説明

染色された生分解性皮革様シートおよびその製造方法

【課題】天然皮革調の充実感、柔軟性と十分な実用強度を有しながら、重金属を含有せず、土壌中での埋設廃棄時に生分解し、また、燃焼時に発生する有毒ガス量が少ない、染色された皮革様シートを提供すること。
【解決手段】平均繊度0.001〜2dtexの極細長繊維(A)を複数本含む繊維束が3次元的に交絡した絡合不織布(B)とその内部に含有された高分子弾性体(I)からな
る皮革様シートであって、(1)極細長繊維(A)が生分解性プラスチックからなること、(2)極細長繊維(A)が分散染料で染色されていること、(3)高分子弾性体(I)の損失弾性率のピーク温度が0℃以下であって、130℃での熱水膨潤率が10%以上であること、および、(4)高分子弾性体(I)が極細長繊維(A)に固着した状態で存在し、高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)の質量比が0.05:99.95〜30:70であることの各要件を同時に満足することを特徴とする皮革様シート。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分散染料で染色された生分解性極細長繊維束絡合不織布からなる地球環境保全に配慮した皮革様シートに関するものである。さらに詳しくは、天然皮革調の充実感、柔軟性と十分な実用強度を有しながら、重金属を含有せず、土壌中での埋設廃棄時には生分解し、また、燃焼時に発生する有毒ガス量が少ないことを特徴とする前記の皮革様シートに関するものである。
【背景技術】
【0002】
皮革様シートは、軽量性や取り扱いの容易さ、品質安定性などの特徴が消費者に認められ、靴、鞄、小物入れに代表される雑貨分野、ソファーの上張り材や車両内装材等のインテリア分野、衣料分野などの幅広い用途で天然皮革の代替素材として使用されている。その一方で近年、地球環境保全の見地から、これら皮革様シートに対しても環境負荷低減が求められるようになってきた。しかしながら、従来の皮革様シートに使用されているナイロン6やポリエチレンテレフタレート等の石油由来原料は、土中やコンポスト中では実質的に生分解せず、使用後は焼却や埋め立てにより廃棄する必要がある。このため、皮革様シートの使用量の増大に伴い、燃焼ガスによる大気汚染や埋め立て放置による土壌汚染等の環境への悪影響が無視できないレベルにまで高まってきている。このような背景から現在、廃棄時の環境負荷を低減すべく、「生分解性プラスチック」を使用した、皮革様シートが求められている。
【0003】
「生分解性プラスチック」としては現在、脂肪族ポリエステル系樹脂、特にポリ乳酸の他、デンプン系樹脂(デンプン脂肪酸エステルまたは澱粉ポリエステル等)、ポリヒドロキシブチレート、ポリヒドロキシブチレート−CO−ヒドロキシバリレート共重合体、酢酸セルロース、ポリビニルアルコール、ポリカプロラクトン、ポリブチレンサクシネート、ポリエチレンサクシネート、ポリブチレンサクシネートのアジペート変性体、ポリブチレンサクシネートのカーボネート変性体、ボリブチレンアジペートのテレフタレート変性体等が知られている。これらの生分解性プラスチックは数ヶ月〜数年で水と炭酸ガスに分解することが知られている。そしてこれらの生分解性プラスチックの中で現在、織物地や編物地の原料としてポリ乳酸がその耐熱性や強度の面で注目されている。ポリ乳酸繊維は一般にトウモロコシを原料として乳酸を作り、重合してポリ乳酸とし、さらにこのポリ乳酸を溶融紡糸して製造される。その融点は約170℃で、強度はポリエステルに匹敵するものである。ポリ乳酸繊維は焼却の際には燃焼ガス中にNOx等が発生せず、また燃焼熱はポリエチレンやポリプロピレンなどの1/2〜1/3程度である。また、埋め立て廃棄の際も約2〜3年で分解されることから、日用雑貨、包装材、農園芸分野、土木資材分野、衣料分野での利用が進められている。
【0004】
このような状況の下で生分解性プラスチック、特にポリ乳酸を材料とする繊維構造物もこれまでに多く商品化が試みられているが、生分解性極細繊維束からなる絡合不織布と高分子弾性体を使用した、天然皮革調の充実感と柔軟性および十分な実用強度を有する皮革様シートは未だ上市されていないのが現状である。例えば、ポリ乳酸繊維よりなるニードルパンチ不織布を使用した靴中敷が提案されているが、該発明では短繊維を使用し、かつ高分子弾性体を使用していないため不織布の強力が弱く、このままでは染色工程に耐えられない(例えば、特許文献1参照)。また、染色しない場合でも不織布の強力が不十分なため、接着剤を介した織編物等の補強材との積層が必須であり、得られたシート材は充実感が乏しく、また表面の折れ皺として挫屈感が大きいペーパーライクな物しか得られない。その一方で、ポリ乳酸短繊維を使用し、カード、ニードルパンチ処理を施して得られた不織布にポリウレタンバインダーを含浸し、起毛し、次いで、分散染料で染色して得られるシート材では、ポリウレタン中に取り込まれた分散染料が剥落し易く、染色堅牢度が不十分であるため、アルカリ条件下で還元・洗浄する必要がある。しかしながら、ポリ乳酸繊維はアルカリ条件下で容易に加水分解されるため、このような方法では実用物性的に不十分な皮革様シートしか得られない。つまり、ポリ乳酸繊維を短繊維の形状で使用する場合はウレタンバインダー使用の有無に関わらず、天然皮革調の充実感と柔軟性および十分な実用強度を有する皮革様シートは製造困難であり、このため結局、商品として上市されていないのが実情である。
【0005】
その他にも、融点が130℃以上の脂肪族ポリエステルを島成分とする海島型断面複合繊維から得られる単糸繊度が0.01〜1dtexの極細繊維を使用した織編物が提案されており(例えば、特許文献2参照)、さらにはポリ−L乳酸とポリ−D乳酸のブレンド物からなるポリ乳酸繊維を用いてなる黒発色性に優れた繊維構造物およびその製造方法が提案されている(例えば、特許文献3,4参照)。しかしながら、これらはいずれも織布、編布の製造に適した、実質的に高分子バインダーを含まないポリ乳酸繊維構造物に関するものであり、衣料用途でのソフト感や発色性は有するものの、天然皮革特有の丸みのある充実感や自然な外観を有する皮革様シートを製造することはできなかった。
【0006】
更に、少なくともアルカリで加水分解する繊維を含む長繊維不織布を使用した皮革様シートが提案されている(例えば、特許文献5参照)。しかしながら、該発明ではアルカリで加水分解しない繊維とアルカリで加水分解する繊維を組み合わせて使用し、この内、アルカリで加水分解する繊維のみを溶解除去して皮革様シートを製造するものであり、得られた人工皮革を構成する繊維は生分解性を有しないものであった。
【0007】
【特許文献1】特開2004− 49725号公報
【特許文献2】特開2000−226734号公報
【特許文献3】特開2002−227034号公報
【特許文献4】特開2002−227035号公報
【特許文献5】特開2004− 84076号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上述の課題を解決するものであり、分散染料で染色された生分解性極細長繊維不織布と高分子弾性体を用いた環境対応人工皮革に関する。さらに詳しくは、天然皮革調の充実感、柔軟性と十分な実用強度を有しながら、重金属を含有せず、土壌中で生分解し、また、燃焼時に発生する有毒ガス量が少ないことを特徴とする人工皮革に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、下記皮革様シートが前記目的を達成することを見出した。すなわち、本発明は、平均繊度0.001〜2dtexの極細長繊維(A)を複数本含む繊維束が3次元的に交絡した絡合不織布(B)とその内部に含有された高分子弾性体(I)からなる皮
革様シートであって、下記(1)〜(4)の各要件を同時に満足することを特徴とする皮革様シート。
(1)極細長繊維(A)が生分解性プラスチックからなること、
(2)極細長繊維(A)が分散染料で染色されていること、
(3)高分子弾性体(I)の損失弾性率のピーク温度が0℃以下であって、130℃での
熱水膨潤率が10%以上であること、および
(4)高分子弾性体(I)が極細長繊維(A)に固着した状態で存在し、高分子弾性体(
I)と極細長繊維(A)の質量比が0.05:99.95〜30:70であること。
に関する。
【0010】
さらに本発明は、下記(1)〜(5)の工程:
(1)島成分が生分解性プラスチックである海島型断面長繊維を用いて、極細繊維束形成性長繊維からなる長繊維ウェブ(C)を製造する工程、
(2)前記長繊維ウェブ(C)に絡合処理を施し、絡合ウェブ(D)を製造する工程、
(3)前記絡合ウェブ(D)中の極細繊維束形成性長繊維から海成分を除去して、平均単繊度0.001〜2dtexの極細長繊維(A)を複数本含む繊維束を形成し、湿潤時剥離強力が4kg/25mm以上である絡合不織布(B)を製造する工程、
(4)前記絡合不織布(B)を分散染料で染色する工程、および
(5)高分子弾性体(I)と前記極細長繊維(A)の質量比が0.05:99.95〜3
