説明

植物系バイオマスの熱分解方法

【課題】植物系バイオマスから有用な有機化合物を取り出すための簡便な方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明により、バイオマスを第1の加熱温度で加熱する第1加熱工程と、第1加熱工程で得られたガス化物またはバイオマス残渣のいずれかを、第1の加熱温度よりも高い第2の加熱温度で加熱する第2加熱工程を含む、植物系バイオマスを熱分解する方法が提供される。本発明の方法によれば、植物系バイオマスからフェノール類などの有用な有機化合物を加熱処理のみによって取り出すことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は植物系バイオマスを熱分解することにより有用な有機化合物を得るための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物系バイオマスを熱分解すると、植物系バイオマスに含まれるセルロース、ヘミセルロース、リグニンおよび油脂などに由来する分解物が多く生成する。この熱分解物の中にはフェノールなどの有用な有機化合物が含まれる一方、それ以外の有用性に乏しい物質も多く含まれる。そのような雑多な混合物から特定の化合物のみを抽出するにはかなりの労力が必要となり工業的応用には適していない。このような問題を解決するために、例えば植物系バイオマス原料を前処理することによりセルロースのみを取り出して熱分解することも考えられるが、その前処理自体にも労力がかかり、やはり工業的応用には適していない。
【0003】
非特許文献1には、ブナ木材を600〜900Kで熱分解した際に生じる化合物について記載されており、熱分解温度の違いによって得られる化合物が異なることなどが開示されている。特許文献1には、植物系バイオマスから得られる熱分解油から分離、濃縮、水素化などの工程を経て有用な化合物を取り出す工程が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2009−536237号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ind. Eng.Chem. Res., 2003, vol. 42, pp. 3190-3202
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
植物系バイオマスの熱分解物には有用な有機化合物が多く含まれているにもかかわらず、そこから所望の化合物を取り出すのに簡便かつ有効な方法は知られていない。植物系バイオマスの有効利用を図るため、植物系バイオマスから所望の有機化合物を取り出すことを可能する、工業的応用に適した簡便な方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、検討の結果、少なくとも2段階の加熱工程により植物系バイオマスを熱分解することにより、加熱処理のみで植物系バイオマスに含まれるリグニンやヘミセルロースなどの各成分のそれぞれに由来する一群の化合物あるいは特定の化合物を分けて取り出すことが可能であることを見出した。本発明の要旨は以下のとおりである。
【0008】
(1)植物系バイオマスを熱分解することにより有用な有機化合物を得る方法であって、
バイオマスを第1の加熱温度で加熱する第1加熱工程と、
第1加熱工程で得られたガス化物またはバイオマス残渣のいずれかを、第1の加熱温度よりも高い第2の加熱温度で加熱する第2加熱工程
を含む、前記方法。
【0009】
(2)第1加熱工程で植物系バイオマスを400℃以下の第1の加熱温度で加熱し、第2加熱工程でバイオマス残渣を500℃以上の第2の加熱温度で加熱してリグニン由来分解物を得る、(1)に記載の方法。
【0010】
(3)第2加熱工程で、第1加熱工程で得られたバイオマス残渣を加熱し、さらに生じたバイオマス残渣を第2の加熱温度よりも高い第3の加熱温度で加熱する第3加熱工程をさらに含む、(1)または(2)に記載の方法。
【0011】
(4)第1の加熱温度が400℃以下、第2の加熱温度が500〜600℃の範囲であり、第3加熱工程でバイオマス残渣を600℃以上の第3の加熱温度で加熱してリグニン由来分解物を得る、(3)に記載の方法。
