説明

有機圧電焦電体膜の形成方法

【課題】 基材上に形成されたポリ尿素膜のポーリング処理を、基材を損傷することなく、また、ポリ尿素膜に絶縁破壊を生じさせずに確実に行うことができる有機圧電焦電体膜の形成方法を提供する。
【解決手段】 ジアミンと、ジイソシアナートとを蒸着重合することにより、基材上にポリ尿素膜を形成し、前記ポリ尿素膜を、80℃〜130℃の温度で加熱するとともに磁場を印加して、前記ポリ尿素膜にポーリング処理を施すことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、マイクロホン、スピーカ用の振動板等の音響機器、超音波センサー、各種熱センサー、圧力センサー、赤外線検出器等に、その圧電性・焦電性が利用される有機圧電焦電体膜の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機圧電焦電体膜として、ポーリング処理されたポリビニリデンフロライドフィルム(以下、PVDFフィルムという)等が用いられている。
これら圧電焦電体膜は、ほとんど同様の方法で製造されるが、例えば、PVDFフィルムの製造の場合について示せば次の通りである。
先ず、例えば、原料モノマーとしてフッ化ビニリデンを蒸留水とベンゾイルパーオキサイド等の過酸化物触媒と共に60〜80℃で、7.9×107〜9.5×107Paの加圧下で反応させて得られた重合体を、フィルム形成法でシート状のフィルムに形成する。この形成されたフィルムに延伸処理を施して配向性(フィルムの結晶性)を高めた後、前記フィルムを温度室温〜70℃で、電場50〜250MV/mの条件下でポーリング処理(双極子を電場の方向に配向させる)を行って、前記フィルムの分子鎖内に存在するCF2原子団が有する双極子モーメントを分子鎖に沿って同一方向に配列し、高分子鎖の集合体である高分子フィルムに残留分極を生じさせ、前記フィルムに圧電・焦電性を与えて圧電対焦電体のPVDFフィルムを製造する。
しかしながら、前記PVDFフィルム等の有機圧電焦電体膜の製造方法は、フィルムに圧電性・焦電性を付与するまでに、原料モノマーの重合工程、フィルム形成工程、延伸工程、ポーリング工程等のように数多くの工程を必要とするため作業性が悪く、しかもフィルム形成後に延伸処理を施さなければ配向性が得られないので、フィルム状のものしか得られず、圧電焦電体膜として基材上にコーティングすることができない等の問題があった。
また、PVDFフィルムの場合は、フィルム温度が数十度に達すると次第に軟化し、残留分極が減少し、また、前記温度が100℃付近ではフィルムの弾性率の低下、誘電率の上昇と共に、圧電・焦電率の減少が起こり、フィルム温度が100℃以上に達すると圧電・焦電性が消失するので耐熱性に乏しく、従って、車載用の音響デバイスセンサー等に適用することが困難である等の問題があった。
そこで、本出願人は、先に特許文献1に提案したように、真空中でジアミンと、ジイソシアナートとからなる原料モノマーを蒸発させ、これらを基材上で蒸着重合させて、前記基材上にポリ尿素膜を形成し、前記ポリ尿素膜にポーリング処理を施して基材上に有機圧電焦電体膜を形成する方法を提案した。
【0003】
【特許文献1】特許第2782528号公報
【0004】
しかしながら、上記ポーリング処理は、ポリ尿素膜を180〜200℃程度の解離温度(260℃程度)に近い高温度で加熱して、100〜200MV/mの電界を印加するようにしているため、1μmの膜厚の場合には、100〜200Vの電圧が印加されることになる。このときポリ尿素膜の絶縁破壊が生じやすくなり、絶縁破壊が生じるとポーリング処理が未達に終わってしまうという問題があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで、本発明は、上記問題を解決するために、基材上に形成されたポリ尿素膜のポーリング処理を、基材を損傷することなく、また、ポリ尿素膜に絶縁破壊を生じさせずに確実に行うことができる有機圧電焦電体膜の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく、本発明者等は鋭意検討の結果、重合直後に、ポリ尿素膜を80℃〜130℃に加熱して、磁場を印加することにより、未反応状態のオリゴマーの架橋が促進され、ポリマー化され、ポリ尿素膜が配向し、圧電性を発現することを知見した。
即ち、本発明は、請求項1に記載の通り、ジアミンと、ジイソシアナートとを蒸着重合することにより、基材上にポリ尿素膜を形成し、前記ポリ尿素膜を、80℃〜130℃の温度で加熱するとともに磁場を印加して、前記ポリ尿素膜にポーリング処理を施すことを特徴とする。
