説明

永久磁石の防食方法

【課題】高湿環境や水中等の過酷な腐食環境において焼結金属の腐食を効果的に防止する方法を提供する。
【解決手段】防食方法は、永久磁石の構成成分の犠牲陽極となる防食材料を含む防食部材を、永久磁石に直接接触させた状態で、永久磁石とともに電解質溶液中に配置し、防食部材が、防食材料の粉末と、粉末と混合された有機物とを有し、永久磁石111が略円形状であり、永久磁石は、永久磁石とともに磁気回路を形成するヨーク171及び防食部材142a,142bとともに電解質溶液中に配置され、ヨークとして、永久磁石と吸着するバックヨーク部173と、バックヨーク部と一体に形成されて永久磁石の外周面側に配置される外周ヨーク部174と、バックヨーク部と一体に形成されて永久磁石の内周面側に配置される内周ヨーク部175とを有したものを用い、防食部材は、内周ヨーク部と永久磁石との間、及び外周ヨーク部と永久磁石との間に設けられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石の防食方法、耐食性磁石、及び磁気吸着装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気特性に優れた永久磁石として、Nd−Fe−B系永久磁石が知られている。また、Nd−Fe−B系永久磁石は、その主成分がNd(ネオジム)とFe(鉄)であることから、Sm−Co系永久磁石よりも原材料が安価であり、しかもSm−Co系永久磁石よりも優れた磁気特性を備えている。
その一方で、Nd−Fe−B系永久磁石には、大気中の湿気により容易に酸化してしまうという欠点がある。具体的には、Nd−Fe−B系永久磁石は組成となる金属の粉末を焼結した焼結金属であり、金属間化合物の結晶粒子間隔が大きいために大気中の水分等が浸入しやすいこと、及び主成分であるNdとFeが酸化しやすい元素であることから、極めて容易に酸化が進行してしまう。
そのため、Nd−Fe−B系永久磁石では、通常、磁石の表面に樹脂塗装やNiめっき等が施されている。また、これら以外の皮膜についても検討されており、例えば特許文献1には、AlやMgのフレーク状粉末とアルカリ珪酸塩ガラスとの複合皮膜を形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−049864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1を含め、従来のNd−Fe−B系永久磁石における防食技術は、大気中での永久磁石の腐食防止を対象としており、極めて水分の多い環境や水中、あるいは海水中での使用は全く想定されていない。
すなわち、過酷な腐食環境である水中や海中ではNd−Fe−B系永久磁石は使用不能であるというのが現在の常識であり、Nd−Fe−B系永久磁石を水中や海中で使用する試みは成されていない。
【0005】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み成されたものであって、高湿環境や水中等の過酷な腐食環境において焼結金属の腐食を効果的に防止する方法を提供することを目的としている。
また本発明は、強力な吸着力を有する永久磁石を備え、優れた耐食性により水中使用を可能とした耐食性磁石、及びこれを備えた磁気吸着装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の永久磁石の防食方法は、電解質溶液中での永久磁石の腐食を防止する方法であって、前記永久磁石の構成成分の犠牲陽極となる防食材料を含む防食部材を、前記永久磁石に直接接触させた状態で、前記永久磁石とともに前記電解質溶液中に配置する工程を有し、前記防食部材が、前記防食材料の粉末と、前記粉末と混合された有機物とを有し、前記永久磁石が略円形状であり、前記永久磁石は、該永久磁石とともに磁気回路を形成するヨーク及び前記防食部材とともに前記電解質溶液中に配置され、前記ヨークとして、前記永久磁石と吸着するバックヨーク部と、前記バックヨーク部と一体に形成されて前記永久磁石の外周面側に配置される外周ヨーク部と、前記バックヨーク部と一体に形成されて前記永久磁石の内周面側に配置される内周ヨーク部とを有したものを用い、前記防食部材は、前記内周ヨーク部と前記永久磁石との間、及び前記外周ヨーク部と前記永久磁石との間に設けられることを特徴とする。
焼結金属の防食方法は、多湿雰囲気又は電解質溶液中での焼結金属の腐食を防止する方法であって、前記焼結金属の構成成分の犠牲陽極となる防食材料を含む防食部材を、前記焼結金属に直接又は他の導電部材を介して接触させた状態で、前記焼結金属とともに前記多湿雰囲気又は電解質溶液中に配置することを特徴とする。
焼結金属における多湿雰囲気ないし電解質溶液中での腐食は、焼結金属を構成する複数の物質間でそれらの電位差によるガルバニック電池が形成されることに起因する。そこで、本発明のように、犠牲陽極となる防食材料を含んだ防食部材を、焼結金属に接触させた状態で焼結金属とともに多湿環境や電解質溶液中に配置すれば、防食部材が犠牲陽極となって焼結金属に防食電流を供給し、焼結金属内部におけるガルバニック電池の形成を防止することができる。これにより、過酷な腐食環境における焼結金属の腐食を効果的に防止することができる。
【0007】
前記防食部材が、前記防食材料をシート状に延伸してなる防食シートを有することが好ましい。
シート状の防食部材を用いることで、取り扱いが容易になるとともに、焼結金属の表面を覆うようにして配設することも容易になる。
【0008】
前記防食部材が、前記防食材料の粉末と、前記粉末と混合された有機物とを有することが好ましい。
この場合、防食材料の粉末から防食電流を供給することができる。そしてこの構成によれば、防食部材をペースト状とすることも容易になるので、取り扱いが容易になるとともに、焼結金属の表面に接触させた状態での保持も容易になる。
【0009】
前記焼結金属と前記防食シートとを導電性接着剤を介して接着することが好ましい。この防食方法によれば、防食シートと焼結金属との導通をより確実なものとすることができ、長期間にわたり安定に腐食を防止することができるようになる。
【0010】
前記導電性接着剤が亜鉛又は亜鉛合金の粉末を含むことが好ましい。この防食方法によれば、導電性接着剤を介した防食電流の供給を効率よく安定に行うことができ、長期間にわたり安定に腐食を防止することが可能である。
【0011】
本発明の耐食性磁石は、上記課題を解決するために、電解質溶液中で使用される磁気吸着装置に適用できる耐食性磁石であって、永久磁石と、前記永久磁石の構成成分の犠牲陽極となる防食材料を含むとともに前記永久磁石と電気的に接続された防食部材と、を有することを特徴とする。
この構成によれば、永久磁石と接して設けられた防食部材を備えたことで、水中ないし海水中に沈めた状態で使用しても十分に腐食を防止できる程度の防食電流を、防食部材から永久磁石に供給することができる。したがって本発明の耐食性磁石は、水中ないし海水中で使用される磁気吸着装置に好適に用いることができ、かつ長期間にわたって吸着力を持続することができる耐食性磁石である。
前記永久磁石と前記防食部材とは、直接接触して配置されていてもよく、他の導電部材を介して電気的に接続されていてもよい。
【0012】
前記防食材料が、亜鉛又は亜鉛合金を含むことが好ましい。永久磁石を構成する鉄の犠牲陽極となる防食材料としては、亜鉛、アルミニウム、マグネシウム、あるいはこれらの合金を例示することができる。これらのうちでも、陽極電位、陽極効率、電解生成物の発生量、取り扱いの難易を考慮すると、亜鉛又は亜鉛合金が最も適している。
【0013】
前記防食部材が、前記防食材料をシート状に延伸してなる防食シートを有することが好ましい。
シート状であることで、取り扱いが容易になるとともに、永久磁石の表面を覆うようにして配設することも容易になる。
【0014】
前記防食部材が、前記防食材料の粉末と、前記粉末と混合された有機物とを有することが好ましい。
防食部材としては、防食材料の粉末を有機物に混合したものであってもよい。この場合にも、防食材料の粉末により永久磁石に対して持続的に防食電流を供給することができる。また、容易にペースト状にすることができるので、取り扱いが容易になるとともに、永久磁石の表面に接触させた状態での保持も容易になる。
【0015】
前記永久磁石と前記防食シートとが、導電性接着剤を介して接着されていることが好ましい。
このような構成とすることで、防食シートと永久磁石との導電接続を安定に保持することができ、長期間にわたり良好な耐食性を保持することができる。
【0016】
前記導電性接着剤が亜鉛又は亜鉛合金の粉末を含むことが好ましい。
このような構成とすることで、防食部材から永久磁石への防食電流の供給がより効率的に成されるようになり、永久磁石の腐食を安定的に防止することができる。
【0017】
前記永久磁石が鉄を含み、前記防食部材が前記鉄の犠牲陽極となる防食材料を含むことが好ましい。この構成によれば、安価で磁気特性に優れる鉄含有の永久磁石を備えた耐食性磁石を実現できる。
【0018】
