説明

水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド)、その製造方法及び用途

【課題】 アルデヒドとケトンを区別して、アルデヒドのみを選択的に還元することができる試薬を提供すること。
【解決手段】 NaBH(OCH(CF3)2)3で表される化合物。水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを、水素化ホウ素ナトリウム1当量に対してヘキサフルオロイソプロパノール3当量以上の当量比で反応させることにより得られ、下記の理化学的性質を有する化合物。
1H-NMR: 4.40 (3H, septet, J=5.9 Hz)
融点:300℃以上
この化合物の製造方法、この化合物を用いて、アルデヒドを還元する方法及びアルコールを製造する方法も提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド)、その製造方法及び用途に関する。
【背景技術】
【0002】
有機合成化学において、還元反応は、最も重要かつ多用されている化学反応の一つである。中でも、還元剤であるNaBH4(水素化ホウ素ナトリウム)は、カルボニル化合物である様々なアルデヒドとケトンを、穏和な条件下で還元し、対応するアルコールを収率良く与える代表的な還元剤として知られている。
これまで、NaBH4(水素化ホウ素ナトリウム)に限らず、どの還元剤を用いても、アルデヒドとケトンを区別して、アルデヒドのみを選択的に還元することは困難であった。
【0003】
また、これまでに、ケトンの存在下において、アルデヒドを選択的に還元する手法の開発が行われている。Makiらは、チオールの存在下で、アルデヒドとケトンを、NaBH4(水素化ホウ素ナトリウム)と反応させたところ、アルデヒドを選択的に還元できたことを報告している(非特許文献1)。また、Tanemuraらは、ポリエチレングリコールジメチルエーテルの存在下で、アルデヒドとケトンを、NaBH4(水素化ホウ素ナトリウム)と反応させたところ、アルデヒドを選択的に還元できたことを報告している(非特許文献2)。しかし、これらの方法はいずれも選択性が乏しく、単独の試薬での達成例はない。
【0004】
【非特許文献1】Tetrahedron Letters No.3, pp.263-264, 1977
【非特許文献2】Synthetic Communications, 35: 867-872, 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、アルデヒドとケトンを区別して、アルデヒドのみを選択的に還元することができる試薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、NaBH4(水素化ホウ素ナトリウム)とHFIP(ヘキサフルオロイソプロパノール)から調製される新しい化合物が、アルデヒドとケトンの存在下において、アルデヒドのみを高選択的に還元し、高収率で対応する第一アルコールを与えることを見出した。
【0007】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)NaBH(OCH(CF3)2)3で表される化合物。
(2)水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを、水素化ホウ素ナトリウム1当量に対してヘキサフルオロイソプロパノール3当量以上の当量比で反応させることにより得られ、下記の理化学的性質を有する化合物。
1H-NMR: 4.40 (3H, septet, J=5.9 Hz)
融点:300℃以上
(3)水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを、水素化ホウ素ナトリウム1当量に対してヘキサフルオロイソプロパノール3当量以上の当量比で反応させることを含む、(1)又は(2)記載の化合物の製造方法。
(4)(1)又は(2)記載の化合物とアルデヒドとを反応させることを含む、アルデヒドの還元方法。
(5)(1)又は(2)記載の化合物とアルデヒドを反応させることを含む、アルコールの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の化合物は、アルデヒドとケトンを区別して、アルデヒドのみを選択的に還元することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態についてより詳細に説明する。
本発明は、水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを反応させることにより得られる化合物を提供する。水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを反応させることにより得られる化合物は、水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド)(正式名称:sodium tris(1,1,1,3,3,3-hexafluoropropan-2-yloxy)hydroborate)であるとよい。
【0010】
また、本発明は、水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを反応させることを含む、NaBH(OCH(CF3)2)3で表される化合物(すなわち、水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド))の製造方法を提供する。
水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとの反応は、水素化ホウ素ナトリウム(1当量)を、ヘキサフルオロイソプロパノール(3当量以上、好ましくは9当量)に加え、アルゴン雰囲気下、25〜45°Cで、48〜96時間攪拌するという条件で行うとよい。
【0011】
反応後、反応液を濃縮し、過剰のヘキサフルオロイソプロパノールを除去することで、水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド)が、白色結晶として得られる。これを特に精製することなく還元反応に用いることができる。
この反応により得られる生成物の収率は、原料である水素化ホウ素ナトリウムを基準とした場合、90〜99質量%である。
この反応により得られる生成物は、以下の理化学的性質を有する。
【0012】
1H-NMR: 4.40 (3H, septet, J=5.9 Hz)
融点:300℃以上
本発明の化合物は還元作用を有し、アルデヒドを選択的に還元することができる。一方、本発明の化合物は、ケトン、エステル、ニトロ化合物、カルボン酸、二重結合、三重結合、スルホキシド、スルホンを還元することができない。アルデヒドが還元されると第一アルコールになる。従って、本発明の化合物とアルデヒドとを反応させることにより、第一アルコールを製造することができる。
