説明

水系インクジェットインク用エマルジョン及びそれを用いた水系インクジェットインク組成物

【課題】印字安定性、印字濃度が良好であるとともに、耐擦性、光沢性等の印字品質に優れた水系インクジェットインクを提供し得る水系インクジェットインク用エマルジョンを提供する。
【解決手段】(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒で乳化重合させて得られるエマルジョンを主成分とする水系インクジェットインク用エマルジョンである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系インクジェットインク用エマルジョン、及びそれを用いた水系インクジェットインク組成物に関し、更に詳しくは、紙、OHP等の基材に対する印字品質に優れる水系インク、特にインクジェット記録用インクとして有用な水系インクジェットインクに添加されるポリマーエマルジョンとして好適な水系インクジェットインク用エマルジョン、及びそれを用いた水系インクジェットインク組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット方式によって紙等の基材に印字・記録する方式は、コンピューター等に接続されて用いられるプリンター等に採用され、近年、急速に普及している。インクジェット方式による記録方式は、インクの微少液滴を飛翔させて紙や高分子シート等の記録シートに付着させ、画像、文字等の記録を行うものである。この記録方式は、高速、低騒音であるとともに多色化が可能であり、更には記録パターンの融通性が大きく、現像−定着が不要である等の特徴がある。また、多色インクジェット記録方式によれば、製版方式による多色印刷やカラー写真方式と比較してみても、何ら遜色のない正確かつ美的な画像を記録できるようになってきた。
【0003】
このようなインクジェット方式のプリンター等に用いられる水系インクジェットインクには、印刷品質向上のためにポリマーエマルジョンが添加されるのが一般的である。関連する従来技術として、塗料等として好適なフッ素系重合体水性分散液(例えば、特許文献1参照)や、水性樹脂の一部としてフッ素含有アクリル系共重合体樹脂を使用し、乾燥性や印刷品質等の向上を図ったインクジェット記録用水性顔料分散インク組成物(例えば、特許文献2参照)が開示されている。
【0004】
しかしながら、例えば、特許文献2に記載されたインクジェット記録用水性顔料分散インク組成物であっても、紙、OHP等の基材に印字した場合における印字濃度が十分ではない場合があった。また、耐擦性、光沢性、写像性等をはじめとする印字品質についても、未だ十分に満足できるものであるとはいえない。従って、印字安定性、印字濃度が良好であるとともに、耐擦性、光沢性等の印字品質に優れた水系インクジェットインク組成物、及びこのような水系インクジェットインク組成物を提供し得るポリマーエマルジョンの開発が望まれている。
【特許文献1】特開平3−7784号公報
【特許文献2】特開平10−158563号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、印字安定性、印字濃度が良好であるとともに、耐擦性、光沢性等の印字品質に優れた水系インクジェットインク組成物を提供し得る水系インクジェットインク用エマルジョン、及び印字安定性、印字濃度が良好であるとともに、耐擦性、光沢性等の印字品質に優れた水系インクジェットインク組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を達成すべく鋭意検討した結果、フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒で乳化重合させて得られるエマルジョンを主成分とすることによって、上記課題を達成することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本発明によれば、以下に示す水系インクジェットインク用エマルジョン、及び水系インクジェットインク組成物が提供される。
【0008】
[1](a)フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒で乳化重合させて得られるエマルジョンを主成分とする水系インクジェットインク用エマルジョン。
【0009】
[2]前記(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーが、アクリル系モノマー及び/又は脂肪族共役ジエンモノマーである前記[1]に記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【0010】
[3]前記エマルジョンが、前記(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子100質量部に対して、前記(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマー20〜300質量部を使用して乳化重合させて得られたものである前記[1]又は[2]に記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【0011】
[4]数平均粒子径が40〜150nmである前記[1]〜[3]のいずれかに記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【0012】
