説明

有機EL発光素子およびその製造方法

【課題】上部電極形成時のスパッタに与えられる有機EL発光層のダメージを抑制し、かつ上部電極の仕事関数と正孔注入層のイオン化ポテンシャルとを適合させることが可能な構造を有する有機EL発光素子およびその製造方法の提供。
【解決手段】基板上に、陰極と、有機EL層と、正孔注入性保護層と、上部透明陽極とを有し、上部透明陽極を通して外部へと発光することを特徴とする有機EL発光素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機EL発光素子の構造およびその製法に関する。より詳細には、トップエミッション方式の有機EL発光素子における、正孔注入層の構造およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1987年にイーストマンコダック社のC. W. Tangらにより2層積層構成の高効率有機EL発光素子が発表されて以来(非特許文献1参照)、現在に至るまでにさまざまな有機EL発光素子が開発され、その一部は実用化され始めている。こうした中で、有機EL発光素子の発光効率を向上させることは、実用上きわめて重要な課題の1つである。
【0003】
一方、近年、有機EL発光ディスプレイにおいて、アクティブマトリクス駆動方式のディスプレイの開発が盛んに行われている。アクティブマトリクス駆動方式を用いる場合、スイッチング素子としての薄膜トランジスタ(TFT)を設けた基板の上に複数の有機EL発光素子を形成し、該素子をディスプレイの光源として使用する。現状におけるアクティブマトリクス駆動方式ディスプレイの問題点の1つは、個々のTFTおよび有機EL発光素子の特性のバラツキが大きく、そのバラツキ補正のために複雑な駆動回路が必要になることである。しかし、そのような複雑化した駆動回路を設けることは、1画素を駆動するのに必要なTFT数を増加させてしまう。
【0004】
一般的な有機EL発光素子では、ガラス基板上に透明電極を設けて、その上に有機EL層を設けて、さらに外部に取り出す光の量を大きくするために裏面に反射膜と電極の機能を併せ持つ上部電極をアルミや銀を用いて形成して、光をガラス面から取り出す、いわゆるボトムエミッション方式を採るのが一般的である。しかし、前述のように1画素を駆動するためのTFTの数が増加すると、光を透過させないTFTの面積が増大してしまい、光を取り出すための面積が減少してしまう。このような状況においては、上部電極を透明電極として光を上部電極から取り出すトップエミッション方式の方が有利であり、開発が進められてきている(特許文献1〜3参照)。
【0005】
トップエミッション方式の素子においては、上部電極を透明な陰極とすることが一般的であった。図1にトップエミッション方式の素子の一例を示す。該素子においては、陽極101の上に、有機EL層102および陰極103が積層される。有機EL層102は少なくとも有機EL層113を含み、図1においては正孔注入層111、正孔輸送層112、有機発光層113、電子輸送層114、電子注入層115から構成されている。この素子においては、陰極103が透明であり、有機EL層113からの発光は陰極103を通して外部へと取り出される。
【0006】
【特許文献1】特許第2689917号明細書
【特許文献2】特許第3203227号明細書
【特許文献3】特開2001−176660号公報
【非特許文献1】C. W. Tang, S. A. VanSlyke, Appl. Phys. Lett., 51, 913 (1987)
【非特許文献2】G. Parthasarathy, C. Adachi, P. E. Burtows and S. R. Forrest, Appl. Phys. Lett., 76(15), 2128 (2000)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上部電極を陰極とするトップエミッション方式の有機EL発光素子における問題点の1つは、陰極形成時に与えられる電子注入層115へのダメージである。通常の電子輸送層(たとえば、Alqなど)を用いた場合には、透明性と電子注入性を同時に付与するために、電子注入層115を電子注入性金属の超薄膜(厚さ10nm以下)とし、陰極103を透明導電性酸化物とする必要がある。一般的に、陰極103はスパッタ法により形成される。形成時のスパッタ粒子あるいは酸素プラズマなどにより電子注入層115がダメージを受け、発光効率の低下および発光開始電圧の上昇という素子特性の低下を被る。これを防止するために電子注入層115の膜厚を厚くすると、電子注入性層の透明性の低下とともに、電子注入層用材料における電子移動度が小さいために抵抗値が上昇し、この場合にも発光効率の低下および発光開始電圧の上昇が発生する。
