説明

溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤及びフラックス入りワイヤ

【課題】
伸線性に優れ、吸着水分に起因した低温割れやピット、ブローホール等の問題が生じず、250A以上の大電流での溶接作業性に特段に優れる溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤及びフラックス入り溶接ワイヤを提供することを目的とする。
【解決手段】
質量%で、MoS2:5〜50%、CaCO3:5〜50%、BN:5〜20%、アルカリ金属を含む化合物:5〜10%を含み、残部は実質的にマイカ、セリサイト及びタルクのうちから選んだ少なくとも一つの鉱物からなることを特徴とする溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤と該固体潤滑剤を、溶接ワイヤ1kg当たり0.01〜2.0gの割合でワイヤ表面に付着させたことを特徴とするフラックス入りワイヤである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸着水分量が少なく、かつ250A以上の大電流での良好な溶接作業性(溶接時の良好なワイヤ送給性)が得られる溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤及びフラックス入り溶接ワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
フラックス入り溶接ワイヤとして、フラックスを薄鋼板で包んだのち、伸線加工によって引き伸ばした、巻締めフラックス入りワイヤが知られている。しかしながら、この巻締めフラックス入りワイヤの製造に際しては、伸線加工時に使用した潤滑剤を除去するためのベーキング処理が不可欠であることから、製造コストの増大が避けられなかった。また、かかるベーキング処理によって、溶接ワイヤの表面にはFe2O3を主成分とした酸化膜が生成するため、給電チップ部における電気伝導性が低下し、ひいては溶接作業性の劣化を招いていた。
【0003】
この点を解決するものとして、出願人は先に、特許文献1において、ポリ四弗化エチレン:1〜60wt%、二硫化モリブデン:1〜50wt%およびグラファイト:1〜50wt%を含有し、残部は実質的にマイカ、セリサイト及びタルクのうちから選んだ少なくとも一つの鉱物からなることを特徴とする溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤、および該潤滑剤を、溶接ワイヤ1kg当たり0.01〜5.0gの割合でワイヤ表面に付着させたことを特徴とするフラックス入り溶接ワイヤを提案した。
【0004】
上記の溶接ワイヤ伸線用潤滑剤を用いれば、伸線加工後に潤滑剤のベーキング処理が不必要になるため、製造コストの大幅な低減が達成でき、また溶接作業性も改善された。しかしながら、上記の溶接ワイヤ伸線用潤滑剤を用いてもなお、必ずしも十分満足がいくほどの伸線性を得ることはできなかった。また、上記の潤滑剤はグラファイトを含有しているため、スパッタが発生しやすく、溶接作業性の面でも問題を残していた。
【0005】
また、出願人は、特許文献2において、二硫化モリブデン:5〜50wt%、炭酸カルシウム:5〜50wt%、アルカリ金属を含む化合物:1〜15wt%を含み、残部は実質的にマイカ、セリサイト及びタルクのうちから選んだ少なくとも一つの鉱物からなることを特徴とする溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤、および該潤滑剤を、溶接ワイヤ1kg当たり0.01〜5.0gの割合でワイヤ表面に付着させたことを特徴とするフラックス入り溶接ワイヤを提案した。しかしながら上記の潤滑剤は、吸湿性のあるアルカリ金属化合物による製造後の水分吸着及び錆発生の問題があり、吸着水分に起因した低温割れやピット、ブローホール等が生じることがあった。
【0006】
また、特許文献3には、溶接用ソリッドワイヤの製造法として、伸線潤滑剤として伸線初期に二硫化モリブデンもしくは窒化ホウ素を3〜15wt%含有した潤滑剤を用い、かつ最終ダイスにて減面率2〜12%で油性潤滑剤を用いて伸線する方法が提案されている。
しかしながら、上記の潤滑剤は、最終ダイスで液体潤滑剤を用いるため、溶接ワイヤが巻締めフラックス入りワイヤの場合には、被覆鋼板の接合面から内部フラックスまで水が浸透して低温割れやピット、ブローホール等が生じるおそれが大きく、また耐錆性の面でも問題が残ることから、巻締めフラックス入りワイヤ用の潤滑剤としては用いることができない。