【0013】
本発明の化合物で還元されるアルデヒドは特に限定されないが、脂肪族アルデヒド(例えば、ヘキサナール)、芳香族アルデヒド(例えば、ベンズアルデヒド)などを例示することができる。
本発明の化合物とアルデヒドとの反応は、アルデヒド(1当量)を、CH2Cl2またはヘキサフルオロイソプロパノール(20〜50倍量)に溶かし、水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド)(2当量以上)を加えて、25〜45°Cで24〜48時間攪拌する条件で行うとよい。
【0014】
反応生成物である第一アルコールは、その種類に応じた公知の方法で、単離・精製することができる。
本発明の化合物を用いることにより、アルデヒド、ケトン、エステル、ニトロ化合物などの複数の化合物を含む反応混合物中のアルデヒドを選択的に還元できる。
また、本発明の化合物を用いることにより、一つの化合物中に存在するアルデヒド基、カルボニル基、エステル基、ニトロ基などの複数の官能基の中からアルデヒド基を選択的に還元することができる。
【0015】
本発明の化合物により、アルデヒドの還元反応を高い選択性で行うことができるようになった。この還元反応は、従来技術で用いていたチオールやポリエチレングリコールジメチルエーテルなどの特別の試薬を添加することなく、単独の試薬でアルデヒドを還元できるので簡便である。また、従来技術におけるチオールによる臭気の問題を解消し、ポリエチレングリコールジメチルエーテルの除去といった手間のかかる余分な作業を避けることができるという利点もある。
【実施例】
【0016】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0017】
〔実施例1〕
水素化ホウ素ナトリウム3.78 g(0.1当量、関東化学)を、ヘキサフルオロイソプロパノール151 g(0.9当量、セントラル硝子)に加え、アルゴン雰囲気下、25°Cで、96時間攪拌した。その後、反応液を濃縮し、過剰のヘキサフルオロイソプロパノールを除去することで、水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド)48.2 g(90%)を、白色結晶として得た。これを、特に精製することなく還元反応に用いた。
本反応で得られる物質は、還元反応を行う能力があることから、ホウ素に結合した水素を一つ以上持つ。また、本物質が、水素化ホウ素ナトリウムそのものでないことは、その反応性から明らかであり、また、本物質が、NaBH(OCH(CF3)2)やNaBH(OCH(CF3)2)であるとすると仮定すると、本反応の収率が100%を超えることになるため、本反応で得られる物質は、(NaBH(OCH(CF3)2)3と考えられる。
【0018】
〔実施例2〕
アルデヒド1(3.55 g)(0.01当量、東京化成工業)とケトン4(3.55 g)(0.01当量、東京化成工業)を、CH2Cl2(関東化学)(20倍量)、またはヘキサフルオロイソプロパノール(セントラル硝子)(20倍量)に溶かし、水素化ホウ素ナトリウムトリス(ヘキサフルオロイソプロポキシド)10.7 g(0.02当量)を加えて、25°Cで24時間攪拌した。その後、反応液に水を注加後、酢酸エチルで抽出し、有機層を食塩水で洗浄後、乾燥、濃縮した。残渣をカラムクロマトグラフィーで精製し、対応する第一アルコール7(100%)のみを得た(図1参照)。
アルデヒド2(1.06 g)(0.01当量、東京化成工業)とケトン5(1.20 g)(0.01当量、東京化成工業)、アルデヒド3(1.56 g)(0.01当量、東京化成工業)とケトン6(1.70 g)(0.01当量、東京化成工業)についても、それぞれ、同様の実験を行ったところ、対応する第一アルコール8および9(100%)のみを得た(図1参照)。
7:1H-NMR: 7.70-7.67 (4H, m), 7.45-7.34 (6H, m), 3.66 (2H, t, J= 6.6 Hz), 3.62 (2H, m), 1.62-1.50 (4H, m), 1.44-1.30 (4H, m), 1.24 (1H, d), 1.05 (9H, s).
8: 1H-NMR: 7.42-7.32 (5H, m), 4.71 (2H, d, J= 6.0 Hz), 1.75 (1H, t, J= 6.0 Hz).
9: 1H-NMR: 7.90-7.82 (4H, m), 7.58-7.43 (3H, m), 4.73 (2H, d, J= 6.0 Hz), 1.74 (1H, t, = 6.0 Hz).
本実験で、ケトンが還元されて得られる対応する第二アルコールが生成しないことから、ケトンの存在下でアルデヒドを選択的に還元できたことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明の化合物は、アルデヒドとケトンを区別して、アルデヒドのみを選択的に還元することができるので、官能基選択的な新しい有機合成反応の試薬として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本還元反応に用いたアルデヒド(1〜3)およびケトン(4〜6)と本還元反応で生成するアルコール(7〜8)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
NaBH(OCH(CF3)2)3で表される化合物。
【請求項2】
水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを、水素化ホウ素ナトリウム1当量に対してヘキサフルオロイソプロパノール3当量以上の当量比で反応させることにより得られ、下記の理化学的性質を有する化合物。
1H-NMR: 4.40 (3H, septet, J=5.9 Hz)
融点:300 ℃以上
【請求項3】
水素化ホウ素ナトリウムとヘキサフルオロイソプロパノールとを、水素化ホウ素ナトリウム1当量に対してヘキサフルオロイソプロパノール3当量以上の当量比で反応させることを含む、請求項1又は2記載の化合物の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は2記載の化合物とアルデヒドとを反応させることを含む、アルデヒドの還元方法。
【請求項5】
請求項1又は2記載の化合物とアルデヒドを反応させることを含む、アルコールの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−197376(P2007−197376A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−18751(P2006−18751)
【出願日】平成18年1月27日(2006.1.27)
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】