説明

炭素繊維の製造方法

【課題】炭素繊維を製造する際のプロセス性を損なうことなく、生産性の向上に寄与する炭素繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】極限粘度が6以上であるポリアクリロニトリル系重合体からなる紡糸原液を口金から吐出し、凝固浴にて凝固し、全延伸倍率が20〜120の範囲で延伸を行ったポリアクリロニトリル系繊維を空気中で200〜300℃の温度範囲で耐炎化した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、引き続き不活性雰囲気中で800〜2000℃の範囲の温度で炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子量のポリアクリルニトリル系重合度からなり、延伸倍率が高いポリアクリロニトリル系繊維を焼成する、生産性の高い炭素繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、その優れた力学的、化学的諸特性及び軽量性などによりさまざまな用途に利用されている。近年では、従来のゴルフクラブや釣竿などのスポーツ用途、航空機用途に加え、自動車部材、CNGタンク、建造物の耐震補強、船舶部材などいわゆる一般産業用途への展開が進んでいる。このように適用範囲が広がる反面、炭素繊維については生産性の向上への要求が求められている。
【0003】
炭素繊維の生産性を向上させる手段として、前駆体であるポリアクリロニトリル系繊維の製造工程、耐炎化、炭化工程において、毛羽や糸切れを抑制し、工程通過性を向上させることが挙げられる。
【0004】
また、炭素繊維の生産性を向上させる別の手段として、前駆体であるポリアクリロニトリル系繊維を製造する際に、口金から吐出する紡糸原液量を増加させ、高速化により太糸条化および高密度化することなく工程の速度を高める方法が提案されている。
【0005】
高速化としては、まず凝固浴からアクリル系繊維を引き取る速度を高める方法があるが、可紡性の限界を超えての操業はできないため、速度を大きく高めることは困難である。
【0006】
そこで、凝固浴から吐出糸条を引き取る速度は変えずに、浴中延伸あるいは加圧スチーム延伸により徐々に速度を高め、最終の巻き取り速度を高める方法が主に採用されており、その延伸工程を改良することによりさらに延伸性を高め、製造コストを低減する方法が提案されている。
【0007】
その一つとして、口金吐出条件を制御したポリアクリロニトリル系繊維及び炭素繊維の生産性向上が提案されている。ポリアクリロニトリル系重合体の極限粘度として、従来より採用されている極限粘度と同等以上の1.5〜5の範囲を採用し、加圧スチーム延伸を実施することで全延伸倍率16.5倍までの延伸を可能としている(特許文献1実施例参照)。
【0008】
上記該特許文献1と同様に高分子量ポリアクリロニトリルを用いた炭素繊維の製造方法として、分子量50万以上のポリアクリロニトリルを使用した例が知られている(特許文献2参照)。この特許文献2の実施例等で用いられているポリマーは72万程度で、延伸倍率が10倍以上では耐炎化、炭化工程での伸長操作を施すことが不可能になるとの記載があり、該特許文献2中には高倍率延伸による生産性向上に関する記載はない。
【0009】
また、高重合度ポリアクリロニトリル系重合体を用いた例が提案されている。極限粘度2.5〜3.3を用いた場合には、延伸倍率が10〜20倍である(特許文献3参照)。分子量100万以上のポリアクリロニトリル系重合体を用いた例では実施例で用いられているポリアクリロニトリル系重合体の分子量は最大で134万であり、延伸倍率の最大が29.7倍である(特許文献4参照)。いずれも、タイヤコードなどに用いられる高強力アクリル繊維を得るための高強度化技術であり、炭素繊維に関する記載はない。
【0010】
上述の高重合度ポリアクリロニトリル系重合体より、高い分子量のポリマーを繊維化した例が知られている。1wt%の低濃度溶液から、紡糸した糸を高倍率で延伸することで、高配向のポリアクリロニトリル系繊維を得る技術である(非特許文献1参照)。この非特許文献1には炭素繊維に関する記載がなく、溶液濃度が1wt%と低いため生産性の向上は難しい。
【0011】
したがって、高分子量ポリアクリロニトリルを用いた、超延伸により炭素繊維の生産性の向上を目的とした例は知られていないのが現状である。
【特許文献1】特開昭63−275713号公報
【特許文献2】特開2007−182645号公報
【特許文献3】特開平1−104820号公報
【特許文献4】特公平7−18052号公報
【非特許文献1】Polymer,47,4445ページ(2006年)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、かかる現状に鑑み、炭素繊維を製造するにあたり生産性の向上に寄与する炭素繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記課題を解決するために、次の構成を有するものである。
(1)極限粘度が6以上であるポリアクリロニトリル系重合体からなる紡糸原液を口金から吐出し、凝固浴にて凝固し、全延伸倍率が20〜120の範囲で延伸を行ったポリアクリロニトリル系繊維を空気中で200〜300℃の温度範囲で耐炎化した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、引き続き不活性雰囲気中で800〜2000℃の範囲の温度で炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
(2)紡糸原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が1.5〜15重量%であることを特徴とする前記(1)記載の炭素繊維の製造方法。
(3)耐炎化処理での張力が、0.2〜1.0cN/dtexであることを特徴とする前記(1)または(2)記載の炭素繊維の製造方法。