前記永久磁石が、RE−Fe−M−Bで表記される永久磁石であることが好ましい。ただし、REはNd、Y、La、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素、MはCo、Ti、Nb、Al、V、Mn、Sn、Ca、Mg、Pb、Sb、Zn、Si、Zr、Cr、Ni、Cu、Ga、Mo、W、Taからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である。
これらの希土類永久磁石を用いることで、優れた磁気特性を有する耐食性磁石とすることができる。希土類永久磁石は焼結金属であり、また酸化しやすい材料を含むものであるから、従来は過酷な腐食環境では使用できなかったが、先に記載の本発明の構成を適用することで水中や海水中でも使用可能になり、希土類永久磁石の使用範囲を拡大することができる。
【0019】
本発明の磁気吸着装置は、先の本発明の耐食性磁石と、前記耐食性磁石に当接する導電部材と、を備えたことを特徴とする。
この構成によれば、本発明に係る耐食性磁石の優れた耐食性により、水中や海水中で使用しても永久磁石に腐食を生じることが無くなるので、水中使用に好適な磁気吸着装置を提供することができる。
【0020】
前記防食部材が、前記導電部材のみに接触している構成としてもよい。この場合にも、防食部材からの防食電流を、前記導電部材を経由して永久磁石に供給することができ、高湿環境や水中、海水中等において問題なく使用できる磁気吸着装置となる。
【0021】
本発明の磁気吸着装置は、先の本発明の耐食性磁石と、前記耐食性磁石とともに磁気回路を形成するヨークとを備え、前記永久磁石と前記ヨークとの間に前記防食部材が設けられていることを特徴とする。
すなわち、防食部材を、永久磁石とヨークとのスペーサとして機能させるようにすることができる。このような構成とすることで、吸着力を大きく向上させることができるとともに、防食部材等の設置スペースを節約でき、磁気吸着装置の小型化を図ることもできる。
【0022】
前記ヨークが前記永久磁石と吸着するバックヨーク部と、前記バックヨーク部と一体に形成されて前記永久磁石の外周側に配置される外周ヨーク部とを有しており、前記外周ヨーク部と前記永久磁石との間に前記防食部材が設けられている構成とすることもできる。
この構成によれば、簡便な構成で強力な吸着力を有する磁気吸着装置を実現できる。
【0023】
前記バックヨーク部の前記永久磁石と反対側の面に、当該面から突出するねじ軸部が設けられていることが好ましい。
このような構成とすることで、前記ねじ軸部を介して設備機器に容易に取り付けることができる。
【0024】
前記ねじ軸部と前記バックヨーク部とを、前記ねじ軸の軸方向に貫通するねじ孔部が形成されている構成とすることもできる。
この構成によれば、ねじ孔部にボルトを螺合しこれを軸回りに回転させてボルトをヨークに対して進退させることで、ボルト先端が磁気吸着装置の吸着面から突出する長さを調整することができ、これにより磁気吸着装置の吸着力を調整することができる。したがって、本構成によれば、磁気吸着装置を吸着対象物に吸着させる際の安全性を高め、位置調整等も容易に行えるようになる。
【0025】
前記永久磁石が略リング状であり、前記ヨークが、前記永久磁石の内周側に配置された内周ヨーク部と、前記永久磁石の外周側に配置された外周ヨーク部とを有しており、前記内周ヨーク部と前記永久磁石との間、及び前記外周ヨーク部と前記永久磁石との間に、前記防食部材が設けられていることが好ましい。
この構成によれば、内周ヨーク部と永久磁石との間、及び外周ヨーク部と永久磁石との間に、それぞれ吸着部が形成されるので、永久磁石を大型化することなく磁気吸着装置の吸着力を高めることができる。すなわち、同程度の吸着力であればより小型の磁気吸着装置とすることができる。
【0026】
前記ねじ孔部が前記内周ヨーク部の内部を貫通している構成としてもよい。この構成によれば、永久磁石と干渉せず、かつ磁気吸着装置を大型化することなく、吸着力調整用のボルトを配置することができる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の焼結金属の防食方法によれば、多湿環境や電解質溶液中における焼結金属の腐食を良好に防止することができ、従来使用不能とされていた環境で焼結金属を使用できるようにすることができる。
また本発明の耐食性磁石では、水中や海水中などの電解質溶液中で使用される磁気吸着装置に好適に用いることができ、かつ長期間にわたって吸着力を持続することができる。
また本発明の磁気吸着装置は、水中や海水中で長期間にわたり使用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】第1実施形態に係る耐食性磁石を示す斜視図。
【図2】ネオジム磁石の腐食進行モデルの説明図。
【図3】第2実施形態の第1構成例に係る磁気吸着装置を示す図。
【図4】第2実施形態の第2構成例に係る磁気吸着装置を示す図。
【図5】第2実施形態の第3構成例に係る磁気吸着装置を示す図。
【図6】第2実施形態の第4構成例に係る磁気吸着装置を示す図。
【図7】第2実施形態の第5構成例に係る磁気吸着装置を示す図。
【図8】第2実施形態の第5構成例に係る磁気吸着装置の使用形態を示す図。
【図9】第2実施形態の第6構成例に係る磁気吸着装置を示す図。
【図10】第2実施形態の第6構成例に係る磁気吸着装置の使用形態を示す図。
【図11】第2実施例に係る流電陽極を示す図。
【図12】第3実施例に係る流電陽極を示す図。
【図13】第4実施例に係る付帯設備を示す図。
【図14】第5実施例に係る付帯設備を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
(第1の実施形態)
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しつつ説明する。
図1(a)は、本発明に係る耐食性磁石の第1の構成例を示す図である。図1(b)は、本発明に係る耐食性磁石の第2の構成例を示す図である。
【0030】
図1(a)に示す第1の構成例の耐食性磁石110は、中央に貫通孔111aを有するリング状のNd−Fe−B系永久磁石(以下ネオジム磁石と称する。)111と、ネオジム磁石111の一主面(図示では上面)に接着された防食シート(防食部材)112とを備えている。防食シート112はネオジム磁石111の平面形状に対応するリング状である。
【0031】
図1(b)に示す第2の構成例の耐食性磁石120は、大略板状の角形のネオジム磁石113と、ネオジム磁石113の表面に接着された防食シート114とを備えている。防食シート114は、図に示すように、角形の磁石の一方の主面と、各側端面とを覆うキャップ状を成してネオジム磁石113に被着されている。
【0032】
耐食性磁石110、120に備えられる永久磁石としては、Nd−Fe−B系永久磁石に限らず、RE−Fe−M−B(REはNd、Y、La、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素、MはCo、Ti、Nb、Al、V、Mn、Sn、Ca、Mg、Pb、Sb、Zn、Si、Zr、Cr、Ni、Cu、Ga、Mo、W、Taからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素)で表記される鉄系の希土類永久磁石のほか、Sm−Co磁石、フェライト磁石等も用いることができる。これらの永久磁石は、表面に樹脂膜やめっき膜が形成されていてもよい。
【0033】
防食シート112,114は、亜鉛又は亜鉛合金の板材を50μm〜500μm(好ましくは100μm〜200μm)程度に延伸した金属製のシート部材である。薄いシート状の防食部材を用いることで、ネオジム磁石111,113に対する接着性を確保しやすくなり、また防食部材の取り扱いも容易である。また、耐食性磁石110、120の全体形状をネオジム磁石111,113とほぼ同じ形状にすることができ、さらに、防食部材を設けることによって耐食性磁石110,120が大型化するのを回避できる。
【0034】
また防食シート112,114の構成成分は、亜鉛や亜鉛合金に限定されず、例えばアルミニウムやマグネシウムなど、ネオジム磁石の犠牲陽極として機能するものであれば用いることができる。陽極電位、陽極効率、電解生成物の発生量、取り扱いの難易を考慮すると、亜鉛が最も適している。
【0035】
ネオジム磁石111と防食シート112、及びネオジム磁石113と防食シート114は、それぞれ導電性接着剤を介して接着されていることが好ましい。このような構成とすることで、ネオジム磁石111と防食シート112との電気的導通、及びネオジム磁石113と防食シート114との電気的導通を確実に確保することができる。また、防食シート112,114がネオジム磁石に接着されるので、使用時に防食シートが剥離したり脱落するのを防止することができる。
【0036】
導電性接着剤としては、例えば金属粒子を樹脂接着剤に混合したものを用いることができ、前記金属粒子として、亜鉛粉末又は亜鉛合金粉末を用いることが好ましい。亜鉛を含む金属粒子を用いることで、防食シート112,114からの防食電流を効率よく確実にネオジム磁石に供給されるようになる。