0:70となるように、前記絡合不織布(B)に前記高分子弾性体(I)を付与して固着
させる工程
を順次行うことを特徴とする皮革様シートの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、天然皮革調の充実感、柔軟性に優れ、耐久性や剥離強度等の機械的性能が安定した、実用性能に優れた特徴を有し、かつ、重金属を含有せず、土壌中で生分解し、また、燃焼時に発生する有毒ガス量が少ない、環境に配慮した皮革シートを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の皮革様シートを構成する絡合不織布(B)は、生分解性熱可塑性樹脂からなる極細長繊維(A)の繊維束を含んでいることが必要である。ポリエチレンテレフタレートのような芳香族ポリエステル、ポリアリーレート、ナイロン6やナイロン66のような脂肪族ポリアミド、芳香族ポリアミドは土壌中あるいはコンポスト中で十分に分解しない。従って、絡合不織布(B)は、極細長繊維(A)を主体とするものであり、極細長繊維(A)を好ましくは50質量%以上、より好ましくは70質量%以上(それぞれ100%を含む)含む。極細長繊維(A)以外の繊維としては、イソフタル酸変性ポリエチレンテレフタレート繊維、ポリプロピレン繊維などが挙げられる。
【0013】
生分解性熱可塑性樹脂としては、例えばポリグリコール酸やポリ乳酸のようなポリ(α−ヒドロキシ酸)またはα−ヒドロキシ酸単位を主たる繰り返し単位とする共重合体が挙げられる。さらに、ポリ(ε−カプロラクトン)、ポリ(β−プロピオラクトン)などのポリ(ω−ヒドロキシアルカノエート);ポリ(3−ヒドロキシプロピオネート)、ポリ(3−ヒドロキシブチレート)、ポリ(3−ヒドロキシバレレート)、ポリ(3−ヒドロキシカプロエート)、ポリ(3−ヒドロキシヘプタノエート)、ポリ(3−ヒドロキシオクタノエート)などのポリ(β−ヒドロキシアルカノエート);ポリ(4−ヒドロキシブチレート)などのポリ(γ−ヒドロキシアルカノエート);および、α−ヒドロキシアルカノエート単位、ω−ヒドロキシアルカノエート単位、β−ヒドロキシアルカノエート単位、およびγ−ヒドロキシアルカノエート単位から選ばれる複数種の単位を含むヒドロキシアルカノエート共重合体が挙げられる。その他の生分解性熱可塑性樹脂としては、グリコールとジカルボン酸を縮合して得られるポリ(エチレンオキサレート)、ポリ(エチレンサクシネート)、ポリ(エチレンアジペート)、ポリ(エチレンアゼレート)、ポリ(ブチレンオキサレート)、ポリ(ブチレンサクシネート)、ポリ(ブチレンアジペート)、ポリ(ブチレンセバケート)、ポリ(ヘキサメチレンセバケート)、ポリ(ネオペンチルオキサレート)などのポリ(アルキレンジカルボキシレート)、および複数種のアルキレンジカルボキシレート単位を含むアルキレンジカルボキシレート共重合体が挙げられる。これらの脂肪族ポリエステル(生分解性熱可塑性樹脂)は1種または2種以上を混合して使用することもできる。
【0014】
本発明においては、皮革様シートの機械的性能、土中あるいはコンポスト中での生分解性および製糸性等の点から、極細長繊維(A)は、乳酸系重合体と、ポリ(ブチレンサクシネート)、ポリ(エチレンサクシネート)、ポリ(ブチレンアジペート)、ポリ(ブチレンセバケート)などのポリ(アルキレンジカルボキシレート)、前記ポリ(アルキレンジカルボキシレート)の繰り返し単位を複数種含む共重合体、ポリカプロラクトン、ポリプロピオラクトンなどのポリ(ω−ヒドロキシアルカノエート)、および前記ポリ(ω−ヒドロキシアルカノエート)の繰り返し単位を複数種含む共重合体から選ばれる少なくとも1種の重合体とのブレンドからなることが好ましく(乳酸系重合体:その他の重合体=100:0〜60:40(質量比))、乳酸系重合体のみからなることがより好ましい。
【0015】
乳酸系重合体としては、ポリ(D−乳酸)、ポリ(L−乳酸)、D−乳酸とL−乳酸との共重合体、D−乳酸とヒドロキシカルボン酸との共重合体、L−乳酸とヒドロキシカルボン酸との共重合体が挙げられる。乳酸系重合体の融点は80℃以上であることが好ましい。前記ヒドロキシカルボン酸としては、グリコール酸、ヒドロキシ酪酸、ヒドロキシ吉草酸、ヒドロキシペンタン酸、ヒドロキシカプロン酸、ヒドロキシヘプタン酸、ヒドロキシオクタン酸等が挙げられる。紡糸性および得られる糸条の強度の点で、生分解性熱可塑性樹脂の数平均分子量は、約20,000〜100,000が好ましく、より好ましくは40,000〜100,000、さらに好ましくは60,000〜100,000である。
【0016】
生分解性熱可塑性樹脂には、必要に応じて平均粒子径が100μm以下の微粒子を0.1〜5質量%、重合時又は重合後に添加することができる。微粒子の材質は特に限定されず、たとえば、シリカゲル(コロイダルシリカ)微粒子、乾式法シリカ微粒子、酸化アルミニウムを含有する乾式法シリカ微粒子、粒子表面にアルキル基を有し、かつ粒子表面のシラノール基を封鎖した乾式法シリカ微粒子、アルミナゾル(コロイダルアルミナ)微粒子、アルミナ微粒子、酸化チタン微粒子、炭酸カルシウムゾル(コロイダル炭酸カルシウム)微粒子などの不活性微粒子、およびリン化合物と金属化合物とを析出せしめた内部析出系微粒子等を好ましく例示できる。特に平均粒子径が15〜70μmのシリカの微粒子が好ましく、紡糸性や延伸性が向上するとともに、必要に応じてアルカリ処理すると極細長繊維(A)表面に凹凸が得られて染色後の皮革様シートの色に深みが出て鮮明性が改善される。
【0017】
本発明において「長繊維」とは、繊維長が通常10〜50mm程度である短繊維よりも長い繊維長を有する繊維であり、短繊維のように意図的に切断されていない繊維をいう。例えば、極細化する前の長繊維の繊維長は100mm以上が好ましく、技術的に製造可能であり、かつ、物理的に切れない限り、数m、数百m、数km、あるいはそれ以上の繊維長であってもよい。
【0018】
絡合不織布(B)を構成する極細長繊維(A)は、平均単繊度が0.001〜2dtex、好ましくは0.001〜0.2dtexであり、混合紡糸方式や複合紡糸方式に代表される紡糸方法で得られる海島型断面繊維の海成分を除去することで作製できる。
【0019】
海島型断面繊維から極細繊維束を形成するために除去される成分(海成分)としては、海島型断面複合繊維を形成可能で、抽出処理または分解処理により該複合繊維から容易に除去されるポリマーであれば、公知のポリマーを使用できる。水または水溶液により除去可能な水溶性熱可塑性樹脂が環境負荷軽減のために好ましく使用される。水溶性熱可塑性樹脂とは、水またはアルカリ水溶液、酸性水溶液などの水溶液により、加熱、加圧などの条件下で溶解除去または分解除去できるものである。そのような水溶性熱可塑性樹脂としては、ポリエチレングリコール、スルホン酸アルカリ金属塩を含有する化合物などを共重合した変性ポリエステル、ポリビニルアルコール、ポリビニルアルコール系共重合体、ポリエチレンオキシドなどを挙げることができる。水または水溶液で抽出可能な水溶性かつ熱可塑性である、ポリビニルアルコール単独重合体およびポリビニルアルコール系共重合体類(以下PVAと総称することもある)が特に好ましい。
【0020】
前記PVAは下記の点で好ましく使用される。
(1)PVAを抽出成分として用いた極細繊維束形成性繊維は、水または水溶液でPVAを抽出除去処理する際に収縮する。この収縮挙動によって極細繊維束に捲縮構造が発現して不織布が嵩高く緻密になる。その結果、鮮明に発色し易くかつ非常に柔軟な天然皮革のような優れた風合いのスエード調皮革様シートが得られやすい。
(2)極細繊維形成成分や高分子弾性体成分の分解反応が実質的に起こらない条件で溶解または分解除去できる。そのために極細繊維形成成分として用いる生分解性熱可塑性樹脂および高分子弾性体の物性低下が起こりにくい。
(3)環境負荷が小さい。
また、PVAを用いる場合には、あまり高温で紡糸すると紡糸性の悪化を招くため、極細繊維を構成する生分解性熱可塑性樹脂の融点は、PVAの融点+60℃以下であることが好ましい。
【0021】
前記PVAの粘度平均重合度(以下、単に重合度と略記する)は、200〜500が好ましく、230〜470がより好ましく、250〜450がさらに好ましい。重合度が200以上であると、安定な複合化に十分な溶融粘度を示す。重合度が500以下であると、溶融粘度が高すぎず、紡糸ノズルからの樹脂吐出が容易である。重合度500以下のいわゆる低重合度PVAを用いることにより、熱水処理時の溶解速度が速くなるという利点が有る。前記重合度は、JIS−K6726に準じて次式により求められる。
P=([η]×103/8.29)(1/0.62)
(Pは粘度平均重合度、[η]はPVAを再ケン化し、精製した後、30℃の水中で測定した極限粘度である。)
【0022】
