説明

炭素鋼配管、その製造方法および炭素鋼配管の腐食低減方法

【課題】金属組織の溶出が少なく耐食性に優れた炭素鋼配管が得られ、その炭素鋼配管を簡易な処理工程により製造でき、さらに腐食生成物の発生量を効果的に低減できる炭素鋼配管、その製造方法および炭素鋼配管の腐食低減方法を提供する。
【解決手段】放射性物質を含有する流体を流通させる炭素鋼配管において、上記炭素鋼配管の金属組織の結晶粒径が1μm以上10μm以下の範囲に制御されていることを特徴とする炭素鋼配管である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子力発電プラント等で使用される炭素鋼配管、その製造方法および炭素鋼配管の腐食低減方法に係り、特に金属組織の溶出が少なく耐食性に優れた炭素鋼配管が得られ、その炭素鋼配管を簡易な処理工程により製造でき、さらに腐食生成物の発生量を効果的に低減できる炭素鋼配管、その製造方法および炭素鋼配管の腐食低減方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に炭素鋼は比較的低価格であり、また十分な強度を有する特徴を利用して、原子力発電プラントや化学プラントの配管や構造材等に広く採用されている。しかしながら、炭素鋼は水と接触することにより腐食し易い性質もあり、例えば原子力発電プラントの冷却水中ではクラッドと呼ばれる腐食生成物の発生源となり易い。さらに腐食が進行した部分においては、減肉(腐食により金属材料の肉厚が薄くなること)などの現象が観察され、近年配管破断事故が危惧される部位ともなる。この減肉は炭素鋼に含有されている鉄元素が金属イオンとなり、炭素鋼の表面から水中に溶出することが大きな原因となっている。
【0003】
ステンレス鋼と比較して腐食し易い炭素鋼は、高温水が流れるプラントにおいて配管材として使用された場合には、高温水中に鉄イオンの形で溶出する量がさらに増大化する。そして溶出した鉄イオンは酸素と反応して鉄酸化物となり、微小な鉄酸化物の凝集体である腐食生成物(クラッド)として高温水中を浮遊することになる。このクラッドはいろいろな機器の表面に付着したりして、その機器の機能を阻害する要因となっている。
【0004】
また上記クラッドがコバルトやNi等の放射化しやすいイオンや酸化物と共に燃料棒表面に付着して剥離すると、高温水中の放射化金属濃度が高くなり、放射線被曝の危険性が増大化する恐れがある。原子力プラントにおいて、大部分の放射化金属は冷却水浄化系で除去されるが、一部は再びステンレス鋼や炭素鋼配管に付着して作業員の被曝の原因となる。
【0005】
また、原子力発電プラントで用いられる配管材料は、表面に付着した放射性腐食生成物を除去するために、しばしば表面の除染処理が実施される。この除染処理が実施されると図6(b)に示すように、材料表面に形成されていた酸化皮膜が除去され、金属組織の新生面が露出することになり、減肉進行やクラッドの溶出量が大きくなる懸念が発生する。
【0006】
これらの従来の問題点を解決する手法としては、プラント本体および周辺機器の構成材を、炭素鋼からより耐食性に優れたステンレス等の耐食材に代替させる手法が一般的に広く採用されてきた。また、炭素鋼の耐食性の向上を目標として、プラント運転時において材料の電位コントロールや、水中への薬液やガス注入等が実施されている。
【0007】
また、炭素鋼表面にアルミニウム等の他種の金属をコーティングし耐食性金属皮膜(アルミニウムの場合にはアルミナAl)を形成させる手法や、表面に発生する錆に他元素(Ti、Nb、Ta、Zr、V、Hf)を含有させることにより、より微細で、かつ緻密な錆に変化させて、安定した表面層を形成することにより、耐食性を改善する手法等の提案が特許として出願されている(例えば、特許文献1、2参照)。これらの手法は、従来の研究実績を検証してから採用されてきたものであり、一定の実用上の効果は確認されている。
【0008】