【0037】
上記構成を備えた本発明に係る耐食性磁石110,120は、水中及び海水中などの電解質溶液(導電性を示す液体)中や多湿雰囲気において、ネオジム磁石111,113と接触して設けられた防食シート112,114がネオジム磁石の犠牲陽極として機能し、防食シート112,114から供給される防食電流によってネオジム磁石111,113に腐食が生じるのを効果的に防止することができるようになっている。
【0038】
ここで、図2は、ネオジム磁石111の腐食進行モデルの説明図であり、同図にはネオジム磁石111の表層部における組織構造を示している。
図2(a)に示すように、ネオジム磁石111は、比較的大きな結晶粒の主相501と、主相501の間を埋めるように形成された粒界相502と、粒界相502中に形成された酸化物相503とを含んで概略構成されている。主相501は組成式NdFe14Bで示される鉄とネオジムを主成分とする金属間化合物の結晶相であり、粒界相502は主相よりもNdを多く含むNdリッチ相であり、酸化物相503は主に酸化ネオジム(Nd)からなる相である。
【0039】
上記構成を備えたネオジム磁石111では、図2(b)に示すように、表面に接触した水分等によって表面から腐食が進行する。図2(b)では、粒界相502に斜線模様を付した部分が腐食部505である。具体的には、主相501の表面で鉄の酸化(Fe→Fe・HO)が進行し、また粒界相502においてネオジムの酸化(Nd→Nd,Nd(OH))が進行する。
ネオジム磁石111では、鉄を主成分とする主相501や、Ndリッチ相である粒界相502、ボロンリッチ相(図示略)などが混在しているため、水分(電解質)の存在下で金属間の電位差によるガルバニック電池が形成される。その結果、陽極となる金属が腐食、損耗するために結晶間の結合が破壊されて強度を喪失する。
【0040】
そして、図2(c)に示すように、表層部において腐食が進行すると、腐食部505において主相501を保持できなくなって主相501が脱落し、内部の組織が露出する。その後さらに、この露出した部分に対して上述したのと同様の腐食が生じることで、ネオジム磁石111の損耗が進行する。焼結金属であるネオジム磁石111では、組織中に空隙が多く存在するために、水分等が空隙を介して内部に浸入しやすく、表面で生じた腐食が内部にまで進行しやすい。
【0041】
そこで、本実施形態の耐食性磁石110,120のように、ネオジム磁石111,113と接触する防食シート112,114を設けておくことで、多湿雰囲気や電解質溶液中に耐食性磁石110,120を配置したときに防食シート112,114からネオジム磁石111,113に防食電流が供給されるようになる。
これにより、磁石内部に水分等が浸透した場合であっても、磁石内部でのガルバニック電池の形成を回避することができ、電解質溶液中に配置した場合にはネオジム磁石111,113よりも先に防食シート112,114を腐食させ、ネオジム磁石111,113を保護できるようになっている。
【0042】
なお、図2に示した腐食現象は、ネオジム磁石を大気中においた場合でも容易に進行するため、通常はネオジム磁石の表面に防食を目的とするコーティングが施されている。このような表面コーティングとしては、以下の(1)〜(4)のようなものが知られている。
(1)アルミニウムコーティング(厚さ5〜20μm)
(2)ニッケルめっきコーティング(厚さ10〜20μm)
(3)チタンコーティング(厚さ5〜7μm)
(4)有機塗料の塗布(厚さ10〜50μm)
【0043】
上述した表面コーティングを施すことで、ネオジム磁石の大気中での腐食はある程度防止することができる。しかしながら、上記のような表面コーティングのみでは、多湿雰囲気や電解質溶液中などの過酷な腐食環境では腐食を十分に防止することはできない。
まず、金属コーティングを施されたネオジム磁石を電解質溶液中に置くと、金属コーティングとこれに接触する(電気的に接続する)他の金属材料との間でガルバニック電池が形成されるため、先に金属コーティングで腐食が進行する。
上記(1)〜(3)に示すように、金属コーティングでは皮膜の厚さが5〜20μm程度であるため、金属コーティングは短時間で損耗してネオジム磁石が露出してしまう。そして、ネオジム磁石が露出すると、ネオジム磁石と金属コーティングとの間に腐食電池が形成されて腐食が進行し、金属コーティングに生じた小さな穴から激しく腐食することになる。
また、めっきやイオンプレーティングにより形成される皮膜には必ずピンホールが存在するため、このピンホールからも腐食が進行する。そして、腐食した部位から電解質溶液が浸入し、さらに腐食が進行する結果、減磁が生じて磁石としての機能を喪失することになる。
また、有機塗料を塗布したものでは厚さが50μm程度あるが、有機塗料自体の防食性が不十分であるため、厚く塗布したとしても、電解質溶液中では容易に腐食を生じてしまう。
【0044】
これに対して本実施形態の耐食性磁石110,120では、防食シート112,114により電解質溶液中での腐食の進行を抑えるようになっており、ネオジム磁石の防食コーティングとは全く異なる作用をもってネオジム磁石の腐食を防止するものである。すなわち、ネオジム磁石の表面を薄い皮膜で覆って腐食を防止するのではなく、犠牲陽極となる防食部材から積極的に防食電流を供給することでネオジム磁石の腐食を防止しているのである。
そのため本発明では表面コーティングされていないネオジム磁石を用いることもでき、本発明における防食作用は、従来からあるコーティングとは全く異なるものである。ただし、このことが本発明に係る耐食性磁石において表面コーティングが施された永久磁石を用いることを妨げるものではない。
【0045】
なお、本実施形態では焼結金属の一例であるネオジム磁石について説明したが、本発明に係る防食方法は、希土類永久磁石の防食に限定されるものではない。すなわち、複数種の金属粉末を用いた粉末冶金により製造される焼結金属であって、図2に示した腐食進行モデルに従って腐食が進行するものであれば、希土類永久磁石と構成元素が異なっていても本発明に係る防食方法を適用することができる。これにより、従来は使用できなかった過酷な腐食環境でも焼結金属を使用できるようになる。
【0046】
(第2の実施形態)
上記第1の実施形態では、本発明に係る耐食性磁石の最も基本的な構成について説明したが、本実施形態では、実際に使用される態様である、耐食性磁石とヨークとを備えた磁気吸着装置について説明する。
【0047】
[第2実施形態の第1構成例]
図3(a)は、本実施形態における第1の構成例である磁気吸着装置130の平面図であり、図3(b)は、図3(a)のA−A’線に沿う位置における断面図である。
なお、図3において、図1及び図2と共通の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明は省略する。
【0048】
図3に示すように、磁気吸着装置130は、リング状のネオジム磁石111と、ネオジム磁石111に被着されたキャップ状のヨーク131と、ヨーク131の外面側(ネオジム磁石111と反対側)に被着されたキャップ状の防食部材132とを備えて構成されている。
【0049】
ヨーク131は、鋼材からなるものであり、ネオジム磁石111の背面側の磁石面と対向する円盤状のバックヨーク部133と、ネオジム磁石111の外周面と対向する円筒状の外周ヨーク部134とを一体に形成した構成である。また、磁気吸着装置130において、ヨーク131は鋼材からなる導電部材であるから、ネオジム磁石111と防食部材132とはヨーク131を介して電気的に接続されている。
【0050】
ヨーク131の外周ヨーク部134は、ネオジム磁石111よりも大きい高さを有しており、図3(b)に示すように、ヨーク131にネオジム磁石111を収容した状態で、外周ヨーク部134開口側の端部がネオジム磁石111の磁石面よりも開口側に突出するようになっている。このように磁石よりもヨークを突出させておくことで、磁気吸着装置130を吸着対象物に吸着させたときの摩擦や衝撃からネオジム磁石111を保護することができ、ネオジム磁石111が摩耗したり、割れたりするのを防止することができる。
【0051】
防食部材132は、亜鉛や亜鉛合金を100〜200μm程度の厚さに圧延した防食シートにより構成されている。防食部材132は、ヨーク131のバックヨーク部133の外面側(ネオジム磁石111と反対側)と、外周ヨーク部134の外周面に接着されている。また、本例の場合、外周ヨーク部134の内周面(ネオジム磁石111側の面)にも、防食部材132が接着されている。ヨーク131と防食部材132との接着には、先の第1実施形態で説明したように、導電性接着剤を用いることが好ましく、このような構成とすることでヨーク131と防食部材132との導通を確実なものとすることができ、ヨーク131を介してネオジム磁石111と防食部材132とを良好な導通状態とすることができる。
【0052】
