説明

機能性膜の製造方法、及び燃料電池用電解質膜の製造方法

【課題】各種用途に用いられ、高い機能性と高分子フィルム基材が本来有するガスバリア性を併せ持ち、乾湿寸法変化や引張強度に優れた機能性膜の製造方法において、機能性部分を局所化させることによって優れた機能性を発揮する機能性膜の製造方法を提供することを目的とする。特に、燃料電池用高分子電解質膜として最適な、高いプロトン伝導性とガスバリア性に優れ、特に乾湿寸法変化や引張強度に優れた高分子電解質膜を製造する。
【解決手段】高分子フィルム基材に高エネルギーイオンを照射し、該フィルム基材に活性種を生成するイオン照射工程と、該イオン照射工程の後に、機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーを加えて、該フィルム基材と該モノマーをグラフト重合させるグラフト重合工程とを含む機能性膜の製造方法において、該イオン照射工程の後該グラフト重合工程までの間、該フィルム基材を低温で保持する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性に優れた機能性膜の製造方法、及び燃料電池用電解質膜の製造方法に関する。
【0002】
より具体的には、本発明は、生体を模倣したバイオリアクタ、酵素を固定化して得られたバイオマス転換用リアクタ、優れたイオン伝導性及び選択性に優れたイオン交換膜、二次電池・燃料電池用イオン交換膜、電気透析を利用した選択的なアミノ酸の分離膜等に適し、乾湿寸法変化や引張強度に優れた機能性膜を短い反応時間で製造する方法に関する。
【0003】
更に、本発明は、燃料電池への使用に適した高分子イオン交換膜である固体高分子電解質膜の製造方法に関する。特に、本発明は、燃料電池に適した固体高分子膜で、優れたガスバリア性及び優れたイオン交換容量を有し、乾湿寸法変化や引張強度に優れた固体高分子電解質膜を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0004】
燃料電池は、電池内で水素やメタノール等の燃料を電気化学的に酸化することにより、燃料の化学エネルギーを直接電気エネルギーに変換して取り出すものであり、近年、クリーンな電気エネルギー供給源として注目されている。特にプロトン伝導膜を電解質として用いる固体高分子型燃料電池は、高出力密度が得られ、低温作動が可能なことから電気自動車用電源として期待されている。
【0005】
このような固体高分子型燃料電池の基本構造は、電解質膜と、その両面に接合された一対の、触媒層を有するガス拡散電極とで構成され、更にその両側に集電体を配する構造からなっている。そして、一方のガス拡散電極(アノード)に燃料である水素やメタノールを、もう一方のガス拡散電極(カソード)に酸化剤である酸素や空気をそれぞれ供給し、両方のガス拡散電極間に外部負荷回路を接続することにより、燃料電池として作動する。このとき、アノードで生成したプロトンは電解質膜を通ってカソード側に移動し、カソードで酸素と反応して水を生成する。ここで電解質膜はプロトンの移動媒体、及び水素ガスや酸素ガスの隔膜として機能している。従って、燃料電池用高分子電解質膜としては、高いプロトン伝導性、強度、化学的安定性が要求される他に、ガスバリア性に優れている必要がある。
【0006】
他方、従来の機能性膜と呼ばれるものは、膜全体に官能基がランダムに分布していたり、官能基を有するラビリンス構造やメッシュ構造膜の場合には、官能基の空間的分布や官能基密度の制御が不可能という問題があった。
【0007】
即ち、市販のNafion(商標名)等の電解質膜や放射線グラフト重合を用いて製造した固体高分子電解質膜は、親水性のカチオン交換基が膜内部に一様に分布しているために、過度の含水による膨潤が生じ、分子間の相互作用力を弱める為に、水素やメタノールの過度のクロスオーバーが生じている。また、極めて気孔率の高い3次元的に連続した空孔を有する多孔質膜に、イオン交換樹脂を充填する試みがGore社やトクヤマ(株)によりされているが、カチオン交換に関与しないイオン交換樹脂が存在することで、やはり過度に膨潤する。さらに、用いる多孔質基材が、多孔質化可能なポリテトラフルオロエチレンやポリエチレンに限られるが、これらがそもそも燃料電池用電解質膜として求められるガスバリア性が不足している為、得られる固体高分子電解質膜の該特性も燃料電池の要求特性に照らして、充分なものではなかった。
【0008】
