。また、特許文献2には、仕上げ焼鈍済みの鋼板に対して、882〜2156 MPa(90〜220 kgf/mm2)の荷重で地鉄部分に深さ:5μm 超の線状溝を形成したのち、750℃以上の温度で加熱処理することにより、磁区を細分化する技術が提案されている。
上記のような磁区細分化技術の開発により、鉄損特性が良好な方向性電磁鋼板が得られるようになってきている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【特許文献2】特公昭62−53579号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述した線状溝形成により磁区細分化処理を施す技術では、レーザー照射などによる高転位密度域を導入する磁区細分化技術よりも鉄損低減効果が少なく、また、実機トランスに組上げた場合に、磁区細分化により鉄損が低減されても実機トランスの鉄損がほとんど改善されない、すなわちビルディングファクター(BF)が極端に悪いといった問題も発生していた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、磁区細分化用の線状溝を形成した素材の鉄損をさらに低減し、かつ実機トランスに組上げた場合に、優れた低鉄損特性を得ることができる方向性電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【0007】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.鋼板表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、かつ該鋼板表面に磁区細分化を司る線状溝を有する方向性電磁鋼板であって、
該鋼板の板厚が0.30mm以下で、
該線状溝の圧延方向での間隔が2〜10mmの範囲で、
該線状溝の深さが10μm以上で、
該線状溝の底部におけるフォルステライト被膜の厚みが0.3μm以上で、
該フォルステライト被膜および該張力コーティングにより鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上で、
かつ圧延方向に1.7T,50Hzの交番磁界をかけたときの鉄損W17/50中の渦電流損の占める割合が65%以下で
あることを特徴とする方向性電磁鋼板。
【0008】
2.方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングおよび平坦化焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) 磁区細分化用の線状溝の形成を、フォルステライト被膜を形成する最終仕上げ焼鈍前に実施する、
(2) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(3) 仕上げ焼鈍後の平坦化焼鈍ラインにおける、鋼板への付与張力を3〜15MPaの範囲とする
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、線状溝を形成して磁区細分化処理を施した鋼板の鉄損低減効果が、実機トランスにおいても効果的に維持される方向性電磁鋼板得ることができるため、実機トランスにおいて優れた低鉄損特性を発現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】鉄心素材の渦電流損比率に対するトランス鉄損の変化の様子を示したグラフである。
【図2】本発明に従い形成した鋼板の線状溝部分の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について具体的に説明する。
発明者らは、磁区細分化用の線状溝形成を行ったフォルステライト被膜をそなえる方向性電磁鋼板の素材鉄損特性の改善、およびその方向性電磁鋼板を使用した実機トランスにおけるビルディングファクターの劣化を防止するために、必要な要件について検討した。
【0012】
表1に、作製した製品板の線状溝形成部のフォルステライト被膜厚み、被膜張力、素材の渦電流損比率を示す。線状溝形成部のフォルステライト被膜厚みを厚くすることで、被膜張力が上昇し、素材の渦電流損比率が減少していることが分かる。また、フォルステライト被膜厚みが薄い場合にも、絶縁コーティングの塗布量を増やすことで、被膜張力を増すことができ、渦電流損比率が低減する。ここに、この絶縁コーティングは、本発明では、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与できるコーティング(以下、張力コーティングという)を意味する。