防食シートとしては、50μm以上の厚さのものを用いることが好ましく、100μm以上の厚さとすることがより好ましい。さらに厚くとすれば、極めて長期間にわたり防食作用を得られる防食部材となる。防食シートの厚みは、厚くすれば防食作用を得られる期間が長くなる一方、薄い方が加工や取り扱いの点で有利になるので、ネオジム磁石111やヨーク131の形状に応じて適宜選択すればよい。ただし、従来用いられているめっき膜の厚さ(5〜20μm程度)では水中や海水中で十分な防食作用を得られず、ネオジム磁石111が腐食するおそれがあるため、防食に十分な厚さを確保する必要がある。
【0053】
ヨーク131の平面視中央部には、貫通孔131aが形成されており、貫通孔131aに図示略のボルトを挿通してナットと締結することで、磁気吸着装置130を設備機器に取り付けることができる。貫通孔131aの内周面には、ボルトを螺合するための雌ねじ部が形成されていてもよい。このような構成とすれば、設備機器のボルト穴に挿通したボルトを貫通孔131aに螺合するのみで磁気吸着装置130を固定することができ、取り付け作業を軽減できる。
【0054】
本実施形態の磁気吸着装置130は、上述したように、ネオジム磁石111とこれに電気的に接続された防食部材132を備えている。したがって、本発明に係る耐食性磁石110,120と同様に、水中又は海水中(電解質溶液中)において極めて高い防食性を奏するものとなっている。
これにより、本実施形態の磁気吸着装置130は、水中や海水中において鋼構造物に対する吸着に好適に用いることができ、かつ長期間にわたり良好な吸着力を得られるものとなっている。
なお、本発明に係る磁気吸着装置130は、上述したように優れた耐食性を備えているので水中や海中での使用に好適なものであるが、その用途は水中や海中に限定されるものではなく、大気中での使用ももちろん可能である。
【0055】
[第2実施形態の第2構成例]
次に、本実施形態の第2の構成例について図4を参照して説明する。
図4(a)は、第2の構成例である磁気吸着装置140の平面図であり、図4(b)は、図4(a)のB−B’線に沿う位置の断面図である。
なお、図4において、図1から図3と共通の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明は省略する。
【0056】
図4に示すように、本例の磁気吸着装置140は、リング状のネオジム磁石111と、キャップ状のヨーク131とを備えている点で先の第1構成例の磁気吸着装置130と共通する。そして、磁気吸着装置140では、ネオジム磁石111の外周面に形成された防食部材142aと、ネオジム磁石111の内周面に形成された防食部材142bとを備える点で第1構成例に係る磁気吸着装置130と異なっている。
【0057】
防食部材142a、142bは、図4(a)に示すようにいずれも平面視でリング状であり、それぞれネオジム磁石111の外周面と内周面とを覆って形成されている。本構成例の場合、防食部材142a、142bは、可撓性防食部材であり、本例では、亜鉛粉末又は亜鉛合金粉末を樹脂材料等に混合してペースト状とした可撓性亜鉛陽極である。
【0058】
可撓性防食部材は、少なくとも塗布時に粘性を有するペースト状(パテ状)であればよい。つまり、塗布後の加熱処理や乾燥処理により固化するものであってもよい。さらには、塗布時には導電性を有しておらず、加熱処理や乾燥処理により導電性を発現するものであってもよい。
また可撓性防食部材に含まれる金属粉末は、陽極電位、陽極効率、電解生成物の発生量、取り扱いの難易を考慮すると、亜鉛が最も適している。
【0059】
防食部材142a、142bは、50μm以上の厚さに形成することが好ましく、500μm以上の厚さとすることがより好ましい。さらに1mm以上の厚さとすれば、極めて長期間にわたり防食作用を得られる防食部材となる。従来用いられているめっき膜の厚さ(5〜20μm程度)では水中や海水中で十分な防食作用を得られず、ネオジム磁石111が腐食するおそれがある。上述した範囲の厚さとすることで、十分な量の防食部材を備えた耐食性磁石を構成することができ、長期間にわたり水中や海水中で使用しても腐食せず、吸着力を持続させることができる。
【0060】
上記構成を備えた本構成例の磁気吸着装置140も、ネオジム磁石111とこれに接触する防食部材142a、142bを備えているので、水中や海水中で長期間にわたり使用することができる磁気吸着装置となっている。また、外周ヨーク部134の開口端が、ネオジム磁石111の磁石面よりも開口側に突出しているので、磁気吸着装置140を用いて吸着操作を行ったときの衝撃や摩擦からネオジム磁石111を保護することができる。
【0061】
また本構成例では、防食部材142aによってネオジム磁石111と外周ヨーク部134とが離間されている。すなわち、防食部材142aがネオジム磁石111とヨーク131との間のスペーサとしても機能する。これにより、ネオジム磁石111の外周面と外周ヨーク部134の内周面との間で短絡磁束が生じるのを防止でき、磁気吸着装置140の吸着力を向上させることができる。
【0062】
さらに、本構成例において、防食部材142aを均一な厚さに形成することで、ネオジム磁石111と外周ヨーク部134との間隔を均一に保持することができるので、磁気吸着装置140の吸着面となる外周ヨーク部134の開口端において周方向に均一な吸着力が得られるようになる。
【0063】
なお、本構成例ではネオジム磁石111の内周面及び外周面に可撓性防食部材を配することとしており、このようにペースト状のものを用いることでヨーク131とネオジム磁石111との隙間に防食部材142aを充填するのが容易になるという利点が得られる。
また、防食部材142a、142bとして、可撓性亜鉛陽極に代えて第1構成例と同様の防食シートを用いてもよい。いずれの形態の防食部材を用いても、犠牲陽極として良好に機能させることができる。
【0064】
[第2実施形態の第3構成例]
次に、本実施形態の第3の構成例について図5を参照して説明する。
図5(a)は、第3の構成例である磁気吸着装置150の平面図であり、図5(b)は、図5(a)のC−C’線に沿う位置の断面図である。
なお、図5において、図1から図4と共通の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明は省略する。
【0065】
図5に示すように、本構成例の磁気吸着装置150は、概略板状の角形のネオジム磁石113と、断面視略U形のヨーク151と、ヨーク151の表面に接着された防食部材152とを備えて構成されている。ネオジム磁石113は、ヨーク151の略矩形状のバックヨーク部153に吸着している。
【0066】
ヨーク151は、鋼材により形成されて導電性を有しており、したがってヨーク151を介してネオジム磁石113と防食部材152とが電気的に接続されている。
防食部材152は、先の第1構成例と同様の防食シート(シート状に圧延された亜鉛又は亜鉛合金材)であり、ヨーク151の外面側(ネオジム磁石113と反対側)と、ネオジム磁石113の側端面と対向するヨーク151の側壁部154の内面側とに接着されている。防食シートとヨーク151との接着には、導電性接着剤を用いることが好ましい。
【0067】
上記構成の磁気吸着装置150も、ネオジム磁石113と、ネオジム磁石113と電気的に接続された防食部材152とを備えているので、水中や海水中で優れた耐食性を呈し、長期間にわたり使用することができる磁気吸着装置となっている。また、ヨーク151の側壁の先端がネオジム磁石113の磁石面よりも先端側(図示下側)に突出しているので、磁気吸着装置150を用いて吸着操作を行ったときの衝撃や摩擦からネオジム磁石113を保護することができる。
【0068】
[第2実施形態の第4構成例]
次に、本実施形態の第4の構成例について図6を参照して説明する。
図6(a)は、第4の構成例である磁気吸着装置160の平面図であり、図6(b)は、図6(a)のD−D’線に沿う位置の断面図である。
なお、図6において図5と共通の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明は省略する。
【0069】
図6に示すように、本例の磁気吸着装置160は、角形のネオジム磁石113と、断面略U形のヨーク151とを備えている点で先の第4構成例の磁気吸着装置150と共通する。そして、磁気吸着装置160では、ネオジム磁石113の側端面と、この側端面に対向するヨーク151の側壁部154との間に、防食部材162が設けられている点で第4構成例に係る磁気吸着装置150と異なっている。
防食部材162は、亜鉛粉末又は亜鉛合金粉末を樹脂材料等に混合してペースト状とした可撓性亜鉛陽極である。先の第3構成例に係る防食部材142a、142bと同様のものである。
【0070】
上記構成を備えた本構成例の磁気吸着装置150も、ネオジム磁石113とこれに接触する防食部材162とを備えているので、水中や海水中で長期間にわたり使用することができる磁気吸着装置となっている。また、ヨーク151の側壁部154においてその先端部がネオジム磁石113の磁石面よりも先端側に突出しているので、磁気吸着装置160を用いて吸着操作を行ったときの衝撃や摩擦からネオジム磁石111を保護することができる。
【0071】
