説明

焼入れ方法及び焼入れ装置

【課題】冷却速度を確実に高めることができる焼入れ方法を提供する。
【解決手段】 ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となるように前記冷却液中で前記ワークを高速振動させながら冷却する。これにより、沸騰段階ではワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られ、ワーク表面の冷却液の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなる。また、沸騰段階後の対流段階においても、前記高速振動によりワーク表面の冷却液が入れ替わるので、冷却速度が速くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼の熱処理における焼入れ方法及びその装置に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼の熱処理における焼入れ方法において、従来、冷却を複数のワーク間で均一に行えるようにしたり、焼入れ初期にワークの周囲に形成される蒸気膜を破壊して冷却速度を高めたりするために、焼入れ中に冷却液を振動させたり攪拌したりすること(特許文献1,2,3参照)や、焼入れ中にワーク自体を揺動させること(特許文献4,5参照)が知られている。
【0003】
具体的に、特許文献1には、焼入れの際に冷却液に8〜600kHzの範囲の超音波振動を与えることが記載されている(第2欄下から3行目以下)。
【0004】
特許文献2には、冷却液に与えられる振動数を10〜500Hzとすることが記載されている(請求項2)。
【0005】
特許文献3には、冷却液に与える振動の周波数として、10〜60Hz、好ましくは40Hzが例示されている(0038段落)。
【0006】
特許文献4には、ワークを収容する枠体にシリンダを連結し、冷却液中に前記枠体を浸漬した状態で前記シリンダを作動させることにより、300mmのストロークで約10秒間揺動させることが記載されている(第2頁右上欄第6〜13行及び第2図)。
【0007】
特許文献5には、冷却液中のワークを上下に揺動させることが記載されている(0027段落)が、その揺動の速度についてはなんら記載がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4−13808号公報
【特許文献2】特開2001−64722号公報
【特許文献3】特開2003−286517号公報
【特許文献4】特開昭63−28822号公報
【特許文献5】特開2007−321231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前記従来の方法では、ワークに対する冷却液の当たりが弱かったり、ワーク・冷却液間の相対的な流速が緩やかであったりして、十分な効果が得られていたとは言えない。
【0010】
本発明は、前記の如き事情に鑑みてなされたものであり、冷却速度を確実に高めることができる焼入れ方法及び焼入れ装置を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題を解決するため、本発明に係る焼入れ方法は、ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となるように前記冷却液中で前記ワークを振動させながら冷却することを特徴とする(請求項1)。
【0012】
本発明によれば、ワークを冷却液中で高速振動させることで、ワークの急冷が可能となる。振動の速度は、ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となる高速である。これにより、沸騰段階ではワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られ、ワーク表面の冷却液の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなる。また、沸騰段階後の対流段階においても、前記振動によりワーク表面の冷却液が入れ替わるので、冷却速度が速くなる。よって、ホット油を使用した場合でもコールド油焼入れと同等以上の冷却能が得られ、ワーク内部(芯部)の硬度はコールド油焼入れと同等か、それ以上のものが得られる。
【0013】
好適な実施の一形態として、前記冷却液がホット油であり、前記ワークの振動をMs点付近までとし、その後前記ワークの振動を弱めるか又は停止させて冷却することもできる(請求項2)。このようにすれば、Ms点付近まではコールド油並みの冷却速度が得られ、それ以後は緩やかな冷却となる。これにより、ワーク表面の有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高く、ワーク内部(芯部)の硬度はホット油焼入れと同等の硬度となり、靭性に優れた焼入れ品質を得ることができる。
【0014】
前記ワークの振動の好ましいストロークとして、10〜50mmを例示する(請求項3)。
【0015】
