説明

熱処理方法、外側継手部材、及びトリポード型等速自在継手

【課題】高周波焼入れの移動焼入れでもって、大内径部に硬化層を形成することなく強度的に優れたトリポード型等速自在継手の外側継手部材を成形できる熱処理方法、このような熱処理方法で構成された外側継手部材及びトリポード型等速自在継手を提案する。
【解決手段】円周方向に向き合ったローラ案内面27と両ローラ案内面27,27間に設けられた大内径部46からなるトラック溝26が内周の三箇所に形成される外側継手部材21に対して、高周波誘導加熱コイル51が相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材21のローラ案内面27に硬化層Sを形成するためのものである。高周波誘導加熱コイル51には、発生する磁力線を遮断する磁力線遮断体Aが配置され、磁力線遮断体Aによる磁力線遮断によって、外側継手部材21の大内径部46を未焼き部50とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理方法、外側継手部材、及びトリポード型等速自在継手に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車や各種産業機械等の動力伝達装置に使用される等速自在継手には、その内側継手部材としてトリポード部材を用いたトリポード型等速自在継手がある。トリポード型等速自在継手は、例えば、図15に示すように、外側継手部材1と、内側継手部材としてのトリポード部材2と、トルク伝達部材(ローラ部材)3とを備える。
【0003】
外側継手部材1は一端にて開口したカップ状のマウス部4を備え、このマウス部4の内周面には、軸方向に延びる3本のトラック溝6が形成される。各トラック溝6の円周方向で向き合った側壁にローラ案内面(ローラ摺接面)7、7が形成される。
【0004】
トリポード部材2はボス8と脚軸9とを備える。ボス8にはシャフト(図示省略)とトルク伝達可能に結合するスプラインまたはセレーション孔11が形成してある。脚軸9はボス8の円周方向三等分位置から半径方向に突出している。
【0005】
また、トルク伝達部材3は、その外径面13が凸球面とされたリング状体からなるローラ12と、このローラ12に複数のころ16を介して内嵌されるリング15とを備える。すなわち、ローラ12とリング15とが複数のころ16を介してユニット化され、これら等でローラアセンブリを構成している。この場合、ローラ12を外側ローラと呼び、リング15を内側ローラと呼ぶことができる。
【0006】
ところで、外側継手部材1は、トラック溝6を有するマウス部4と、このマウス部4の底壁から突設されるステム部(図示省略)とからなる。また、マウス部4の内径面は、円周方向に交互に現れる小内径部7bと大内径部7cをローラ案内面7aで接続した3弁の花冠状を呈している。すなわち、外側継手部材1は、円周方向に向き合ったローラ案内面7aと両ローラ案内面7a,7a間に設けられた大内径部7cからなるトラック溝6が内周の三箇所に形成されるものである。
【0007】
前記15に示すトリポード型等速自在継手は、ローラ部材として、内側ローラと外側ローラとを備えたいわゆるダブルローラタイプであったが、図16と図17に示すように、脚軸の円筒状の外周面に複数の針状ころを介して回転可能に外嵌したローラからなるいわゆるシングローラタイプであってもよい。この場合、各脚軸9は、円筒形外周74と、軸端付近に形成された環状の輪溝76を備えている。脚軸9の外周に複数の針状ころ82を介して回転自在にローラ80が外嵌している。脚軸9の円筒形外周面74は針状ころ82の内側軌道面を提供する。ローラ80の内周面は円筒形で、針状ころ82の外側軌道面を提供する。
【0008】
針状ころ32は脚軸9の半径方向で見た外側の端面にてアウタ・ワッシャ84と接し、反対側の端面にてインナ・ワッシャ88と接している。アウタ・ワッシャ84は輪溝76に装着されたサークリップ86によって軸方向移動を規制されているため、結局、針状ころ82も軸方向移動を規制される。
【0009】