(4)炭化処理での張力が、0.5〜3.0cN/dtexであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか一項記載の炭素繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、従来より採用されている炭素繊維製造の設備条件、収率などのプロセス性を損なうことなく、炭素繊維前駆体であるポリアクリロニトリル系繊維の最終巻き取り速度を向上し、耐炎化、炭化処理においても高張力延伸処理で安定して工程を通過することができ、高い生産性で炭素繊維を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の炭素繊維の製造方法について詳細に説明する。
【0016】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維用ポリアクリロニトリル系重合体の極限粘度は、6以上の範囲とする。6以上にすることで、ポリアクリロニトリル系繊維を高倍率延伸が可能となり、最終巻き取り速度が上がるため生産性が向上する。また、ポリアクリロニトリル系繊維を高倍率で延伸ができることで高配向化するため、その後の耐炎化・炭化工程においても高い張力で延伸しても糸切れを抑制でき、工程通過性が上がることから生産性が向上できるため好ましい。
【0017】
極限粘度は8以上が好ましく、9以上がより好ましい。また、極限粘度はポリアクリロニトリル系重合体の安定した重合の点から、12以下であることが好ましい。極限粘度は、重合時のモノマー濃度、開始剤や連鎖移動剤の量などにより制御することができる。
【0018】
本発明において、極限粘度とはジメチルホルムアミドを溶媒とし、オストワルド粘度計を用い、ポリマーを25℃の状態に保持して測定した比粘度をもとに算出した極限粘度のことをいう。具体的には、以下のような手順で測定する。
予め120℃で2時間熱処理し絶乾したポリアクリロニトリル系繊維用重合体150mgを、25℃に保持して50mlのチオシアン酸ナトリウム0.1mol/リットル添加N,N−ジメチルホルムアミド(いずれも和光純薬社製特級)に溶解させる。得られた溶液を、25℃の温水槽中で温調し、予め25℃に温調してあるオストワルド粘度計を用いて標線間の落下時間を1/100秒の精度で測定し、その時間をt(秒)とする。同様に、炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系繊維用重合体を溶解していないチオシアン酸ナトリウム0.1mol/リットル添加ジメチルホルムアミドについても測定し、その落下時間をt0(秒)とする。次式を用いて極限粘度[η]を算出する。
[η]={(1+1.32×ηsp)1/2―1}/0.198
ηsp=(t/t0)−1
本発明において、ポリアクリロニトリル系繊維に用いられるポリアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル100%を重合してなっていても良いが、耐炎化効率化の観点および製糸性の観点から共重合体が好ましく用いられる。他の共重合成分としては、いわゆる耐炎化促進成分として、アクリル酸、メタクリル酸およびイタコン酸等が好ましく挙げられ、より好ましくは、これらの一部または全量をアンモニアで中和したアクリル酸、メタクリル酸およびイタコン酸のアンモニウム塩からなる共重合体が挙げられる。また、製糸性向上の観点からは、メタクリル酸エステル、アクリル酸エステル、アリルスルホン酸金属塩およびメタリルスルホン酸金属塩などが好ましく共重合できる。
【0019】
上述した共重合体中の共重合成分の量は、合計で0〜10モル%が好ましく、より好ましくは0.1〜6モル%であり、さらに好ましくは0.2〜2モル%である。共重合成分の量が少なすぎると製糸性が低下し、共重合体の量が多いと耐熱性が低下し、続く耐炎化工程で糸同士の融着が発生しやすくなるため、両者のバランスを考慮して設定することがよい。
【0020】
かかるポリアクリロニトリル系重合体を重合する方法としては、公知の方法が採用でき、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法等を適用することができる。その中でも懸濁重合法が、重合時に発生する反応熱を効果的に除熱することができるため、生産性が向上し好ましい。
【0021】
ポリアクリロニトリル系重合体を紡糸することで炭素繊維前駆体であるポリアクリロニトリル系繊維が得られる。紡糸に際し、有機あるいは無機の該ポリアクリロニトリル系重合体が可溶な従来公知の溶媒に溶解し、紡糸原液とする。有機溶媒を使用することが好ましく、具体的には、溶媒として、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドおよびジメチルスルホキシド、塩化亜鉛水溶液、チオシアン酸ナトリウム水溶液等が使用される。
【0022】
本発明において用いられる紡糸原液は、種々の方法、例えば、固体ポリアクリロニトリルを溶媒中に懸濁させ、ついで高温にて攪拌するか、または該懸濁液を混合及び搬送部を備えた2軸スクリュー押出機を用いることにより製造できる。
【0023】
本発明においては、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、ポリアクリロニトリル系重合体が1.5〜15重量%の濃度で溶媒に溶解した紡糸原液を繊維化させて得ることが好ましい。紡糸原液におけるポリアクリロニトリル系重合体の濃度が1.5重量%以上になると、凝固工程において重合体の凝集が進み、製糸速度を上げることができるため好ましい。15重量%以下にすることで、ポリアクリロニトリル系繊維を製造する際の延伸工程において高倍率延伸が可能となり生産性が向上する。また。高倍率延伸をした時にも糸切れが発生しにくくなることに加えて、その後の耐炎化工程および炭化工程においても耐炎化張力および炭化張力を高く保っても糸切れが発生しにくくなることから、生産性が向上し好ましい。紡糸原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度は、2重量%以上10重量%以下、2重量%以上7重量%以下、あるいは2.5重量%以上10重量%以下、さらには2.5重量%以上7重量%以下であることがより好ましい。
【0024】