本発明に係る焼入れ装置は、ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となるようにワーク支持フレームを前記冷却液中で振動させる振動機構を備えることを特徴とする(請求項4)。
【0016】
本発明に係る焼入れ装置によれば、前記振動機構により前記ワーク支持フレームが振動させられることで、ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となる。このため、焼入れ初期の沸騰段階で前記振動機構を作動させることにより、ワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られ、ワーク表面の冷却液の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなる。また、沸騰段階後の沸騰と対流が混在する段階および対流段階においても前記振動機構を作動させることにより、ワーク表面の冷却液が入れ替わるので、冷却速度を速くすることができる。
【0017】
好適な実施の一形態として、前記振動機構が、一回転中に前記ワーク支持フレームを複数回往復動させるカムを備える態様を例示する(請求項5)。このようにすれば、カムの回転数に比べて前記ワーク支持フレームの往復動の回数を多くできるので、ワークに対する冷却液の流速を高速にし易くて好適である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法による冷却曲線と冷却速度を示すグラフである。
【図2】本発明の実施の一形態に係る焼入れ装置の要部を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法及び焼入れ装置について説明する。
【0020】
本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法は、ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となるように前記冷却液中で前記ワークを高速で振動させながら前記ワークを冷却することを特徴とする。特に、前記冷却液としてホット油を用い、Ms点付近まで急速に冷却し、その後前記ワークの振動を弱めるか又は停止させて緩やかに冷却することが好ましい。
【0021】
すなわち、好ましい実施の形態では、加熱されたワークを冷却液でMs点付近まで急速に冷却する。急速冷却を可能にするのは、前記冷却液中におけるワークの高速振動である。ここで、高速の目安は、ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となることである。
【0022】
冷却液中でワークを高速振動させることにより、沸騰段階においてワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られる。このため、ワーク表面の冷却液の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなる。また、沸騰段階後の対流段階においても、前記高速振動によりワーク表面の冷却液が入れ替わるので、冷却速度が速くなる。よって、ホット油を使用した場合でもコールド油焼入れと同等の冷却能が得られ、ワーク内部(芯部)硬度はコールド油焼入れと同等か、それ以上のものが得られる。
【0023】
本発明の発明者は、鋭意検討を重ね、ユニークな試験方法で試験を行った結果、上述の発明を見いだすに至った。すなわち、本発明の実施の一形態に係る焼入れ方法の効果を検証するため、次のような試験を行った。
【0024】
テストピースとして、直径18mm、長さ40mmのSCr420材の丸棒を用い、このテストピースにシース熱電対を取り付け、SUS棒に針金で固定する。このテストピースを、N雰囲気、850℃に保持された加熱炉(ゴールドファーネス)に挿入後、30分間保持する。その後、加熱されたテストピースを、電気コンロで保温されたステンレスバケツ内の油(冷却液)で冷却する(焼入れ)。
【0025】
冷却液として、130℃のホット油を二つと60℃のコールド油一つを準備する。同じ条件で加熱したテストピースをそれぞれの油で焼入れし、焼入れ過程におけるテストピースの温度を前記シース熱電対で連続的に測定する。
【0026】
<実施例1>
一方のホット油による焼入れにおいては、本発明の一実施例に係る焼入れ方法を実施する。具体的には、前記テストピースの付いたSUS棒をジグソーに連結し、前記テストピースをホット油に漬けた状態で前記ジグソーを作動させて、前記テストピースをホット油内で長さ方向に高速振動(前後動)させる。焼入れ開始と同時に高速振動を開始し、テストピースの温度が油温と同じになったところでテストピースの振動を停止させる。高速振動のストロークは26mm、ストローク数は1500往復/分とする。したがって、テストピース(ワーク)に対するホット油(冷却液)の流速は、1.3m/秒ということになる。
【0027】
<比較例1>
他方のホット油による焼入れは、比較例1である。すなわち、テストピースの付いたSUS棒をホット油内で手回しして攪拌する。この場合の、テストピースに対するホット油の流速は、約0.7m/秒とする。
【0028】
<比較例2>