【0013】
【表1】

【0014】
図1は、鉄心素材の渦電流損比率に対するトランス鉄損の変化の様子を記したものである。同図に、白抜き丸の点(張力コーティング目付け量11.0g/m2)で示したように、素材の渦電流損が素材鉄損に占める割合が65%以下である場合に、ビルディングファクターの劣化が低減していることが分かる。
一方、同図に、黒四角の点(張力コーティング目付け量18.5g/m2)で示したように、渦電流損比率が低い場合でも、フォルステライト被膜が薄いと、トランス鉄損が改善されていないことが分かる。
【0015】
ここに、渦電流損の比率を下げるには、圧延方向の被膜張力(フォルステライト被膜と張力コーティングの合計張力)を大きくすることが効果的であり、上述したように、この被膜張力を10.0MPa以上とする必要がある。しかしながら、上記した黒四角の点で示した例のように、張力コーティングの塗布量を増やして、被膜張力を10.0MPa以上とした場合は、線状溝の底部に形成されるフォルステライト被膜を厚くすることに比べると、鋼板の占積率が悪くなるため、被膜張力アップによる鉄損改善効果が相殺された結果、トランス鉄損が改善されないと考えられる。
【0016】
従って、素材鉄損を改善するためには、線状溝底部に形成させるフォルステライト被膜厚みの制御が重要で、ビルディングファクターを改善するためには、線状溝形成部を含めた鋼板表面全体に付与される張力の制御、素材鉄損に対する渦電流損の割合の制御、および線状溝底部に形成させるフォルステライト被膜厚みの制御がそれぞれ重要であることが分かった。
【0017】
上述した知見に基づき、素材鉄損の改善とビルディングファクターの改善とを両立させるための具体的な条件は、以下のとおりである。
鋼板の板厚:0.30mm以下
本発明において、鋼板の板厚は0.30mm以下を対象とする。
というのは、鋼板の板厚が0.30mmを超えた場合、渦電流損が大きく、磁区細分化しても渦電流損比率を65%以下に下げることができないからである。
【0018】
鋼板に形成した線状溝の圧延方向での列間隔:2〜10mm
本発明において、鋼板に形成した線状溝の圧延方向での列間隔は2〜10mmの範囲とする。
というのは、上記列間隔が10mmを超えた場合、導入する表面磁極量が小さく、十分な磁区細分化効果が得られないからである。一方、上記列間隔が2mmに満たない場合、導入する表面磁極量が多すぎる、また地鉄の量が溝の本数が多くなると減少する為に、圧延方向の透磁率が低下し、磁区細分化による渦電流損低減効果が相殺されるという問題が生じるからである。
【0019】
線状溝深さ:10μm以上
本発明において、鋼板の線状溝深さは10μm以上とする。
というのは、鋼板の線状溝深さが10μmに満たない場合、導入する表面磁極量が小さく、十分な磁区細分化効果が得られないからである。なお、線状溝深さの上限に特に制限はないが、溝が深くなると地鉄の量が減少する為に、圧延方向の透磁率が低下するため、50μm程度以下が好ましい。
【0020】
線状溝底部におけるフォルステライト被膜厚み:0.3μm以上
高転位密度領域を導入する磁区細分化手法に比べて、線状溝を形成する磁区細分化手法による線状溝の導入効果が低い理由は、導入される磁極量が少ないことに起因する。まず、線状溝を形成した時の導入される磁極量について検討した。その結果、線状溝形成部、特に線状溝底部のフォルステライト被膜厚みと磁極量とに相関関係があることが分かった。そこで、被膜厚みと磁極量との関係をさらに詳細に調査したところ、線状溝底部の被膜厚みを厚くすることが磁極量の増大に有効であることが判明した。
具体的には、磁極量を増大させ、磁区細分化効果を高めるのに必要なフォルステライト被膜厚みは、線状溝底部で0.3μm以上、好ましくは0.6μm以上である。
一方、上記フォルステライト被膜厚みの上限は、特に制限はないが、厚くなりすぎると鋼板との密着性が低下し、フォルステライト被膜が剥離しやすくなるため、5.0μm程度が好ましい。
【0021】
この原因は必ずしも明らかではないが、発明者らは次のように考えている。