【0008】
この問題に対しては、電子注入層115にLiまたはCs等のアルカリ金属をドープし、それによって電子移動度を向上させ、電子注入層115の厚膜化を可能にすることが検討されている(非特許文献2参照)。しかしながら、電子注入層にアルカリ金属をドープした場合には、寿命の点で問題が生じる。
【0009】
一方、透明導電性酸化物は正孔注入に適した大きな仕事関数を有するので、透明導電性酸化物から形成される上部電極を陽極として用いることが考えられる。ただし、この場合には以下の問題が発生する。下部電極である陽極101は、仕事関数の大きい透明導電性酸化物を積層し、そしてUV照射またはOプラズマ処理などを実施して、その表面仕事関数を正孔注入層111のイオン化ポテンシャルと適合させる処理を行って形成される。しかしながら、陽極を上部電極とする場合にはこの処理を行うことが不可能となるため、上部透明電極(陽極)の表面仕事関数と正孔注入層のイオン化ポテンシャルとの不一致が起こり、素子の発光効率の低下および発光開始電圧の上昇を招く。
【0010】
したがって、上部電極形成時のスパッタに与えられる有機EL層のダメージを抑制し、かつ上部電極の仕事関数と正孔注入層(詳細には、上部電極と接触する有機EL層の構成層)のイオン化ポテンシャルとを適合させることが可能な構造を有する有機EL発光素子およびその製造方法が強く求められている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の問題点を解決するために、本発明の第1の実施形態(参考)の有機EL発光素子は、基板上に陰極と、有機EL層と、上部透明陽極とを有し、前記有機EL層は、有機発光層と正孔注入層とを少なくとも含み、前記正孔注入層は、前記上部透明陽極と接触し、30〜1000nmの厚さを有し、前記上部透明陽極を通して外部へと発光することを特徴とする。
【0012】
本発明の第2の実施形態の有機EL発光素子は、基板上に陰極と、有機EL層と、正孔注入性保護層と、上部透明陽極とを有し、前記上部透明陽極を通して外部へと発光することを特徴とする。
【0013】
本発明の第3の実施形態(参考)の有機EL発光素子は、基板上に陰極と、有機EL層と、上部透明陽極とを有し、前記有機EL層は、有機発光層と正孔注入層とを少なくとも含み、前記正孔注入層は、前記上部透明陽極と接触し、前記正孔注入層の前記上部透明陽極と接触する面にイオン注入され、前記上部透明陽極を通して外部へと発光することを特徴とする。
【0014】
本発明の第4の実施形態の有機EL発光素子は、基板上に陰極と、有機EL層と、正孔注入性保護層と、上部透明陽極とを有し、前記正孔注入性保護層は、前記上部透明陽極と接触し、前記正孔注入性保護層の前記上部透明陽極と接触する面にイオン注入され、前記上部透明陽極を通して外部へと発光することを特徴とする。
【0015】
本発明の第5の実施形態(参考)は、有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極を積層する工程と、有機発光層を積層する工程と、30〜1000nmの厚さを有する正孔注入層を積層する工程と、上部透明陽極を積層する工程とを少なくとも含むことを特徴とする。上部透明陽極を積層する工程は、スパッタ法により実施されてもよい。
【0016】
本発明の第6の実施形態は、有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極を積層する工程と、有機発光層を積層する工程と、正孔注入性保護層を積層する工程と、上部透明陽極を積層する工程とを含むことを特徴とする。上部透明陽極を積層する工程は、スパッタ法により実施されてもよい。
【0017】