【0012】
(5)リグニン由来分解物が少なくともフェノールまたはクレゾールを含む、(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)第1加熱工程でバイオマスを280〜320℃の範囲の第1の加熱温度で加熱し、第1加熱工程で得られたガス化物を600〜800℃の範囲の第2の加熱温度で加熱してヘミセルロース由来の分解物を得る、(1)〜(5)のいずれかに記載の方法。
(7)ヘミセルロース由来の分解物が少なくともフランを含む、(6)に記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、加熱処理のみにより植物系バイオマスに含まれるリグニンやヘミセルロースなどの各成分のそれぞれに由来する一群または特定の化合物を分けて取り出すことが可能となる。従って、本発明によれば、植物系バイオマスから有用な化合物をある程度の純度で取り出すことができ、石油などを利用せずにフェノール類などの有機化合物を調製することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の方法の概要を示すフローチャートである。
【図2】スギを500℃で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【図3】50℃/分で昇温し、370℃でホールドした際のスギ試料の重量減少率の推移を示すチャートである。
【図4】スギを370℃→500℃の2段階の温度で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【図5】ヒノキを500℃で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【図6】ヒノキを370℃→500℃の2段階の温度で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【図7】ヒノキを270℃または330℃で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【図8】実施例2−2で使用した2つの加熱ゾーンを有する装置の概略図である。
【図9】ヒノキを300℃で熱分解し、生成したガス化物を600〜800℃で再加熱して得られた分解物をGPC分析した結果得られたチャートである。
【図10】ユーカリを370℃→500℃→600℃の3段階の温度で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【図11】パーム核殻を500℃→600℃の2段階の温度で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【図12】パーム核殻を350℃→500℃→600℃の3段階の温度で熱分解した際に生じた揮発成分のGC/MS測定により得られたチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は本発明の概略を示したフローチャートである。本発明の方法をこのフローチャートに沿って説明する。
【0016】
本発明の方法は、植物系バイオマスを第1の加熱温度で加熱する第1加熱工程(A)と、第1加熱工程で得られたガス化物(a1)またはバイオマス残渣(a2)のいずれかを第1の加熱温度よりも高い第2の加熱温度で加熱する第2加熱工程(BまたはC)を含む。また、本発明の方法は、第1加熱工程で得られたバイオマス残渣(a2)を加熱する第2加熱工程(C)において生じたバイオマス残渣(c2)を、第2の加熱温度よりも高い第3の加熱温度で加熱する第3加熱工程(D)を含んでいてもよい。
【0017】