すなわち、フォルステライト被膜厚みと、フォルステライト被膜が鋼板に付与する張力には相関関係があり、フォルステライト被膜厚みの増加によって線状溝底部での被膜張力が強くなる。この張力の増加によって、線状溝底部での鋼板の内部応力が増加し、その結果として、磁極量が増加したと考えられる。
【0022】
本発明において、線状溝底部におけるフォルステライト被膜の厚みの求め方は次のとおりである。
図2に示すように、線状溝底部に存在するフォルステライト被膜を線状溝の延びる方向に沿った断面にてSEMにより観察し、画像解析にてフォルステライト被膜の面積を求め、面積を測定距離で割ることにより、その鋼板のフォルステライト被膜厚みを求めた。このときの測定距離は100mmとした。
【0023】
方向性電磁鋼板を製品として鉄損を評価するとき、励磁磁束は圧延方向成分のみであるので、鉄損を改善するためには圧延方向の張力を増大させれば良い。しかしながら、方向性電磁鋼板を実機トランスに組上げた場合、励磁磁束は圧延方向成分だけでなく圧延方向と直角な方向成分(以下、圧延直角方向という)を有している。そのため、圧延方向だけでなく圧延直角方向の張力も鉄損に影響を及ぼす。
【0024】
フォルステライト被膜および張力コーティングによる鋼板に付与した合計張力:圧延方向に10.0MPa以上
前述したように、鋼板に付与する張力の絶対値が低いと、鉄損の劣化が避けられない。そのため、鋼板の圧延方向については、フォルステライト被膜と張力コーティングによる合計張力を10.0MPa以上にする必要がある。なお、本発明において、圧延方向の合計張力のみを規定しているのは、圧延方向に10.0MPa以上の合計張力が付与されれば、圧延直角方向に付与される張力が、本発明の発現に対し十分な大きさとなるためである。
【0025】
本発明において、フォルステライト被膜および張力コーティングの合計張力の求め方は次のとおりである。
製品(張力コーティング塗布材)より、圧延方向の張力を測定する場合は圧延方向280mm×圧延直角方向30mm、 圧延直角方向の張力を測定する場合は圧延直角方向280mm×圧延方向30mmのサンプルをそれぞれ切り出す。その後、片面のフォルステライト被膜と張力コーティングを除去し、その除去前後の鋼板反り量を測定して得られた反り量を、以下の換算式(1)にて張力換算する。この方法で求めた張力は、フォルステライト被膜と張力コーティングを除去しなかった面に付与されている張力である。張力はサンプル両面に付与されているので、同一製品の同一方向の測定について2サンプルを用意し、上記方法で片面毎の張力を求め、本発明ではその平均値をサンプルに付与されている張力とした。

【0026】
圧延方向に、1.7T,50Hzの交番磁界をかけたときの、鉄損W17/50中の渦電流損が占める割合:65%以下
本発明において、圧延方向に、1.7T,50Hzの交番磁界をかけたときの鉄損W17/50における、渦電流損が占める割合は65%以下とする。前述したように、渦電流損が占める割合が65%を超えると、鋼板単体では同じ鉄損値を示すものであっても、トランスに組み上げると、その鉄損が大きくなってしまうからである。
すなわち、方向性電磁鋼板を実機トランス鉄心に組上げた場合に、トランス鉄心内では磁束に高調波成分が重畳し、周波数に依存して増加する渦電流損が増加するため、鉄損が増加してしまうからである。こうしたトランス内での渦電流損増加は、元の鋼板の渦電流損に比例するので、鋼板の渦電流損が占める割合を小さくすることで、トランスでの鉄損を小さくできる。
従って、本発明では、圧延方向に、1.7T,50Hzの交番磁界をかけたときの、鉄損W17/50中の渦電流損が占める割合を65%以下とする。
【0027】
素材鉄損W17/50(全鉄損)については、JIS C2556に準拠した単板磁気試験装置を用いて測定を行った。また、素材鉄損測定と同じ試料について直流磁化(0.01HZ以下)で、磁束最大値1.7T、最小値-1.7TのヒステリシスB-Hループの測定を行い、そのB-Hループ1周期から求めた鉄損をヒステリシス損とした。一方、渦電流損は直流磁化測定により得られたヒステリシス損を素材鉄損(全鉄損)から差し引くことで算出した。この渦電流損の値を素材鉄損の値で除し、百分率で表したものを、素材鉄損に占める渦電流損の割合とした。
【0028】
次に、本発明における方向性電磁鋼板の製造方法について具体的に説明する。
