説明

暗号送信装置

【課題】暗号作成の作業を複雑・高コスト化することなしに、暗号の安全性を高めるYuen暗号送信装置を提供する。
【解決手段】情報伝送する搬送波を発生する搬送波発生器と初期鍵を持つ送信用擬似乱数発生器と擬似乱数発生器出力からなるRunning鍵に基づき信号伝送用の基底を不規則な順序に対応づける基底選択制御器と前記基底選択制御器によって選択された基底情報と送信データにしたがって対応する信号値に変調し出力するM−ary変調器とを有してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は暗号送信装置に関するものであり、さらに詳しくはY−00プロトコルYuen暗号通信システムにおける送信装置の改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現代の主要な暗号は安全性の根拠を複雑性理論あるいは計算量に置いたものであり、数理科学と共に著しい発展を見せている。他方、通信過程において、その信号系の物理現象に関する物理学の原理を安全性の保証に使う暗号形式がある。これは物理暗号と呼ばれ、近年、開発が進んでいる量子暗号はこれに属するものである。
【0003】
具体的な技術としての最初の量子暗号としては、1984年のC.H.BennettとG.Brassardとによる秘密鍵の配送プロトコル(BB−84)がある。これは完全に安全な暗号通信を実現する手段の一部である。
【0004】
すなわちこの暗号通信実現手段は、完全に安全な暗号通信は平文より多い鍵数を用いるone time pad法でのみ可能であるという原理に沿ったものであり、one time pad法に必要な大量の鍵の配送を量子通信を応用して実現しようとするものである。
【0005】
最近、現存の光ネットワーク上で実用化が期待でき、かつBB−84鍵配送とone time pad法の組み合わせによる完全安全な暗号通信と同じ安全性を持つ共通鍵量子暗号が、開発された。
【0006】
この共通鍵量子暗号では、M−ary量子状態変調暗号方式という新しい枠組を応用するものである。そこでは、正規の送受信者間の光変復調装置はM個の量子信号基底を共通の擬似乱数にしたがって切り換えて通信することにより、直接暗号通信を実施するものである。
【0007】
ここで量子信号基底とは1と0の情報を送信するときに、その情報を送信する2個の量子状態信号対を言うものである。例えば0度と180度の位相のコヒーレント状態信号によって情報が送信されるとき、その2個の量子状態信号対が基底となる。
【0008】
上記の着想に基づく暗号プロトコルは一般にYuen−2000暗号通信プロトコル(通常Y−00プロトコルと略称される)と呼ばれている。このY−00プロトコルを具現化する最初の通信装置は、2002年にNorthwestern大学のP.KumarやH.Yuenらと、2003年に玉川大学グループにより、発表されている。
【0009】
発表された方式では、効率を高めるために、偏光変調を伴う2モード・コヒーレント状態が用いられた。しかし以下においては単一モードによるY−00プロトコルの通信システムの基本原理について図3により説明する。
【0010】
図3に示すY−00プロトコルの通信システムは通信路307により接続された送信装置と受信装置により構成されている。
【0011】
この送信装置は、送信用擬似乱数発生器303と、その出力側に接続された基底選択制御器305と、送信データ発生器306と、入力側を送信データ発生器306と基底選択制御器305にかつ出力側を通信路307に接続されたM−ary位相変調器302と、を有してなるものである。さらにM−ary位相変調器302の入力側にはレーザーダイオードからなる搬送波発生器301が接続されている。
【0012】
送信データ発生器306は1または0からなる送信データを発生する。
【0013】
搬送波発生器301は搬送波器であって、2M値の位相変調可能なコヒーレント光をM−ary位相変調器302に出力するものである。
【0014】
初期鍵Kが入力されると擬似乱数発生器303は2進数擬似乱数列を形成しこれに基づくRunning鍵を出力する。
【0015】
基底選択制御器305はこのRunning鍵の擬似乱数列をlog2Mビット毎にブロックして、そのブロックに対応する10進数に変換してRunning鍵を基底情報として出力する。
【0016】
