説明

炭素材料の製造方法

【課題】炭素材料の製造方法において、得られる炭素材料の構造の製造過程における歪みや崩壊を最小限に抑制し、安定した品質の炭素材料の供給を可能としうる手段を提供する。
【解決手段】本発明の炭素材料の製造方法は、M(OH)R(式中、Mは中心金属であり、Rは有機配位子である)で表される金属錯体の三次元的多孔性骨格構造を含む多孔性金属錯体を鋳型として準備する工程(第1工程)と、前記多孔性金属錯体を有機化合物と接触させて、前記多孔性金属錯体の表面に前記有機化合物の塗膜を形成する工程(第2工程)と、表面に前記有機化合物の塗膜が形成された前記金属錯体を加熱して、前記有機化合物を重合および炭化させる工程(第3工程)とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素材料は、リチウムイオン電池の負極活物質や燃料電池の水素吸蔵材料といったエネルギー貯蔵材料としての用途が、近年非常に注目されている。
【0003】
ここで例えば、リチウムイオン二次電池の負極活物質として最もよく用いられているグラファイトは、リチウムの挿入脱離により膨張収縮が発生したり、負極活物質の表面において電解液の反応が進行したりすることにより、電池寿命の低下をもたらすという課題がある。また、電池の容量特性や出力特性を向上させるという観点からも、炭素材料の構造を分子レベルで設計・合成していくことが必要であると考えられる。このような発想のもと、例えば、金属配位高分子化合物(多孔性金属錯体)を鋳型として用いて炭素材料を製造する方法が開示されている(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−143786号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されているような多孔性金属錯体を鋳型として用いることによる炭素材料の製造では、加熱によって鋳型の除去が可能となる。このため、炭素材料を安価に製造することができるという利点がある。
【0006】
そして、本発明者もまた、特許文献1に記載の手法のように多孔性金属錯体を鋳型として用いて炭素材料を製造しようと試みた。しかしながら、この手法では得られる炭素材料の構造が製造過程において歪んだり崩壊したりする場合があることが判明した。このように炭素材料の構造が歪んだり崩壊したりすると、安定した品質の炭素材料を大量に生産する際には非常に大きな課題である。
【0007】
本発明は、炭素材料の製造方法において、得られる炭素材料の構造の製造過程における歪みや崩壊を最小限に抑制し、安定した品質の炭素材料の供給を可能としうる手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の課題に鑑み鋭意研究を積み重ねた。その過程で、多孔性金属錯体としてヒドロキシ基(−OH基)を含有するものを鋳型として用いると、上記課題が解決されうることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の一形態によれば、炭素材料の製造方法であって、M(OH)R(式中、Mは中心金属であり、Rは有機配位子である)で表される金属錯体の三次元的多孔性骨格構造を含む多孔性金属錯体を鋳型として準備する工程と、前記多孔性金属錯体を有機化合物と接触させて、前記多孔性金属錯体の表面に前記有機化合物の塗膜を形成する工程と、表面に前記有機化合物の塗膜が形成された前記金属錯体を加熱して、前記有機化合物を重合および炭化させる工程とを含む製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、鋳型として用いる多孔性金属錯体にヒドロキシ基が含有されていることで多孔性金属錯体の耐水性が向上する。その結果、炭素材料の製造過程における炭素材料の構造の歪みや崩壊が最小限に抑制され、安定した品質の炭素材料の供給が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】実施例1で得られた鋳型について粉末X線回折装置により測定された回折パターンを示す図である。「洗浄前」のグラフは、エタノール洗浄前の回折パターンである。一方、「洗浄後」のグラフは、エタノール洗浄後の回折パターンである。