そこで、本発明者らは、下記特許文献1に、高い機能性と高分子フィルム基材が本来有するガスバリア性と機械的強度を併せ持つ機能性膜を提供し、特に、燃料電池用高分子電解質膜として最適な、高いプロトン伝導性とガスバリア性に優れた高分子電解質膜を提供することを目的として、非導電性無機粒子を含む高分子フィルム基材に高エネルギー重イオンを10〜1014個/cm照射し、該フィルム基材に活性種を生成するイオン照射工程と、該イオン照射工程の後に、機能性官能基を有するモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーを加えて、該フィルム基材と該モノマーをグラフト重合させるグラフト重合工程とを含む機能性膜の製造方法を出願した。
【0009】
【特許文献1】特開2006−233086号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
燃料電池におけるエネルギーロスを低減する為に、燃料電池用電解質膜には高いプロトン伝導能力、つまり高いプロトン伝導度が要求される。一般的なプロトン伝導膜と同様、特許文献1で実現される電解質膜においても、プロトン伝導能力を高めるほど、乾燥時と含水時の寸法変化率(乾湿寸法変化率)が大きく、また引張強度が基材より小さくなる傾向があった。燃料電池用電解質膜として充分なプロトン伝導能を有し、乾湿寸法変化率を極力小さくし、また、基材の引張強度を維持する技術の開発が望まれていた。
【0011】
特許文献1で実現される電解質膜において、プロトン伝導性やその他の物理的性質は、電解質膜内部にグラフトされるモノマーの量(グラフト率)に強く依存し、プロトン伝導性の向上のためにグラフト率を増加させれば、背反として乾湿寸法安定性や引張り強度などが低下するため、より少ないグラフト率で高いプロトン伝導性を発現する技術が望まれていた。
【0012】
本発明は、各種用途に用いられ、高い機能性と高分子フィルム基材が本来有するガスバリア性を併せ持ち、乾湿寸法変化や引張強度に優れた機能性膜の製造方法において、機能性部分を局所化させ優れた機能性を発揮する機能性膜の製造方法を提供することを目的とする。特に、燃料電池用高分子電解質膜として最適な、高いプロトン伝導性とガスバリア性に優れ、特に乾湿寸法変化や引張強度に優れた高分子電解質膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らの研究によれば、以下の知見が得られた。電解質膜内部において、プロトン伝導に寄与する官能基の密度が高ければ高いほどプロトン伝導に有利になるが、官能基は含水時に大きく膨潤する為乾湿寸法安定性に劣ってしまう。そのため、膜の見かけのプロトン伝導度を維持しつつ寸法安定性を持たせるには、プロトン伝導部が高密度に担持された部分と、その膨潤を機械的に拘束する基材部分とが高度に分離している必要があった。しかし、従来技術で作製した機能分離膜において、本来、プロトン伝導性官能基が存在して欲しくない基材部分にもプロトン伝導性官能基が幾らか存在してしまう。その原因としては、グラフトの起点となるラジカルがなんらかの理由によりイオン照射の飛跡以外へと拡散してしまうことが考えられる。
【0014】
そこで、本発明発明者らは、特定の手段によりイオン照射の飛跡以外へラジカルが拡散することを抑制することで、上記課題が解決されることを見出し、本発明に到達した。
【0015】
即ち、第1に、本発明は、高分子フィルム基材に高エネルギーイオンを照射し、該フィルム基材に活性種を生成するイオン照射工程と、該イオン照射工程の後に、機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーを加えて、該フィルム基材と該モノマーをグラフト重合させるグラフト重合工程とを含む機能性膜の製造方法の発明であり、該イオン照射工程の後該グラフト重合工程までの間、該フィルム基材を低温で保持することを特徴とする。
【0016】
フィルム基材とモノマーをグラフト重合させるグラフト重合工程とを含むことにより、イオン照射によって損傷を受けた潜在飛跡箇所のみに官能基を導入した機能性膜が得られる。又、フィルム基材を低温で保持することにより、イオン照射飛跡に沿って発生したラジカルの運動性を低下させ、該ラジカルがイオン照射飛跡外へ飛散するのを抑制する。これにより、グラフト重合が限られた所望の領域で且つ効率よく行われる。
【0017】
本発明により、高分子フィルム基材に高エネルギーイオン照射によって損傷を受けた数百nm径の潜在飛跡箇所のみに官能基を導入して機能性を付与できることから、個々の高分子フィルム基材の持つ物性を維持することができるとともに、官能基の位置・空間分布、官能基密度の制御が可能となる。ここで、高分子フィルム基材の持つ物性としては、ガスバリア性や寸法安定性が挙げられる。
【0018】
フィルム基材を低温で保持する場合の低温としては、室温より低温であれば一定の効果が奏されるので限定されないが、おおよその目安としては−50℃以下であることが好ましい。
【0019】