一般的には、外側継手部材1のローラ案内面7aに対して熱硬化処理を施している。熱硬化処理として高周波焼入があり、高周波焼入には、定位置で熱処理するワンショット(一発)焼入法(特許文献1)と、コイルと外側継手部材が相対的に移動する移動焼入法(特許文献2)とに大別される。
【0010】
ワンショット焼入れは、図10と図11に示すように、外側継手部材1の3つのトラック溝6にそれぞれ嵌入される加熱部17a、17a、17aを有する高周波誘導加熱コイル17を備えた高周波加熱装置を用いる。このため、ローラ案内面7aを継手軸方向全域にわたって一度に加熱急冷が可能となる。また、前記特許文献1では、大内径部7cの内面に硬化層を形成させないため、誘導コイルに非導電性のフェライトコアを装着している。このため、このような高周波加熱装置を用いることによって、図11に示すようにローラ案内面7aの表面にのみ硬化層Sを形成することができる。
【0011】
また、移動焼入法は、図12から図14に示す高周波加熱装置を用いる。この高周波加熱装置は、三つ葉のクローバ状に巻設されたコイル18と、このコイル18に付設される冷却ジャケット19とを備える。コイル18は、周方向に沿って約120°ピッチで配設される略三角形状の加熱部18a、18a、18aを備える。加熱部18aはローラ案内面7aに相対面する湾曲部20a、20aと、大内径部7cに対面する直線部20bとを有する。なお、冷却ジャケット19の形状はコイル18と同様の三つ葉のクローバ状である。
【0012】
この移動焼入法では、コイル18及び冷却ジャケット19を外側継手部材1のマウス部4内を軸方向に沿って移動させる。この移動に伴って、加熱面(ローラ案内面7a及び大内径部7c)が加熱され、この加熱に追従して冷却ジャケット19から噴出する冷却水にてこの加熱面を急冷することになる。このため、ローラ案内面7a及び大内径部7cが加熱硬化処理され硬化層Sが形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特公昭61−34481号公報
【特許文献2】実公平3−26335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
一般的なワンショット(一発)焼入法では、一時に加熱して一時に冷却するので、薄肉部等においてひずみが発生しやすいというデメリットがある。これに対して、移動焼入れは、生じるひずみを安定させたり、焼入れ硬化層深さを均一化させる効果がある。
【0015】
ところで、継手の機能を考慮すると、少なくともローラ案内面7aに硬化層が設けられていれば問題はない。しかしながら、移動焼入れを行えば、図14に示すように、ローラ案内面7a及び大内径部7cが加熱硬化処理され硬化層Sが形成される。
【0016】
外側継手部材1の外周にはブーツバンド締め付け溝5が形成されており、この部分の肉厚は薄い。このため、この薄肉部において、硬化層Sが外周側に抜けてしまう可能性があり、この部分が強度的に脆くなる可能性がある。このため、継手の小型化が困難になる等の設計自由度が制限されるというデメリットがあった。
【0017】
そこで、本発明は斯かる実情に鑑み、高周波焼入れの移動焼入れでもって、大内径部に硬化層を形成することなく強度的に優れたトリポード型等速自在継手の外側継手部材を成形できる熱処理方法、このような熱処理方法で構成された外側継手部材及びトリポード型等速自在継手を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明の第1の熱処理方法は、円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、高周波誘導加熱コイルの大内径部に対向する位置に、大内径部の加熱を抑制する部分を設け、外側継手部材の大内径部における少なくとも周方向中央部のブーツ装着部対応範囲を未焼き部とするものである。
【0019】
本発明の第1の熱処理方法によれば、高周波焼入れの移動焼入れでもって、外側継手部材の大内径部における少なくとも周方向中央部のブーツ装着部対応範囲に硬化層を形成することなく、ローラ案内面に硬化層を形成することができる。
【0020】