また、通常の製造過程を経て調製された炭素鋼においては、結晶粒径が100〜200μm程度と粗大であるが、この結晶粒径をさらに数ミクロン程度に微細化して緻密な結晶組織とすることにより、炭素鋼構成材の耐食性および靭性を共に向上させる手法も提案されている。また、プラント配管等の構成材として用いられている炭素鋼を組織観察した結果から、金属腐食の進展は結晶粒界が細かい炭素鋼よりも粗いものの方が速い傾向にあることが、本発明者の知見として得られている。結晶粒径を緻密化するための主な処理方法としては、炭素鋼を熱間加工した後に急速に冷却する方法や、熱間加工後に延伸圧延したり、あるいは微粉末の鉄と無機化合物との微粉末混合体を熱処理したりする方法などがある。上記熱間加工は温度(700〜900℃)や温度保持時間に経験的なノウハウが蓄積されており多種多様である(例えば、特許文献3、4、5参照)。
【特許文献1】特公平4−44240号公報
【特許文献2】特開平11−335876号公報
【特許文献3】特開平2−301540号公報
【特許文献4】特開平6−279916号公報
【特許文献5】特開平4−143219号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、上述した従来から採用されてきた対策には、以下に述べるような技術的・経済的に解決すべき課題が残されている。すなわち、耐食・耐熱材として知られるステンレス鋼のように、炭素鋼以外の高価な合金材料を用いることにより、材料の腐食や減肉の問題は解決出来るが、プラント建設費のコストアップは必然的であり、経済性に難点がある。
【0010】
一方で、基材材料の表面に耐食性が優れた他の金属のコーティング層を一体に形成する手法では一定の効果は得られているが、プラントの特異性によるコーティング層の寿命のばらつきが大きく、完全な腐食抑制のための万能な手法としては未だ確立されていない現状である。
【0011】
また、材料組織を構成する結晶粒を緻密化する方法においては、熱処理と圧延とを複雑に組み合わせた煩雑な処理が必要となり、材料の製造コストが大幅に上昇してしまう欠点がある。また、部分的な組織の改善操作が困難になる場合が多い。
【0012】
本発明は上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、特に金属組織の溶出が少なく耐食性に優れた炭素鋼配管が得られ、その炭素鋼配管を簡易な処理工程により製造でき、さらに腐食生成物の発生量を効果的に低減できる炭素鋼配管、その製造方法および炭素鋼配管の腐食低減方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するために本発明者らは腐食生成物が付着し難くかつ自身の腐食が少ない炭素鋼金属粒界の改質法および原子力プラントの運転方法について鋭意研究を重ねた。その結果、炭素鋼の製造過程での熱履歴の付与によって粒界の大きさが制御できるという知見、および同一炭素鋼素材で所定の熱履歴を与え急速冷却することにより、金属組織の粒界径(結晶粒径)が約200μm程度の大きさから変化し、約10μm程度の微細な粒界組織を有する炭素鋼を効率的に製造することができるという知見を得た。
【0014】
また、粒界が小粒化した炭素鋼においては、ヘマタイト相を主体とする表面皮膜組成物が形成されおり、この皮膜の組成が化学的に安定なヘマタイト相が主体になると、表面金属組織の溶出が効果的に抑制され、炭素鋼配管の腐食抑制が実現できるという知見も得られた。本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものである。
【0015】
すなわち、本発明に係る炭素鋼配管は、放射性物質を含有する流体を流通させる炭素鋼配管において、上記炭素鋼配管の金属組織の結晶粒径が1μm以上10μm以下の範囲に制御されていることを特徴とする。
【0016】
本発明が指向する炭素鋼配管の構成材としては、放射性物質を含有する流体と接触する環境下において錆を生じないような高合金鋼などの高価な材料は含まず、鉄と約2%以下の炭素との合金である炭素鋼や低合金鋼などが基本的に使用可能である。また、少量のP,Cu,Cr,Ni等を含有する耐候性鋼を用いても良い。
【0017】
