説明

波長板及び光学装置

【課題】信頼性に優れた広帯域の波長板を提供する。
【解決手段】本発明に係る波長板(1/2波長板)25は、KTP結晶からなる2枚の複屈折板25A,25Bをそれらの面内の光軸D1,D2が直交するように貼り合わせて構成される。KTP結晶は、可視域から近赤外域まで透明な二軸性複屈折結晶であり、複屈折材料としてKTP結晶を用いた場合、400〜700nmの可視光帯域での複屈折変化は最大で約0.005であり、水晶の1/2である。従って、波長400〜700nmでの位相シフト量も小さく抑えることが可能となり、広帯域にわたって安定した透過特性を得ることができる。また、KTPは水晶に比べて波長依存性が小さいため、貼り合わせ枚数を少なくできる。これにより、信頼性の高い広帯域の0次波長板を低コストで得ることが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば液晶プロジェクタの光学系に組み込まれる偏光変換素子に用いて好適な波長板及びこれを備えた光学装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、薄型テレビやプレゼンテーションツールとして、超高圧水銀ランプなどの光源からの光束を、反射型もしくは透過型の液晶ライトバルブからなる光変調素子と投射レンズを通してスクリーン上に投影する液晶プロジェクタが広く使用されている。液晶デバイスは偏光回転デバイスであるため、画面の明暗制御は直線偏光の光に対してのみ有効である。プロジェクタの光学系では、ランプからの光は無偏光であるため、これを一定の直線偏光に変換する偏光変換素子(PBC)が用いられている。
【0003】
一方、薄型ディスプレイデバイス技術の進展によって、画像の高輝度化やコントラストに対する要求が近年高まっている。プロジェクタシステムでは投射画像の高輝度化を図るために光源のパワーを大きくする必要がある。光量が大きくなると光学部品で発生する熱が大きくなってしまうという問題がある。位相差板など有機材料からなるものについてはその影響が大きく、特に偏光子のような光吸収性のデバイスでは吸収による発熱が大きく、有機材料である偏光子自体の熱破壊などが生じてしまう場合がある。
【0004】
上記偏光変換素子に用いられている波長板では、光源近傍の高出力の光パワーが照射されるため、材料劣化による吸収増大によって破壊に至る場合や、接着層の劣化による剥がれなどの問題が生じる。また、これら材料の変質による明らかな劣化でなくても、液晶パネルに置かれた位相差板では発熱による複屈折率の変化によって画面の色むらやコントラストの劣化が生じてしまうという問題があった。従って、高輝度を要求される場合には、下記特許文献1にあるように、有機材料を避けて水晶など無機複屈折結晶を用いて構成することが考えられている。
【0005】
無機波長板は、複屈折材料を結晶軸がその表面方向となるように切断し、所望の位相シフトとなる厚さに研磨することで得ることができる。例えば、水晶を用いた場合、λ(波長)=546nmにおいて、ne(異常光線の屈折率)=1.55534、no(常光線の屈折率)=1.54617で、複屈折は0.00917である。1/4波長板とするためには、厚さをtとして、
(ne−no)t=λ/4
とすればよく、λ=546nmの場合、厚さtは、14.8μmとなる。
【0006】
しかし、この厚さでは薄すぎて取り扱いが困難であるために、通常、使用する波長範囲が狭い場合は、
(ne−no)t={m+(1/4)}λ
として中心波長近傍のみ位相シフト条件を満たすようにしている。例えば、m=9とすれば、厚さtは、551μmとなる。
【0007】
ここで、mは次数である。m≠0の波長板は、高次波長板とよばれ、m=0の波長板は、0次の波長板とよばれる。0次の波長板は、厚さを薄くするだけでなく、2枚の複屈折材料を互いに異方性軸が直交するように貼り合わせることでも作製することが可能である。この場合、1枚目と2枚目で位相シフトの符号がキャンセルされる。この構成の場合、2枚の貼り合わせる複屈折材料の厚さの差を、単板での0次の波長板厚さと一致させる必要がある。
【0008】
【特許文献1】特開2004−170853号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
波長板の波長依存性は、波長と厚さの関係による本質的なものと、屈折率や複屈折率の分散による材料起因によるものとに大別することができる。高分子材料では材料の最適化によって前者の本質的な部分をキャンセル、もしくは後者の材料起因による部分を低減するよう設計することが可能である。しかしながら、光学結晶などの無機材料の場合には、屈折率分散の向きや大きさ(短波長ほど屈折率、複屈折は大きくなる)は大きく変化できないため、材料に起因する部分が波長板の動作帯域を決める重要なファクターとなっている。