前記大内径部の加熱を抑制する部分が、高周波誘導加熱コイルに発生する磁力線を遮断する磁力線遮断体であり、前記磁力線遮断体は、例えば、大内径部に近接する部位に前記高周波誘導加熱コイルに嵌め込まれる強磁性体コアにて構成されるものである。また、強磁性体コアは例えばケイ素鋼にて構成されている。
【0021】
本発明の第2の熱処理方法は、円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、大内径部に近接する部位を退避させた高周波誘導加熱コイルにて、外側継手部材の大内径部における少なくとも周方向中央部のブーツ装着部対応範囲を未焼き部とするものである。
【0022】
本発明の第2の熱処理方法によれば、高周波誘導加熱コイルが、大内径部に近接する部位を退避させているので、大内径部における少なくとも周方向中央部のブーツ装着部対応範囲がこの熱処理において加熱されず、未焼き部となる。
【0023】
本発明の第3の熱処理方法は、周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、外側継手部材のローラ案内面の外径側に、ローラ部材に対向する鍔部を設け、大内径部における少なくともブーツ装着部対応範囲を非加熱部である未焼き部とすることになる。
【0024】
本発明の第3の熱処理方法によれば、外側継手部材のローラ案内面の外径側に、ローラ部材に対向する鍔部を設けることによって、大内径部における少なくともブーツ装着部対応範囲がこの熱処理において加熱されず、未焼き部となる。
【0025】
前記各熱処理方法において、外側継手部材は前記大内径部間に小内径部が形成され、この小内径部に、前記移動焼入れにて硬化層を形成するようにしてもよい。また、外側継手部材の全大内径部を未焼き部とするものであってもよい。
【0026】
外側継手部材の大内径部の継手奥側においては、外側継手部材の外径面にブーツ装着用溝等が形成されない。このため、外側継手部材の大内径部の継手奥側には未焼き部を設けないようにできる。また、外側継手部材の内径側においてはローラ案内面にのみ硬化層を設けるものであってもよい。
【0027】
本発明のトリポード型等速自在継手は、前記熱処理方法にて処理されている外側継手部材と、前記外側継手部材内に配設され半径方向に突出した3つの脚軸を備えたトリポード部材と、前記トリポード部材の各脚軸に装着され前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に案内されるローラ部材とを備えたものである。
【0028】
前記ローラ部材は、脚軸の球状外周面に首振り自在に嵌め込まれ、前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に案内されるものである。
【0029】
前記ローラ部材は、外側継手部材のトラック溝に挿入されたローラと、脚軸に外嵌して前記ローラを回転自在に支持するリングとを備え、ローラがローラ案内面に沿って外側継手部材の軸方向に移動可能であって、リングの内周面を円弧状凸断面に形成すると共に、脚軸の外周面を、縦断面においてはストレート形状とし、かつ、横断面においては、継手の軸線と直交する方向で前記リングの内周面と接触するとともに継手の軸線方向でリングの内周面との間にすきまを形成するようにしたものであってもよい。
【0030】
脚軸の横断面を長軸が継手の軸線に直交する略楕円形としたものが好ましい。
【発明の効果】
【0031】
本発明の熱処理方法では、外側継手部材の大内径部における少なくとも周方向中央部のブーツ装着部対応範囲に硬化層を形成することなく、ローラ案内面に硬化層を形成することができる。このため、外側継手部材の開口部の強度を確保することができる。しかも、移動焼入れであるので、ひずみが生じにくくかつ焼入れ硬化層深さの均一化を図ることができる。
【0032】
磁力線遮断体が強磁性体コアにて構成されるものであれば、未焼き部を安定して形成できる。また、強磁性体コアは例えばケイ素鋼にて構成することができ、特殊(特別)な材質のものを用いることがなく、比較的低コストで高周波誘導加熱コイルに装着できる。
【0033】
外側継手部材の全大内径部を未焼き部とするものであっても、大内径部の継手奥側には未焼き部を設けないものであっても、ローラ案内面にのみ硬化層を設けるものであってもよく、外側継手部材としての機能を損なうことなく、最適の範囲において硬化層を形成することができる。