【図2】比較例1で得られた鋳型について粉末X線回折装置により測定された回折パターンを示す図である。「洗浄前」のグラフは、エタノール洗浄前の回折パターンである。一方、「洗浄後」のグラフは、エタノール洗浄後の回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明の好ましい実施形態を説明するが、本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきであり、以下の形態のみに制限されない。
【0013】
本発明の一形態は、下記化学式1:
【0014】
【化1】

【0015】
式中、Mは中心金属であり、Rは有機配位子である、
で表される金属錯体の三次元的多孔性骨格構造を含む多孔性金属錯体を鋳型として準備する工程(以下、「第1工程」とも称する)と、前記多孔性金属錯体を有機化合物と接触させて、前記多孔性金属錯体の表面に前記有機化合物の塗膜を形成する工程(以下、「第2工程」とも称する)と、表面に前記有機化合物の塗膜が形成された前記金属錯体を加熱して、前記有機化合物を重合および炭化させる工程(以下、「第3工程」とも称する)とを含む、炭素材料の製造方法が提供される。以下、工程順に詳細に説明する。
【0016】
[第1工程]
第1工程では、金属錯体の三次元的多孔性骨格構造を含む多孔性金属錯体を鋳型として準備する。この多孔性金属錯体は、上述した化学式1で表される金属錯体の三次元的多孔性骨格構造を含む。ここで、「鋳型」とは、多孔性金属錯体の有する三次元的多孔性骨格構造が、最終的に得られる炭素材料に転写されることによる呼称である。
【0017】
化学式1で表される金属錯体において、Mは中心金属である。本発明の一実施形態において、Mは、3価または4価の金属からなる群から選択される金属である。後述するように、有機配位子(R)は通常、中心金属Mとの配位結合によって2価を占める。そして、上述した化学式1の金属錯体では、これに加えてヒドロキシ基(−OH基)が中心金属Mに対して結合することから、Mは3価以上の金属であるとよいのである。なお、Mが4価の金属であると、化学式1の金属錯体により形成される多孔性金属錯体における三次元的多孔性骨格構造の細孔を比較的小さいサイズに制御することが可能となる。また、金属錯体は、後述するように最終的には炭素材料とは分離されて除去されるが、金属錯体に含まれる中心金属Mは微量ながら最終生成物である炭素材料中に残存しうる。このため、あえて所望の金属を炭素材料中に残存させることを意図して、そのような金属を金属錯体の中心金属Mとして採用することもできる。かような形態によれば、得られた炭素材料が種々の用途に用いられた際に、残存している微量の金属に触媒作用を発揮させるといったことも可能となる。このようにして、複合的な性能を有する炭素材料の製造を図ってもよい。そして、上述したような知見に基づいて、中心金属Mの種類は適宜決定されうる。さらに、具体的には、Mは、Al、Fe、V、Cr、GaおよびInからなる群から選択される金属であることが好ましい。かような形態は、炭素材料を高純度かつ高効率で安価に大量合成するという点で好ましい。なお、金属錯体における中心金属Mは通常1種であるが、場合によっては可能であれば、2種以上の中心金属Mを含む金属錯体が用いられてもよい。
【0018】
化学式1で表される金属錯体において、Rは有機配位子である。本発明の一実施形態において、Rは、2つ以上の配位サイトを有し、中心金属Mの原子またはイオンに配位して架橋構造を形成しうる化合物である。有機配位子Rの具体例としては、例えば、trans−エチレンジカルボン酸、ベンゼンジカルボン酸(例えば、1,4−ベンゼンジカルボン酸)、ベンゼントリカルボン酸(例えば、1,3,5−ベンゼントリカルボン酸)、ナフタレンジカルボン酸、ビフェニルジカルボン酸、イミダゾールジカルボン酸、トリエチレンジアミンなどが挙げられる。ただし、これらの形態のみには限定されず、本技術分野において公知のその他の形態もまた、同様に採用されうる。用いられる有機配位子の種類を選択することで、金属錯体の三次元的多孔性骨格構造における細孔径を制御することができる。例えば、有機化合物における2つのカルボキシ基の間や2つのアミノ基の間の距離が短いほど、多孔性金属錯体における細孔径が相対的に小さくなる。なお、金属錯体における有機配位子Rは通常1種であるが、場合によっては可能であれば、2種以上の有機配位子Rを含む金属錯体が用いられてもよい。
【0019】