M−ary位相変調器302にはRunning鍵により示される選択された基底を用いて(つまり基底情報に基づいて)、送信データ発生器306から入力された送信データを変調して、搬送波発生器301からのコヒーレント光に乗せて通信路307を経て受信装置に伝送する。
【0017】
通信路307は例えば光ファイバーなどから構成されている。
【0018】
他方受信装置は、受信用擬似乱数発生器304と、その出力側に接続された基底選択制御器311と、入力側を基底選択制御器311に接続された位相平面基本軸制御器312とを有している。また入力側を通信路307と局発レーザーダイオード308に接続された合波器309はその出力側をフォトダイオード310を介して位相平面基本軸制御器312に接続されている。
【0019】
擬似乱数発生器304および基底選択制御器311は送信装置側の擬似乱数発生器303および基底選択制御器305とその構成・機能が実質的に同一である。
【0020】
位相平面基本軸制御器312は基底選択制御器311からの基底情報に基づいて、光ヘテロダイン受信された後の信号を位相平面の基底軸にしたがって1と0との判定を行って、受信データを出力する。
【0021】
初期鍵を共有していない盗聴者はどの基底で信号が送られているかを知らないので、暗号を解読するには2M値の位相変調信号を全て識別する受信方法を採用しなければならない。
【0022】
以上のシステムにおいては、通信システムは従来の光通信ではあるが、初期鍵を知らない盗聴者の受信方法が制限される。加えて受信データからは量子ゆらぎによって情報が得られない工夫がなされている。したがってこれらの理由からY−00プロトコルは完全な安全性を提供する暗号である。
【0023】
ところで上記のシステムにおいて、基底の選択規則を実行する基底選択制御器は暗号の強さを決定する重要な構成要素である。
【0024】
図4により基底選択制御器の動作を説明する。基底選択制御器ではレーザーダイオードの出力とM−ary位相変調器で用意される位相信号を表わす信号位相空間の円周360度を2M分割した2M個の位相を図示のように2個のセットにして1個の基底とし、Running鍵と順番に対応させる指令信号を作成する。この指令信号がM−ary位相変調器に出力される。
【0025】
情報ビットはRunning鍵で選択された基底を用いて、位相空間上の信号配置の順番に、かつ交互に1,0,1,0,…としてM−ary位相変調器から送信される。
【非特許文献1】C.H.Bennett and G.Brassard,“Quantum cryptography”, in Proc.IEEE,Int. Conf. on Computers system,and signal processing,p.175,(1984).
【非特許文献2】G.A.Barbosa,E.Corndorf,P.Kumar,H.P.Yuen,“Secure communication using mesoscopic coherent state,” Phys.Rev.Lett.,vol−90,227901,(2003).
【非特許文献3】H.P.Yuen,“A new approach to quantum cryptography” Los Alamos arXiv. quantu−ph/0311061 v5,(2003)
【非特許文献4】O.Hirota,K.Kato,M.Sohma,T.Usuda,K.Harasawa,“Quantum stream cipher based on optical communication” SPIE Proc. vol−5551,(2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
従来の基底選択制御器とM−ary位相変調器との連携動作では、Running鍵の数値と基底の配置順序が図4に示すようにきれいに並んでいる。したがって盗聴者が識別する測定を実施したときに、基底の識別の誤りが主に隣接基底となると、対応するRunning鍵の数値に対する誤りが隣接の数値に対応することになる。故にその数値の2進数表現では2ビット程度の誤りにしかならない。すなわち盗聴者が推定アルゴリズムを実施するときの組合せ総数があまり大きくならない。
【0027】
すなわち情報理論的安全ではあるが、偶然的解読可能性を排除することができない。偶然的解読可能性を完全に排除するためには、追加の手段を講じる必要があり、従来のシステムでは信号エネルギーを小さくしなければならないため、通信の性能が悪くなるという問題がある。
【0028】