炭素鋼配管の金属組織の結晶粒径の大小は、炭素鋼配管の腐食速度に影響する大きな因子であり、本発明においては、1μm以上10μm以下の範囲に規定される。この結晶粒径が10μmを超えるように粗大になると、金属組織の腐食速度が大きくなり、炭素鋼配管の寿命が短くなる。一方、上記結晶粒径を1μm未満と過度に微細に形成するためには、大掛かりな冷却装置が必要になり製造コストの大幅な上昇を招いてしまう。したがって、上記結晶粒径は、1μm以上10μm以下の範囲に規定される。なお、この結晶粒径は、炭素鋼配管を熱処理する際の冷却速度を調整することにより制御できる。
【0018】
また上記炭素鋼配管において、前記炭素鋼配管の流体との接液部表面にヘマタイト相が形成されていることが好ましい。上記ヘマタイトは非伝導性を有する酸化鉄(Fe)であり,極めて化学的に安定した物質である。したがって、炭素鋼配管の接液部表面に化学的に安定なヘマタイト相を主体とする皮膜を形成した場合には、表面金属組織の溶出が効果的に抑制され、炭素鋼配管の腐食抑制が実現できる。
【0019】
本発明に係る炭素鋼配管の製造方法は、炭素鋼配管を再結晶温度以上の温度に加熱する工程と、この炭素鋼配管を温度800〜1000℃で1〜2分間保持する工程と、この炭素鋼配管を50℃/秒以上の冷却速度で冷却することにより、上記炭素鋼配管の金属組織の結晶粒径を1μm以上10μm以下の範囲に制御する工程とを備えることを特徴とする。
【0020】
上記冷却工程における炭素鋼配管の冷却速度は、金属組織の結晶粒径に大きな影響を及ぼす因子であり、本発明方法では50℃/秒以上に設定される。この冷却速度を50℃/秒以上に設定することにより、上記炭素鋼配管の金属組織の結晶粒径が1μm以上10μm以下の範囲となる微細な結晶組織を形成できる。
【0021】
また上記炭素鋼配管の製造方法の加熱工程において、電気炉または高周波誘導加熱手段を熱源として用いることが好ましい。
【0022】
上記電気炉および高周波誘導加熱手段は、炭素鋼配管の加熱装置として効果的であり、特に加熱工程後に実施する冷却工程で使用する冷却装置との組み合わせが容易である。特に加熱手段として高周波誘導加熱手段を用いた場合には、高周波焼入れ装置と同様に誘導子としてのコイルを巻く位置を適宜選択することにより、炭素鋼配管を部分的に加熱処理することが可能であり、特に耐食性が要求される箇所を重点的に処理することも可能である。
【0023】
さらに、上記炭素鋼配管の製造方法の加熱工程において、前記冷却工程において炭素鋼配管内に通水することにより、炭素鋼配管の冷却速度を50℃/秒以上に調整することが好ましい。すなわち、炭素鋼配管内に通水する水量を調整することにより、炭素鋼配管の冷却速度を高い精度で調整することができる。
【0024】
また、上記炭素鋼配管の製造方法において、炭素鋼配管が既設の原子力プラントで使用されている場合においては、この炭素鋼配管を加熱する工程の前に、予め炭素鋼配管表面に付着生成した放射性付着生成物を除去し除染することが好ましい。
【0025】
既設の原子力発電プラントに装備されていた炭素鋼配管には、経年の腐食反応の進行により放射性腐食生成物が付着しており放射線を連続的に放出しているため、既設プラントから取り出された炭素鋼配管によって作業環境の被曝線量が増加する恐れがある。そこで作業者の被曝を低減するために、上述の炭素鋼配管の加熱作業に先立ち、炭素鋼配管の表面の除染を実施して放射性腐食生成物を除去することにより、作業環境の被曝線量を効果的に低減することができる。
【0026】
さらに、本発明に係る炭素鋼配管の腐食低減方法は、上記のように金属組織の結晶粒径を所定の範囲に設定した炭素鋼配管に放射性物質を含有する流体を流通させて原子力プラントを運転する際に、前記流体中に含有されるニッケル濃度を1ppb以下に調節し、上記炭素鋼配管の構成成分とニッケル成分との化合を防止し、上記炭素鋼配管への放射化金属の取り込み付着を抑制することを特徴とする。
【0027】
