説明

炭素薄膜の作製方法

【課題】高品質なグラフェンが、低コストで大面積に、より容易に作製できるようにする。
【解決手段】加熱することで金属層102に炭素を溶解させた後、加熱の温度を低下させ、金属層102の表面に溶解していた炭素を析出させることで、グラフェン104を形成する。例えば、900℃で30分間保持してニッケルからなる金属層102に炭素を溶解させた後、毎分20℃で室温まで降温することで、金属層102の上にグラフェン104が析出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グラフェンおよびグラファイトなどの炭素薄膜の作製方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素原子から構成される1原子層のシートであるグラフェンが、将来のエレクトロニクス材料として注目を集めている。グラフェンは、グラファイトの1原子層を取り出したものである。グラフェンは、大きなキャリア移動度を有しており、また化学的にも安定である。このため、配線材料や電界効果トランジスタなどの電子素子、透明電極材料等としての応用が期待されている。
【0003】
上述したような特徴を有するグラフェンまたはグラファイト薄膜は、主に以下の3つの方法で合成されている。
【0004】
第1に剥離法がある(非特許文献1参照)。これは、グラファイトを粘着性のテープで何度も剥離して薄くした後、基板上に転写する方法である。顕微鏡の観察などにより、適当なグラフェン片を見つけてデバイスを形成する。この方法では、最も良好な移動度のグラフェンが得られるが、現在のところ大面積化できる見通しは全くない。
【0005】
第2に、SiCを熱分解する方法がある(非特許文献2参照)。SiC基板を高温で加熱することによりシリコンを昇華させ、基板表面にグラフェンまたはグラファイト薄膜を形成する方法である。この方法の産業応用上の主な短所は、真空中や不活性ガス雰囲気中で、1000℃あるいはこれ以上の高温に加熱できる高温炉が必要であることがある。また、大面積のSiC基板が製造されておらず、またSiC基板は単位面積あたりの価格も比較的高価であることからコストが高くなることも問題となる。
【0006】
第3に、熱化学気相成長(熱CVD)法がある(非特許文献3参照)。遷移金属などの基板を不活性ガス雰囲気中で加熱し、炭素を含む原料ガスを供給することにより基板表面にグラフェンまたはグラファイト薄膜を合成する方法である。この方法は、3つの方法の中では比較的低コストであり、大面積のグラフェンまたはグラファイト薄膜を合成できる方法として期待されている。しかしながら、一般に、原料ガスにはメタンなどの可燃性・爆発性を有するガスを用いる必要があり、安全性を確保するためには相応のコストがかかる。また、熱CVD法では、分解した原料ガス中の炭素が既に合成されたグラフェンまたはグラファイト薄膜表面に付着することによる膜形成効果もあるが、このような金属基板との相互作用を受けない付着による膜形成は、結晶性を低下させる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】A.K.Geim and K.S.Novoselov, "The rise of grapheme", Nature Materials, vol.6, pp.183-191, 2007.
【非特許文献2】H.Hibino, H.Kageshima and M.Nagase, "Epitaxial few-layer graphene:towards single crystal growth", Journal of Physics D : Applied Physics, vol.43, 374005, 2010.
【非特許文献3】H.J.Park, J.Meyer, S.Roth, V.Skakalova, "Growth and properties of few-layer graphene prepared by chemical vapor deposition", Carbon, vol.48, pp.1088-1094, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、これまでの剥離法・熱分解法によるグラフェンまたはグラフェンが積層したグラファイト層の形成方法では、低コストで大面積に形成することができないという問題がある。前述したように、熱CVD法によれば、比較的低コストでグラフェンが形成できるが、この技術では、取り扱いが容易ではない可燃性・爆発性ガスを用いることになり、製造が容易ではなく、また、品質の面でも問題がある。
【0009】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、高品質なグラフェンが、低コストで大面積に、より容易に作製できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る炭素薄膜の作製方法は、炭素が溶解する金属から構成された金属層を用意する第1工程と、スパッタ法および蒸着法より選択した堆積法により金属層の上に炭素を堆積して炭素層を形成する第2工程と、加熱することで炭素層を金属層に溶解させる第3工程と、加熱の温度を低下させることで金属層に溶解している炭素を金属層の表面に析出させて金属層の表面にグラフェンを形成する第4工程とを少なくとも備える。
【0011】
上記炭素薄膜の作製方法において、金属はニッケルであればよい。この場合、金属層は、層厚280〜320nmの範囲に形成し、炭素層は、層厚16〜20nmの範囲に形成し、加熱の温度は、880〜920℃の範囲とし、加熱の保持時間は、28〜32分の範囲とすればよい。