前記PVAのケン化度は、90〜99.99モル%であることが好ましく、93〜99.98モル%がより好ましく、94〜99.97モル%がさらに好ましく、96〜99.96モル%が特に好ましい。ケン化度が90モル%以上であると、PVAの熱安定性が良好で、熱分解やゲル化による不満足な溶融紡糸を避けることができる。また、生分解性も良好である。更に、後述する共重合モノマーの種類によってPVAの水溶性が低下することもなく、極細繊維束形成性長繊維を安定に製造することができる。ケン化度が99.99モル%よりも大きいPVAは安定に製造することが難しい。
【0023】
前記PVAは生分解性を有しており、活性汚泥処理あるいは土壌に埋めておくと分解されて水と二酸化炭素になる。PVAの溶解除去により生じたPVA含有排水の処理には活性汚泥法が好ましい。該PVA含有排水を活性汚泥で連続処理すると2日間から1ヶ月の間で分解される。また、PVAは燃焼熱が低く、焼却炉に対する負荷が小さいので、PVA含有排水を乾燥させた後、PVAを焼却処理してもよい。
【0024】
前記PVAの融点(以下、Tmと略すこともある)は、紡糸性を考慮すると160〜230℃が好ましく、170〜227℃がより好ましく、175〜224℃がさらに好ましく、180〜220℃が特に好ましい。融点が160℃以上であると、結晶性低下によるPVAの繊維強度低下を避けることができる。また、PVAの熱安定性が良好であり、繊維形成性が良好である。融点が230℃以下であると、溶融紡糸温度をPVAの分解温度より十分低くすることができ、極細繊維束形成性長繊維を安定に製造することができる。
【0025】
前記PVAは、ビニルエステル単位を主構成単位として有する樹脂をケン化することにより得られる。ビニルエステル単位を形成するためのビニル化合物単量体としては、ギ酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、バレリン酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、安息香酸ビニル、ピバリン酸ビニルおよびバーサティック酸ビニル等が挙げられ、これらの中でもPVAを容易に得る点からは酢酸ビニルが好ましい。
【0026】
前記PVAは、ホモPVAであっても共重合単位を導入した変性PVAであってもよいが、溶融紡糸性、水溶性、繊維物性の観点からは、変性PVAを用いることが好ましい。共重合単量体の種類としては、共重合性、溶融紡糸性および繊維の水溶性の観点からエチレン、プロピレン、1−ブテン、イソブテン等の炭素数4以下のα−オレフィン類;および、メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、イソプロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル類が好ましい。PVA中の共重合単位含有量は、1〜20モル%が好ましく、4〜15モル%がより好ましく、6〜13モル%がさらに好ましい。さらに、共重合単位がエチレンであると繊維物性が高くなるので、エチレン変性PVAが特に好ましい。エチレン変性PVA中のエチレン単位含有量は、好ましくは4〜15モル%、より好ましくは6〜13モル%である。
【0027】
前記PVAは、塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法などの公知の方法で製造される。その中でも、無溶媒あるいはアルコールなどの溶媒中で重合する塊状重合法や溶液重合法が通常採用される。溶液重合の溶媒として使用されるアルコールとしては、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコールなどの低級アルコールが挙げられる。共重合には、a、a’−アゾビスイソブチロニトリル、2,2’−アゾビス(2,4−ジメチル−バレロニトリル)、過酸化ベンゾイル、n−プロピルパーオキシカーボネートなどのアゾ系開始剤または過酸化物系開始剤などの公知の開始剤が使用される。重合温度については特に制限はないが、0℃〜150℃の範囲が適当である。
【0028】
極細長繊維(A)の繊維束は、生分解性熱可塑性樹脂(島成分)と水溶性熱可塑性樹脂(海成分)からなる極細繊維束形成性長繊維を長繊維ウェブ(C)にした後、絡合処理工程および海成分除去工程を経て形成される。長繊維ウェブ(C)は、公知の方法で製造することができ、特に限定されないが、溶融紡糸と直結したいわゆるスパンボンド法によって効率よく製造することができる。例えば、PVAなどの水溶性熱可塑性樹脂と生分解性熱可塑性樹脂とをそれぞれ別の押し出し機で溶融混練し、溶融した樹脂流を複合ノズルを経て紡糸ヘッドに導きノズル孔から吐出する。吐出した複合長繊維を冷却装置により冷却した後、エアジェット・ノズル等の吸引装置を用いて目的の繊度となるように1000〜6000m/分の引き取り速度に相当する速度の高速気流により牽引細化させ、移動式の捕集面の上に堆積させる。必要に応じて堆積した長繊維を部分的に圧着して長繊維ウェブ(C)が得られる。極細繊維束形成性長繊維の平均単繊度は、1〜5dtexの範囲、長繊維ウェブ(C)の目付は20〜500g/m2の範囲が工程中での取り扱い性の面から好ましい。また、極細長繊維(A)の平均単繊維繊度が0.001〜2dtexであると、柔軟性および外観品位に優れた皮革様シートが得られ、繊維同士の摩擦抵抗が増大して絡合不織布(B)の形態保持性が優れ、かつ繊維の素抜けが少なくなる。そのため、平均単繊維繊度が0.001〜2dtexの極細長繊維(A)が得られるように極細繊維束形成性長繊維(海島型断面繊維)の平均単繊度と島数(好ましくは4〜900)を設定することが好ましい。なお、極細繊維束形成性長繊維と極細長繊維(A)の平均単繊維繊度は、走査型電子顕微鏡で長繊維ウェブ(C)と皮革様シートの断面および表面を観察する方法などで確認できる。
【0029】
極細繊維束形成性長繊維を構成する水溶性熱可塑性樹脂と生分解性熱可塑性樹脂の質量比率は、10/90〜50/50の範囲が好ましい。上記範囲内であると、極細繊維束形成性長繊維の海島型断面が良好に形成され、水溶性熱可塑性樹脂(海成分)が生分解性熱可塑性樹脂(島成分)を完全に被覆することができる。そのため、長繊維ウェブ(C)製造から海成分除去までの工程通過性(各工程で目的とする操作を不都合を生じることなく良好に行うことができる性質)が良好になる。例えば、長繊維ウェブ(C)製造から海成分除去までの間に極細繊維束形成性長繊維がフィブリル化することがほとんどないので、絡合不織布(B)の見掛け密度を上げることが容易であり、しかも、表面摩耗減量が低減するなど、得られる皮革様シートの物性が向上する。特に、不織布の見かけ密度や皮革様シートの表面磨耗減量の点から、前記質量比率は、15/85〜30/70の範囲がより好ましい。
【0030】
上記のようにして得られた長繊維ウェブ(C)に、シリコーン系、鉱物油系などの針折れ防止のための摩擦係数低減油剤、帯電防止油剤、絡合性向上のための摩擦係数増加油剤等の油剤を単独あるいは複数種組み合わせて付与した後、ニードルパンチング処理や高圧水流処理に代表される公知の処理方法にて絡合処理を行い、絡合ウェブ(D)を得る。絡合処理を行うことで、長繊維ウェブ(C)表面に平行な方向にしか連続性を有さない極細繊維束形成性長繊維が厚さ方向にも絡合し3次元的に交絡する。この3次元的交絡により、得られる絡合不織布(B)の見掛け密度が向上し、不織布構造の形態安定性が向上し、かつ、絡合不織布(B)からの極細長繊維(A)の素抜けが低減する。絡合処理に先立って、または絡合処理の途中で、必要に応じて、複数の長繊維ウェブ(C)をクロスラッパー等により重ね合わせて絡合処理してもよいし、前記したような各種油剤を付与してもよい。このような重ね合わせや油剤付与を行うことにより、目付斑を低減させることができ、また処理速度を増加させることもできる。重ね合わせる長繊維ウェブ(C)の枚数および長繊維ウェブ(C)個々の目付は、最終的に得られる皮革様シートの目的とする厚さや見かけ密度等に応じて適宜選択されるが、重ね合わせた長繊維ウェブ(C)の総目付は100〜1000g/m2の範囲であることが工程通過性、即ち連続処理工程中での長さ方向テンションの制御、ニードルパンチ処理時の針突刺し抵抗の制御、プレスロールやコーティングナイフ等の各種クリアランスの制御、長繊維ウェブの折れ曲がりやプレス等によるシワ発生の抑制、各種処理液の浸透状態の制御、不連続工程間の処理物の易動性、取り扱い性などの面から好ましい。
【0031】
皮革様シートの最終製品に要求される各種性能に応じて、フィラメントやマルチフィラメントから構成される編織物(編物または織物)や他の繊維からなる不織布などの支持布と共に長繊維ウェブ(C)を絡合処理し、支持布が絡合により積層一体化した絡合ウェブ(D)を得ることもできる。支持布は、重ね合わせた長繊維ウェブ(C)の厚さ方向の中央付近あるいは表面、裏面何れかの付近に配置され、ニードルパンチング処理または高圧水流処理により絡合処理される。支持布の種類は特に限定されず、コストや要求性能に応じて適宜選択できるが、極細化可能な、単繊維繊度が3.5dtex以下のフィラメントやマルチフィラメントから構成された支持布が好ましい。該極細化可能なフィラメントやマルチフィラメントは、最終的には、極細長繊維(A)の平均単繊度と同等レベルの0.0001〜0.5dtexの範囲の平均単繊度を有する繊維に極細化されることが好ましい。これにより、外観、審美性を損なうことなく、伸び止め等の機能を有する皮革様シートを得ることができる。
