説明

熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金とその製造方法及び該銅合金から得られる銅合金条又は合金箔

【課題】高強度、高導電率及び高い伸びを有し、しかも熱間及び冷間加工性に優れるCu−Zr系銅合金及びその製造方法、並びに該Cu−Zr系銅合金を適用した電気・電子部品用の銅合金条又は銅合金箔を提供することを目的とする。
【解決手段】質量組成で必須成分としてZr:0.01〜0.28%及びP:0.0001〜0.0012%を含有し、さらに添加成分としてCr:0.03〜4%、Sn:0.07〜3%、Mg:0.02〜0.15%、Mn:0.03〜0.14%、Co:0.02〜0.12%、Zn:0.04〜0.1%の中から少なくとも3種類以上の元素を有し、残部がCuと不可避不純物からなることを特徴とする熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金を特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気・電子部品用として適用され、高強度、高い伸び及び高導電率を有すると共に、熱間及び冷間加工性に優れる銅合金とその製造方法及び該銅合金から得られる銅合金条又は銅合金箔に関する。
【背景技術】
【0002】
電気・電子機器の小型化に伴い、積載される回路はさらなるファインピッチ化が要求されており、その中に組み込まれる銅合金条及び銅合金箔も薄肉化が求められている。しかしながら、薄肉化に伴う強度の低下は避けなければならず、また、積層時の熱処理時でも強度を維持していることが望まれている。さらに、リチウムイオン二次電池の電池用集電体に使用される銅箔等は、上記の強度と耐熱性の他に、繰り返し充放電時の電極の収縮に耐えうる伸びが必要になる。以上のような要求特性を満足する銅合金材料として、Cu−Cr系、Cu−Cr−Zr系又はCu−Zr系等の析出強化型の銅合金がある(例えば、特許文献1〜10を参照)。これらの析出強化型の銅合金は、強度が向上するだけではなく、導電性の低下が小さいため、両者の特性が良好にバランスした銅合金である。その中でも前記の特許文献3及び特許文献6〜10に開示されているCu−Zr系銅合金は、Zrの微量添加で銅合金の耐熱性を大きく向上できる銅合金のひとつとして挙げられる。
【0003】
また、前記の特許文献1及び特許文献10には、析出強化型の銅合金において、鋳塊時の鋳塊割れや健全性低下の防止又は鋳塊中のピンホール発生や粒界濃化の抑制のために、硫黄、酸素及び水素の含有量を少なくする方向で規定しなければならないことが記載されている。さらに、特許文献11には、Cu−Cr−Zr系銅合金において、金属Crと溶銅との接触を確実にするために、Cr中の炭素の含有量を小さくすることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−302427号公報
【特許文献2】特開2008−88558号公報
【特許文献3】特開2003−89832号公報
【特許文献4】特開2006−283106号公報
【特許文献5】特開平10−330867号公報
【特許文献6】特開2009−1850号公報
【特許文献7】特開平6−33171号公報
【特許文献8】特開平3−243736号公報
【特許文献9】特開平7−188810号公報
【特許文献10】特開2008−255381号公報
【特許文献11】特開2010−189678号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記のCu−Zr系の析出強化型銅合金は、熱処理により銅母中に過剰に固溶させた溶質元素を金属間化合物として微細に高密度に析出させるという強化機構によって強度の向上を図るものである。そのため、銅合金の溶解鋳造時には室温での固溶限以上に溶質元素を添加することが多い。その場合は、凝固に際して固相と液相の界面から液相中に排出される溶質量が多くなり、部分的に溶質元素が濃化した相が形成され、凝固後には粗大なミクロ偏析を形成することがある。ミクロ偏析は金属間化合物又は構成元素としてリンを含有する場合にはリンと溶質元素(金属)によって形成される晶出物等であるため、周りの銅母相と強度、伸び、熱伝導率、熱膨張率等の諸物性が大きく異なる。また、これらのミクロ偏析は、銅母相より融点の低いものが多く、結晶粒界に形成されやすい。そのことで、粗大なミクロ偏析が存在する結晶粒界の強度及び加工性は大きく低下し、粒界割れなどの鋳造欠陥が生じる。加えて、鋳造欠陥を内在した鋳塊を熱間圧延、冷間圧延などで加工した場合、鋳造欠陥が加工により進展し、加工後の銅合金条及び箔の表面及び内部の欠陥として変化することが多く、これらの欠陥は銅合金条及び箔の特性、品質を大きく低下させる。
