説明

正極体、正極体の製造方法および非水電解質電池

【課題】非水電解質電池に用いた場合に優れた充放電サイクル特性が得られる正極体とその製造方法とを提供する。
【解決手段】正極活物質層12を有し、非水電解質電池の電極に用いられる正極体1である。この正極活物質層12は、Coを含むLiイオン伝導性の酸化物で構成され、ラマン分光分析における非晶質Coのピーク強度とLiイオン伝導性の酸化物のピーク強度との強度比が0.02以上0.50以下である。この正極体1を電池に用いて充放電した際、正極活物質層12の体積変化による微粉化・不活化を抑制して、優れた充放電サイクル特性を実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解質電池に用いられる正極体とその製造方法、ならびにその正極体を用いた非水電解質電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
携帯機器といった比較的小型の電気機器の電源に、正極体と、負極体と、これら電極体の間に配される電解質層とを備える非水電解質電池が利用されている。電池に備わる電極体は、集電機能を有する集電体と、活物質を含む活物質層とを備える。このような非水電解質電池の中でも、特に、正・負極体間のLiイオンの移動により充放電を行うLiイオン電池は、小型でありながら高い放電容量を備える。
【0003】
上記Liイオン電池を作製するには、正極集電体となる基材上に正極活物質層、電解質層、負極活物質層、負極集電体を順次形成すると良い。例えば、特許文献1には、正極集電体としてSUS316Lを、正極活物質層としてLiCoOを、固体電解質層としてLiS−Pを、負極活物質層としてLi金属を、負極集電体としてSUS316Lを用い、正極活物質層を電子ビーム蒸着法で成膜し、さらに、成膜した正極活物質層に加熱処理(アニール)を施すことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−199920号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来の非水電解質電池に対しては、充放電サイクル特性のさらなる向上が求められている。充放電サイクル特性が不十分となる理由の一つは、非水電解質電池で充放電を繰り返した際、正極活物質の膨張・収縮が起こり、この体積変化に伴って、正極活物質層が微粉化・不活化するためであると考えられる。
【0006】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたもので、その目的の一つは、非水電解質電池に用いた場合に優れた充放電サイクル特性が得られる正極体とその製造方法とを提供することにある。
【0007】
また、本発明の他の目的は、本発明正極体を用いた非水電解質電池を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、正極活物質層の成膜条件及び成膜後のアニール条件を鋭意検討した結果、特定の成膜条件・アニール条件とすることで、正極活物質層中に適量の非晶質Coを生成することができ、その非晶質Coが正極活物質の体積変化の緩衝に有効であるとの知見を得て本発明を完成するに至った。
【0009】
(1)本発明の正極体は、正極活物質層を有し、非水電解質電池の電極に用いられる正極体である。そして、前記正極活物質層は、Coを含むLiイオン伝導性の酸化物で構成され、ラマン分光分析における非晶質Coのピーク強度とLiイオン伝導性の酸化物のピーク強度との強度比が0.02以上0.50以下であることを特徴とする。
【0010】
この構成によれば、正極活物質層が適量の非晶質Coを含むことで、この正極体で非水電解質電池を構成して充放電した際、正極活物質の体積変化を非晶質Coが緩衝すると推察される。そのため、正極活物質の体積変化に伴う正極活物質層の微粉化・不活化を抑制し、充放電サイクル特性に優れた電池とすることができる。
【0011】
(2)本発明の正極体の製造方法は、気相法により正極活物質層を形成する工程を含む正極体の製造方法に係る。そして、この正極活物質層の形成工程は、次の過程を含むことを特徴とする。
成膜過程:酸素と不活性ガスの含有雰囲気にて、Coを含むLiイオン伝導性の酸化物を形成する。
アニール過程:前記酸化物の層に、酸素含有雰囲気にて、550℃以上750℃以下の温度範囲で、30分以上の加熱を行う。
【0012】
この構成によれば、正極活物質層中に、適量の非晶質Coを生成させることができる。その結果、得られた正極体で非水電解質電池を構成して充放電した際、正極活物質の体積変化を非晶質Coが緩衝し、従来、この体積変化により問題となっていた正極活物質層の微粉化・不活化を低減することができる。