かかる紡糸原液を紡糸する前に、紡糸原液を目開き10μm以下のフィルターに通し、ポリマー原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。これにより、製造工程において、不純物に起因した糸切れが現象し、生産性が向上する。目開きとは、フィルターの網の目の寸法を表す。網目の形状が長方形の場合には、両方が10μm以下であることが好ましい。目開きは1μm以下であることがより好ましい。また、目開きは紡糸原液がフィルターを通過する速度が速くなることから、0.05μm以上であることがより好ましい。
【0025】
紡糸方法としては、湿式紡糸法や乾湿式紡糸法が、その高い生産性から好適に用いられる。湿式紡糸とは紡糸口金を凝固浴中に浸漬して糸条を吐出する方法、乾湿式紡糸とは紡糸口金から吐出した糸条を一旦空気などの気体中を経由させて凝固浴中に導入する紡糸方法を言う。中でも、乾湿式紡糸法が、繊維の緻密性を高めることができ、本発明においてはより好適に用いることができる。
【0026】
本発明で用いられる口金吐出孔の形状は、孔径Dが0.05〜5.0mmの範囲であることが好ましい。0.05mmより大きいことで、製糸性が向上し、5.0mmより小さいことで、糸切れが少なくなる。より好ましくは孔径Dが0.08〜1.0mmの範囲であり、0.2〜0.8mmである。孔深度Lが0.1〜5mmの範囲であり、孔深度Lが0.16〜3mmの範囲であることがより好ましい。孔深度Lが0.1mm以上であることで製糸性が向上し、5mm以下であることで、吐出時の圧力が減少するため好ましい。L/Dが1.5〜4の範囲であることが好ましい。L/Dが2〜3の範囲である。口金吐出孔の形状は、紡糸における可紡性および吐出時の安定性の観点から、上記範囲となる形状が好ましい。
【0027】
本発明において、凝固浴には、凝固促進成分を含ませることができ、凝固浴の温度および凝固促進成分の濃度によって、凝固速度を制御することができる。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリル系重合体を溶解せず、かつ紡糸原液に用いる溶媒と相溶性があるものが使用できる。紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒、チオシアン酸ナトリウム、塩化亜鉛などの無機化合物と、凝固促進成分の併用をしても良いし、凝固促進成分を単独で用いることもできる。
【0028】
凝固浴組成を選択し、紡糸原液を凝固浴にて凝固したときに紡糸原液の溶媒が凝固した繊維から急速な脱離や分離を促進せずに、繊維の緻密化を進ませることで、ポリアクリロニトリル系繊維の延伸、耐炎化、炭化工程において糸切れが少なくすることができ、生産性が向上するため好ましい。具体的な凝固剤としてメタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、テトラメチレングリコール及びポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリテトラメチレングリコール、水が挙げられる。その中でもエタノール、水を使用することが好ましい。
【0029】
凝固浴温度は−30℃〜50℃であることが好ましい。選択した凝固浴組成との組み合わせにより、凝固速度を制御することができる。−5℃〜10℃の範囲であることがより好ましい。
【0030】
本発明では、吐出された糸条物を凝固浴中に導入して凝固した後、耐炎化までのいずれかの工程において、延伸を行う。
【0031】
本発明におけるポリアクリロニトリル系繊維の全延伸倍率は20〜120である。全延伸倍率が20未満であると、ポリアクリロニトリル系繊維の強度が低下し、続く耐炎化工程において、高張力での処理で糸切れがみられ、工程通過性が低下する。また、ポリアクリロニトリル系繊維の最終巻取り速度が下がるため、生産性が低下する。また、全延伸倍率を120より大きくなると、残留伸度が低くなり毛羽等の発生が多く、耐炎化、炭化での工程通過性が低下する。全延伸倍率は40倍以上が好ましく、100倍以下が好ましい。また、全延伸倍率は60倍以上がより好ましい。
【0032】
延伸時においては、糸の表面温度が20℃以上250℃以下となるように加熱することが好ましい。延伸時の糸の表面温度が20℃以上の場合、供給糸の予熱が十分であり、延伸時の均一な熱変形を可能とし繊度斑が低減する。さらには延伸張力を下げることができ、糸切れが少ないスムーズな延伸が可能となる。供給糸の軟化を良好にすることにより延伸張力を低下させ、よりスムーズな延伸を行うためには、延伸時の糸の表面温度が30℃以上200℃以下となるように加熱することがより好ましい。
【0033】
ここで、延伸を容易にさせうるための延伸時の糸の加熱手法は、供給ローラーと延伸ローラー間で実施されるものであって、走行糸条を直接的あるいは間接的に加熱させうる装置であれば特に限定はされない。具体的な加熱手法としては、加熱ローラー、熱ピン、熱板、水あるいは有機化合物などの液体浴、空気あるいは蒸気などの気体浴、レーザーなどが挙げられる。加熱温度の制御、走行糸条への均一な加熱、装置が複雑にならない観点から加熱ローラー、水あるいは有機化合物などの液体浴、空気あるいは蒸気などの気体浴を加熱手法として用いることが好ましい。
【0034】
水あるいは有機化合物などの液体浴加熱手法として用いる方法として、浴中延伸を採用できる。水、有機溶剤などで繊維を膨潤させることで比較的に低い温度でも安定した延伸を行うことができて好ましい。好ましくは30〜98℃の範囲の温度に温調された水あるいはメタノール、エタノールなど凝固剤として用いた有機化合物、紡糸原液に用いたジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシドなどに代表される有機化合物を単独あるいは混合物中に糸条を通過させ延伸することができる。この工程では単一または複数の延伸浴を用いることができ、この工程は後述する洗浄工程と組み合わせても良いし、洗浄工程の後に行っても良い。
【0035】
蒸気などの気体浴を加熱手法として用いる方法として、加圧スチーム延伸を採用できる。既存の方法を採用することができるが、単繊維同士が接着しない、かつ延伸性の観点から120〜190℃の範囲の温度で行うことが好ましい。
【0036】