また本構成例では、防食部材162によってネオジム磁石113とヨーク151の側壁部154とが離間されている。すなわち、防食部材162がネオジム磁石113とヨーク151との間のスペーサとしても機能する。これにより、ネオジム磁石113の外周面とヨーク151の側壁部154との間で短絡磁束が生じるのを防止でき、磁気吸着装置160の吸着力を向上させることができる。
【0072】
さらに、本実施形態において、防食部材162を均一な厚さに形成することで、ネオジム磁石113とヨーク151の側壁部154との間隔を均一に保持することができるので、磁気吸着装置160の吸着面となる側壁部154の先端部において均一な吸着力が得られるようになる。
【0073】
[第2実施形態の第5構成例]
次に、本実施形態の第5の構成例について図7及び図8を参照して説明する。
図7は、第5の構成例である磁気吸着装置170の斜視図である。図8(a)は、図7に示す磁気吸着装置170を用いて設備機器を設置した状態を示す平面図であり、図8(b)は、図8(a)のE−E’線に沿う位置の断面図である。
なお、図7及び図8において、図1から図6と共通の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明は省略する。
【0074】
図7及び図8に示すように、本実施形態の磁気吸着装置170は、キャップ状のヨーク171と、リング状のネオジム磁石111と、ヨーク171とネオジム磁石111との隙間に設けられた防食部材142a、142bとを備えて構成されている。本実施形態では、ネオジム磁石111と、ネオジム磁石111に接触する防食部材142a、142bとが、本発明に係る耐食性磁石176を構成している。
【0075】
ヨーク171は、鋼材からなるものであり、ネオジム磁石111の背面側の磁石面と対向する円盤状のバックヨーク部173と、ネオジム磁石111の外周面と対向する円筒状の外周ヨーク部174と、ネオジム磁石111の内周面と対向する内周ヨーク部175とを一体に形成した構成である。すなわち、ヨーク171は、バックヨーク部173と外周ヨーク部174と内周ヨーク部175とにより形成された平面視リング状の溝部を有しており、かかる溝部内に耐食性磁石176を収容するようになっている。
【0076】
ヨーク171の上記溝部はネオジム磁石111の高さよりも大きい深さに形成されており、図8(b)に示すように、ヨーク171に耐食性磁石176を収容した状態で、外周ヨーク部174及び内周ヨーク部175の開口側の端部がネオジム磁石111の磁石面よりも吸着対象物1000側に突出するようになっている。このように磁石よりもヨークを突出させておくことで、磁気吸着装置170を吸着対象物に吸着させたときの摩擦や衝撃からネオジム磁石111を保護することができ、ネオジム磁石111が摩耗したり、割れたりするのを防止することができる。
なお、ネオジム磁石111とヨーク171との間に設けられた防食部材142a、142bについても、ヨーク171の溝部内に配置されており、防食部材142a、142bの摩耗等を防止するようになっている。
【0077】
また、バックヨーク部173には、バックヨーク部173を貫通してネオジム磁石111に達する貫通孔173aが複数(図7では3つ)形成されている。これらの貫通孔173aは、ヨーク171にネオジム磁石111を収容する際に使用するものであり、貫通孔173aにシャフトやボルト等の吸着規制部材を挿通してヨーク171の内側にシャフトの先端を突出させておくことで、シャフト等によりネオジム磁石111がバックヨーク部173に吸着するのを規制することができる。これにより、ネオジム磁石111がヨーク171の内部に引き込まれてバックヨーク部173に衝突し、その衝撃によって割れたり、欠けたりするのを防止することができる。
【0078】
また、貫通孔173aの内周面に雌ねじ部が形成されてボルトを螺合可能とされていることが好ましい。ヨーク171の外側からボルトを螺合してボルトの先端をバックヨーク部173に対して進退させるようにすれば、ネオジム磁石111とバックヨーク部173とを穏やかに吸着させることができ、ネオジム磁石111の収容を安全かつ確実に行えるようになる。
【0079】
ヨーク171の中央部には、磁気吸着装置170を他の設備機器と接続するためのボルト178が取り付けられるねじ孔部171aが形成されている。ねじ孔部171aは、図8(b)に示すように、バックヨーク部173と内周ヨーク部175の内部とを貫通して形成されており、その内周面にはボルト178の雄ねじ部179と螺合される雌ねじ部が形成されている。
【0080】
耐食性磁石176に備えられたネオジム磁石111、及び防食部材142a、142bは、先の第2構成例と同様である。ただし、本構成例では、ヨーク171に内周ヨーク部175が設けられており、ネオジム磁石111の内周面に設けられた防食部材142bは、内周ヨーク部175とネオジム磁石111の内周面との間に充填された状態となっている。
【0081】
以上の構成を備えた第5の構成例の磁気吸着装置170は、例えば図8に示すように、設備機器1100の設置に好適に用いることができる。この例では、箱形の設備機器1100の長手方向の両側端面に、側方に突出する板状の取り付け部1101が設けられている。磁気吸着装置170は、取り付け部1101のボルト穴にボルト178を挿通し、ボルト178の雄ねじ部179をヨーク171のねじ孔部171aに締結することで、設備機器1100に取り付けられている。
【0082】
そして、磁気吸着装置170のヨーク171の開口側を鋼板等の吸着対象物1000に向けて設備機器1100とともに接近させれば、設備機器1100を吸着対象物1000に吸着固定することができる。このとき、設備機器1100の吸着対象物1000側の面に弾性材料からなるクッション部材1102が設けられていれば、磁気吸着装置170により設備機器1100を吸着固定するときの衝撃や摩擦から設備機器1100を保護することができるとともに、設置作業の安全性を向上させることができる。
【0083】
本構成例の磁気吸着装置170は、上述したように本発明に係る耐食性磁石176を備えていることで、水中又は海水中において極めて高い防食性を奏するものとなっており、長期間にわたり良好な吸着力を得られる磁気吸着装置となっている。
【0084】
また本構成例では、ヨーク171が、外周ヨーク部174と内周ヨーク部175とを備えたダブルヨーク構造となっている。このような構成としたことで、ネオジム磁石111の吸着面と外周ヨーク部174の開口端との間、及びネオジム磁石111の吸着面と内周ヨーク部175の開口端との間にそれぞれ吸着部が形成されるため、図4に示した外周ヨーク部のみを備えた磁気吸着装置140に比して大きな吸着力を得られるようになっている。そのため本構成例の磁気吸着装置170によれば、比較的小型のネオジム磁石111を用いて十分な吸着力を得ることができる。またこれによって磁気吸着装置170自体を小型化することができるので、吸着対象物の表面に付着物による凹凸や反りが生じていても、狭小な平滑面を利用して吸着させることができるようになる。
【0085】
また、本構成例では、防食部材142a、142bによって、ネオジム磁石111と外周ヨーク部174,及び内周ヨーク部175とが離間されている。すなわち、防食部材142a、142bがネオジム磁石111とヨーク171との間のスペーサとしても機能する。これにより、ネオジム磁石111の外周面と外周ヨーク部174との間、及びネオジム磁石111の内周面と内周ヨーク部175との間で短絡磁束が生じるのを防止でき、磁気吸着装置170の吸着力を高めることができる。
【0086】
さらに、本実施形態において、防食部材142a、142bを均一な厚さに形成することで、ネオジム磁石111と外周ヨーク部174との間隔、及びネオジム磁石111と内周ヨーク部175との間隔を均一に保持することができるので、磁気吸着装置170の吸着面となる外周ヨーク部174の開口端、及び内周ヨーク部175の開口端において周方向で均一な吸着力が得られるようになる。
【0087】
本実施形態では、防食部材142a、142bは、ネオジム磁石111の外周面及び内周面にのみ接するように設けられており、ヨーク171の開口側に向いたネオジム磁石111の磁石面には形成されていない。すなわち本発明において、防食部材142a、142bは、少なくともネオジム磁石111と接触して設けられていればよく、ネオジム磁石111を覆って形成することを要しない。そのため、ネオジム磁石111の磁石面と吸着対象物との間隔を狭くすることができ、大きな吸着力を得ることができる。ただし、ネオジム磁石111の磁石面にも防食シート等の防食部材を設けてもよいのは勿論である。
【0088】
なお、本実施形態では、防食部材142a、142bをヨーク171とネオジム磁石111とを離間するスペーサとして機能させているため、外周ヨーク部174及び内周ヨーク部175と、ネオジム磁石111との間隙を防食部材142a、142bで満たしているが、このスペーサを別途設けた構成とする場合には、防食部材142a、142bは磁石とヨークとの間隙の全体を満たしている必要はない。また、防食部材は、ネオジム磁石111と導通可能な範囲おいて形成位置を移動することが可能である。
