説明

有機物単結晶の形成方法

【課題】結晶同士の合体や、多結晶化を防止して、品質の高い結晶を得る有機物単結晶の形成方法を提供する。
【解決手段】有機物の過飽和溶液中に、金属製物体である白金線を配置して、過飽和溶液を冷却することにより、金属製物体である白金線の表面に優先的に有機物の結晶核が生成し、これを起点とした結晶成長が進行することから、結晶核の発生数の抑制、発生位置の特定および低過飽和度での結晶成長が可能となる有機物単結晶の形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機物単結晶の形成方法に関するものであり、特に、大きな非線形性光学特性を持ち、波長変換デバイスとしての利用が見込まれる有機非線形光学単結晶の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシラート(4−dimethylamino−N−methyl−4−stilbazolium tosylate:以下、DASTと略す場合がある)単結晶は大きな光学非線形性を有し、広帯域のテラヘルツ波発生などの優れた光学特性を示すことから、波長変換デバイスへの適用が見込まれている。このような有機非線形光学単結晶の代表的な形成方法として、特許文献1に記載されている、有機物溶液からの自然核成長法及び種結晶成長法がある。
【0003】
上記の内、自然核成長法による有機物単結晶の成長法を以下に述べる。最初に有機物単結晶を構成する有機物に、ある温度で飽和溶液となる量のメタノール等の溶媒を加え、前記温度以上の所定温度まで加熱し、有機物を溶解した後、この溶液中に所定の基板を浸漬させる。その後、前記溶液を前記温度よりも3〜10℃低い温度まで冷却して過冷却状態とすると、前記過飽和溶液から前記有機物の結晶核が自然に発生し、前記所定の基板上に付着する。すると、この結晶核を中心とした結晶成長が進行し、前記所定の基板上に前記有機物の単結晶が形成される。
【0004】
特許文献1に開示された方法は、この自然核成長法において表面に所定の間隔で溝を設けたフッ素樹脂製の基板を過飽和溶液中に傾斜的に配設し、この溶液の温度を降下させることにより、傾斜面上で発生した結晶核を溝部に受け止めて大きな結晶を成長させるというものである。
【0005】
一方、種結晶成長法は前記自然核成長法によって得られた有機物単結晶を種結晶とし、この種結晶を保持する冶具に固定した後、これを飽和状態の溶液中に投入する。続けて、この溶液の温度を降下させることによって過飽和状態とし、前記種結晶をさらに成長させて、有機物単結晶の大型化を図るものである。
【特許文献1】特開2000−256100号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自然核成長法で高品質の有機物単結晶を作成するためには、原料となる溶質および溶媒の純度を高めること、過飽和溶液から有機物の結晶核を発生させる際に、結晶核の発生数や発生位置を制御し、結晶成長の際に結晶同士あるいは結晶と容器内壁とが接触することを避け、溶液の過飽和度を小さくして緩やかに成長させるといった条件を満たす必要がある。
【0007】
しかし、前述のような高純度の溶液から結晶核を発生させるためには、核発生のために大きな過飽和度が必要であり、このため、ある時点で急激に多くの結晶核が出現し、しかも結晶核の発生は、溶液中のあらゆる位置において起こりうるため、結晶核の発生位置や結晶成長が進行する位置を制御することは不可能である。これらの問題により、近接した結晶同士が成長に伴い合体したり、発生した結晶と容器または基板との接触部分から別の結晶が成長することで、多結晶化が生じやすく、結晶欠陥も発生しやすい。すなわち、従来の自然核成長法では結晶性の低下が避けられず、結晶形状や品質の面で、実用に供することが困難である。
【0008】
なお、特許文献1に開示された方法においても、基本的には自然核成長法であることに変わりはなく、結晶核の発生自体を制御することはできない。
一方で、種結晶成長法は、これに用いる種結晶を自然核成長法により得る場合が多いが、種結晶の品質が成長した結晶の品質に影響するため、自然核成長法の段階で品質の高い結晶が得られない場合には、大型で良質の結晶を得ることは困難である。
【0009】
本発明は、自然核成長法におけるこれらの問題を解決し、良質な結晶を得るため、新規の有機物単結晶形成方法を提供するものである。より詳細には、本発明は、有機物単結晶形成方法において、有機物の過飽和溶液中に、金属製物体を配置することにより、金属製物体の表面に優先的に有機物単結晶を形成させ、結晶同士の合体や多結晶化を防ぐ方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、前記の課題に対し、金属製物体を前記過飽和溶液中に配置して、前記過飽和溶液を冷却することにより、前記金属製物体の表面に前記有機物からなる単結晶を形成することを特徴とする有機非線形光学単結晶の形成方法である。
【0011】
前記単結晶の形成方法を適用する有機物は、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシラートが最も適している。
【0012】