本明細書において「植物系バイオマス」とは、セルロース、ヘミセルロース、リグニンなどを含む植物由来原料を意味し、木質系バイオマスおよび草本系バイオマスの双方がこれに含まれる。木質系バイオマスには、スギ、ヒノキ、マツ、クヌギ、サクラ、タモ、ケヤキ、ブナ、ナラ、カエデ、イチョウ、キリ、カシ、クリ、ユーカリ、チーク、マホガニー、ヒバ、ポプラ、アカシア、モミ、カバ、ワラン、ウォールナット、サワラ、カヤ、イチイ、オーク、カツラ、モミ、ヤトロファなどの日本国産材、北米材、ロシア材(北洋材)、南洋材、アフリカ材、南米材、オセアニア材、中国材、欧州材を例とする木質化した幹組織を有する植物に由来する材料が含まれる。草本系バイオマスには、イネ、ムギ、サトウキビ、トウモロコシ、アブラナ、ダイズ、ヤシ、ヨシ、ササ、タケ、テンサイ、イモ類、マメ科植物、藻類などの木質化した幹組織を有しない植物に由来する材料が含まれる。当然ながら、上記の木質系バイオマスおよび草本系バイオマスの残渣、例えばバガス(サトウキビの搾りかす)やダイズ、アブラナ、パームヤシなどの搾油後の残渣なども植物系バイオマスに含まれる。本発明の方法で用いる植物系バイオマスとしては、リグニンを多く含む木質系バイオマスが、後述するフェノール類を多く製造するためにはより好ましい。
【0018】
本発明の方法において「有用な有機化合物」とは、化学工業における原料として、あるいはエンジンや燃料電池用の燃料などとして有用な有機化合物を意味する。有用な有機化合物の具体例としては、1価フェノール類、2価フェノール類、3価フェノール類、フラン類、レボグルコサン、セロビオースなどが挙げられる。植物系バイオマスの熱分解により得られる有用な有機化合物としては、特にフェノール、クレゾールおよびフランを挙げることができる。
【0019】
本発明の方法における各加熱工程(A〜D)では、加熱に供される原料(バイオマス、ガス化物またはバイオマス残渣)を熱分解する。従って、加水分解反応を極力少なくし、熱分解反応を進行させるために、加熱を行う際には系中に過剰な水が存在しない方がよい。各加熱工程は、例えば不活性ガスの存在下、原料に元来含まれている以外の水分が存在しない状態で行うのが好ましい。必要に応じて、原料を加熱工程に供する前に乾燥させ、予め水分を除去してもよい。
【0020】
本発明の方法は、各加熱工程(A〜D)の後に、熱分解により生じたガス化物と、ガス化せずに残った残渣とを分離することを含む。分離は当業者に知られた通常の方法、例えば加熱を行う炉の排気系に凝縮器を設けて排気に含まれるガス化物を液化させて回収し、加熱後に炉に残った残渣を別途回収することにより行われる。
【0021】
第1加熱工程(A)では、植物系バイオマスを400℃以下、特に380℃以下の温度で加熱することが好ましい。これは、植物系バイオマスに含まれる成分のうちセルロースおよびヘミセルロースは比較的低い温度でも熱分解を起こすという知見に基づく。そのような温度であれば、植物系バイオマスを構成する成分のうち、リグニンは殆ど分解せず、セルロースおよびヘミセルロースのみが熱分解してガス化物(a1)へと変化する。ただし、温度が低すぎると熱分解が進行しないため、植物系バイオマスの加熱は275℃以上、特に280℃以上の温度で行うことが好ましい。
【0022】
第1加熱工程(A)における最適な加熱温度(第1の加熱温度)は、植物系バイオマスの種類によって異なるが、通常400℃以下の範囲である。例えば植物系バイオマスがスギまたはヒノキなどの木質系バイオマスに由来するものである場合、第1の加熱温度は380℃以下、特に375℃以下、とりわけ370℃以下の温度が好ましい。また、ヘミセルロース由来のガス化物を主として得ることを目的とするのであれば、セルロースと比べてヘミセルロースはより低い温度で熱分解し始めるため、第1の加熱温度は例えば275〜325℃、特に280〜320℃の範囲とするのが好ましい。
【0023】
第2加熱工程(BまたはC)では、第1加熱工程で生じたガス化物(a1)またはバイオマス残渣(a2)のいずれかを、第1の加熱温度よりも高い第2の加熱温度で加熱する。ここで、バイオマス残渣とは、加熱に供した材料から熱分解により生じたガス化物が離脱した後の残渣物を意味する。第2の加熱温度は、例えば450℃以上、特に500℃以上の温度に設定することが好ましい。
【0024】