【0032】
前記した長繊維ウェブ(C)を絡合処理して絡合ウェブ(D)を得る工程において、付与する油剤の種類や付与量;使用するニードルの太さや長さ;バーブの数、深さ、形状、表面処理など;ニードルを突刺す深度;ニードルの植針密度およびストローク数により計算される単位面積当たりのパンチ数等のニードルパンチング条件は、本発明の効果を得る上では特に限定されず、皮革様シートの用途に応じて公知の条件から選択することができる。
【0033】
例えば、ニードル1本当たりのバーブ数が多いほうが、突刺す深度やパンチ数などが少ないニードルパンチング条件でも効率的に絡合処理を行うことができる。しかし、バーブ数が多いと、連続する1本の極細繊維束形成性長繊維に複数のバーブが同時に引っかかることが多くなり、繊維が反対方向に引っ張られ、極細繊維束形成性長繊維がフィブリル化し、また、切断することもある。さらに、ニードルを突刺す際の抵抗が大きいので絡合処理時にニードルが折れてしまう頻度も増加する。このような欠点と絡合効率とを総合的に勘案して、使用するニードル1本当たりのバーブ数は1〜9個が好ましい。異なるバーブ数のニードルを同時に使用してもよいし、あるいは、バーブ数を段階的に変化させてもよい。
【0034】
ニードルの突刺し深度は、最先端に位置するバーブが少なくとも長繊維ウェブ(C)の反対側にまで貫通するような条件を採用するのが絡合効率の点から好ましい。また、パンチ数は、ニードルの仕様、付与する油剤の種類や付与量等によって好適な条件が変動するが、500〜5000パンチ/cm2の範囲から選択するのが好ましい。
【0035】
また、絡合ウェブ(D)の目付けが、絡合処理前の長繊維ウェブ(C)または複数枚重ね合わせた長繊維ウェブ(C)の目付けに対して、質量比で1.2倍以上となるように、即ち面積収縮するように絡合処理するのが天然皮革のような充実感が得られる点で好ましく、質量比で1.5倍以上となるように絡合処理するのがより好ましい。該質量比の上限は、本発明の効果を得る上では特に限定されるものではないが、面積収縮の均一性などの製造安定性、低目付け時の形態安定性、高目付け時のニードル折れ頻度などの工程通過性、および面積収縮に伴う全体的な処理速度の低下等による製造コストの増大などを考慮すると、4倍以下であることが好ましい。
【0036】
上記ニードルパンチング条件は、得られる絡合ウェブ(D)、あるいは絡合不織布(B)の表面において、ニードルが作用した後の無数のピンホールにより形成される模様が欠点として視覚的に認識されないような範囲に適宜設定するのが好ましい。
【0037】
長繊維ウェブ(C)の絡合処理条件は、得られる絡合ウェブ(D)中の極細繊維束形成性長繊維から海成分を除去して得られる絡合不織布(B)の湿潤時剥離強力が4〜10kg/25mmとなるように設定するのが好ましい。絡合不織布(B)内部の絡合力が増大して、エマルジョン等によるバインダーを殆ど使用しなくても工程通過性が良好になり、形態保持性が良好となり皮革様シートの実用性能が改善され、また、極細長繊維(A)の素抜けを低減できるので、湿潤時剥離強力は4.5〜10kg/25mmであることがより好ましい。絡合不織布(B)の剥離強力とは、極細長繊維(A)の繊維束の三次元絡合の度合いの目安として後述する方法により測定される値である。4kg/25mm未満だと絡合度合いが不充分なので、その後の染色工程やバフィング等の仕上げ工程での形態変化、特にタテ伸びが大きくなりすぎ、また繊維の素抜けによる表面状態の悪化も顕著になる。その結果、染色工程前の段階でエマルジョン等のバインダーの付与が避けられず、その付与量も過剰な量が必要になることもある。
【0038】
上記ニードルパンチング等の絡合処理により得られた絡合ウェブ(D)は、必要に応じてさらに面積収縮させた後、海成分を除去して極細長繊維(A)の繊維束からなる絡合不織布(B)とする。得られる絡合不織布(B)の見掛け密度と剥離強力を高め、形態変化や繊維の素抜けを低減するためには、絡合ウェブ(D)を大きく面積収縮させることが好ましい。収縮処理による面積収縮率([(収縮処理前の面積−収縮処理後の面積)/収縮処理前の面積]×100)は30%以上であることが好ましい。面積収縮率が30%以上の場合には、得られる絡合不織布(B)の見掛け密度が充分に高くなり、形態保持性に優れ、繊維の素抜けも充分に抑制される。面積収縮率の上限は、物理的な収縮の限度や得られる皮革様シートの風合等を考慮すると、80%以下であることが好ましい。
【0039】
収縮処理は公知の方法で行うことが可能であるが、海成分としてPVAを採用した場合には、絡合ウェブ(D)を湿熱処理して収縮処理と海成分の溶解除去を連続して行うのが好ましい。例えば、第1段階として、65〜90℃の熱水中に絡合ウェブ(D)を5〜300秒間浸漬した後、第2段階としてさらに85〜100℃、好ましくは90〜100℃の熱水中で100〜600秒間処理する方法が好適に用いられる。このような処理により、第1段階で極細繊維束形成性長繊維の収縮と並行して海成分の一部が圧搾されて繊維から溶出するため、海成分の除去により形成される空隙がより小さくなるので、絡合不織布(B)をより緻密化できる。
【0040】
また、第1段階として水蒸気雰囲気下で絡合ウェブ(D)の収縮処理を行った後で、第2段階として上記したような熱水中での海成分の溶解除去(抽出除去)を行い絡合不織布(B)を得る方法も好適な方法として挙げられる。このような処理により、水蒸気で可塑化された海成分が島成分ポリマーにより構成される長繊維の収縮力で圧搾・変形し、第1段階を熱水中で行うのと同様の効果が得られ、絡合不織布(B)をより緻密化できる。水蒸気による収縮処理は、絡合ウェブ(D)に水分を海成分質量に対して70〜200%付与し、次いで、相対湿度が70%以上、より好ましくは90%以上、温度が60〜130℃の加熱水蒸気雰囲気下で60〜600秒間加熱処理することが好ましい。相対湿度70%未満の条件では、極細繊維束形成性長繊維中の海成分が乾燥してしまって可塑化した状態を保つことができないので、30%以上の面積収縮率は得られない。温度は、60〜130℃であることが、設備上の管理が容易であり、絡合ウェブ(D)をより高い収縮率で面積収縮させることができるので好ましい。
【0041】
極細繊維束形成性長繊維の海成分の除去率が95質量%以上になるように、前記収縮処理後に高温の水流を用いて水流抽出処理してもよい。水流の温度は80〜98℃が好ましく、水流速度は2〜100m/分が好ましく、処理時間は1〜20分が好ましい。
【0042】
絡合不織布(B)の厚さと目付は、皮革様シートの最終用途により異なるが、厚さは好ましくは0.2〜10mm、目付は好ましくは50〜3500g/m2の範囲から適宜選択すればよい。
【0043】
このようにして得られた絡合不織布(B)は、高分子弾性体(I)をバインダーとして過剰に付与しなくとも形態保持性が良好であり、また繊維の素抜けも少ない。品質をさらに向上するために、必要に応じて高分子弾性体(I)を付与する場合であっても、繊維質量に対して5%以下の極少量の付与で、形態保持性が極めて良好になり、かつ、繊維の素抜けも極めて少なくなる。従って、バインダーの付与量が極めて少なくても、本発明の皮革様シートは、従来のバインダーを多く含む皮革様シートと同様に、表面毛羽立て、柔軟化処理および染色処理を行うことができる。表面毛羽立て処理方法としてはサンドペーパーや針布等を用いたバフィング処理等の公知の方法を用いることができる。
【0044】
本発明の絡合不織布(B)は、島成分としてポリ乳酸などの脂肪族ポリエステルを使用した場合、高分子弾性体(I)を殆ど付与すること無く、分散染料で染色するのが好適であり、必要な量の高分子弾性体(I)は染色した後に付与することが好ましい。染色後に付与すると高分子弾性体(I)が染色されないので、高分子弾性体に付着した分散染料を除去して染色堅牢度を向上させるために従来は必要であった強アルカリ条件下での還元洗浄と中和工程が不要となる。染色後に高分子弾性体(I)を付与した場合、繊維に付着した不要な染料を湯や中性洗剤液等を使用した極めてマイルドな条件で洗い落とすだけで充分に染色摩擦堅牢度を向上させることができるので、皮革様シート、特に、湿摩擦堅牢性等の各種堅牢性において消費者が要求する実用性能を充分に満足するスエード調皮革様シートを得ることができる。また、高分子弾性体(I)からなるバインダーが実質的に染色されていないので、繊維とバインダーとの染料吸尽性が異なることに起因して発生する色斑や表面の不均一性などの問題をも容易に解消することができ、品質安定性が向上する。
【0045】
