説明

浮遊微粒子の採取袋および採取方法

【課題】雰囲気ガス中の浮遊微粒子を精度よく分析・測定することのできる浮遊微粒子の採取袋および採取方法を提供する。
【解決手段】絶縁物からなる採取袋本体と、該採取袋本体に取り付けられた絶縁物からなる導入・放出口と、先端が前記採取袋本体の中心部に位置するように設けられ、電源と接続可能に構成された針状電極と、からなる浮遊微粒子の採取袋に、粒径2.5μm以下の浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取している間は、前記針状電極に前記電源を接続して3kV以上の電圧を印加してコロナ放電を発生させて、前記浮遊微粒子の静電気を除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、雰囲気ガス中に浮遊する微粒子を採取して、各種分析や測定に供するための浮遊微粒子の採取袋および採取方法に関する。
【背景技術】
【0002】
大気や工場内などの雰囲気(以下、雰囲気ガスという)中に浮遊する微粒子は人体へのさまざまな影響が懸念されており、この観点から浮遊微粒子を規制するための各種基準が制定されている。これらの基準を満足させるためには、浮遊微粒子の性状を分析・測定する技術が必要であり、これまでに種々の技術が開発されている。
【0003】
各種雰囲気ガス中の浮遊微粒子の重量を測定する方法としては、連続的に導入される微粒子にレーザー光を照射することで発生する散乱光を解析する方法や、フィルター上に微粒子を採取してβ線を照射しその減衰率から解析する方法、などが一般的である。特に前者は安定して重量測定ができるため、測定装置も市販され(例えば、Thermo社SHARP5030等)、広く用いられている。
【0004】
浮遊微粒子の元素分析法としては、一定時間フィルター上に雰囲気ガス中の浮遊微粒子を採取し、採取された微粒子に対して、走査型電子顕微鏡(SEM)や電子線マイクロアナリシス(EPMA)、レーザー発光分光分析法、2次イオン質量分析法(SIMS)などを用いた分析、あるいは化学的な処理による分析を行い、成分元素とその量を解析する方法が知られている。
【0005】
また、雰囲気ガス中の浮遊微粒子を連続的に元素分析する方法としては、浮遊微粒子を高周波誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)に導入して元素分析する方法(特許文献1)が報告されている。また、キャピラリ等を介して真空中に取り込んだ浮遊微粒子にレーザーをパルス状に照射してイオン化し、飛行時間型質量分析装置(TOF−MS)(特許文献2、非特許文献1)を用いた分析、あるいは発光分析や質量分析で分析する方法(特許文献3)が報告されている。これらの分析方法は短時間で数千から数十万個もの浮遊微粒子の平均的な元素情報を得ることが可能である。
【0006】
上記したいずれの方法も、現場にて直接浮遊微粒子を採取して分析・測定する場合と、一旦、現場で吸引ポンプ等を用いて浮遊微粒子を採取袋に吸引・採取した後に、別の場所にある分析・測定装置にこの採取袋内の微粒子を供給することで分析・測定する場合がある。特に、高温環境・低温環境などの劣悪環境下や高所など、分析・測定装置を持ち込むことが困難な場所では後者の採取袋による手法を用いざるを得ない。しかしながら、採取袋を用いる方法には次のような問題がある。
【0007】
数十μm以上の粒径を有する粒子は重力により時間の経過とともに自然沈降する。このため、沈降した微粒子が採取袋の内壁に付着ないし堆積すると、採取袋から微粒子を全量回収することは困難であり、採取袋を用いた微粒子の分析・測定はその精度がよくない。
【0008】
一方、近年挙動が注目されているPM2.5(雰囲気ガス中に浮遊している粒径2.5μm以下の微粒子)は雰囲気ガス中に半永久的に浮遊していると推定されており、従って、上記の自然沈降の問題はなく、採取袋を用いた微粒子の分析・測定は精度よく行なうことができると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−288601号公報
【特許文献2】特開平10−288602号公報
【特許文献3】特開2006−071492号公報
【特許文献4】特開2005−147861号公報
【特許文献5】特開2005−283212号公報
【特許文献6】特開2007−127427号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】E.Gard et.al.,Ana1.Chem.69,p.4083 1997