本発明において、前記機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーは単独でグラフト重合反応に供しても良いが、他のA群モノマーに対し架橋剤であるB群からなるモノマーを加えたモノマー混合物としてグラフト重合反応に供しても良い。モノマー混合物として用いる場合は、機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマー20〜99mol%に対し、A群モノマーに対し架橋剤であるB群からなるモノマー1〜80mol%を加えたモノマー混合物を用いることが好ましい。
【0020】
後述するように、本発明において、高分子フィルム基材及び機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーとしては各種のものが用いられる。その中で、高分子フィルム基材が非極性高分子材料からなり、機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーが非極性モノマーである組み合わせが好ましい。
【0021】
非極性基材としては、エチレンテトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体(PFA)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリビニリデンフロライド(PVDF)、ポリクロロフルオロエチレン(CTFE)などが好ましく例示される。非極性モノマーとしては、ビニルトルエン、アセナフチレン、ブチルビニルエーテル、2−クロロエチルビニルエーテル、シクロへキシルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、p−1−ブトキシスチレンなどが好ましく例示される。
【0022】
又、前記高分子フィルム基材が非導電性無機粒子を含むことは、イオン照射の効率を高める上で好ましい。
【0023】
本発明には、イオン照射工程において、高エネルギー重イオン照射によって損傷を受けた潜在飛跡が該フィルムを貫通していて、プロトン伝導パスなどの機能性が十分に形成されることが好ましい。
【0024】
前記イオン照射工程において照射される高エネルギーイオンのイオン種については特に限定されず、サイクロトロン等で加速された各種イオン種が用いられる。例えば、Hイオン、Heイオン、Oイオン、Feイオン、Arイオンから選択される1種以上が好ましく例示される。この中で、O、Fe、Arから選択される1種以上の重イオンを照射することで膜厚の大きい高分子フィルム基材内部にもこれら重イオンを到達させラジカルを発生させることができる。
【0025】
照射するイオン元素として、O、Fe、Arを用いることにより、それ以外のXe等の元素の場合と比較し、高分子フィルム中でのイオンの飛程距離が倍以上となる。照射するイオン元素として、O、Fe、Arを用いることにより、例えば膜厚150μm程度の膜厚の厚い高分子フィルムであっても、片面からのイオン照射で均一な膜質の電解質膜が得られる。
【0026】
第2に、本発明は、燃料電池用電解質膜の製造方法の発明であり、上記の機能性膜の製造方法において、前記機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーが、プロトン交換基または後工程でプロトン交換基に変換可能な官能基を有するモノマーであることを特徴とする。
【0027】
本発明の燃料電池用電解質膜の製造方法により、高分子フィルム基材に高エネルギーイオン照射によって膜厚方向に貫通した照射損傷部位のみにカチオン交換性官能基を導入してイオン交換能を付与できることから、
(A)プロトン伝導性を向上させることができる。
(B)気孔率が小さく個々の高分子フィルム基材の持つ物性を維持できる、
(C)官能基の位置・空間分布、官能基密度の制御が可能である、
(D)イオン交換樹脂の充填量が少ない為、含水による膨潤を抑制できる、
さらに、イオン照射法を用いることにより、既存の多孔質基材にとらわれることなく、フィルム化が可能な全ての高分子材料に適用可能なことから、
(E)イオン交換膜のプロトン伝導度とガスバリア性の物性制御が容易である、
等の特長を有する。
【発明の効果】
【0028】
フィルム基材とモノマーをグラフト重合させるグラフト重合工程とを含むことにより、イオン照射によって損傷を受けた潜在飛跡箇所のみに官能基を導入した機能性膜が得られる。又、フィルム基材を低温で保持することにより、イオン照射の飛跡に沿って発生したラジカルの運動性を低下させ、該ラジカルがイオン照射の飛跡外へ飛散するのを抑制する。これにより、グラフト重合が限られた所望の領域で効率よく行われる。
【0029】