【0034】
本発明のトリポード型等速自在継手の外側継手部材は、前記熱処理方法にて処理されているものであるので、強度的に安定したものとなって、耐久性に優れる。
【0035】
本発明のトリポード型等速自在継手は、前記熱処理方法にて処理されている外側継手部材を用いるので、耐久性に優れた高品質のトリポード型等速自在継手となり、しかも、継手の小型化等の設計自由度が大きくなる。また、トリポード型等速自在継手としては、種々のタイプのものに適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施形態を示す熱処理方法に用いる高周波誘導加熱コイルと外側継手部材との関係を示す断面図である。
【図2】前記高周波誘導加熱コイルの斜視図である。
【図3】前記高周波誘導加熱コイルの平面図である。
【図4】本発明のトリポード型等速自在継手の横断面図である。
【図5】前記トリポード型等速自在継手の縦断面図である。
【図6】前記トリポード型等速自在継手の要部断面図である。
【図7】外側継手部材の他の実施形態を示す要部断面図である。
【図8】他の高周波誘導加熱コイルの平面図である。
【図9】本発明の他のトリポード型等速自在継手の要部断面図である。
【図10】ワンショット焼入法による熱加熱処理状態の斜視図である。
【図11】ワンショット焼入法による熱加熱処理状態の要部断面図である。
【図12】移動焼入法による高周波誘導加熱コイルと外側継手部材との斜視図である。
【図13】移動焼入法による熱加熱処理状態の斜視図である。
【図14】従来の移動焼入法による熱加熱処理状態の要部断面図である。
【図15】従来の熱処理方法で成形された外側継手部材を用いたトリポード型等速自在継手の横断面図である。
【図16】シングルローラタイプのトリポード型等速自在継手の横断面図である。
【図17】前記図16に示すトリポード型等速自在継手の縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明の実施形態を図面に従って説明する。
【0038】
図1は本発明に係る熱処理方法にて熱硬化処理を行っている外側継手部材の要部断面図を示し、この外側継手部材は図4から図6に示すようなトリポード型等速自在継手に用いられる。トリポード型等速自在継手は、外側継手部材21と、内側継手部材としてのトリポード部材22と、トルク伝達部材23とを備える。
【0039】
外側継手部材21は一端にて開口したカップ状のマウス部24を有し、内周の円周方向三等分位置に軸方向に延びるトラック溝26が形成してある。マウス部24は、横断面で見ると、大径部24aと小径部24bが交互に現れる非円筒形状である。すなわち、マウス部24は、大径部24aと小径部24bとを形成することによって、その内周面に、軸方向に延びる3本の前記トラック溝26が形成される。
【0040】
各トラック溝26の円周方向で向き合った側壁にローラ案内面(ローラ摺接面)27、27が形成される。また、内径面においては、円周方向に交互に現れる小内径部45と大内径部46をローラ案内面27で接続した3弁の花冠状を呈している。すなわち、外側継手部材21は、円周方向に向き合ったローラ案内面27と両ローラ案内面27,27間に設けられた大内径部46からなるトラック溝6が内周の三箇所に形成されるものである。
【0041】
トリポード部材22はボス28と脚軸29とを備える。ボス28にはシャフト(図示省略)とトルク伝達可能に結合するスプラインまたはセレーション孔31が形成してある。脚軸29はボス28の円周方向三等分位置から半径方向に突出している。
【0042】
また、トルク伝達部材(ローラ部材)23は、その外径面33が凸球面とされたリング状体からなるローラ32と、このローラ32に複数のころ36を介してリング35とを備える。すなわち、ローラ32とリング35とが複数のころ36を介してユニット化され、これら等でローラアセンブリ(ローラ部材)を構成している。この場合、ローラ32を外側ローラと呼び、リング35を内側ローラと呼ぶことができる。
【0043】