本発明の第7の実施形態(参考)は、有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極を積層する工程と、有機発光層を積層する工程と、正孔注入層を積層する工程と、前記正孔注入層にイオン注入を行う工程と、上部透明陽極を積層する工程とを少なくとも含むことを特徴とする。上部透明陽極を積層する工程は、スパッタ法により実施されてもよい。
【0018】
本発明の第8の実施形態は、有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極を積層する工程と、有機発光層を積層する工程と、正孔注入性保護層を積層する工程と、前記正孔注入性保護層にイオン注入を行う工程と、上部透明陽極を積層する工程とを含むことを特徴とする。上部透明陽極を積層する工程は、スパッタ法により実施されてもよい。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、本発明によれば、上部電極を陽極として、1)有機EL層と上部電極との間に正孔注入性保護層を設けること、および2)正孔注入性保護層にイオン注入をすることの少なくとも1つにより、優れた発光効率および発光開始電圧を示す上部電極を通して外部へと発光するいわゆるトップエミッション方式の有機EL発光素子を得ることができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、本発明の有機EL発光素子を詳細に説明する。本発明の第1の実施形態(参考)の有機EL発光素子を、図2に示す。図2に示す有機EL発光素子は、陰極3と、有機EL層2と、上部透明陽極1とを含み、有機EL層2は、電子注入層15、電子輸送層14、有機EL層13、正孔輸送層12、および正孔注入層11から構成されている。これらの層のうち、電子注入層15、電子輸送層14、および正孔輸送層12は、任意選択的に設けてもよい層である。
【0021】
陰極3は、反射性金属または合金を用いることが好ましい。なぜなら、有機EL層2において発光された光を反射性金属または合金により反射し、光の取り出し側である陽極側へと送ることが可能となるからである。好ましい反射性金属および合金は、Al、Ag、Mo、W、およびそれらの合金などを含む。
【0022】
以上のように形成された陰極3の上に、有機EL層2が形成される。本実施形態の有機EL発光素子においては、有機EL層2は、少なくとも有機発光層13および正孔注入層11を含み、必要に応じて、正孔輸送層12、電子輸送層14および/または電子注入層15を介在させた構造を有する。具体的には、たとえば下記のような層構成からなるものが採用される。
(1)正孔注入層/有機発光層
(2)正孔注入層/有機発光層/電子注入層
(3)正孔注入層/正孔輸送層/有機発光層/電子注入層
(4)正孔注入層/有機発光層/電子輸送層/電子注入層
(5)正孔注入層/正孔輸送層/有機発光層/電子輸送層/電子注入層
(ここで、上部透明陽極1は有機発光層または正孔注入層に接続され、陰極3は有機発光層または電子注入層に接続される)。
【0023】
上記各層の材料としては、公知のものが使用される。青色から青緑色の発光を得るためには、有機発光層13中に、例えばベンゾチアゾール系、ベンゾイミダゾール系、べンゾオキサゾール系などの蛍光増白剤、金属キレート化オキソニウム化合物、スチリルベンゼン系化合物、芳香族ジメチリディン系化合物などが好ましく使用される。
【0024】
また、電子輸送層14としては、キノリン誘導体(たとえば、8−キノリノールを配位子とする有機金属錯体)、オキサジアゾール誘導体、ペリレン誘導体、ピリジン誘導体、ピリミジン誘導体、キノキサリン誘導体、ジフェニルキノン誘導体、ニトロ置換フルオレン誘導体などを用いることができる。さらに、電子注入層15は、電子注入性を向上させるために、仕事関数が小さい材料であるリチウム、ナトリウム等のアルカリ金属、カリウム、カルシウム、マグネシウム、またはストロンチウムなどのアルカリ土類金属などのような電子注入性の金属、その他の金属との合金や化合物(フッ化物等)を用いられる。
【0025】
