説明

潤滑剤組成物

【課題】耐熱性、耐摩耗性に優れた潤滑剤組成物を提供する。
【解決手段】潤滑油および半固体状潤滑剤に、フッ素化リン酸カルシウムを含有させることによって、耐熱性及び耐摩耗性を有する潤滑剤組成物とする。このフッ素化リン酸カルシウムは全組成物に対して0.5〜60質量%程度使用される。このフッ素化リン酸カルシウムを含有する潤滑剤組成物は、耐熱性に優れており、高温時にもグリース状態を保持して潤滑効果を維持している。また、耐摩耗性にも優れている。更に生態への悪影響もほとんどないことから、より安全な潤滑剤組成物として広範囲に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑剤組成物の改良に関し、特に、各種産業用機械、自動車等の潤滑箇所へ適用できる耐熱性及び耐摩耗性に優れた潤滑剤組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、機械技術が益々発展する中で、機器は高速・高温・高荷重条件下で運転されるようになってきており、その使用環境は益々高温になってきている。このような箇所へ使用している潤滑剤組成物は、熱による劣化や蒸発、軟化や硬化、粘度の増減等により潤滑寿命が低下し、期待された性能が発揮できないケースが増えている。
従来から、このような高温の潤滑箇所に用いられる潤滑剤としては、耐熱性に優れた潤滑剤が使用されているが、必ずしも十分な効果が得られていない。
【0003】
そこで、従来、耐熱性、耐荷重性が要求されるグリースなどの一般的な潤滑剤組成物としては、鉱油や合成油に、脂肪酸のリチウム塩を加えたリチウム石けんグリース組成物(特許文献1)や、アルミニウムコンプレックス石けんグリース組成物や、鉱油や合成油中でイソシアネートとアミンを反応させてウレア化合物とするウレアグリース組成物(特許文献2)が用いられて来た。
また、耐熱性の向上の為に、分子骨格中にフッ素原子を有するウレア化合物を用いてウレアグリース組成物を得ることも提案されているが(特許文献3)、これは、構造が特殊であり、一般に入手するのが難しいという欠点がある。
【0004】
更に耐熱性を向上させたものとして、フッ素油のパーフルオロポリエーテルを基油とし、これをフッ素樹脂で増ちょうさせたフッ素系グリース組成物が知られている。このようなフッ素系グリース組成物は、高温下における潤滑、化学薬品と接触するような部位での潤滑、高真空下での潤滑、放射線照射下における潤滑及び各種精密機器等における耐久性が必要とされる潤滑個所等にも使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5−86392号公報
【特許文献2】特開平6−330072号公報
【特許文献3】特開平11−61169号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、高温での酸化安定性に優れ、蒸発性も低く、また耐摩耗性も良好で、人体や環境に与える影響が極めて低い潤滑剤組成物を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、フッ素化リン酸カルシウムを加えた潤滑剤組成物が、高温条件、特に120〜140℃以上の条件で極めて優れた耐蒸発特性や耐劣化防止特性を有し、かつ耐摩耗特性にも優れていることを見出し、こうした知見に基づいて本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は一般的な潤滑油や粘ちょうな潤滑剤にフッ素化リン酸カルシウムを含有させることによって、優れた耐熱性、耐摩耗性を発揮する潤滑剤組成物とすることができるものである。
上記フッ素化リン酸カルシウムは全組成物に対して約0.1〜60質量%使用するとよい。
また、このフッ素化リン酸カルシウムを含む潤滑剤は、従来の耐熱性及び耐摩耗性の潤滑材料と比較して、環境や人体に対する安全性も極めて高い。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、耐熱性に優れた潤滑剤組成物として、従来の液状や粘ちょう性の潤滑剤にフッ素化リン酸カルシウムを混合することによって容易に得ることができる。また、フッ素化リン酸カルシウムは、増ちょう効果があり、鉱物油や合成油などに混合しても分散性が高く、問題なく使用することができる。