さらに前記金属は、白金族の貴金属(白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムまたはこれらの合金)であることを特徴とする。
【0013】
一実施形態において、前記金属製物体は、線状、板状または箱状である。
【0014】
一実施形態において、前記金属製物体は、樹脂製固定具の表面に固定して配置される。
【0015】
前記有機物の過飽和溶液中に、前記金属からなる物体を配置すると、通常の自然核発生法と比較して過飽和度の低い状態で、前記物体の表面で優先的に前記有機物の結晶核が生成し、これを起点とした結晶成長が進行することから、結晶核の発生数の抑制、発生位置の特定および低過飽和度での結晶成長が可能となり、良質の結晶を得ることができる。
【0016】
前記金属からなる物体を配置することによる効果は、以下のような理由が予想される。溶液中からのDAST結晶核の生成には新規のDAST固体表面を生成するエネルギーが必要であり、これが過飽和度の上昇という形で観察される。一方、溶液中に金属表面が存在すると、DAST分子が吸着され、金属の表面の一部はDASTにより被覆され、比較的低い過飽和度でDAST固体表面が形成され、これを基にDAST結晶核が形成される。前記物体を構成する白金族の貴金属は、各種の有機反応において触媒作用を有することが知られており、その表面に存在する吸着サイトに有機物を容易に吸着させることができる。このため、前記物体が存在しない状態と比較して、低過飽和度の状態でも核生成に必要な分子の量を確保できるために、前記物体の表面で優先的に結晶核の生成が進行するものと考えられる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の形成方法によれば、有機物過飽和溶液中に、金属製の物体を設置することにより、前記物体表面で優先的に結晶核を発生させ、さらに、この結晶核を中心として、前記物体上に、前記有機物からなる単結晶を他の結晶等と干渉することなく形成させることが可能である。以上により、安定して大型で品質の良い有機非線形光学単結晶を育成することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明を発明の実態に則して詳細に説明するが、ここでは、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシラート(以下DASTと呼称)単結晶の形成方法を例に取り説明する。
【0019】
DAST過飽和溶液は、飽和点を超えない任意の温度にある過飽和溶液であり、予め調製した飽和溶液を飽和点未満の温度まで冷却し、過冷却状態の過飽和溶液とする。
【0020】
前記過飽和溶液中には、表面に結晶核を発生ならびにその位置における結晶成長を行う目的の物体を設置する。この材質としては、白金族の貴金属:白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムまたはこれら2種以上の合金(例えば、白金/ルテニウム)が挙げられる。白金族の貴金属およびそれらの合金は触媒作用を有するため、その表面に存在する吸着サイトに有機物を容易に吸着させることができる。従って、前記物体の表面で、優先的に結晶核の生成が進行する。
【0021】
前記材質からなる物体を前記過飽和溶液中への設置するにあたっては、前記物体の表面に自然核が発生した後、そのまま結晶成長を継続することから、成長した結晶が容器内面や他の結晶と接触することが避けられるように、予め位置を調整することが望ましい。よって、単に前記物体を前記過飽和溶液中に投入するだけではなく、前記物体の形状に応じ、これを保持するための固定具を併用する場合がある。固定具による前記物体の固定方法は特に限定されるものではないが、固定具の材質については前記物体表面での結晶核発生を優先させる目的から、前記物体を構成する物質とは異なり、有機物を表面に吸着しにくい物質の使用が望ましく、フッ素樹脂の使用が推奨される。前記物体は、この表面における有機物単結晶核の優先的な生成を妨害しない限り、種々の形状をとり得、線状、板状または箱状が好ましく、線状がさらに好ましい。
【0022】
これらについて鋭意検討を行った結果、白金族の貴金属およびフッ素樹脂の固定具からなる物体を過飽和溶液中に設置することで、その金属上に結晶核が優先的に発生し、さらにその部分を起点として結晶成長が進行することを見出した。本発明の方法は、各種の有機物単結晶成長に適用することが可能であるが、特に、光学非線形性を有する光学結晶として、結晶性向上や結晶欠陥の低減をもとめられるDAST単結晶の成長に対し有効である。
【実施例】
【0023】
(実施例1)
本実施例では、前記金属製物体として白金線を用い、前記白金線を配置する固定具は、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)を用いた板を使用した。PTFE板に固定された前記白金線をDAST飽和溶液中に浸漬し、前記白金線上において結晶核を発生させ、さらに前記結晶核を成長させてDAST単結晶を得た。
【0024】