本発明に用いることができる正孔注入層11は、陰極材料の仕事関数に相当するイオン化ポテンシャルを有し、かつ正孔の移動度が大きい材料から形成される。用いることができる材料はトリアリールアミン構造を有する化合物を含み、たとえば、4,4’−ビス[N−(1−ナフチル)−N−フェニルアミノ]ビフェニル(α−NPD)、4,4’−ビス[N−(4−メチルフェニル)−N−フェニルアミノ]ビフェニル(TPD)、4,4’−ビス[N−(1−ナフチル)−N−(9−フェナントリル)アミノ]ビフェニル(PPD)、フェニル基パラ位でトリフェニルアミンを直線的に連結した3量体(TPTR)、4量体(TPTE)、5量体(TPPE)などを含む。これらの材料は正孔の移動度が大きいので、膜厚を大きくしても素子抵抗の増大(すなわち、発光開始電圧の低下)が少ないという利点を有する。特に好ましい材料として、IDE−406(出光興産製)を挙げることができる。この材料は高ガラス転移温度および高正孔移動度を有するオリゴアミンである。したがって、後述する上部透明陽極1のスパッタによる形成によって受けるであろうダメージを軽減することができるほどの厚さで、正孔注入層11を形成することが可能となる。正孔注入層11は、30〜1000nm、好ましくは30〜300nm、より好ましくは60〜100nmの厚さを有する。
【0026】
正孔注入層11と正孔輸送層12、電子注入層15と電子輸送層14、あるいは電子注入層15と電子輸送層14と有機発光層13の機能を、それぞれ別個の層で実現してもよいし、あるいは単一の層で実現してもよい。
【0027】
上部透明陽極1は、これを通して発光を外部に取り出すので、可視光の波長領域において透明であることが求められ、かつ正孔注入性を高めるために大きい仕事関数を有することが求められる。透明性に関しては、上部透明陽極1は、波長400〜800nmの光に対して好ましくは50%以上、より好ましくは85%以上の透過率を有することが好ましい。上部透明陽極1を形成する材料としては、透明導電性酸化物であるITOおよびIZOが好ましい。また、発光効率を向上させるために、上部透明陽極1は充分に低い抵抗率を与えるような厚さを有することが望ましい。上部透明陽極1は、30nm以上、より好ましくは100〜300nmの範囲内の厚さを有する。
【0028】
本発明の第2の実施形態の有機EL発光素子を図3に示す。図3において、有機EL層2(正孔注入層11)と上部透明陽極1との間に、正孔注入性保護層16が設けられている。正孔注入性保護層16以外の構成要素は、第1の実施形態(参考)の素子と同様である。
【0029】
ただし、本実施形態の素子においては、正孔注入層11は必須の構成要素ではないが、正孔の注入性を確保するためには正孔注入層11が存在することが好ましい。正孔注入性保護層16と正孔輸送層12との間、あるいは正孔注入性保護層16と有機発光層13との間で、円滑な正孔の移動が可能であるならば正孔注入層11を省略することが可能である。また、本実施形態において正孔注入層11を積層する場合には、その膜厚は第1の実施形態(参考)の場合よりも薄くすることができ、好ましくは60〜100nmの範囲内である。
【0030】
正孔注入性保護層16は、陽極からの正孔注入を円滑に行うための大きなイオン化ポテンシャルを有し、スパッタ粒子の衝突による表面の劣化を防止することができる材料から形成される。正孔注入性保護層16は、銅フタロシアニン(CuPc)等のフタロシアニンを含む材料により形成することができる。正孔注入性保護層16は、有機EL層2の他の層と同様に、蒸着により形成することができ、3nm以上、好ましくは3〜10nmの厚さを有する。
【0031】
正孔注入性保護層16を用いることによって、厚さの増大を最小限に抑えながら、発光効率および発光開始電圧などの特性に優れた有機EL発光素子を形成することができる。
【0032】
本発明の第3の実施形態(参考)の有機EL発光素子は、第1の実施形態(参考)の素子において、正孔注入層11の上部透明陽極1と接触する面にイオン注入されていることを特徴とする。正孔注入の効率を高めるためには、正孔注入層11のイオン化ポテンシャルと上部透明陽極1の仕事関数とが完全に一致することが望ましい。しかしながら、両者が完全に一致するような材料を選択することは困難であり、何らかの方法で正孔注入層表面のイオン化ポテンシャルあるいは陽極表面の仕事関数のいずれかを調整して、両者が一致するようにすることが望まれる。積層順序を考慮すると、本発明においては、正孔注入層表面のイオン化ポテンシャルを、イオン注入によって調整することが望ましい。