[5]前記水系インクジェットインク用エマルジョンが添加される水系インクジェットインクが、顔料含有インクである前記[1]〜[4]いずれかに記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【0013】
[6]水系インクジェットインクと、前記[1]〜[5]のいずれかに記載の水系インクジェットインク用エマルジョンと、を含む水系インクジェットインク組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明の水系インクジェットインク用エマルジョンは、印字安定性、印字濃度が良好であるとともに、耐擦性、光沢性等の印字品質に優れた水系インクジェットインクを提供し得るといった効果を奏するものである。また、本発明の水系インクジェットインク組成物は、印字安定性、印字濃度が良好であるとともに、耐擦性、光沢性等の印字品質に優れているといった効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の最良の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、適宜、設計の変更、改良等が加えられることが理解されるべきである。
【0016】
本発明の実施形態である水系インクジェットインク用エマルジョンは、(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒で乳化重合させて得られるエマルジョンを主成分とするものである。以下、その詳細について説明する。
【0017】
(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子
本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンの主成分となるエマルジョンを得るために用いられる(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子としては、フッ化ビニリデン単独重合体からなる粒子、又はフッ化ビニリデンと、フッ化ビニリデンと共重合可能なモノマーとの共重合体(フッ化ビニリデン共重合体)からなる粒子を挙げることができる。フッ化ビニリデンと共重合可能なモノマーとしては、例えばフッ化ビニル、テトラフルオロエチレン、トリフルオロクロロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、ヘキサフルオロイソブチレン等の含フッ素モノオレフイン類、パーフルオロ(メタ)アクリル酸、パーフルオロ(メタ)アクリル酸の(シクロ)アルキルエステル、(メタ)アクリル酸のフルオロ(シクロ)アルキルエステル等の含フッ素アクリル系単量体、プロピレン、シクロヘキシルビニルエーテル、2−ヒドロキシエチルビニルエーテル等の他のモノエチレン性不飽和単量体、ブタジエン、イソプレン、クロロプレン等の脂肪族共役ジエン類等を挙げることができる。これらのフッ化ビニリデンと共重合可能なモノマーは、1種単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。
【0018】
フッ化ビニリデン共重合体に占める、フッ化ビニリデンの含有率は、50質量%以上であることが好ましい。フッ化ビニリデン系重合体粒子を構成するフッ化ビニリデン系重合体としてはフッ化ビニリデン単独重合体、2元共重合体としてフッ化ビニリデン/テトラフルオロエチレン共重合体、フッ化ビニリデン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体、3元共重合体としてフッ化ビニリデン/テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体が好ましく、フッ化ビニリデン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体、フッ化ビニリデン/テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体が更に好ましい。なお、これらのフッ化ビニリデン系重合体は、1種単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。
【0019】
フッ化ビニリデン共重合体における各単量体の組成比率は、例えば、フッ化ビニリデン/テトラフルオロエチレン共重合体の場合、フッ化ビニリデンが50〜90質量%、テトラフルオロエチレンが50〜10質量%であることが好ましい。また、フッ化ビニリデン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体の場合、フッ化ビニリデンが50〜90質量%、ヘキサフルオロプロピレンが50〜10質量%であることが好ましい。更に、フッ化ビニリデン/テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体の場合、フッ化ビニリデンが50〜80質量%、テトラフルオロエチレンが10〜40質量%、ヘキサフルオロプロピレンが5〜40質量%であることが好ましい。なお、フッ化ビニリデン系重合体の重量平均分子量は、1万〜20万であることが好ましい。
【0020】