原子力プラントにおいて原子炉が運転中である場合に、放射性物質を含有する流体との接触により炭素鋼配管は徐々に酸化されるが、流体中にニッケルが十分に存在しない条件では、炭素鋼表面には放射性腐食生成物であるニッケルフェライト(NiFe)の酸化皮膜が生成されない。ここで上記酸化皮膜へのコバルトの取り込みはニッケルフェライト中に含まれるニッケルのコバルトとの置換が主となる。そのため、ニッケルフェライトが存在しない条件では、酸化皮膜へのコバルト取り込みが抑制される。こうして、流体中に含有されるニッケル濃度を1ppb以下に調節することにより、酸化皮膜へのコバルトの取り込みが抑制される結果、酸化皮膜中の放射性同位元素であるコバルト60が減少し、その結果、炭素鋼配管の放射線の線量低減が達成される。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る炭素鋼配管、その製造方法および炭素鋼配管の腐食低減方法によれば、特に金属組織の溶出が少なく耐食性に優れた炭素鋼配管が得られ、その炭素鋼配管を簡易な処理工程により製造でき、さらに腐食生成物の発生量を効果的に低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下に本発明に係る炭素鋼配管、その製造方法および炭素鋼配管の腐食低減方法の実施形態について添付図面を参照してより具体的に説明する。
【0030】
[実施例1]
日本工業規格(JIS G4501)に規定する機械構造用炭素鋼軟鋼材(S20C)から成る既成の炭素鋼(炭素含有量:0.2%)を用意し、図3に示すように酸素遮断環境中において再結晶温度以上である800〜1000℃にて数分間加熱保持して圧延加工を行い、炭素鋼配管を調製した。次に得られた炭素鋼配管を電気炉中で温度900〜1000℃に加熱して2分間保持する熱処理を実施した後に、水中に浸漬して急冷することにより、金属組織の結晶粒径を微細化した実施例1に係る炭素鋼配管を調製した。
【0031】
一方、電気炉中での加熱処理およびその後の急冷処理を実施せず、圧延加工したままの炭素鋼配管を比較例とした。
【0032】
上記実施例1および比較例に係る炭素鋼配管の金属組織を顕微鏡観察した結果をそれぞれ図2および図1に示す。従来の製造方法で製造した炭素鋼(S20C)配管における金属組織は、図1および図3に示すように、粒界径(結晶粒径)が10〜200μm程度の粗大な大きさであり、金属組織の結晶粒径は広い分布を有していた。
【0033】
一方、図3に示すような熱処理および冷却処理を付加した実施例1に係る炭素鋼配管によれば、図2および図3に示すように、粒界径(結晶粒径)が約10μm以下で5μm以上の分布を持つように金属組織が微細に制御することが可能であった。
【0034】
ここで、炭素鋼配管は粒界径(結晶粒径)の大きさによって腐食速度が異なることが判明しており、粒界径が大きい結晶粒が腐食すると粒界径が小さな結晶粒が腐食されない場合においても炭素鋼配管全体の腐食が進行してしまう。このため図2に示すように結晶粒径の大きさを制御して微細に形成することによって、炭素鋼配管全体の腐食が、制御された粒界径の大きさに比例して抑制される。したがって、結晶粒径を小さくして微細化することによって炭素鋼配管の腐食速度を低下させること可能になった。
【0035】
そして、上記炭素鋼配管の腐食が減少することによって、上記炭素鋼配管を機器構成材として用いた原子力プラントの健全性の向上および機器の交換時期の延長を図ることができる。また腐食生成物である鉄酸化物から成るクラッドの水中濃度が減少することによって、放射化金属濃度が減少するために被曝低減効果も期待できる。
【0036】
[実施例2]
実施例1で使用した炭素鋼配管を、図4に示すような電気炉中で温度900〜1000℃に加熱して2分間保持する熱処理を実施した後に、水中に浸漬することにより急冷した点以外は実施例1と同様に処理して金属組織の結晶粒径を微細化した実施例2に係る炭素鋼配管を調製した。
【0037】
すなわち、図4に示すように、新設の原子力発電プラント用の炭素鋼配管1を電気炉2の中に配置した状態で、図3に示すように温度900〜1000℃に加熱して2分間保持する熱処理を実施した後に、電気炉に隣接して設置された水槽3中に移した。この水槽3中には清澄水4が充填されており、加熱処理を終了した炭素鋼配管1を速やかに水槽3中に浸漬することにより、加熱した炭素鋼配管1を50℃/秒以上の冷却速度で冷却した。そして、この急冷処理により、金属組織の結晶粒径を微細化した実施例2に係る炭素鋼配管1を調製した。
【0038】