本発明の潤滑剤組成物は、用途として、一般に使用される機械、軸受装置、直動装置、継手装置、歯車装置等に使用可能であることは当然ながら、より苛酷な温度、圧力条件下で優れた性能を発揮することができる。例えば、鉄鋼産業、製紙工業、林業機械、農業機械、化学プラント、発電設備、乾燥炉、複写機、鉄道車両、シームレスパイプのネジジョイント等の各種高温部位に好適である。
【0009】
また、自動車分野では、スターター、オルターネーター及び各種アクチュエーター部のエンジン周辺、プロペラシャフト、等速ジョイント(CVJ)、ホイールベアリング及びクラッチ等のパワートレイン、電動パワーステアリング(EPS)、制動装置、ボールジョイント、ドアヒンジ、ハンドル部、冷却ファンモーター、ブレーキのエキスパンダー等の各種部品その他の非常に高温となる部位に好適に用いることができる。
その他の用途としては、ハードディスク軸受用、プラスチック潤滑用、カートリッジグリース等が挙げられるがこれらの用途にも好適である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
上記したフッ素化リン酸カルシウムは、第三リン酸カルシウムのヒドロキシアパタイト組成の化学構造を有しているもので、一般式〔Ca(PO・Ca(OH)で表わされるOH基をフッ素で置換したものであり、〔Ca(PO・Ca(F)又は〔Ca10(PO(F)〕で表されるものである。
このフッ素化リン酸カルシウムは、生体との親和性に優れており、自然骨との化学結合性も良好なことから人工歯や人工骨などの生体材料や、歯磨用基材としても使用されているような非常に安全性の高い物質である。
【0011】
上記フッ素化リン酸カルシウムは、液体状の潤滑油であっても、半固体状の潤滑剤であっても、いずれに混ぜても使用できる。液体状の潤滑油としては、鉱物油、合成油、動植物油これらの各種混合油などが挙げられ、各種の添加剤をすでに含む市販の潤滑油を用いることもできる。
【0012】
半固体状潤滑剤としては、グリースやペースト、コンパウンドなどが挙げられる。半固体状にする増ちょう剤(粘ちょう剤)としては、ウレア化合物、アルカリ金属石けん、アルカリ金属複合石けん、アルカリ土類金属石けん、アルカリ土類金属複合石けん、アルカリ金属スルフォネート、アルカリ土類金属スルフォネート、アルミニウム石けん、アルミニウム複合石けん、テレフタラメート金属塩、クレイ、ポリテトラフルオロエチレン、シリカエアロゲル(酸化ケイ素)などが挙げられ、これらの1種または2種以上を併せて使用することができる。また、これら以外にも液状物質に粘ちょう効果を付与するものはいずれも使用できる。
【0013】
これらの半固体状潤滑剤は、市販の製品を用いてもよく、特にウレアグリース、リチウム石けんグリース、リチウム複合石けんグリース、カルシウムスルフォネートグリース、アルミニウム複合石けんグリース、ナトリウムテレフタラメートグリース、クレイグリース、シリカエアロゲルグリースなどで効果が高く、また、フッ素グリースを用いることができる。
こうして得られた潤滑剤組成物は、高温の条件下において耐熱性や耐蒸発性に優れており、更に耐久寿命の延長のみならず潤滑性の向上や摩擦係数の低減、温度上昇の抑制、各種材料、例えば、ゴムや樹脂材料との適合性の改善を図ることもできる。
【0014】
本発明の潤滑剤組成物は、上記の如く潤滑油や半固体状潤滑剤にフッ素化リン酸カルシウムを加えてよく混合、混練することによって容易に得ることができ、フッ素化リン酸カルシウムを加える量が増えていくに従って、潤滑剤組成物の粘ちょう度が増していく。
潤滑剤組成物としてグリース状のものを得る場合、フッ素化リン酸カルシウムの使用量は、潤滑剤組成物の全組成物量に対して、約0.1〜60質量%、好ましくは約0.5〜50質量%、さらに好ましくは約1〜40質量%、一層好ましくは約2〜10質量%を配合するようにすると良い。
潤滑油に対して、フッ素化リン酸カルシウムの配合量が1質量%未満の場合には、通常グリースと言われているような状態にはならないが、粘ちょう度の増加は見られるので、得られた状態に適合する用途に用いることができる。また、40質量%を越える場合には潤滑剤組成物が硬くなるが、その状態に合った適宜の用途に用いることができる。
【0015】
本発明の潤滑剤組成物には、上記成分に加えて、その用途に応じて防錆剤、防食剤、酸化防止剤、極圧剤、固体潤滑剤、分散剤、界面活性剤、付着性向上剤(ポリマーなど)、油性剤、摩擦低減剤、耐摩耗剤その他の添加剤を適宜に併用することができる。
