説明

炭化珪素の研磨液及びその研磨方法

【課題】
本発明は、熱的、化学的に極めて安定で、効率的な研磨処理が極めて困難な炭化珪素を、非常に高速に平坦化できる研磨処理技術を提供する。
【解決手段】本発明は、pH6.5以上で、二酸化マンガンの粒子が懸濁された懸濁液からなる炭化珪素の研磨液である。また、その炭化珪素の研磨液は、二酸化マンガンとして存在できる範囲の酸化還元電位とした水溶液中に二酸化マンガンの粒子が懸濁された物が好ましい。そして、その酸化還元電位Vは、pHを変数としたV、pHの関係式;1.014−0.0591pH≦V≦1.620−0.0743pHの範囲であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化珪素の研磨技術に関し、特に二酸化マンガンの粒子を研磨材として用いる炭化珪素の研磨液及び研磨方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、パワーエレクトロニクス半導体や白色LEDの基板材料として、炭化珪素(SiC)や窒化珪素(Si)が注目されている。これらの基板材料は、硬度が非常に高く、難削材料として知られている。そのため、エピタキシャル成長をさせるための基板を作製する場合、高い面精度を実現するため、長時間の研磨処理を行って、基板表面の平坦化を行うことが一般的である。
【0003】
このような研磨処理においては、シリコン半導体基板の研磨に使用されるシリカ(例えば、特許文献1参照)や、炭化珪素や窒化珪素よりも硬度が高いダイヤモンド微粒子などが研磨材として用いられている(例えば、特許文献2参照)。また、酸化チタンや酸化セリウムに光照射して化学的反応を利用した研磨方法などが提案されている。しかしながら、このような従来の研磨処理では、被研磨物である炭化珪素や窒化珪素の材料硬度が高すぎるため、研磨処理に数十時間を要しているのが現状である。
【0004】
また、炭化珪素の基板を研磨する技術として、二酸化マンガン(MnO)を研磨材として使用することが知られている(例えば、特許文献3、4参照)。これらの先行技術では、二酸化マンガンよりも研磨能力が高いとされている三酸化二マンガンを利用するため、二酸化マンガンを焼成等して三酸化二マンガンを二酸化マンガンの粒子表面に形成し、炭化珪素を研磨するようにしている。この先行技術のような三酸化二マンガンを利用する研磨処理によれば、炭化珪素を比較的高速に研磨することができるが、さらなる高速の研磨処理が可能となる研磨技術を強く要望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−166329号公報
【特許文献2】特開2009−179726号公報
【特許文献3】特開平10−72578号公報
【特許文献4】特開平10−60415号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のような事情を背景になされたもので、ダイヤモンドに次ぐ硬度を有し、熱的、化学的に極めて安定で、効率的な研磨処理が極めて困難な炭化珪素を、非常に高速に平坦化できる研磨処理技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、炭化珪素の研磨処理に用いる酸化マンガンの利用技術について鋭意検討したところ、酸化マンガンの中の二酸化マンガンの粒子により炭化珪素を研磨すると、飛躍的に研磨効率が向上することを見出し、本発明を想到するに至った。
【0008】
本発明は、pH6.5以上で、二酸化マンガンの粒子が懸濁された懸濁液からなることを特徴とする炭化珪素の研磨液に関する。
【0009】
本発明に係る炭化珪素の研磨液は、二酸化マンガンとして存在できる範囲の酸化還元電位とした水溶液中に二酸化マンガンの粒子を懸濁させることが好ましい。
【0010】
マンガン(Mn)は、その酸化還元反応を示す相平衡図(電位−pH図:図1参照)<Atlas
of Electrochemical Equilibria in Aqueous Solutions, Marcel Pourbaix, Pergamon
Press Cebelcor(1996)>から知られているように、pHとその酸化還元電位値により、二酸化マンガン(MnO)、三酸化二マンガン(Mn)や、四酸化三マンガン(Mn)、過マンガン酸イオン(MnO)となる。従来の二酸化マンガンを使用した研磨方法においては、二酸化マンガン単独の状態ではなく、焼成や化学反応などにより、三酸化二マンガン(Mn)や過マンガン酸イオン(MnO)と二酸化マンガンとが混合した状態で、研磨処理が行われていた。特に、特許文献3では、積極的に三酸化二マンガン(Mn)を形成しうる酸化還元電位やpHに調整することにより、炭化珪素を研磨するものである。これに対して、本発明者らの研究によると、意図的に二酸化マンガンが存在する状態に維持した研磨液により炭化珪素を研磨すると、その研磨能率が飛躍的に向上することが判明したのである。
【0011】