また、空気などの気体浴を加熱手法として用いる方法として、ホットチューブを用いた延伸を採用できる。延伸性の観点から130〜200℃の温度で行うことが好ましい。
【0037】
加熱ローラーを用いる場合には、加熱ローラーが供給ローラーを兼ねることが最も効果的であり、加熱ローラーの温度は130℃〜200℃の温度が好ましい。
【0038】
延伸は上述した延伸方法を1種以上組み合わせて実施することができる。例えば、浴延伸及びスチーム延伸を組み合わせることが好ましく用いられる手法である。
【0039】
全延伸倍率が上述の通りになれば良く、1段の延伸で20〜120倍の延伸を行っても良いし、複数の延伸を組み合わせて実施しても良い。延伸の均一性の点から、1段あたりの延伸倍率は1.01〜15倍が好ましく、2〜10倍がより好ましい。
【0040】
本発明において、延伸に加えて洗浄工程、油剤付与工程および乾燥熱処理工程を適宜組み込むことができる。
【0041】
洗浄工程は、凝固剤として水を用いた場合には凝固後の繊維から、紡糸原液から残存した溶媒および凝固浴から持ち出した水と溶媒を除去する手段として、凝固浴から引き取った直後に水洗工程として組み込むことが好適である。凝固剤としてメタノール、エタノールなどの有機化合物を用いた場合には、水の代りに有機化合物を用いて洗浄を行うことができる。
【0042】
油剤付与工程は、工程通過性およびハンドリング性を向上させる上で好適である。耐炎化処理および炭化処理の初期において単繊維同士が接着することがあり、その接着を防止する目的から、シリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーンとしては、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを用いることが好ましい。
【0043】
乾燥熱処理工程は、洗浄工程または浴中延伸工程における水、有機化合物等を乾燥し、併せて繊維の緻密化を行う工程であり、短時間で効率よく乾燥できれば接触方式と非接触方式のどちらの方式でも良く、単繊維同士が接着しない、かつ乾燥効率の観点から120〜190℃の範囲の温度で行うことが好ましい。
【0044】
ポリアクリロニトリル系重合体を用いた前駆体繊維の単繊維繊度は0.3〜1.3dtexであることが好ましい。単繊維繊度が0.3dtexより大きいと孔径の小さい口金から紡糸原液を吐出させる必要がなく、小異物などによる口金孔詰まりや、凝固工程での随伴流の影響による単繊維切れが回避でき、前駆体繊維の品位が低下したり、洗浄、延伸といった製糸工程におけるローラーへの巻き付きが発生しにくくなるという問題がある。一方、単繊維繊度が1.3dtexより小さくすることで、単繊維内部への耐炎化処理が十分となり、その不十分な部分が炭化工程で糸切れを引き起こしにくく生産性が向上する。単繊維繊度は、さらに好ましくは0.6〜0.9dtexである。
【0045】
本発明において、前駆体繊維束の全フィラメント数は100〜1000000の範囲であることが好ましい。また、全フィラメント数は10000〜100000の範囲であることがより好ましい。フィラメント数が100以上であることで一度に大量のポリマーを繊維化できるため生産性が向上し、1000000以下であることで耐炎化や炭化処理において均一な処理ができるため生産性が向上する。
【0046】
本発明において、上記の方法により得られるポリアクリルニトリル系繊維を、空気中で200〜300℃の範囲の温度で耐炎化した後、300〜800℃の不活性雰囲気下において予備炭化処理し、引き続き不活性雰囲気中で800〜2000℃の範囲の温度で炭化処理する。いずれの温度も糸近傍の雰囲気温度を測定することにより求められる。
【0047】
耐炎化温度は200〜300℃であり、240℃〜270℃が好ましい。300℃を超えると前駆体繊維に付与された油剤の分解消失が始まるため、耐炎化処理時に単繊維同士が融着しやすくなると共に、糸束内で耐炎化のムラが生じやすくなり、耐炎化度のムラの指標である蟻酸溶解度が高くなる。200℃より低くなると耐炎化終了まで要する時間が延びるため生産性の観点から好ましくない。
【0048】
得られる耐炎化繊維の比重が好ましくは1.3〜1.5の範囲となるように設定することが、続く炭化処理での工程通過性を向上する目的から好ましい態様である。比重が1.3より低いと単繊維内部の耐炎化処理が不十分であるために予備炭化処理での糸切れが発生しやすい問題がある。1.5より高いと単繊維表面の酸化が進みすぎるため、予備炭化糸強度が低下しやすい問題がある。比重のより好ましい範囲は1.37〜1.40である。
【0049】
耐炎糸の比重はJIS R7601(1986)記載の方法に従って求めることができる。測定方法として液置換法を用い、浸せき液としてエタノールを精製せずに用いた。1.0〜1.5gの繊維を採取し、120℃で2時間絶乾する。絶乾質量A(g)を測定した後、比重既知(比重ρ)のエタノールに含浸し、エタノール中の繊維質量B(g)を測定し、繊維比重=(A×ρ)/(A−B)により繊維比重を求めることができる。
【0050】
耐炎化の時間は、処理温度に応じて適宜選択することができるが、耐炎化処理時間は1〜500分が望ましい。生産性の面からは耐炎化処理時間は短い方がよいが50分を下回ると、各単繊維についての前記した二重構造が全体的に顕著となり、本発明の効果が得られにくくなることがある。また耐炎化処理時間が500分を超えると単繊維の表層の酸化が進行しすぎるため、炭素繊維の引張強度が著しく低下する問題がある。さらに好ましくは50〜150分、より好ましくは80〜120分である。この耐炎化処理時間とは、糸条が耐炎化炉内に滞留している全時間をいう。
【0051】
耐炎化工程における張力は0.2〜1.0cN/dtexであることが好ましい。0.2cN/dtex以上であることで、耐炎糸の物性が向上し、続く炭化処理での工程通過性が向上するため好ましい。1.0cN/dtex以下であることで、耐炎化での毛羽の発生及び糸切れが発生しにくくなり、安定して工程を通過することができるため生産性が向上するため好ましい。より好ましくは0.3〜0.6cN/dtex、さらに好ましくは0.3〜0.35cN/dtexである。ここで耐炎化工程における張力とは耐炎化炉出側のロールで測定した張力(cN)をポリアクリロニトリル系繊維の繊維束の絶乾時の繊度(dtex)で割った値を示す。