【発明の効果】
【0012】
以上説明したように、本発明によれば、金属層に炭素層を溶解させてから析出させるようにしたので、高品質なグラフェンが、低コストで大面積に、より容易に作製できるという優れた効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1A】図1Aは、本発明の実施の形態における炭素薄膜の作製方法を説明するための各工程における状態を模式的に示す断面図である。
【図1B】図1Bは、本発明の実施の形態における炭素薄膜の作製方法を説明するための各工程における状態を模式的に示す断面図である。
【図1C】図1Cは、本発明の実施の形態における炭素薄膜の作製方法を説明するための各工程における状態を模式的に示す断面図である。
【図1D】図1Dは、本発明の実施の形態における炭素薄膜の作製方法を説明するための各工程における状態を模式的に示す断面図である。
【図2】図2は、炭素薄膜のラマンスペクトルを示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1A〜図1Dは、本発明の実施の形態における炭素薄膜の作製方法を説明するための各工程における状態を模式的に示す断面図である。
【0015】
まず、図1Aに示すように、炭素が溶解する金属から構成された金属層102を用意する(第1工程)。例えば、酸化シリコン層が表面に形成されているシリコンからなる基板101の上に、スパッタ法や真空蒸着法などにより、ニッケル(Ni)からなる多結晶状態の金属層102を形成すればよい。酸化シリコン層を介して金属層102を形成することで、後述する加熱の工程において、シリコンと金属との反応が防げる。酸化シリコン層は100nm程度の層厚であればよい。また、ニッケルからなる多結晶状態の金属層102は、層厚300nm程度であればよい。
【0016】
次に、図1Bに示すように、金属層102の上に炭素層103を形成する(第2工程)。ここでは、スパッタ法および蒸着法より選択した堆積法により、金属層102の上に炭素を堆積して炭素層103を形成する。蒸着法としては、真空蒸着法,電子ビーム蒸着法などがある。このように形成した炭素層103は、アモルファス状態となっている。例えば、スパッタリング法により、層厚18nm程度に炭素層103を形成すればよい。
【0017】
次に、加熱することで炭素層103を金属層102に溶解させる(第3工程)。炭素層103を金属層102に溶解(固溶)させることで、図1Cに示すように、基板101の上に固溶層102aが形成される。例えば、1000sccmでアルゴンガスを供給して66661Pa(500Torr)としている電気炉で、基板温度を毎分90℃で900℃まで昇温し、この状態を30分保持する。なお、sccmは流量の単位であり、0℃・1013hPaの流体が1分間に1cm3流れることを示す。
【0018】
900℃に加熱することで、アモルファス状態の炭素がニッケルに溶解する。また、900℃の保持時間を30分程度とすることで、層厚18nm程度の炭素層103の全てが、金属層102に溶解する。このように炭素が固溶した固溶層102aにおいては、炭素は、層厚方向に濃度分布を形成しているものと考えられる。例えば、炭素が全て溶解した直後は、固溶層102aの表面近傍では、内部よりも炭素濃度が高い状態となる。この後、時間の経過とともに、炭素が層厚方向に拡散していく。
【0019】
次に、加熱の温度を低下させることで、図1Dに示すように、金属層102に溶解している炭素を金属層102の表面に析出させて金属層102の表面にグラフェン104を形成する(第4工程)。例えば、上述したように900℃で30分保持した後、毎分20℃で室温(20℃程度)まで降温すればよい。温度の低下とともに、固溶層102aの表面近傍で溶解しきれなくなった炭素が、グラフェン(またはグラファイト層)として、表面に析出する。複数のグラフェンを析出させれば、グラファイト層となる。
【0020】
上述したように析出して金属層102に形成されるグラフェンまたはグラファイト層の厚さは、固溶層102aの表面近傍に溶解していた炭素の量に依存するが、析出する炭素の層は、金属層102の界面より全てが結晶化してグラフェンまたはグラファイト層となっている。析出した層においては、アモルファス状態の炭素層は存在しない。
【0021】
ここで、上述した析出によるグラファイト層の形成では、金属層102および炭素層103の層厚、加熱温度、加熱保持時間の制御が重要となる。炭素が溶解している固溶層102aの表面近傍における炭素濃度が一定限度以下になると、高温状態より例えば室温にまで戻しても、もはやグラフェンまたはグラファイト層の析出は起こらず、炭素は金属層に溶解したままの状態となる。金属層102が厚すぎる条件、炭素層103が薄すぎる条件、加熱の温度が高すぎる条件、また、高温での保持時間が長すぎる条件では、上述したように、炭素の析出が起こらず、グラフェンまたはグラファイト層が得られない。
【0022】
一方、金属層102が薄すぎる条件、炭素層103が厚すぎる条件、加熱の温度が低すぎる条件、また、高温での保持時間が短すぎる条件では、全ての炭素層103が金属層102に溶解することができず残ることになる。また、金属層102が薄すぎると、加熱した際に金属層102に穴が開き、あるいは離散的に凝集するようになる。
【0023】