上記防錆剤、防食剤としては一般に使用されるものが挙げられる。例えば、有機酸誘導体、中でも特にコハク酸エステル誘導体、アスパラギン酸誘導体、ザルコシン酸誘導体、4-ノニルフェノキシ酢酸等が好ましい。
また、有機アミン誘導体や有機アミド誘導体、中でも、ジエタノールアミン、モノアルキル一級アミン、ジアミン・ジ脂肪酸塩、ジアミン、イソステアリン酸のアミド、オレイン酸のアミド等が好ましいものとして挙げられる。
その他のものとして、スルフォン酸塩(Caスルフォネート、Mgスルフォネート、Baスルフォネート等)、硫化脂肪酸、界面活性剤(ソルビタントリオレエート、ソルビタントリステアレート、ソルビタンモノラウレート、ステアリン酸・オレイン酸のモノ・ジグリセライド等)等も好ましいものとして挙げられる。
他にも、ナフテン酸塩、二塩基酸のアルカリ金属塩、二塩基酸のアルカリ土類金属塩若しくはベンゾトリアゾール誘導体、ベンゾチアゾール誘導体、ベンゾイミダゾール誘導体、チオカーバメートから選ばれるものも良く、好ましいものとして、セバシン酸ナトリウム及びベンゾトリアゾール、或いはそれらを併用したものも挙げられる。
【0016】
また、酸化防止剤としては、アミン系、フェノール系、ホスファイト系、硫黄系、ジアルキルジチオリン酸塩等の酸化防止剤を使用することができる。
極圧剤、耐摩耗剤としては、硫化油脂、硫化オレフィン、ジチオカルバミン酸亜鉛やジチオカルバミン酸モリブデン等のジチオカルバミン酸塩等の硫黄化合物や、リン酸エステル,酸性リン酸エステル,亜リン酸エステル,酸性亜リン酸エステル,リン酸エステルのアミン塩,亜リン酸エステルのアミン塩,酸性リン酸エステルのアミン塩,酸性亜リン酸エステルのアミン塩等のリン化合物や、チオリン酸エステル、ジチオリン酸亜鉛,ジチオリン酸モリブデン等のジチオリン酸塩等の硫黄リン化合物、モリブデンアミン化合物その他のモリブデン化合物等々の使用が可能である。
固体潤滑剤としては、二硫化モリブデン、グラファイト、メラニンシアヌレート、窒化ホウ素、雲母、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などがあげられる。
上記したその他の添加剤は、勿論、市販の潤滑油または半固体状潤滑油中に、予め添加されている状態で使用することができる。
【実施例】
【0017】
以下に実施例及び比較例を挙げて更に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
実施例及び比較例の作製に当り下記の市販品を用意した。
1.ウレアグリース(市販品):シェブロン プロダクト カンパニー(Chevron Products Company)製のChevron SRIグリース
2.アルミニュウムコンプレックスグリース(市販品):マグナ インダストリアル カンパニー リミテッド(MAGNA INDUSTRIAL CO.LIMITED)製のオメガ57
3.リチウムコンプレックスグリース(市販品):昭和シェル石油株式会社製のアルビダEP1
4.ナトリウムテレフタラメートグリース(市販品):昭和シェル石油株式会社製のバリアントグリースS1
5.クレイグリース(市販品):日本グリース株式会社製のNTG−2002
6.リチウム石けんグリース(市販品):日本高潤株式会社製のニコマックスWB−2
7.フッ素グリース(市販品):ソルベイソレクシス(SOLVEY SOLEXIS)社製のFOMBLIN RT15
【0018】
(実施例1)
上記ウレアグリース(市販品)(比較例1)に、フッ素化リン酸カルシウムが5質量%となるように加えて室温で混練した後、三本ロールミルで処理し、均一状態に仕上げて潤滑剤組成物を得た。
(実施例2)
上記アルミニュウムコンプレックスグリース(市販品)(比較例2)に、フッ素化リン酸カルシウムが5質量%となるように加えて、実施例1と同様にして潤滑剤組成物を得た。
(実施例3)
上記リチウムコンプレックスグリース(市販品)(比較例3)に、フッ素化リン酸カルシウムが5質量%となるように加えて、実施例1と同様にして潤滑剤組成物を得た。
(実施例4)
上記ナトリウムテレフタラメートグリース(市販品)(比較例4)に、フッ素化リン酸カルシウムが5質量%となるように加えて、実施例1と同様にして潤滑剤組成物を得た。
(実施例5)
上記クレイグリース(市販品)(比較例5)に、フッ素化リン酸カルシウムが5質量%となるように加えて、実施例1と同様にして潤滑剤組成物を得た。
(実施例6)