すなわち、リング(内側ローラ)35は脚軸29の外周面に外嵌している。内側ローラ35の円筒形外周面を内側軌道面とし、外側ローラ32の円筒形内周面を外側軌道面として、これらの内外軌道面間に針状ころ36が転動自在に介在する。針状ころ36は、できるだけ多くのころを入れた、保持器のない、いわゆる総ころ状態で組み込まれている。なお、外側ローラ32の端部内周面に形成した環状溝には、針状ころ36の抜け止め用のワッシャ37が装着されている。
【0044】
リング35の内径面を円弧状凸断面に形成している。また、脚軸29の外径面は、縦断面においてはストレート形状とし、かつ、横断面においては、図5と図6に示すように、継手の軸線と直交する方向でリング35の内径面と接触すると共に継手の軸線方向でリング35の内径面との間に隙間40を形成するようにしている。すなわち、脚軸29の横断面を長軸が継手の軸線に直交する略楕円形としたものである。
【0045】
ところで、外側継手部材21の開口部は図示省略のブーツによって密封される。ブーツは、大径部と、小径部と、大径部と小径部とを連結する蛇腹部とからなる。また、外側継手部材21の外径面の開口部側には、図5に示すように、凹溝43を有するブーツ装着部44が形成される。そして、このブーツ装着部44にブーツの大径部が外嵌され、この大径部をブーツバンドにて締め付けることによって、ブーツの大径部が外側継手部材21のブーツ装着部44に装着される。また、前記したように、トリポード部材22にはシャフトが連結され、このシャフトにも凹溝を有するブーツ装着部が形成されている。そして、シャフトのブーツ装着部にブーツの小径部が外嵌され、この小径部をブーツバンドにて締め付けることによって、ブーツの小径部がシャフトのブーツ装着部に装着される。
【0046】
ところで、外側継手部材21のマウス部24の内径面には硬化層S(図1参照)が形成されている。この場合、大内径部46には未焼き部50が形成されている。なお、図例では、未焼き部50は大内径部46全体ではなく、周方向端部には硬化層Sが形成されている。
【0047】
この硬化層Sの形成には図2と図3とに示す高周波誘導加熱コイル51を有する高周波加熱装置52が用いられる。高周波誘導加熱コイル51は、三つ葉のクローバ状に配置される3つの略三角形状の加熱部51A、51B、51Cを備える。各加熱部51A、51B、51Cは、ローラ案内面27に相対面する湾曲部53、53と、大内径部46に対面する直線部54とを有する。
【0048】
また、高周波誘導加熱コイル56の大内径部46に対向する位置に、大内径部46の加熱を抑制する部分を設けている。すなわち、加熱を抑制する部分とは磁力線遮断体Aにて構成される。この場合、直線部54の大内径部対向面の中央部には凹窪部55が設けられ、この凹窪部55に、強磁性体コア56からなる前記磁力線遮断体Aが配置されている。強磁性体コア56の長手方向長さLが凹窪部55の長手方向長さL1よりも短く設定され、強磁性体コア56の短手方向長さWが凹窪部55の短手方向長さW1と略同一に設定される。このため、加熱部51A、51B、51Cの上面と強磁性体コア56の上面とが同一面上に配置され、加熱部51A、51B、51Cの下面と強磁性体コア56の下面とが同一面上に配置される。また、凹窪部55の側面と、強磁性体コア56の側面対応面との間にそれぞれ隙間60が形成される。なお、強磁性体コア56の厚さ寸法Tが凹窪部55の深さ寸法T1よりも大きく設定され、強磁性体コア56の外面56aが加熱部51A(51B、51C)の直線部54の外面(大内径部対向面)54aよりも僅かに大内径部側に突出している。
【0049】
なお、図示省略するが、高周波誘導加熱コイル51の下部には、図12等に示すような冷却ジャケットが付設される。この冷却ジャケットは、内部を冷却水が流れる冷却配管からなり、その形状が高周波誘導加熱コイル51の形状とほぼ一致する。
【0050】
そして、この高周波誘導加熱コイル51には、図示省略の高周波電源から高周波電流が流されることになる。この際、高周波電流は、加熱部51A→加熱部51B→加熱部51Cと流れることになる。このように、高周波電流が流れることによって、電磁誘導作用により誘導起電力が生ずる。この電磁誘導作用により、ジュール熱が発生して、外側継手部材21のローラ案内面27等を加熱することができる。