水系溶媒中に分散したフッ化ビニリデン系重合体粒子は、例えば下記(1)〜(3)の方法等によって調製することができる。即ち、(1)フッ化ビニリデンを、フッ化ビニリデンと共重合可能なモノマーの存在下又は非存在下で水系溶媒中で乳化重合する方法、(2)フッ化ビニリデンを、フッ化ビニリデンと共重合可能な単量体の存在下又は非存在下で溶液重合してフッ化ビニリデン系重合体の溶液を得た後、得られたフッ化ビニリデン系重合体の溶液を水系分散体に転相する方法、(3)フッ化ビニリデンを、フッ化ビニリデンと共重合可能な単量体の存在下又は非存在下で沈澱重合して重合体粒子を得た後、得られた重合体粒子を水系溶媒中に分散させる方法、等の方法により、水系溶媒中に分散したフッ化ビニリデン系重合体粒子を調製することができる。これら(1)〜(3)の方法等は、従来公知の手法により実施することができる。
【0021】
上記の(1)〜(3)の方法のうち、(1)の方法(乳化重合法)が、得られるフッ化ビニリデン系重合体のエマルジョンを、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを乳化重合させるのにそのまま使用することができる点で好ましい。フッ化ビニリデン系重合体粒子の数平均粒径は、20〜300nmであることが好ましく、30〜200nmであることが更に好ましい。このようにして得られるフッ化ビニリデン系重合体粒子は、1種単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。
【0022】
(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマー
本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンの主成分となるエマルジョンを得るために用いられる(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーには特に制限はない。具体的には、スチレン、α−メチルスチレン、o−メチルスチレン、p−メチルスチレン、m−メチルスチレン、ビニルナフタレン、ジビニルスチレン等の芳香族モノマー、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−プロピル、(メタ)アクリル酸i−プロピル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸n−アミル、(メタ)アクリル酸i−アミル、(メタ)アクリル酸ヘキシル、(メタ)アクリル酸2−ヘチルヘキシル、(メタ)アクリル酸オクチル、(メタ)アクリル酸i−ノニル、(メタ)アクリル酸デシル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシメチル、(メタ)アクリル酸ヒドロキシルエチル等の(メタ)アクリル酸アルキルエステル、イタコン酸、フマル酸、(メタ)アクリル酸、マレイン酸、クロトン酸等の不飽和カルボン酸、(メタ)アクリルアミド、N−メチロールアクリルアミド等のエチレン性不飽和カルボン酸アルキルアミド、酢酸ビニル、プロピロン酸ビニル等のカルボン酸ビニルエステル、エチレン性不飽和ジカルボン酸の無水物、モノアルキレステル、モノアミド類、アミノエチルアクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、ブチルアミノエチルアクリレート等のエチレン性不飽和カルボン酸のアミノアルキルエステル、アミノエチルアクリルアミド、ジメチルアミノメチルメタクリルアミド、メチルアミノプロピルメタクリルアミノ等のエチレン性不飽和カルボン酸アミノアルキルアミド、(メタ)アクリロニトリル、α−クロルアクリロニトリル等のシアン化ビニル系化合物、グリシジル(メタ)アクリレート等の不飽和脂肪族グリシジルエステル、官能基として、アルコキシシラン基、水酸基、又はポリエチレンオキサイド基を含む官能基含有モノマーを挙げることができる。また、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーとしては、前述の(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子を構成するような、フッ化ビニリデン、フッ化ビニリデンと共重合可能なモノマー等、即ち、フッ素含有モノマーも使用することができる。
【0023】
上述した官能基含有モノマーのうちのアルコキシシラン基含有モノマーとしては、例えばγ−メタクリロキシトリエトキシシラン、水酸基含有モノマーとしては、例えば2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレートを挙げることができる。また、ポリエチレンオキサイド基含有モノマーとしては、例えばポリエチレングリコールモノメタクリレート(商品名:ブレンマーPE200(日本油脂社製))等を挙げることができる。
【0024】
本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンにおいては、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーとしては、スチレン、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸n−ブチル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル等の(メタ)アクリル系モノマーである(メタ)アクリル酸アルキルエステル、又は(メタ)アクリロニトリルが好ましい。更には、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーが、アクリル系モノマー及び/又は脂肪族共役ジエンモノマーであることが好ましい。なお、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを1種単独で使用しても、2種以上併用してもよい。
