説明

液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法及び装置

【課題】液中鋼構造物に付着した付着物を除去することなく、液中鋼構造物に対する連続的な厚み測定を実現することが可能な、低コストで信頼性の高い液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法及び装置を提供する。
【解決手段】超音波送受波器51を被測定対象物である液中鋼構造物53に対して非接触の状態で離間配置させ、超音波送受波器51から液中鋼構造物53に対して超音波を放射し、液中鋼構造物53から反射される反射波を超音波送受波器51により受波し、受波した反射波を相関処理することによって、液中鋼構造物53の表面からの表面反射波と液中鋼構造物53の裏面からの裏面反射波とを抽出する。表面反射波と裏面反射波との超音波送受波器51に対する到達時間の差を求めることによって、液中鋼構造物53の厚みを算出することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法及び装置に係り、例えば、海中等の液中に設置された被測定対象物である液中鋼構造物の表面に付着物が存在していたとしても、この付着物を除去することなく適切に液中鋼構造物の厚みを測定することのできる液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
杭式桟橋等の港湾施設にあっては、これら港湾施設を健全に維持するための補修工事の実施時期を判断するために、液中(海中や淡水中など)に設置された鋼管杭や鋼矢板等の液中鋼構造物の厚み測定を定期的に実施することが行われている。
【0003】
例えば、現在行われている杭式桟橋の鋼管杭の厚み測定は、まず潜水士が海中に潜水し、ケレン棒を用いて鋼管杭表面に付着した貝、フジツボ、海藻等の付着海生物を人力で除去・回収し、エアサンダーを用いて鋼管杭の測定表面を磨いた後に、超音波探触子を鋼管杭の測定表面に押し付けるという方法が採られている。
【0004】
なお、この出願の発明に関連する先行技術文献情報としては、次のものがある。
【0005】
【非特許文献1】白井一洋、“非接触型鋼構造物検査装置の開発状況”、[online]、平成18年11月20日、独立行政法人港湾空港技術研究所ホームページ、[平成19年2月2日検索]、インターネット<URL:http://www.pari.go.jp/information/event/h18d/5/akikoukai-1-6.pdf>
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述した従来の厚み測定方法は、潜水士の人力による作業であり、特に付着海生物の除去作業に長時間を要するため、高い作業コストを必要とするものであった。また、厚み測定のために鋼管杭の測定表面から除去された付着海生物は、回収した後に産業廃棄物として処理しなければならないので、廃棄物処理のためのコストも要するものであった。
【0007】
さらに、上述した従来の厚み測定方法は、その手法上、鋼管杭の一部のみの厚み測定しかできないので、鋼管杭の全長に亘る連続的な厚み測定は実質的に不可能であり、測定値の信頼性向上を図る上では限界があった。
【0008】
本発明は、上述した課題の存在に鑑みて成されたものであって、その目的は、液中鋼構造物に付着した付着物を除去することなく、液中鋼構造物に対する連続的な厚み測定を実現することが可能な、低コストで信頼性の高い液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法は、超音波送受波器を被測定対象物である液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させる配置工程と、前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して超音波を放射する放射工程と、前記液中鋼構造物から反射される反射波を前記超音波送受波器により受波する受波工程と、前記受波工程で受波した反射波を相関処理することによって、前記液中鋼構造物の表面からの表面反射波と前記液中鋼構造物の裏面からの裏面反射波とを抽出する相関処理工程と、前記表面反射波と前記裏面反射波との前記超音波送受波器に対する到達時間の差を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出する算出工程と、を含む処理を実行することを特徴とする。
【0010】
本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、少なくとも前記相関処理工程では、前記受波工程で受波された前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波を前記表面反射波であると判定する処理と、前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって前記裏面反射波を抽出する処理と、を実行することが好適である。
【0011】
本発明に係る別の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、超音波送受波器を被測定対象物である液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させる配置工程と、前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して超音波を放射する放射工程と、前記液中鋼構造物から反射される反射波を前記超音波送受波器により受波する受波工程と、前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって、前記液中鋼構造物の裏面からの多重反射波を抽出する相関処理工程と、前記多重反射波における多重反射の時間間隔を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出する算出工程と、を含む処理を実行することを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して放射される前記超音波は、周波数が1MHz以下であることが好適である。