【0013】
(3)本発明の非水電解質電池は、正極体、負極体、及びこれら電極体の間に介在される固体電解質層を備える非水電解質電池であって、正極体を上記本発明の正極体としたことを特徴とする。
【0014】
この構成によれば、電池に用いられる正極活物質が電池の充放電に伴って体積変化しても、非晶質Coが緩衝材となるため、正極活物質層の微粉化・不活化を低減することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の正極体によれば、非水電解質電池の電極体として用いた場合、高い充放電サイクル特性を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施形態に係る非水電解質電池の概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明正極体とその製造方法、並びに前記正極体を用いた本発明非水電解質電池の実施形態を図1に基づいて説明する。
【0018】
<全体構成>
本発明非水電解質電池100は、本発明正極体1、負極体2、およびこれら電極体1,2の間に介在される固体電解質(SE)層3を備えている。さらに、電池100は、必要に応じて、正極体1とSE層3の間に中間層4を備えている。以下、電池100の各構成を、電池100を作製する際の形成順序に沿って説明する。
【0019】
<各構成>
≪正極体≫
正極体1は、集電機能を有する正極集電体11と、その一面側に形成される正極活物質層12とを備える。
【0020】
正極体1のうち、正極集電体層11の材質としては、種々の金属(Al,Ni,Auなど)や合金を使用できるが、特に、SUS304、SUS304L、SUS316、SUS316Lなどのステンレスが好適である。ステンレスは、後述する組成式の正極活物質層12との密着性が良く、好ましい。また、ステンレスは、正極集電体11として要求される機械的強度を備えると共に、正極活物質を劣化させる元素を含まない点でも正極集電体11の材質として好ましい。
【0021】
一方、正極体1の正極活物質層12に含まれる正極活物質としては、Coを含むLiイオン伝導性の酸化物を用いる。より具体的には、Liαβ(1−X)(α=Coを必須とし、必要に応じてNi及びMnの1種以上;β=Fe,Al,Ti,Cr,Zn,Mo,Biから選択される1種以上;0.5≦X≦1.0)で表される物質が好ましい。例えば、LiCoO(α=Co、X=1)、LiNi1/3Co1/3Mn1/3(α=Co+Ni+Mn、X=1)、LiNi0.8Co0.15Al0.05(α=Co+Ni、β=Al、X=0.95)などを挙げることができる。とりわけ、LiCoOが好適に利用できる。
【0022】
また、この正極活物質層12には、所定量の非晶質Coが含まれる。非晶質Coは、後述する正極体1の製造条件により生成され、代表的には、正極活物質の結晶粒界に存在すると思われる。このような正極体1で非晶質電解質電池を構成し、その電池で充放電を繰り返すと、正極活物質の膨張・収縮が生じるが、正極活物質の結晶粒界に存在する非晶質Coが、正極活物質の体積変化を緩衝すると考えられる。その結果、正極活物質層12の微粉化・不活化が抑制できる。
【0023】
この非晶質Coの含有量は、正極活物質層12をラマン分光分析した際のピーク強度比で規定する。具体的には、非晶質Coのピーク強度とLiイオン伝導性の酸化物のピーク強度との強度比を0.02以上0.50以下とする。この強度比が下限値以上では、非晶質Coが正極活物質の体積変化を緩衝する効果が得られ易い。逆に、この強度比が上限値以下では、非晶質Coが正極活物質の粒界でのイオン伝導の阻害要因とならない。そのため、この範囲のピーク強度比を持った正極活物質層12で非水電解質電池を構成すれば、その電池で充放電を繰り返しても、正極活物質層12の微粉化・不活化を抑制することができる。より好ましいピーク強度比の範囲は、0.04以上0.09以下である。
【0024】
この正極体1を作製するには、まず正極集電体11となる導電性の金属基板を用意し、その後、その金属基板の一面側に気相法により正極活物質層12を形成する成膜過程と、成膜された正極活物質層12を所定の条件で加熱するアニール過程とを順次行う。
【0025】
この成膜過程における条件としては、酸素と不活性ガスの含有雰囲気にて行うことが挙げられる。従来、正極活物質層12の成膜は、酸素を含まない不活性ガス雰囲気で行われていたが、酸素を含む不活性ガス雰囲気で正極活物質層12を成膜することで、正極活物質層12中に所定量の非晶質Coを生成させることができる。不活性ガスの具体例としては、Arが挙げられる。酸素と不活性ガスの混合比率は、体積比率で1:1程度とすることが好ましい。気相法の具体例としては、スパッタリング法、特にRFスパッタリング法などが好適に利用できる。