【特許文献1】特開平5−23731号公報
【特許文献2】特開2000−87058号公報
【特許文献3】特開昭61−126995号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の問題を解決するもので、伸線性に優れ、吸着水分に起因した低温割れやピット、ブローホール等の問題を生じず、250A以上の大電流での溶接作業性に特段に優れる溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤及びフラックス入り溶接ワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者は、上記の問題を解決すべく、潤滑剤組成について鋭意研究を重ねた結果、二硫化モリブデンやテフロン、マイカ等の潤滑剤に、窒化ボロン(BN)とアルカリ金属を含む化合物の両方を数%含有させることによって、吸着水分量が低い上に、250A以上の大電流での溶接作業性が著しく改善することを新たに見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
(1)第一の発明は、質量%で、MoS2:5〜50%、CaCO3:5〜50%、BN:5〜20%、アルカリ金属を含む化合物:5〜10%を含み、残部は実質的にマイカ、セリサイト及びタルクのうちから選んだ少なくとも一つの鉱物からなることを特徴とする溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤である。
【0010】
(2)第二の発明は、第一の発明に記載した溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤を、溶接ワイヤ1kg当たり0.01〜2.0gの割合でワイヤ表面に付着させたことを特徴とするフラックス入りワイヤである。
【発明の効果】
【0011】
本発明の溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤及びフラックス入り溶接ワイヤを用いると、伸線性に優れ、吸着水分に起因した低温割れやピット、ブローホール等の問題が生じないこと、さらに、250A以上の大電流での溶接作業性にも優れるという利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の固体潤滑剤の成分組成、ワイヤの製造条件について以下に具体的に説明する。
【0013】
1.成分組成について
成分組成の限定理由について説明する。なお、成分組成における各成分の含有量は、全て質量%を意味する。
【0014】
MoS:5〜50%
MoSは、極圧性の潤滑剤として伸線時における焼付防止に有効に寄与するが、含有量が5%未満ではその添加効果に乏しく、一方50%を超えると溶接ビード表面にアバタが発生するだけでなく、ワイヤ表面に錆が発生しやすくなるので、含有量は5〜50%の範囲に限定した。
【0015】
CaCO:5〜50%
CaCOは造粒剤であり、伸線時にキャリアとして寄与するだけでなく、MoSによる酸性を中和して耐錆性を向上させる有用な成分である。しかしながら、含有量が5%未満ではその添加効果に乏しく、一方50%を超えるとアークが不安定となり溶接作業性が悪化するので、含有量は5〜50%の範囲に限定した。
【0016】
BN:5〜20%
BNは、極圧性の潤滑剤として伸線時における焼付防止に有効に寄与するだけでなく、吸湿性もないことから製造後の水分吸湿量がほとんどない。含有量が5%未満ではその添加効果に乏しく、一方20%を超えるとワイヤ表面の付着量が増大し、ワイヤ送給性及び溶接作業性が低下するので、含有量は5〜20%の範囲に限定した。
【0017】
アルカリ金属を含む化合物:5〜10%
アルカリ金属を含む化合物とは、Li、Na、K、Rb、Cs等のアルカリ金属を少なくとも1種含有する無機化合物及び有機化合物のことであり、ステアリン酸Na、K等の他、Na2CO3、NaNo3などが有利に適合する。アルカリ金属を含む化合物は、溶接時のアーク安定化効果があり、スパッタ量を低減し、溶接作業性を著しく向上させる。この溶接作業性向上効果は、含有量が5%に満たないとその効果に乏しく、一方10%を超えるとアルカリ金属化合物の吸湿による製造後の水分吸着及び錆発生の問題がある。このため、含有量を5〜10%の範囲に限定した。
【0018】
マイカ、セリサイトおよびタルク:残部