【0089】
[第2実施形態の第6構成例]
次に、本実施形態の第6の構成例について図9及び図10を参照して説明する。
図9は、第6の構成例である磁気吸着装置180の分解斜視図である。図10(a)は、図9に示す磁気吸着装置180を用いて設備機器を設置した状態を示す平面図であり、図10(b)は、図9(a)のF−F’線に沿う位置の断面図である。
なお、図9及び図10において図1から図8と共通の構成要素には同一の符号を付し、それらの詳細な説明は省略する。
【0090】
図9及び図10に示すように、本構成例の磁気吸着装置180は、吸着装置本体180aと、吸着装置本体180aを設備機器等に固定するナット180bとを備えている。ボルト188は、吸着装置本体180aに螺合して使用され、磁気吸着装置180の吸着面から進退させて吸着対象物に対する吸着力を調整するために用いられる吸着力調整部材である。
【0091】
吸着装置本体180aは、平面視リング状のネオジム磁石111と、ネオジム磁石111を収容するキャップ状のヨーク181と、ヨーク181のネオジム磁石111と反対側の面に形成されたねじ軸部186と、ヨーク181とネオジム磁石111との隙間に設けられた防食部材142a、142bと、を備えて構成されている。本実施形態においても、ネオジム磁石111に接触して防食部材142a、142bが配置されており、したがってネオジム磁石111と防食部材142a、142bとが、本発明に係る耐食性磁石176を構成している。
【0092】
ヨーク181は、第5の構成例の磁気吸着装置170のヨーク171と同様に、ネオジム磁石111の背面側の磁石面と対向する円盤状のバックヨーク部183と、ネオジム磁石111の外周面と対向する円筒状の外周ヨーク部184と、ネオジム磁石111の内周面と対向する内周ヨーク部185とを一体に形成した構成である。したがって、ヨーク181は、バックヨーク部183と外周ヨーク部184と内周ヨーク部185とにより形成された平面視リング状の溝部内に耐食性磁石176を収容している。
【0093】
ヨーク181の上記溝部は、図10に示すように、ネオジム磁石111の高さよりも大きい深さに形成されており、ヨーク181に耐食性磁石176を収容した状態で、外周ヨーク部184及び内周ヨーク部185の開口側の端部がネオジム磁石111の磁石面よりも外側に突出するようになっている。このように磁石よりもヨークを突出させておくことで、磁気吸着装置180を吸着対象物に吸着させたときの摩擦や衝撃からネオジム磁石111を保護することができ、ネオジム磁石111が摩耗したり、割れたりするのを防止することができる。
【0094】
ねじ軸部186は、ヨーク181と一体に円筒状に形成されており、バックヨーク部183の法線方向にねじ軸の方向が一致している。ねじ軸部186の外周面には、ナット180bを螺合するための雄ねじ部186aが形成されている。
さらに、ねじ軸部186には、ねじ軸部186を軸方向に貫通するねじ孔部181aが形成されており、かかるねじ孔部181aは、さらにヨーク181のバックヨーク部183と内周ヨーク部185とを貫通している。すなわち、ねじ孔部181aは吸着装置本体180aを高さ方向に貫通して形成されている。ねじ孔部181aの内側面には、ボルト188の雄ねじ部189と螺合する雌ねじ部が形成されている。
【0095】
ねじ軸部186の雄ねじ部186aに螺合されるナット180bは緩み止めナットであり、本例の場合、ナット180bのねじ穴と同軸のフリクションリング187が設けられている。フリクションリング187は、ねじ穴の中心部側に突出する爪部を有しており、ナット180bをねじ軸部186に螺合することで前記爪部が雄ねじ部186aのねじ山に接して変形し、この変形により生じる反力によって雄ねじ部186aを押圧するようになっている。そして、フリクションリング187と雄ねじ部186aとの摩擦力によってナット180bの自由回動が制限され、ナット180bが緩むのを防止するようになっている。
なお、ナット180bの緩み止め構造は特に限定されず、フリクションリングを用いたもののほか、スプリングワッシャを用いた構造や、ダブルナット構造、樹脂リングを用いた構造など、種々のものを用いることができる。
【0096】
図9に示すように、バックヨーク部183には、バックヨーク部183を貫通してネオジム磁石111に達する貫通孔183aが複数形成されている。図9では貫通孔183aを2つのみ図示しているが、実際にはバックヨーク部183の中心に対して軸回り方向に120°間隔で3つの貫通孔183aが形成されている。これらの貫通孔183aは、先の第5の構成例と同様に、ヨーク181にネオジム磁石111を収容する際にネオジム磁石111が衝撃によって割れたり、欠けたりするのを防止する機能を奏する。また本実施形態における貫通孔183aについても、内側面に雌ねじ部が形成されてボルトを螺合可能とされていることが好ましい。
【0097】
以上の構成を備えた本実施形態の磁気吸着装置180は、例えば図10に示すように、設備機器1100の設置に好適に用いることができる。この例では、箱形の設備機器1100に設けられた取り付け部1101のボルト穴に、吸着装置本体180aのねじ軸部186を挿通し、ヨーク181と反対側からナット180bをねじ軸部186に締結することで、磁気吸着装置180が設備機器1100に取り付けられている。そして、磁気吸着装置180のヨーク181の開口側を鋼板等の吸着対象物1000に向けて設備機器1100とともに接近させることで、設備機器1100を吸着対象物1000に固定することができる。
【0098】
さらに図10に示すように、磁気吸着装置180では、ねじ軸部186の先端側からねじ孔部181aに螺合されたボルト188を進退させることができる。すなわち、ヨーク181の吸着面からのボルト188の突出長さを自在に調整することができる。したがって本実施形態では、磁気吸着装置180の吸着面と吸着対象物1000との間隔をボルト188の進退によって調整することができ、吸着力を制御することができる。
【0099】
つまり、設備機器1100の吸着対象物1000への設置に際して、磁気吸着装置180の吸着部からボルト188の先端を突出させた状態で磁気吸着装置180を吸着対象物1000に接近させる。
このとき、ボルトの先端によって磁気吸着装置180のヨーク181は吸着対象物1000と接触が妨げられるため、磁気吸着装置180は吸着対象物1000に弱い力で引き寄せられるか、あるいは全く引き寄せられないこととなる。
その後、ボルト188をヨーク181から後退させることで、磁気吸着装置180と吸着対象物1000とを徐々に接近させ、吸着させることができる。
したがってこの構成によれば、設備機器1100が吸着対象物1000に急激に引き寄せられるのを回避することができる。
【0100】
また、ボルト188は、設備機器1100を吸着対象物1000から取り外すときにも有効に機能する。すなわち、図10(b)に示す吸着状態において、ボルト188を軸回りに回転させてボルト188の先端部を吸着対象物1000側に進出させると、磁気吸着装置180を吸着対象物1000から引き離すことができる。磁気吸着装置180に用いられているネオジム磁石111は、極めて強力な吸着力を有するため、人手では直接引き離すのは困難であるが、本例ではボルト188を操作するだけで容易に引き離すことができ、またボルト188は吸着面から突出させた状態に保持されるため、引き離した磁気吸着装置180が再び吸着対象物1000に吸着してしまうことが無く、安全に作業を行うことができる。
【0101】
さらにボルト188は、設置後に設備機器1100の位置調整を行う場合にも有効に機能する。すなわち、ボルト188を操作することで、磁気吸着装置180を吸着対象物1000から少しだけ引き離すと、磁気吸着装置180は吸着対象物1000に弱い力で吸着した状態となる。このような状態とすることで、設備機器1100を容易に移動させることができるようになるので、設備機器1100を所望の位置に移動させた後、ボルト188を操作して磁気吸着装置180を吸着対象物1000に再び吸着させることで、安全に位置調整作業を実施することができる。
【0102】
このように、磁気吸着装置180によれば、設備機器1100の取り付け、取り外し、あるいは位置調整を、容易かつ安全に実施することができる。
【0103】
また本例の磁気吸着装置180において、ボルト188として、その先端部を円錐状に尖らせた形状のものを用いることで、ボルト188を吸着対象物1000に対して強圧状態で配することができる。これにより、吸着対象物1000と磁気吸着装置180との導通を要する用途、例えば設備機器1100がアルミニウム合金陽極である場合等において、確実かつ安定な導通状態を得られるようになる。
【0104】
なお、本実施形態の磁気吸着装置180は、上述したように本発明に係る耐食性磁石176を備えている。したがって磁気吸着装置180についても、水中や海水中において鋼構造物に対する吸着に好適に用いることができ、かつ長期間にわたり良好な吸着力を得られるものであるのはもちろんである。また、本実施形態の磁気吸着装置180についても、大気中での使用がもちろん可能である。