本形態の製造方法において用いられる、化学式1で表される金属錯体の三次元的多孔性骨格構造を含む多孔性金属錯体は、その名のとおり多孔性である。「多孔性」の具体的な形態について特に制限はない。ただし、後述の工程において当該金属錯体と接触する有機化合物が当該金属錯体の細孔の内部にまで導入される程度のサイズの細孔を有するものであることが好ましい。かような観点から、多孔性金属錯体の細孔径は0.4nm程度以上であることが好ましい。
【0020】
なお、本形態において用いられる金属錯体の具体例としては、例えば、Al(OH)(EDC)(EDC=trans−エチレンジカルボン酸)や、Al(OH)(BDC)(BDC=1,4−ベンゼンジカルボン酸)などが挙げられる。ただし、これらの形態のみには限定されず、上述の説明および技術常識を参照して、その他の形態もまた、同様に採用されうる。
【0021】
また、準備された多孔性金属錯体に対して、50〜250℃程度、好ましくは70〜200℃の温度条件下にて数時間程度の真空乾燥処理を施しておいてもよい。かような処理を施すことで、後述する第2工程における有機化合物による塗膜の形成がより効率的になされうる。
【0022】
上述した多孔性金属錯体は、ヒドロキシ基(−OH基)を有する。このヒドロキシ基が、当該多孔性金属錯体の優れた耐水性に寄与しているのではないかと考えられる。完全なメカニズムはいまだ不明であるが、ヒドロキシ基が存在することで水分との親和性が向上し、水分を可逆的に吸着−脱離することができるものと考えられる。一方、ヒドロキシ基を有しない多孔性金属錯体(例えば、特許文献1に記載のもの)は、水分と接触するともともとの三次元的多孔性骨格構造が歪んだり崩壊してしまう場合がある。本発明者は検討を進める中で、ヒドロキシ基を有しない多孔性金属錯体をエタノール(極微量の水分を含有)で洗浄することを試みた。そうしたところ、洗浄前には2000m/g以上あった多孔性金属錯体のBET比表面積が、20m/g以下にまで低下することが判明した。そして、洗浄後に乾燥処理を施して水分を除去しても、この比表面積の低下が回復することは確認されなかった。このことから、エタノール洗浄によって多孔性金属錯体の三次元的骨格構造が歪み、または崩壊していることは明らかである。そして、その原因としては、エタノールに含まれる水分が影響しているのではないかと考えられた。これに対し、ヒドロキシ基を有する本実施形態の多孔性金属錯体ではかような比表面積の低下は確認されなかった。このため、多孔性金属錯体の耐水性の向上にはヒドロキシ基の存在が大きく寄与しているものと考えられたのである。
【0023】
上述した多孔性金属錯体の入手経路については特に制限はない。商業的に入手可能な商品が存在する場合には、当該商品を用いてもよい。一方、可能であれば、自ら調製した多孔性金属錯体を用いて本形態の製造方法を実施することも可能である。
【0024】
多孔性金属錯体を自ら調製する手法としては、例えば、文献(F. Millange et al., Chem. Commun., 2002, 822-823)に記載の手法が例示されるが、その他の公知の情報を参照してももちろんよい。ここで、上記文献に記載の手法について簡単に説明する。まず、中心金属Mを含有する水溶性の塩(中心金属MがCrのときには、例えば、CrIII(NO・xHOなど)と、上述した有機配位子(例えば、1,4−BDC)と、強酸(結晶性の金属錯体を得るのに必須である;例えば、フッ化水素)とを、過剰量の水に添加し、混合する。次いで、反応系のpHを1未満の強酸性条件に維持しつつ、反応系を180〜250℃程度の温度に加熱し、数時間〜数日間保持する。なお、強酸性条件下で反応が進行することから、反応容器としては容器の内表面がテフロン(登録商標)などの耐酸性樹脂でライニングされたものを用いることが好ましい。
【0025】
続いて、上記で得られた固体生成物を回収し、常法(濾過、洗浄など)に従って精製する。この段階で得られる生成物には有機配位子として添加した化合物が遊離状態で残存している場合がある。このため、有機配位子を除去できる程度の温度条件(例えば、250〜350℃程度)にて数〜数十時間程度、当該生成物を管状炉内で仮焼して、有機配位子として添加した化合物の残存物を除去することができる。その結果、上述した化学式1で表される金属錯体が得られる。例えば、上述の原料を用いた場合には、CrIII(OH){OC−C−CO}の構造を有する金属錯体が得られる。その他の組成を有する金属錯体についても、上記文献をはじめとして、従来公知の知見を適宜参照しつつ、自ら調製することが可能である。
【0026】
[第2工程]