また、請求項2に記載の有機圧電焦電体膜の形成方法は、請求項1に記載の有機圧電焦電体膜の形成方法において、前記磁場は、前記ポリ尿素膜の膜厚方向に印加することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ポリ尿素膜に絶縁破壊を生じさせることなく、ポリ尿素膜にポーリング処理を施すことができる。また、電界による絶縁破壊を生じることがないため、有機圧電焦電体膜を備える製品の歩留まりが向上し、製造時間の短縮化及び製品の低コスト化を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
上記の通り、本発明は、ジアミンと、ジイソシアナートとを蒸着重合することにより、基材上にポリ尿素膜を形成し、前記ポリ尿素膜を、80℃〜130℃の温度で加熱するとともに磁場を印加して、前記ポリ尿素膜にポーリング処理を施すことを特徴とする。
ジアミンとしては、4,4′-ジアミノジフェニルメタン(MDA)、4,4′−ジアミノジフェニルエーテル、4,4′−ジアミノ−3,3′−ジメチルジフェニルメタン、p,p′−ジアミノジフェニルメタン等が挙げられる。また、ジイソシアナートとしては、4,4'−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、4,4′−ジイソシアン酸メチレンジフェニル、4,4′−ジイソシアン酸3,3′−ジメチルジフェニル等が挙げられる。
また、前記原料モノマーを蒸発させて基材上で重合させる際の真空度としては1×10-2〜1×10-3Pa程度に設定することができる。
【0009】
前記ポーリング処理は、所定の磁場内でポリ尿素膜を80℃〜130℃に加熱することにより行う。このようにすることで、重合直後のポリ尿素膜のオリゴマーの架橋が促進されポリマー化し、その際、ポリ尿素膜のベンゼン環を磁場方向に対して垂直に配向させることができるようになる。そして、ポーリング処理後、温度を低くすることにより、膜内の分子が配向したまま固定されて、一定方向の配向性を有するポリ尿素膜が得られる。尚、前記所定の磁場の強度及び印加方法については、ポリ尿素膜が配向性を有するようにできる程度であれば特に制限はないが、磁場の印加方向に関しては、ポリ尿素膜の膜厚方向に印加することが好ましく、更に、好ましくは、ポリ尿素膜の表面の法線から±30°の範囲内で磁場を印加することが好ましい。
【実施例】
【0010】
以下、図面を参照して本発明の実施例について説明する。
図1は、本発明方法を実施する装置の一例を示すもので、図中、1は処理室を示す。前記処理室1内を外部の真空ポンプその他の真空排気系2に接続すると共に、前記処理室1内にポリ尿素膜を形成せしめるべき基材3を2本のレールから成るホルダー4上に保持し、且つ、基材3の前面に設けられた膜厚モニター5によって基材3上に形成される膜厚を測定するようにした。また、処理室1内の下方に前記基材3に対向させて原料モノマーaとしてのジアミン、原料モノマーbとしてのジイソシアナートを夫々蒸発させるためのガラス製の蒸発用容器6,6を設け、前記各蒸発用容器6をその近傍に設けられた水晶振動の蒸発モニター7と、ヒーター8とによって前記原料モノマーaおよびbの蒸発を常に一定化させる所定温度にコントロール出来るようにした。尚、図中、9は基材3と両蒸発用容器6との介在されるシャッター、10は両蒸発用容器6間に設けた仕切板を示す。
【0011】
次に、前記装置を用いて、本発明のポリ尿素膜の形成方法を実施した例を説明する。
基材3として、厚さ50μmのポリイミドフィルムを使用し、この表面に図2に示すように、所定の間隔でアルミニウムを蒸着し、下部電極11を形成した。
【0012】
(実施例1)
蒸発用容器6,6の一方に原料モノマーa、即ち、ジアミンとして4,4′-ジアミノジフェニルメタンと、他方に原料モノマーb、即ち、ジイソシアナートとして4,4'−ジフェニルメタンジイソシアネートを夫々充填し、シャッター9を閉じた状態で処理室1内の全圧を、真空排気系2を介して1×10-3Paに設定した。
蒸発モニター7,7で、蒸発用容器6,6からの各原料モノマーa,bの蒸発量を測定しながらヒーター8,8によって4,4′-ジアミノジフェニルメタンを温度95±0.5℃に、また、4,4'−ジフェニルメタンジイソシアネートを温度63±0.5℃に夫々加熱する。次いで、原料モノマーa,bが所定温度に達して所要の蒸発量が得られた後にシャッター9を開き、処理室1内のホルダー4で保持された基材3(スライドガラスの表面に下部電極として予めアルミニウムが蒸着されている)上に前記原料モノマーa,bを2Å/分の析出速度で厚さ1000Åに堆積させた後、シャッター9を閉じ、基材3上でポリ尿素の重合反応を起こさせて前記基材3上にポリ尿素膜12を形成した。
尚、原料モノマーa,bは、化学量論的にポリ尿素膜が形成されるように蒸発量の調整によって1:1のモル比で蒸発するようにした。また、原料モノマーa,bの蒸発時における処理室1内の圧力は3×10-3Paとした。
