説明

湿式伸線加工用潤滑剤、湿式伸線方法および湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤

【課題】安定性の良好な湿式伸線加工用潤滑剤、湿式伸線方法および該湿式伸線加工用潤滑剤に使用する湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤を提供する。
【解決手段】ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線する際に使用する湿式伸線加工用潤滑剤において、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物を添加してなる湿式伸線加工用潤滑剤、該湿式伸線加工用潤滑剤中で、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線する湿式伸線方法である。ホスファゼン誘導体化合物および界面活性剤を含む湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、湿式伸線加工用潤滑剤、湿式伸線方法および該湿式伸線加工用潤滑剤に使用する湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤に関し、詳しくは、タイヤやコンベヤベルト等の各種ゴム物品において補強用として用いられるスチールコードに使用されるゴム物品補強用のブラスめっきされたスチールワイヤ(以下単に「スチールコード」とも称する)の湿式伸線加工用潤滑剤(以下単に「潤滑剤」とも称する)、湿式伸線方法(以下単に「伸線方法」とも称する)および湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤(以下単に「潤滑剤添加剤」とも称する)に関する。
【背景技術】
【0002】
タイヤ等のゴム物品の補強用として用いられるゴム物品補強用スチールコードは、通常、ブラスめっきされた線材(スチールワイヤ)を所望の線径に伸線処理してスチールフィラメントを得、このスチールフィラメントを適宜本数にて撚り合わせることにより製造される。この伸線処理は、一般に、図1に示すようなスリップ型多段式伸線機10を用いて行われる。
【0003】
図示するスリップ型多段式伸線機10においては、潤滑剤11の充填された潤滑液槽12内に、2基の多段の駆動キャプスタン13A、13Bが互いに対向して配置されており、これら駆動キャプスタン13A、13Bの各段に、ダイス14を介してスチールワイヤ1を交互に掛け渡す過程において、各段毎にダイス14によりスチールワイヤ1の伸線が行われる。伸線されたスチールワイヤ1は、最終ダイス16を経て、潤滑液槽12外に配置された駆動キャプスタン15から、巻き取り工程へと送られる。
【0004】
かかるスリップ型多段式伸線機10および潤滑剤11を用いてスチールワイヤ1の湿式伸線を行う場合には、従来、リン酸エステルの亜鉛錯体等を極圧被膜として利用することにより、伸線時におけるダイス−ワイヤ間の摩擦を低減して、ダイスやワイヤの損傷を抑制する手法が用いられてきた。このことは、スチールワイヤを、ひいてはスチールコードを高い生産性で製造するために、非常に大きな役割を果たしてきた。
【0005】
かかるブラスめっきが施されたスチールワイヤの湿式伸線工程に係る改良技術として、例えば、特許文献1には、亜鉛と、コバルトおよびニッケルのいずれか一方または両方とを含有する潤滑剤を用いることで、高生産性および低コストと、ワイヤの優れた初期接着性とを両立させたスチールワイヤの伸線方法が報告されている。また、特許文献2には、コバルトおよびニッケルのいずれか一方または両方を含有する潤滑剤を用いるとともに、駆動キャプスタンにおけるスリップ速度を所定に規定した伸線パスを経由させることで、同様の効果を実現したスチールワイヤの伸線方法が提案されている。
【0006】
また、特許文献3には、伸線加工性の向上と、得られる伸線材のゴムに対する接着性との向上とを目的として、有機カルボン酸アミン塩、有機リン酸エステルアミン酸および特定の有機金属塩を所定の割合で配合した潤滑剤組成物を使用することが報告されている。
【0007】