第2工程では、上記の第1工程で準備した多孔性金属錯体を有機化合物と接触させる。これにより、多孔性金属錯体の表面に有機化合物の塗膜を形成する。
【0027】
第2工程において用いられる「有機化合物」の具体的な形態について特に制限はなく、多孔性金属錯体の細孔の内部に導入されることができ、かつ、後述する重合・炭化工程において重合および炭化して炭素材料を提供することができる化合物であればよい。かような有機化合物を用いることで、多孔性金属錯体の細孔内において細孔の形状に従って重合物が形成され、引き続き炭化されることによって、細孔を有する高比表面積の多孔質炭素材料を得ることができる。
【0028】
また、有機化合物は、多孔性金属錯体の細孔の内部にまで(好ましくは容易に)導入されうるように、液化または気化できるものであることが好ましい。有機化合物を液化させる手法としては、例えば、融点以上の温度に加熱する方法や溶媒に溶解させる方法が採用されうる。さらに、有機化合物を気化させる方法としては、例えば、沸点以上の温度に加熱する方法や蒸気雰囲気を利用する方法などが採用されうる。
【0029】
上述したような条件を満たす「有機化合物」の具体例としては、例えば、フルフリルアルコール、アクリロニトリル、酢酸ビニル、スチレン、ブタジエン、イソプレン、スクロースなどが挙げられる。ただし、かような形態のみには限定されず、その他の有機化合物もまた、同様に採用されうる。
【0030】
第2工程では、上記で準備した多孔質金属錯体を上述した有機化合物と接触させる。これにより、多孔性金属錯体の表面に有機化合物の塗膜を形成する。なお、多孔性金属錯体は通常、内部に多数の「細孔」を有している。このため、本願における「多孔性金属錯体の表面に塗膜を形成する」とは、多孔性金属錯体の内部に存在する1つ1つの細孔の内表面にも有機化合物の塗膜が形成されることを意味する。
【0031】
多孔性金属錯体を有機化合物と接触させる手法について特に限定はなく、例えば、液状の有機化合物を用いる場合には、当該有機化合物中に多孔性金属錯体を浸漬して、当該有機化合物を錯体の細孔内部にまで十分に浸入させればよい。また、気体状の有機化合物を用いる場合には、当該有機化合物の蒸気雰囲気中に多孔性金属錯体を置くことによって、当該有機化合物を当該錯体の細孔内部にまで浸入させることが可能である。なお、有機化合物を多孔性金属錯体の細孔内部へ導入する際には、当該多孔性金属錯体を予め減圧にしておくことが好ましい。
【0032】
第2工程では、上述したように多孔性金属錯体を有機化合物と接触させた後、多孔性金属錯体の表面に存在する過剰な有機化合物を除去することが好ましい。この際、エタノール、メタノール等の低級脂肪族アルコールを用いて多孔性金属錯体を洗浄することが好ましい。これにより、多孔性金属錯体の表面に存在する過剰な有機化合物が確実に除去されうる。洗浄処理の具体的な形態について特に制限はなく、所望の量の有機化合物が多孔性金属錯体の表面に残存するように、洗浄条件が適宜設定されうる。上述したように、本実施形態の多孔性金属錯体は、ヒドロキシ基を有するために耐水性に優れると考えられている。したがって、上述したように低級脂肪族アルコール(通常は極微量の水分を含有している)を用いて洗浄する工程を含む実施形態は、本発明において好ましい実施形態の1つである。しかしながら、本発明の炭素材料の製造方法において、鋳型として用いられる多孔性金属錯体が水分と接触する可能性があるのはかような特定の溶媒を用いた洗浄工程のみではない。金属錯体の準備から、後述する重合・炭化工程までには洗浄工程以外の他の工程においても、金属錯体は水分と接触する可能性がある。そして、洗浄工程以外にも水分と接触する可能性が残っている限り、ヒドロキシ基を有する多孔性金属錯体を鋳型として用いる本発明の炭素材料の製造方法の優位性は同様に存在するのである。このため、上記洗浄工程を含む実施形態は、本発明において好適な実施形態の1つであるとはいえるが、必ずしも当該工程を実施することが本発明において必須とされるわけではない。
【0033】
[第3工程]
第3工程では、上記の第2工程で表面に有機化合物の塗膜が形成された金属錯体を加熱することにより、当該有機化合物を重合および炭化させる。これにより、最終生成物である炭素材料が製造される。
【0034】
金属錯体を加熱するための具体的な手法やその条件について特に制限はない。本工程の目的である「有機化合物の重合および炭化」が達成されうる限り、任意の手法・加熱条件が採用されうる。
【0035】
