説明

溶接変形および残留応力の評価方法

【課題】非破壊的で簡便であり、FEM解析に適用でき、実証性を有する溶接変形および残留応力の評価方法を提供すること。
【解決手段】本発明にかかる溶接構造物の評価方法は、マーキングされた溶接材表面の画像を、互いに異なる溶接状態において取得する工程と、それぞれの溶接状態において取得された画像を比較して、前記溶接材の変位差を測定する工程と、前記変位差を逆解析して固有ひずみを求める工程と、前記固有ひずみから両溶接状態の残留応力差と変形差を算出する工程とを備えるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接変形および残留応力の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶接または接合(以下、単に溶接という)構造物では、設計時には、溶接継ぎ手の溶接変形と残留応力、使用に伴う残留応力の経年変化、溶接継ぎ手の強度(構造不連続部の応力とひずみ評価)等が問題となる。特に、溶接変形は施工時の製作精度に直接関係する。一方、稼動時には、溶接部は止端を形成し、疲労、応力腐食割れ、腐食疲労などによるき裂進展を誘発する可能性がある。したがって、溶接構造物の設計および維持には、溶接変形および残留応力を測定し、評価することが極めて重要である。
【0003】
現在の設計は、有限要素法(FEM:Finite Element Method)解析を多用するため、測定データをFEM解析に直接適用できる評価方法が求められている。FEM解析を行うためには、溶接材の全ての領域に渡る微小要素(FEM用のエレメント)について、全方向(x、y、z方向)の応力を測定する必要がある。残留応力の測定方法として一般的な、モアレ法、X線回折法等では、測定した位置の応力しかわからない。そのため、FEM解析への適用は、現実的に困難である。
【0004】
FEM解析を適用できる溶接変形および残留応力の評価方法としては、溶接継手を切断して測定した固有ひずみを逆解析し、溶接変形および残留応力を求める方法(以下、切断法という)がある(非特許文献1参照)。この方法は、実証性を有するが、溶接部材を小片に切断する破壊検査であるため、簡便さに著しく欠ける問題があった。
【0005】
一方、FEM解析を適用できる非破壊的な評価方法として、溶接構造物を基本的形状の溶接継手の集合体ととらえ、個々の溶接継手に対応する固有ひずみと固有変形を溶接順にその時点での構造物に与えることにより、溶接構造物全体の残留応力と変形を予測する方法が開示されている(特許文献1参照)。なお、下記の非特許文献2については、後述する実施の形態において説明する。
【非特許文献1】上田幸雄、福田敬二、谷川雅之「固有ひずみ論に基づく3次元残留応力測定法」、日本造船学会論文集、昭和54年、第145号、p.203−211
【非特許文献2】清水雅夫、奥富正敏「領域ベースマッチングのための2次元同時サブピクセル推定法」、電子情報通信学会論文誌、2004年2月、第J87-D2巻、第2号、p.554−564
【特許文献1】特開平6−180271号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、材料の力学的挙動を逐一追跡し、熱粘弾性解析により求めた残留応力および変形の値から逆解析した固有ひずみおよび固有変形を用いる。そのため、材料の熱膨張係数、構成方程式、弾性係数等の温度依存性および変態温度の冶金学的予測が必要となるという問題があった。また、単なるシミュレーションであるため、得られた結果の実証性が乏しいという、安全性評価に関しては致命的ともいえる問題もあった。
【0007】
本発明はこのような問題に鑑みてなされたものであり、非破壊的で簡便であり、FEM解析に適用でき、実証性を有する溶接変形および残留応力の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる溶接構造物の評価方法は、マーキングされた溶接材表面の画像を、互いに異なる溶接状態において取得する工程と、それぞれの溶接状態において取得された画像を比較して、前記溶接材の変位差を測定する工程と、前記変位差を逆解析して固有ひずみを求める工程と、前記固有ひずみから両溶接状態の残留応力差を算出する工程とを備えるものである。
【0009】
本発明にかかる他の溶接構造物の評価方法は、マーキングされた溶接材表面の画像を、互いに異なる溶接状態において取得する工程と、それぞれの溶接状態において取得された画像を比較して、前記溶接材の変位差を測定する工程と、前記変位差を逆解析して固有ひずみを求める工程と、前記固有ひずみから両溶接状態の変形差を算出する工程とを備えるものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、非破壊的で簡便であり、FEM解析に適用でき、実証性を有する溶接変形および残留応力の評価方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
モアレ法、X線回折法等に代表される、従来の簡便な残留応力測定方法では、ある特定部位における材料の原子間距離(局所変形量)を測定することにより応力を求める。一方、非特許文献1に示される通り、残留応力は固有ひずみにより生じる。そのため、残留応力を直接測定せずとも、固有ひずみを測定すれば、残留応力を求めることができる。ただし、固有ひずみは溶接材の内部で3次元に分布しており、これを溶接材表面(2次元)のみの情報から推定する問題は、逆問題解析における悪条件(ill-condition)となり、安定な同定結果が得られにくい。そのため、3次元の固有ひずみを精度良く推定するために解析の適切化が要求される。
【0012】
実施の形態
以下に、本実施の形態にかかる溶接変形および残留応力の評価方法について説明する。図1に、本実施の形態にかかる溶接変形および残留応力の評価手順を示す。図1に示すように、本実施の形態にかかる評価方法はS101〜S105の工程を有す。具体的には、溶接材表面にマーキングし(S101)、異なる2つの溶接状態(例えば、溶接前と溶接後)における溶接材のデジタル画像を取得し(S102)、両画像から画像処理により変位差を測定し(S103)、その変位差を逆解析して、互いに異なる溶接状態の変形差および/または残留応力差を再現する固有ひずみを求める(S104)。最終的に、FEM解析等を用い、固有ひずみから溶接変形および残留応力を評価する(S105)。
【0013】
なお、上記2つの溶接状態が溶接前と溶接後であれば、この固有ひずみは塑性ひずみ、変態ひずみ、熱ひずみなど溶接により生じる非弾性ひずみを一括した固有ひずみに対応する。なお、以下では実際の設計などへの適用を目的として、固有ひずみをFEM解析に初期ひずみとして与えることを考える。塑性ひずみと応力の関係は負荷経路依存性を示すので、それらの物理的な非弾性ひずみをFEMに初期ひずみとして負荷しても残留応力は再現されないことから明らかなように、それらの物理的な非弾性ひずみと以下の手法で得られる固有ひずみ(溶接変形および/または残留応力を再現する固有ひずみ)とが完全に一致するわけではない。ここでは、溶接前と溶接後の場合、すなわち溶接変形と残留応力を求める場合、について詳細に説明する。ここで、溶接前をB(Before)材、溶接後をA(After)材とする。
【0014】
まず、画像解析を容易とするために、溶接材表面に碁盤の網目状のマークを付しておき、そのマークをマッチングターゲットとして画像マッチングを行う。このとき、画像間の位置関係を画素単位以上の精度で推定する。これを可能にするのがサブピクセル位置推定である。この手法では位置推定の相関をとりたい2枚の画像に対して、その内部の局所領域の位置関係から画像の位置を推定する(非特許文献2参照)。どのようなマークが好ましいかは、以下で行う測定方法を事前にコンピュータ上でシミュレーションすることにより決定できる。例えば、マッチング精度を向上させるため、マークとしては連続的に濃度が変化する模様である次式に示すスイープパタンを用いる。
【数1】