一つめは、線状溝底部にもフォルステライト被膜を0.3μm以上の厚みで形成することである。よって、フォルステライト被膜が形成される最終仕上げ焼鈍前に、線状溝を形成させることが必須である。そして、線状溝底部のフォルステライト被膜を前記の厚みとするためには、焼鈍分離剤の目付量を両面で10g/m2以上とすることが必要である。
【0029】
二つめは、鋼板に付与される張力(圧延方向および圧延直角方向の両方)を上昇させることである。ここで重要なのは、仕上げ焼鈍後の平坦化焼鈍ラインにおいて、高温の炉内で鋼板圧延方向に付与される引張応力によって、線状溝形成部、特に線状溝底部のフォルステライト被膜が破壊されることを低減することである。
【0030】
張力コーティング及び平坦化焼鈍を行う際に、線状溝形成部のフォルステライト被膜の破壊を低減するには、仕上げ焼鈍後の平坦化焼鈍ラインにおける、鋼板への付与張力を0.03〜0.15MPaに制御することである。この理由は、以下のとおりである。
仕上げ焼鈍後の平坦化焼鈍ラインでは、板形状を平坦化するために、大きな張力を鋼板の搬送方向に対して付与している。特に、線状溝形成部は、その形状から応力が集中しやすく、フォルステライト被膜が破壊されやすい。そこで、フォルステライト被膜へのダメージを抑制するためには、鋼板に付与される張力を低減することが有効である。というのは、付与する張力を低減した場合、鋼板にかかる応力が減少するために、線状溝底部におけるフォルステライト被膜の破壊が起こりにくいからである。ただし、付与する張力が低すぎると、平坦化焼鈍ライン内において、板の蛇行や、形状の不良が発生する可能性があり、生産性を落とす結果となる。
従って、平坦化焼鈍ラインにおいて、フォルステライト被膜の破壊を防ぎ、ラインの生産性を保つ最適な鋼板への付与張力の範囲は3〜15MPaである。
【0031】
本発明において、上記ポイント以外は特に限定はされないが、推奨される鋼板の好適成分組成および製造条件について述べる。
また、インヒビターを利用する場合、例えばAlN系インヒビターを利用する場合であればAlおよびNを、またMnS・MnSe系インヒビターを利用する場合であればMnとSeおよび/またはSを適量含有させればよい。勿論、両インヒビターを併用してもよい。この場合におけるAl、N、SおよびSeの好適含有量はそれぞれ、Al:0.01〜0.065質量%、N:0.005〜0.012質量%、S:0.005〜0.03質量%、Se:0.005〜0.03質量%である。
【0032】
さらに、本発明は、Al、N、S、Seの含有量を制限した、インヒビターを使用しない方向性電磁鋼板にも適用することができる。
この場合には、Al、N、SおよびSe量はそれぞれ、Al:100 質量ppm以下、N:50 質量ppm以下、S:50 質量ppm以下、Se:50 質量ppm以下に抑制することが好ましい。
【0033】
本発明の方向性電磁鋼板用スラブの基本成分および任意添加成分について具体的に述べると次のとおりである。
C:0.08質量%以下
Cは、熱延板組織の改善のために添加をするが、0.08質量%を超えると製造工程中に磁気時効の起こらない50質量ppm以下までCを低減することが困難になるため、0.08質量%
以下とすることが好ましい。なお、下限に関しては、Cを含まない素材でも二次再結晶が可能であるので特に設ける必要はない。
【0034】
Si:2.0〜8.0質量%
Siは、鋼の電気抵抗を高め、鉄損を改善するのに有効な元素であるが、含有量が2.0質
量%に満たないと十分な鉄損低減効果が達成できず、一方、8.0質量%を超えると加工性
が著しく低下し、また磁束密度も低下するため、Si量は2.0〜8.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0035】
Mn:0.005〜1.0質量%
Mnは、熱間加工性を良好にする上で必要な元素であるが、含有量が0.005質量%未満で
はその添加効果に乏しく、一方1.0質量%を超えると製品板の磁束密度が低下するため、Mn量は0.005〜1.0質量%の範囲とすることが好ましい。
【0036】
上記の基本成分以外に、磁気特性改善成分として、次に述べる元素を適宜含有させることができる。
Ni:0.03〜1.50質量%、Sn:0.01〜1.50質量%、Sb:0.005〜1.50質量%、Cu:0.03〜3.0質量%、P:0.03〜0.50質量%、Mo:0.005〜0.10質量%およびCr:0.03〜1.50質量%のう
ちから選んだ少なくとも1種