本発明の機能性膜は、高分子フィルム基材に高エネルギーイオン照射によって損傷を受けた潜在飛跡箇所のみに官能基を導入して機能性を付与できることから、高分子フィルム基材の物性を維持できる。これにより、各種用途に用いられ、高い機能性と高分子フィルム基材が本来有するガスバリア性を併せ持ち、乾湿寸法変化や引張強度に優れた機能性膜を製造することができる。特に、燃料電池用高分子電解質膜として、グラフト重合が限られた所望の領域で効率よく行われることから、高いプロトン伝導性が得られ、且つガスバリア性に優れ、乾湿寸法変化や引張強度に優れた高分子電解質膜を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
本発明に用いられる高分子フィルム基材としては、室温における酸素透過係数が10.0[cc*mm/(m*day*atm)]以下であるものが、ガスバリア性に優れており、高分子フィルム基材本来の性能を発揮できるので好ましい。
【0031】
高分子フィルム基材とA群から選択される1種以上のモノマーが同種の元素からなる場合は、グラフト重合の際にグラフト鎖が高分子フィルム基材中に浸透しないので、好ましい。例えば、高分子フィルム基材が炭化水素系高分子からなり、A群から選択される1種以上のモノマーが炭化水素系モノマーからなる場合や、高分子フィルム基材が炭化フッ素系高分子からなり、A群から選択される1種以上のモノマーが炭化フッ素系モノマーからなる場合が挙げられる。
【0032】
本発明においては、グラフト重合工程において、200以上の分子量を持つ機能性モノマーであるC群から選択される1種以上のモノマーを加えることが出来る。200以上の分子量を持つ機能性モノマーはグラフト重合中に高分子フィルム基材中に浸透することが少なく、潜在飛跡箇所のみに官能基を導入することが出来る。
【0033】
また、本発明においては、グラフト重合工程において、グラフト重合し難い機能性官能基を有するモノマーであるD群から選択される1種以上のモノマーを加えることが出来る。
【0034】
本発明において、イオン照射工程の後に、前記フィルム基材をメタン、水素などのガスと接触させることで前記活性種を消失させ、次いで真空または不活性ガス雰囲気下で該フィルム基材にガンマ線、電子線、プラズマのいずれかを照射することで、再度活性種を生成することもグラフト重合工程を実施する上で好ましい。
【0035】
本発明においては、高分子フィルム基材は架橋構造を有さないものを用いることが出来るが、架橋構造を付与したものを用いると高分子フィルム基材に所望の強度や物理的・化学的安定性を与えることが出来る。高分子フィルム基材としては、各種高分子材料を用いることが出来る。この中で、炭化水素系、炭化フッ素系、炭化水素・フッ素系高分子フィルムのいずれかであることが好ましい。
【0036】
本発明で用いることのできる高分子フィルム基材としては特に限定されない。例えば、モノマー溶液の浸透性がよい炭化水素系の高分子フィルムが挙げられる。また、フッ素系の高分子フィルムはモノマー溶液の浸透性がよくないが、イオン照射をすることによりフィルム内部にモノマーが浸透し、内部でのグラフト反応が進行するようになる。
【0037】
具体的には、超高分子量ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアミド、芳香族ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリカーボネイト、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリスルホン等のフィルム基材を用いてもよい。
【0038】
また、ポリイミド系の高分子フィルムであるポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール、又はポリエーテルエーテルイミドフィルム基材を用いてもよい。
【0039】
更に、ポリフッ化ビニリデン、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−六フッ化プロピレン共重合体、又はテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体フィルム基材を用いてもよい。
【0040】
これらのフィルム基材の中で、フッ素系フィルムは、架橋させると高分子構造中に架橋構造が形成されてモノマーのグラフト率が向上し、更に耐熱性が高くなるため、照射による膜強度の低下を抑制することができる。したがって、高温用途において高性能を発揮する燃料電池を製造するためには架橋フィルムを使用するのが好適である。例えば、グラフトモノマーとしてスチレンを用いた場合、未架橋のポリテトラフルオロエチレンに比べ、架橋ポリテトラフルオロエチレンではグラフト率を著しく増加させることができ、未架橋のポリテトラフルオロエチレンの2〜10倍のスルホン酸基を架橋ポリテトラフルオロエチレンに導入できることを本発明者らは既に見出している。