【実施例】
【0105】
以下、本発明の磁気吸着装置の具体的使用例について説明する。
【0106】
(第1実施例)
本例では、図4に示した構成の磁気吸着装置140、及び図7に示した構成の磁気吸着装置170を作製して、それぞれの吸着力を検証した。
【0107】
まず、図4に示した構成の磁気吸着装置140を作製した。磁気吸着装置140は、ネオジム磁石の外周部にヨーク(外周ヨーク部134)が設けられたシングルヨーク構造のものである。
ネオジム磁石としては、表面積36cm、外形70mm、内径32mm、厚さ15mmのリング状のものを用いた。ヨーク131は、鋼材を削り出して作製した。防食部材142a,142bには、厚さ2mmの隙間に亜鉛粉末を含む可撓性亜鉛陽極を充填して形成した。
【0108】
上記構成を備えた磁気吸着装置140の吸着力を測定したところ、水平方向(吸着面の法線方向;引っ張り荷重)で約100kg(2.7kg/cm)、垂直方向(吸着面方向;剪断荷重)で約50kg(1.4kg/cm)の吸着力が得られることを確認した。この磁気吸着装置140の吸着力は、ボンドマグネット(樹脂材料中に磁性粉を混入したもの)の水平方向の吸着力(170g/cm)の約15倍、垂直方向の吸着力(170g/cm)の約20倍であり、同程度の吸着力を得るのに必要な平面積を大幅に削減することが可能である。
【0109】
次に、図7に示した構成の磁気吸着装置170を作製した。磁気吸着装置170は、ネオジム磁石の内周部及び外周部にヨークが設けられたダブルヨーク構造のものである。
ネオジム磁石としては、表面積36cm、外形70mm、内径32mm、厚さ15mmのリング状のものを用いた。ヨーク171は、鋼材を削り出して作製した。防食部材142a、142bには、厚さ2mmの隙間に亜鉛粉末を含む可撓性亜鉛陽極を充填して形成した。
【0110】
上記構成を備えた磁気吸着装置170の吸着力を測定したところ、水平方向(吸着面の法線方向;引っ張り荷重)で約170kg(4.7kg/cm)、垂直方向(吸着面方向;剪断荷重)で約80kg(2.2kg/cm)の吸着力が得られることを確認した。
この磁気吸着装置170の吸着力は、シングルヨーク構造の磁気吸着装置140の吸着力の約1.7倍であり、このようにダブルヨーク構造を採用することで、寸法を大きくすることなく吸着力を大きく向上させることができ、重量の大きい設備機器の吸着固定に対応可能になる。
【0111】
なお、図9に示した磁気吸着装置180についても、本実施例の磁気吸着装置170と同様の寸法のネオジム磁石とヨーク構造を備えた構成とすれば、吸着面の法線方向において約170kg、吸着面方向において約80kgの吸着力が得られるものとなる。
【0112】
また本発明者は、防食部材の効果を検証するために、上記の磁気吸着装置170(以下本発明装置とする。)とともに、比較用の磁気吸着装置(以下比較装置とする。)を作製し、前記本発明装置と比較装置とについて腐食実験を行った。上記比較装置は、本発明装置(磁気吸着装置170)において防食部材142a、142bを省略したものである。
【0113】
なお、腐食試験に供した本発明装置及び比較装置では、実際の使用態様を想定して、ネオジム磁石として表面にNiめっきコーティング(厚さ20μm)が施されているものを用い、ヨークとしては鋼材の表面に亜鉛めっき(厚さ20μm)が施されたものを用いた。
【0114】
腐食試験は、上記にて作製した本発明装置と比較装置とを、海水に近い塩分濃度(3%)の食塩水に浸漬し、常温に保持しつつ経過観察することにより行った。
そして、定期的な経過観察を行ったところ、比較装置では3ヶ月経過したところでヨーク表面の亜鉛めっきが変色して腐食の進行が確認された。これに対して本発明装置では、ヨーク、ネオジム磁石とも変色は見られず、ヨーク及びネオジム磁石の腐食は全く進行していなかった。
その後、試験開始から6ヶ月経過時の観察では、比較装置のネオジム磁石において、表面のNiめっきコーティングに損耗が確認された。これに対して本発明装置では、ヨーク、ネオジム磁石とも変色は見られず、ヨーク及びネオジム磁石の腐食は全く進行していなかった。
その後、試験開始から8ヶ月経過時の観察では、比較装置ではネオジム磁石の腐食がさらに進行していたが、本発明装置では、ヨーク、ネオジム磁石とも変色は見られず、ヨーク及びネオジム磁石の腐食は全く進行していないことが確認された。
【0115】
(第2実施例)
以下の第2〜第4実施例では、本発明に係る磁気吸着装置の具体的使用例について説明する。
【0116】
まず、第2実施例は、図9に示した構成の磁気吸着装置180を備えた流電陽極の例である。具体的には、発電所の鋼矢板式岸壁の電気防食用に用いられる流電陽極(アルミニウム合金陽極)について、その取り付け構造部に、本発明に係る磁気吸着装置を採用した例である。
【0117】
図11(a)は、第2実施例に係る流電陽極を示す平面図であり、図11(b)は、図11(a)のG−G’線に沿う部分断面図である。
図11に示す流電陽極1200は、略直方体状の陽極本体1201と、陽極本体1201を収容する箱形の陽極トレイ1202と、陽極トレイ1202の長辺方向の両端に位置する側面部にそれぞれ延設された板状の取り付け部1203と、取り付け部1203に取り付けられた磁気吸着装置180と、を備えて構成されている。
【0118】
陽極本体1201は、亜鉛、マグネシウム、又はこれらやアルミニウムの合金からなるものとされ、典型的には、アルミニウム合金が用いられる。本実施例では、重量22kgのアルミニウム合金陽極が用いられている。
陽極トレイ1202及び取り付け部1203は、鋼材を用いて作製される。陽極本体1201は、陽極トレイ1202に収容されるとともにボルト等の固定具を用いて陽極トレイ1202に固定される。また、陽極本体1201と陽極トレイ1202とは導通状態とされる。また、陽極トレイ1202の下面(陽極本体1201と反対側の面)には、弾性材料からなるクッション部材1204が設けられている。
磁気吸着装置180は、取り付け部1203に形成されたボルト穴にねじ軸部186を挿通し、ねじ軸部186にナット180bを螺合して取り付け部1203に締結されている。
【0119】
本実施例では、陽極本体1201の重量は22kgであるので、波浪や潮流の影響を考慮して安全率を5倍として110kgの吸着力を得るために、垂直方向80kgの磁気吸着装置180を、図11に示すように陽極トレイ1202の両側に2個取り付けて160kgの吸着力を持たせた。
そして、かかる流電陽極1200を、図11(b)に示すように鋼矢板1001に磁気吸着装置180を吸着させることで設置した。
流電陽極1200の設置後に状態を監視したところ、流電陽極1200に脱落や位置ずれが生じることはなく、また磁気吸着装置180に用いられているネオジム磁石111の腐食も全く生じないことが確認された。
【0120】
従来、電気防食用の流電陽極は、水中アーク溶接で鋼矢板に取り付けられていたが、溶接部において鋼矢板の強度が低下するため地震等に対する抗堪性を損なうことが確認されている。これに対して本発明に係る磁気吸着装置180を用いて流電陽極1200を取り付ける構成を採用すれば、鋼矢板1001に対する加工を要しないため、上述した強度低下の問題が生じることはない。
【0121】
また、磁気吸着装置180は、吸着対象物である鋼矢板1001の表面に、直径100mm程度の平滑な面があれば取り付けが可能であるため、鋼矢板1001の反りや表面の凹凸の影響を受けにくく、簡便に流電陽極1200を設置することができ、工期の短縮にも大いに寄与する。
【0122】
本実施例に係る流電陽極1200の取り付けに際しては、水中アーク溶接のように溶接部の品質が作業者の技量に左右されたり、また溶接作業に特別な資格を要することもない。したがって本例の流電陽極1200は、水中アーク溶接による流電陽極の設置に比して、施工品質や作業コストの点で極めて有利になる。
【0123】
(第3実施例)
次に、第3実施例は、先に記載の磁気吸着装置180を用いて、流電陽極の鋼構造物への取り付けを行った事例である。具体的には、発電所の海水取水設備であるトラベリングスクリーン(防塵機)のバスケットに、本発明の磁気吸着装置180を用いた電気防食用の流電陽極1300(アルミニウム合金陽極)を取り付けた。
【0124】
図12(a)は、第3実施例に係る流電陽極の縦断面図である。図12(b)は、図12(a)のZ方向矢視における平面図である。なお、図12(a)に示す断面構造は、図12(b)のH−H’線に沿う位置に対応する。
【0125】
図12に示す流電陽極1300は、断面視略台形状の陽極本体1301と、陽極本体1301の平面視中央部に設けられた略リング状の取り付け部1303と、取り付け部1303の平面視略中央部に形成されたボルト穴に固定された磁気吸着装置180と、陽極本体1301の磁気吸着装置180が取り付けられた側の面に設けられたクッション部材1304と、を備えて構成されている。
【0126】
陽極本体1301は、亜鉛、マグネシウム、又はこれらやアルミニウムの合金からなるものとされ、典型的には、アルミニウム合金が用いられる。本実施例では、重量26kgのアルミニウム合金陽極が用いられている。