さらに、特許文献4では、ブラスめっきされたスチールワイヤとゴムとの接着性を高めるために、潤滑剤中に、安息香酸金属塩を含有させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−11519号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献2】特開2002−11520号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献3】特開2002−241781号公報(特許請求の範囲等)
【特許文献4】特開2005−246447号公報(特許請求の範囲等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように湿式伸線する場合、各種の潤滑剤を利用することにより、伸線加工性の向上、ダイスやワイヤの損傷の抑制、更にはゴムとの接着性の向上を図ることが行われ、スチールコードを高い生産性で製造することに大きな役割を果たしてきた。しかしながら、高強度スチールワイヤを製造するための伸線加工においては、加工されるスチールワイヤの変形抵抗が高いために加工に伴う発熱が大きくなり、時効硬化による鋼線の劣化や、ダイス摩耗の促進等の問題が発生し易く、従来技術においては、かかる問題を解決するに十分とはいえなかった。そこで、高強度スチールワイヤを製造する伸線加工時において、断線し難い優れた延性を持ち、撚線等の加工を加えても延性の低下が少ない湿式伸線加工用潤滑剤及び湿式伸線方法を提供することが求められているが、そのためには、安定性の良好な湿式伸線加工用潤滑剤が望まれていた。
【0010】
そこで、本発明の目的は、安定性の良好な湿式伸線加工用潤滑剤、湿式伸線方法および該湿式伸線加工用潤滑剤に使用する湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、湿式伸線加工用潤滑剤としてホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤を用いることにより、安定性の良好な湿式伸線加工用潤滑剤及び湿式伸線方法を提供することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明の湿式伸線加工用潤滑剤は、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線する際に使用する湿式伸線加工用潤滑剤において、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物を添加してなることを特徴とするものである。
【0013】
また、本発明の湿式伸線加工用潤滑剤は、前記混合物が、攪拌により、前記界面活性剤中に前記ホスファゼン誘導体化合物を分散させたものであることが好ましい。
【0014】
さらに、本発明の湿式伸線加工用潤滑剤においては、前記ホスファゼン誘導体化合物が環状又は鎖状の化合物であることが好ましく、前記界面活性剤が、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン性界面活性剤よりなる群から選ばれる1種以上であることが好ましい。さらにまた、前記ホスファゼン誘導体化合物と前記界面活性剤の混合物の質量比が1:1〜1:5であることが好ましい。
【0015】
また、本発明の湿式伸線方法は、前記本発明の湿式伸線加工用潤滑剤中で、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線することを特徴とするものである。
【0016】
本発明の湿式伸線方法においては、前記湿式伸線加工用潤滑剤中におけるホスファゼン誘導体化合物の濃度が0.01〜10.0質量%であることが好ましい。また、前記ブラスめっきされたスチールワイヤを、ダイスと、該ダイスを通過したスチールワイヤを引抜く駆動キャプスタンとを備えたスリップ型多段式伸線機を好適に用いることができる。
【0017】
本発明の湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤は、ホスファゼン誘導体化合物および界面活性剤を含むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、安定性の良好な湿式伸線加工用潤滑剤を得ることができ、該湿式伸線加工用潤滑剤を使用した湿式伸線方法、および該湿式伸線加工用潤滑剤に使用する湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】スリップ型多段式伸線機を示す概略模式図である。