第1加熱工程(A)で植物系バイオマスを400℃以下の第1の加熱温度で加熱し、第2加熱工程(C)でバイオマス残渣(a2)を500℃以上の第2の加熱温度で加熱すると、ガス化物(c1)としてリグニン由来分解物が得られる。リグニン由来分解物には、フェノール、クレゾール、グアヤコール、ヒドロキシメトキシトルエン、ヒドロキシメトキシエチルベンゼン、ヒドロキシメトキシビニルベンゼン、ヒドロキシメトキシプロピルベンゼン、ジメトキシフェノール、ヒドロキシジメトキシトルエン、ヒドロキシジメトキシエチルベンゼン、ヒドロキシジメトキシプロピルベンゼン、ピロカテコール、ベンゾフラン、ジベンゾフラン、バニリンなどのフェノール類が含まれる。これらのフェノール類のうち、フェノールおよびクレゾールは工業上特に重要な化合物である。ここで得られるリグニン由来分解物には、少なくともフェノールまたはクレゾールが含まれる。ここで得られるリグニン由来分解物におけるフェノールおよび/またはクレゾールの含有量は、得られたガス化物(c1)を凝集させた後の全体の重量に対して20重量%以上であることが好ましい。より好ましくは、ここで得られるリグニン由来分解物は実質的にフェノールおよび/またはクレゾールからなる。ここで「実質的に−からなる」とは、対象に含まれる目的物以外の不純物が5重量%未満、特に3重量%未満、とりわけ1重量%未満であることを意味する。
【0025】
第2加熱工程(C)でバイオマス残渣(a2)を加熱し、ガス化物(c1)が離脱した後にさらに生じたバイオマス残渣(c2)は、第3加熱工程(D)に供してもよい。第3加熱工程(D)では、第2加熱工程(C)における第2の加熱温度よりも高い第3の加熱温度で加熱する。第3の加熱温度は、例えば550℃以上、特に600℃以上の温度に設定することが好ましい。ただし、あまりに温度を高くするとバイオマス残渣(a2)が炭化してしまうため、第3の加熱温度は650℃以下にすることが好ましい。
【0026】
第1加熱工程(A)で植物系バイオマスを400℃以下(より好ましくは380℃以下、特に370℃以下)の第1の加熱温度で加熱し、第2加熱工程(C)でバイオマス残渣(a2)を500〜600℃の範囲(より好ましくは500〜550℃の範囲)の第2の加熱温度で加熱し、さらに第3加熱工程(D)で600℃以上(より好ましくは620℃以上)の第3の加熱温度でバイオマス残渣(c2)を加熱することにより、分解されず残っていたリグニンが熱分解され、ガス化物(d1)としてリグニン由来分解物が得られる。ここで得られるリグニン由来分解物は上記と同様であり、少なくともフェノールまたはクレゾールが含まれる。ここで得られるリグニン由来分解物におけるフェノールおよび/またはクレゾールの含有量は、得られたガス化物(d1)を凝集させた後の全体の重量に対して50重量%以上であることが好ましい。より好ましくは、ここで得られるリグニン由来分解物は実質的にフェノールおよび/またはクレゾールからなる。第3加熱工程(D)で生じるバイオマス残渣(d2)は、もはや有用な化合物は含んでいないため、通常は熱源原料として利用される。
【0027】
第1加熱工程(A)で植物系バイオマスを280〜320℃の範囲(より好ましくは300〜320℃の範囲)の第1の加熱温度で加熱し、第2加熱工程(B)でガス化物(a1)を600〜800℃の範囲(より好ましくは630〜660℃の範囲)の第2の加熱温度で加熱することにより、生成物(b1)としてヘミセルロース由来分解物が得られる。ヘミセルロース由来分解物には、フラン、フルフラールなどのフラン類が含まれる。ここで得られるヘミセルロース由来分解物には、少なくともフランが含まれる。ここで得られるヘミセルロース由来分解物におけるフランの含有量は、得られた生成物(b1)を凝集させた後の全体の重量に対して30重量%以上であることが好ましい。より好ましくは、ここで得られるヘミセルロース由来分解物は実質的にフランのみからなる。
【0028】
なお、フランをより高純度で得ることを目的とするならば、第2の加熱温度は700℃以上、特に750℃以上の温度とすることが好ましい。この場合、得られるヘミセルロース由来分解物におけるフランの含有量は、得られた生成物(b1)を凝集させた後の全体の重量に対して50重量%以上であることが好ましい。また、純度の面ではやや劣っても、フランを高収率で得ることを目的とするならば、第2の加熱温度は630〜660℃の範囲、特に640〜660℃の範囲の温度とすることが好ましい。
【0029】