コールド油による焼入れは、比較例2である。比較例1と同様に、テストピースの付いたSUS棒をコールド油内で手回しして攪拌する。この場合の、テストピースに対するコールド油の流速も、約0.7m/秒とする。
【0029】
前記実施例及び比較例1,2の各測定結果から、図1の冷却曲線を得た。この冷却曲線から算出した冷却速度曲線も、図1に示してある。
【0030】
図1から次のことが分かる。沸騰段階のピーク(およそ650〜800℃:沸騰泡の発生が最も激しい)は、コールド油を使った比較例の方が冷却速度が速い。これは、油本来の性状によるものである。
【0031】
これに対し、およそ650〜200℃の範囲(沸騰と対流の混在領域及び対流段階)では、ホット油を使った本実施例の冷却速度がコールド油を使った比較例2の冷却速度を上回っている。よって、ワークを高速振動させることで冷却速度が速くなり、ホット油を使ってコールド油以上の冷却速度を得ることができる。
【0032】
この試験結果から、沸騰段階ではワークを包み込む沸騰泡が確実且つ効率的に剥ぎ取られ、ワーク表面の冷却液の入れ替えが促進されて冷却速度が速くなるものと考えられる。また、沸騰段階後の沸騰と対流の混在領域及び対流段階においても、高速振動によりワーク表面の冷却液が入れ替わるので、冷却速度が速くなるものと考えられる。
【0033】
前記実施例により得られた焼入れ処理品の内部(芯部)硬度は、ロックウェル硬さ(HRC)において、実施例1は37.5、比較例1は30.5、比較例2は35.0であり、コールド油焼入れ以上であった。
【0034】
なお、前記実施例では、ワークに対する冷却液の流速を1.3m/秒としたが、これより多少遅くても(例えば、毎秒1m以上であれば)同様の効果が得られると考えられる。また、ワークの高速振動のストロークも、前記実施例には限定されず、例えば、10〜50mm、好ましくは15〜35mmのストロークが採用可能である。
【0035】
本実施例では、ワークの温度が油温と同じになるまで高速振動を続けたが、高速振動はMs点付近までとし、その後ワークの振動を弱めるか又は停止させることとしてもよい。このようにすれば、Ms点付近まではコールド油並みの冷却速度が得られ、それ以後は緩やかな冷却となる。これにより、ワーク表面の有効比率(有効硬化層深さ/全浸炭深さ)が高く、ワーク内部(芯部)の硬度はホット油焼入れと同等の硬度となり、靭性に優れた焼入れ品質を得ることができると考えられる。
【0036】
ところで、実際の焼入れにおいて、前記方法を実施するためには、多数のワークを支持するワーク支持フレームを冷却液中で高速振動させることになる。そのため、ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となるように前記ワーク支持フレームを冷却液中で高速振動させる高速振動機構を備えた焼入れ装置が必要である。また、高速振動されるワーク支持フレームから各ワークが浮き上がったり飛び出したりしないように、ワークをワーク支持フレームに固定しておくのが好ましい。
【0037】
図2に、前記高速振動機構を例示する。図2の例は、一回転中にワーク支持フレーム1を複数回往復動させるカム2を備える。このようにすれば、カム2の回転数に比べて前記ワーク支持フレーム1の往復動の回数を多くできるので、ワークに対する冷却液の流速を高速にし易くて好適である。
【0038】
前記カム2が回転駆動源としてのモータ(図示せず)で回転駆動されると、前記カム2に接触する従動子3を介して縦ロッド4が所定のストロークで上下方向に往復駆動される。該縦ロッド4は前記ワーク支持フレーム1に連結されているので、該ワーク支持フレーム1が上下に振動し、前記ワーク支持フレーム1上の各ワークWも上下に高速で振動する。図2中、符号5は焼入れ槽である。
【0039】
図2の装置によれば、従来必要とされていた冷却液攪拌翼及び攪拌機構が不要となるので、焼入れ装置全体の設備費や設置スペースが節約できる利点もある。また、従来の攪拌翼による攪拌には、ロット内(油槽内)でワークと接触する油の流速ばらつきにより焼入れ歪が発生するおそれがあるが、本発明によれば前記流速が均一となり、焼入れ歪の低減効果が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となるように前記冷却液中で前記ワークを振動させながら冷却することを特徴とする、焼入れ方法。
【請求項2】
前記冷却液がホット油であり、前記ワークの振動をMs点付近までとし、その後前記ワークの振動を弱めるか又は停止させて冷却することを特徴とする、請求項1に記載の焼入れ方法。
【請求項3】
前記ワークの振動のストロークが10〜50mmである、請求項1又は2に記載の焼き入れ方法。
【請求項4】
ワークに対する冷却液の流速が毎秒1m以上となるようにワーク支持フレームを前記冷却液中で振動させる振動機構を備えている、焼入れ装置。
【請求項5】
前記振動機構が、一回転中に前記ワーク支持フレームを複数回往復動させるカムを備えている、請求項4に記載の焼入れ装置。

【図1】
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【図2】
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