【0041】
これらのことから、本発明においては、ポリエチレンテレフタレートフィルム基材の代わりに、架橋構造を有する超高分子量ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアミド・芳香族ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリカーボネイト、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、又はポリスルホンフィルム基材を使用することが好適である。
【0042】
また、架橋構造を有するポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール、又はポリエーテルエーテルイミドフィルム基材も好適である。同様に、架橋構造を有するポリフッ化ビニリデン、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−六フッ化プロピレン共重合体、又はテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体フィルム基材も好適である。
【0043】
本発明では、高分子フィルム基材に、サイクロトロン加速器などによって高エネルギーのHイオン、Heイオン、重イオンを照射する。ここで、重イオンとは炭素イオン以上のイオンをいうものとする。これらのイオンの照射によって、高分子フィルムにイオン照射による照射損傷が生じる。その照射損傷領域は照射するイオンの質量やエネルギーに依存するが、イオン1個当たりおよそナノサイズから数百ナノサイズの広がりをもっていることが知られている。
【0044】
照射するイオンの数は個々のイオンによる照射損傷領域が重ならない程度に10〜1014個/cm照射するのがよい。照射はサイクロン加速器などに接続された照射チェンバー内の照射台に、例えば、10cm×10cmのフィルム基材を固定し、照射チェンバー内を10−6Torr以下の真空に引いた状態で、高エネルギーイオンをスキャンしながら行なうのがよい。照射量は、予め高精度電流計で計測したイオン電流の電流量と照射時間から求めることができる。照射する高エネルギー重イオンの種類としては、炭素イオン以上の質量のイオンであって、加速器で実際にイオンを加速できるものがよい。
【0045】
イオンの発生させ易さやイオンの取扱いの容易さから、炭素、窒素、酸素、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノンなどのイオン種がより好適である。また、1個のイオンの照射損傷領域を大きくするためには、金イオン、ビスマスイオン、又はウランイオンなどの質量の大きなイオンを用いてもよい。イオンのエネルギーはイオン種にもよるが、高分子フィルム基材を厚さ方向に貫通するのに十分なエネルギーであればよく、例えば、厚さ50μmのポリエチレンテレフタレートフィルム基材では、炭素イオンは40MeV以上、ネオンイオンは80MeV以上、アルゴンイオンでは180MeV以上であり、同じく、厚さ100μmでは、炭素イオンは62MeV以上、ネオンイオンは130MeV以上、アルゴンイオンでは300MeV以上である。また、キセノンイオン450MeVでは厚さ40μm、ウランイオン2.6GeVでは厚さ120μmのフィルム基材を貫通することができる。
【0046】
照射に用いるイオンがフィルム基材の膜厚の1/2程度の飛程でも、フィルムの両面から同種や異種のイオンを照射量を変えて照射したり、また、飛程の長いより軽いイオンと飛程の短いより重いイオンを組み合わせてフィルムの両面から照射したりすることによって、フィルムの表面から内部に向かって異なる照射損傷領域の分布を作り出すことができる。これは後述するグラフト反応において、フィルム内に異なる量又は長さのグラフト鎖、また、異なる形態の高分子構造を生ぜしめる。この結果、フィルム基材のグラフト鎖中のスルホン酸基の分布の変化を利用して、フィルム基材内の水分の分布やフィルムの燃料ガスの透過を制御することができる。
【0047】
また、重イオンではフィルムの膜厚を貫通するのに、上記のような非常に高いエネルギーのイオンが必要となる。例えば、22MeVの炭素イオンのポリエチレンテレフタレートフィルム基材中での飛程は25μm程度であり、厚さ50μmのこのフィルム基材を貫通させることはできないし、50μmのポリエチレンテレフタレートフィルム基材を貫通するには40MeV程度のエネルギーが必要であるが、フィルムの両面から照射すれば22MeVの炭素イオンで十分である。より大きなエネルギーのイオンを発生させるには、より大きな加速器が必要になり、設備に大きな費用がかかる。このことからも、両面からのイオン照射は本発明におけるイオン交換膜製造にとってきわめて有効である。