上記実施例2に係る炭素鋼配管1の金属組織を顕微鏡観察したところ、図2に示す金属組織と近似した金属組織が得られ、図3に示す熱処理および冷却処理により、結晶粒径が微細化されて、粒界径が約10μm以下で1μm以上の分布を持つ微細組織に制御でき、その清澄水4と接する表面にはヘマタイト相が形成され、炭素鋼配管1の耐食性が優れることが判明した。
【0039】
こうして、実施例2に係る炭素鋼配管を原子力プラントの機器構成材に使用すれば、炭素鋼配管の腐食が低下することによって、原子力プラントの健全性の向上および機器の交換時期の延長を図ることができる。また腐食生成物である鉄酸化物から成るクラッドの水中濃度が減少することによって、放射化金属濃度が減少して被曝低減効果も期待できる。
【0040】
[実施例3]
既設の原子力プラントにおいて使用されていた炭素鋼配管を処理対象とする実施例について、図5および図6を参照して説明する。
【0041】
実施例1で使用した炭素鋼配管を、図5に示すような高周波誘導加熱手段を熱源として温度900〜1000℃に加熱して2分間保持する熱処理を実施した後に、炭素鋼配管内に通水することにより急冷した点以外は実施例1、2と同様に処理して金属組織の結晶粒径を微細化した実施例3に係る炭素鋼配管を調製した。
【0042】
すなわち、図5に示すように、既設の原子力発電プラントから取り外すか、または使用状態のままの炭素鋼配管1の所定位置にコイル5を巻き、そのコイル5に高周波電源6からコイル電流7を流す。その結果、炭素鋼配管1内部には磁界8が発生するために炭素鋼配管表面には誘導渦電流9が流れ、発生したジュール熱によって配管を加熱した。この状態で図3に示すように温度900〜1000℃に加熱して2分間保持する熱処理を実施した後に、加熱した炭素鋼配管1内に清澄水4を導入・通水することによって50℃/秒以上の冷却速度で冷却した。そして、この急冷処理により、金属組織の結晶粒径を微細化し、清澄水4を通水した表面にはヘマタイト相が形成された実施例3に係る炭素鋼配管1を調製した。
【0043】
なお、既設の原子力発電プラントで実際に使用されていた配管類は、放射性腐食生成物が付着して常に放射線を放出している。そのため、上記既設の配管類を取り外して腐食低減化処理を実施する場合には、作業者の被曝を低減する目的で、上記の加熱作業に先立って、予め配管表面の除染を十分に実施し、配管内面に堆積した放射性腐食生成物の除去を実施することが好ましい。
【0044】
上記付着した放射性腐食生成物の除去方法としては、ブラスト処理などの機械的な方法や溶解処理などの化学的方法が考えられる。このような、除染処理を実施することにより、作業者の被曝量が効果的に低減される。
【0045】
図6(a)は、上記除染処理前の試験片の表面状態を示す外観写真であり、放射性腐食生成物が一面に付着している状態が明白である。一方、図6(b)は、除染処理後の試験片の表面状態を示す外観写真であり、放射性腐食生成物が除去されて金属組織が露出した状態が得られている。
【0046】
上記実施例3に係る炭素鋼配管1の金属組織を顕微鏡観察したところ、図2に示す金属組織と近似した金属組織が得られ、図3に示す熱処理および冷却処理により、結晶粒径が微細化されて、粒界径が約10μm以下で1μm以上の分布を持つ微細組織に制御でき、この炭素鋼配管1の耐食性が優れることが判明した。
【0047】
このように、実施例3に係る炭素鋼配管においても、炭素鋼配管の腐食量が低下することによって、原子力プラントの健全性の向上および機器の交換時期の延長を図ることができる。また、腐食生成物である鉄酸化物から成るクラッドの水中における濃度が減少することによって、放射化金属濃度が減少するため、被曝低減効果がさらに期待できる。
【0048】
特に加熱処理に先立って除染処理を実施した材料の場合、作業員の被曝量低減が図れると同時に、除染処理により炭素鋼の新生面が現れることになり、減肉やクラッドの溶出が大きくなる懸念が発生するが、本実施例のように結晶粒径の制御を実施することにより、これらの溶出現象を最小限に抑制することができる。
【0049】
[実施例4]
次に、本発明の実施例4について説明する。
【0050】