ここで、I(u、v)は照度、u、vは画像上の位置で、単位はピクセルである。
【0015】
次に、溶接前および溶接後のデジタル画像を取得する。ここで、3次元の固有ひずみを得るには、変位も3次元方向に関して測定する必要があるため、異なる複数の方向から画像を取得する。
【0016】
次に、上記2つの異なる状態の画像のマッチングを行うことにより、対応する位置が溶接によりどれだけ変位したかを測定する。このマッチングを、複数の点について実施する。
【0017】
次に、溶接変位と固有ひずみの間には弾性応答マトリクスを介して線形関係が成立するので、この関係を逆解析することにより、固有ひずみを求める。
【0018】
最後に、求めた固有ひずみから、FEM解析などにより、溶接変形および残留応力を評価する。
【0019】
通常、マッチングとは、B材の画像を単純に平行移動・回転した場合の画像を、元のB材の画像と比較することにより、B材の回転角や移動量を求める技法である。しかし、A材は溶接により変形しているので、これをB材と単純に比較しても両者は若干異なる画像であるので、正確に位置を推定することができない。そこで、以下に述べる方法により溶接前の画像からの溶接後の画像を生成する。
【0020】
溶接前(B材)の画像が、各画素(i、j)に対する関数f(i、j)のような形で与えられる場合、この溶接前の画像から溶接後の画像を生成するためには、溶接後に位置(i、j)に移動した画素の溶接前の位置(i、j)が分かればよい。そこで、画像上の各点の溶接後の位置(i、j)からなる行列Xが既知の時、同じ点の溶接前における位置(i、j)からなる行列Xを求める。溶接前にXにあった各点の変位をUとおくと、画素間隔を小さくすれば、次の線形関係で書くことができる。
【数2】