【0006】
以上の点から、前記の析出強化型銅合金において構成元素としてリンを含む場合には、金属の含有量だけではなく、リンの含有量を所定の範囲に規定する必要がある。前記の特許文献1〜10に記載されているように、リンの含有量が少ないと固溶強化による強度向上が見られないだけでなく、せん断加工性が低下し、銅溶湯中の脱酸効果が得られない。逆に、リンの含有量の多くなると、含有金属とリンとの晶出物の粗大化、導電率低下、耐熱性低下、又は熱間及び冷間加工性の阻害が起こりやすくなる。前記の特許文献1〜10にはリンの含有量の範囲が規定されているが、その下限値として具体的に実施例に記載されているのは0.001質量%である。例えば、前記の特許文献1には、Pが0.01wt%未満と規定されているものの、実施例及び比較例に記載されているリンの含有量は0.001wt%以上である。このように、従来の析出強化型銅合金の元素構成では、固溶強化による強度向上等の効果を得るためにリン含有量を0.001質量%以上に設定することが一般的に行われている。
【0007】
しかしながら、Cu−Zr系の析出強化型銅合金は、粗大なミクロ偏析の発生を抑制するだけではなく、高導電率と耐熱性の維持、及び熱間及び冷間加工性の向上のために、リン含有量をできるだけ少なくする方が好ましい。その場合、仮にリン含有量が0.001質量%未満となっても、せん断加工性の向上や銅溶湯中の脱酸の効果はある程度維持できるが、固溶強化による強度向上という効果を得ることは困難になる。そのため、Cu−Zr系の析出強化型銅合金において、リンの含有量を従来より少なくしても、強度の向上を図ることができる構成は非常に有用である。また、析出強化型銅合金を電気・電子部品用部材として適用する場合には、強度と同時に伸びの特性も向上させることが強く求められている。
【0008】
さらに、Cu−Zr系の析出強化型銅合金は、次のような理由により、もともと熱間及び冷間加工性が良好であるとは言えない。鋳造時に生成されるミクロ偏析の大きさは、溶湯の溶質濃度と初晶中での溶質の濃度勾配、凝固速度等の製造工程に大きく依存する。銅合金の特性を向上させるために溶質である添加金属元素の濃度を大きくすれば、凝固時のミクロ偏析が大きくなり、鋳造性が悪化する。特に、Cu−Zr系合金では、Zrの添加量を増やしていくと液相中に排出されたZrが濃化することでCu−CuZr共晶組織が生成する。この組成は、CuとCuZrが共晶凝固することで形成されるが、融点が972℃であり、図1に示すように粗大な粒界に形成されることが多い。こうして形成される大きなミクロ偏析が、熱間及び冷間の加工性に対して悪影響を与える。そのため、Cu−Zr系の析出強化型銅合金では、熱間及び冷間の加工性を低下させる要因となるリンの影響を全く無視することはできず、仮にリンの含有量を少なくしても、製造歩留まりの低下が避けられず、熱間及び冷間加工性が低下して生産性を上げることができない。
【0009】
この問題は鋳造中に生じるミクロ偏析を撲滅することで解決できるため、従来は、析出強化型銅合金中の構成元素の含有量を最適化するだけではなく、一次冷却である鋳型内冷却(間接冷却)及び二次冷却等の製造方法について適正化が図られてきた。その適正化方法を、図2を用いて説明する。図2は、析出強化型銅合金の一般的な連続鋳造の製造方法を示したものである。図2に示すように、一般的な連続鋳造では一次冷却の鋳型冷却で凝固シェルを形成させ、その後の直接冷却水を噴き付ける二次冷却で鋳型を完全に凝固させ、室温付近まで冷却することで鋳塊を製造する。ミクロ偏析は、凝固速度が大きいとその大きさも大きくなるので、一次冷却および二次冷却のバランスを調整し、ミクロ偏析を生じさせないように凝固速度を遅くすることで対策を講じてきた。また、溶質元素が濃化した液相を強制的に拡散する方法も採られてきた。
【0010】
このような連続鋳造の一次冷却や二次冷却を調整する方法は、溶質元素が低濃度の場合は有効かつ迅速な方法であるが、凝固速度を遅らせることが基本原理であるために、冷却速度を上げて、生産性を上げることができない。また、合金条、合金箔の特性を向上させるために溶質濃度を上げた場合には、固相から液相中への溶質の排出速度が大きくなりすぎ、冷却速度の調整だけではミクロ偏析は撲滅されない。溶湯の攪拌を行う方法もコストがかかるだけではなく、ミクロ偏析を確実に撲滅できるとは限らず、費用対効果が十分に得られない。さらに、機械攪拌やガス攪拌等の方法は、物質を介して強制的に溶湯を攪拌する方法であるので、逆に、溶湯を汚染してしまう可能性がある。これらの方法は全てミクロ偏析を撲滅する方向に製造条件を変更する時に、条件の変更幅を見誤るとブレークアウトの危険性が高く、安全操業を行うためのコントロールが非常に難しい。