Niは、熱延板組織を改善して磁気特性を向上させるために有用な元素である。しかしながら、含有量が0.03質量%未満では磁気特性の向上効果が小さく、一方1.5質量%を超え
ると二次再結晶が不安定になり磁気特性が劣化する。そのため、Ni量は0.03〜1.5質量%
の範囲とするのが好ましい。
【0037】
また、Sn、Sb、Cu、P、MoおよびCrはそれぞれ磁気特性の向上に有用な元素であるが、いずれも上記した各成分の下限に満たないと、磁気特性の向上効果が小さく、一方、上記した各成分の上限量を超えると、二次再結晶粒の発達が阻害されるため、それぞれ上記の範囲で含有させることが好ましい。
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0038】
次いで、上記した成分組成を有するスラブは、常法に従い加熱して熱間圧延に供するが、鋳造後、加熱せずに直ちに熱間圧延してもよい。薄鋳片の場合には熱間圧延しても良いし、熱間圧延を省略してそのまま以後の工程に進んでもよい。
【0039】
さらに、必要に応じて熱延板焼鈍を施す。この時、ゴス組織を製品板において高度に発達させるためには、熱延板焼鈍温度として800〜1100℃の範囲が好適である。熱延板焼鈍温度が800℃未満であると、熱間圧延でのバンド組織が残留し、整粒した一次再結晶組織を実現することが困難になり、二次再結晶の発達が阻害される。一方、熱延板焼鈍温度が1100℃を超えると、熱延板焼鈍後の粒径が粗大化しすぎるために、整粒した一次再結晶組織の実現が極めて困難となる。
【0040】
熱延板焼鈍後は、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施した後、再結晶焼鈍を行い、焼鈍分離剤を塗布する。焼鈍分離剤を塗布した後に、二次再結晶およびフォルステライト被膜の形成を目的として最終仕上げ焼鈍を施す。なお、以下に説明するように、本発明に従う線状溝の形成は、最終の冷間圧延後であって、最終仕上げ焼鈍の前のいずれかの工程で行う。
【0041】
最終仕上げ焼鈍後には、平坦化焼鈍を行って形状を矯正することが有効である。なお、本発明では、平坦化焼鈍前または後に、鋼板表面に絶縁コーティングを施す。ここに、この絶縁コーティングは、本発明では、鉄損低減のために、鋼板に張力を付与できるコーティングを意味する。なお、張力コーティングとしては、シリカを含有する無機系コーティングや物理蒸着法、化学蒸着法等によるセラミックコーティング等が挙げられる。
【0042】
本発明では、上述した最終の冷間圧延後であって、最終仕上げ焼鈍の前までのいずれかの工程で方向性電磁鋼板の鋼板表面に線状溝を形成する。その際、線状溝底部のフォルステライト被膜厚みを制御すること、並びに圧延方向でのフォルステライト被膜と張力コーティング被膜の合計張力を前述のとおり制御することで、素材鉄損に対する渦電流損の割合が制御され、線状溝形成を行った磁区細分化による鉄損改善効果がより大きく発現し、その結果、十分な磁区細分化効果が得られるのである。
【0043】
本発明での線状溝の形成は、従来公知の線状溝の形成方法、例えば、局所的にエッチング処理する方法、刃物などでけがく方法、突起つきロールで圧延する方法などが挙げられるが、最も好ましい方法は、最終冷延後の鋼板に印刷等によりエッチングレジストを付着させたのち、非付着域に電解エッチング等の処理により線状溝を形成する方法である。
【0044】
本発明で鋼板表面に形成する線状溝は、前述したように、深さが10μm以上、間隔が2〜10.0mmであって、幅が50〜300μm程度で、深さの上限が50μm程度とし、線状溝の形成角度は圧延方向と直角な向きを中心として±30°以内とすることが好ましい。なお、本発明において、「線状」とは、実線だけでなく、点線や破線なども含むものとする。
【0045】
本発明において、上述した工程や製造条件以外については、従来公知の線状溝を形成して磁区細分化処理を施す方向性電磁鋼板の製造方法を、適用すればよい。
【実施例】
【0046】
〔実施例1〕
表2に示す成分組成になる鋼スラブを連続鋳造にて製造し、1400℃に加熱後、熱間圧延により板厚:2.2mmの熱延板としたのち、1020℃で180秒の熱延板焼鈍を施した。ついで、冷間圧延により中間板厚:0.55mmとし、雰囲気酸化度P(H2O)/(PH2)=0.25、時間:90秒の条件で中間焼鈍を実施した。その後、塩酸酸洗により表面のサブスケールを除去したのち、再度、冷間圧延を実施して、板厚:0.23mmの冷延板とした。