【0010】
このようなことから、0次波長板であっても波長400〜700nmの広帯域にわたって動作することは不可能である。一方、特許文献1に開示されているように、波長板をその異方性軸が所定の関係となるように貼り合わせることで1枚目と2枚目で波長依存性をキャンセルすることも可能である。
【0011】
しかしながら、貼り合わせる2枚の波長板が高次のものであると、高次であることによる波長依存性が桁違いに大きいため、貼り合わせによる効果が小さくなる。2枚の波長板がともに0次であるとき波長400〜700nmの広い帯域で動作する波長板が得られるが、0次波長板を構成するのに2枚の複屈折板を使用する場合には合計で4枚の複屈折板が必要になり、非常に高価なものになる。
【0012】
一方、直交貼り合わせタイプの0次波長板では、動作帯域を決定する大きな要因は材料の屈折率分散であり、分散の小さい材料を用いることで波長板の広帯域化を図ることができる。しかし、無機複屈折率材料として最も一般的に用いられている水晶は、400〜700nmの可視光帯域で、最大で約0.01の複屈折変化が生じており、これを用いて0次の1/4波長板を構成したときの位相シフト量の波長依存性は、波長400〜700nmで最大180度以上となり、信頼性の高い広帯域の波長板は得られない。
【0013】
本発明は上述の問題に鑑みてなされ、信頼性に優れた広帯域の波長板及びこれを備えた光学装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
以上の課題を解決するに当たり、本発明の波長板は、複数枚の複屈折板をそれらの光軸が直交するように貼り合わせてなる波長板であって、上記複屈折板は、KTP結晶からなることを特徴とする。
【0015】
KTP(リン酸チタン酸カリウム:KTiOPO4)結晶は、可視域から近赤外域まで透明な二軸性複屈折結晶であり、波長588nmでのa軸、b軸及びc軸の屈折率は、na:1.7789、nb:1.76809、nc:1.87429である。複屈折は、b軸とc軸間で0.106、a軸のb軸間で0.0108となっている。複屈折材料としてKTP結晶を用いた場合、400〜700nmの可視光帯域での複屈折変化は最大で約0.005であり、水晶の1/2である。従って、波長400〜700nmでの位相シフト量も小さく抑えることが可能となり、広帯域にわたって安定した透過特性を得ることができる。また、KTPは水晶に比べて波長依存性が小さいため、貼り合わせ枚数を少なくできる。これにより、信頼性の高い広帯域の0次波長板を低コストで得ることが可能となる。
【0016】
本発明に係る波長板は、1/2波長板、1/4波長板等として構成することができる。例えば、2枚の1/2波長板を貼り合わせて0次の1/2波長板を作製する場合、これら2枚の1/2波長板の厚みを相互に異ならせ、その厚みの差Δtが、(ne−no)Δt=(1/2)λの関係を満たすようにする。
【0017】
1/2波長板の適用例としては、液晶プロジェクタ等の光学装置における偏光変換素子(PBC)等が好適である。本発明に係る波長板は、無機材料で構成されているため、光源近傍に配置しても熱吸収による複屈折の変化が生じにくい。また、屈折率の波長依存性が水晶等に比べて小さいため、信頼性の高い光学特性が得られるとともに、貼り合わせ枚数を少なくして波長板を構成することが可能となるので、素子の小型化・薄型化と低コスト化に貢献できる。
【発明の効果】
【0018】
以上述べたように、本発明によれば、信頼性に優れた広帯域の波長板を低コストで得ることが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の各実施形態について図面を参照して説明する。
【0020】
図1は本発明の実施形態による光学装置10の概略構成図である。本実施形態の光学装置10は、液晶プロジェクタ(画像表示装置)として構成されている。
【0021】
光学装置10において、例えば超高圧水銀ランプからなる光源11は、白色の照明光Lを一対のフライアイレンズからなるインテグレータレンズ12へ向けて照射する。インテグレータレンズ12は、照明光Lの光量分布を均一化して偏光変換素子13へ入射させる。偏光変換素子13は、入射した照明光LについてP偏光成分をS偏光成分へ変換してコンデンサーレンズ14へ入射させる。コンデンサーレンズ14は、偏光変換素子13の出射光を次段の色分離光学系の光路長に合わせた光線に変換して出射する。