前記白金線は線径0.3mmのものを用いた。また、PTFE製の板に幅、深さとも0.5mm程度の溝を切り、その部分に前記白金線を設置した。なお、前記PTFE製の板には白金線の有無による差異を確認するため、白金線を設置しない幅、深さとも0.5mm程度の溝を複数配置した(図1参照)。
【0025】
前記白金線を固定したPTFE製の板を四フッ化エチレン・パーフルオロアルコキシエチレン共重合樹脂(PFA)製容器内に配置した(図2参照)。前記容器にDAST粉末7gおよび溶媒としてメタノール200mlを投入し、密閉した後、恒温水槽中に設置した。恒温水層の温度を55℃まで上昇させ、容器内のDAST粉末をメタノールに溶解させ、飽和溶液とした後、恒温水層の温度を48時間かけて43℃まで冷却し、過冷却状態の過飽和溶液とした。この状態から1日あたり0.2℃の速度で恒温水層の温度を降下したところ、42℃付近で白金線上に結晶核の発生を確認した。この後、前記の冷却速度のまま38℃付近まで温度を下げて、容器中から白金線を固定したPTFE製の板を取り出したところ、1辺が5mm〜1cm、厚さ2〜3mm程度の板状の大きなDAST結晶が6個白金線上に保持されていた。これらの結晶は互いに接触することなく独立して存在した。また、白金線を設置しなかった溝状にもDAST結晶が存在したが1辺が4mm以下、厚さ0.5mm以下の微結晶が4個であった。さらにPTFE製の板から外れた状態で回収されたDAST多結晶も存在したが、PTFE製の板上のDAST結晶に対し重量比で35%ほどであった。以上のように、本実施例において、DASTの結晶核は白金線上で優先的に発生し、発生数も限定され、さらにこれらの結晶核が安定して成長することが確認された。
【0026】
なお、PTFE製の板上のDAST結晶の結晶性についてX線ロッキングカーブ測定により調査したところ、(001)面の半値幅は55arcsecであった。
【0027】
(実施例2)
白金の代わりにパラジウムを用いた以外は、実施例1と同様にして実験を行った。本実施例においても、DASTの結晶核が安定して成長することが確認された。
【0028】
(比較例)
本比較例において、白金線を使用することなく、実施例と同様の溝切りを施したPTFE製の板のみを使用し、その他は実施例と全く同様の操作によってDAST結晶の育成を行った。43℃から1日あたり0.2℃の幅で恒温水層の温度を降下したところ、41℃付近でPTFE板上に結晶核の発生を確認した。その後37℃付近まで温度を下げて、容器中からPTFE板を取り出した。その結果、大部分が1辺2mm程度で厚さは0.5mm以下の板状のDAST結晶がPTFE製の板の溝上に多数付着していることが確認された。また、PTFE板から外れた状態で回収されたDAST多結晶の量は非常に多く、PTFE製の板上のDAST結晶に対し重量比で約6倍存在した。
なお、PTFE板上のDAST結晶の結晶性についてX線ロッキングカーブ測定により調査した所、(001)面の半値幅は600aresecであった。
【0029】
以上から明らかなように、本発明の形成方法を用いることにより、結晶核発生の位置を限定し、安定して大型で品質の良いDAST単結晶を育成することが可能である。
【0030】
なお、本発明は以上で提示した実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨から逸脱しない範囲において、様々な変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】白金線が溝部に配置されたPTFE製の板の正面図および側面図である。
【図2】PFA製容器内に配置された、図1のPTFE製の板を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機非線形光学単結晶の形成において、有機物の過飽和溶液中に、金属製物体を配置して、前記過飽和溶液を冷却することにより、前記金属製物体の表面に前記有機物からなる単結晶を形成することを特徴とする有機物単結晶の形成方法。
【請求項2】
前記有機非線形光学単結晶が、4−ジメチルアミノ−N−メチル−4−スチルバゾリウムトシラートであることを特徴とする、請求項1記載の有機物単結晶の形成方法。
【請求項3】
前記金属が、白金族の貴金属であることを特徴とする、請求項1または請求項2記載の有機物単結晶の形成方法。
【請求項4】
前記白金族の貴金属が、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムまたはこれらの合金であることを特徴とする、請求項3に記載の有機物単結晶の形成方法。
【請求項5】
前記金属製物体が、線状、板状または箱状である、請求項1に記載の有機物単結晶の形成方法。
【請求項6】
前記金属製物体が、樹脂製固定具の表面に固定して配置される、請求項1に記載の有機単結晶の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−1529(P2008−1529A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−169755(P2006−169755)
【出願日】平成18年6月20日(2006.6.20)
【出願人】(000165974)古河機械金属株式会社 (211)
【Fターム(参考)】