実施例4は、前記実施例1〜実施例3において調製した炭素鋼配管に、放射性物質を含有する流体を流通させて原子力プラントを運転する際に、前記流体中に含有されるニッケル濃度を1ppb以下に調節した炭素鋼配管の腐食低減方法である。
【0051】
上記実施例4のように、原子炉冷却水のニッケル濃度が1ppb以下となる条件で原子力プラントの運転を行ことにより、原子炉運転中に、炭素鋼配管は酸化されるが、ニッケルが十分に存在しない条件では、炭素鋼配管表面ではニッケルフェライト(NiFe)の酸化皮膜が生成されない。
【0052】
ここで酸化皮膜へのコバルトの取り込みはニッケルフェライト中に含有されるニッケルのコバルトとの置換が主であるため、ニッケルフェライトが存在しない条件では、放射性元素であるコバルトの酸化皮膜への取り込みが効果的に抑制される。すなわち、上記炭素鋼配管の構成成分とニッケル成分との化合を防止し、上記炭素鋼配管へのコバルトなどの放射化金属の取り込み付着を抑制することができる。
【0053】
したがって、酸化皮膜へのコバルト等の放射化元素の取り込みが抑制される結果、酸化皮膜中のコバルト60が減少し、その結果、炭素鋼配管の放射線の線量低減が達成される。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】炭素鋼(S20C)に所定の加熱処理および冷却処理を実施する前の粗大な金属組織を示す顕微鏡写真。
【図2】炭素鋼(S20C)に所定の加熱処理および冷却処理を実施した後の微細な金属組織を示す顕微鏡写真。
【図3】炭素鋼配管の熱間処理条件および熱処理前後における粒界径の測定例を示す図。
【図4】電気炉による熱処理例を示す斜視図。
【図5】高周波誘導加熱手段による既設炭素鋼配管の熱処理例を示す斜視図。
【図6】(a)、(b)はそれぞれ除染処理前後における試験片の表面状態を示す外観写真。
【符号の説明】
【0055】
1…炭素鋼配管、2…電気炉、3…水槽、4…清澄水、5…コイル、6…高周波電源、7…コイル電流、8…磁界、9…誘導渦電流、10…除染前の試験片、11…除染後の試験片。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射性物質を含有する流体を流通させる炭素鋼配管において、上記炭素鋼配管の金属組織の結晶粒径が1μm以上10μm以下の範囲に制御されていることを特徴とする炭素鋼配管。
【請求項2】
前記炭素鋼配管の流体との接液部表面にヘマタイト相が形成されていることを特徴とする請求項1記載の炭素鋼配管。
【請求項3】
炭素鋼配管を再結晶温度以上の温度に加熱する工程と、この炭素鋼配管を温度800〜1000℃で1〜2分間保持する工程と、この炭素鋼配管を50℃/秒以上の冷却速度で冷却することにより、上記炭素鋼配管の金属組織の結晶粒径を1μm以上10μm以下の範囲に制御する工程とを備えることを特徴とする炭素鋼配管の製造方法。
【請求項4】
前記加熱工程において電気炉または高周波誘導加熱手段を熱源として用いることを特徴とする請求項3記載の炭素鋼配管の製造方法。
【請求項5】
前記冷却工程において炭素鋼配管内に通水することにより、炭素鋼配管の冷却速度を50℃/秒以上に調整することを特徴とする請求項3記載の炭素鋼配管の製造方法。
【請求項6】
前記炭素鋼配管を加熱する工程の前に、予め炭素鋼配管表面に付着生成した放射性付着生成物を除去し除染することを特徴とする請求項3記載の炭素鋼配管の製造方法。
【請求項7】
請求項1記載の炭素鋼配管に放射性物質を含有する流体を流通させて原子力プラントを運転する際に、前記流体中に含有されるニッケル濃度を1ppb以下に調節し、上記炭素鋼配管の構成成分とニッケル成分との化合を防止し、上記炭素鋼配管への放射化金属の取り込み付着を抑制することを特徴とする炭素鋼配管の腐食低減方法。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−95123(P2008−95123A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−274235(P2006−274235)
【出願日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】