【0011】
以上の点から、Cu−Zr系の析出強化型銅合金の製造では、リン含有量が従来よりも少ない場合でも、従来と同様に生産性を低下させることなく高い歩留りを維持するための製造条件の最適化が不可欠である。
【0012】
そこで、本発明は、上記の問題を解決するために、高強度、高導電率及び高い伸びを有し、しかも熱間及び冷間加工性に優れるCu−Zr系銅合金及びその製造方法、並びに該Cu−Zr系銅合金を適用した電気・電子部品用の銅合金条又は銅合金箔を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記目的を達成するために、本発明者等は、耐熱性に優れるCu−Zr系銅合金において、構成元素として含まれるリンの含有率を従来より少なくしても、所望の物性や特性を達成できるようなリン以外の構成元素についてその種類と含有率の最適化を行うと共に、該Cu−Zr系銅合金の製造条件について鋭意検討を行った結果、本発明に到った。すなわち、本発明は次の構成を有するものである。
【0014】
(1)本発明は、質量組成で必須成分としてZr:0.01〜0.28%及びP:0.0001〜0.0012%を含有し、さらに添加成分としてCr:0.03〜4%、Sn:0.07〜3%、Mg:0.02〜0.15%、Mn:0.03〜0.14%、Co:0.02〜0.12%、Zn:0.04〜0.1%の中から少なくとも3種類以上の元素を有し、残部がCuと不可避不純物からなることを特徴とする熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金を提供する。
(2)本発明は、前記銅合金が連続鋳造工程で製造され、製造された銅合金鋳塊の酸素、水素、硫黄及び炭素の濃度が、それぞれ酸素:0.0005%質量以下、水素:0.0001質量%以下、硫黄:0.0015質量%以下、炭素:0.0005質量%以下であることを特徴とする前記(1)に記載の熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金を提供する。
(3)本発明は、前記銅合金が、鋳造直後の段階で結晶粒界に存在するCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体)の長さ及び幅の平均値がそれぞれ5〜20μm及び1〜5μmであり、結晶粒内に存在するCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体)の直径の平均値が2〜10μmであることを特徴とする前記(2)に記載の熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金を提供する。
(4)本発明は、前記(1)〜(3)の何れかに記載の銅合金であって、前記銅合金を構成する各元素成分からなる溶銅を溶製し、凝固される段階の1100〜960℃の温度範囲において、鋳造方向に対して垂直な断面で鋳塊の端部から中心方向に凝固が進行する際の一次冷却速度が20〜46℃/分であり、凝固が終了してから冷却される段階の960〜500℃において、鋳造方向に対して垂直な断面で鋳塊の端部から中心方向に冷却が進行する際の二次冷却速度が60〜87℃/分であることを特徴とする熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金を提供する。
(5)本発明は、引張り強さが550N/mm以上、伸びが3%以上、及び導電率が60%IACS以上であることを特徴とする前記(1)〜(4)の何れかに記載の熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金を提供する。
