説明

検体の蛍光発生物質で標識された構造の空間的に高解像度の調査方法

【課題】検体の蛍光発生物質で標識された構造の空間的に高解像度の調査方法を提供する。
【解決手段】蛍光発生物質が少なくとも1つの光学的特性に関して互いに異なる第1状態から第2状態に繰り返し転換されることができ、最初に、検出される検体領域内の物質を第1状態にするステップと、光学信号によって、検出される検体領域内の空間的に区切られた小領域を制御される様式で遮って第2状態を誘発するステップとを包含し、蛍光発生物質を包含するリガンド複合体(1)が細胞中の酵素反応を通じて酵素(4)に結合し、酵素(4)が調査する標的タンパク質(5)と一緒になって融合タンパク質(6)として発現するという事実により、生細胞中のタンパク質、すなわち標的タンパク質(5)が蛍光発生物質で標識された構造物として使用されることで特徴づけられる、検体の蛍光発生物質で標識された構造を空間的に高解像度で調査する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光発生物質が少なくとも1つの光学的特性に関して互いに異なる第1状態から第2状態に繰り返し転換されることができ、最初に、検出される検体領域内の物質を第1状態にするステップと、光学信号によって、検出される検体領域内の空間的に区切られた小領域を制御される様式で遮って第2状態を誘発するステップとを包含する、検体の蛍光発生物質で標識された構造を空間的に高解像度で調査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明は、蛍光発生物質が第1状態から第2の蛍光発生状態に転換されることができ、わずかな百分率の蛍光性分子が第2状態に移行するように、検体を事前に定められる少量の励起光で照射するステップと、第2状態にある個々の励起した蛍光性分子の自発的崩壊に起因する放射光を検出装置によって検出し、放射光の中心点が適切な統計学的方法を用いて各前記蛍光性分子について計算するステップと、第2状態にある蛍光性分子が第1状態に戻りおよび/または退色するステップと、各例の蛍光性分子の異なるサブセットのために、第2状態にある全分子の照射、検出、中心点計算、および第1状態への復帰および/または退色のステップが多数回繰り返されるステップと、このようにして作製された個々の画像から全体的画像が作製されるステップとによって、構造の空間的に高解像度の画像が作製される、検体の蛍光発生物質で標識された構造の空間的に高解像度の調査のための方法にさらに関する。
【0003】
本願明細書で考察されるような方法は、以前から実用的な使用から知られている。あくまでも例示としてこの時点で言及されてもよい鏡検方法としては、STED(誘導放出減損)、RESOLFT(可逆的飽和性光学蛍光遷移)、GSD(基底状態減損)、蛍光アップコンバージョン、およびPALM(光活性化局在性鏡検法)が挙げられる。これらの画像形成光学法により、アッベの法則に従って使用される照射光波長の関数としての回析制限により定まる理論的な制限を超えて、空間解像度を達成することが可能である。
【0004】
STED鏡検法のコンテクストでは、光によって励起状態にすることができ、この励起状態から急激に脱励起できる物質が、調査される検体中で利用できる。STED鏡検で使用されるこの種の主要物質は蛍光染料である。一般に物質は、最初に例えば緑色レーザーパルスなどの短波長光によって励起状態に転換される。次に長波長(例えば赤色)レーザーパルスによって、物質を励起の焦点周辺領域において制御される様式で脱励起する。焦点周辺領域のみで物質の脱励起を達成するために、脱励起点機能は特殊な形状である。長波長レーザー光線のビーム路程に位置して、位置依存様式で脱励起光線の波面を修正する相フィルターが、一般にこの目的のために使用される。物質が(原則として恣意的に)小さな中心領域のみで励起状態を保つように、脱励起光線によって周辺領域で誘発される励起状態から脱励起状態への移行が、飽和様式で、すなわち完全に起きることが重要である。このようにして回析限界の励起点周辺領域からの蛍光の発光は、脱励起光パルスによって阻止される。したがって検出された蛍光は、その直径が脱励起の飽和のためにアッベの法則が許すよりも実質的により小さくあることができる、狭く画定された検体領域から派生する。
【0005】
STED鏡検法では、調査する構造を標識する蛍光発生物質として染料が一般に使用される。高量子産生に加えて、これらには例えば既知のGFP(緑色蛍光性タンパク質)のような標準蛍光性タンパク質ほど早く退色しないというさらなる利点がある。STEDでは蛍光発生状態の飽和脱励起のために、検体が高い照明強度によって作動しなくてはならないので、この低退色傾向は特に非常に重要である。