【0022】
上記色分離光学系は、コンデンサーレンズ14から出射された照明光Lについて、青色帯域の光を反射し赤色及び緑色帯域の光を透過する第1ダイクロイックミラー15Aと、緑色帯域の光を反射し赤色帯域の光を透過する第2ダイクロイックミラー15Bで構成されている。
【0023】
第1ダイクロイックミラー15Aで反射された青色光Lbは、ミラー16で全反射して光路が90度変換されて青色用空間変調素子17bへ入射する。一方、第2ダイクロイックミラー15Bで反射された緑色光Lgは緑色用空間変調素子17gへ入射し、第2ダイクロイックミラー15Bを透過した赤色光Lrは、ミラー18,19で全反射して光路がそれぞれ90度変換された後、赤色用空間変調素子17rへ入射する。
【0024】
青色用空間変調素子Lb、緑色用空間変調素子Lg及び赤色用空間変調素子Lrは、それぞれ透過型液晶表示パネルで構成されており、空間変調した青色光Lb、緑色光Lg及び赤色光Lrを合成プリズム20へ出射する。合成プリズム20は、入射した各色光を合成して投影レンズ系21を介して図示しないスクリーンへ画像光PLを投射する。
【0025】
次に、以上のように構成される本実施形態の光学装置10における偏光変換素子13の詳細について説明する。図2は、偏光変換素子13の構成及び機能を説明する概略図である。
【0026】
偏光変換素子13は、無偏光の照明光Lを一定の直線偏光(S偏光)に変換する光学素子である。偏光変換素子13は、プリズムの斜面に光学薄膜23を成膜したプリズムアレイ24の所定位置に1/2波長板25を備えた構造を有している。光学薄膜23は、例えば光学多層膜からなり、P偏光成分は透過しS偏光成分は反射する光学特性を有している。1/2波長板25は、プリズムアレイ24の出射面において光学薄膜23を介して透過するP偏光成分の出射領域に選択的に設置されており、入射するP偏光成分に180度の位相差を与え、S偏光として出射させる機能を果たす。
【0027】
図3は1/2波長板25の概略構成図である。本実施形態の1/2波長板25は、KTP(リン酸チタン酸カリウム:KTiOPO4)結晶からなる2枚の複屈折板25A,25Bをそれらの光軸(光学軸)D1,D2が直交するように貼り合わせて構成されている。複屈折板25A,25Bは、厚さが異なる2枚の1/2波長板として構成されており、透明な接着剤を介して貼り合わされている。
【0028】
2枚の複屈折板25A,25Bは、面内の光軸D1,D2が互いに直交するように貼り合わされることにより、同一の厚さ範囲で位相シフトの符号がキャンセルされる。このとき、複屈折板25A,25Bの厚さの差Δt(t1−t2)が、(ne−no)Δt={m+(1/2)}λの関係を満たすように複屈折板25A,25Bの厚さが選定される。m=0の場合は0次の1/2波長板が得られ、m≠0の場合は高次の1/2波長板が得られることになる。本実施形態では、Δtが0次の波長板厚さと一致するように設計される。これにより、取り扱い性を損なわない程度の厚さで0次の1/2波長板を容易に構成することが可能となる。
【0029】
KTP結晶は、可視域から近赤外域まで透明な二軸性結晶であり、波長588nmでのa軸、b軸及びc軸の屈折率は、na:1.7789、nb:1.76809、nc:1.87429である。複屈折は、b軸とc軸間で0.106、a軸のb軸間で0.0108となっている。
【0030】
図4及び図5は、KTP結晶(a−b軸間)と水晶について測定した可視光帯域における複屈折変化と位相シフト量の波長依存をそれぞれ示している。各図において、実線はKTP結晶、一点鎖線は水晶を表している。なお、図5は、0次の1/4波長板をサンプルに用いたときの実験結果である。
【0031】
図4に示すように、複屈折材料としてKTP結晶を用いた場合、400〜700nmの可視光帯域での複屈折変化は最大で約0.005であり、水晶の複屈折変化(約0.01)の実に半分である。従って、図5に示すように波長400〜700nmでの位相シフト量も、±30度と小さく抑えられる。これにより、広帯域にわたって高いPS偏光変換効率を得ることができる。
【0032】
本発明者は、水晶及びKTP結晶からなる1/2波長板を用いて偏光変換素子を構成したときのそれぞれの偏光透過率(400〜700nmの透過率平均値)を測定した。実験結果によれば、水晶の場合は74%であったのに対し、KTP結晶の場合は88%であった。可視光帯域の光に対して位相シフト量が180度からずれると、偏光変換が完全でなくなり透過率が低下する。すなわち、各々の偏光透過率の違いは、KTPの複屈折の波長依存性が水晶に比べて小さいことによるもので、本発明の優位性を示している。