【0013】
さらに、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法では、前記周波数を500kHz〜1MHzとすることができる。
【0014】
またさらに、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して放射される前記超音波は、チャープ信号であることが好適である。
【0015】
さらにまた、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法では、前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して放射される前記超音波を、M系列信号とすることができる。
【0016】
また、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、前記超音波送受波器は送受波器面が円弧状の曲面で構成されており、前記配置工程では、前記曲面の曲率半径の中心が前記液中鋼構造物の裏面側から所定距離離れた場所に位置するように前記超音波送受波器を配置させることができる。
【0017】
本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置は、被測定対象物である液中鋼構造物に対して超音波を放射可能であるとともに前記液中鋼構造物から反射される反射波を受信可能な超音波送受波器と、前記超音波送受波器によって受波された反射波からなる受波信号を増幅する受波アンプと、前記受波アンプによって増幅された受波信号をA/D変換するA/D変換器と、前記A/D変換器によってA/D変換された受波信号を取り込んで、該受波信号と送波信号との相関処理を実行するコンピュータと、を少なくとも備え、前記コンピュータが、前記相関処理によって前記液中鋼構造物の表面からの表面反射波と前記液中鋼構造物の裏面からの裏面反射波とを抽出し、さらに、前記表面反射波と前記裏面反射波との前記超音波送受波器に対する到達時間の差を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出可能であることを特徴とする。
【0018】
本発明に係る別の液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置は、被測定対象物である液中鋼構造物に対して超音波を放射可能であるとともに前記液中鋼構造物から反射される反射波を受信可能な超音波送受波器と、前記超音波送受波器によって受波された反射波からなる受波信号を増幅する受波アンプと、前記受波アンプによって増幅された受波信号をA/D変換するA/D変換器と、前記A/D変換器によってA/D変換された受波信号を取り込んで、該受波信号と送波信号との相関処理を実行するコンピュータと、を少なくとも備え、前記コンピュータが、前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって、前記液中鋼構造物の裏面からの多重反射波を抽出し、さらに、前記多重反射波における多重反射の時間間隔を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出可能であることを特徴とする。
【0019】
本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置において、前記超音波送受波器は、送受波器面が円弧状の曲面で構成されていることが好適である。
【0020】
また、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置では、前記超音波送受波器が放射可能な前記超音波の周波数を、500kHz〜1MHzとすることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、液中鋼構造物の表面に付着した付着物を除去することなく厚み測定を行うことができるので、従来技術に比べて作業時間の短縮を図ることができ、作業コストを削減することができる。また、本発明では、付着物を除去する必要がないので産業廃棄物が発生せず、廃棄物処理コストを削減できるとともに環境にも負荷を与えることがない。
【0022】
さらに、本発明によれば、液中鋼構造物の厚み測定を非接触で行うことができるので、液中鋼構造物の連続的な厚み測定が可能となり、従来技術と比べて測定結果の信頼性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための好適な実施形態について、図面を用いて説明する。なお、以下の実施形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0024】
[超音波条件の検討]
通常行われている探触子接触方式での鉄板の厚み測定には、5〜10MHz程度の周波数の超音波が使用されている。しかしながら、海中の鋼構造物の場合、その表面には貝等の付着海生物が存在しているので、非接触の状態で離間配置された超音波送受波器から5〜10MHzの周波数の超音波を放射すると、超音波は付着海生物によって反射されてしまい、鋼構造物の厚み測定を行うことはできない。そこで発明者らは、付着海生物の影響を受けない超音波条件の検討を行うこととした。