【0025】
前述の(a)フッ化ビニリデン系重合体の粒子の存在下に、上述してきた(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒中で重合させる。その際の重合は、乳化重合である。(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーの使用割合は、(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子(固形分)100質量部当たり、固形分換算で20〜300質量部であることが好ましく、50〜200質量部であることが更に好ましく、70〜150質量部であることが特に好ましい。(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーの使用割合が20質量部未満であると、得られる水系インクジェットインク用エマルジョンを用いた水系インクジェットインク組成物を使用した場合に、印刷物の耐擦性が低下する傾向がある。一方、300質量部超であると印字濃度が向上し難くなる傾向にある。
【0026】
(c)連鎖移動剤
また、本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンの主成分となるエマルジョンを、(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒で乳化重合することによって調製するにあたり、(c)連鎖移動剤を併用することもできる。(c)連鎖移動剤としては、例えば、オクチルメルカプタン、n−ドデシルメルカプタン、t−ドデシルメルカプタン、n−ヘキサデシルメルカプタン、n−テトラデシルメルカプタン、t−テトラデシルメルカプタン等のメルカプタン類、ジメチルキサントゲンジスルフィド、ジエチルキサントゲンジスルフィド、ジイソプロピルキサントゲンジスルフィド等のキサントゲンジスルフィド類、テトラメチルチウラムジスルフィド、テトラエチルチウラムジスルフィド、テトラブチルチウラムジスルフィド等のチウラムジスルフィド類、四塩化炭素、臭化エチレン等のハロゲン化炭化水素類、ペンタフェニルエタン、1,1−ジフェニルエチレン、α−メチルスチレンダイマー等の炭化水素類、及びアクロレイン、メタクロレイン、アリルアルコール、2−エチルヘキシルチオグリコレート、ターピノーレン、α−テルピネン、γ−テルピネン、ジペンテン等を挙げることができる。
【0027】
これらの(c)連鎖移動剤を1種単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。(c)連鎖移動剤の使用量は、全モノマー成分100質量部に対して0.1〜10質量部であることが好ましく、0.3〜5質量部であることが更に好ましい。
【0028】
(d)その他の添加剤等
(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒で乳化重合させてエマルジョンを得るに際して用いられるラジカル開始剤としては、クメンハイドロパーオキサイド、ジイソプロピルベンゼンパーオキサイド、ジイソプロピルベンゼンハイドロパーオキサイド等の有機ハイドロパーオキサイド類からなる酸化剤と、含糖ピロリン酸処方/スルホキシレート処方の混合処方の還元剤との組み合わせであるレドックス系開始剤、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム等の過硫酸塩、アゾビスイソブチロニトリル、ジメチル−2,2’−アゾビスイソブチレート、2−カルバモイルアザイソブチロニトリル等のアゾ系開始剤、ベンゾイルパーオキサイド、ラウロイルパーオキサイド等の有機過酸化物等を挙げることができる。なかでも、有機過酸化物が好ましい。ラジカル重合開始剤の使用量は、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマー100質量部に対して、通常、0.05〜20質量部であり、0.1〜10質量部であることが好ましい。
【0029】
また、乳化重合に際して用いられる乳化剤としては、陰イオン性乳化剤、非イオン性乳化剤、陽イオン性乳化剤、両性イオン乳化剤、水溶性ポリマー等の乳化剤、反応性乳化剤を挙げることができる。
【0030】
陰イオン性乳化剤としては、例えば高級アルコール硫酸エステルのアルカリ金属塩、アルキルベンゼンスルホン酸のアルカリ金属塩、コハク酸ジアルキルエステルスルホン酸のアルカリ金属塩、アルキルジフェニルエーテルジスルホン酸のアルカリ金属塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルの硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルの硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルのリン酸エステル塩等を挙げることができる。
【0031】
