説明

注射針の製造方法および注射針

【課題】 強度を保った上で外径を可及的に細くすることを可能とした注射針を可能とする。
【解決手段】 電鋳加工により線状の母型Mの周囲にニッケルの電鋳体1を形成した後、この電鋳体を引き抜くことによりニッケル製の針管2を取得するとともに、その先端を研削して穿刺用刃面Tを形成し、その後、この針管を水酸化チタンの微粒子を溶液中に分散させた光触媒処理溶液中に浸漬し、乾燥させることによりバインダーを使わずに針管の内外の表面に水酸化チタンの微粒子からなる光触媒コーティング3を施す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は注射器の針に関し、より詳細には強度を保った上で外径を可及的に細くすることを可能とした注射針に関する。
【背景技術】
【0002】
生体に穿刺することにより管状の針から生体内に薬液などを注出するための注射針が広く使用されている。注射針の製造方法としてはステンレス鋼からなる平板を丸める塑性加工により管状として、接合部を溶接して針管を得る方法が従来一般的であった(特許文献1)。
【0003】
ところで、穿刺時の患者の痛みを和らげるためには注射針の外径を可及的に細めることが有効である。そのため、引抜きダイスによる引抜き加工を繰り返すことにより管状体を徐々に細めて所望の外径の針管に成形することが行なわれている(特許文献2)。
【0004】
しかしながら、平板から針管を得る従来技術においては塑性加工時の手間やコストに加え、溶接時の手間やコストが嵩む問題があり、さらに接合部に段差や凹凸ができないように細心の配慮を払わなければならない問題があった。
【0005】
また、所望の外径の針管に成形するためにダイスによる引抜き加工を繰り返す場合は管状体の内壁に収縮による皺ができる問題があり、それを除去するために内壁面を研磨加工しなければならず手間やコストが嵩む問題があった。この場合、この皺を防止するためには引抜き加工時に管状体内にその内径を規定するプラグを挿入することが有効であるが、そうすると成形できる針管の内径はプラグを挿入可能な大きさまでのものに規制されてしまい、注射針の細径化に限界を生じさせる問題があった。
【0006】
また、引き抜き加工には潤滑のために鉱油を基油とする引き抜き加工油が不可欠となるが、生体に使用する注射針の場合は加工後に内外の表面に付着した加工油を除去する工程が不可欠となり、手間やコストが嵩む問題もあった。
【0007】
一方、塑性加工によらず、電鋳加工により注射針を製造する発明が提案されている(特許文献3、4)。前記発明は電鋳加工により線状の母型の周囲にニッケルの電鋳体を形成した後、この電鋳体を引き抜くことによりニッケル製の針管を取得するものであり、本願発明はこの発明を直接的な先行技術とするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−291884号公報
【特許文献2】特開2007−38021号公報
【特許文献3】特開2005−611号公報
【特許文献4】特開2007−289664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前記の電鋳加工によりニッケル製の注射針を製造する方法においては、塑性加工や溶接が不要なので複雑な手間を要せず可及的に細径化した注射針を得ることが可能となる。また、塑性加工による場合のように、予定外の不規則な物理的な変形が生じることがないので寸法精度が高く、かつ内外の表面が平滑な針管を得ることができる。さらに、引き抜き加工油を使わないので、その除去工程も不要となる。
【0010】
ところで、ニッケルの場合、人間が出す汗の中の塩素イオンによりニッケルが溶け出され、汗によって溶け出されたニッケルイオンが人間に皮膚炎を起こしたり、ニッケルが接触している部分だけでなく、血液に運ばれて汗の多い場所に湿疹を引き起こすアレルギーの可能性が指摘されている。そこで、電鋳加工により得られる注射針はニッケル製であることより、従来のステンレス製の注射針と比べた場合、前記の問題が浮上し、これが医療現場での実用化のネックとなっていた。この場合、針管に金メッキを施すという方策も想定できるがコストを要するという問題があった。
【0011】
また、ステレンスに比べて純ニッケルは硬度が低いので、これを注射針に用いた場合の強度に関し不安があり、これは前記の金メッキをもってしても解消できない。
【課題を解決するための手段】
【0012】
この発明の注射針の製造方法は以上の問題点に鑑みて創作されたものであり、電鋳加工により線状の母型の周囲にニッケルの電鋳体を形成した後、この電鋳体を引き抜くことによりニッケル製の針管を取得するとともに、その先端を研削して穿刺用刃面を形成し、その後、この針管を水酸化チタンの微粒子を溶液中に分散させた光触媒処理溶液中に浸漬し、乾燥させることによりバインダーを使わずに針管の内外の表面に水酸化チタンの微粒子からなる光触媒コーティングを施すことを特徴とする。