このような理由から、本発明において染色処理は、絡合不織布(B)中に高分子弾性体(I)が実質的に含有されていない状態、あるいは、繊維質量に対して5%以下の極少量含有されている状態で行うことが好ましい。また、スエード調皮革様シートのみならず、ヌバック調皮革様シート、半銀付調皮革様シート、銀付調皮革様シートなどを製造する場合も、絡合不織布(B)に高分子弾性体(I)を付与する前に染色処理し、その後で所望の量の高分子弾性体(I)を付与することが好ましい。このように、高分子弾性体(I)を染色することなく、絡合不織布(B)を染色することにより、色斑に起因した品質低下や外観悪化、および染色された高分子弾性体(I)からの染料粒子の脱落に起因する堅牢性悪化などを防止することができ、品質安定性、外観および堅牢性の良好なスエード調皮革様シートやヌバック調皮革様シートなどの立毛調皮革様シートおよびその他の用途の皮革様シートが得られる。
【0046】
使用する分散染料はモノアゾ系、ジスアゾ系、アントラキノン系、ニトロ系、ナフトキノン系、ジフェニルアミン系、複素環系等の化学構造を有する、分子量200〜800のポリエステル染色に通常使用される分散染料であり、用途や色相に応じて単独あるいは配合して使用する。染料濃度は要求される色相に応じて決定されるため、特に制限はないが、30%owfを超える高濃度で染色した場合には湿潤時の摩擦堅牢度が悪化することから、濃度は30%owf以下が望ましい。浴比は特に制限はないが、1:30以下の低浴比が、コスト、環境への影響の観点で好ましい。染色温度は、70℃以上130℃以下が好ましく、より好適には95℃〜120℃である。また、染色時間は30〜90分が好ましく、淡色では30〜60分、濃色では45〜90分がより好ましい。染色後の還元洗浄は染料濃度10%owf以上の場合は1g/L以下の低濃度の還元剤を使用しても良いが、中性洗剤を使用しての40−60℃での温水洗浄が生分解性繊維の加水分解を抑制する上で望ましい。
【0047】
本発明の効果を妨げない範囲で、絡合不織布(B)に、浸透剤、消泡剤、滑剤、撥水剤、撥油剤、増粘剤、増量剤、硬化促進剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、蛍光剤、防黴剤、発泡剤、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロースなどの水溶性高分子化合物などを少量付与していてもよい。
【0048】
本発明では、絡合不織布(B)を染色して染色不織布(B’)にした後、高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)の質量比が0.05:99.95〜30:70となるように高分子弾性体(I)を該染色不織布(B’)に付与し、極細長繊維(A)に固着させる。本発明で使用可能な高分子弾性体(I)(バインダー樹脂)としては、ポリウレタン、(メタ)アクリル酸誘導体の重合体(アクリル系樹脂)、スチレン−ブタジエンゴム(SBR)、アクリロニトリル−ブタジエンゴム(NBR)、ポリアミノ酸等およびこれらの混合物を挙げることができ、ゴム状弾性を有する重合体ならばいずれも使用可能である。なかでも皮革様シートの風合い、物性が良好であることからアクリル系樹脂やポリウレタンが好ましく使用される。有機溶剤が不用で、環境負荷が少ない点から、粉体や微粒子状の高分子弾性体や水系エマルジョン型高分子弾性体の使用がより好ましい。
【0049】
高分子弾性体(I)は、損失弾性率のピーク温度が0℃以下であることが好ましく、−70〜0℃であることがより好ましい。一般に、損失弾性率のピーク温度はガラス転移温度(Tα)と正の相関関係を示すことが知られているが、損失弾性率のピーク温度が0℃を超えると、皮革様シートの風合いが堅くなり、更には耐屈曲性等の力学的耐久性に劣ることから、損失弾性率のピーク温度は−5℃以下であることがさらに好ましい。損失弾性率は後述する方法で求めた。
【0050】
また、高分子弾性体(I)は、130℃での熱水膨潤率が10〜200%であることが好ましく、20〜100%であることがより好ましい。一般に、130℃での熱水膨潤率が大きい高分子弾性体は柔軟であるが、分子内の凝集力が弱い為、分散染料で染色する工程での剥落が多く、絡合不織布(B)を補強するバインダーとしては使用できない。しかしながら本発明では上記で説明したように、高分子弾性体(I)を染色することなく極細長繊維(A)を直接染色することが可能であり、高分子弾性体(I)は染色後に付与するので、従来は使用できなかったような高柔軟性の高分子弾性体の使用が可能である。
【0051】
高分子弾性体(I)は、架橋構造を有することが好ましい。非水素結合性ポリマーは、ポリウレタン等の水素結合性ポリマーに比べ、ポリマーの凝集性が一般に弱いので、架橋構造を有していない場合には、水、溶剤または汗が付着した際に膨潤性が大きくなって、実用上問題が生じる場合がある。架橋構造を有することは、例えば、後述する方法で貯蔵弾性率を測定することで確かめることができる。具体的には、120℃のlog(貯蔵弾性率)が3.0Paを越えることが好ましく、150℃のlog(貯蔵弾性率)が3.0Paを越えることが特に好ましい。
【0052】
高分子弾性体(I)は、得られる皮革様シートの性質を損なわない限り、さらに、浸透剤、消泡剤、滑剤、撥水剤、撥油剤、増粘剤、増量剤、硬化促進剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、蛍光剤、防黴剤、発泡剤、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロースなどの水溶性高分子化合物、染料、顔料などを適宜含有していてもよい。
【0053】
高分子弾性体(I)の付与方法は特に限定されず、従来公知の方法で付与することができる。例えば、微粒子状の高分子弾性体(I)を静電気の力で極細長繊維(A)に付着させ、加熱、加圧圧着させる方法や、高分子弾性体(I)の溶液あるいは水系高分子弾性体(高分子弾性体の水系エマルジョン)を染色不織布(B’)に含浸あるいはその片面に塗布し浸透させる方法を採用することができる。また付与した後に湿式凝固または乾燥固着させるのが好ましい。特に、環境へ配慮した水系高分子弾性体を乾燥固着する方法が好ましい。
【0054】
高分子弾性体(I)は、染色不織布(B’)の内部に均一に含浸してもよい。また、表面にマイグレーションさせたり片面に塗布したりして厚み方向に高分子弾性体(I)の密度勾配をつけても良い。凝固方法としては、50〜200℃の乾燥装置中で熱処理して乾式凝固する方法、70〜100℃で熱水処理、または、100〜200℃でスチーム処理して湿式凝固する方法等を挙げることができる。
【0055】
高分子弾性体(I)を含浸、凝固、乾燥した後において、高分子弾性体(I)が極細長繊維(A)に固着していることが、形態保持性を向上させ、繊維の素抜けを低減し、表面の耐磨耗性と皮革様の柔軟な風合を両立させる点から好ましい。「固着している」とは、高分子弾性体(I)の少なくとも一部が繊維束だけでなく繊維束内部の極細長繊維(A)にも接着していることを意味する。極細長繊維(A)の繊維束内部にも高分子弾性体(I)が進入し個々の極細長繊維(A)に接着することが、天然皮革のミクロフィブリル構造に酷似した構造を形成し、充実感に優れることから好ましい。なお、高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)およびその繊維束との間に部分的に空間が形成され、高分子弾性体(I)が部分的に極細長繊維(A)およびその繊維束に接着していても構わない。このような状態であれば形態保持性が向上し極細長繊維(A)の素抜けが抑制される。
【0056】
また、高分子弾性体(I)の極細長繊維(A)への固着の均一性を向上させる等の目的で、公知のノニオン系乳化剤等や会合型水溶性増粘剤を高分子弾性体(I)に添加してもよい。これにより、高分子弾性体(I)のマイグレーションを防止あるいは制御することも可能となる。また、高分子弾性体(I)の粒子径やイオン性基の種類や量を調整すること、金属塩を添加する方法も好ましい。会合型水溶性増粘剤としては、会合型増粘剤および/または会合型感熱ゲル化剤である水溶性シリコーン系化合物や水溶性ポリウレタン系化合物が例示される。特に、ノニオン系乳化剤および/または会合型水溶性増粘剤を添加することが好ましい。
【0057】
付与された高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)の質量比は0.05:99.95〜30:70の範囲である。前記範囲内であると、皮革様シートの柔軟性、充実感および外観が向上する。高分子弾性体(I)の質量比が前記範囲より少ないと、天然皮革様の柔軟な風合と充実感が低下する。前記範囲を越える場合も同様に、天然皮革様の柔軟な風合と充実感が低下し、スエード調皮革様シートとした場合に立毛感が劣る。形態保持性や繊維の素抜け防止効果に優れる点で、高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)の質量比は、0.5:99.5〜10:90であることが好ましい。
【0058】