加熱の形態の一例としては、例えば、重合および炭化の2段階で反応を進行させて、炭素材料を製造する手法が例示される。かような形態では、まず、金属錯体の表面に塗膜として存在する有機化合物の重合反応が進行する程度の温度(比較的低い温度)で加熱処理を行う。これにより、有機化合物の重合反応を進行させて、後の炭化工程における炭化がより効果的に行われるようになる。なお、重合反応の際の加熱条件の一例としては、例えば、60〜200℃程度の温度で1〜48時間程度の加熱といった条件が例示される。なお、重合反応のための加熱の際の雰囲気は、塗膜を形成している有機化合物を気化させた雰囲気や、不活性ガス雰囲気(アルゴン、窒素など)であることが好ましい。
【0036】
上述した形態では、続いて、炭化反応を進行させるために、比較的高い温度で加熱処理を施す。これにより、重合物として存在する有機化合物の炭化が進み、最終的に目的生成物である炭素材料が得られるのである。炭化反応を進行させるためには、例えば、200〜1200℃程度、好ましくは500〜1000℃程度の温度で1〜48時間程度加熱すればよい。炭化反応を進行させるための加熱の際の雰囲気は、不活性ガス雰囲気(アルゴン、窒素など)であることが好ましい。なお、場合によっては、上述した炭化反応によって得られた生成物に対して、不活性ガスをキャリアガスとしてプロピレン等の炭化水素を接触させ、上記と同様の加熱条件下で加熱することによって、追加の気相炭化処理を施してもよい。
【0037】
以上の工程により、多孔質構造を有する炭素材料が得られる。そして、得られた炭素材料の有する多孔質構造は、鋳型として用いた多孔性金属錯体が有していた三次元的多孔性骨格構造が転写されたものである。なお、鋳型として用いた多孔性金属錯体については、上述した第3工程においてその骨格が分解し、配位子の一部は上述の重合・炭化に関与する可能性もある。また、多孔性金属錯体に含まれていた金属成分(主として、中心金属M)については、沸点が低いものは炭化処理時に気化するため、別途の除去処理は不要である。一方、得られた炭素材料中に金属成分が残存しうる場合には、酸を用いた処理によって、当該金属成分を容易に溶解・除去することができる。また、用途によっては、得られた炭素材料中に残存している金属を、そのまま触媒などとして用いることができる。さらには、ある炭素材料が本発明の技術的範囲に属するものであるか否かを判断する目的で、極微量残存する金属成分(中心金属M由来のもの)の存在を指標として用いてもよい。
【0038】
上述したように、本実施形態の製造方法によれば、炭素材料の製造過程における炭素材料の構造の歪みや崩壊が最小限に抑制され、安定した品質の炭素材料の供給が可能となる。そしてそのメカニズムとして、鋳型として用いる多孔性金属錯体にヒドロキシ基が含有されていることで多孔性金属錯体の耐水性が向上していることが寄与することが示唆された。
【0039】
以上のように、本実施形態の製造方法により得られる炭素材料は、鋳型として用いられる多孔性金属錯体が耐水性に優れる結果、当該錯体の有する三次元的多孔性骨格構造が忠実に反映されるように転写された三次元構造を有することになる。この事実は、本実施形態の製造方法により得られる炭素材料の、粉末X線回折装置により測定される回折パターンにおける第1ピークの2θの値を用いて定量的に表現することが可能である。すなわち、上記炭素材料の、粉末X線回折装置により測定される回折パターンにおける第1ピークの2θの値は、鋳型として用いられる多孔性金属錯体の第1ピークの2θの値に対して、±1°の範囲に存在することが好ましく、±0.5°の範囲に存在することがより好ましく、±0.2°の範囲に存在することが特に好ましい。
【0040】
本実施形態の製造方法により得られた炭素材料は、炭素材料の用途として従来公知の種々の用途に用いられうる。例えば、活物質として、電池(例えば、リチウムイオン二次電池)やキャパシタといった電気化学デバイスに用いられうる。また、水素やメタン等の高付加価値のガスを貯蔵するためのガス貯蔵材料として用いることもできる。これらのいずれの用途に用いられる場合であっても、特に工業的な大量生産を念頭に置いた場合には、得られる炭素材料の構造が均一に安定したものであることが好ましい。この点で、所望の構造を有する炭素材料が安定的に製造されうる本実施形態の製造方法は、従来技術に対して有利な効果を奏するものである。なお、本実施形態で鋳型として用いられる金属錯体は、化合物自体としては公知である(上記文献(Chem. Commun.))。一方、金属錯体を鋳型として用いて有機化合物を炭化させて炭素材料を製造する技術も特許文献1により公知である。しかしながら、これらの公知の事実どうしを組み合わせたときに本発明のような作用効果が得られるということは、本願出願時における当業者であっても予測することができなかった顕著なものである。