非イオン性乳化剤としては、例えばポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、糖鎖を親水基とするアルキルエーテル等を挙げることができる。陽イオン性乳化剤としては、アルキルピリジウムクロライド、アルキルアンモニウムクロライド等を挙げることができる。また、両性イオン乳化剤としては、ラウリルベタイン等を挙げることができる。これらの乳化剤の使用量は、全モノマー100質量部に対して5質量部以下であることが好ましい。
【0032】
本発明の実施形態である水系インクジェットインク用エマルジョンの主成分となるエマルジョンは、(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマー、水、ラジカル重合開始剤、乳化剤、及び必要に応じて(c)連鎖移動剤や有機溶剤等を混合し、それぞれのモノマーの乳化重合を行うことにより得ることができる。乳化重合の具体的な方法としては特に制限はないが、モノマーの一部を重合した後、残部を連続的に若しくは断続的に添加する方法、又は重合開始当初からモノマーを連続的に添加する方法を挙げることができる。重合温度は、通常、20〜85℃であり、25〜80℃であることが好ましい。重合時間は、通常、3〜30時間である。ここで、本明細書における「エマルジョンを主成分とする」とは、本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンに含まれる、乳化重合により得られるエマルジョンの割合が30質量%以上であることをいい、好ましくは50質量%以上、更に好ましくは80質量%以上であることをいう。
【0033】
また、本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンにおいては、その数平均粒子径が40〜150nmであることが好ましく、50〜130nmであることが更に好ましく、60〜130nmであることが特に好ましい。数平均粒子径が150nm超であると、水系インクジェットインク用エマルジョン自体の貯蔵安定性が低下し易くなるとともに、この水系インクジェットインク用エマルジョンを用いた水系インクジェットインク組成物を使用した場合に、印字安定性が低下する場合がある。一方、40nm未満であると、重合安定性が低下する傾向にある。本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンの数平均粒子径は、例えばPhotal PAR−III(商品名(大塚電子社製))によって測定することができる。なお、本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンの数平均粒子径は、分子量や乳化剤の使用量等により適宜調整することができる。
【0034】
本実施形態の水系インクジェットインク用エマルジョンが添加される水系インクジェットインクは、顔料含有インクであることが好ましい。顔料としては、例えば不溶性アゾ顔料、縮合アゾ顔料、アゾレーキ、キレートアゾ顔料等のアゾ顔料、フタロシアニン顔料、ペリレン及びペリノン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料、ジオキサジン顔料、チオインジゴ顔料、イソインドリノン顔料、キノフタロニ顔料等の多環式顔料や、染料レーキ、ニトロ顔料、ニトロソ顔料、アニリンブラック、蛍光顔料等の有機顔料、酸化チタン、酸化鉄系、カーボンブラック等を挙げることができる。
【0035】
顔料は、1種単独で使用しても2種以上を併用してもよい。更に、上記顔料に必要に応じて公知の染料をブレンドして使用することもできる。また、その表面に親水性基を有する、分散剤を用いずとも水に自己分散可能な自己分散顔料を使用することもできる。この自己分散顔料の表面上の親水性基としては、カルボン酸基、スルホン酸基、リン酸基、ノニオン基等を挙げることができる。
【0036】
次に、本発明の実施形態である水系インクジェットインク組成物について説明する。本実施形態の水系インクジェットインク組成物は、水系インクジェットインクと、上述してきた水系インクジェットインク用エマルジョンとを含むものである。従って、印字濃度が良好であるとともに、耐擦性、光沢性等の印字品質に優れたものである。
【0037】
本実施形態の水系インクジェットインク組成物に含まれる水系インクジェットインクは、従来公知の方法によって調製することができる。例えば、前述の各種顔料、水、及び溶剤等を混合することにより調製することができる。従って、本実施形態の水系インクジェットインク組成物は、上述してきた本発明の本実施形態である水系インクジェットインク用エマルジョン、顔料、水、及び溶剤等を混合することにより調製することができる。
【0038】
本実施形態の水系インクジェットインク組成物中の顔料濃度は、0.1〜20質量%であることが好ましく、0.5〜10質量%であることが更に好ましい。顔料濃度が0.1質量%未満であると、印字濃度が不十分となる傾向にある。一方、20質量%超であると、分散物の粒径が増大したり凝集が生じたりして、印字安定性が低下する傾向にある。
【0039】
また、本実施形態の水系インクジェットインク組成物中の水系インクジェットインク用エマルジョンの濃度は、固形分濃度で0.1〜5質量%であることが好ましく、0.2〜3質量%であることが好ましい。0.1質量%未満であると、耐擦性及び光沢性の改良効果が小さくなる傾向にある。一方、5質量%超であると、インク粘度が上がるため、印字安定性が低下する傾向にある。