本発明の皮革様シートの見掛け密度は、0.35〜0.8g/cm3の範囲が、充実感やスエード調皮革様シートにした場合の立毛感、ライティング効果および毛羽密度に優れる点で好ましく、0.35〜0.7g/cm3の範囲がより好ましい。目付及び厚さは最終用途に応じて選択されるが、通常、それぞれ100〜1200g/m2、0.3〜2.5mmである。
【0059】
本発明の皮革様シートは、必要に応じて所望の厚みに加圧・加熱処理や分割処理などで厚みあわせを行ってもよい。また、極細繊維束形成性繊維を極細化する前あるいは後に、公知の方法により、少なくとも一面をサンドペーパーまたは針布等による起毛処理で表面に極細繊維を主体とした立毛を形成しスエード調皮革様シートとしてもよい。必要により、揉み柔軟化処理、逆シールのブラッシングなどの仕上げ処理を行うことができる。また、熱プレス処理やエンボス加工を施して表面立毛の緻密性や平滑性を向上させることも好ましい。さらに、立毛繊維の長さをスエード調皮革様シートよりも短毛に調整することによってヌバック調皮革様シートとすることができる。また、高分子弾性体(I)を染色不織布(B’)に含浸する際あるいはその後に、公知の方法によって高分子弾性体などの表皮層を形成し、着色加工、エンボス加工、柔軟化処理、湿潤下での柔軟化処理など公知の仕上げ処理を行うことによって銀付調または半銀付調皮革様シートとすることもできる。表面に付与する高分子弾性体は、本発明の効果や特徴を損なわない限り、浸透剤、増粘剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、造膜助剤、感熱ゲル化剤、柔軟剤、滑剤、防汚剤、蛍光剤、防黴剤、難燃剤、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロースなどの水溶性高分子化合物、染料などを適宜含有していてもよい。必要に応じて、本発明の皮革様シートを上層に使用し、編物あるいは織物を下層となるよう貼り合わせたり、あるいは、本発明のスエード調皮革様シートを上層に使用し、該スエード調皮革様シートを構成する繊維とは異種の繊維からなる層を下層となるよう貼り合わせたりしても構わない。
【0060】
本発明の皮革様シートは、天然皮革様の充実感、立毛感、表面緻密感を有しており、衣料用、靴用、手袋用、またはソファー等のインテリア製品の素材として好適なものである。
【実施例】
【0061】
以下実施例により、本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。実施例中で記載される部および%は、特に断りのない限り質量基準である。なお以下の実施例、比較例において各測定は以下の方法で行った。
【0062】
(1)平均単(繊維)繊度
シートを構成する繊維の断面積を走査型電子顕微鏡(倍率:数百倍〜数千倍程度)により求めた。この断面積と繊維を形成する樹脂の密度から平均単(繊維)繊度を計算した。
【0063】
(2)熱可塑性樹脂の融点
示差走査熱量計(TA3000、メトラー社製)を用いて、窒素中、樹脂を昇温速度10℃/分で300℃まで昇温後、室温まで冷却し、再度昇温速度10℃/分で300℃まで昇温した場合に得られた吸熱ピークのピークトップ温度を求めた。
【0064】
(3)湿潤時の剥離強力
たて15cm、幅2.7cm、厚さ4mmのゴム板の表面を240番のサンドペーパーでバフ掛けし、表面を十分に粗くした。溶剤系の接着剤(US−44)と架橋剤(ディスモジュールRE)の100:5の混合液を該ゴム板の粗面とたて(シート長さ方向)25cm、幅2.5cmの試験片の片面に12cmの長さにガラス棒で塗布し、100℃の乾燥機中で4分間乾燥した。その後、ゴム板と試験片の接着剤塗布部分同士を貼り合わせ、プレスローラーで圧着し、20℃で24時間キュアリングした。蒸留水に10分浸漬した後に、ゴム板と試験片の端をそれぞれチャックで挟み、引張試験機で引張速度50mm/分で剥離した。得られた応力−ひずみ曲線(SS曲線)の平坦部分から湿潤時の平均剥離強力を求めた。結果は、試験片3個の平均値で表した。
【0065】
(4)表面磨耗減量
JIS L1096(8.17.5E法:マーチンデール法)にて、押圧荷重12kPa、摩耗回数5万回での減量を測定した。
【0066】
(5)湿摩擦堅牢性
JIS L0801に準じて、ウェット状態で測定し級判定にて評価した。
【0067】
(6)高分子弾性体の損失弾性率
厚さ200μmの高分子弾性体フィルムを、130℃で30分間熱処理し、粘弾性測定装置(レオロジ社製FTレオスペクトラー「DVE−V4」)を用いて周波数11Hz、昇温速度3℃/分で測定を行い、損失弾性率のピーク温度を求めた。
【0068】
(7)高分子弾性体の極細長繊維への固着状態
酸化オスミウム染色処理したスエード調皮革様シートの断面を、走査型電子顕微鏡「S−2100日立走査型電子顕微鏡」(倍率100〜2000)で10ケ所以上観察し、高分子弾性体の極細長繊維への固着状態を観察した。
【0069】
(8)土壌中分解試験
30cm角に切り出した試料を屋外の土壌中、深さ10cmの位置に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出したときの外観の変化と引張り強力の変化を調べた。なお、引っ張り強力はJIS L1096に準拠して測定した。
【0070】
(9)コンポスト中分解試験
30cm角に切り出した試料をコンポスト中、深さ10cmの位置に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出したときの外観と引張り強力の変化を調べた。なお、引っ張り強力はJIS L1096に準拠して測定した。
【0071】
製造例1
水溶性熱可塑性ポリビニルアルコール系樹脂の製造
攪拌機、窒素導入口、エチレン導入口および開始剤添加口を備えた100L加圧反応槽に、酢酸ビニル29.0kgおよびメタノール31.0kgを仕込み、60℃に昇温した後30分間窒素バブリングにより系中を窒素置換した。次いで反応槽圧力が5.9kgf/cm2となるようにエチレンを導入した。2,2’−アゾビス(4−メトキシ−2,4−ジメチルバレロニトリル)(開始剤)をメタノールに溶解して濃度2.8g/Lの開始剤溶液を調整し、窒素ガスによるバブリングを行って窒素置換した。上記の重合槽内温を60℃に調整した後、上記の開始剤溶液170mLを注入し重合を開始した。重合中、エチレンを導入して反応槽圧力を5.9kgf/cm2に、重合温度を60℃に維持し、上記の開始剤溶液を610mL/hrで連続添加した。10時間後に重合率が70%となったところで冷却して重合を停止した。反応槽を開放して脱エチレンした後、窒素ガスをバブリングして脱エチレンを完全に行った。次いで減圧下に未反応酢酸ビニルモノマーを除去しエチレン変性ポリ酢酸ビニル(変性PVAc)のメタノール溶液を得た。該溶液にメタノールを加えて調製した変性PVAcの50%メタノール溶液200gに、NaOHの10%メタノール溶液(変性PVAcの酢酸ビニル単位1モルに対して0.10モルのNaOH)46.5gを添加してケン化を行った。NaOH添加後約2分で系がゲル化した。ゲル化物を粉砕器にて粉砕し、60℃で1時間放置してケン化を更に進行させた後、酢酸メチル1000gを加えて残存するNaOHを中和した。フェノールフタレイン指示薬を用いて中和したことを確認後、濾別して白色固体を得た。白色固体にメタノール1000gを加えて室温で3時間放置洗浄した。上記洗浄操作を3回繰り返した後、遠心脱液し、乾燥機中70℃で2日間放置乾燥してエチレン変性ポリビニルアルコール(変性PVA)を得た。得られた変性PVAのケン化度は98.4モル%であった。また該変性PVAを灰化した後、酸に溶解して得た試料を原子吸光光度計により分析した。ナトリウムの含有量は、変性PVA100質量部に対して0.03質量部であった。
【0072】
また、重合後未反応酢酸ビニルモノマーを除去して得られた変性PVAcのメタノール溶液に、n−ヘキサンを加え、次いで、アセトンを加える沈殿−溶解操作を3回繰り返した後、80℃で3日間減圧乾燥を行って精製変性PVAcを得た。該変性PVAcをd6−DMSOに溶解し、80℃で500MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)を用いて分析したところ、エチレン単位の含有量は10モル%であった。上記の変性PVAcをケン化した後(アルカリ/酢酸ビニル単位=0.5(モル比))、粉砕し、60℃で5時間放置して更にケン化を進行させた。ケン化物を3日間メタノールソックスレー抽出し、抽出物を80℃で3日間減圧乾燥を行って精製変性PVAを得た。該変性PVAの平均重合度をJIS K6726に準じて測定したところ330であった。該精製変性PVAを5000MHzプロトンNMR(JEOL GX−500)により分析したところ、1,2−グリコール結合量は1.50モル%および3連鎖水酸基の含有量は84%であった。さらに該精製変性PVAの5%水溶液から厚み10μmのキャストフィルムを作成した。該フィルムを80℃で1日間減圧乾燥した後に、前述の方法により融点を測定したところ207℃であった。
【0073】
実施例1