【0026】
一方、この成膜過程に続いて行われるアニール過程は、通常、成膜しただけではLiイオン伝導性の低い非晶質の正極活物質を結晶質として、正極活物質層12のLiイオン伝導性を高める。
【0027】
アニール過程における雰囲気は、酸素含有雰囲気とする。酸素含有雰囲気とすることで、アニール時にCoを含むLiイオン伝導性の酸化物から酸素が抜けることを防止する。この酸素含有雰囲気の代表例としては、大気雰囲気とすることが挙げられる。
【0028】
また、アニール過程の温度は、550〜750℃とする。この温度の下限値以上では非晶質Coが過剰に生成されることがなく、逆に上限値以下では非晶質Coを必要量生成させることができる。より好ましい温度範囲は、650℃以上700℃以下である。
【0029】
そして、アニール過程における時間は、30分以上とする。30分以上であれば、非晶質の正極活物質を結晶質化することができる。但し、あまり長時間アニールを行っても、得られる正極活物質層12の性能に大きな差は見られない。そのため、正極体1の生産効率を考慮すれば、アニール過程の時間の上限は2時間程度とすることが好ましい。
【0030】
≪中間層≫
中間層4は、SE層3が硫化物系固体電解質の場合、正極活物質層12とSE層3との間で、正極活物質と硫化物系固体電解質とが反応して高抵抗層が形成されることを抑制するためのものである。このような中間層4の材料としては、例えば、LiNbOや、LiTaOなどのLiイオン伝導性酸化物を利用することができる。SE層3が硫化物系以外の固体電解質の場合、中間層4は省略することができる。
【0031】
≪SE層≫
SE層3は、正極体1と負極体2との間のLiイオンの遣り取りを媒介する層である。SE層3に要求される特性は、低電子伝導性で、高Liイオン伝導性であることである。SE層3の材質としては、酸化物系の固体電解質や、硫化物系の固体電解質を挙げることができる。酸化物系の固体電解質としては、例えば、LiPON(Liイオン伝導度:2〜3×10−6S/cm)を挙げることができる。硫化物系の固体電解質としては、代表的にはLiS−PがLiイオン伝導性の面から好適である。LiS−PにさらにPなどの酸化物を含有させ、SE層3の電気化学的安定性を向上させても良い。このLiS−P−PのLiイオン伝導度は1×10−4〜3×10−3S/cm程度である。
【0032】
このSE層3の形成には、上記正極体1又はさらに中間層4を備える積層体を基材として気相法により形成することができる。気相法としては、例えば、PVD法、CVD法が挙げられる。具体的には、PVD法としては、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法、レーザーアブレーション法が、CVD法としては、熱CVD法、プラズマCVD法などが挙げられる。
【0033】
≪負極体≫
図1の負極体2は、負極集電体21と負極活物質層22とを備える。負極集電体21としては、CuやAlなどを利用できる。また、負極活物質層22に含まれる負極活物質としては、金属Liの他、SiやCのようにLiと化合物を形成することができる元素や、NbなどのLiと化合物を形成することができる化合物を利用することができる。
【0034】
<試作例>
実施形態に示す非水電解質電池100と同様の構成を備える電池を作製し、その電池100の評価を行った。まず、電池100のうち、正極集電体11と正極活物質層12とからなる正極体1を異なる条件で複数作製し、各正極体1の正極活物質層12に対して、正極活物質層12中のCoの生成状態を評価した。その後、各正極体1にSE層3や負極体2などの他の層を形成して電池100を完成させ、各電池100の充放電サイクル特性を評価した。
【0035】
≪正極体の作製≫
まず、電池100の作製にあたり、厚さ200μmのSUS316基板を複数用意した。このSUS316基板は、電池100の正極集電体11を構成するものである。
【0036】
用意した各SUS316基板の一面に、厚さ10μmのLiCoOからなる正極活物質層12を成膜した。正極活物質層12の成膜には、ArとOの混合ガスを用いたRF(高周波)スパッタリング法を用いた。より具体的には、ArとOを1:1の体積比率で含んだプラズマ中で成膜を行った。正極集電体11の一面側に正極活物質層12を形成した正極体1は、大気中にて、後に示す表1の条件でアニールした。
【0037】
得られた各正極体の正極活物質層について、ラマン分光分析とX線回折分析を行った。ラマン分光分析では、Coのピーク強度(680cm−1近傍)/LiCoOのピーク強度(595cm−1近傍)を正極活物質層中のCo量に対応する強度比として求めた。その結果も表1に示す。