【0040】
本実施形態の水系インクジェットインク組成物には、浸透剤又は湿潤剤を含有させることができる。浸透剤としては、例えばエチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール等のグリコール類、グリセリン、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、トリエチレングリコールモノブチルエーテル、カルビトール類等の多価アルコールエーテル類、アルコール類、アセテート類、チオジグリコール、N−メチル−2−ピロリドン、トリエタノールアミン等の含窒素化合物類等を挙げることができる。
【0041】
浸透剤又は湿潤剤としては、炭素数が5〜10のアルキル基を有するアルコール化合物が好ましい。具体的には、1,2−ペンタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,2,6−ヘキサントリオール、エチレングリコールモノヘキシルエーテル、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル、トリエチレングリコールモノヘキシルエーテル、ペンタノール、ヘキサノール、ヘプタノール、オクタノール等の化合物を挙げることができる。これら化合物のアルキル基は、直鎖でも分岐鎖でもよい。なかでも、1,2−ヘキサンジオール、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテルが更に好ましい。これらの化合物を1種単独で使用しても、2種以上を併用してもよい。
【0042】
本実施形態の水系インクジェットインク組成物には、上述の水系インクジェットインク用エマルジョン、顔料、水、溶剤以外に、公知の添加剤を添加することもできる。例えば、多価アルコール等の湿潤剤、分散剤、消泡剤、各種界面活性剤等の表面張力調整剤、キレート剤、酸素吸収剤等を添加することができる。分散剤としては、脂肪酸塩、アルキルスルホン酸塩等のアニオン系界面活性剤、脂肪族アミン、4級アンモニウム塩等のカチオン系界面活性剤、ベタイン型化合物等の両性界面活性剤、ポリオキシエチレン化合物の脂肪酸エステル型等のノニオン系界面活性剤、セルロース系高分子、リグニンスルホン酸塩、ポリアクリル酸塩、スチレン−アクリル酸共重合物塩、スチレン−マレイン酸共重合物塩、ナフタレンスルホン酸のホルマリン縮合物、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール等を挙げることができる。
【0043】
本実施形態の水系インクジェットインク組成物中の顔料の粒子径は、30〜300nmであることが好ましく、50〜200nmであることが好ましい。なお、本実施形態の水系インクジェットインク組成物は、インクジェット記録に好適な粘度と表面張力を有することが好ましい。粘度は、25℃で、0.7〜15mPa・sであることが好ましく、1〜10mPa・sであることが更に好ましい。また、表面張力は、25℃で、200〜700μN/cmであることが好ましく、250〜600μN/cmであることが更に好ましく、300〜400μN/cmであることが特に好ましい。
【実施例】
【0044】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。また、各種物性値の測定方法、及び評価方法を以下に示す。
【0045】
[数平均粒子径(Dn)]:レーザー粒径解析システムLPA3100(商品名(大塚電子社製))を使用して常法に従って求めた。
【0046】
[印字安定性]:調製した水系インクジェットインク組成物を使用し、インクジェットプリンター EM930(商品名(セイコーエプソン社製))を用いてPM写真用紙(商品名(セイコーエプソン社製))に、12cm×20cmの大きさでベタ印字した。10枚連続して同様にベタ印字し、以下の基準で印字安定性を評価した。
○:10枚のうちのすべての印刷物について、インクのかすれ及び印字不良がない
×:10枚のうちの1枚でも、インクのかすれ又は印字不良がある
【0047】
[印字濃度]:マクベス濃度計により、印字物の光学濃度(OD値)を測定した。
【0048】
[耐擦性]:印字物表面に、PM写真用紙(商品名(セイコーエプソン社製))をその裏面が接するように載置するとともに300gの荷重をかけた。この状態で、印字物表面を20rpmで20回転させ、表面の傷の付き具合により以下の基準で耐擦性を評価した。
○:印字層に傷及び剥離がほとんどなし
△:印字層に傷又は剥離が一部あり
×:印字層に傷又は剥離が大きくあり
【0049】
[光沢性]:光沢計 Micro−Haze Plus(商品名(BYK−Gardner社製))により、20度光沢を測定した。測定した光沢値により以下の基準で光沢性を評価した。
◎:光沢値120を超える
○:光沢値110〜120
△:光沢値100〜110未満
×:光沢値100未満
【0050】
(実施例1)