(6)本発明は、前記(1)〜(5)の何れかに記載の銅合金を、熱間圧延→冷間圧延→焼鈍→冷間圧延→時効熱処理の工程を経て製造される銅合金条又は銅合金箔であって、前記銅合金条又は銅合金箔の厚さ0.02mmにおいて、幅が0.005mm以上及び長さが0.1mm以上である表面欠陥が前記銅合金条又は銅合金箔の圧延方向に対して0.01〜0.0001個/mであり、且つ、幅が0.001mm以上及び長さが0.01mm以上である内部欠陥が0.1〜0.005個/mであることを特徴とする銅合金条又は銅合金箔を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、リン含有量をできるだけ減らす方向で最適化することによって、せん断加工性の向上や銅溶湯中の脱酸の効果を維持しながら、高導電率、高耐熱性、及び熱間及び冷間加工性に優れる銅合金の構成とすることができる。また、リン以外の構成金属元素の組合せとその含有量の適正化によって、Cu−CuZr共晶組織のミクロ偏析を大幅に抑制できるため、固溶強化による銅合金の強度向上を図ることができる。それによって、電気・電子部品用として適用され、高強度、高導電率及び高い伸びを有するだけでなく、熱間及び冷間加工性に優れるCu−Zr系銅合金を得ることができる。
【0016】
本発明によれば、Cu−Zr系銅合金の構成元素だけではなく、その製造条件を最適化することによって、熱間及び冷間加工性を向上させて従来と同等以上に高い歩留りを確保するとともに、生産性を高めることができる。
【0017】
また、本発明による銅合金を用いて、熱間及び冷間加工を経て製造される銅合金条又は銅合金箔は、前記の銅合金が熱間及び冷間加工性にすぐれるため、表面欠陥及び内部欠陥を非常に少なくできるという効果を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】電子顕微鏡で観察した従来のCu−Zr系銅合金が有する鋳塊断面のミクロ組織図である。
【図2】本発明の連続鋳造工程の一部で使用する溶解炉と鋳塊冷却装置の図である。
【図3】Cu−Zr2元系平衡状態図である。
【図4】本初明の銅合金を用いて製造される銅合金条又は銅合金箔の製造工程を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明は、Cu−Zr系合金において、せん断加工性の向上や銅溶湯中の脱酸の効果を維持させるために、Zrと共に、リンが必須の構成成分である。その際、高導電率及び高耐熱性で、熱間及び冷間加工性を向上させるため、Cu−Zr系合金中のリン含有量をできるだけ少なくする方向で最適化する必要がある。
【0020】
また、本発明は、固溶強化による銅合金の強度向上を図ると共に、ミクロ偏析を抑制するために、副成分としてリン以外の金属元素の添加によってそれらの機能を持たせる。添加する金属は、具体的にCr、Sn、Mg、Mn、Co、Znの何れかである。これらの金属元素を添加することによって、Cu−Zr系合金鋳造時に結晶粒界中にCu−CuZr共晶組織が晶出しなくなるという効果が得られる。また、これらの添加金属元素は、Cu−Zr系合金を条及び箔として加工したときに、強度だけではなく、伸び等の特性の一層の向上を図ることができる。さらに、これらの添加金属元素は、種類に応じて異なる機能と効果を有するために、1種類の金属元素だけを使用したときよりも複数で使用する方が少ない含有量で銅合金の強度と伸びを同時に向上させることができる。1種類の金属元素だけでは、下記に述べるように、その金属の添加によってCu−Zr合金の共晶点のずれを起こしてCu母相中に取り込まれるZrの濃度を増加させるという機能、又はCu−Zr系介在物の融点を上げることによってCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体)を小さくしてミクロ偏析の発生を抑制するという機能の発現が限定されるため、強度と伸びを同時に向上させるという効果が十分に得られない。すなわち、Cu−Zr合金を鋳造後に順次冷却する際に、それらの機能は温度の低下に伴って1種類の金属元素の添加による物性変化に対応した時にだけ現れるものであり、多段では現れず、結果的に限定的な効果しか得ることができない。それに対して、複数の添加金属元素を使用する場合は、それぞれの金属の物性変化に対応して共晶点のずれとミクロ偏析の抑制が多段で起きることによって相乗的な効果が得られる。この相乗的な効果によって、本発明では添加金属元素による強度と伸びの向上を効率良く図ることができる。加えて、この相乗的な効果は、2種類の金属元素の添加では不十分であるため、本発明では少なくとも3種類以上の金属元素を添加することによって、多段若しくは連続的に得られるようにすることが好ましい。
【0021】
次に、本発明の必須成分であるZrとリン、及び添加成分であるCr、Sn、Mg、Mn、Co、Znについて、本発明の効果を奏する上での各構成元素の機能と役割を説明する。
【0022】
<Zr>