【0006】
これに関連して不利なことには、ここで考察される蛍光染料は、調査される標的タンパク質に結合するための適切な化学基に欠ける有機分子である。この事情の結果、STEDでは、免疫蛍光によって媒介される標識法が使用される。このため標的タンパク質を特異的に認識する適切な抗体と共に、調査される細胞をインキュベートしなくてはならない。これに関連して、これには生細胞中での抗体を通じた標識が不可能であるという問題がある。換言すると、生体内(in vivo)での標識は除外され、生細胞中で進行する生理学的反応の空間的に高解像度の調査は可能でない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって本発明の目的は、細胞生物学レベルにおける利用が可能になるように、そして生細胞中の理学的過程が高解像度で画像形成できるように、検体の蛍光発生物質で標識された構造の空間的に高解像度の調査について始めに述べたような方法を構成し、さらに開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一方、本発明に従った方法は、請求項1に記載の特徴によって前述の目的を達成する。後者に従って、この範囲で化学種に関する方法は、蛍光発生物質を包含するリガンド複合体が細胞中の酵素反応を通じて酵素に結合し、酵素は調査される標的タンパク質と一緒になって融合タンパク質として発現するという事実によって、生細胞中のタンパク質(標的タンパク質)が蛍光発生物質で標識された構造として使用されるように具現化される。
【0009】
本発明に従って認識されたことは、第一に生理学的、細胞生物学的、および発達生物学過程の高解像度の調査が効率的な生体内(in vivo)標識を必要とすること、そして必然的に抗体を通じた標識が除外されることである。本発明に従って、蛍光発生物質を包含するリガンド複合体が利用できるようになり、細胞は酵素反応を通じて酵素に結合する。酵素の遺伝子配列が細胞のゲノム中にあらかじめ導入されているので、酵素は標的タンパク質と一緒になって融合タンパク質として細胞中に発現する。
【0010】
有利なことに、リガンド複合体が反応性リンカーを含み、リガンド複合体がリンカーを通じて酵素に共有結合する条件が与えられる。この目的で細胞をリガンド複合体と共にインキュベートでき、事前に定められたインキュベーション時間後に酵素と結合しなかったリガンド複合体は洗い流すことができる。
【0011】
特に好ましい実施態様のコンテクストでは、触媒の塩基がフェニルアラニンラジカルで置換された遺伝子改変加水分解酵素タンパク質が酵素として使用される。この交換によってエステル中間体を加水分解する酵素の能力はスイッチオフとなるため、酵素は触媒的に不活性になって安定した共有結合が形成できる。
【0012】
多様な可能な用途の利益にかなって、それによってリガンド複合体が酵素に結合する酵素反応がハロゲン化である条件が与えられる。対応するクロロアルカンを有する反応性リンカーを含んでなる、この場合に利用できるリガンド複合体は、細胞膜に浸透でき、一般に細胞に対する毒性効果がない。還元または酸化もまた、ハロゲン化反応の代案の酵素反応として考えられる。
【0013】
反応性リンカーに加えて、機能性レポーターとしてリガンド複合体の第2のモジュールを構成する蛍光発生物質は合成染料であることができ、原則として染料性質に関する制限はない。蛍光染料は、例えば高量子産生、高光安定性、および低トリプレット個体数を有する染料、または異なる励起および発光波長で利用できる機能性レポーターであるTMRであることができる。
【0014】
したがって例えばその中で第1および第2状態が、異なる発光波長において蛍光を発する状態である蛍光染料を使用することが可能である。代案としては第1状態が蛍光発生状態であり、第2状態が蛍光を生じない状態であることが考えられる。
【0015】
標的タンパク質の空間的に高度に解像度画像の作製のために、光照射、化学反応、熱、または別の様式によって、蛍光発生する第1状態と蛍光を生じない第2状態の間で切り替えできる、切替可能蛍光染料を蛍光発生物質として使用することもまた可能である。第1状態は、最初に調査される検体内に局所性に確立できる。次に蛍光性分子が(恣意的に)小さな焦点領域のみにおいて第1状態のままであるように、焦点周辺領域において第2状態が飽和様式でスイッチオンする。自発的崩壊の結果としてこれらの蛍光性分子から進む放射光は、検出装置によって検出される。可逆的飽和光遷移によりその中で回析制限が克服されるこれらの方法は、一般にRESOLFT法と称される。STED法は特別な場合であり、そこでは励起の焦点周辺領域において、適切な脱励起波長光での照射により蛍光発生励起状態が飽和様式で脱励起される。