取り付け部1303は、陽極本体1301内に埋め込まれた鋼製のリング状の部材である。取り付け部1303の一面(磁気吸着装置180の磁石が配置される側の面)は、陽極本体1301の表面に露出しており、反対側の面は、陽極本体1301の平面視中央部に形成された貫通孔内に露出している。
磁気吸着装置180は、取り付け部1303に形成されたボルト穴にねじ軸部186を挿通し、かかるねじ軸部186にナット180bを螺合することで取り付け部1303に締結されている。
また、陽極本体1301から突出する磁気吸着装置180を取り囲むように弾性材料からなるクッション部材1304が設けられている。クッション部材1304は、磁気吸着装置180が設けられた領域以外の陽極本体1301の一面側を覆っている。
【0127】
本実施例では、陽極本体1301の重量は26kgであるから、安全率を5倍として130kgの吸着力が得られるように、吸着面の法線方向において170kgの吸着力が得られる磁気吸着装置180を1個用いた。流電陽極1300は、バスケットの塗装が終了した後、陽極の取り付け位置に貼り付けておいたマスキングテープを除去して同位置に吸着させた。
取り付け後に、流電陽極1300の設置状態を監視したところ、トラベリングスクリーンを稼働させても流電陽極1300が脱落することはなく、また磁気吸着装置のネオジム磁石にも全く腐食は生じないことが確認された。
【0128】
本例では、バスケットの底面に磁気吸着装置180を吸着させて流電陽極1300を支持する態様であるから、磁気吸着装置180を、吸着力が強くなる向き(荷重が吸着面の法線方向にかかる向き)で使用することができる。そのため、図12に示すように、1個の小型の磁気吸着装置180を陽極本体1301の一面側に固定して流電陽極1300を構成することができる。したがって本発明によれば、流電陽極の小型化を実現することができる。
【0129】
また、磁気吸着装置180の採用により、流電陽極の着脱が容易になるとともに、バスケットの底面に突出していた取り付け金具が無くなるので、塗装をはじめとする各種の保守作業が容易になり、短時間に実施できるようになる。
【0130】
(第4実施例)
次に、第4実施例は、大気中に構築された鋼構造物に対して、先に記載の磁気吸着装置180を備えた付帯設備を水平に取り付けた事例である。
【0131】
図13(a)は、第4実施例に係る付帯設備の平面図である。図13(b)は、図13(a)のX方向矢視における側面図である。
図13に示す付帯設備1400は、例えば、発電所の鋼製渡り桟橋の歩廊部に設置される計測器収容ボックスである。付帯設備1400は断面矩形状であり、その底面(設置面)に磁気吸着装置180が配設されている。
本実施例の場合、付帯設備1400の大きさが600mm×1200mm×400mmであり、重量が30kgであるとして、桟橋の構造材1002に沿わせて設置するために、底面の4箇所に吸着面の法線方向において170kgの吸着力が得られる磁気吸着装置180をボルトで取り付けて固定している。4個の磁気吸着装置180により得られる吸着力は680kgであり、設置後に付帯設備1400を押したり叩いたりしても、脱落したり位置がずれたりしないことを確認した。
【0132】
(第5実施例)
次に、第5実施例は、大気中に構築された鋼構造物に対して、先の磁気吸着装置180を備えた付帯設備を垂直に取り付けた事例である。
【0133】
図14(a)は、第5実施例に係る付帯設備の平面図である。図14(b)は、図14(a)のZ方向矢視における側面図である。
図14に示す付帯設備1500は、例えば、発電所の建屋の鋼製壁面に設けられる案内用の看板である。
看板は幅2000mm、長さ4000mm、高さ50mmの大きさで、周囲に鋼材(50mm×50mm×4.5mm)の取り付け部1501が取り付けられている。付帯設備1500の重量は付属品を含めて約200kgである。
そして、強風や地震を考慮して安全率を3倍とし、600kgの吸着力を得るために、垂直方向80kgの吸着力を有する磁気吸着装置180を8個、看板の周囲に設けられた取り付け部1501に取り付け、640kgの吸着力で鋼製壁面に設置した。
【0134】
設置後に力を加えても看板が脱落したり位置がずれたりしないことが確認できた。また、本実施例が対象としている鋼製壁面は、機械の外周部であり溶接や穴あけ加工が実施できないので、本実施例のように磁気吸着装置180を用いて取り付ける構成を採用することで、従来は看板を設置できなかった箇所にも設置できるようになり、本発明に係る磁気吸着装置の用途として好適である。
【0135】
なお、以上に説明した本発明の実施形態及び実施例は、本発明の技術的範囲を限定するものではない。すなわち、本発明の耐食性磁石は、永久磁石とこれに接触する防食部材とを備えた構成を有する範囲において、種々の材質の永久磁石や防食部材、種々の形状を採用することができる。また本発明の磁気吸着装置は、本発明に係る耐食性磁石を備える範囲において、種々の形状やヨーク構造、設備機器への取り付け構造を採用することができる。
【符号の説明】
【0136】
110,120,176 耐食性磁石、111,113 ネオジム磁石、112,114 防食シート、130,140,150,160,170,180 磁気吸着装置、131,151,171,181 ヨーク、132,142a,142b,152,162 防食部材、133,173,183 バックヨーク部、134,174,184 外周ヨーク部、175,185 内周ヨーク部、154 側壁部、178,188 ボルト、179 雄ねじ部、180a 吸着装置本体、180b ナット、186 ねじ軸部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解質溶液中での永久磁石の腐食を防止する方法であって、
前記永久磁石の構成成分の犠牲陽極となる防食材料を含む防食部材を、前記永久磁石に直接接触させた状態で、前記永久磁石とともに前記電解質溶液中に配置する工程を有し、
前記防食部材が、前記防食材料の粉末と、前記粉末と混合された有機物とを有し、
前記永久磁石が略円形状であり、
前記永久磁石は、該永久磁石とともに磁気回路を形成するヨーク及び前記防食部材とともに前記電解質溶液中に配置され、
前記ヨークとして、前記永久磁石と吸着するバックヨーク部と、前記バックヨーク部と一体に形成されて前記永久磁石の外周面側に配置される外周ヨーク部と、前記バックヨーク部と一体に形成されて前記永久磁石の内周面側に配置される内周ヨーク部とを有したものを用い、
前記防食部材は、前記内周ヨーク部と前記永久磁石との間、及び前記外周ヨーク部と前記永久磁石との間に設けられることを特徴とする永久磁石の防食方法。
【請求項2】
前記電解質溶液が海水であることを特徴とする請求項1に記載の永久磁石の防食方法。
【請求項3】
前記防食材料が、亜鉛又は亜鉛合金であることを特徴とする請求項1又は2に記載の永久磁石の防食方法。
【請求項4】
前記防食部材によって、前記外周ヨーク部と前記永久磁石とが離間されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の永久磁石の防食方法。
【請求項5】
前記永久磁石が鉄を含み、前記防食部材が前記鉄の犠牲陽極となる防食材料を含むことを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の永久磁石の防食方法。
【請求項6】
前記永久磁石が、RE−Fe−M−Bで表記される永久磁石であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の永久磁石の防食方法。
ただし、REはNd、Y、La、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素、MはCo、Ti、Nb、Al、V、Mn、Sn、Ca、Mg、Pb、Sb、Zn、Si、Zr、Cr、Ni、Cu、Ga、Mo、W、Taからなる群より選ばれる少なくとも一種の元素である。
【請求項7】
前記バックヨーク部の前記永久磁石と反対側の面に、当該面から突出するねじ軸部が設けられることを特徴とする請求項1から6のいずれか1項に記載の永久磁石の防食方法。
【請求項8】
前記ねじ軸部と前記バックヨーク部とを前記ねじ軸の軸方向に貫通するねじ孔部が前記内周ヨーク部の内部を貫通していることを特徴とする請求項7に記載の永久磁石の防食方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−47387(P2013−47387A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−201777(P2012−201777)
【出願日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【分割の表示】特願2007−120223(P2007−120223)の分割
【原出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(500337473)株式会社ソフテム (7)
【Fターム(参考)】