【0052】
耐炎化工程における糸条の延伸比は0.85〜1.20が良く、0.85〜1.10がより好ましく、0.88〜1.06がさらに好ましく、0.92〜1.02がさらに好ましい。
【0053】
耐炎化処理に引き続き、不活性雰囲気中で予備炭化処理、炭化処理することにより炭素繊維が得られる。不活性雰囲気としては、例えば、窒素、アルゴンおよびキセノンなどが好ましく例示でき、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。
【0054】
炭化処理は、300〜800℃の範囲の温度と800〜2000℃の範囲の温度領域で異なる反応が起こっているために、予備炭化処理、炭化処理と分けて行う。
【0055】
予備炭化処理の温度は300〜800℃である。300℃以上とすることで、炭素結晶成長が十分となり、引き続いて行われる炭化処理後に十分な強力を有する炭素繊維を得られる。また、最高温度が800℃以下では炭素構造変化に伴う炭素繊維からの窒素ガスの排出が開始されないため、炉の排気系統が複雑とならないため好ましい。予備炭化処理の最高温度は、より好ましくは600〜750℃である。また300℃〜400℃領域の滞留時間は1〜3分であることが好ましく、400〜500℃の昇温速度は10〜500℃/分、より好ましくは20〜150℃/分とするのが好ましい。
【0056】
予備炭化処理後の繊維の比重を好ましくは1.5〜1.7とするように温度と時間を設定することが、続く炭化工程通過性から好ましい態様である。予備炭化処理後の繊維の比重は、浸せき液としてo-ジクロロベンゼンを用いる他は、耐炎糸の比重と同様に求めることができる。
【0057】
炭化処理は800〜2000℃の温度範囲で行われる。800℃以上であることで、炭化処理が繊維内部まで進み、2000℃以下であることで引張強度が高く、工程通過性が高い炭素繊維が得られることで好ましい。炭化処理の最高温度は1200〜1600℃が好ましく、所望する炭素繊維の力学物性に応じて適宜設定するのがよい。一般に炭化処理の最高温度が高いほど、得られる炭素繊維の引張弾性率が高くなるものの、引張強度は1500℃付近で極大となる。
【0058】
また、本発明において、炭化工程における張力は0.5〜3.0cN/dtexであることが好ましい。0.5cN/dtex以上であることで引張弾性率の向上があり、炭化時の糸切れが少なく生産性が向上する。逆に張力が3.0cN/dtex以下であることで毛羽や糸切れが発生しにくくなり、安定して工程を通過することができる。かかる張力は、下限として、より好ましくは0.6cN/dtex以上であるのが良く、上限として、より好ましくは1.6cN/dtex以下、さらに好ましくは1.5cN/dtex以下、最も好ましくは1.1cN/dtex以下であるのが良い。ここで炭化工程における張力とは炭化炉出側のロールで測定した張力(cN)を予備炭化繊維束の絶乾時の繊度(dtex)で割った値を示す。
【0059】
高温領域での炭化処理の処理時間は、処理温度に応じて適宜選択することができるが、得られる炭素繊維の比重が好ましくは1.76〜1.87の範囲となるように、より好ましくは1.77〜1.86となるように設定する。かかる比重が小さすぎる場合には、炭化処理が不十分なために、得られる炭素繊維において発現する物性が低くなることがあり、逆に比重が大きすぎる場合には、脆性が顕著となるために擦過に弱くなり、品位および工程通過性が低下することがある。炭素繊維の比重は、浸せき液としてo-ジクロロベンゼンを用いる他は、耐炎糸の比重と同様に求めることができる。
【0060】
得られた炭素繊維は、その表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、例えば、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。かかる電解処理により、炭素繊維を用いて得られる複合材料において、炭素繊維とマトリックスとの接着性を適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0061】
また、本発明の炭素繊維は、かかる電解処理の後、集束性を付与するため、サイジング処理を施されていても良い。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0062】
本発明により得られる炭素繊維、プリプレグとしてオートクレーブ成形したり、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形したり、フィラメントワインディングで成形したりして、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿、ゴルフシャフトなどのスポーツ部材として、好適に用いることができる。
【実施例】
【0063】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。実施例中の各特性値は、次の方法で求めたものである。
A.極限粘度
予め120℃で2時間熱処理し絶乾したポリアクリロニトリル系繊維用重合体150mgを、25℃において50mlのチオシアン酸ナトリウム0.1mol/リットル添加N,N−ジメチルホルムアミド(いずれも和光純薬社製特級)に溶解した。得られた溶液を、25℃の温水槽中で温調し、予め25℃に温調してあるオストワルド粘度計を用いて標線間の落下時間を1/100秒の精度で測定し、その時間をt(秒)とした。同様に、炭素繊維前駆体繊維用ポリアクリロニトリル系重合体を溶解していないチオシアン酸ナトリウム0.1mol/リットル添加N,N−ジメチルホルムアミドについても測定し、その落下時間をt0(秒)とした。次式を用いて極限粘度[η]を算出した。
[η]={(1+1.32×ηsp)1/2―1}/0.198
ηsp=(t/t0)−1
B.紡糸原液中の重合体溶液の重合体濃度
紡糸原液10gを200mlの水中に細く垂らすことにより、直径1mm以下の線状組織を得る。その後、90℃の温度の熱水中で2時間脱溶媒して、120℃の温度で2時間乾燥させた後、線状組織を計量した。次式を用いて、紡糸溶液の重合体濃度(重量%)を求めた。