【0013】
また、請求項2に記載の注射針の製造方法は、前記の注射針の製造方法において、光触媒処理溶液は水酸化チタンをアルコール水溶液中に分散させた液体であって、水酸化チタンのアモルファス型とアナターゼ型の粒子が混合されたものであってバインダーを含まないものであることを特徴とする。
【0014】
また、請求項3に記載の注射針の製造方法は、前記の注射針の製造方法において、針管の光触媒処理溶液中への浸漬は針管を針基に固着した後に、針基ごと行われることを特徴とする。
【0015】
また、請求項4に記載の注射針は、先端を研削して穿刺用刃面を形成したニッケル製の針管の内外の表面にバインダー層を介さずに水酸化チタンの微粒子からなる光触媒コーティング層を施したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
よって、この発明によれば、塑性加工や溶接が不要なので複雑な手間を要せず可及的に細径化した注射針を得ることが可能となる。また、塑性加工による場合のように、予定外の不規則な物理的な変形が生じることがないので寸法精度が高く、かつ内外の表面が平滑な針管を得ることができる。さらに、引き抜き加工油を使わないので、その除去工程も不要となる効果を得られる。
【0017】
一方、ニッケル製の針管は光触媒により内側、外側の表面がコーティングされ、ニッケルが表面に露出することがないので、衛生面、健康面においてニッケルが直に人体に触れることがないので、人体にアレルギーなどを引き起こす問題がない。
【0018】
ところで、一般的には物体に光触媒をコーティングする技術的な意義は次の2つに求められる。
(1) 酸化チタンに、紫外線をあてることにより、金属をイオン化させ、これが、水や酸素などと反応し、活性酸素や水酸ラジカルを生成する。この活性酸素や水酸ラジカルは非常に酸化性が高いので有害物質などを分解する酸化分解作用を生じる。
(2) 酸化チタンに光があたると、空気中の水素を引きつけ、表面に着いたほこりや油などの下に水分を入り込ませこれらの汚れを落ちやすくする親水作用を生じる。
【0019】
この発明の注射針においても、もちろん前記の効果を奏し、一度光触媒処理処理された注射針は、包装、梱包した数日、数ヵ月、数年後に開封しても、前記の光触媒作用は持続する。
【0020】
一方、この発明の注射針は前記の光触媒作用からは想定し得ない作用も利用している。その一つは前記した光触媒により内外の表面をコーティングし、ニッケルの表面への露出を阻止することによるアレルギーの防止である。
【0021】
そして、もう一つは光触媒処理溶液中の水酸化チタンの微粒子が針管の内外の表面に付着してそれを覆うことによる、注射針の強度の向上作用である。すなわち、この発明の注射針はニッケル製の針管の内外の表面を水酸化チタンの微粒子で覆うことにより二重層構造となる。この場合、ニッケル製の針管自体の硬度はHv250〜300前後であるのに対し、それを覆う水酸化チタンの微粒子層の硬度はHv900〜1000前後となる。その結果、ニッケル製の針管は柔らかく、しなやかで、表面の水酸化チタンの微粒子層は固いので、折り曲げ強度が強靱で、衝撃に強い注射針を得ることが可能となった。
【0022】
ところで、前記の場合、この発明においてはバインダーを使わずに針管の内外の表面に水酸化チタンの微粒子からなる光触媒コーティングを施しているので、仮にバインダーを用いた場合は折り曲げ時に針管と水酸化チタンの微粒子層との間のコーティング層がひび割れ・破損し注射針としての使用できなくなるのに対し、折り曲げても針管表面の水酸化チタンの微粒子が移動するだけでひび割れ・破損したりすることがない効果を得られる。
【0023】
次にこの発明によれば、前記したように電鋳加工の特性より複雑な手間を要せず可及的に細径化した針管を得ることができるが、それに加えて表面の光触媒コーティング層も間に介在するバインダーを使用していなで施しているので可及的に薄くすることができ、最小肉厚(t0. 02前後)、微細径(外径φ0. 06〜0. 20mm/内径φ0. 01〜0. 18mm)の注射針の成形が可能になる。また、この場合、バインダーを使用しないことよりその厚みのばらつきに左右される外径寸法のコントロールの不確実さがなく、寸法精度に優れた注射針の成形が可能になる。
【0024】