ヘミセルロース由来分解物に加えてセルロース由来分解物も得るのであれば、第1加熱工程(A)における第1の加熱温度を320℃以上、例えば320〜400℃の範囲(より好ましくは350〜380℃の範囲)の温度としてもよい。セルロース由来分解物には、ヒドロキシメチルフルフラール、レボグルコサン、セロビオースなどが含まれる。
【0030】
上述した各手順、すなわち
(i)植物系バイオマスから第1加熱工程(A)を経てバイオマス残渣(a2)を得て、それを第2加熱工程(C)に付してガス化物(c1)を得る手順、
(ii)植物系バイオマスから第1加熱工程(A)を経てバイオマス残渣(a2)を得て、それを第2加熱工程(C)に付してさらに生じたバイオマス残渣(c2)を第3加熱工程(D)に付してガス化物(d1)を得る手順、および
(iii)植物系バイオマスから第1加熱工程(A)を経てガス化物(a1)を得て、それを第2加熱工程(B)に付して生成物(b1)を得る手順
は、全てを並行して行ってもよく、あるいは1つまたは2つの特定の手順のみを行ってもよい。
【0031】
各手順の全てを並行して行うとは、第1加熱工程(A)で生じたガス化物(a1)を上記(iii)の手順に利用する一方、バイオマス残渣(a2)を上記(i)の手順に利用し、さらに生じたバイオマス残渣(c2)も上記(ii)の手順に利用することを意味する。各手順の全てを並行して行うことにより、バイオマスに含まれる有用な有機化合物を無駄なく取り出すことができる。
【0032】
一方、各手順のうち1つの手順のみを行うとは、例えば上記(i)の手順のみ行い、第1加熱工程(A)で生じたガス化物(a1)および第2加熱工程(C)で生じたバイオマス残渣(c2)にはそれ以上の処理を行わず、雑多な混合物のまま燃料などとして利用するか廃棄処分することを意味する。同様に、2つの手順のみを行うとは、例えば上記(i)と(iii)の手順のみを行い、第2加熱工程(C)で生じたバイオマス残渣(c2)にはそれ以上の処理を行わないことを意味する。特定の手順のみを行うことにより、所望の有機化合物(例えばフェノールやクレゾール)が優れた純度で、および/または最大の収率で得られる条件(加熱温度など)を選択することが可能となる。
【0033】
各手順で得られる生成物(b1、c1、d1)は、必要に応じてさらに精製してもよい。本発明の方法によれば、これらの生成物に含まれる化合物は、単に植物系バイオマスを1段階で熱分解した際に得られる熱分解物と比較して種類がかなり少ないため、精製には特に困難を伴わない。精製は従来知られた方法、例えば蒸留などにより行うことができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0035】
1−1.スギの熱分解揮発成分の分析(500℃)
スギを500℃で熱分解し、生じた揮発成分のGC/MS測定を行った。使用した測定装置は以下のとおりである。
パイロライザー:PY−2020iD(フロンティアラボ製)
GC/MS :GCMS−QP2010(島津製作所製)
カラム :DB−17(アジレント・テクノロジー製)
【0036】
500℃に設定したパイロライザーの加熱炉(ヘリウム雰囲気)にスギ試料を5分間入れ、生成した揮発成分をGC/MSにて測定した(熱分解開始後1.5分〜30分)。測定により得られたチャートを図2に示す。図中に示したように、500℃での熱分解により得られた揮発成分には、セルロース、ヘミセルロースおよびリグニンのそれぞれに由来する分解物が多数含まれていた。
【0037】
なお、今回使用した装置および測定条件を用いたGC/MS測定における主な化合物の保持時間(Retention Time)は下記の表1のとおりである(以降のGC/MS測定において同様)。
【0038】
【表1】

【0039】
1−2.スギの熱分解挙動の分析(370℃)
スギの熱分解挙動を分析するために熱重量測定(TG測定)を行った。50℃/分で昇温し、370℃でホールドした際のスギ試料の重量減少率の推移を図3に示す。スギ試料の重量は約280℃付近から減少を開始し、370℃に到達したのち約2分程度で減少速度が低下し、この時点で残渣重量は当初重量の3割程度であった。このことから、スギ試料の熱分解では約5分間で揮発成分が殆ど抜けることがわかった。