【0025】
具体的には、まず、海中の鋼構造物の表面に存在する付着海生物の実態を調査した。表1は、その調査結果を表したものである。
【表1】

【0026】
そして、これらの付着海生物を利用して、図1に示すような供試体10を作成した。この供試体10は、採取した海生物12をナイロン系の繊維を用いて正面視が略正方形となるように保持するとともに、この海生物12を供試体10の取付固定のために利用されるアーム13に対して固定設置した構造を有するものである。
【0027】
供試体10を用いた実際の実験は、図2に示すように、供試体10の前方に送受波器14を配置するとともに供試体10の後方にハイドロホン15を配置し、送受波器14から様々な条件で放射される超音波をハイドロホン15によって受信させることによって、最適な超音波条件を見いだそうとするものである。
【0028】
上述した実験装置を用いて発明者らが鋭意検討を行った結果、付着海生物は1MHz以上の高周波超音波を通さないことが確認された。したがって、被測定対象物である海中鋼構造物に対して非接触の状態で厚み測定を行う場合には、従来利用されていた条件値よりも低い周波数である1MHz以下の超音波を用いればよいことが明らかとなった。
【0029】
なお、超音波周波数の下限値については、低い周波数ほど後述する相関処理で高いピークを得ることができるという好適な面がある一方、製造技術上の問題から500kHzより低い周波数を発信することのできる送受波器を製作することが現状では困難であるという制約がある。したがって、本発明では、超音波周波数の条件として1MHz以下であることを想定しているが、超音波送受波器の製造技術上の制約を考慮して、周波数が500kHz〜1MHzであることがより好適である。
【0030】
さらに、発明者らは、コンピュータを用いたシミュレーションを行うことによって、厚み測定に用いる超音波の最適な波形についての検討を行った。具体的には、表2で示した初期条件を設定し、鉄板の表面から反射される表面反射波と裏面から反射される多重反射波とを好適に分離でき、それぞれの反射波と放射した送波波形との相関を求めることによって両者の時間差から鉄板の厚みを最も好適に得ることが可能な超音波波形の検討を行った。
【表2】

【0031】
その結果、厚み測定に用いる超音波は、チャープ信号と呼ばれる波形を持ったものを用いることが好適であることが確認された。なお、チャープ信号とは、周波数が時間とともに線形的に増加する正弦波であり、鋭い相関特性を示すものとして知られている。このチャープ信号は、特に後述する本発明の相関処理工程の際に有意な効果を発揮し、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法の実現に貢献している。
【0032】
[液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法の確立]
上述した実験やシミュレーションの結果、周波数が1MHz以下(より好適には500kHz〜1MHz)のチャープ信号からなる超音波を用いることが、液中鋼構造物を非接触で厚み測定する場合に好適であることが確認できたので、次に発明者らは、実験及びシミュレーションの検証を行うとともに、実際に液中鋼構造物の厚み測定を行うための方法を確立すべく、実物を用いた実験を行った。
【0033】
図3は、チャープ信号を用いた液中鋼構造物の非接触型厚み測定実験を行うための実験装置を示すブロック図である。この実験装置は、水31が満たされた水槽32中に浸漬するように吊られた鉄板33と、この鉄板33の正面に配置された送受波器34とを備えるものである。なお、周波数が1MHz以下の超音波を用いれば付着海生物の影響を排除できることが既に確認されているので、本実験では、被測定対象物として鉄板33のみを用いることとした。
【0034】
送受波器34には発信器35が接続されており、発信器35から送信される信号に基づいて、送受波器34がチャープ信号を放射できるようになっている。また、鉄板33によって反射されたチャープ信号の反射波は、送受波器34によって受波され、この受波された反射波からなる受波信号は、受波アンプ36によって増幅される。受波アンプ36によって増幅された受波信号は、A/D変換器37によってA/D変換された後、コンピュータ38に取り込まれ、種々の解析ができるようになっている。なお、表3に本実験の具体的な実験諸元を示しておく。
【表3】

【0035】
図4は、500kHz〜1MHzまで周波数を変化させたチャープ信号を用いた場合の波形データを示した図である。図4において、図4中(a)は鉄板33から反射された多重反射波の信号データを示しており、図4中(b)は送受波器34から放射される放射波の波形を示しており、図4中(c)は図4中(b)の放射波と図4中(a)の多重反射波との相関処理を行うことによって得られた相関波形を示している。
【0036】
図4中(c)で示された相関波形からも明らかな通り、送受波器34から放射される放射波と、鉄板33から反射された多重反射波の信号データとをそのまま用いて相関処理を行うと、鉄板33の表面から反射する表面反射波は検出できるが、鉄板33の裏面から反射する裏面反射波は表面反射波と比較して非常に小さいので、検出できないことになる。このことは、発明者らが行ったシミュレーションによっても予想されていた。このことをより詳細に説明すると、図5Aで示すように、鉄板33に対して放射される放射波Aは、鉄板33の表面からそのまま反射される表面反射波B1だけではなく、いったん鉄板33表面を通過して裏面に達し、その裏面で反射した後に表面から出てくる裏面反射波B2と、さらに鉄板33中で複数回反射した後に鉄板33から出てくる裏面反射波B3,B4,B5,・・・とに分解されることになる。そして、複数の裏面反射波B2,B3,B4,B5,・・・からなる多重反射波は、鉄板33中での反射によって減衰しているので、当然に表面反射波B1と比べて小さい波形となる。したがって、裏面反射波B2,B3,B4,B5,・・・は放射波との相関がとれず、検出できないこととなる(図5B参照)。