析出によりグラフェンまたはグラファイト層を形成する条件は、上述した条件に限られるものではない。全ての炭素層103が金属層102に溶解し、かつ固溶層102aの表面近傍での炭素濃度が適切な値になるように調節することが重要となる。例えば、金属層102をニッケルから構成する場合、金属層102は、層厚280〜320nmの範囲としていればよい。また、炭素層103は、層厚16〜20nmの範囲としていればよい。また、加熱の温度は、880〜920℃の範囲とし、加熱の保持時間は、28〜32分の範囲とすればよい。
【0024】
次に、本実施の形態により作製したグラフェンまたはグラファイト層(炭素薄膜)の品質の評価結果について、図2を用いて説明する。図2は、炭素薄膜のラマンスペクトルを示す特性図である。励起光波長は532nmを用いた。また比較のために、メタンを原料として用いた熱CVD法でニッケル層の上に形成したグラフェンまたはグラファイトのスペクトル、およびスパッタリングで堆積したアモルファス炭素薄膜のスペクトルを併せて示した。図2において、(a)が本実施の形態における炭素薄膜のラマンスペクトルであり、(b)が、CVD法で形成したグラフェンまたはグラファイトのラマンスペクトルであり、(c)が、アモルファス炭素薄膜のラマンスペクトルである。
【0025】
本実施の形態における炭素薄膜は、図2の(a)に示すように、アモルファス炭素層の残存の形跡は見られず、得られた薄膜は表面から金属層の界面まで全て積層したグラフェンまたはグラファイトから構成されていると考えられる。一般に、GバンドとDバンドの比がグラファイトの結晶性を表す指標として用いられており、G/D比が大きいほど結晶性が高い。
【0026】
図2の(b)に示す熱CVD法で合成したグラフェンまたはグラファイト薄膜のG/D比が約22であるのに対し、本実施の形態における炭素薄膜のG/D比は約60である。この「60」という値は、一般的な熱CVD法で得られるグラフェンまたはグラファイト薄膜のG/D比以上である。
【0027】
熱CVD法においても、一旦金属層に溶け込んだ炭素原子がグラフェンまたはグラファイト薄膜として金属から析出する効果があると考えられるが、これ以外にも原料ガス分子が分解して基板を経ずに直接炭素が表面に堆積する効果もあると考えられる。CVD法による後者の効果は、特に厚いグラファイト膜の形成時に重要となる。しかし基板表面の金属から析出するグラフェンまたはグラファイト薄膜は、一般に基板表面の金属との相互作用により原子配列が非常に規則的に揃いやすいのに対し、直接炭素がグラフェンまたはグラファイト薄膜表面に付着する効果による膜形成では欠陥が生じやすく、生成したグラフェンまたはグラファイト薄膜の品質を低下させる。本実施の形態における炭素薄膜は、金属からの析出のみによって形成されるため、熱CVD法に比べて結晶性が高いと考えられる。
【0028】
以上に説明した本発明によれば、アモルファス炭素を含まない良質な結晶状態の炭素薄膜を、一般に用いられている成膜装置および加熱装置を用いることで、簡便に得ることができる。このため、低コスト、大面積、かつ、安全に、グラフェンまたはグラファイト層が形成できるようになる。
【0029】
このように作製したグラフェンまたはグラファイト層は、配線材料あるいは透明電極材料として用いることができる。また、グラフェンまたはグラファイトの層を絶縁性基板に転写すれば、電子素子材料として用いることもできる。
【0030】
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、上述では、金属層をニッケルから構成したが、これに限るものではなく、金属層を、コバルトから構成してもよい。金属層は、炭素が溶解する金属から構成されていればよい。
【符号の説明】
【0031】
101…基板、102…金属層、102a…固溶層、103…炭素層、104…グラフェン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素が溶解する金属から構成された金属層を用意する第1工程と、
スパッタ法および蒸着法より選択した堆積法により前記金属層の上に炭素を堆積して炭素層を形成する第2工程と、
加熱することで前記炭素層を前記金属層に溶解させる第3工程と、
加熱の温度を低下させることで前記金属層に溶解している炭素を前記金属層の表面に析出させて前記金属層の表面にグラフェンを形成する第4工程と
を少なくとも備えることを特徴とする炭素薄膜の作製方法。
【請求項2】
請求項1記載の炭素薄膜の作製方法において、
前記金属はニッケルであることを特徴とする炭素薄膜の作製方法。
【請求項3】
請求項2記載の炭素薄膜の作製方法において、
前記金属層は、層厚280〜320nmの範囲に形成し、
前記炭素層は、層厚16〜20nmの範囲に形成し、
前記加熱の温度は、880〜920℃の範囲とし、
前記加熱の保持時間は、28〜32分の範囲とする
ことを特徴とする炭素薄膜の作製方法。

【図1A】
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【図1B】
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【図1C】
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【図1D】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−236745(P2012−236745A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−106956(P2011−106956)
【出願日】平成23年5月12日(2011.5.12)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】