同様に溶接前にXにあった各点に対する変位Uに対して次の様な関係が求まる。
【数3】

ここで位置に対する変位が分かっているとすると、Xが既知であるのでUが求まる。
この関係は
【数4】

と書くことができる。ただしXはXの一般逆行列である。またXとXとの関係から
【数5】

【数6】

ここで変形が微小であることを考えると、
【数7】

したがって、最終的に次式を得る。
【数8】

この結果に基づき、B材の画像のマークを変形前に修正して、マッチングを再度行う。この様子を図2に示す。図2(a)に示すように、溶接材1のxy平面上にスイープパタンがマーキングされている。また、溶接部2に近いほどパタンの密度が高くなっている。図2(b)は溶接前のマーキング部の元画像であり、図2(c)は溶接後の画像を生成したものである。ただし、変位は50倍に拡大されている。マッチングは、1回前とのマッチング誤差が所定の範囲内に収束するまで繰り返す。
【0021】
次に、本発明にかかる溶接固有ひずみの測定方法の妥当性について説明する。固有ひずみの3次元分布ベクトルをεとする。部材の有限要素がq個、各要素で3成分を持つのでεは次式で表される。
【数9】

固有ひずみにより各要素に生じる変位ベクトルuの3次元分布を
【数10】

とするとき、uとεとの間には次式が成り立つ。
【数11】

ここで、Rは3n×3qの弾性応答マトリクスである。Rの第i列は、固有ひずみのi番目のパラメータのみを1とし、他をすべて0とした単位固有ひずみを負荷したときに部材に生じる変位と等しく、弾性FEM解析を3q回繰り返すことにより求められる。部材表面で次式に示すk個の変位uを測定する。
【数12】

測定値には一般に測定誤差errが含まれるので、数11は次式のようになる。
【数13】

ここで、Rは数11のRから測定点に対応するk個の行を取り出して作成したk×3qのマトリクスである。このとき、固有ひずみ分布の解の推定値は、次式で与えられる。
【数14】

ここで、Rは、弾性応答マトリクスRのMoore-Penrose一般逆行列である。
本研究では、次式に示すロジスティック関数の線形結合を用いてεの分布をモデル化し、各項の係数asiを未知推定量とした。
【数15】