【図2】湿式伸線加工用潤滑剤中の挙動を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態につき具体的に説明する。
本発明においては、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線する際に使用する湿式伸線加工用潤滑剤に、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物を添加してなることが肝要である。ここで、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物は、十分に混合され、本発明の所期の効果が得られれば特に限定されないが、ホスファゼン誘導体化合物を界面活性剤と混合し、攪拌してホスファゼン誘導体化合物を界面活性剤中に分散させたものであることが好ましい。
【0021】
また、本発明で用いる湿式伸線加工用潤滑剤は、溶媒中に油性向上剤、極圧剤、乳化剤、発泡抑制剤、防腐剤、防錆剤等を分散させたエマルションタイプの乳化物(乳濁液)、あるいは可溶化物である。これらの成分としては、通常湿式伸線で用いられているものを適宜選択して使用することができる。本発明においては、上記成分を分散させて調製された湿式伸線加工用潤滑剤に対し、ホスファゼン誘導体化合物を添加する際に、予め界面活性剤との混合物を形成した後、添加する。具体的には、まず、予めホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤を混合させ、攪拌することで、ホスファゼン誘導体化合物を界面活性剤中に分散させる。分散後の混合物を潤滑剤に添加し攪拌することで、ホスファゼン誘導体化合物を潤滑剤中で分離することなく安定に分散することができる。
【0022】
さらに、本発明において、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤との混合および攪拌は、20℃〜60℃で行うことが好ましく、30℃〜50℃で行うことがさらに好ましい。上記温度範囲外では、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物の安定性が悪化して分離するおそれがあり、好ましくない。
【0023】
さらにまた、本発明において、上記潤滑剤のpHは、7〜10であることが好ましく、7.5〜9.5であることがさらに好ましい。上記pH範囲外では、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物の安定性が悪化して分離するおそれがあり、好ましくない。
【0024】
また、かかる潤滑剤中で、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線することにより、断線し難い優れた延性を持ち、撚線等の加工を加えても延性の低下が少ないブラスめっきされたスチールコードを得ることができる。潤滑剤にホスファゼン誘導体化合物を添加することで、ダイス−ワイヤ間に強固な潤滑皮膜が形成され、摩擦を低減し、発熱を抑制することが可能となる。
【0025】
本発明の湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤は、ホスファゼン誘導体化合物および界面活性剤を含むものであり、本発明の湿式伸線加工用潤滑剤は、かかる湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤を添加することで得ることができる。また、本発明の潤滑剤用添加剤は、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物を含むことが好ましく、さらに、該混合物が、攪拌により、界面活性剤中にホスファゼン誘導体化合物を分散させたものであることが好ましい。
【0026】
上記ホスファゼン誘導体化合物としては、例えば、下記一般式(1)で表される鎖状ホスファゼン誘導体化合物、又は、下記一般式(2)で表される環状ホスファゼン誘導体化合物が好適に挙げられる。
【0027】
一般式(1)、

但し、一般式(1)において、R、R、及びRは、一価の置換基又はハロゲン元素を表す。Xは、炭素、ケイ素、ゲルマニウム、スズ、窒素、リン、ヒ素、アンチモン、ビスマス、酸素、イオウ、セレン、テルル、及びポロニウムからなる群から選ばれる元素の少なくとも1種を含む有機基を表す。Y、Y、及びYは、二価の連結基、二価の元素、又は単結合を表す。