【0033】
本実施形態における正孔注入層11は、好ましくは30〜100nmの範囲内である。このような厚さを有することによって、発光効率の低下および発光開始電圧の増大を伴うことなしに、下に形成される層へのイオン注入を防止することが可能となる。正孔注入層に注入されるイオンとしては、たとえば、Ar、Au等を用いることができる。イオン注入量は、用いられる正孔注入層のイオン化ポテンシャル、上部透明陽極の仕事関数および注入されるイオン種に依存する。イオン注入状態の確認およびイオン注入量の定量は、蛍光X線分析法等の当該技術において知られている表面分析法により測定することができる。このようなイオン注入を行うことにより、発光効率の向上および発光開始電圧の低下をもたらすことができる。
【0034】
本発明の第4の実施形態の有機EL発光素子は、第3の実施形態(参考)の素子において、正孔注入性保護層16の前記上部透明陽極1と接触する面にイオン注入されていることを特徴とする。この場合にも、イオン注入によって正孔注入性保護層16表面のイオン化ポテンシャルと上部透明陽極1の表面仕事関数とを一致させることが可能となる。その結果として、発光効率の向上および発光開始電圧の低下をもたらすことができる。イオン注入に用いられるイオン種および注入量は、正孔注入層11に対するイオン注入と同様である。
【0035】
上記の第1〜第4の実施の形態の有機EL発光素子に対して、その特性を向上させるための層を設けてもよいことは当然理解されるべきことである。そのような層の例としては、素子全体を覆って周囲環境の酸素または水分を遮断して素子寿命の向上を図るためのパッシベーション層、有機EL発光素子が作製される基板と陰極との間に配設されて基板表面の凹凸を平坦化する平坦化層等を挙げることができる。
【0036】
本発明の第5の実施形態(参考)である有機EL発光素子の製造方法は、第1の実施形態(参考)の有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極3を積層する工程と、有機発光層13を積層する工程と、30〜1000nmの厚さを有する正孔注入層11を積層する工程と、上部透明陽極1を積層する工程とを少なくとも含むことを特徴とする。
【0037】
本方法に用いられる基板は、積層される層の形成に用いられる条件(溶媒、温度等)に耐えるものであるべきであり、および寸法安定性に優れていることが好ましい。基板は、透明であっても不透明であってもよい。好ましい材料は、金属、セラミック、ガラス、ならびにポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート等の樹脂を含む。ホウケイ酸ガラスまたは青板ガラス等が特に好ましいものである。さらに反射性を高めて発光効率を向上させるために、Al,Ag,Mo,Wなどの反射率の高い金属、あるいは前述の金属を表面にコーティングしたセラミック、ガラス、樹脂(ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレートなど)を用いることができる。ただし、陰極3を積層する基板表面が導電性を有する場合には、陰極3と基板表面との間に絶縁層を設けることが必要である。
【0038】
基板上に陰極3を積層する工程は、前述の陰極形成材料を蒸着、スパッタ、イオンプレーティングなどの方法により実施することができる。陰極3を積層する場合には、基板全面に均一に積層して単一の陰極を形成してもよいし、あるいはマスクもしくはレジストを用いて多数に分割された複数の陰極(ライン形状、方形など任意の形状を有してもよい)を形成してもよい。
【0039】
次に、陰極3上に少なくとも有機発光層13と正孔注入層11とを積層して、有機EL層2を形成する。必要に応じて、電子注入層15、電子輸送層14および/または正孔輸送層12を積層してもよい。前述の各層は、その構成材料を蒸着することにより形成される。
【0040】