【0033】
また、KTP結晶は水晶に比べて波長依存性が小さいため、水晶を用いた場合のように貼り合わせ枚数を増やして波長依存性をキャンセルする必要がなくなり、貼り合わせ枚数を少なくして低コスト、小型・薄型の1/2波長板25を作製することが可能となる。なお、高次ほど波長依存の影響が少なくなるので、KTP結晶基板を複数枚貼り合わせて高次の波長板を作製することも勿論可能である。
【0034】
また、KTP結晶は二軸性結晶であるため、光学軸のひとつが複屈折板の面内方向にあり入射光が複屈折板の表面に垂直に入射する条件において、一軸性結晶と同様な解析で波長板の光学設計が可能である。また、二軸性結晶は一軸性結晶よりも光学軸が多いため、光学軸の選定の仕方で複数の複屈折性を得ることができ、これにより波長板の設計自由度の向上が図れるようになる。
【0035】
以上のように、本実施形態によれば、1/2波長板25を構成する複屈折材料にKTP結晶を用いているので、可視光帯域における複屈折の波長依存性を従来の水晶波長板に比べて低くすることができる。これにより、可視光全域において安定した位相差特性が得られ、高い偏光変換効率を確保できるようになる。その結果、偏光透過率が向上して、光利用効率が高まり、画像の高輝度化を図ることができるとともに、光学装置10全体の低消費電力化に貢献することができるようになる。
【0036】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく本発明の技術的思想に基づいて種々の変形が可能である。
【0037】
例えば以上の実施形態では、本発明に係る波長板を1/2波長板として構成した例について説明したが、1/4波長板、1/8波長板等の他の位相差板として構成することも可能である。
【0038】
1/4波長板は、目的とする波長帯域の直線偏光を円偏光に又は円偏光を直線偏光に変換する素子である。適用例としては、液晶プロジェクタにおいて、空間変調素子を反射型液晶表示パネルで構成した場合に当該液晶表示パネルの前面に設置される1/4波長板が挙げられる。あるいは、光ピックアップ装置に組み込まれる1/4波長板にも、本発明は適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の実施形態による光学装置としての液晶プロジェクタの概略構成図である。
【図2】図1の液晶プロジェクタにおける偏光変換素子の構成及び作用を説明する図である。
【図3】本発明の実施形態による波長板の概略構成を示す斜視図である。
【図4】KTP結晶及び水晶の可視広帯域における複屈折の波長依存性を示す図である。
【図5】KTP結晶及び水晶の可視光帯域における位相シフト量の波長依存性を示す図である。
【符号の説明】
【0040】
10…光学装置(液晶プロジェクタ)、11…光源、13…偏光変換素子、15A,15B…ダイクロイックミラー、17r,17g,17b…空間変調素子(透過型液晶表示パネル)、25…1/2波長板、25A,25B…複屈折板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数枚の複屈折板をそれらの光軸が直交するように貼り合わせてなる波長板であって、
前記複屈折板は、KTP(KTiOPO4)結晶からなる
ことを特徴とする波長板。
【請求項2】
前記複数枚のKTP基板の厚みが相互に異なっている
ことを特徴とする請求項1に記載の波長板。
【請求項3】
当該波長板は、1/2波長板である
ことを特徴とする請求項2に記載の波長板。
【請求項4】
当該波長板は、1/4波長板である
ことを特徴とする請求項2に記載の波長板。
【請求項5】
複数枚の複屈折板をそれらの光軸が直交するように貼り合わせてなる波長板を備えた光学装置であって、
前記複屈折板は、KTP(KTiOPO4)結晶からなる
ことを特徴とする光学装置。
【請求項6】
前記波長板は、一方の直線偏光を他方の直線偏光に変換する偏光変換素子として用いられる
ことを特徴とする請求項5に記載の光学装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−185768(P2008−185768A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−19042(P2007−19042)
【出願日】平成19年1月30日(2007.1.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】