次に、基材3のポリ尿素膜12の膜面に対して平行に、10テスラの磁場を印加するとともに、ヒーターにより、室温から130℃まで毎分5℃で昇温し、130℃で10分保持してポーリング処理を行った後、室温まで冷却した。その後、図3に示すように、ポリ尿素膜12の上に、アルミニウムを蒸着し、上部電極13を形成し、有機圧電焦電体を得た。
前記方法により形成された有機圧電焦電体膜の圧電率及び比誘電率を測定した結果を、図4及び図7に示す。尚、図4の縦軸は、圧電e定数である。
【0013】
(実施例2)
基材3のポリ尿素膜12の膜面に対して垂直に、10テスラの磁場を印加して、ポーリング処理した以外は、実施例1と同様にして有機圧電焦電体を得た。この有機圧電焦電体膜の圧電率及び比誘電率を測定した結果を、図5及び図8に示す。尚、図5の縦軸は、圧電e定数である。
【0014】
図4から、ポリ尿素膜12の膜面に対して水平方向の磁場を印加した場合には、全ての周波数においては圧電性を示さなかったものの、特定の周波数に関して圧電性を有することは確認できた。
また、図5から、ポリ尿素膜12の膜面に対して垂直方向の磁場を印加した場合には、全ての周波数においては圧電性を示すことが確認できた。
尚、図4に示す結果となった理由としては、基材3に形成されたポリ尿素膜12に、上部電極13を形成する前、即ち、図2に示す状態のポリ尿素膜12の赤外線吸収スペクトル(反射法)を図6に示すように、ベンゼン環と尿素結合の吸収ピークの高さ比較から、ポリ尿素膜12の膜面に対して磁場を平行に印加した場合には、尿素結合が基材3の表面に平行に配向する傾向があり、このため、ポリ尿素膜12の膜厚方向には、圧電性が発現し難いためと考えられる。
また、図7及び図8から、ポリ尿素膜12に印加する磁場の方向により比誘電率が大きく異なることが分かる。このことから、ポリ尿素膜12に印加される磁場の方向により、ポリ尿素膜12の比誘電率を調整することができることがわかる。従って、静電モータ等への応用も可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0015】
本発明は、マイクロホン、スピーカ用の振動板等の音響機器、超音波センサー、各種熱センサー、圧力センサー、赤外線検出器等の圧電性・焦電性を利用する素子等に広く利用することができる。更に、静電モータ等への応用も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の一実施例である有機圧電焦電体膜の形成方法を実施するための装置の説明図
【図2】本発明の一実施例である有機圧電焦電体の製造過程の説明図((a)正面図(b)平面図)
【図3】図2の完成図((a)正面図(b)平面図)
【図4】本発明の一実施例の有機圧電焦電体膜の圧電率を示すグラフ
【図5】本発明の一実施例の有機圧電焦電体膜の圧電率を示すグラフ
【図6】図2の状態のポリ尿素膜の赤外線吸収スペクトル(反射法)を示すグラフ
【図7】本発明の一実施例の有機圧電焦電体膜の比誘電率を示すグラフ
【図8】本発明の一実施例の有機圧電焦電体膜の比誘電率を示すグラフ
【符号の説明】
【0017】
1 処理室
2 真空排気系
3 基材
4 ホルダー
5 膜厚モニター
6 蒸発用容器
7 蒸発モニター
8 ヒーター
9 シャッター
10 仕切板
11 下部電極
12 ポリ尿素膜
13 上部電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアミンと、ジイソシアナートとを蒸着重合することにより、基材上にポリ尿素膜を形成し、前記ポリ尿素膜を、80℃〜130℃の温度で加熱するとともに磁場を印加して、前記ポリ尿素膜にポーリング処理を施すことを特徴とする有機圧電焦電体膜の形成方法。
【請求項2】
前記磁場は、前記ポリ尿素膜の膜厚方向に印加することを特徴とする請求項1に記載の有機圧電焦電体膜の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−225565(P2006−225565A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−43029(P2005−43029)
【出願日】平成17年2月18日(2005.2.18)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成16年度新エネルギー・産業技術総合開発機構「ナノテクノロジープログラム(ナノマテリアル・プロセス技術)精密高分子技術プロジェクト/低圧反応場による高性能材料の研究開発」に係る委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【出願人】(000237020)ポリマテック株式会社 (234)
【Fターム(参考)】