ここで、s=xまたはyまたはz、k=4、p=−5.0、q=0.6、q=0.4、q=0.3、q=0.25である。なお、この過程は弾性解析であるので、部材内の温度分布が実測もしくは解析できれば、その温度における弾性係数が求まるので、溶接の前後だけでなく、溶接過程にも原理的に適用できる。
【0022】
デジタル画像により変位が測定できたと仮定して、表面変位から溶接変位と残留応力が推定可能かどうかを検証するために、本発明の有効性をシミュレーションにより検討した。図3にFEM解析モデル(総要素数3580、総節点数4641)を示す。図3(a)は溶接材1の斜視図、図3(b)はFEM解析対象部3の平面図、図3(c)は同断面図、図3(d)は図3(c)における溶接部2の拡大図である。溶接材1の対称性から、溶接材1の1/4をFEM解析対象とした。初期固有ひずみ分布には、非特許文献1に記載の初期固有ひずみ分布を参考にして決めた分布形を用いた。この初期固有ひずみ分布を図4に示す。図5に示すように、測定できる変位の範囲4は、50<x<100(mm)、12<y<200(mm)の範囲における全要素(合計330要素)のx、y、z方向の変位(合計330×3=990個)である。この変位に対して、画像マッチング時の測定誤差として平均0μm、標準偏差10μmの誤差を与えて、数14に基づき逆解析を行った。また、精度向上のため、弾性応答マトリクスに特異値分解による適切化を施して逆解析を行った。一例として、階数低下法における階数(ランク)を4とした。なお、誤差の影響評価を行うため、誤差の乱数のシードを変えることにより、10回のシミュレーションを行った。
【0023】
固有ひずみの推定結果を図6に示す。図6(a)はx方向固有ひずみ、(b)はy方向固有ひずみ、(c)はz方向固有ひずみの結果である。また、図中のexactは正解である。x方向固有ひずみとy方向固有ひずみの推定は良好である。また、z方向固有ひずみの推定はそれほど良好ではないが、これはこの固有ひずみが溶接変位や残留応力にそれほど寄与していないからであり、そのため溶接変位から逆解析した場合に、推定精度が他の成分と比較して相対的に低下した結果となっている。
これらの固有ひずみの推定値を初期ひずみとしてFEM解析を行い、溶接材表面における残留応力を推定した結果を図7に示す。図7(a)はx方向残留応力(座標x=0mm)、(b)はy方向残留応力(座標x=100mm)の結果である。図には、推定結果が正解とともに図示されている。残留応力の概形が精度よく推定できている。
同様に、これらの固有ひずみの推定値を初期ひずみとしてFEM解析を行い、溶接材表面の端部(座標x=100mm)における溶接変位を推定した結果を図8に示す。図8(a)はx方向変位、(b)はy方向変位、(c)はz方向変位の結果である。いずれの方位においても、正解と推定値が略完全に重なっており、極めて精度良く推定できている。以上から、本実施の形態にかかる評価方法を用いることにより、標準偏差10μm程度の誤差でも、固有ひずみ、残留応力および溶接変位を精度良く推定できることがわかる。
【0024】
次に、本発明にかかる画像処理アルゴリズムについて説明する。通常、画像処理では、膨大なデータ処理が必要となる。例えば、1350万ピクセルのデジタルカメラで撮影した場合に、得られる情報点すなわち測定点は1枚の画像に対して1350万点も存在する。得られたデータを全て用いると、固有ひずみと変位の関係や弾性応答マトリクスの一般逆行列を有限要素法で求める際、膨大な計算を要する。そこで、測定位置の最適化を行う必要があるが、対象データが多すぎて、いわゆる組合せ爆発を起こす。一般的に、組合せ爆発は遺伝的アルゴリズムなどの近似解法を用いて回避するが、大局的な厳密解ではなく局所解に陥る可能性がある。そのため、構造物の安全性確保の観点から、上記近似解法を用いることはできない。以下に、測定位置の最適化の厳密解を求める方法を提示する。
【0025】
本発明では、画像処理により固有ひずみを求め、その固有ひずみから、変位あるいは残留応力を評価する。一般的に、固有ひずみの最適解が、必ずしも変位や残留応力の評価に対する最適解になるとは限らない。しかしながら、本発明にかかる画像処理→固有ひずみ評価→残留応力評価というプロセスは、画像処理→残留応力評価および画像処理→変位評価というプロセスと数学的に等しい。つまり、固有ひずみの最適解が変位や残留応力の評価に対する最適解に一致する。以下に、数学的に証明する。
【0026】
本発明では、溶接前に部材表面に印をつけておき、デジタルカメラを用いて部材を撮影し、印の変化から変位を測定する。得られた変位に対して、変位と固有ひずみの関係を用いて固有ひずみを推定し、その固有ひずみから残留応力と部材全体の変位を推定する。q個のパラメータで表す固有ひずみ分布ε=[ε、・・・、εと、この固有ひずみ分布により生じる変位u=[u、・・・、wとの間に数11のような関係が存在する。変位を測定してn個の測定値を得たとき、それらの測定点を含むq個の固有ひずみのパラメータを推定することを考えると、その関係は測定誤差uerrを用いて次のように表すことができる。
【数16】

ただし、Rはn×qの変位に関する弾性応答マトリクスであり、数11のRと同様に弾性FEM解析により求められる。これから、固有ひずみ分布の推定値は、
【数17】

と書くことができる。ただしRはRの一般逆行列である。さらに、固有ひずみ分布の各パラメータに対応するq個の残留応力σ^およびq個の変位u^は数17を用いることにより各々、
【数18】