容量7リットルの耐圧オートクレ−ブを用意し、窒素ガス置換した後、この中に、水250部、フッ化ビニリデン系重合体粒子として、フッ化ビニリデン/テトラフルオロエチレン/ヘキサフルオロプロピレン共重合体の粒子水分散液250部(固形分換算で100部、各モノマーの質量比=フッ化ビニリデン:テトラフルオロエチレン:ヘキサフルオロプロピレン=65:25:10、数平均粒子径100nm、固形分40質量%の水分散体)、メチルメタクリレート60部、n−ブチルアクリレート25部、アクリル酸4部、及びドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム0.4部を仕込み、80℃に昇温した。その後、2質量%過硫酸カリウム水溶液1.5部を加え、85〜95℃で10時間重合した後に冷却して反応を停止させた。次いで、アンモニアでpH8に調整し、200メッシュの金網で濾過することによりエマルジョン(水系インクジェットインク用エマルジョン)を得た。得られた水系インクジェットインク用エマルジョンの数平均粒子径の測定結果を表1に示す。
【0051】
(実施例2〜4、比較例1,2)
表1に示す配合処方に従って、実施例1と同様にして水系インクジェットインク用エマルジョンを得た。得られた水系インクジェットインク用エマルジョンの数平均粒子径の測定結果を表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
(実施例5)
実施例1の水系インクジェットインク用エマルジョン1g(固形分15質量%)、顔料分散液(顔料濃度2.3質量%)20g、溶剤2gを混合し、顔料濃度2質量%の水系インクジェットインク組成物(実施例5)を調製した。調製した水系インクジェットインク組成物を使用し、インクジェットプリンター EM930(商品名(セイコーエプソン社製))を用いてPM写真用紙(商品名(セイコーエプソン社製))に印字し、各種評価を行った。評価結果を表2に示す。
【0054】
(実施例6〜8、比較例3〜6)
実施例2〜4、比較例1,2の水系インクジェットインク用エマルジョン(固形分15質量%)、及び実施例1の水系インクジェットインク用エマルジョンを調製するのに用いたものと同一のフッ化ビニリデン系重合体粒子を用いたこと以外は、上述の実施例5と同様にして顔料濃度2質量%の水系インクジェットインク組成物(実施例6〜8、比較例3〜6)を調製した。なお、比較例6の水系インクジェットインク組成物は、いずれの水系インクジェットインク用エマルジョンをも添加しなかったものである。また、調製した各水系インクジェットインク組成物を用いて上述の実施例5の場合と同様にして印字し、各種評価を行った。評価結果を表2に示す。
【0055】
【表2】

【0056】
表2に示す結果から、実施例5〜8の水系インクジェットインク組成物を用いて印字した場合には、比較例3〜6の水系インクジェットインク組成物を用いて印字した場合に比べて同等以上の印字安定性を示し、更に印字濃度が十分に濃いことが明らかである。また、実施例の水系インクジェットインク組成物を用いて印字した場合には、比較例の水系インクジェットインク組成物を用いて印字した場合に比べて、耐擦性及び光沢性に優れ、かつ印字品質のバランスに優れていることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の水系インクジェットインク用エマルジョンは、インクジェット方式のプリンター等に用いられる水系インクジェットインクに添加され、水系インクジェットインクの印字濃度や印字品質等を向上させるポリマーエマルジョンとして好適である。また、本発明の水系インクジェットインク組成物は、インクジェット方式のプリンター等に用いられるインクとして好適である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子の存在下に、
(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーを水系溶媒で乳化重合させて得られるエマルジョンを主成分とする水系インクジェットインク用エマルジョン。
【請求項2】
前記(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマーが、アクリル系モノマー及び/又は脂肪族共役ジエンモノマーである請求項1に記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【請求項3】
前記エマルジョンが、
前記(a)フッ化ビニリデン系重合体粒子100質量部に対して、
前記(b)エチレン性不飽和結合を有するモノマー20〜300質量部を使用して乳化重合させて得られたものである請求項1又は2に記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【請求項4】
数平均粒子径が40〜150nmである請求項1〜3のいずれか一項に記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【請求項5】
前記水系インクジェットインク用エマルジョンが添加される水系インクジェットインクが、顔料含有インクである請求項1〜4のいずれか一項に記載の水系インクジェットインク用エマルジョン。
【請求項6】
水系インクジェットインクと、請求項1〜5のいずれか一項に記載の水系インクジェットインク用エマルジョンと、を含む水系インクジェットインク組成物。

【公開番号】特開2006−45305(P2006−45305A)
【公開日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−226611(P2004−226611)
【出願日】平成16年8月3日(2004.8.3)
【出願人】(000004178)JSR株式会社 (3,320)
【Fターム(参考)】