【0028】
一般式(2)、
(PNR
但し、一般式(2)において、Rは、一価の置換基又はハロゲン元素を表す。また、nは3〜15を表す。
【0029】
一般式(1)において、R、R、及びRとしては、一価の置換基又はハロゲン元素であれば特に制限はなく、一価の置換基としては、アルコキシ基、アルキル基、カルボキシル基、アシル基、アリール基等が挙げられる。これらの中でも、特に潤滑剤液を低粘度化し得る点で、アルコキシ基が好ましい。R〜Rは、総て同一の種類の置換基でもよく、それらのうちのいくつかが異なる種類の置換基でもよい。
【0030】
前記アルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等や、メトキシエトキシ基、メトキシエトキシエトキシ基等のアルコキシ置換アルコキシ基等が挙げられる。これらの中でも、R〜Rとしては、総てがメトキシ基、エトキシ基、メトキシエトキシ基、又は、メトキシエトキシエトキシ基であるのが好適であり、潤滑剤液との相性の観点から、総てがエトキシ基又はメトキシエトキシエトキシ基であるのが特に好適である。
【0031】
前記アルキル基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基等が挙げられる。前記アシル基としては、ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチリル基、イソブチリル基、バレリル基等が挙げられる。前記アリール基としては、フェニル基、トリル基、ナフチル基等が挙げられる。
【0032】
これらの置換基中の水素元素は、ハロゲン元素で置換されているのが好ましい。
【0033】
一般式(1)において、Y、Y、及びYで表される基としては、例えば、CH基のほか、酸素、硫黄、セレン、窒素、ホウ素、アルミニウム、スカンジウム、ガリウム、イットリウム、インジウム、ランタン、タリウム、炭素、ケイ素、チタン、スズ、ゲルマニウム、ジルコニウム、鉛、リン、バナジウム、ヒ素、ニオブ、アンチモン、タンタル、ビスマス、クロム、モリブデン、テルル、ポロニウム、タングステン、鉄、コバルト、ニッケル等の元素を含む基等が挙げられ、これらの中でも、CH基、及び酸素、硫黄、セレン、窒素の元素を含む基が好ましい。特に、Y、Y、及びYが、硫黄、セレンの元素を含む場合には、潤滑剤の耐熱性が格段に向上するため好ましい。Y〜Yは、総て同一種類でもよく、いくつかが互いに異なる基でもよい。
【0034】
一般式(1)において、Xとしては、有害性、環境等への配慮の観点からは、炭素、ケイ素、窒素、リン、酸素、及び硫黄からなる群から選ばれる元素の少なくとも1種を含む有機基が好ましく、以下の一般式(3)で表される構造を有する有機基がより好ましい。
【0035】
一般式(3)、

但し、一般式(3)において、R〜Rは、一価の置換基又はハロゲン元素を表す。Y〜Yは、二価の連結基、二価の元素、又は単結合を表し、Zは二価の基又は二価の元素を表す。
【0036】
一般式(3)において、R〜Rとしては、一般式(1)におけるR〜Rで述べたのと同様の一価の置換基又はハロゲン元素がいずれも好適に挙げられる。又、これらは、同一有機基内において、それぞれ同一の種類でもよく、いくつかが互いに異なる種類でもよい。RとRとは、及び、RとRとは、互いに結合して環を形成していてもよい。一般式(3)において、Y〜Yで表される基としては、一般式(1)におけるY〜Yで述べたのと同様の二価の連結基又は二価の基等が挙げられ、同様に、硫黄、セレンの元素の場合には、潤滑剤の耐熱性が格段に向上するため特に好ましい。これらは、同一有機基内において、それぞれ同一の種類でもよく、いくつかが互いに異なる種類でもよい。一般式(3)において、Zとしては、例えば、CH基、CHR(Rは、アルキル基、アルコキシル基、フェニル基等を表す。以下同様。)基、NR基のほか、酸素、硫黄、セレン、ホウ素、アルミニウム、スカンジウム、ガリウム、イットリウム、インジウム、ランタン、タリウム、炭素、ケイ素、チタン、スズ、ゲルマニウム、ジルコニウム、鉛、リン、バナジウム、ヒ素、ニオブ、アンチモン、タンタル、ビスマス、クロム、モリブデン、テルル、ポロニウム、タングステン、鉄、コバルト、ニッケル等の元素を含むものが挙げられ、これらの中でも、CH基、CHR基、NR基のほか、酸素、硫黄、セレンの元素が好ましい。特に、硫黄、セレンの元素である場合には、潤滑剤の耐熱性が格段に向上するため好ましい。