【0051】
このため、高周波誘導加熱コイル51をマウス部の開口部側から順次マウス部の奥側に移動させる。これによって、ローラ案内面27等は開口部側から奥側までが加熱される。また、この高周波誘導加熱コイル51の移動とともに冷却ジャケットが移動して、この冷却ジャケットから外側継手部材21の加熱部位に冷却流体(冷却水)が噴射されて冷却される。すなわち、高周波誘導加熱コイル51の相対移動に従って順次ローラ案内面27等を加熱し、それに追従して冷却流体で加熱部を急冷することになって、高周波焼入れを施すことになる。
【0052】
ところで、前記高周波誘導加熱コイル51の各加熱部51A、51B、51Cには、強磁性体コア56が配設されているので、この強磁性体コア56によって、高周波誘導加熱コイル51にて発生する磁力線が遮断されることになる。すなわち、強磁性体コアは、透磁率の高い材質でコイルに取り付けて磁力線をワークに集中させてパワーを増強する効果がある一方、磁力線を遮断し、目的外の加熱を防ぐために使われる。このため、本発明のように、トリポード型等速自在継手の外側継手部材21の内径面の加熱硬化処理に用いれば、従来の移動焼きでは不可能であった大内径部46に未焼き部50を設けることができる。このため、図1に示すように、この強磁性体コア56が相対面する大内径部46において、硬化層Sが形成されない未焼き部50が形成される。
【0053】
本発明の熱処理方法では、外側継手部材21の大内径部46に硬化層Sを形成することなく、ローラ案内面27、27に硬化層Sを形成することができる。このため、外側継手部材21の開口部の強度を確保することができる。しかも、移動焼入れであるので、ひずみが生じにくくかつ焼入れ硬化層深さの均一化を図ることができる。
【0054】
磁力線遮断体Aが強磁性体コア56にて構成されるものであれば、未焼き部50を安定して形成できる。また、強磁性体コア56は例えばケイ素鋼にて構成することができ、特殊(特別)な材質のものを用いることがなく、比較的低コストで高周波誘導加熱コイル51に装着できる。
【0055】
このように硬化層Sが構成された外側継手部材21は、前記熱処理方法にて処理されているものであるので、強度的に安定したものとなって、耐久性に優れる。また、このように成形された外側継手部材21は、図4から図6等に示すようなトリポード型等速自在継手を組み立てることができる。このため、このリポード型等速自在継手は、前記熱処理方法にて処理されている外側継手部材を用いるので、耐久性に優れた高品質のトリポード型等速自在継手となり、しかも、継手の小型化等の設計自由度が大きくなる。
【0056】
また、図4から図6等に示すようなトリポード型等速自在継手では、ローラ部材(トルク伝達部材)23がトラック溝26内で傾斜可能となり、継手が作動角をとった状態でトルクを伝達する際の脚軸の傾きをローラの傾きによって吸収させることができるので、スライド抵抗の低減ひいては誘起スラストの低減に寄与する。このため、本発明の等速自在継手は、特に自動車のドライブシャフト用に適用すればスライド抵抗や誘起スラストの大きさが関与する自動車のNVH性能の改善に寄与し得、車両足回り設計の自由度も高まる。
【0057】
ところで、前記実施形態では、大内径部46の周方向中央部において軸方向に沿って未焼き部50を形成するものであったが、全大内径部46を未焼き部50とするものであっても、大内径部46の継手奥側には未焼き部50を設けないものであってもよい。すなわち、大内径部46において、ブーツ装着部44に対応する開口部(入口部)側、及び常用使用する位置での部位を除いた継手奥側を硬化層Sが設けられていてもよい。これは、大内径部46の継手奥側に硬化層が設けられていても強度に及ぼす影響が少ないからである。また、小内径部45に対しては、硬化層Sを設けても設けなくてもよく、ローラ案内面27にのみ硬化層Sを設けるものであってもよい。このため、外側継手部材21としての機能を損なうことなく、最適の範囲において硬化層Sを形成することができる。
【0058】