かかる従来技術の現状に鑑みてこの発明の目的は、通信の性能を劣化させることなしに、暗号の安全性を高めるYeun暗号送信装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0029】
このためこの発明の暗号送信装置は、情報伝送する搬送波を発生する搬送波発生器と初期鍵を持つ送信用擬似乱数発生器と擬似乱数発生器出力からなるRunning鍵に基づき信号伝送用の基底を不規則な順序に対応づける基底選択制御器と前記基底選択制御器によって選択された基底情報と送信データにしたがって対応する信号値に変調し出力するM−ary変調器とを有してなることを要旨とするものである。
【0030】
より具体的にはこの発明の暗号送信装置は、送信用擬似乱数発生器と、その出力側に接続された基底選択制御器と、送信データ発生器と、入力側を送信データ発生器と基底選択制御器にかつ出力側を通信路に接続されたM−ary変調器とを有してなり、基底選択制御器が入力側のRunning鍵生成器と出力側の変調信号対応指定機構とから構成されており、基底選択制御器がRunning鍵を信号伝送用の基底に不規則な順序で対応づけるか、あるいは擬似乱数の一部を用いて不規則に対応づけて、それを基底情報としてM−ary変調器に出力し、M−ary変調器が基底情報と送信データにしたがって対応する信号を通信路に出力するものである。
【発明の効果】
【0031】
この発明においてはかかる構成により、位相変調方式や強度変調方式において、盗聴者の既知平文攻撃に対する安全性が著しく改善される。それによって完全な安全性が達成されるための基底数や信号強度の設計条件を緩和することができるので、装置への負担が極めて軽く、装置本来の機能を簡便に実施させることができる。
【実施例1】
【0032】
図1に示すのは位相変調方式に対して、この発明を装着した暗号送信装置の基本的実施例である。図中の搬送波発生器101、M−ary位相変調器102、擬似乱数発生器103および送信データ発生器106はそれぞれ、図3に示す従来の暗号送信装置における搬送波発生器301、M−ary位相変調器302、擬似乱数発生器303および送信データ発生器306とその構成・機能が実質的に同一である。
【0033】
この発明の暗号送信装置における基底選択制御器105はRunning鍵生成器1051とその出力側に接続された変調信号対応指定機構1052とから構成されている。
【0034】
Running鍵生成器1051は擬似乱数ビット列を10進数のRunning鍵に変換するものである。また変調信号対応指定機構1052はそのRunning鍵の数値を変調信号の配置に対応させるものである。
【0035】
図2Aにより基底選択制御器105の動作を説明する。基底選択制御器105においては、搬送波発生器101とM−ary位相変調器102で用意される位相信号を表わす信号位相空間の円周360度を2Mで分割した2M個の位相を図示のように2個セットにして1個の基底とする。これをRunning鍵と不規則に対応させる指令信号を作成して基底情報(指令信号)としてM−ary位相変調器102に出力する。
【0036】
このとき隣接する基底には、Running鍵を2進数表現としたとき、互いのハミング距離(1と0の違いの総計)が大きくなるような基底を対応させる。それによって、盗聴者が基底の測定で隣接する基底間の誤りを発生したとき、ビット列としては多数のビットを誤ったことになる。
【0037】
搬送波発生器101とM−ary位相変調器102は基底選択制御器105からの基底情報(指令信号)に従って搬送波の位相軸を例えば(Δ、Δ+π)や(2Δ、2Δ+π)などの基底で発信するように準備される。すると送信データに従って、図2Bに示すような関係で2値の位相偏移キーイング(phase shift keying)が実施される。
【0038】
以上のプロセスにより、送信装置からは多数の2値変調信号群のひとつが不規則に選ばれて送信されることになる。さらに図2Aに示すように送信された信号の位相空間上での配置とRunning鍵の対応が不規則となる。かかる構成によれば、盗聴者が既知平文攻撃を行うとしても、装置の他のパラメータに過度な負担を掛けずにそれに対応できる完全な安全性を確保することが可能となる。
【0039】
なお以上の実施例においては、基底選択制御器がRunning鍵を信号伝送用の基底に不規則な順序で対応づけて基底情報としての基底選択指令信号をM−ary位相変調器に出力するようにした。
【0040】