上記リチウム石けんグリース(市販品)(比較例6)に、フッ素化リン酸カルシウムが5質量%となるように加えて、実施例1と同様にして潤滑剤組成物を得た。
(実施例7)
上記フッ素グリース(市販品)(比較例7)に、フッ素化リン酸カルシウムが5質量%となるように加えて、実施例1と同様にして潤滑剤組成物を得た。
【0019】
(比較例1〜7)
上記の如く、フッ素化リン酸カルシウムを加える前の各グリースの市販品を用いた。
【0020】
(試験)
実施例1〜7、比較例1〜7について、その性能を比較するために下記の試験を行った。
(1)ちょう度:JIS K2220(ASTM D1403)に規定するグリースの性状のちょう度について、混和ちょう度(25℃、60W)を測定した。
ちょう度は、数値の小さいものが、粘ちょう性が高いことを示している。
(2)薄膜加熱試験: この高温薄膜試験は、JIS G3141に規定するSPCC-SB鋼鈑に各実施例、各比較例を横70mm、縦50mm、厚さ0.5mmに均一に塗布して、140℃の恒温槽中に100時間放置した後の質量変化〔質量の減少量(蒸発量)を%で表示〕の測定及び外観(グリースの状態)を記録した。
実施例7及び比較例7では、いずれも殆ど蒸発しないために、測定を行わなかった。
また、実施例2、6及び比較例2、6については、いずれも120℃の恒温槽中に100時間放置した後の質量変化〔質量の減少量(蒸発量)を%で表示〕の測定及び外観(グリースの状態)を記録した。(表1、表2において*印を付して表わしている。)
(3)シェル式四球極圧試験:ASTM D2596に従い、下記条件で四球式試験を行い、100kgfの荷重下でのボールの摩耗痕径(mm)を求めた。
条件:回転数; 1770±60rpm、
時 間; 10秒、
温 度; 室温
【0021】
(試験結果)
実施例1〜7、比較例1〜7についての試験の結果を表1、表2に示す。
【0022】
(考察)
表1、表2を比較してみると、実施例のものでは各比較例に対して、いずれもちょう度が低くなって硬くなっており、特に実施例4,7において変化が大きくなっている。また、薄膜加熱試験による蒸発量において、実施例のものでは各比較例に対していずれも少なくなっており、高温における安定性が高くなっていることが判るし、変色の程度も小さい。さらに、シェル式四球極圧試験において、摩耗痕径も大幅に減少し耐摩耗性において大幅な向上が見られ、特に実施例1,6における変化が大きい。また、フッ素グリースにフッ素化リン酸カルシウムを添加したものでも、摩耗痕径を低下させることができる。
【0023】
【表1】

【0024】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐熱・耐摩耗性向上剤としてフッ素化リン酸カルシウムを含有することを特徴とする潤滑剤組成物。
【請求項2】
全組成物に対して0.1〜60質量%のフッ素化リン酸カルシウムを含む請求項1に記載の潤滑剤組成物。
【請求項3】
潤滑剤組成物中には潤滑油が含まれている請求項1または2に記載の潤滑剤組成物。
【請求項4】
上記潤滑油が、鉱物油、合成油、動植物油の少なくとも1種である請求項3に記載の潤滑剤組成物。
【請求項5】
潤滑剤組成物中には半固体状潤滑剤が含まれている請求項1〜4のいずれかに記載の潤滑剤組成物。
【請求項6】
上記半固体状潤滑剤が、鉱物油、合成油、動植物油の少なくとも1種に、ウレア化合物、アルカリ金属石けん、アルカリ金属複合石けん、アルカリ土類金属石けん、アルカリ土類金属複合石けん、アルカリ金属スルフォネート、アルカリ土類金属スルフォネート、アルミニウム石けん、アルミニウム複合石けん、テレフタラメート金属塩、ポリテトラフルオロエチレン、シリカエアロゲル、クレイの少なくとも1種の増ちょう剤を含有するものである請求項5記載の潤滑剤組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の潤滑剤組成物を潤滑剤として使用している軸受装置、直動装置、継手装置または歯車装置。

【公開番号】特開2011−21150(P2011−21150A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−169093(P2009−169093)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000186913)昭和シェル石油株式会社 (322)
【Fターム(参考)】