次に、図7は外側継手部材21の他の実施形態を示し、この場合、外側継手部材21のローラ案内面27の外径側に、ローラ部材23に対向する鍔部61を設けている。大内径部46の内表面を未焼き部50としている。そして、この鍔部61の内表面に対しても硬化層Sを設けている。これは、ローラ部材23が鍔部60と干渉するため、鍔部61には硬化層Sが設けられている。この場合も、大内径部46において、ブーツ装着部44に対応する開口部(入口部)側、及び常用使用する位置での部位を除いた継手奥側を硬化層Sが設けられていてもよい。
【0059】
この図7に示す外側継手部材21であっても、図1から図3等に示す高周波加熱装置を用いて硬化層Sを形成することができる。このため、このような硬化層Sが形成された外側継手部材21は、前記熱処理方法にて処理されているものであるので、強度的に安定したものとなって、耐久性に優れる。また、このように成形された外側継手部材21を用いたトリポード型等速自在継手は、耐久性に優れた高品質のトリポード型等速自在継手となる。
【0060】
ところで、前記高周波加熱装置の高周波誘導加熱コイル51の各加熱部51A、51B、51Cには、大内径部46に相対面する凹窪部55が形成されている。すなわち、高周波誘導加熱コイル51は、大内径部46に近接する部位を退避させたものとなっている。このため、強磁性体コア56等からなる磁力線遮断体Aを配置することなく、大内径部46の加熱を回避することができる。従って、高周波誘導加熱コイル51としては、図8に示すように、強磁性体コア56が省略されたものであっても、大内径部46を未焼き部50とすることができる。
【0061】
次に、図9は他のトリポード型等速自在継手を示し、この場合、前記ローラ部材は、脚軸29の球状外周面29aに首振り自在に嵌め込まれ、ローラ案内面27,27に沿って前記外側継手部材21の軸方向に案内されるものである。すなわち、脚軸29の球状外周面29aが嵌入される回転支持体71と、この回転支持体71の外周側にニードルローラ72を介して回転自在な外側ローラ73とを備えたものである。
【0062】
このようなトリポード型等速自在継手の外側継手部材21においても、図2から図4等に示した磁力線遮断体A(強磁性体コア56)が配置された高周波誘導加熱コイル51を備えた高周波加熱装置であっても、図8に示すように磁力線遮断体A(強磁性体コア56)を有さない高周波誘導加熱コイル51を備えた高周波加熱装置であっても、外側継手部材21の大内径部46を未焼き部50とすることができる。
【0063】
このため、図9に示すトリポード型等速自在継手であっても、耐久性に優れた高品質のトリポード型等速自在継手となり、しかも、継手の小型化等の設計自由度が大きくなる。
【0064】
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明は前記実施形態に限定されることなく種々の変形が可能であって、例えば、強磁性体コア56の材質としては、ケイ素鋼以外に、軟鋼やフェライト等のセラミックス等であってもよい。また、図4等のトリポード型等速自在継手は、ローラ部材として、内側ローラと外側ローラとを備えたいわゆるダブルローラタイプであったが、図16と図17に示すように、脚軸9の円筒状の外周面に複数の針状ころ82を介して回転可能に外嵌したローラ80からなるいわゆるシングローラタイプであってもよい。
【符号の説明】
【0065】
21 外側継手部材
22 トリポード部材
23 ローラ部材(トルク伝達部材)
26 トラック溝
27 ローラ案内面
28 ボス
29 脚軸
29a 球状外周面
32 外側ローラ
35 リング
35 内側ローラ
40 隙間
45 小内径部
46 大内径部
50 未焼き部
51 高周波誘導加熱コイル
56 強磁性体コア
61 鍔部
A 磁力線遮断体
S 硬化層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、
高周波誘導加熱コイルの大内径部に対向する位置に、大内径部の加熱を抑制する部分を設け、外側継手部材の大内径部における少なくとも周方向中央部のブーツ装着部対応範囲を未焼き部とすることを特徴とする熱処理方法。
【請求項2】
前記大内径部の加熱を抑制する部分が、高周波誘導加熱コイルに発生する磁力線を遮断する磁力線遮断体であり、前記磁力線遮断体は、大内径部に近接する部位に前記高周波誘導加熱コイルに嵌め込まれる強磁性体コアにて構成されることを特徴とする請求項1に記載の熱処理方法。