最後に、正孔注入層11の上に上部透明陽極1を積層する。本工程は、透明導電性酸化物(ITOまたはIZO)をスパッタ法によって積層することにより実施される。陰極の場合と同様に、基板全面に均一に積層して単一の上部透明陽極1を形成してもよいし、あるいはマスクもしくはレジストを用いて多数に分割された複数の上部透明陽極(ライン形状、方形など任意の形状を有してもよい)を形成してもよい。前述のように30〜1000nm、好ましくは30〜300nm、より好ましくは60〜100nmの厚さを有する正孔注入層11を設けることによって、スパッタ時のダメージを軽減して、発光効率の低下および発光開始電圧の上昇を防止することができる。
【0041】
本発明の第6の実施形態は、第2の実施形態の有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極3を積層する工程と、有機EL層2を積層する工程と、正孔注入性保護層16を積層する工程と、上部透明陽極1を積層する工程とを含むことを特徴とする。
【0042】
陰極3を積層する工程、上部透明陽極1を積層する工程は、前述の第5の実施形態(参考)と同様に実施することができる。
【0043】
本実施形態における有機EL層2は、少なくとも有機発光層13を含み、好ましくは少なくとも有機発光層13および正孔注入層11を有し、および必要に応じて電子注入層15、電子輸送層14および/または正孔輸送層12を有してもよい。これらの各層の積層は第5の実施形態(参考)と同様に実施される。正孔注入性保護層16の積層は、前述のような構成材料の蒸着によって実施することができる。
【0044】
本発明の第7の実施形態(参考)は、第3の実施形態(参考)の有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極3を積層する工程と、有機発光層13を積層する工程と、正孔注入層11を積層する工程と、前記正孔注入層11にイオン注入を行う工程と、上部透明陽極1を積層する工程とを少なくとも含むことを特徴とする。
【0045】
前述の工程の内、イオン注入工程以外は、第5の実施形態(参考)と同様に実施することができる。イオン注入工程は、イオン源から発生するイオンに加速電圧を印加して、加速したイオンを正孔注入層表面に照射することによって行われる。加速電圧は、イオンが正孔注入層11中に円滑に注入されるが、該層を貫通しないような範囲で設定される。用いられる正孔注入層11の材料に依存するが、一般的に1〜100Vの範囲内の加速電圧を用いることが適当である。
【0046】
本発明の第8の実施形態は、第4の実施形態有機EL発光素子の製造方法であり、基板上に陰極3を積層する工程と、有機EL層2を積層する工程と、正孔注入性保護層16を積層する工程と、前記正孔注入性保護層16にイオン注入を行う工程と、上部透明陽極1を積層する工程とを含むことを特徴とする。
【0047】
前述の工程の内、イオン注入工程以外は、第6の実施形態と同様に実施することができる。イオン注入工程は、イオン源から発生するイオンに加速電圧を印加して、加速したイオンを正孔注入性保護層16表面に照射することによって行われる。加速電圧は、イオンが正孔注入性保護層16中に円滑に注入されるが、該層を貫通しないような範囲で設定される。用いられる正孔注入性保護層16の材料に依存するが、一般的に1〜100Vの範囲内の加速電圧を用いることが適当である。
【0048】
本発明の有機EL発光素子において、陰極3を複数の部分に分割して複数の独立した発光部を形成して、ディスプレイとして用いることもできる。さらに、該ディスプレイに対して色変換カラーフィルタを付与して、多色表示ディスプレイとすることも可能である。そのような多色表示ディスプレイの一例を図4に示す。図4のディスプレイにおいては、基板21の上にTFTまたはMIMなどの複数のスイッチング素子22が設けられている。そして、複数に分割された陰極3が形成され、複数に分割された陰極3のそれぞれは、複数のスイッチング素子22のそれぞれと1対1で電気的に接続されている。複数に分割された陰極3の形成は、たとえばマスクの使用あるいはフォトレジストを用いるフォトリソグラフ法などの当該技術において良く知られている方法により行うことができる。
【0049】
陰極3の上に、前述のような有機EL層2が形成される。有機EL層2は、第1〜第4の実施形態のいずれに記載された構造を有してもよく、それぞれ第5〜第8の実施形態の方法により形成することができる。さらに有機EL層2の上に上部透明陽極1が形成される。上部透明電極1は、全面にわたる単一電極である。