重合体濃度={(乾燥後の線状組織重量)/(脱溶媒前の重合体溶液重量)}×100
C.繊度
JIS L1017(2002)8.3の方法で繊度を測定した。
D.生産性の向上
ポリアクリロニトリル系繊維の製造工程、耐炎化、炭化工程における工程通過性及びポリアクリロニトリル系繊維の全延伸倍率の4つを用いて判断を行った。
【0064】
工程通過性は、問題のないものを○、多少の糸切れがあるが問題のないレベルを△、顕著な糸切れのためサンプルが得られない場合を×とした。
【0065】
ポリアクリロニトリル系繊維の全延伸倍率は20倍以上延伸ができるものを生産性向上につながるとして○、20倍未満しか延伸しないものを×とした。
いずれも良好の場合には生産性の向上◎、一つでも△があるものは○、一つでも×があるものは△、一つ以上の×及び△があるものを×とした。◎○を生産性の向上につながる技術とした。
【0066】
[実施例1]
アクリロニトリル99.8モル%、イタコン酸0.2モル%を水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、極限粘度11のポリアクリロニトリル系重合体を得た。
【0067】
ジメチルホルムアミド溶媒を攪拌しながら、得られたポリアクリロニトリル系重合体を混合し、目開き10μmのフィルター通過することで、原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が5wt%の紡糸原液を得た。その紡糸原液を30℃の温度で口金吐出孔径D0.99mm、孔深度L2mmの口金から、単孔吐出あたりの吐出量が5.76ml/minになるように、空気中に押出し、3℃に温度コントロールしたエタノール溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。この凝固糸条を、エタノール中で十分洗浄した後、170℃にコントロールしたホットチューブ中で延伸を行った。延伸倍率は4段(各4倍、2倍、2倍、1.4倍)で22.4倍である。工程通過性は良好で、全延伸倍率も22.4倍と高いものであった。
【0068】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.3cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れなく耐炎化繊維が得られた、耐炎化処理での工程通過性は良好であった。
【0069】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0070】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分張力0.9cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理においても糸切れなく工程通過性が良好であった。
【0071】
[実施例2]
ジメチルスルホキシド溶媒を攪拌しながら、実施例1で得られたポリアクリロニトリル系重合体を混合し、目開き10μmのフィルター通過することで原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が3wt%の紡糸原液を得た。その紡糸原液を30℃の温度で孔径D0.99mm、孔深度L2mmの口金から、単孔吐出あたりの吐出量が5.76ml/minになるように、空気中に押出し、3℃に温度コントロールしたジメチルスルホキシド/水=80/20からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。十分凝固した後、この凝固糸条を、70℃の温水で2.4倍浴延伸を行った。その後、170℃にコントロールしたホットチューブ中で2段(2倍、2倍)で4倍延伸を行い、最後にスチーム延伸を5倍行った。工程通過性は良好で、全延伸倍率も48倍と高いものであった。
【0072】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.31cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れなく耐炎化繊維が得られた、耐炎化処理での工程通過性は良好であった。
【0073】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0074】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.9cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理においても糸切れなく工程通過性が良好であった。
【0075】
[実施例3]
アクリロニトリル99.8モル%、イタコン酸0.2モル%を水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、極限粘度10のポリアクリロニトリル系重合体を得た。
【0076】
ジメチルアセトアミド溶液を攪拌しながら、得られたポリアクリロニトリル系重合体を混合し、目開き10μmのフィルター通過することで、原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が3wt%の紡糸原液を得た。その紡糸原液を30℃の温度で孔径D0.99mm、孔深度L2mmの口金から、単孔吐出あたりの吐出量が5.76ml/minになるように、空気中に押出し、3℃に温度コントロールしたエタノール溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。この凝固糸条を、エタノール中で十分洗浄した後、エタノール浴中で2倍に延伸を行った。続いて、170℃にコントロールしたホットチューブ中で延伸を行った。延伸倍率は3段(4倍、2倍、2倍)で16倍である。工程通過性は良好で、全延伸倍率も32倍と高いものであった。
【0077】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.25cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れなく耐炎化繊維が得られた、耐炎化処理での工程通過性は良好であった。