この二酸化マンガンが安定して存在できる範囲としては、マンガン(Mn)の酸化還元反応を示す相平衡図(電位−pH図)より特定できる。本発明では、pH6.5以上において二酸化マンガンを安定的に存在させる酸化還元電位値Vとしては、酸化還元電位値V、pHの関係式による1.014−0.0591pH≦V≦1.620−0.0743pHの式を満足することが好ましい。
【0012】
そして、本発明では、二酸化マンガンが安定して存在できる範囲におけるpHは、pH6.5以上としている。本発明者らの研究によると、二酸化マンガンの粒子により炭化珪素を研磨する場合、その研磨液のpHが大きいほどその研磨能力が向上することを突き止めている。本発明におけるpHは、pH6.5以上であることが好ましく、より好ましくはpH8以上、さらに望ましくはpH10以上である。
【0013】
本発明における二酸化マンガンは、その製造方法に特に制限はない。いわゆる電解法と呼ばれる、マンガン(Mn)イオンを含む電解質溶液を電気分解して陽極に酸化物を形成して製造する方法や、水溶性マンガン(Mn)塩を中和して炭酸塩などで沈殿させて、この沈殿物を酸化するという化学的方法などの製法により得られた二酸化マンガンを用いることができる。好ましくは、電解法の陽極析出法により製造した二酸化マンガンは、その析出粒子が強固であるため、好ましい製造方法といえる。本発明における二酸化マンガンは、その平均粒径が0.1〜1μmであることが好ましい。平均粒径が1μmを超えると、研磨材が沈降しやすく研磨材スラリーの濃度ムラを生じたり、研磨不良を発生させる傾向となるからである。尚、この平均粒径は、レーザ回折・散乱法粒子径分布測定法により特定するもので、平均粒径は、レーザ回折・散乱法粒子径分布測定の体積基準の積算分率における50%径D50である。
【0014】
本発明に係る炭化珪素の研磨液は、所定の平均粒径の二酸化マンガンを水に懸濁させることで実現できる。水に二酸化マンガンを懸濁した懸濁液(いわゆる研磨材スラリー或いは研磨液)は、必要に応じて、湿式粉砕処理を行うことができる。この懸濁液の二酸化マンガン濃度は、1wt%〜20wt%にすることが好ましい。また、懸濁液には、水酸化カリウム、アンモニア、塩酸等を添加してpH調整を行うことができる。そして、酸化還元電位は、過酸化水素水等で調整することができる。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明によれば、研磨処理が極めて困難とされていた炭化珪素を、非常に高速に平坦化する研磨処理が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】マンガン(Mn)の酸化還元反応を示す相平衡図(電位−pH図)
【図2】実施例1の被研磨面のAFM測定写真。
【図3】比較例3の被研磨面のAFM測定写真。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の最良の実施形態について、実施例及び比較例を参照して説明する。
【0018】
実施例1:この実施例1では、硫酸マンガン水溶液の電気分解により、陽極上に二酸化マンガンを析出させ、この析出物を採取して、ピンミル(パウレック社製アトマイザー)にて解砕した後、ジェットミル(日本ニューマチック社製、PJM−200SP)にて乾式粉砕処理をして、平均粒径0.5μmの二酸化マンガン粉を得た。この平均粒径は、レーザ回折散乱式粒度分布計(堀場製作所社製、LA−920)により測定した。そして、スラリー濃度10wt%となるように、純水に二酸化マンガン粉を分散させて、二酸化マンガンスラリーを準備した。この実施例1の二酸化マンガンスラリーは、pH6.7で、酸化還元電位値が0.832Vであった。
【0019】
この実施例1の二酸化マンガンスラリーを用いて、次のような研磨試験を行った。研磨対象としては、直径2インチのSiC(炭化珪素)の単結晶基板を用いた。研磨方法は、CMP用片面研磨機(定盤直径25cm、回転数90rpm)に、不織布パッド(ニッタ・ハース(株)製、SUBA−400)を貼り、18.3kPa(187gf/cm)の荷重を付加し、12時間の研磨を行った。この12時間の研磨中は、研磨材スラリーを循環しながら行った。そして、その研磨前の基板重量と研磨後の基板重量とを測定し、研磨量を算出した。下記に示す比較例1の研磨量を10として基準とした場合、この実施例1の研磨量は、その五倍の50という値となった。(表1参照)。
【0020】
実施例2:実施例1と同じ二酸化マンガン粉を用いて、スラリー濃度10wt%となるように、純水に二酸化マンガン粉を分散させて、水酸化カリウムを添加してpH9.0で、酸化還元電位値が0.733Vの二酸化マンガンスラリーを作製した。そして、実施例1と同条件で研磨試験を行い、研磨量を調査した。その結果を表1に示す。
【0021】
実施例3:実施例1と同じ二酸化マンガン粉を用いて、スラリー濃度10wt%となるように、純水に二酸化マンガン粉を分散させて、水酸化カリウムを添加してpH10.1で、酸化還元電位値が0.688Vの二酸化マンガンスラリーを作製した。そして、実施例1と同条件で研磨試験を行い、研磨量を調査した。その結果を表1に示す。