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、本発明者が検討したところ、粒径が2.5μm以下の浮遊微粒子であっても、採取袋に採取してから分析・測定に供するまでの経過時間が長くなるに従って浮遊微粒子の分析・測定値が減少して、正確な値が得られない場合があることが判明した。これは、採取された浮遊微粒子が採取袋内で互いに衝突したり、採取袋内壁に衝突したりすることによって発生する静電気が原因であると推定された。即ち、このようにして発生した静電気により帯電した浮遊微粒子が採取袋内壁に吸着したり、微粒子同士が凝着して大きくなって沈降し内壁に吸着・堆積したりしてそのまま袋内に残留する結果、分析・測定に供される微粒子の量が減少するためである考えられる。特に、市販の採取袋はビニル系やポリエステル系等の素材を用いているものが多く、採取袋自体も静電気に帯電しやすいという性質があり、上述した現象を助長していると考えられる。
【0012】
そこで、上記問題を解決するためには採取袋内に採取された浮遊微粒子の帯電除去(以下、除電ともいう)を行なうことが考えられる。帯電除去技術としてコロナ放電を利用した手法が開発されており、市販品としてキーエンス社製SJ-H、SJ-Fシリーズ等が挙げられる。この技術は、コロナ放電によってイオン化された空気を対象物(例えば、エ業的に製造された樹脂シートやフィルム、半導体ウエハなど)に吹き付けて静電気を除去するもので、製品の安定生産に有効な手段として利用されている。しかし、この技術は、本発明が対象とする採取袋内部における浮遊微粒子の除電への適用は困難である。
【0013】
本発明は、上述したような事情に鑑みてなされたもので、雰囲気ガス中の浮遊微粒子を精度よく分析・測定することのできる浮遊微粒子の採取袋および採取方法を提供すること、詳しくは、採取袋内で静電気に帯電した浮遊微粒子の除電を行なうことで精度よい浮遊微粒子の分析・測定を可能とする浮遊微粒子の採取袋および採取方法を提供することを目的とする。
【0014】
なお、帯電除去技術ではないが、静電気を利用して浮遊微粒子を効率よく集める技術が特許文献4〜6等に開示されている。しかし、これらの技術は微粒子を帯電させて集塵電極や採取板に吸着して採取するもので、採取袋内の浮遊微粒子の除電を目的とする本発明に対して参考になるものではない。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、本発明者は採取袋に採取した浮遊微粒子が袋内壁に吸着するのを防止するためには、採取袋の内部でコロナ放電を発生させて雰囲気ガスをイオン化し、このイオン化した雰囲気ガスにより微粒子の衝突で発生した静電気を除去すればよいことに想到し、本発明を完成させた。
【0016】
すなわち、本発明は前記課題を解決するために以下の特徴を有する。
[1]雰囲気ガス中に含まれる粒径2.5μm以下の浮遊微粒子を採取する浮遊微粒子の採取袋であって、前記浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取する、絶縁物からなる採取袋本体と、前記浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを前記採取袋本体に導入し放出するための、絶縁物からなる導入・放出口と、先端が前記採取袋本体の中心部に位置するように設けられ、電源と接続可能に構成された針状電極と、からなることを特徴とする浮遊微粒子の採取袋。
[2]絶縁物からなる採取袋本体と、該採取袋本体に取り付けられた絶縁物からなる導入・放出口と、先端が前記採取袋本体の中心部に位置するように設けられ、電源と接続可能に構成された針状電極と、からなる浮遊微粒子の採取袋を用いて、粒径2.5μm以下の浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取する浮遊微粒子の採取方法であって、前記採取袋本体に、粒径2.5μm以下の浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取している間は、前記針状電極に前記電源を接続して3kV以上の電圧を印加してコロナ放電を発生させて、前記浮遊微粒子の静電気を除去することを特徴とする浮遊微粒子の採取方法。
【0017】
なお、本発明において、「粒径2.5μm以下の浮遊微粒子」とは、空気動力学径(対象とする粒子と空気中で同じ挙動を示す仮想的な水滴の直径)が2.5μm以下となる浮遊微粒子のことである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、雰囲気ガス中の浮遊微粒子を採取袋に採取している間に、浮遊微粒子が袋内壁に衝突したり、微粒子同士が衝突したりして発生する静電気を除去することができるので、浮遊微粒子が袋内壁に吸着して残存することなく、ほぼ全ての微粒子を分析・測定装置に供することが可能となり、精度よい浮遊微粒子の分析・測定ができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施形態にかかる浮遊微粒子の採取袋を示す図である。