【0037】
上記一般式(1)〜(3)におけるR〜R、Y〜Y、Y〜Y、Zを適宜選択することにより、より好適な粘度、溶解性等を有することが可能となる。これらのホスファゼン誘導体化合物は、1種単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0038】
本発明において、界面活性剤は、特に限定されず、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン性界面活性剤よりなる群から選ばれる1種以上であることが好ましく、潤滑剤中の電解質の影響を受けにくい性質から、非イオン界面活性剤が特に好ましい。なお、本発明において、同種の界面活性剤または異種の界面活性剤を、複数種使用してもよい。
【0039】
上記非イオン界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、脂肪酸モノグリセリド、ショ糖脂肪酸エステル、高級脂肪酸アルカノールアミド等を挙げることができる。
【0040】
上記アニオン界面活性剤としては、例えば、硫酸アルキル、硫酸アルキルエーテル、硫酸アルキルアミドエーテル、硫酸アルキルアリールポリエーテル、硫酸モノグリセリド、アルキルスルホン酸、アルキルアミドスルホン酸、アルキルアリールスルホン酸、オレフィンスルホン酸、パラフィンスルホン酸、アルキルスルホコハク酸、アルキルエーテルスルホコハク酸、アルキルアミドスルホコハク酸、アルキルサクシンアミド酸、アルキルスルホ酢酸、燐酸アルキル、燐酸アルキルエーテル、アシルサルコシン、アシルイセチオン酸、アシルN−アシルタウリン、との金属塩、アンモニウム塩、アミン塩、アミノアルコール塩、マグネシウム塩、及び塩基性アミノ酸塩等を挙げることができる。
【0041】
上記カチオン界面活性剤としては、例えば、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化ステアリルジメチルベンジルアンモニウム、塩化ステアリルトリメチルアンモニウム、塩化ベヘニルトリメチルアンモニウム、塩化セチルトリメチルアンモニウム、塩化ミリスチルジメチルベンジルアンモニウム、エチル酢酸ラノリン脂肪酸アミノプロピルエチルジメチルアンモニウム、塩化ジココイルジメチルアンモニウム、塩化ラウリルトリメチルアンモニウム、エチル硫酸分岐脂肪酸アミノプロピルエチルジメチルアンモニウム等を挙げることができる。
【0042】
上記両性界面活性剤としては、炭素数8〜24のアルキル基、アルケニル基又はアシル基を有するアミドアミノ酸型両性界面活性剤、2級アミド型又は3級アミド型のイミダゾリン型両性界面活性剤、炭素数8〜24のアルキル基、アルケニル基又はアシル基を有するカルボベタイン系、アミドベタイン系、スルホベタイン系、ヒドロキシスルホベタイン系、またはアミドスルホベタイン系両性界面活性剤等が挙げられる。具体的には、2−アルキル−N−カルボキシメチル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリニウムベタイン、ステアリルジヒドロキシエチルベタイン、ラウリルヒドロキスルホベタイン、ビス(ステアリル−N−ヒドロキシエチルイミダゾリン)クロル酢酸錯体、ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン、ココイルアミドプロピルベタイン、ココイルアルキルベタイン等を挙げることができる。
【0043】
本発明において、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物の質量比が1:1〜1:5であることが好ましい。質量比1:1よりも界面活性剤の割合が少なくなると、ホスファゼン誘導体化合物が界面活性剤中にうまく分散しないおそれがあり、一方、質量比1:5よりも界面活性剤の割合が多すぎると、潤滑性に影響を及ぼすおそれがあり、好ましくない。
【0044】
次に、本発明の伸線方法は、上述の本発明の潤滑剤中で、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線するものである。
【0045】
本発明の伸線方法においては、潤滑剤中におけるホスファゼン誘導体化合物の濃度が、好ましくは0.01〜10.0質量%であり、より好ましくは0.05〜5.0質量%である。この濃度が0.01質量%未満であるとホスファゼン誘導体化合物による所望の効果が発揮されず、一方、10.0質量%を超えると粘度が高くなり、良好な潤滑性能が発揮されなくなる。