【数19】

と求めることができる。ただし、R'はq×qの応力に関する弾性応答マトリクス、Rはq×qの変位に関する弾性応答マトリクスであり、数11のRと同様にいずれも弾性FEM解析により求められる。
【0027】
未知推定量の削減を目的として、解空間の限定を試みる。固有ひずみ分布を数15の4種類のロジスティック関数の線形結合で近似し、それぞれの線形結合の係数ベクトルaを未知推定量として扱うと次式で表現できる。
【数20】

これを数16に代入し、RLの一般逆行列(RL)を用いると
【数21】

ここから求める固有ひずみ分布は
【数22】

となる。
【0028】
デジタル画像から得られる測定点の量は膨大となるので、測定点の最適化を行う。測定点からなるデザインを、選ばれた測定点において質点を持つデルタ関数として定義し、n個の測定点{x、x、・・・、x}に対してi番目の測定点におけるデザインをξxiとおく。
【数23】

さらにn個の測定点からなるデザインξ
【数24】

で表す。これを用いて
【数25】

とおくことができる。またこのとき、
【数26】

を情報行列とし、Mε*(ξ)の逆行列の大きさを最小にする、つまりMε*(ξ)の行列式を最大にするようにξを決めれば、a^の分散共分散行列が最小となる。ここで、局所的に最大の評価を与える測定点を求める。k点のデザインに対して新たに測定点を1点加える操作を考える。k点目の測定値からなる弾性応答マトリクスf(k)を
【数27】

で定義すると、k個の測定点からなる情報行列が(ξξとなるので、k+1個の測定点からなる情報行列は
【数28】

【数29】

となる。したがってd(ξ、xk+1)を最大にするようにxk+1をとることによって|Mε*|の増加量が最大になる。ここで、非逐次型アルゴリズムであるFedorovのアルゴリズム(V.V.Fedorov、Theory of Optimal Experiments、Academic Press、New York、1972)を導入する。最適性の保証関数φ(Mε*(ξ))を
【数30】

とおくと、logは単調増加関数であるのでφを最大にするξが求めるξとなる。また、このときφは凹関数となる。したがって、φの極値を見付けることができればそれが局所的な最大値ではなく、大局的な最大値となることが保証される。
【0029】
具体的なアルゴリズムを以下に示す。デザインξに対して重みαを導入する。k個の測定点を選んだ後のデザインξに対して、k+1番目の測定点xk+1をd(ξ、xk+1)が最大となるように選び、重みαk+1をつけてξk+1を次のように決定する。
【数31】

このとき情報行列は
【数32】

となる。ここでの目的は、各デザインにおいて汎関数φ(Mε*)=log|Mε*|を最大にする(停留する)関数Mε*(ξ)をαk+1に対して探し、ξk+1による増分をその関数に沿って動かすことである。φを最大にするような関数はM、M∈Mε*に対するフレッシェ微分
【数33】

に対して、
【数34】

とすることによって求まり、
【数35】

【数36】

となる。ただし、数34および数35のβは未知パラメータ数である。このαk+1により、Mε*(ξ)はφ(Mε*)を最大にするような関数となる。
【0030】
以上のアルゴリズムに基づき、残留応力を基準にした測定点の最適化を行った。残留応力の推定値σ^の評価精度が最も良くなるような測定点は、以下の方法で決定できる。まず、
【数37】

を情報行列とし、Mσ(ξ)の逆行列の大きさを最小にする、つまりMσ(ξ)の行列式を最大にするようにξを決めればいい。そこで、以下のk+1個の測定点によるデザインξk+1について、評価を最大にする点を考える。
【数38】