【0037】
そこで、発明者らは、裏面反射波B2を検出するための手法を創案した。具体的には、まず表面反射波B1のみを得ることを目的として相関処理を行い、表面反射波B1を検出する。次に、反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波(つまり表面反射波B1)以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を用いて相関処理を行うことによって、多重反射してくる複数の裏面反射波B2,B3,B4,B5,・・・を抽出する処理を行うこととした。
【0038】
かかる処理によって、鉄板33の表面で反射する表面反射波B1と、鉄板33の裏面から反射する裏面反射波B2(,B3,B4,B5,・・・)とを検出することができた。そして、これら表面反射波B1と裏面反射波B2との時間差を利用することによって、鉄板33の厚み測定を行うことが可能となる(以下、第1方法と記すことがある)。
【0039】
また、上記第1方法の他に、複数の裏面反射波B2,B3,B4,B5,・・・のみを用い、これら裏面反射波B2,B3,B4,B5,・・・の時間間隔を計測し、この時間に被測定対象物である鉄板33の音速度(本実験の場合は、5,900m/sec)を掛け合わせることによって鉄板33の厚みを測定することもできる(以下、第2方法と記すことがある)。
【0040】
ちなみに、図6は、上述した裏面反射波B2,B3,B4,B5,・・・を抽出する処理を実行した場合に得られた信号データを示す図であり、図6中(a)は受波信号に対して表面反射波B1以前に受信された信号を0(ゼロ)とした場合の信号データを示しており、図6中(b)は送受波器34から放射される放射波の波形を示しており、図6中(c)は図6中(b)の放射波と図6中(a)の加工信号データとの相関処理を行うことによって得られた裏面反射波の相関波形を示している。特に、図6中(c)から明らかな通り、本手法によって従来技術では不可能であった裏面反射波B2,B3,B4,B5,・・・の好適な相関処理が行われていることが分かる。
【0041】
以上説明した実験によって、表4に示す厚み測定結果が得られた。なお、鉄板33をマイクロメータを用いて測定したところ、18.44mmを示していたことから、上述した本実施形態に係る第1及び第2方法によって、非常に高い精度の厚み測定を行うことができることを確認した。
【表4】

【0042】
[具体化の例]
発明者らによる上述した種々の検討によって、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法を確立することができた。そして発明者らは、当該発明方法を具体的に実施することのできる液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置を創案した。そこで、以下では、当該本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定装置と、この装置を用いて実施される当該本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定方法についての説明を行う。
【0043】
図7は、本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定装置の全体構成を例示する模式図である。また、図8は、本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定装置の主要な構成要素を示すブロック図である。
【0044】
図7において例示するように、本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定装置50は、海中作業車40のアーム41先端に取り付けられており、アーム41の動作制御を行うことによって鋼管杭53の長手方向に沿って移動できるようになっている。非接触型厚み測定装置50には、海中で用いられる超音波送受波器51と、この超音波送受波器51からの信号を受信して解析を行う地上に設置された機器とで構成されており、海中の超音波送受波器51と地上の機器との信号の受け渡しは、図示しない有線ケーブルもしくは無線による不図示の伝送手段によって行われる。
【0045】
非接触型厚み測定装置50のより具体的な構成について図8を用いて説明すると、非接触型厚み測定装置50は、被測定対象物である鋼管杭53に対して超音波を放射可能であるとともに鋼管杭53から反射される反射波を受信可能な超音波送受波器51と、超音波送受波器51によって受波された反射波からなる受波信号を増幅する受波アンプ52と、受波アンプ52によって増幅された受波信号をA/D変換するA/D変換器62と、A/D変換器62によってA/D変換された受波信号を取り込んで、該受波信号と送波信号との相関処理を実行するコンピュータ63と、を備えている。
【0046】
また、超音波送受波器51には、パワーアンプ61を介して発信器60が接続されており、パワーアンプ61が発信器60から発信されるチャープ信号の電圧を大きくし、最終的に超音波送受波器51からの適切な超音波の放射を実現するための電力(パワー)をつくる役割を果たしている。さらに、発信器60から発信されるチャープ信号は、そのままコンピュータ63側にも送信されており、発信器60は、後述する相関処理の際に使用される信号データをも提供している。