マイカ、セリサイトおよびタルクはいずれも、伸線時におけるキャリアとしての役目を担っていて、これらが含有されていないと伸線性が劣化し、伸線時に破断が生じるおそれがあるので、これらのうち少なくとも一種を必須成分として含有させるものとした。上記の作用の面からの好適含有量範囲は5〜50%である。
【0019】
成分の組合せ
個々の成分の範囲は上記した通りであるが、MoSを5〜50%とする場合は、CaCO:5〜25%、BN:5〜10%、アルカリ金属を含む化合物:5〜10%とするのがより好ましい。また、CaCO:5〜50%とする場合は、MoSを5〜25%、BN:5〜10%、アルカリ金属を含む化合物:5〜10%とするのがより好ましい。
【0020】
2.フラックス入り溶接ワイヤについて
次に、フラックス入り溶接ワイヤについて説明する。本発明では、ワイヤの表面に、上記したような潤滑剤を溶接ワイヤ1kg当たり0.01〜2.0gの割合でワイヤ表面に付着させることが重要である。付着量がワイヤ1kg当たり0.01gに満たないと、十分な伸線加工を行うことができず、一方2.0gを超えると250A以上の大電流でのワイヤ送給性ひいては溶接作業性の低下を招くからである。なお、本発明では、フラックス入りワイヤの種類は特に限定されず、従来から公知のフラックス入りワイヤいずれもが有利に適合する。また、ワイヤ径については、初期径が3.0mmφ程度の素材を1.2mmφ程度まで伸線したものを想定している。
【実施例1】
【0021】
表1に示す組成のフラックスを板厚0.8mmの冷延鋼板で3.0mmφに巻締めたのち、表2に示す配合比率になる潤滑剤を、同じく表2に示す量付着させてから、1.2mmφまで伸線加工した。その時の伸線性、ワイヤ送給性、発錆性および吸着水分量について調べた結果を表2に併記する。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
表2から明らかなように、No.1〜No.9(発明例)は本発明の範囲にある配合比率の固体潤滑剤を使用しており、いずれの場合とも、ワイヤ吸着水分量がなく、錆発生比率も小さく、伸線性及び大電流でのワイヤ送給性にも優れている。
【0025】
これに対し、No.10(比較例1)では、MoS量が不足するため伸線性が悪化した。また、そのため、疵線となりやすく、送給ローラでの摩擦が大きくなるので、ワイヤ送給性も劣化した。No.11(比較例2)は、MoS量が過剰であるため、送給ローラに汚れが付着し、スリップの発生により送給性が低下した。また、MoSに起因した錆が発生した。No.12(比較例3)は、CaCO量が少ないため、MoSに起因した錆が発生した。No.13(比較例4)は、CaCOが過剰なため、アークが不安定となり、スパッタ量が増加した。No.14(比較例5)は、窒化ボロン量が不足しているため伸線性が悪く、また疵線となり易いため、送給性も劣化した。No.15(比較例6)は、窒化ボロン量が過剰なため、送給ローラに汚れが付着し、スリップの発生により送給性が低下した。No.16(比較例7)は、アルカリ金属を含む化合物量が不足しているため、アークが不安定となりワイヤ送給性が低下した。No.17(比較例8)はアルカリ金属を含む化合物量が過剰なため、ワイヤ吸着水分量が増加し錆が発生した。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明を適用すれば、伸線性に優れ、吸着水分量が少なく、大電流での溶接作業性に優れる溶接ワイヤを製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、MoS2:5〜50%、CaCO3:5〜50%、BN:5〜20%、アルカリ金属を含む化合物:5〜10%を含み、残部は実質的にマイカ、セリサイト及びタルクのうちから選んだ少なくとも一つの鉱物からなることを特徴とする溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤。

【請求項2】
請求項1に記載した溶接ワイヤ伸線用固体潤滑剤を、溶接ワイヤ1kg当たり0.01〜2.0gの割合でワイヤ表面に付着させたことを特徴とするフラックス入りワイヤ。


【公開番号】特開2007−262368(P2007−262368A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−93096(P2006−93096)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】