【0047】
【表2】

【0048】
その後、グラビアオフセット印刷によりエッチングレジストを塗布し、ついで電解エッチングおよびアルカリ液中でのレジスト剥離により、幅:150μm、深さ:20μm の線状溝を、圧延方向と直交する向きに対し10°の傾斜角度にて3mm間隔で形成した。
ついで、雰囲気酸化度P(H2O)/(PH2)=0.55、均熱温度:825℃で200秒保持する脱炭焼鈍を施したのち、MgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布した。その後、二次再結晶と純化を目的とした最終仕上げ焼鈍をN2:H2=60:40の混合雰囲気中にて1250℃、10hの条件で実施した。
さらに、50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる絶縁張力コート処理を施し製品とした。ここで、種々の絶縁張力コーティング処理を施し、仕上げ焼鈍後の連続ラインにおけるコイルに付与する張力を数水準、実施した。
別途比較として、線状溝形成を最終仕上げ焼鈍後に実施し、その後に50%のコロイダルシリカとリン酸マグネシウムからなる絶縁張力コート処理を施した製品も作製した。線状溝形成の順番以外は上記製造条件で作製している。
ついで、製品の磁気特性および被膜張力測定を行ない、さらに、各製品を斜角せん断し、500kVAの三相トランスを組み立て、50Hz、1.7Tで励磁した状態での鉄損および騒音を測定した。
上記した測定結果をそれぞれ表3に併記する。
【0049】
【表3】

【0050】
表3に示したとおり、線状溝形成による磁区細分化処理を施し、本発明の範囲を満足する張力を有している方向性電磁鋼板を用いた場合、ビルディングファクターの劣化も抑制され、極めて良好な鉄損特性が得られている。これに対し、線状溝底部におけるフォルステライト被膜厚みなど、いずれかの構成要件が本発明の範囲を逸脱したNo.1,2,4,9,10,14,15および16の比較例を方向性電磁鋼板として用いた場合は、そのいずれもが実機トランスとしての低鉄損が得られず、ビルディングファクターが劣化している。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面にフォルステライト被膜および張力コーティングをそなえ、かつ該鋼板表面に磁区細分化を司る線状溝を有する方向性電磁鋼板であって、
該鋼板の板厚が0.30mm以下で、
該線状溝の圧延方向での間隔が2〜10mmの範囲で、
該線状溝の深さが10μm以上で、
該線状溝の底部におけるフォルステライト被膜の厚みが0.3μm以上で、
該フォルステライト被膜および該張力コーティングにより鋼板に付与する合計張力が、圧延方向で10.0MPa以上で、
かつ圧延方向に1.7T,50Hzの交番磁界をかけたときの鉄損W17/50中の渦電流損の占める割合が65%以下で
あることを特徴とする方向性電磁鋼板。
【請求項2】
方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、ついで必要に応じて熱延板焼鈍を施したのち、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚に仕上げたのち、脱炭焼鈍を施し、ついで鋼板表面にMgOを主成分とする焼鈍分離剤を塗布してから、最終仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティングおよび平坦化焼鈍を施す方向性電磁鋼板の製造方法において、
(1) 磁区細分化用の線状溝の形成を、フォルステライト被膜を形成する最終仕上げ焼鈍前に実施する、
(2) 焼鈍分離剤の目付け量を10.0g/m2以上とする、
(3) 仕上げ焼鈍後の平坦化焼鈍ラインにおける、鋼板への付与張力を3〜15MPaの範囲とする
ことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−36447(P2012−36447A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−178080(P2010−178080)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】