【0016】
情報回収のさらなる改善の利益にかなって、多色適用のためのパルスチェイス実験をRESOLFTまたはSTED法のコンテクストで実施できる。例えば酵素およびそれに結合した標的タンパク質からなる融合タンパク質をt=0に「緑色」染料、t=1に「黄色」、t=2に「赤色」蛍光染料で標識できる。これは例えば時空間内の膜輸送を分析する能力をもたらす。
【0017】
前記の目的は、検体の空間的に高解像度の調査のための、請求項12に記載の方法によってさらに達成される。
【0018】
記述されたRESOLFTまたはSTED法の代案として、本発明に従った方法では、請求項12に従って、統計学的方法を用いて、標的タンパク質の空間的に高解像度の画像が作製される。このためには、標的タンパク質と共役した小さな百分率の蛍光性分子のみが第2の蛍光発生状態に移行するように、検体が事前に定められた少量の励起光で照射される。次のステップでは、第2状態にある個々の励起した蛍光性分子の自発的崩壊に起因する放射光が、検出装置によって検出される。照射される励起光の量は、個々の励起した蛍光性分子の検出光が、空間的に互いに離れた様式で検出可能であるように選択される。これは適切な統計学的方法を用いて、各励起した蛍光性分子の放射光の中心点を計算する可能性を生じる。照射、検出、中心点計算、および第1状態への復帰または第2状態にある全分子の退色のステップは経時的に多数回繰り返され、各サイクルにおいて蛍光性分子の異なるサブセットが励起される。手順は例えば10,000回程度反復でき、この様式でそれぞれ作製された個々の画像から全体的画像が作製できる。それ自体が知られているこの手順は、一般PALM(光活性化局在性鏡検法)と称される。
【0019】
本発明の教示を有利に具現化し、改良する様々な方法がある。その目的のために読者は一方では請求項1の従属請求項、他方では図面を参照して以下の好ましい本発明の例示的実施態様の説明を参照されたい。図面を参照した好ましい例示的本発明の実施態様の説明と併せて、一般に好ましい実施態様および教示の改良についての説明もまた提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
図は、反応性リンカー2ならびに蛍光染料3の形態の機能性レポーターを包含するリガンド複合体1を概略的に示す。図中で描写される例示的実施態様では、蛍光染料3は具体的には、例えばATTO TEC社によってSTEDのために商品名ATTO 647 Nの下に製造される「ATTO染料」である。
【0021】
リガンド複合体1は、酵素的ハロゲン化によって酵素4に結合する。酵素4は調査される標的タンパク質5と一緒になって融合タンパク質6として発現される。図に従って例示的実施態様で描写される酵素4は、具体的にはプロメガ(Promega)社により商品名ハロタグ(HaloTag)(商標)の下に販売されるタンパク質である。このタンパク質は原核生物加水分解酵素に由来し、複数の細胞タイプにおいて発現できるN−末端またはC−末端融合を発生させるのに使用できる。
【0022】
結論として、上述の例示的実施態様は、特許請求される教示の考察の役割のみを果たし、後者を例示される実施態様に制限しないことを強調する。
【0023】
最後に、上述の本発明に従った装置の例示的実施態様は、あくまでも特許請求される教示の考察のためであって、後者を例示される実施態様に制限するものではないことを明示的に注記する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】空間的に高解像度の調査のために、本発明に従った方法で使用できる標的タンパク質と蛍光発生物質間の結合の例示的実施態様を概略的に描写する。
【符号の説明】
【0025】
1 リガンド複合体
2 リンカー
3 蛍光染料、機能性レポーター、ATTO 647 N
4 酵素
5 標的タンパク質
6 融合タンパク質

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つの光学的特性に関して互いに異なる第1状態から第2状態に繰り返し転換されることができる蛍光発生物質を用いて標識された検体の構造を空間的に高解像度で調査する方法にして、
最初に、検出されるべき検体領域内の上記物質を第1状態にするステップと、
光学信号によって、検出されるべき検体領域内の空間的に区切られた小領域を制御される様式で遮って第2状態を誘発するステップと、
を包含し、