【図2】採取袋内の浮遊微粒子を分析・測定装置に供するための系統図である。
【図3】実施例にかかる採取袋に採取された浮遊微粒子の成分を分析した結果を示す図である。
【図4】比較例にかかる採取袋に採取された浮遊微粒子の成分を分析した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明では、採取袋に針状電極を取り付け、この針状電極に高電圧を印加して先端からコロナ放電を発生させるように構成した。そして、採取袋に浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取している間は、前記針状電極の先端からコロナ放電を発生させて袋内の雰囲気ガスをイオン化し、このイオン化した雰囲気ガスで袋内の浮遊微粒子の静電気を除去するようにしたので、静電気により浮遊微粒子同士が凝集したり、袋の内壁に付着したりすることを防止することができる。
【0021】
以下、本発明を図に基づいて詳細に説明する。
【0022】
図1に本発明による浮遊微粒子の採取袋を示す。図1において、1は採取袋で、採取袋本体(袋本体と称することもある)2、導入・放出口3、針状電極4から構成される。採取袋本体2はフッ素系樹脂(例えばFEP)やポリエステル系樹脂(例えばPET)などの絶縁物から構成され、内部に雰囲気ガスを採取できればいずれの形状でもよい。大きさ(容量)については特に規定しないが、持ち運びなどの利便性を考慮すると、1000リットル程度以下が好ましい。また、厚みについては、電圧をかけたときに絶縁破壊しない程度の厚みを有していればよく、特に規定はしない。導入・放出口3は採取袋本体2の内外を貫通するように取り付けられており、その材質は、袋本体2と同様に樹脂などの絶縁物とする必要がある。針状電極4はCu,Ptなどからなり、その先端が採取袋本体2の中心に位置するように取り付けられている。このようにすることで、効率よく浮遊微粒子の除電ができる。
【0023】
5は電池などの電源、6は接地(アース)であり、針状電極4との接続および接続解除が可能となっている。電源5は針状電極4に高電圧を印加するもので、直流電源あるいは交流電源のいずれを用いてもよいが、交流電源は正と負の電荷を両方一度に除去できるので、より好ましい。電源5の容量は、コロナ放電を安定して発生させるために、3KV以上とする必要がある。上限は特に定めないが、あまり高圧であると、袋本体2が絶縁破壊したり、電源自体が大きくなるなどの理由から、実用上は10kV以下とするのが好ましい。
【0024】
次に、上記採取袋1を用いて浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取する方法について述べる。上記の採取袋1を測定対象の雰囲気ガスのある現場に持ち込んで雰囲気ガスを吸引して採取する。採取にあたっては、導入・放出口3に吸引ポンプ(図示せず)を取り付け、この吸引ポンプで浮遊微粒子とともに雰囲気ガスを採取袋本体2の内部に取り込む。吸引完了後は、導入・放出口3から吸引ポンプを取り外し、図示しないキャップを被せて密閉する。次に電源5を針状電極4に接続し、針状電極4に3kV以上の電圧を印加してその先端からコロナ放電を発生させる。
【0025】
コロナ放電が発生すると、針状電極4の周囲に存在している雰囲気ガスが電離してイオンとなる。袋本体2内に捕捉された浮遊微粒子が互いに衝突し、あるいは袋本体2の内壁と衝突して該微粒子に発生した静電気は、前記イオン化された雰囲気ガスによって除去される。従って、粒径2.5μm以下の微粒子の場合は、静電気で袋本体の内壁に付着することはなく、袋本体内で浮遊を継続する。静電気を確実に除去するためには、前記コロナ放電を、採取袋に雰囲気ガスを採取してから該雰囲気ガスを分析・計測装置に供給するまでの間、継続する必要がある。
【実施例】
【0026】
ある環境下において、採取袋1の導入・放出口3(材質:フッ化ビニル樹脂、口径:8mmφ)に吸引ポンプを取り付け、該吸引ポンプにより大気を採取袋本体(容量:20リットル、材質:フッ化ビニル樹脂、厚み:20μm)2に吸引・採取して密閉し、試料とした。次に、針状電極4に電源5(交流5kV)を接続して針状電極4からコロナ放電を継続的に発生させた。この状態にある採取袋1をICP−MS(高周波誘導結合プラズマ質量分析装置)に接続し、電源5との接続を解除した後、袋内の大気を該分析装置に供給した。ICP−MSへの供給は間隔をあけて5回行ない、各回ごとに分析を実施した。なお、試料は、大気を吸引する際、カスケードインパクター(東京ダイレック(株)製)で粒径2.5μm以下の浮遊微粒子に分級したもの(試料A)と、分級せずにそのまま吸引したもの(試料B)との2種類を用意した。
【0027】