【0048】
ここで、O、Fe、Arから選択される1種以上の重イオンを照射することで膜厚の大きい高分子フィルム基材内部にもこれら重イオンを到達させラジカルを発生させることができる。照射するイオン元素として、O、Fe、Arを用いることにより、それ以外のXe等の元素の場合と比較し、高分子フィルム中でのイオンの飛程距離が倍以上となる。膜厚方向に均一な性質の電解質膜を得るために、膜厚約30μm以下の高分子フィルム基材を用いる。これ以上の膜厚の高分子フィルム基材を用いる場合には、均一な電解質膜を得るには膜両面照射が必要であった。照射するイオン元素として、O、Fe、Arを用いることにより、例えば膜厚150μm程度の膜厚の厚い高分子フィルムであっても、片面からのイオン照射で均一な膜質の電解質膜が得られる。これにより、製造工程の簡略化及び設備コスト低減を達成することができる。
【0049】
イオン交換能等の機能性の大きな膜を得るにはイオンの照射量を多くすればよい。イオン照射量が多いと、フィルム基材が劣化したり、照射損傷領域が重なって後述するモノマーのグラフト効率が悪くなったりする。また、照射量が少ないと、モノマーのグラフト量が少なく十分なイオン交換容量が得られない。このことから、イオン照射密度は10〜1014個/cmの範囲がよい。
【0050】
本発明で用いられる「機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマー」とは、機能性官能基を有するモノマー自体だけでなく、後工程の反応により機能性官能基に変換する基を有するモノマーを意味する。
【0051】
本発明では、重イオン照射された高分子フィルム基材に以下に例示するモノマーを加えて脱気した後加熱し、フィルム基材に該モノマーをグラフト重合させ、さらに、グラフト分子鎖内のスルホニルハライド基[−SO]、スルホン酸エステル基[−SO]、又はハロゲン基[−X]をスルホン酸基[−SOH]とすることにより製造する。また、グラフト鎖内の炭化水素系モノマー単位に存在するフェニル基、ケトン、エーテル基などはクロルスルホン酸でスルホン酸基を導入して製造することができる。
【0052】
本発明において、フィルム基材にグラフト重合するA群のモノマーは、以下の(1)〜(6)に示すモノマーが代表的である。
(1)スチレン、α−ビニルスチレン、スチレン誘導体モノマーである2,4−ジメチルスチレン、ビニルトルエン、及び4−tertブチルスチレンからなる群から選択される1種類以上のモノマー。
(2)スルホニルハライド基を有するモノマーである、CF=CF(SO)(式中、Xはハロゲン基で−Fまたは−Clである。以下同じ。)、CH=CF(SO)、及びCF=CF(OCH(CFSO)(式中、mは1〜4である。以下同じ。)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
(3)スルホン酸エステル基を有するモノマーである、CF=CF(SO)(式中、Rはアルキル基で−CH、−Cまたは−C(CHである。以下同じ。)、CH=CF(SO)、及びCF=CF(OCH(CFSO)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
(4)CF=CF(O(CH)(式中、Xはハロゲン基で−Br又は−Clである。以下同じ。)、及びCF=CF(OCH(CF)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
(5)アクリルモノマーである、CF=CR(COOR)(式中、Rは−CH又は−Fであり、Rは−H、−CH、−C又は−C(CHである。以下同じ。)、及びCH=CR(COOR)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
(6)アセナフチレン、ビニルケトンCH=CH(COR)(式中、Rは−CH、−C又はフェニル基(−C)である。)、及びビニルエーテルCH=CH(OR)(式中、Rは−C2n+1(n=1〜5)、−CH(CH、−C(CH、又はフェニル基である。)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
【0053】
本発明で用いられる「A群モノマーに対し架橋剤であるB群からなるモノマー」の具体例としては、ジビニルベンゼン、トリアリルシアヌレート、トリアリルイソシアヌレート、3,5−ビス(トリフルオロビニル)フェノール、及び3,5−ビス(トリフルオロビニロキシ)フェノールとうが挙げられる。これら1種類以上の架橋剤を、全モノマー基準で30モル%以下の量加えてグラフト重合させる。