【0050】
一方、透明基板23の上に、複数に分割された陰極3に対応する位置に色変換カラーフィルタ24を設ける。本明細書における色変換カラーフィルタとは、有機EL層2からの光の波長分布変換を行う色変換層と、有機EL層2または色変換層からの光の中の特定の波長域の光を透過されるカラーフィルタ層との総称である。たとえば、有機EL層2が青緑色の光を発する場合、赤色変換カラーフィルタ24Rは、青緑色光の波長分布変換を行って赤色光を出力する赤色変換層を含み、必要に応じて色純度を向上させるための赤色カラーフィルタ層を有してもよい。緑色変換カラーフィルタ24Gは、青緑色光の波長分布変換を行って緑色光を出力する緑色変換層を含み、必要に応じて色純度を向上させるための緑色カラーフィルタ層を有してもよい。ただし、有機EL層2の青緑色光が充分な量の緑色成分を含む場合には、緑色カラーフィルタ層のみで緑色変換カラーフィルタ24Gを構成してもよい。また、青色変換カラーフィルタ24Bは、青緑色光の波長分布変換を行って青色光を出力する青色変換層を含んでもよいが、通常は青色カラーフィルタ層のみで構成される。各色の色変換カラーフィルタ24の間にブラックマスク25を設けて、ディスプレイのコントラスト比を向上させることが可能となる。また、有機EL層2が白色光を発光する場合、赤、緑、青の各色変換カラーフィルタは、波長分布変換を行わないカラーフィルタ層で構成される。
【0051】
最後に、有機EL発光素子を設けた基板21と、色変換カラーフィルタ24を設けた透明基板23とを、たとえば周縁部に設けられた接着層26を用いて位置合わせをしながら貼り合わせることにより、多色表示ディスプレイを形成することができる。この貼り合わせ工程は、当該技術において知られている任意の方法を用いて実施してもよい。また、前述の色変換カラーフィルタ24を設けた透明基板23は、本発明の有機EL発光素子に限定されることなく、他の構造を有する有機EL発光素子あるいは他の種類の光源に対するカラーフィルタパネルとしても使用することが可能である。
【0052】
図4にはスイッチング素子を用いたアクティブマトリクス駆動ディスプレイの例を示したが、本発明の有機EL発光素子を用いてパッシブマトリクス駆動ディスプレイを形成することも可能である。その場合には、陰極3に加えて、上部透明電極1も複数の部分に分割される。実際には、陰極3および上部透明電極1はラインパターン状の複数の部分へと分割され、そして陰極3のラインパターンと上部透明電極1はラインパターンとは直交するように配列される。さらに、前述の各層に加えて、ディスプレイの特性を向上させるための任意の層を設けてもよいことを、当業者は理解するであろう。
【実施例】
【0053】
(参考実施例1)
ガラス基板上に、対向式スパッタ装置を用いて厚さ100nmのCrBを堆積させて、陰極3を形成した。スパッタガスとしてArを用い、300Wのスパッタパワーを印加した。次に、電子注入性を向上させるために、厚さ10nmのMgAg(Mg:Ag=9:1)の電子注入層15を蒸着した。
【0054】
その後真空を破ることなく基板を有機層蒸着用チャンバーに移動させた。そして、圧力1×10−5Pa以下において、電子注入層15の上に、有機発光層13として厚さ60nmのアルミニウムトリス(8−キノリノラート)(Alq)を、成膜速度0.5nm/sにて蒸着させた。次に、正孔注入層11として厚さ100nmのα−NPDを成膜速度0.5nm/sにて蒸着させて、有機EL層2を得た。
【0055】
次に、有機EL層2を形成した基板を対向式スパッタ装置に移し、スパッタ法によって厚さ100nmのIZOを堆積させ上部透明陽極1を形成して、有機EL発光素子を得た。
【0056】
(実施例2)
参考実施例1と同様の方法により、有機発光層13以下の層を形成した。次に、正孔注入層11として厚さ40nmのα−NPDを成膜速度0.5nm/sにて蒸着させ、そして正孔注入性保護層16として厚さ40nmのCuPcを積層させた。最後に、参考実施例1と同様の方法により上部透明陽極1を形成して、有機EL発光素子を得た。
【0057】
(参考実施例3)