【0040】
1−3.スギの熱分解揮発成分の分析(370℃→500℃)
スギの熱分解を2段階の温度で行い、生じた揮発成分のGC/MS測定を行った。使用した測定装置は上記1−1と同じである。370℃に設定したパイロライザーの加熱炉(ヘリウム雰囲気)にスギ試料を5分間入れた。その後、スギ試料を一旦加熱炉より引き上げて室温に戻した。加熱炉を500℃にセットし、試料を再び加熱炉に入れ、5分間保持した。それぞれの温度で生じた揮発成分をGC/MSで測定した。得られたチャートを図4に示す。370℃で揮発した成分にはヘミセルロース由来およびセルロース由来の分解物が多く含まれていた。一方、500℃で揮発した成分にはリグニン由来の分解物(フェノール類)が多く含まれていた。図4のチャートを図2のチャートと比較すると、直接500℃に加熱した場合と比較して、370℃で保持した後500℃で加熱した場合では、ヘミセルロース由来およびセルロース由来の分解物が減少しているのがわかる(図4中、破線で囲んだ領域AおよびBを参照)。
【0041】
1−4.ヒノキの熱分解揮発成分の分析(500℃)
試料をヒノキに変えた以外は上記1−1と同様にして、生成した揮発成分をGC/MSにて測定した。測定により得られたチャートを図5に示す。スギ試料と同様に、セルロース、ヘミセルロースおよびリグニンのそれぞれに由来する分解物が多数含まれていた。
【0042】
1−5.ヒノキの熱分解挙動の分析(370℃→500℃)
試料をヒノキに変えた以外は上記1−3と同様にしてGC/MS測定を行った。370℃と500℃のそれぞれの温度で生じた揮発成分をGC/MSで測定し得られたチャートを図6に示す。スギ試料と同様に、370℃で揮発した成分にはヘミセルロース由来およびセルロース由来の分解物が多く含まれていた。一方、500℃で揮発した成分にはリグニン由来の分解物(フェノール類)が多く含まれていた。図6のチャートを図5のチャートと比較すると、直接500℃に加熱した場合と比較して、370℃で保持した後500℃で加熱した場合では、ヘミセルロース由来およびセルロース由来の分解物が減少しているのがわかる(図6中、破線で囲んだ領域AおよびBを参照)。
【0043】
2−1.ヒノキの熱分解試験(270℃、330℃)
ヒノキを270℃または330℃で熱分解し、生じた揮発成分のGC/MS測定を行った。測定条件等は上記1−1と同様とした。測定により得られたチャートを図7に示す。270℃では温度が低すぎるため熱分解物のピークは観測されなかった。一方、330℃ではヘミセルロース由来の熱分解物のみならず、セルロース由来のヒドロキシメチルフルフラールまで生成していることがわかった。ヘミセルロース由来の熱分解物を得る温度域としては280〜320℃が好適であることがわかった。
【0044】
2−2.ヒノキの熱分解によるガス化物の再加熱(300℃→600〜800℃)
2つの加熱ゾーンを有する管状炉(図8参照)の前段部にヒノキ試料(約0.1g)をセットし、300℃、ヘリウム雰囲気下で加熱した際に生成したガス化物を、後段部の加熱部(二次分解反応炉)で更に加熱(600℃、650℃、670℃または800℃)して熱分解させ、得られた分解物をGPCにより分析した。GPC分析により得られたチャートを図9に示す。チャート中の「300−600」の表示は、前段部の加熱を300℃で行い、後段部の加熱を600℃で行った場合のチャートであることを意味する(他についても同様)。チャート中、フランおよび水に対応するピークは、それぞれ、「300−800」のチャートにおいて矢印で示した位置に出現している。フラン量論生成量に対する回収率は下記表2のとおりであった。
【0045】
【表2】

【0046】
フランは二次分解温度が600℃の場合でも生成しており、二次分解温度を650℃とした時に生成量がピークとなっていた。また、二次分解温度を800℃とした時、分解物を凝集させることにより得られた生成物にはフランと水のみが含まれていた。このことから、フラン回収率に最も優れた二次分解温度は650℃であり、フランの選択的回収に最も優れた二次分解温度は800℃であることがわかった。
【0047】