このとき、
【数39】

であるので結局
【数40】

となる。したがって、測定点を逐次選んで行った場合、選ばれる点は固有ひずみを基準にして選んだ測定点(数29)と等しくなる。また、同様に評価を最大にする重みも等しくなる。
【0031】
以上から、本発明では、残留応力と固有ひずみ分布をそれぞれ最適に測定する点は、ともに等しくなる。また、同様に変位基準における最適な点も等しくなる。
【0032】
図3に示したFEM解析モデルを用いたシミュレーションにより、この手法の有効性を確認した。固有ひずみ分布の推定値の一般化分散を最小化するD最適基準に基づく最適な測定点の導出を行なった。なお、非特許文献1ではA最適基準を用いているが、本手法では数15における各項の未知係数asiが互いに独立ではないので、D最適基準を採用した。初期値として10点を情報行列の行列式が最大となるように選び、各点で等しい重みをつけた。測定値の選択数は10000点とし、測定点の重みの計算には数35を用いた。
【0033】
以上の条件を満たすような測定点の選出を行なったところ、測定点の数はx方向26点、y方向36点となり、x方向の測定点について、重みによって分類しながら点を描くと、x方向変位を測定すべき点およびy方向変位を測定すべき点は、各々図9(a)および(b)のような分布になった。ここで得られた測定点は変位の大きくなるビード付近に重みを大きくおいており、直観的にみても妥当な結果となっている。
【0034】
求めた測定点を用いて、残留応力および変位の推定を行った。逆解析における特異値分解のランクを10として、溶接材表面におけるx方向の残留応力(座標x=0mm)およびy方向の残留応力(座標x=100mm)を計算すると、各々図10(a)および(b)のようになった。なお、図には正解が推定結果とともに図示されている。いずれの推定結果も正解と推定値が略完全に重なっている。
溶接材表面における溶接変位の推定結果を図11に示す。図11(a)はx方向変位(座標x=100mm)、(b)はy方向変位(座標x=100mm)、(c)はz方向変位(座標y=0mm)の結果である。正解と推定値が略完全に重なっていることから、妥当な精度で推定ができる。
【0035】
以上、説明したように、本発明は、実際の溶接構造物から画像を取得するため、実証性を有し、かつ、非破壊的で簡便である。また、画像解析から求めた固有ひずみを直接FEM解析に初期ひずみとして適用できる等の利点を有し、これまでに類例の無い画期的な溶接変形および残留応力の評価方法である。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】実施の形態にかかる溶接変形および残留応力の評価手順を示す図である。
【図2】溶接前の画像と溶接後の画像のマッチングを模式的に示す図である。
【図3】実施の形態にかかるFEM解析モデルを示す図である。
【図4】実施の形態にかかる初期固有ひずみ分布を示すグラフである。
【図5】実施の形態にかかる変位の測定位置を示す図である。
【図6】実施の形態にかかる推定固有ひずみを示すグラフである。
【図7】実施の形態にかかる推定残留応力を示すグラフである。
【図8】実施の形態にかかる推定変位を示すグラフである。
【図9】実施の形態にかかる変位を測定すべき点を示すグラフである。
【図10】実施の形態にかかる推定残留応力を示すグラフである。
【図11】実施の形態にかかる推定変位を示すグラフである。
【符号の説明】
【0037】
1 溶接材
2 溶接部
3 FEM解析対象部
4 測定できる変位の範囲

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マーキングされた溶接材表面の画像を、互いに異なる溶接状態において取得する工程と、
それぞれの溶接状態において取得された画像を比較して、前記溶接材の変位差を測定する工程と、
前記変位差を逆解析して固有ひずみを求める工程と、
前記固有ひずみから両溶接状態の残留応力差を算出する工程とを備える溶接構造物の評価方法。
【請求項2】
マーキングされた溶接材表面の画像を、互いに異なる溶接状態において取得する工程と、
それぞれの溶接状態において取得された画像を比較して、前記溶接材の変位差を測定する工程と、
前記変位差を逆解析して固有ひずみを求める工程と、
前記固有ひずみから両溶接状態の変形差を算出する工程とを備える溶接構造物の評価方法。
【請求項3】
互いに異なる複数の方向から前記画像を取得することを特徴とする請求項1または2に記載の溶接構造物の評価方法。
【請求項4】
前記異なる溶接状態が溶接前と溶接後であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の溶接構造物の評価方法。
【請求項5】
前記算出する工程にFEM解析を用いることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の溶接構造物の評価方法。
【請求項6】
前記逆解析における測定点の最適化に非逐次型アルゴリズムであるFedorovのアルゴリズムを用いることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の溶接構造物の評価方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−298343(P2007−298343A)
【公開日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−125445(P2006−125445)
【出願日】平成18年4月28日(2006.4.28)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年(平成17年)11月3日 社団法人日本機械学会発行の「M&M2005 材料力学カンファレンス講演論文集 通計番号No.05−9」に発表
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【Fターム(参考)】