【0022】
実施例4:実施例1と同じ二酸化マンガン粉を用いて、スラリー濃度10wt%となるように、純水に二酸化マンガン粉を分散させて、水酸化カリウムを添加してpH11.9で、酸化還元電位値が0.561Vの二酸化マンガンスラリーを作製した。そして、実施例1と同条件で研磨試験を行い、研磨量を調査した。その結果を表1に示す。
【0023】
比較例1:比較のために、市販のコロイダルシリカ(株式会社フジミインコーポレーテッド社製、Compol80、平均粒径70nm〜80nm)を用いて、実施例1と同様の研磨試験を行った。このコロイダルシリカを、スラリー濃度10wt%となるように、純水に分散させてコロイダルシリカスラリーを作製した。そして、実施例1と同条件で研磨試験を行い、研磨量を調査した。この比較例1の研磨量を10(無単位)とし、各実施例、各比較例の研磨量を数値化した。その結果を表1に示す。
【0024】
比較例2:この比較例2では、実施例1の二酸化マンガン粉(平均粒径0.5μm)を850℃で焼成(1時間)したもので研磨試験を行った。焼成後の二酸化マンガン粉の結晶構造をX線回折により同定したところ、三酸化二マンガン(Mn)であることが確認された。また、焼成後にビーズミルにより、平均粒径0.4μmになるまで粉砕処理を行った。そして、この粉砕処理後の三酸化二マンガン粉をスラリー濃度10wt%となるように、純水に分散させて、三酸化二マンガンスラリーを作製した。この比較例2の三酸化二マンガンスラリーは、pH5.9で、酸化還元電位値が0.604Vであった。このスラリーを用いて、実施例1と同条件で研磨試験を行い、研磨速度を調査した。その結果を表1に示す。
【0025】
比較例3:比較例3では、実施例1と同様にして得られた二酸化マンガン粉(平均粒径0.5μm)を水に分散させてスラリーとし、このスラリーに塩酸を添加してpH4.5とした。この比較例3の二酸化マンガンスラリーの酸化還元電位値0.900Vであった。この酸化還元電位値VとpHは、図1に示すマンガン(Mn)の酸化還元反応を示す相平衡図(電位−pH図)によれば、スラリー中の粒子は、二酸化マンガンである。尚、この比較例3の酸化還元電位値とpHは、V、pHの関係式よる1.014−0.0591pH≦V≦1.620−0.0743pHの式を満足するが、pHはpH6.5よりも低い値である。比較例3の研磨試験結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
表1で示すように、実施例の場合、従来のコロイダルシリカなどに比べ、同じ時間当たりの研磨量が非常に大きいことが判明し、研磨速度が非常に速いことが分かった。また、スラリーpH値が大きくなるほど、研磨量(研磨速度)が向上することも判明した。また、比較例3に示すように、pH値が本発明の範囲外になると、その研磨能率が低下する傾向が確認された。
【0028】
図2には、実施例1における研磨試験後の基板の被研磨面を、AFM(原子間力顕微鏡:Veeco社製 NanoscopeIIIa)により表面粗さを測定した結果を示す。実施例1では被研磨面が非常に平滑に仕上げられており、その表面粗さはRa0.281nmであった。これに対して図3に示す比較例3の被研磨面では、実施例1に比較してその表面がかなり粗い状態であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、パワーエレクトロニクス半導体や白色LEDの基板材料として用いられている炭化珪素(SiC)を極めて効率的に研磨加工することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
pH6.5以上で、二酸化マンガンの粒子が懸濁された懸濁液からなることを特徴とする炭化珪素の研磨液。

【請求項2】
二酸化マンガンとして存在できる範囲の酸化還元電位とした水溶液中に二酸化マンガンの粒子が懸濁された請求項1に記載の炭化珪素の研磨液。

【請求項3】
酸化還元電位Vは、pHを変数としたV、pHの関係式;
1.014−0.0591pH≦V≦1.620−0.0743pHの範囲である請求項1または2記載の炭化珪素の研磨液。

【請求項4】
請求項1乃至3のいずれか1項に記載の炭化珪素の研磨液を用いた炭化珪素の研磨方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−122102(P2011−122102A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−282083(P2009−282083)
【出願日】平成21年12月11日(2009.12.11)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(000005968)三菱化学株式会社 (4,356)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】