【0047】
なお、超音波送受波器51は、その送受波器面が円弧状の曲面で構成されている。かかる構成を採用したのは、放射されるチャープ信号を送受波器面が描く円弧状の曲面の曲率中心に集中させることによって、強い音圧レベルの超音波を得るためである。特に、発明者らの研究の結果、図9において示すように、鋼管杭53を構成する鉄板の裏面側から所定距離離れた場所に前記曲率中心を配置し、鉄板裏面よりもさらに奥側(すなわち、鉄板を基準として付着生物とは反対側の位置であり、図9における紙面右側)でのチャープ信号の音圧レベルが最も高くなるようにすることによって、表面反射波に比べて小さい裏面反射波を極力大きい反射波とすることが可能なことが明らかとなった。図9のように超音波送受波器51を配置することによって、厚み測定の精度をより向上させることが可能となる。ちなみに、超音波送受波器51から放射される超音波の周波数は、500kHz〜1MHzとなるように設定されており、この設定は付着海生物の存在を考慮した措置である。
【0048】
続いて、非接触型厚み測定装置50を用いた本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定方法について、図7〜図9を用いて説明を行う。
【0049】
(第1方法)
まず、アーム41の動作制御を行うことによって鋼管杭53の表面に対向させて超音波送受波器51を配置する。なお、非接触型厚み測定装置50内には、超音波送受波器51の配置位置の微調整を行うことができる図示しない位置制御手段が内蔵されており、鋼管杭53に対する超音波送受波器51の大まかな配置をアーム41を用いて行った後に、前記不図示の位置制御手段を用いて正確な超音波送受波器51の位置決めを行うことが可能となっている。
【0050】
なお、この配置位置は、上述したように鋼管杭53を構成する鉄板の裏面側から所定距離離れた場所に超音波送受波器51の曲率中心を配置し、鉄板裏面から反射されるチャープ信号の音圧レベルが最も高くなるようにすることが好ましい。この配置位置を決定する方法としては、所定距離離れた位置から鋼管杭53の表面に対して超音波を放射し、一定の間隔で移動しながら反射波を受波していく。そして、鋼管杭53を構成する鉄板の裏面からの裏面反射波が最も大きくなる位置を探していくことによって、超音波送受波器51の配置位置が決定できる(配置工程)。
【0051】
上記配置工程によって超音波送受波器51の配置位置が決まると、超音波送受波器51から鋼管杭53に対して超音波を放射する(放射工程)。超音波の放射は、発信器60から発信されるチャープ信号がパワーアンプ61によって増幅され、この増幅されたチャープ信号が超音波送受波器51の曲率を持った送受波器面から放射されることにより行われる。なお、超音波送受波器51から放射される超音波の周波数は、500kHz〜1MHzとなるように設定されていることが好適であるが、超音波送受波器51の製造技術上の制約が解消できれば、この超音波の周波数は、500kHz以下に設定してもよい。また、このとき発信器60からは、後に行われる相関処理工程で使用される送波信号もコンピュータ63に対して送信される。
【0052】
放射工程で鋼管杭53の鉄板表面に放射された超音波は、鋼管杭53の鉄板表面で反射する。そして、この反射波は、超音波送受波器51により受波される(受波工程)。
【0053】
受波工程で受波した反射波は、コンピュータ63を用いて相関処理することによって、液中鋼構造物の表面からの表面反射波と液中鋼構造物の裏面からの裏面反射波とが抽出される(相関処理工程)。この相関処理工程をより詳細に説明すると、超音波送受波器51によって受波された反射波からなる受波信号は、受波アンプ52によって増幅され、さらにA/D変換器62によりA/D変換された後、コンピュータ63に送信されることになる。
【0054】
そして、コンピュータ63では、まず、受波工程で受波された反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波を表面反射波であると判定する処理が実行されることにより、鋼管杭53の鉄板表面から反射された表面反射波を検出することができる。このときの表面反射波の判定は、コンピュータ63に発信器60からあらかじめ送信されていた送波信号と、受波工程で受波された反射波とを相関処理することによって行うことができる。
【0055】
続いて、反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波(すなわち、表面反射波)以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって、鋼管杭53の鉄板の裏面から反射された裏面反射波を抽出する処理を行う。
【0056】
上記2つの処理によって鋼管杭53の鉄板の表面反射波と裏面反射波とを検出することができたので、これら表面反射波と裏面反射波との超音波送受波器51に対する到達時間の差を求めることによって、鋼管杭53の厚みを算出することが可能となる(算出工程)。
【0057】
(第2方法)
なお、上述した第1方法については、相関処理工程以降の処理を別の形態とすることも可能である。そこで、本実施形態に係る別の海中鋼構造物の非接触型厚み測定方法について、図7〜図9を用いて説明を行う。なお、配置工程、放射工程及び受波工程までは、上述した第1方法と同じであるので、説明を省略する。
【0058】