【0078】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0079】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.8cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理においても糸切れなく工程通過性が良好であった。
【0080】
[実施例4]
アクリロニトリル99.8モル%、イタコン酸0.2モル%を水中でアゾビスイソブチロニトリルを重合開始剤、ポリビニルアルコールを安定剤として加え重合し、極限粘度7のポリアクリロニトリル系重合体を得た。
【0081】
ジメチルアセトアミド溶液を攪拌しながら、得られたポリアクリロニトリル系重合体を混合し、目開き10μmのフィルター通過することで、原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が8wt%の紡糸原液を得た。紡糸原液の粘度が高く溶解性が低かったが問題のないレベルであった。その紡糸原液を30℃の温度で孔径D0.99mm、孔深度L2mmの口金から、単孔吐出あたりの吐出量が5.76ml/minになるように、空気中に押出し、3℃に温度コントロールしたメタノール溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。この凝固糸条を、メタノール中で十分洗浄した後、メタノール浴中で2倍に延伸を行った。続いて、170℃にコントロールしたホットチューブ中で延伸を行った。延伸倍率は3段(4倍、2倍、2倍)で16倍である。若干糸切れがあったものの工程通過性はほぼ良好で、全延伸倍率も32倍と高いものであった。
【0082】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.25cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れなく耐炎化繊維が得られた、耐炎化処理での工程通過性は良好であった。
【0083】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0084】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.8cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理においても糸切れなく工程通過性が良好であった。
【0085】
[実施例5]
実施例1と同様に得られたポリアクリロニトリル系繊維を用いて、耐炎化、予備炭化処理を実施した。
【0086】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.4cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理において糸切れが見られ工程通過性がやや劣るが、問題のないレベルであった。
【0087】
[実施例6]
実施例1と同様に得られたポリアクリロニトリル系繊維を得た。
【0088】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.11/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れなく耐炎化繊維が得られた、耐炎化処理での工程通過性は良好であった。
【0089】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.8cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理において糸切れが見られたが、工程通過性がやや劣るが、問題のないレベルであった。
【0090】
[実施例7]
ジメチルホルムアミド溶液を攪拌しながら、実施例1で得られたポリアクリロニトリル系重合体を混合し、目開き10μmのフィルター通過することで、原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が1wt%の紡糸原液を得た。その紡糸原液を30℃の温度で孔径0.99mmの口金から、単孔吐出あたりの吐出量が5.76ml/minになるように、空気中に押出し、3℃に温度コントロールしたメタノール溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。曳糸性が低く、口金下での糸切れが見られ工程通過性はやや劣るが問題のないレベルであった。その凝固糸条を、メタノール中で十分洗浄した。続いて、170℃にコントロールしたホットチューブ中16倍、200℃にコントロールしたホットチューブ中5.63倍で延伸を行った。延伸倍率は2段で90倍である。工程通過性は良好で、全延伸倍率も90倍と高いものであった。
【0091】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.25cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れなく耐炎化繊維が得られた、耐炎化処理での工程通過性は良好であった。
【0092】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0093】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.9cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理においても糸切れなく工程通過性が良好であった。
【0094】
[実施例8]