【0046】
また、本発明の伸線方法においては、ブラスめっきされたスチールワイヤを、ダイスと、該ダイスを通過したスチールワイヤを引抜く駆動キャプスタンとを備えたスリップ型多段式伸線機を好適に用いることができるが、潤滑剤について上記条件を満足するものであればよく、伸線工程に係るその他の条件、例えば、ワイヤ速度や、スリップ型多段式伸線機におけるスリップ速度、ダイス形状等については、特に制限されるものではない。また、本発明の伸線方法は、湿式伸線によりスチールワイヤの伸線を行うものであれば、形式については特に制限されるものではなく、単独伸線および連続伸線のいずれでも構わない。上記スリップ型多段式伸線機としては、例えば、図1記載のものが挙げられる。
【0047】
上述の伸線方法により得られるスチールワイヤのフィラメントが複数本にて撚り合わされてなるスチールコードは、タイヤやコンベヤベルト等の各種ゴム物品において補強用として好適に用いることができる。
【実施例】
【0048】
以下、本発明を実施例に基づき説明する。
(実施例1)
[潤滑剤添加剤の調製]
非イオン界面活性剤(花王株式会社製、エマルゲン108、HLB値:12.1)10gに、ホスファゼン誘導体化合物(上記一般式(2)において、Rがオクトキシ基である化合物)5gを混合し、30分間攪拌して、潤滑剤添加剤を調製した。
【0049】
[潤滑剤への添加]
攪拌している湿式潤滑剤1000gに対し、上記で得られた潤滑剤添加剤を5分間かけて添加し、添加後さらに30分間攪拌を続け、実施例1の潤滑剤を調製した。得られた実施例1の潤滑剤について、下記液安定性試験を行い、結果を表1に示す。
【0050】
[液安定性の評価]
実施例1の潤滑剤の攪拌を止め、24時間静置した後の潤滑剤の状態を観察した。静置後の潤滑剤を観察した際に、液面に分離した浮遊物が見られず、液底部に沈降したスラッジが観察されなかったものを液安定性良好とし、液面に分離した浮遊物が見られた、若しくは液底部に沈降したスラッジが観察されたものを液安定性悪化として、これを目視にて5段階で評価した。液安定性が最も良好な場合を5とし、最も悪い場合を1とする。
【0051】
(実施例2)
実施例1の[潤滑剤添加剤の調製]において、非イオン界面活性剤(花王株式会社製、エマルゲン108、HLB値:12.1)の量を20gに変更した他は、実施例1と同様に潤滑剤添加剤を調製し、潤滑剤へ添加し、液安定性の評価を実施した。結果を表1に示す。
【0052】
(比較例1)
実施例1の[潤滑剤添加剤の調製]における潤滑剤添加剤の調製を行わず、[湿式潤滑剤への添加]において非イオン界面活性剤(花王株式会社製、エマルゲン108、HLB値:12.1)とホスファゼン誘導体化合物(前記一般式(2)において、Rがオクトキシ基である化合物)を別々に5分間かけて添加することに変更した他は、実施例1と同様に液安定性の評価を実施した。結果を表1に示す。
【0053】
(比較例2)
実施例2の[潤滑剤添加剤の調製]における潤滑剤添加剤の調製を行わず、[湿式潤滑剤への添加]において非イオン界面活性剤(花王株式会社製、エマルゲン108、HLB値:12.1)とホスファゼン誘導体化合物(上記一般式(2)において、Rがオクトキシ基である化合物)を別々に5分間かけて添加することに変更した他は、実施例2と同様に液安定性の評価を実施した。結果を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
図2は、湿式伸線加工用潤滑剤中の挙動を示す模式図である。界面活性剤2とホスファゼン誘導体化合物3の混合直後は各成分がバラバラに存在しているが(図2(a)参照)、混合攪拌後には界面活性剤2とホスファゼン誘導体化合物3の混合物(エマルションまたはミセル)5が形成される(図2(b)参照)。混合物添加前の潤滑剤中には、他の成分4がエマルションまたはミセル6として分散され(図2(c)参照)、これに上記混合物5を添加しても該混合物5の形状は維持でき、安定性の良好な潤滑剤が得られる(図2(d)参照)。これに対し、他の成分4を含む潤滑剤に、界面活性剤2およびホスファゼン誘導体化合物3を別々に添加した場合は(図2(e)参照)、界面活性剤2は他の成分4とエマルションまたはミセル6を形成し、ホスファゼン誘導体化合物3が分離する(図2(f)参照)。その結果、実施例1および2では液安定性に優れ、一方、比較例1および2では液安定性が悪くなり、本発明の効果によりホスファゼン誘導体化合物を潤滑剤中に安定に存在できることがわかる。