上記変性PVA(水溶性熱可塑性PVA:海成分)と、ラクチドを開環重合して得たポリ乳酸(D体1%、数平均分子量90,000、融点172℃、ガラス転移温度61℃:島成分)を、海成分/島成分が25/75(質量比)となるように255℃で溶融複合紡糸用口金(島数:12島/繊維)より海島型断面繊維を吐出した。紡糸速度が4000m/minとなるようにエジェクター圧力を調整し、平均繊度2.0dtexの極細繊維束形成性長繊維をネット上に捕集し、目付32g/m2の長繊維ウェブ(C)を得た。
【0074】
長繊維ウェブ(C)をクロスラッピング法により8枚重ねて、総目付が256g/m2の重ね合わせ長繊維ウェブを作製し、その表面に針折れ防止効果のあるシリコーン系油剤をスプレー法により付与した。次いで、ニードル先端から5mmの位置にバーブが1個ある1バーブのニードルを用い、突刺し深度10mmにて重ね合わせ長繊維ウェブの両面から交互に合計で2400パンチ/cm2のパンチ数でニードルパンチング処理し、重ね合わせ長繊維ウェブを構成する極細繊維束形成性長繊維を厚さ方向に絡合させた。このニードルパンチング処理による面積収縮率は64%であり、ニードルパンチング処理後の絡合ウェブ(D)の目付は395g/m2、湿潤時剥離強力は8.6kg/2.5cmであった。
【0075】
この絡合ウェブ(D)を70℃の熱水中に90秒間浸漬して海成分の一部を溶解させつつ、島成分の応力緩和による面積収縮を生じさせ、ついで95℃の熱水中に水流速度6m/分で10分間浸漬してPVAを溶解除去して、絡合不織布(B)を得た。乾燥後に測定した湿熱処理による面積収縮率は49%であり、目付は600g/m2、見掛け密度は0.54g/cm3であった。また、湿潤時剥離強力は、7.0kg/2.5cm、極細長繊維(A)の平均繊維繊度は0.14dtexであり、バインダーを含有させなくても染色工程に十分耐えうる強度を有していた。
【0076】
絡合不織布(B)を5%owfの分散染料を溶解した115℃の染浴中でグレー色に染色した後、1%の中性界面活性剤存在下、60℃の温水中で水洗、乾燥した。ついで片面をサンドペーパーによるバフィングで起毛した。染色工程および起毛工程における工程通過性の問題(染色時の繊維の素抜けやほつれ、バフィング時の繊維の抜け等)は無く良好であり、染色不織布(B’)の厚さは0.9mm、目付は382g/m2、見掛け密度は0.424g/cm3であった。また、その100g/m2あたりの引裂強力は1.3kg、極細長繊維(A)の平均単繊維繊度は0.14dtexであり、充実感に優れ、繊維素抜けも殆ど無く、発色性も良好な染色不織布(B’)が得られた。
【0077】
上記の染色不織布(B’)に、高分子弾性体(I)としてブチルアクリレートを軟質成分、メチルメタアクリレートを硬質成分とする自己乳化タイプのアクリル系樹脂(損失弾性率のピーク温度が−5℃、130℃での熱水膨潤率が50%)の水分散体を固形分濃度6%に希釈し、高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)の質量比が5:95となるよう含浸した後、140℃で乾燥して本発明の皮革様シートを得た。さらに、得られた皮革様シートの表面をバフィングにより毛羽立て、水洗処理、シール処理を施して、天然皮革様の充実感と優雅な立毛感を有するスエード調皮革様シートを得た。
【0078】
得られたスエード調皮革様シートは、極細長繊維(A)は染色されているものの高分子弾性体(I)は実質的に染色されていないものであった。走査型電子顕微鏡でシートの断面を観察したところ、高分子弾性体(I)は極細長繊維(A)の繊維束内部および繊維束外周に固着していた。該シートの湿摩擦堅牢性は4級であり、インテリアやカーシート用途に適用しうる十分な物性を有していた。さらにこの皮革様シートを土壌に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものは手で簡単に引き裂くことができ、引張り強力は試験前の約62%に低下しており、土壌中での分解が進行していた。また皮革様シートをコンポスト中に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものの形態は崩壊しており、コンポスト中での分解が進行していた。
【0079】
実施例2
実施例1で用いたD体1%のポリ乳酸のかわりにD体2%のポリ乳酸(数平均分子量70,000、融点162℃、ガラス転移温度59℃)を用いたことと、染色後に付与する高分子弾性体(I)として、ポリウレタン系弾性体(ポリテトラメチレングリコールをソフトセグメントとし、水添メチレンジイソシアネートとメチレンジイソシアネートの混合物をイソシアネート成分とする架橋タイプ:損失弾性率のピーク温度が−45℃、130℃での熱水膨潤率が12%)の水分散体を使用し、高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)の質量比が4:96となるよう含浸したこと以外は実施例1と同様にして皮革様シートを得た。得られた皮革様シートは柔らかく充実感があり、またインテリア用として十分な物性を有していた。
【0080】
さらにこの皮革様シートを土壌に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものは手で簡単に引き裂くことができ、引張り強力は試験前の約58%に低下しており、土壌中での分解が進行していた。また皮革様シートをコンポスト中に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものの形態は崩壊しており、コンポスト中での分解が進行していた。
【0081】
比較例1
ニードルパンチ密度を250パンチ/cm2とした以外は実施例1と同様にして絡合ウェブを作成した。絡合ウェブのニードルパンチング時の面積収縮率は20%であり、熱水収縮、抽出後に得られた絡合不織布の湿潤時剥離強力は、3.4kg/2.5cm、極細長繊維の平均繊維繊度は0.14dtexであった。この絡合不織布は、次の染色工程中に大きくタテ伸びし、また染色中の毛羽脱落が多く工程性に問題があった。樹脂を付与して仕上げを行ったスエード調皮革様シートもペーパーライクであり、表面の毛羽感が粗く、高級感に劣るものであった。
【0082】
比較例2
比較例1と同様の方法で湿潤時剥離強力が3.4kg/2.5cmの絡合不織布を作製し、染色前にのみ、実施例1で使用した高分子弾性体を高分子弾性体と絡合不織布の質量比が8:92となるように付与した他は比較例1と同様にしてスエード調皮革様シートを作製した。染色工程でのタテ伸びは防止できたが、高分子弾性体が染色されており、湿摩擦堅牢度が1〜2級と実用に耐えない物性であった。
【0083】
比較例3
比較例2と同様の方法で染色前にのみ高分子弾性体を付与し、分散染料で染色した後、水洗に代えて、アルカリ条件下(水酸化ナトリウム濃度6g/L、二酸化チオ尿素濃度6g/L、界面活性剤濃度1g/Lの水溶液、浴比1:20)で還元、洗浄を2回繰り返し、高分子弾性体中の分散染料を除去した以外は実施例2と同様にしてスエード調皮革様シートを作製した。染色工程でのタテ伸びは防止でき、高分子弾性体からも染料が除かれたが、アルカリ条件下で処理したため、島成分を構成するポリ乳酸繊維が加水分解を受け、充実感が不足し、表面の毛羽感が粗く、しかも簡単に手で引き裂ける、実用強度の弱いものであった。
【0084】
比較例4
熱水処理による面積収縮/極細繊維化処理前に高分子弾性体を付与した以外は比較例1と同様にして絡合不織布を作成した。染色前の絡合不織布は、見掛け密度が0.35g/cm3、湿潤時剥離強力が3.4kg/2.5cmであった。染色中での伸びが大きく、また染色中の毛羽や高分子弾性体の脱落も多く工程性に問題があった。得られたスエード調皮革様シートも充実感が不足し表面の毛羽感が粗く、また、毛羽斑や色斑も目立って、高級感に劣るものであった。
【0085】
比較例5
極細繊維束形成性の長繊維に代えて、従来行われているように、極細繊維束形成性の短繊維を用いてスパンボンド法にてウェブを作成した以外は実施例1と同様にして絡合不織布を作成した。見掛け密度は0.42g/cm3であったが、繊維の素抜けが大きく、湿潤時剥離強力が3.2kg/2.5cmであった。染色中での毛羽落ちが激しく、また絡合不織布が染色中に大きく伸びて破れ、それ以降の処理を行うことができなかった。
【0086】
実施例3
高分子弾性体(I)を(メタ)アクリル酸誘導体−アクリロニトリル系共重合体の水性分散体((損失弾性率のピーク温度が−8℃、130℃での熱水膨潤率が35%)に変更し、該水性分散体に水溶性ポリウレタン系会合型増粘剤を固形分換算で5部添加して合計固形分濃度を15%とし、さらに、高分子弾性体(I)と極細長繊維(A)の質量比が14:86となるよう付与した以外は実施例1と同様にして皮革様シートを得た。得られた立毛長は実施例1に比べ短く、ヌバック調皮革様シートとして天然皮革様の充実感と優雅な立毛感を有していた。また、極細長繊維(A)は染色されていたが高分子弾性体(I)は実質的に染色されていなかった。走査型電子顕微鏡でシートの断面を観察したところ、高分子弾性体(I)は極細長繊維(A)の繊維束内部および繊維束外周部分に固着していた。該シートの表面摩耗減量は35mg、湿摩擦堅牢性は4級であり、インテリアやカーシートおよび靴用途に適用しうる十分な物性を有していた。