蛍光発生物質を包含するリガンド複合体(1)が細胞中の酵素反応を通じて酵素(4)に結合し、酵素(4)が調査されるべき標的タンパク質(5)と一緒になって融合タンパク質(6)として発現するという事実により、生細胞中のタンパク質、すなわち標的タンパク質(5)が蛍光発生物質で標識された構造として使用される、方法。
【請求項2】
リガンド複合体(1)が反応性リンカー(2)を通じて酵素(4)に共有結合する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
触媒の塩基がフェニルアラニンラジカルで置換された遺伝子改変加水分解酵素タンパク質が酵素(4)として使用される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
酵素反応がハロゲン化である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
酵素反応が還元または酸化である、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
蛍光発生物質が合成蛍光染料(3)である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
蛍光染料(3)が高い量子収量および/または高い光安定性および/または低いトリプレット個体数を有する染料である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
第1状態および第2状態が異なる発光波長で蛍光を発する状態である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
第1状態が蛍光発生状態であり、第2状態が蛍光を生じない状態である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
蛍光発生する第1状態の局所的発生のために、蛍光発生物質の励起スペクトル波長の光で検体を照射するステップと、
励起の焦点周辺領域における蛍光を生じない第2状態の飽和発生のために、適切な脱励起波長の光で検体を照射するステップと、
空間的に狭く限定された小領域内において第1状態に留まる、分子の自発的崩壊に起因する検体から進む放射光を、検出装置によって検出するステップと
によって、標的タンパク質(5)の空間的に高解像度の画像が作製される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
異なった色の蛍光発生物質を使用したパルスチェイス実験を実施して、生理学的過程の時間依存性を見極める、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
少なくとも1つの光学的特性に関して互いに異なる第1状態から第2の蛍光発生状態に転換されることができる蛍光発生物質を用いて標識された検体の構造を空間的に高解像度で調査する方法にして、
小さな百分率の蛍光性分子が第2状態に移行するように、検体を事前に定められる少量の励起光で照射するステップと、
第2状態にある個々の励起した蛍光性分子の自発的崩壊に起因する放射光を検出装置によって検出し、放射光の中心点が適切な統計学的方法を用いて前記蛍光性分子の各々について計算するステップと、
第2状態にある蛍光性分子が第1状態に戻りおよび/または退色するステップと、
各々の場合の蛍光性分子の異なるサブセットに対して、第2状態にある全分子の照射、検出、中心点計算、および第1状態への復帰および/または退色のステップが多数回繰り返されるステップと、
このようにして作製された個々の画像から全体的画像が作製されるステップと
によって、構造の空間的に高解像度の画像が作製され、
蛍光発生物質を包含するリガンド複合体(1)が、細胞中の酵素反応を通じて酵素(4)に結合し、酵素(4)が調査されるべき標的タンパク質(5)と一緒になって融合タンパク質(6)として発現するという事実によって、生細胞中のタンパク質、すなわち標的タンパク質(5)が蛍光発生物質で標識された構造物として使用される、方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−83047(P2008−83047A)
【公開日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−243822(P2007−243822)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(500178876)ライカ マイクロシステムス ツェーエムエス ゲーエムベーハー (80)
【Fターム(参考)】