【実施例】
【0041】
本発明の作用効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明する。ただし、本発明の技術的範囲が以下の実施例のみに制限されるわけではない。
【0042】
[実施例1]
文献(F. Millange et al., Chem. Commun., 2002, 822-823)に記載の手法に従って、Al(OH)(EDC)(EDC=trans−エチレンジカルボン酸)で表される三次元的多孔性骨格構造を含む多孔性金属錯体を調製し、以下ではこれを鋳型として用いた。ここで、図1に、得られた鋳型について粉末X線回折装置により測定された回折パターンを示す。「洗浄前」とあるのがこの段階の鋳型の回折パターンである。図1に示すように、2θ=10.4°付近に鋭いピーク(第1ピーク)が観察された。なお、調製された鋳型をエタノールで洗浄した後に測定された回折パターンを図1に併せて示す。「洗浄後」とあるのがエタノールで洗浄した後の回折パターンである。図1に示すように、本実施例で鋳型として準備された多孔性金属錯体では、エタノール洗浄を経た後であっても、洗浄前とほとんど同一の回折パターンが観察された。
【0043】
上記で準備した鋳型を80℃にて3時間真空乾燥した。その後、当該鋳型の細孔の内部にまで浸入するのに十分な量のフルフリルアルコールを加え、攪拌しながら保持した。次いで、エタノールを用いて鋳型を洗浄し、当該鋳型の表面(細孔の内部の表面も含む)に残存している過剰なフルフリルアルコールを除去した。その後、150℃にて熱処理を行ってフルフリルアルコールを重合させ、次いでアルゴン雰囲気中で800℃にて熱処理することによって重合物を炭化させた。さらに、石英製反応管中でプロピレン(キャリアガスN)を反応管に流しながら800℃にて気相炭化を行い、炭素材料を得た。
【0044】
得られた炭素材料は、鋳型として用いた多孔性金属錯体の三次元的多孔性骨格構造が転写された構造を有する。これを確認すべく、得られた炭素材料について粉末X線回折装置により回折パターンを測定したところ、図1に示すのとほとんど同一の(2θ=10.4°付近に鋭いピーク(第1ピーク)を有する)回折パターンが観察された。
【0045】
[実施例2]
アルゴン雰囲気中での熱処理の温度を1000℃とし、その後の気相炭化を行なわなかったこと以外は、上述した実施例1と同様の手法により、炭素材料を製造した。得られた炭素材料について実施例1と同様にX線回折パターンを測定したところ、同様の結果が得られた。
【0046】
[実施例3]
鋳型として、Al(OH)(EDC)に代えてAl(OH)(BDC)(BDC=1,4−ベンゼンジカルボン酸)を用いたこと以外は、上述した実施例2と同様の手法により、炭素材料を製造した。
【0047】
上述した鋳型について、実施例1と同様にエタノール洗浄前後のX線回折パターンを測定したところ、洗浄の前後のいずれにおいても2θ=17.5°付近に鋭いピークが観察された。
【0048】
また、得られた炭素材料についても同様にX線回折パターンを測定したところ、上記と同様の結果が得られた。このため、本実施例においても、得られた炭素材料は、鋳型として用いた多孔性金属錯体の三次元的多孔性骨格構造が転写された構造を有することが示される。
【0049】
[比較例1]
特許文献1の実施例1の記載を参照しつつ、ZnO(BDC)(BDC=1,4−ベンゼンジカルボン酸)を鋳型として準備した。ここで、図2に、準備した鋳型について粉末X線回折装置により測定された回折パターンを示す。「洗浄前」とあるのがこの段階の鋳型の回折パターンである。図2に示すように、2θ=6.9°付近に鋭いピークが観察された。なお、準備した鋳型をエタノールで洗浄した後に測定された回折パターンを図2に併せて示す。「洗浄後」とあるのがエタノールで洗浄した後の回折パターンである。図2に示すように、本比較例で鋳型として準備された多孔性金属錯体では、エタノール洗浄後の回折パターンの第1ピークが2θ=19.3°にシフトしており、また、その他のピークも数多く生じたことがわかる。このことから、本比較例の多孔性金属錯体は、エタノール洗浄によってその三次元的多孔性骨格構造に歪みが生じたり、当該構造が崩壊すると考えられる。