ジメチルホルムアミド溶液を攪拌しながら、実施例4で得られたポリアクリロニトリル系重合体を混合したが、非常に粘度が高かったため、エクストルーダーで練りこみを行うことで、原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が16wt%の紡糸原液を得た。その紡糸原液を30℃の温度で孔径0.99mmの口金から、単孔吐出あたりの吐出量が5.76ml/minになるように、空気中に押出し、3℃に温度コントロールしたメタノール溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。その凝固糸条を、エタノール中で十分洗浄した。続いて、170℃にコントロールしたホットチューブ中で延伸を行った。延伸倍率は4段(4倍、2倍、2倍、1.31倍)で21倍であったが、延伸時に糸切れがみられ工程通過性は若干劣るものであったが問題のないレベルであった。全延伸倍率も21倍と高いものであった。
【0095】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.3cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、耐炎化繊維が得られた。糸切れが若干見られたが、耐炎化処理での工程通過性は問題のないレベルであった。
【0096】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0097】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力1.2cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理においても糸切れがあったが、工程通過性は問題のないレベルであった。
【0098】
[比較例1]
アクリロニトリル100モル%をジメチルスルホキシドを溶媒し、重合開始剤としてアゾビスイソブチロニトリルを用いる溶液重合法により重合し、重合体濃度13重量%、極限粘度3の紡糸原液を得た。
【0099】
紡糸原液は目開き10μmのフィルターを通過した後、30℃の温度で孔径0.6mmの口金から、単孔吐出あたりの吐出量が0.3ml/minになるように、空気中に押出し、3℃に温度コントロールしたジメチルスルホキシド/水=30/70の溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により、凝固糸条とした。この凝固糸条を、水中で十分洗浄した後、70℃の温水中で2.4倍延伸を行った。続いて170℃に加熱したホットチューブを用いて延伸を行ったが、延伸倍率5倍以上は延伸できなかった。工程通過性は良好だったが、全延伸倍率は12倍と低いものであった。
【0100】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.11/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れなく耐炎化繊維が得られた、耐炎化処理での工程通過性は良好であった。
【0101】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0102】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.55cN/dtexの下で炭化処理することにより炭化糸を得た。炭化処理において若干糸切れがあったが問題のないレベルであった。
【0103】
[比較例2]
実施例1と同様に凝固糸条を得た。この凝固糸条をホットチューブで2段(4倍、3倍)で12倍に延伸した。工程通過性は良好だったが、全延伸倍率は12倍と低いものであった。
【0104】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、240℃の空気中で耐炎化張力0.3cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、糸切れによりサンプルを得ることができなかった。耐炎化での工程通過性に問題があった。
【0105】
[比較例3]
実施例1と同様に得られたポリアクリロニトリル系繊維を得た。
【0106】
続いて、得られたポリアクリロニトリル系繊維を、190℃の空気中で耐炎化張力0.3cN/dtexで80分耐炎化処理を行ったところ、若干糸切れがあったが問題のないレベルであった。
【0107】
得られた耐炎化繊維を、200℃から400℃に2分で昇温し、400〜500℃を40秒で昇温し、最高温度700℃で2分、延伸比1.10で延伸しながら予備炭化処理して予備炭化糸を得た。
【0108】
この予備炭化糸を最高温度1500℃で3分、張力0.8cN/dtexの下で炭化処理したが、炭化処理において糸切れが見られサンプルを得ることができなかった。
【0109】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
極限粘度が6以上であるポリアクリロニトリル系重合体からなる紡糸原液を口金から吐出し、凝固浴にて凝固し、全延伸倍率が20〜120の範囲で延伸を行ったポリアクリロニトリル系繊維を空気中で200〜300℃の温度範囲で耐炎化した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、引き続き不活性雰囲気中で800〜2000℃の範囲の温度で炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。
【請求項2】
紡糸原液中のポリアクリロニトリル系重合体濃度が1.5〜15重量%であることを特徴とする請求項1記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項3】
耐炎化処理での張力が、0.2〜1.0cN/dtexであることを特徴とする請求項1または2記載の炭素繊維の製造方法。
【請求項4】
炭化処理での張力が、0.5〜3.0cN/dtexであることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項記載の炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2010−100970(P2010−100970A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−274117(P2008−274117)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】