【請求項3】
強磁性体コアがケイ素鋼にて構成されていることを特徴とする請求項2に記載の熱処理方法。
【請求項4】
円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、
大内径部に近接する部位を退避させた高周波誘導加熱コイルにて、外側継手部材の大内径部における少なくとも周方向中央部のブーツ装着部対応範囲を未焼き部とすることを特徴とする熱処理方法。
【請求項5】
円周方向に向き合ったローラ案内面と両ローラ案内面間に設けられた大内径部からなるトラック溝が内周の三箇所に形成される外側継手部材に対して、高周波誘導加熱コイルが相対的に軸方向に移動する移動焼入れにて、外側継手部材のローラ案内面に硬化層を形成するための熱処理方法であって、
外側継手部材のローラ案内面の外径側に、ローラ部材に対向する鍔部を設け、大内径部における少なくともブーツ装着部対応範囲を非加熱部である未焼き部とすることを特徴とする熱処理方法。
【請求項6】
鍔部のローラ部材対向面に硬化層を形成することを特徴とする請求項5に記載の熱処理方法。
【請求項7】
外側継手部材は前記大内径部間に小内径部が形成され、この小内径部には、前記移動焼入れにて硬化層を形成することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項8】
外側継手部材の全大内径部を未焼き部とすることを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項9】
外側継手部材の大内径部の継手奥側には未焼き部を設けないことを特徴とする請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項10】
外側継手部材の内径側においてはローラ案内面にのみ硬化層を設けることを特徴とする請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の熱処理方法。
【請求項11】
前記請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の熱処理方法にて処理されたことを特徴とするトリポード型等速自在継手の外側継手部材。
【請求項12】
請求項11に記載の外側継手部材と、前記外側継手部材内に配設され半径方向に突出した3つの脚軸を備えたトリポード部材と、前記トリポード部材の各脚軸に装着され前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に案内されるローラ部材とを備えたことを特徴とするトリポード型等速自在継手。
【請求項13】
前記ローラ部材は、脚軸の球状外周面に首振り自在に嵌め込まれ、前記ローラ案内面に沿って前記外側継手部材の軸方向に案内されることを特徴とする請求項12に記載のトリポード型等速自在継手。
【請求項14】
前記ローラ部材は、外側継手部材のトラック溝に挿入されたローラと、脚軸に外嵌して前記ローラを回転自在に支持するリングとを備え、ローラがローラ案内面に沿って外側継手部材の軸方向に移動可能であって、リングの内周面を円弧状凸断面に形成すると共に、脚軸の外周面を、縦断面においてはストレート形状とし、かつ、横断面においては、継手の軸線と直交する方向で前記リングの内周面と接触するとともに継手の軸線方向でリングの内周面との間にすきまを形成するようにしたことを特徴とする請求項12に記載のトリポード型等速自在継手。
【請求項15】
脚軸の横断面を長軸が継手の軸線に直交する略楕円形としたことを特徴とする請求項14に記載のトリポード型等速自在継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−180930(P2012−180930A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−36170(P2012−36170)
【出願日】平成24年2月22日(2012.2.22)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】