【0050】
また、準備した鋳型についてN吸着によりBET比表面積を測定し、エタノール洗浄の前後で比較した。その結果、エタノール洗浄前には2300m/g程度あったBET比表面積が、エタノール洗浄後には17m/gにまで低下し、もはや三次元的多孔性骨格構造を維持していないことが強く示唆された。
【0051】
一方、上記で準備した鋳型を用いて、上述した実施例2と同様の手法により、炭素材料を製造した。得られた炭素材料について実施例1と同様にX線回折パターンを測定したところ、製造過程でエタノール洗浄などによって水分と接触していることから、やはり、図2に示す「洗浄後」とほとんど同一の回折パターンが確認された。このことから、エタノール洗浄などによる水分の影響を受けて三次元的多孔性骨格構造に歪み・崩壊が生じた状態の鋳型の構造が、炭素材料へと転写されたことが示唆される。
【0052】
[比較例2]
鋳型として、ZnO(BDC)に代えてCu(BTC)(BTC=1,3,5−ベンゼントリカルボン酸)を用いたこと以外は、上述した比較例1と同様の手法により、炭素材料を製造した。
【0053】
上述した鋳型について、比較例1と同様にエタノール洗浄前後のX線回折パターンを測定したところ、洗浄前には2θ=11.6°付近に鋭いピーク(第1ピーク)が観察されたのに対し、洗浄後ではこの値が2θ=43.3°にシフトし、また、その他のピークも数多く生じた。このことから、本比較例の多孔性金属錯体もまた、エタノール洗浄によってその三次元的多孔性骨格構造に歪みが生じたり、当該構造が崩壊すると考えられる。
【0054】
一方、上記で準備した鋳型を用いて、上述した比較例1と同様の手法により、炭素材料を製造した。得られた炭素材料について実施例1と同様にX線回折パターンを測定した。その結果、製造過程でエタノール洗浄などによって水分と接触していることから、やはり、上述した「洗浄後」とほとんど同一の回折パターン(2θ=43.3°に第1ピークを有し、かつ、その他のピークも数多く存在するもの)が確認された。このことから、本比較例においても、エタノール洗浄などによる水分の影響を受けて三次元的多孔性骨格構造に歪み・崩壊が生じた状態の鋳型の構造が、炭素材料へと転写されたことが示唆される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記化学式1:
【化1】

式中、Mは中心金属であり、Rは有機配位子である、
で表される金属錯体の三次元的多孔性骨格構造を含む多孔性金属錯体を鋳型として準備する第1工程と、
前記多孔性金属錯体を有機化合物と接触させて、前記多孔性金属錯体の表面に前記有機化合物の塗膜を形成する第2工程と、
表面に前記有機化合物の塗膜が形成された前記金属錯体を加熱して、前記有機化合物を重合および炭化させる第3工程と、
を含む、炭素材料の製造方法。
【請求項2】
Mは、3価の金属からなる群から選択される金属である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
Mは、Al、Fe、V、Cr、GaおよびInからなる群から選択される金属である、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記第2工程が、前記多孔性金属錯体を有機化合物と接触させた後に、低級脂肪族アルコールを用いて前記多孔性金属錯体を洗浄して、過剰な有機化合物を除去する工程をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法により得られた炭素材料であって、
粉末X線回折装置により測定される回折パターンにおいて、炭素材料の第1ピークの2θの値が、前記金属錯体の第1ピークの2θの値に対して±1°の範囲に存在する、炭素材料。
【請求項6】
請求項5に記載の炭素材料を含む、電池用活物質。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−66950(P2012−66950A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−211098(P2010−211098)
【出願日】平成22年9月21日(2010.9.21)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】