しかしこれに代えてこの発明の他の実施例では、基底選択制御器が擬似乱数の一部の系列にしたがってRunning鍵とは独立に不規則に対応づけて基底情報としての基底選択指令信号をM−ary位相変調器に出力するように構成することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0041】
この発明の暗号送信装置は、理論的に完全な安全性を有するY−00プロトコルを実装する際に、装置に過度な性能を要求せずに、同じ完全な安全性を達成できる。したがって装置の製造が低コスト化され得るので、広範な通信サービスにおいて利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】この発明の暗号送信装置の基本的実施例の構成を示すブロック線図である。
【図2A】この発明におけるRunning鍵と基底の対応の一例を示す模型図である。
【図2B】この発明により発生される信号群の一例を示す模型図である。
【図3】従来技術における単一モードによるY−00プロトコルの通信システムの基本的構成を示すブロック線図である。
【図4】従来技術におけるRunning鍵と基底の対応の一例を示す模型図である。
【符号の説明】
【0043】
101 : 搬送波発生器
102 : M−ary変調器
103 : 擬似乱数発生器
105 : 基底選択制御器
1051: Running鍵生成器
1052: 変調信号対応指定機構
106 : 送信データ発生器
107 : 通信路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報伝送する搬送波を発生する搬送波発生器と初期鍵を持つ送信用擬似乱数発生器と擬似乱数発生器出力に基づくRunning鍵を信号伝送用の基底に不規則な順序で対応づける基底選択制御器と、前記基底選択制御器によって選択された基底情報と送信データにしたがって対応する信号値に変調し出力するM−ary変調器とを有してなり、M−ary変調器が基底選択制御器により選択された基底情報と送信データにしたがって対応する信号を出力することを特徴とする暗号送信装置。
【請求項2】
不規則な順序に対応づける基底選択制御器に代えて擬似乱数の一部の系列にしたがってRunning鍵とは独立に不規則な対応づけをする基底選択制御器とその出力側に接続された変調器とを有してなることを特徴とする請求項1に記載の装置。
【請求項3】
Y−00プロトコルYuen暗号通信システムにおいて、送信用擬似乱数発生器(103)と、その出力側に接続された基底選択制御器(105)と、送信データ発生器(106)と、入力側を送信データ発生器と基底選択制御器(105)にかつ出力側を通信路(107)に接続されたM−ary変調器(102)とを有してなる暗号送信装置であって、基底選択制御器が入力側のRunning鍵生成器(1051)と出力側の変調信号対応指定機構(1052)とから構成されており、基底選択制御器がRunning鍵を信号伝送用の基底に不規則な順序で対応づけて基底情報としての基底選択指令信号をM−ary変調器に出力し、M−ary変調器が基底情報と送信データにしたがって対応する信号を通信路に出力することを特徴とする暗号送信装置。
【請求項4】
Y−00プロトコルYuen暗号通信システムにおいて、送信用擬似乱数発生器(103)と、その出力側に接続された基底選択制御器(105)と、送信データ発生器(106)と、入力側を送信データ発生器と基底選択制御器(105)にかつ出力側を通信路(107)に接続されたM−ary変調器(102)とを有してなる暗号送信装置であって、基底選択制御器が入力側のRunning鍵生成器(1051)と出力側の変調信号対応指定機構(1052)とから構成されており、基底選択制御器が擬似乱数の一部の系列にしたがってRunning鍵とは独立に不規則に対応づけて基底情報としての基底選択指令信号をM−ary変調器に出力し、M−ary変調器が基底情報と送信データにしたがって対応する信号を通信路に出力することを特徴とする暗号送信装置。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−157639(P2006−157639A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−346764(P2004−346764)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(593171592)学校法人玉川学園 (38)
【Fターム(参考)】