第2方法の相関処理工程では、まず、コンピュータ63を用いることによって、受波工程で受波した反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波(すなわち、表面反射波)以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって、鋼管杭53の鉄板の裏面からの多重反射波のみを抽出する(相関処理工程)。
【0059】
そして、得られた複数の裏面反射波からなる多重反射波における多重反射の時間間隔を求めることによって、鋼管杭53の厚みを算出する(算出工程)。なお、鋼管杭53の厚みの算出は、多重反射の時間間隔の値に対して被測定対象物である鋼管杭53を構成する鉄板の音速度(例えば、5,900m/sec)を掛け合わせることによって求めることができる。
【0060】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施形態に記載の範囲には限定されない。上記実施形態には、多様な変更又は改良を加えることが可能である。
【0061】
例えば、上述した実施形態では、液中鋼構造物としての鋼管杭53が海中に設置されている場合を例示して説明したが、本発明が測定対象とする液中鋼構造物の設置場所は海中には限られず、ダムや河川等の淡水中やその他の液体中をも含む趣旨である。
【0062】
また、上述した実施形態では、液中鋼構造物として鋼管杭53を例示して説明したが、本発明が測定対象とする液中鋼構造物は鋼管杭53のようなもののみに限られず、鋼矢板等のあらゆる形態の鋼構造物に適用可能である。また、液中鋼構造物の表面と裏面の環境条件は、鋼管杭53のように表面側に液体物質が存在し、裏面側に気体もしくは液体物質が存在しているものに限られず、例えば鋼矢板のように表面側に液体物質が存在し、裏面側に土砂等の固体物質が存在するような環境条件であっても、本発明を適用することが可能である。
【0063】
さらに、上述した実施形態では、厚み測定に用いる超音波として、チャープ信号と呼ばれる波形を持ったものを用いることを例示して説明した。しかしながら、発明者らの鋭意努力によって、本発明に適用可能な超音波信号はチャープ信号のみに限られず、M系列信号を用いることによってもチャープ信号と同様の好適な効果を得ることが確認されている。
【0064】
以上の様な変更又は改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】超音波条件を見いだすために行われた実験で使用した供試体を示す図である。
【図2】超音波条件を見いだすために行われた実験内容を説明するための図である。
【図3】チャープ信号を用いた液中鋼構造物の非接触型厚み測定実験を行うための実験装置を示すブロック図である。
【図4】500kHz〜1MHzまで周波数を変化させたチャープ信号を用いた場合の波形データを示した図である。
【図5A】多重反射波の様子を説明するための図である。
【図5B】多重反射波の波形データを示す図である。
【図6】複数の裏面反射波を抽出する処理を実行した場合に得られた信号データを示す図である。
【図7】本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定装置の全体構成を例示する模式図である。
【図8】本実施形態に係る海中鋼構造物の非接触型厚み測定装置の主要な構成要素を示すブロック図である。
【図9】強い音圧レベルの超音波を得るための超音波送受波器の配置条件を説明するための図である。
【符号の説明】
【0066】
10 供試体、12 海生物、13 アーム、14 送受波器、15 ハイドロホン、31 水、32 水槽、33 鉄板、34 送受波器、35 発信器、36 受波アンプ、37 A/D変換器、38 コンピュータ、40 海中作業車、41 アーム、50 非接触型厚み測定装置、51 超音波送受波器、52 受波アンプ、53 鋼管杭、60 発信器、61 パワーアンプ、62 A/D変換器、63 コンピュータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波送受波器を被測定対象物である液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させる配置工程と、
前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して超音波を放射する放射工程と、
前記液中鋼構造物から反射される反射波を前記超音波送受波器により受波する受波工程と、
前記受波工程で受波した反射波を相関処理することによって、前記液中鋼構造物の表面からの表面反射波と前記液中鋼構造物の裏面からの裏面反射波とを抽出する相関処理工程と、
前記表面反射波と前記裏面反射波との前記超音波送受波器に対する到達時間の差を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出する算出工程と、
を含む処理を実行することを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
少なくとも前記相関処理工程では、
前記受波工程で受波された前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波を前記表面反射波であると判定する処理と、
前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって前記裏面反射波を抽出する処理と、
が実行されることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項3】
超音波送受波器を被測定対象物である液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させる配置工程と、