【0087】
さらにこの皮革様シートを土壌に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものには表面に亀裂が生じており、引張り強力は試験前の約60%に低下しており、土壌中での分解が進行していた。また皮革様シートをコンポスト中に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものの形態は崩壊しており、コンポスト中での分解が進行していた。
【0088】
実施例4
実施例3で得られたヌバック調皮革様シートの表面に、グレー水分散顔料を含有した固形分濃度10%のポリウレタン水分散液を200メッシュのグラビア機で固形分塗布量15g/m2となるように塗布した。乾燥固化させた後、165℃のエンボスロールでエンボス処理して、グレー色の半銀付調皮革様シートを得た。得られた半銀付調皮革様シートは、表皮層(銀面部分)と立毛部分の比率が約50/50で立毛繊維と表皮層が混在しており、天然皮革調の外観および表面タッチを有し、風合いに優れたものであった。湿摩擦堅牢性が3−4級、表面磨耗減量が10mgと良好で、インテリアやカーシートおよび靴用途に適用しうる十分な物性を有していた。さらにこの皮革様シートを土壌に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものは表面に亀裂が生じており、引張り強力は試験前の約65%に低下しており、土壌中での分解が進行していた。
【0089】
実施例5
実施例1で得られたバフィング処理した染色不織布(B’)の表面を温度165℃で平滑処理し、グレー水分散顔料を含有した固形分濃度10%のポリウレタン水分散液を絞り率80%で含浸し、乾燥固化させた。更に170℃のエンボスロールで毛シボ柄にエンボス処理して、グレー色の半銀付調皮革様シートを得た。得られた半銀付調皮革様シートは、表皮層(銀面部分)と立毛部分の比率が約40/60で立毛繊維と表皮層が混在しており、天然皮革調の外観および表面タッチを有し、風合いに優れたものであった。湿摩擦堅牢性が3〜4級、表面磨耗減量が10mgと良好で、インテリアやカーシートおよび靴用途に適用しうる十分な物性を有していた。さらにこの皮革様シートを土壌に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものは表面の銀面に亀裂が生じており、引張り強力は試験前の約58%に低下しており、土壌中での分解が進行していた。
【0090】
実施例6
実施例1で使用したものと同じ極細繊維束形成性長繊維からなる75dtex―24フィラメント(撚数600T/m)を用いて目付100g/m2の織物を作製した。この織物上に長繊維ウェブ(C)を戴置し、その後ニードルパンチング処理した以外は実施例1と同様にしてスエード調皮革様シートを得た。工程性は問題無く良好で絡合不織布(B)は、厚さ1.1mm、目付は590g/m2、湿潤時剥離強力が6.3kg/2.5cmであった。得られたスエード調皮革様シートは、表面摩耗減量が20mg、湿摩擦堅牢性が4〜5級で、充実感に優れ、繊維素抜けも殆ど無く、発色性も良好であった。さらにこの皮革様シートを土壌に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べた。1年後に取り出したものの引張り強力は試験前の約64%に低下しており、土壌中での分解が進行していた。
【0091】
比較例6
ポリ乳酸の代りにナイロン6(宇部興産:UBEナイロン1011)を用いて280℃で紡糸したこと以外は実施例1と同様にして皮革様シートを得た。得られた皮革様シートを土壌中およびコンポスト中に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べたが、形態、引張り強力ともに殆ど変化が認められなかった。
【0092】
比較例7
ポリ乳酸の代りにポリエチレンテレフタレート(クラレ:クラペットSV845)を用いて290℃で紡糸したこと以外は実施例1と同様にして皮革様シートを得た。得られた皮革様シートを土壌中およびコンポスト中に埋設し、1ヶ月後、半年後、1年後に取り出して形態と引張り強力を調べたが、形態、引張り強力ともに殆ど変化が認められなかった。
【0093】
比較例8
自己乳化タイプのアクリル系樹脂(高分子弾性体(I))に代えてメチルアクリレート成分とn−ブチルメタアクリレート成分(質量比50:50)を主成分とするアニオン系アクリル系重合体(損失弾性率のピーク温度が+15℃、130℃での熱水膨潤率が28%)の水分散体を固形分濃度6%に希釈し、該アニオン系アクリル系重合体と極細長繊維(A)の質量比が5:95となるよう含浸したこと以外は実施例1と同様にして皮革様シートを得た。得られた皮革様シートの表面をバフィングにより毛羽立て、水洗処理、シール処理を施して、スエード調皮革様シートを得た。
【0094】
得られたスエード調皮革様シートは、外観こそスェード調に仕上がったが、風合いが硬く、インテリアやカーシート用途に適さないものであった。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明によれば、分散染料で染色された生分解性極細長繊維の不織布からなる地球環境保全に配慮した皮革様シートを得ることができる。染色後に特定の物性を有する高分子弾性体を付与することにより、天然皮革調の充実感、柔軟性と十分な実用強度を有しながら、重金属を含有せず、土壌中での埋設廃棄時に生分解し、また、燃焼時に発生する有毒ガス量が少ないことを特徴とする皮革様シートが得られる。これら皮革様シートは、天然皮革調の緻密性と充実感のある風合いを有し、表面物性、堅牢性、柔軟特性および審美性に優れているので、靴、ボール類、家具、乗物用座席、衣料、手袋、野球用グローブ、鞄、ベルト、バッグなどの皮革様製品の素材として好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊度0.001〜2dtexの極細長繊維(A)を複数本含む繊維束が3次元的に交絡した絡合不織布(B)とその内部に含有された高分子弾性体(I)からなる皮革様シー
トであって、下記(1)〜(4)の各要件を同時に満足することを特徴とする皮革様シート。
(1)極細長繊維(A)が生分解性プラスチックからなること、
(2)極細長繊維(A)が分散染料で染色されていること、
(3)高分子弾性体(I)の損失弾性率のピーク温度が0℃以下であって、130℃での
熱水膨潤率が10%以上であること、および
(4)高分子弾性体(I)が極細長繊維(A)に固着した状態で存在し、高分子弾性体(
I)と極細長繊維(A)の質量比が0.05:99.95〜30:70であること。
【請求項2】
前記極細長繊維(A)が、海成分が水溶性熱可塑性ポリビニルアルコールであり、島成分が前記生分解性プラスチックである海島型断面長繊維から該海成分を除去して得られる請求項1記載の皮革様シート。
【請求項3】
前記絡合不織布(B)の湿潤時剥離強力が4kg/25mm以上である請求項1または2に記載の皮革様シート。
【請求項4】
下記(1)〜(5)の工程を順次行うことを特徴とする皮革様シートの製造方法。
(1)島成分が生分解性プラスチックである海島型断面長繊維を用いて、極細繊維束形成性長繊維からなる長繊維ウェブ(C)を製造する工程、
(2)前記長繊維ウェブ(C)に絡合処理を施し、絡合ウェブ(D)を製造する工程、
(3)前記絡合ウェブ(D)中の極細繊維束形成性長繊維から海成分を除去して、平均単繊度0.001〜2dtexの極細長繊維(A)を複数本含む繊維束を形成し、湿潤時剥離強力が4kg/25mm以上である絡合不織布(B)を製造する工程、
(4)前記絡合不織布(B)を分散染料で染色する工程、および
(5)高分子弾性体(I)と前記極細長繊維(A)の質量比が0.05:99.95〜3
0:70となるように、前記絡合不織布(B)に前記高分子弾性体(I)を付与して固着
させる工程。
【請求項5】
前記工程(3)において、極細長繊維(A)を複数本含む繊維束を形成すると同時に、面積収縮率が30%以上になるように収縮処理を行う請求項4記載の皮革様シートの製造方法。
【請求項6】
前記収縮処理後に、極細繊維束形成性長繊維からの海成分の除去率が95質量%以上となるように、高温の水流を用いて水流抽出処理を行う請求項5記載の皮革様シートの製造方法。

【公開番号】特開2008−25041(P2008−25041A)
【公開日】平成20年2月7日(2008.2.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−196733(P2006−196733)
【出願日】平成18年7月19日(2006.7.19)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】