【0054】
本発明で用いられる「200以上の分子量を持つ機能性モノマーであるC群からから選択される1種以上のモノマー」とは,上記A群のモノマーの内、分子量が200以上のものである。
【0055】
本発明で用いられる「グラフト重合し難い機能性官能基を有するモノマーであるD群から選択される1種以上のモノマー」とは、上記A群のモノマー中の(1)〜(3)に示すパーフルオロビニルモノマーが代表的である。再度列記すると以下のものである。
(1)スルホニルハライド基を有するモノマーである、CF=CF(SO)(式中、Xはハロゲン基で−Fまたは−Clである。以下同じ。)、CH=CF(SO)、及びCF=CF(OCH(CFSO)(式中、mは1〜4である。以下同じ。)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
(2)スルホン酸エステル基を有するモノマーである、CF=CF(SO)(式中、Rはアルキル基で−CH、−Cまたは−C(CHである。以下同じ。)、CH=CF(SO)、及びCF=CF(OCH(CFSO)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
(3)CF=CF(O(CH)(式中、Xはハロゲン基で−Br又は−Clである。以下同じ。)、及びCF=CF(OCH(CF)からなる群から選択される1種類以上のモノマー。
【実施例】
【0056】
以下、本発明の実施例と比較例を示す。
【0057】
[実施例1〜3]
基材として、エチレン−テトラフルオロエチレン(ETFE)を用いた。検討した照射密度(フルエンス)、保管温度、重合時間、グラフト率、膜厚方向のプロトン電導性(σ)は下記表1の通りである。
【0058】
サンプル作製工程は以下の通りである。
1)基材(フィルム)として、ETFEを用いる。
2)サイクロトロンにて加速したXeイオンを、450eVで3×10〜3×10個/cmの密度でフィルムに照射した。
3)照射チャンバーよりフィルムを大気中に取り出し、低温(約−78℃)で約1ヶ月保管した。
4)スチレンに浸漬し、60℃に加熱し、重合させた。
5)フィルムを取り出し、トルエン溶液で洗浄した。
6)真空乾燥炉でフィルムを乾燥させた。
7)0.2mol/lのクロロスルホン酸/1,2−ジクロロエタン溶液にサンプルを浸漬後、水に浸漬してスチレンのスルホン化を行った。
8)交流インピーダンス測定を実施して、プロトン伝導度を求めた。
【0059】
なお、グラフト率は下記式で算出される。
グラフト率={(処理後のサンプル重量W2)−(処理前のサンプル重量W1)}÷(処理前のサンプル重量W1)
【0060】
[比較例1〜3]
サンプル作製工程は以下の通りである。
1)基材(フィルム)として、ETFEを用いる。
2)サイクロトロンにて加速したXeイオンを、450eVで3×10〜3×10個/cmの密度でサンプルフィルムに照射した。
3)照射チャンバーよりサンプルを大気中に取り出し、室温(約25℃)で約1ヶ月保管した。
4)スチレンに浸漬し、60℃に加熱し、重合させた。
5)サンプルを取り出し、トルエン溶液で洗浄した。
6)真空乾燥炉でサンプルを乾燥させた。
7)0.2mol/lのクロロスルホン酸/1,2−ジクロロエタン溶液にサンプルを浸漬後、水に浸漬してスチレンのスルホン化を行った。
8)交流インピーダンス測定を実施して、プロトン伝導度を求めた。
【0061】
実施例1〜3及び比較例1〜3において、プロトン伝導度の測定は下記のように行った。
【0062】
[伝導度の測定]
サンプル膜を6mmφの円形に複数枚切り出す。同様に切り出した、抵抗値が既知な市販の電解質膜(今回はナフィオンN112(商品名))を間に挟んで、これらを積層させる。20mm×20mmの白金電極板を用い、これら積層したサンプルを上下から一定の荷重で締結する。これを恒温槽内に置き、80℃、90%RHの環境とする。白金電極間の交流インピーダンスを測定し、測定結果よりサンプルの抵抗値を読み取る。抵抗値の時間的推移がなくなった時点で、環境下における平衡に達したと判断する。抵抗値からプロトン伝導度を算出する。
【0063】
【表1】

【0064】
図1に、表1の結果より求めた、グラフト率に対する膜厚方向のプロトン伝導度の関係を示す。
【0065】
表1及び図1の結果より、低温(約−78℃)で約1ヶ月保管した照射フィルムを用いた本発明の実施例1〜3で作製したサンプルは、室温(約25℃)で約1ヶ月保管した照射フィルムを用いた比較例1〜3と比べて、膜厚方向のプロトン伝導度が格段に向上している。
【0066】