【0056】
以上から、本発明により、ホスファゼン誘導体化合物を潤滑剤へと添加する際に、ホスファゼン誘導体化合物が分離することなく潤滑剤に乳化または分散することが確認された。
【符号の説明】
【0057】
1 スチールワイヤ
2 界面活性剤
3 ホスファゼン誘導体化合物
4 潤滑剤中の他の成分
5 界面活性剤とホスファゼン誘導体化合物の混合物
6 界面活性剤は他の成分とエマルションまたはミセル
10 スリップ型多段式伸線機
11 湿式伸線加工用潤滑剤
12 潤滑液槽
13A、13B 駆動キャプスタン
14 ダイス
15 駆動キャプスタン
16 最終ダイス

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線する際に使用する湿式伸線加工用潤滑剤において、ホスファゼン誘導体化合物と界面活性剤の混合物を添加してなることを特徴とする湿式伸線加工用潤滑剤。
【請求項2】
前記混合物が、攪拌により、前記界面活性剤中に前記ホスファゼン誘導体化合物を分散させたものである請求項1記載の湿式伸線加工用潤滑剤。
【請求項3】
前記ホスファゼン誘導体化合物が環状又は鎖状の化合物である請求項1または2記載の湿式伸線加工用潤滑剤。
【請求項4】
前記界面活性剤が、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン性界面活性剤よりなる群から選ばれる1種以上である請求項1〜3のうちいずれか一項記載の湿式伸線加工用潤滑剤。
【請求項5】
前記ホスファゼン誘導体化合物および前記界面活性剤の質量比が1:1〜1:5である請求項1〜4のうちいずれか一項記載の湿式伸線加工用潤滑剤。
【請求項6】
請求項1〜5のうちいずれか一項記載の湿式伸線加工用潤滑剤中で、ブラスめっきされたスチールワイヤを湿式伸線することを特徴とするゴム物品補強用スチールワイヤの湿式伸線方法。
【請求項7】
前記湿式伸線加工用潤滑剤中におけるホスファゼン誘導体化合物の濃度が0.01〜10.0質量%である請求項6記載の湿式伸線方法。
【請求項8】
前記ブラスめっきされたスチールワイヤを、ダイスと、該ダイスを通過したスチールワイヤを引抜く駆動キャプスタンとを備えたスリップ型多段式伸線機を用いて湿式伸線する請求項6または7記載の湿式伸線方法。
【請求項9】
ホスファゼン誘導体化合物および界面活性剤を含むことを特徴とする湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤。
【請求項10】
前記ホスファゼン誘導体化合物と前記界面活性剤の混合物を含む請求項9記載の湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤。
【請求項11】
前記混合物が、攪拌により、前記界面活性剤中に前記ホスファゼン誘導体化合物を分散させたものである請求項10記載の湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤。
【請求項12】
前記ホスファゼン誘導体化合物が環状又は鎖状の化合物である請求項9〜11のうちいずれか一項記載の湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤。
【請求項13】
前記界面活性剤が、アニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤および非イオン性界面活性剤よりなる群から選ばれる1種以上である請求項9〜12のうちいずれか一項記載の湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤。
【請求項14】
前記ホスファゼン誘導体化合物および前記界面活性剤の質量比が1:1〜1:5である請求項9〜13のうちいずれか一項記載の湿式伸線加工用潤滑剤用添加剤。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−162567(P2010−162567A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−5714(P2009−5714)
【出願日】平成21年1月14日(2009.1.14)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】