【0038】
≪非水電解質電池の作製≫
次に、正極活物質層12の上に、厚さ20nmのLiNbOからなる中間層4を成膜した。中間層4の成膜には、エキシマレーザーアブレーション法を用いた。
【0039】
さらに、中間層4の上に、厚さ5μmのLiS−PからなるSE層3を真空蒸着法にて成膜した。SE層3の成膜には、LiSとPを蒸発源とする二元系の抵抗加熱法を用いた。
【0040】
そして、SE層3上に、厚さ20nmのSi膜(図示せず)と、厚さ1.0μmのLi金属からなる負極活物質層22とを、それぞれRFスパッタリング法、真空蒸着法を用いて形成することで電池100を完成させた。ここで、Si膜は、SE層3と負極活物質層22との密着性を向上させるための界面層である。また、この電池100における負極活物質層22は、負極集電体21を兼ねる。
【0041】
作製した各電池100に対して、電流密度:0.05mA/cm、電圧範囲:4.2〜3.0Vの条件で充放電サイクル試験を実施した。各電池の充放電100サイクル後の容量維持率(100サイクル時の放電容量/サイクル中の最大放電容量)も併せて表1に示す。
【0042】
【表1】

【0043】
表1に示すように、アニール温度が550〜750℃で、ラマンピークの強度比が0.02〜0.50の試料No.2〜No.6は、容量維持率が80%を超えていた。特に、アニール温度を650〜700℃とした試料No.3とNo.4は、ラマンピークの強度比が0.04〜0.09で、容量維持率が90%を超えていた。一方、試料No.1とNo.7は、いずれも容量維持率が80%未満であった。
【0044】
なお、いずれの試料も、X線回折分析では、Coのピークは確認されなかった。そのため、各試料中のCoは非晶質であると考えられる。さらに、この試験例におけるアニール条件は、Coが結晶化しやすい条件であるにもかかわらず、アニール後のCoが非晶質であったことから、アニール前のCoも非晶質であったと考えられる。
【0045】
なお、本発明の実施形態は、上述した実施形態に限定されるわけではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の正極体は非水電解質電池の部材として利用できる。また、本発明の非水電解質電池は、携帯機器などの各種電気機器の電源として利用できる。とりわけ、この電池は、リチウムイオン電池として好適に利用できる。
【符号の説明】
【0047】
100 非水電解質電池
1 正極体 11 正極集電体 12 正極活物質層
2 負極体 21 負極集電体 22 負極活物質層
3 SE層
4 中間層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
正極活物質層を有し、非水電解質電池の電極に用いられる正極体であって、
前記正極活物質層は、
Coを含むLiイオン伝導性の酸化物で構成され、
ラマン分光分析における非晶質Coのピーク強度とLiイオン伝導性の酸化物のピーク強度との強度比が0.02以上0.50以下であることを特徴とする正極体。
【請求項2】
前記強度比が0.04以上0.09以下であることを特徴とする請求項1に記載の正極体。
【請求項3】
前記Liイオン伝導性の酸化物がLiCoOであることを特徴とする請求項1又は2に記載の正極体。
【請求項4】
気相法により正極活物質層を形成する工程を含む正極体の製造方法であって、
前記正極活物質層の形成工程は、
酸素と不活性ガスの含有雰囲気にて、Coを含むLiイオン伝導性の酸化物を形成する成膜過程と、
前記酸化物の層に、酸素含有雰囲気にて、550℃以上750℃以下の温度範囲で、30分以上の加熱を行うアニール過程とを含むことを特徴とする正極体の製造方法。
【請求項5】
前記アニール過程を、650℃以上700℃以下の温度範囲で行うことを特徴とする請求項4に記載の正極体の製造方法。
【請求項6】
正極体、負極体、及びこれら電極体の間に介在される固体電解質層を備える非水電解質電池であって、
前記正極体が請求項1〜3のいずれか1項に記載の正極体であることを特徴とする非水電解質電池。

【図1】
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【公開番号】特開2011−233402(P2011−233402A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−103641(P2010−103641)
【出願日】平成22年4月28日(2010.4.28)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】