図2、イオン照射グラフト膜の表面FE−SEM観察像を示す。図2(a)は室温保管サンプル(グラフト率12.7wt%)であり、図2(b)は低温保管サンプル(グラフト率16.7wt%)である。写真中、白色部がプロトン伝導部を示す。図2の結果より、低温保管サンプルの方が室温保管サンプルよりも、黒色部(非プロトン伝導部)と白色部(プロトン伝導部)のコントラストが明確である。又、低温保管サンプルは白色部(プロトン伝導部)はドット状であるが、室温保管サンプルは白色部(プロトン伝導部)のドット同士が繋がり網目状になっている。即ち、低温保管サンプルはプロトン伝導部が高密度に局所化して存在しており、このことがプロトン伝導性を向上させた要因であると推定される。
【0067】
低温で保管されることにより、イオン照射によって生じたラジカルがイオン照射飛跡(ペナンブラ領域)外へ拡散したり消滅するのを防止したため、プロトン伝導性を局所的に高密度に分布させることが出来たと考えられる。これにより、高プロトン伝導性が実現できたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明では、イオン照射工程とグラフト重合工程の間に照射フィルムを低温で保管することで、燃料電池用高分子電解質膜として最適な機能性膜が製造させる。これにより、燃料電池用電解質膜に最適な、高いプロトン伝導性とガスバリア性に優れた高分子電解質膜を低コストで提供することが出来、燃料電池の普及に貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】グラフト率に対する膜厚方向のプロトン伝導度の関係を示す。
【図2】イオン照射グラフト膜の表面FE−SEM観察像を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子フィルム基材に高エネルギーイオンを照射し、該フィルム基材に活性種を生成するイオン照射工程と、該イオン照射工程の後に、機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーを加えて、該フィルム基材と該モノマーをグラフト重合させるグラフト重合工程とを含む機能性膜の製造方法において、該イオン照射工程の後該グラフト重合工程までの間、該フィルム基材を低温で保持することを特徴とする機能性膜の製造方法。
【請求項2】
前記低温が−50℃以下であることを特徴とする請求項1に記載の機能性膜の製造方法。
【請求項3】
前記機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマー20〜99mol%に加えて、A群モノマーに対し架橋剤であるB群からなるモノマー1〜80mol%を加えたモノマー混合物を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の機能性膜の製造方法。
【請求項4】
前記高分子フィルム基材が非極性高分子材料からなり、前記機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーが非極性モノマーであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の機能性膜の製造方法。
【請求項5】
前記高分子フィルム基材が非導電性無機粒子を含むことを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の機能性膜の製造方法。
【請求項6】
前記イオン照射工程において、高エネルギーイオン照射によって損傷を受けた潜在飛跡が該フィルムを貫通していることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の機能性膜の製造方法。
【請求項7】
前記イオン照射工程において、Hイオン、Heイオン、Oイオン、Feイオン、Arイオンから選択される1種以上を照射することを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の機能性膜の製造方法。
【請求項8】
請求項1乃至7のいずれかに記載の機能性膜の製造方法において、前記機能性官能基を有するか又は後工程で機能性官能基を導入可能なモノマーであるA群から選択される1種以上のモノマーが、プロトン交換基または後工程でプロトン交換基に変換可能な官能基を有するモノマーであることを特徴とする燃料電池用電解質膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−144067(P2009−144067A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323242(P2007−323242)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】