また、この発明によれば前記したように電鋳加工自体が塑性加工や溶接が不要なので複雑な手間を要せず低コストで針管を取得できることに加え、光触媒コーティングも比較的安価な光触媒処理溶液中に多数の針管を浸漬することにより一括処理できるので、低コストで注射針を生産することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明の注射針の製造工程を示す断面図。
【図2】この発明の注射針の製造工程を示す断面図。
【図3】この発明の注射針の製造工程を示す断面図。
【図4】この発明の注射針の製造工程を示す断面図。
【図5】この発明の注射針の製造工程を示す要部の模式図。
【図6】この発明の注射針の針管の一例を示す要部の側面図。
【図7】この発明の注射針の針管の一例を示す要部の側面図。
【図8】この発明の注射針の異なる実施例の製造工程を示す断面図。
【0026】
以下、この発明の注射針の製造方法の実施例を説明する。この発明においては先ず電鋳加工により注射針の基体となるニッケル製の針管を取得する。電鋳加工は公知の方法により行なわれるものであり、所望の注射針の内周形状に沿った電鋳母型Mを図示しない電鋳槽内の電解液中に浸漬し、電鋳金属であるニッケル板を陽極とし電鋳母型Mを陰極として通電する電鋳加工を行って、所定の厚さの電鋳体1を電鋳母型Mの周囲に形成する(図1参照)。そして、上記電鋳母型Mから電鋳体1を引き抜くことによりニッケル製の針管2を取得し(図2参照)、さらにその先端を研削して穿刺用刃面Nを形成する(図3参照)。
【0027】
前記ニッケル製の針管2は針管の内側、外側の表面に水酸化チタンからなる光触媒コーティング層3を施し注射針Tとする(図4参照)。この場合、この発明においては、針管に光触媒コーティング層を施すに際し、バインダーを用いないことが要件となる。そのために、粉末状の光触媒をバインダーを用いて接着するのではなく、針管を水酸化チタンの微粒子を溶液中に分散させた光触媒処理溶液中に浸漬し、乾燥させることによりバインダーを使わずに針管の内外の表面に水酸化チタンの微粒子からなる光触媒コーティングを施している(図5参照)。
【0028】
前記の光触媒処理溶液として、この実施例では水酸化チタンをアルコール水溶液中に分散させた液体であって、水酸化チタンのアモルファス型とアナターゼ型の粒子が混合されたものであってバインダーを含まないものを使用しており、具体的には長宗産業株式会社製ハンノウコートCR50(科学名:2一プロパノール+アパタイト被覆二酸化チタン+二酸化ケイ素水溶液(エチルシリケート))を採用している。上記ハンノウコートの場合、水酸化チタンの1次粒子の理論値は1.27nmに近く、光触媒コーティング層の厚さも10nm〜20nmに押さえることができるので、電鋳加工の特性により可及的に細く成形した針管の外径をコーティング層により増大させることを可及的に防ぐことが可能となる。
【0029】
なお、光触媒コーティングを施す段階は、図8に示すように針管2を針基Bに固着した後に、針基ごと光触媒処理溶液中に浸漬してもよい。
【0030】
また、針管は図6に示すテーパー針でなく、図7に示すストレート針であってもよいことは勿論である。
【符号の説明】
【0031】
M 電鋳母型
1 電鋳体
2 針管
3 光触媒コーティング層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電鋳加工により線状の母型の周囲にニッケルの電鋳体を形成した後、この電鋳体を引き抜くことによりニッケル製の針管を取得するとともに、その先端を研削して穿刺用刃面を形成し、その後、この針管を水酸化チタンの微粒子を溶液中に分散させた光触媒処理溶液中に浸漬し、乾燥させることによりバインダーを使わずに針管の内外の表面に水酸化チタンの微粒子からなる光触媒コーティングを施すことを特徴とする注射針の製造方法。
【請求項2】
光触媒処理溶液は水酸化チタンをアルコール水溶液中に分散させた液体であって、水酸化チタンのアモルファス型とアナターゼ型の粒子が混合されたものであってバインダーを含まないものである請求項1記載の注射針の製造方法。
【請求項3】
針管の光触媒処理溶液中への浸漬は針管を針基に固着した後に、針基ごと行われる請求項1または2記載の注射針の製造方法。
【請求項4】
先端を研削して穿刺用刃面を形成したニッケル製の針管の内外の表面にバインダー層を介さずに水酸化チタンの微粒子からなる光触媒コーティング層を施したことを特徴とする注射針。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−5576(P2012−5576A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−142521(P2010−142521)
【出願日】平成22年6月23日(2010.6.23)
【出願人】(510175252)
【Fターム(参考)】