図2に、採取袋内の浮遊微粒子をICP−MSに供するための、本実施例による系統図を示す。採取袋内の微粒子を直接ICP−MSに供給すると、同時に袋内の大気も供給されてICP−MS内のプラズマが消灯されて分析ができなくなる。そのため、本実施例では、採取袋1をガス交換器10(住友精化(株)製)に接続し、採取袋内の大気をArガス11と置換した。置換された大気は排気12として排出した。図中13はアスピレータガスとしてのArガスであり、アスピレータガス13を供給することで採取袋1内の大気をガス交換器10に吸引するようにしている。また、ICP−MS16の入側でCr微粒子を含んだArガスを標準ガス14として供給した。15はキャリアガス15としてのArガスである。上記標準ガスを使用することで、分析対象である微粒子に含有される元素と標準ガス中のCrとのイオン強度比をとることができ、これによってICP−MSのドリフト(経時変化)の影響を除去することができる。なお、分析対象の微粒子中の分析すべき元素がCrである場合は、Cr以外の元素、例えばMoを含む標準ガスを使用すればよい。
【0028】
図3に分析結果を示す。浮遊微粒子を構成している元素中で代表的な、Al(質量数27)、K(質量数39)およびFe(質量数57)について示した。横軸は時間(Hr)、縦軸はCr(質量数53)に対するそれぞれの元素のイオン強度比である。粒径2.5μm以下に分級した試料Aは、経過時間によらず安定したイオン強度比が得られ、本発明による効果が確認できた。一方、分級処理をしていない試料Bは、時間が経過するとともにイオン強度比が減少する傾向が見られた。これは、コロナ放電による除電を行なったとしても、粒径が2.5μmを超える微粒子は時間とともに自然沈降して採取袋内壁に付着・堆積し、この付着・堆積した微粒子はそのまま袋内に留まってICP−MSに導入されないためであると推定される。
【0029】
次に比較例として、コロナ放電による除電を行なわないで、上記と同様の方法で分析した結果を図4に示す。分級処理を行なった試料A、分級処理を行なっていない試料Bはいずれも、時間とともにイオン強度比が減少する傾向が見られた。これは微粒子中の粗大粒子が時間とともに沈降する現象に加えて、粒径2.5μm以下の微粒子が静電気によって袋内壁に付着することに起因すると考えられる。なお、この図4の試料Bと前掲図3の試料Bとを比較すると、後者の方が減少傾向の小さいことがわかる。この点からも本発明のコロナ放電による静電気除去による効果を確認できる。
【符号の説明】
【0030】
1 採取袋
2 採取袋本体
3 導入・放出口
4 針状電極
5 電源
6 接地(アース)
10 ガス交換器
11 Arガス
12 排気(大気)
13 アスピレータガス(Arガス)
14 標準ガス(Arガス+Cr粒子)
15 キャリアガス(Arガス)
16 高周波誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP−MS)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
雰囲気ガス中に含まれる粒径2.5μm以下の浮遊微粒子を採取する浮遊微粒子の採取袋であって、前記浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取する、絶縁物からなる採取袋本体と、前記浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを前記採取袋本体に導入し放出するための、絶縁物からなる導入・放出口と、先端が前記採取袋本体の中心部に位置するように設けられ、電源と接続可能に構成された針状電極と、からなることを特徴とする浮遊微粒子の採取袋。
【請求項2】
絶縁物からなる採取袋本体と、該採取袋本体に取り付けられた絶縁物からなる導入・放出口と、先端が前記採取袋本体の中心部に位置するように設けられ、電源と接続可能に構成された針状電極と、からなる浮遊微粒子の採取袋を用いて、粒径2.5μm以下の浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取する浮遊微粒子の採取方法であって、前記採取袋本体に、粒径2.5μm以下の浮遊微粒子を含む雰囲気ガスを採取している間は、前記針状電極に前記電源を接続して3kV以上の電圧を印加してコロナ放電を発生させて、前記浮遊微粒子の静電気を除去することを特徴とする浮遊微粒子の採取方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−58111(P2012−58111A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−202536(P2010−202536)
【出願日】平成22年9月10日(2010.9.10)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】