3−1.ユーカリの熱分解揮発成分の分析(370℃→500℃→600℃)
ユーカリの熱分解を3段階の温度で行い、生じた揮発成分のGC/MS測定を行った。使用した測定装置は上記1−1と同じである。370℃に設定したパイロライザーの加熱炉(ヘリウム雰囲気)にユーカリ試料を5分間入れた。その後、ユーカリ試料を一旦加熱炉より引き上げて室温に戻した。加熱炉を500℃にセットし、試料を再び加熱炉に入れて5分間保持した。同様に、ユーカリ試料を一旦引き上げた後、加熱炉を600℃にセットし、試料を再び加熱炉に入れて5分間保持した。それぞれの温度で生じた揮発成分をGC/MSで測定した。得られたチャートを図10に示す。370℃→500℃→600℃と3段階の温度で熱分解した場合、600℃ではフェノールおよびクレゾールを主成分とする熱分解物が生成することがわかった。
【0048】
3−2.パーム核殻の熱分解揮発成分の分析(500℃→600℃/350℃→500℃→600℃)
パーム核殻の熱分解を2段階の温度(500℃→600℃)または3段階の温度(350℃→500℃→600℃)で行い、生じた揮発成分のGC/MS測定を行った。使用した測定装置は上記1−1と同じである。2段階または3段階の温度による熱分解の手順は上記1−3および3−1と同様である。得られたチャートを図11および図12にそれぞれ示す。500℃→600℃の2段階で熱分解を行い、低温での熱分解工程を経なかった場合、600℃での熱分解でフェノールおよびクレゾールのピークが殆ど観測されなかった。一方、比較的低温である350℃での熱分解を含む350℃→500℃→600℃の3段階で熱分解を行った場合では、600℃での熱分解でフェノールおよびクレゾールのピークが観測された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物系バイオマスを熱分解することにより有用な有機化合物を得る方法であって、
バイオマスを第1の加熱温度で加熱する第1加熱工程と、
第1加熱工程で得られたガス化物またはバイオマス残渣のいずれかを、第1の加熱温度よりも高い第2の加熱温度で加熱する第2加熱工程
を含む、前記方法。
【請求項2】
第1加熱工程で植物系バイオマスを400℃以下の第1の加熱温度で加熱し、第2加熱工程でバイオマス残渣を500℃以上の第2の加熱温度で加熱してリグニン由来分解物を得る、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
第2加熱工程で、第1加熱工程で得られたバイオマス残渣を加熱し、さらに生じたバイオマス残渣を第2の加熱温度よりも高い第3の加熱温度で加熱する第3加熱工程をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
第1の加熱温度が400℃以下、第2の加熱温度が500〜600℃の範囲であり、第3加熱工程でバイオマス残渣を600℃以上の第3の加熱温度で加熱してリグニン由来分解物を得る、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
リグニン由来分解物が少なくともフェノールまたはクレゾールを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
第1加熱工程でバイオマスを280〜320℃の範囲の第1の加熱温度で加熱し、第1加熱工程で得られたガス化物を600〜800℃の範囲の第2の加熱温度で加熱してヘミセルロース由来の分解物を得る、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ヘミセルロース由来の分解物が少なくともフランを含む、請求項6に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−140346(P2012−140346A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−292630(P2010−292630)
【出願日】平成22年12月28日(2010.12.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】