前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して超音波を放射する放射工程と、
前記液中鋼構造物から反射される反射波を前記超音波送受波器により受波する受波工程と、
前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって、前記液中鋼構造物の裏面からの多重反射波を抽出する相関処理工程と、
前記多重反射波における多重反射の時間間隔を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出する算出工程と、
を含む処理を実行することを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して放射される前記超音波は、周波数が1MHz以下であることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項5】
請求項4に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
前記周波数が、500kHz〜1MHzであることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して放射される前記超音波は、チャープ信号であることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか1項に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して放射される前記超音波は、M系列信号であることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか1項に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
前記超音波送受波器は送受波器面が円弧状の曲面で構成されており、
前記配置工程では、前記曲面の曲率半径の中心が前記液中鋼構造物の裏面側から所定距離離れた場所に位置するように前記超音波送受波器を配置させることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項9】
被測定対象物である液中鋼構造物に対して超音波を放射可能であるとともに前記液中鋼構造物から反射される反射波を受信可能な超音波送受波器と、
前記超音波送受波器によって受波された反射波からなる受波信号を増幅する受波アンプと、
前記受波アンプによって増幅された受波信号をA/D変換するA/D変換器と、
前記A/D変換器によってA/D変換された受波信号を取り込んで、該受波信号と送波信号との相関処理を実行するコンピュータと、
を少なくとも備え、
前記コンピュータが、前記相関処理によって前記液中鋼構造物の表面からの表面反射波と前記液中鋼構造物の裏面からの裏面反射波とを抽出し、さらに、前記表面反射波と前記裏面反射波との前記超音波送受波器に対する到達時間の差を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出可能であることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置。
【請求項10】
被測定対象物である液中鋼構造物に対して超音波を放射可能であるとともに前記液中鋼構造物から反射される反射波を受信可能な超音波送受波器と、
前記超音波送受波器によって受波された反射波からなる受波信号を増幅する受波アンプと、
前記受波アンプによって増幅された受波信号をA/D変換するA/D変換器と、
前記A/D変換器によってA/D変換された受波信号を取り込んで、該受波信号と送波信号との相関処理を実行するコンピュータと、
を少なくとも備え、
前記コンピュータが、前記反射波のうちで最も信号レベルの高い反射波以前に受信された信号を0(ゼロ)とし、その他の信号を相関処理することによって、前記液中鋼構造物の裏面からの多重反射波を抽出し、さらに、前記多重反射波における多重反射の時間間隔を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出可能であることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置。
【請求項11】
請求項9又は10に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置において、
前記超音波送受波器は、送受波器面が円弧状の曲面で構成されていることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置。
【請求項12】
請求項9〜11のいずれか1項に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置において、
前記超音波送受波器が放射可能な前記超音波の周波数が、500kHz〜1MHzであることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−286610(P2008−286610A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−131055(P2007−131055)
【出願日】平成19年5月16日(2007.5.16)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 掲載日:平成18年11月20日 掲載アドレス:http://www.pari.go.jp/information/event/h18d/5/akikoukai−1−6.pdf
【出願人】(501241911)独立行政法人港湾空港技術研究所 (84)
【Fターム(参考)】