参考実施例1と同様の方法により、正孔注入層11以下の層を形成した。次に、5Vの加速電圧を用いて、正孔注入層11表面にArイオンを注入した。蛍光X線分析装置により、正孔注入層11表面へのArイオンの注入が確認された。最後に、参考実施例1と同様の方法により上部透明陽極1を形成して、有機EL発光素子を得た。
【0058】
(実施例4)
実施例2と同様の方法により、正孔注入性保護層16以下の層を形成した。次に、5Vの加速電圧を用いて、正孔注入性保護層16表面にAuイオンを注入した。蛍光X線分析装置により、正孔注入性保護層16表面へのAuイオンの注入が確認された。最後に、参考実施例1と同様の方法により上部透明陽極1を形成して、有機EL発光素子を得た。
【0059】
(比較例1)
正孔注入層の厚さを40nmにしたことを除いて参考実施例1の方法を繰り返して、有機EL発光素子を得た。
【0060】
(評価)
各実施例および比較例1の発光素子を100cd/mの輝度で点灯させ、その際の電流を測定して、発光効率を求めた。また、各発光素子が発光を開始する発光開始電圧を測定した。その結果を以下の表1に示す。
【0061】
【表1】

【0062】
表1から明らかなように、本発明にしたがう実施例1〜4の有機EL発光素子は、比較例1の素子よりも高い発光効率および低い発光開始電圧を示した。これは、上部透明陽極1形成のためのスパッタ時に、比較例1において発生した素子の正孔注入層11のダメージおよび/または正孔注入層11のイオン化ポテンシャルと上部透明電極1の仕事関数との不一致に起因すると考えられる。
【0063】
また実施例3および4の素子は、それぞれ実施例1および2の素子よりも高い発光効率および低い発光開始電圧を示した。これは、正孔注入層11表面へのイオン注入により、正孔注入層のイオン化ポテンシャルと上部透明陽極の仕事関数とが良好に一致したためと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】従来技術の有機EL発光素子を示す概略断面図である。
【図2】本発明の第1の実施形態(参考)の有機EL発光素子を示す概略断面図である。
【図3】本発明の第2の実施形態の有機EL発光素子を示す概略断面図である。
【図4】本発明の有機EL発光素子により形成される多色表示ディスプレイの一例を示す概略断面図である。
【符号の説明】
【0065】
1 上部透明陽極
2、102 有機EL層
3 陰極
11、111 正孔注入層
12、112 正孔輸送層
13、113 有機発光層
14、114 電子輸送層
15、115 電子注入層
16 正孔注入性保護層
21 基板
22 スイッチング素子
23 透明基板
24(R,G,B) 色変換カラーフィルタ層
25 ブラックマスク
26 接着層
101 陽極
103 陰極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、陰極と、有機EL層と、正孔注入性保護層と、上部透明陽極とを有し、前記上部透明陽極を通して外部へと発光することを特徴とする有機EL発光素子。
【請求項2】
前記正孔注入性保護層の前記上部透明陽極と接触する面にイオン注入されていることを特徴とする請求項1に記載の有機EL発光素子。
【請求項3】
基板上に陰極を積層する工程と、有機発光層を積層する工程と、正孔注入性保護層を積層する工程と、上部透明陽極を積層する工程とを含むことを特徴とする有機EL発光素子の製造方法。
【請求項4】
前記正孔注入性保護層にイオン注入を行う工程をさらに含むことを特徴とする請求項3に記載の有機EL発光素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−313933(P2006−313933A)
【公開日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−198219(P2006−198219)
【出願日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【分割の表示】特願2003−14753(P2003−14753)の分割
【原出願日】平成15年1月23日(2003.1.23)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】