Zrは本発明の銅合金において、Zrの析出物を形成して、引張強さを向上させたり、強度を向上させたりするための成分であり、その配合量は0.01〜0.28質量%が好ましい。Zrはリンや他の金属と比べて、その含有量を多くしても銅合金の導電率の低下を抑制できる。そのため、リン含有量が従来よりも少ない方向で規定した本発明の銅合金は、Zrの含有量を多くしても導電率の低下が顕著に見られず、銅合金の強度を高くするという効果を従来以上に得ることができる。このように、本発明のCu−Zr系合金は、従来よりも高濃度のZrを含有させることができる点に大きな特徴を有する。しかし、そうであってもZrの含有量が0.28質量%を超える場合は、強度が高くなりすぎて伸びが低下してしまい、押出性及び加工性に悪影響を及ぼすと共に、導電率低下の影響を無視できなくなる。一方、Zr含有量が0.01質量%未満であると、強度の向上という効果が十分に得られない。
【0023】
<リン(P)>
リン(P)は、本発明の銅合金中において、Zrとの化合物により析出物を形成して引張強さや強度を向上させることができる成分である。また、Zrを添加する際の溶湯の酸素濃度を下げる効果があり、脱酸のために添加する。すなわち、リンは溶湯中の酸素と反応し、Pを生成して、1200℃付近の温度において昇華しやすく溶湯中に残存しにくいので、脱酸剤としてよく使用される。しかし、リンの含有量が多い場合には、導電率、耐熱性、熱間加工性及び冷間加工性が低下する傾向にあるため、本発明ではリン含有量を従来よりも少ない0.0012質量%以下、より好ましくは0.001質量%以下にする必要がある。リンと酸素との反応を完全に制御することは難しいものの、本発明において酸素と反応しないリンの含有量を0.0012質量%以下に調整することは容易である。また、リンの脱酸剤としての効果は、その含有量が0.0012質量%以下であれば、十分に得られる。しかし、リンの含有量が非常に少ない0.0001質量%未満になると、脱酸効果が不十分となるため酸化物が鋳塊に巻き込まれ、鋳塊の健全性が低下して加工性が悪化する。また、リンを添加することによって得られる銅合金の強度の向上という効果も全く期待できない。従って、本発明ではリンの含有量を0.0001〜0.0012質量%、好ましくは0.0001〜0.0010質量%の範囲に設定する。
【0024】
<Co、Zn>
Cu−Zr系合金鋳造で問題となるCu−CuZr共晶組織が生成する共晶点は、図3に示すCu−Zr状態図においてAの点である。溶質濃度が局所的に濃化し、濃化相のCuとZrの組成比がこの部分の組成比になることで、Cu−CuZr共晶組織が形成される。
【0025】
本発明において、Cu−Zr合金にCo又はZnの金属元素を添加することにより、図3に示す共晶点が右側にずれることを見出した。このように、Co及びZnはいずれもCu母相中へ固溶し、固溶強化により強度を向上させる機能を有する金属元素である。Co又はZnをCu−Zr系合金に添加した場合、Cu母相中でのZrの濃度勾配を下げる働きがあると考えられる。濃度勾配が下がると、室温でのCu母相中へのZuの固溶限が増加し、Cu母相中への取り込まれるZrの濃度が増加する。それによって、ミクロ偏析であるCu−CuZr共晶組織の晶出量が減少する。
【0026】
本発明において、Coの含有量が0.02質量%以下では上記の効果が十分に得られない。また、0.12質量%を超えて添加すると合金の導電率を下げてしまい、必要とされる合金特性が得られない。同様に、Znの含有量が0.04質量%未満では上記の効果が得られず、0.1質量%を超える場合は銅合金の導電率を下げてしまい、必要とされる合金特性を得ることができない。
【0027】
<Cr、Sn、Mg、Mn>
Cr、Sn、Mg又はMnは、Cu−Zr系合金に副成分として添加されることによって、晶出するCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体)を小さくし、かつ結晶粒界での生成を抑制する機能を有する。これらの元素は、凝固時にZrが液相中に濃化する際に、同時に液相中に排出され、Cu−Zr系介在物の融点を上げる。融点が上がることで、これらの介在物は、結晶粒界では無く粒内に多く分散されるようになり、鋳塊の粒界割れの起点が減少する。また、粒内で晶出される金属間化合物は、Cu−Zr系金属間化合物にCr、Sn、Mg,Mnが濃化したものであると考えられる。
【0028】
Crは、微量添加領域では単体で晶出しやすく、0.03質量%未満の含有量では上記の効果が得られない。また、0.4質量%を超えると、リンと化合物を形成しやすく、CrP又はCrP等が晶出する。これらの晶出物は、熱間圧延でも、その後の溶体化処理においてもCu母相中に再固溶することなく、粒界及び粒内に残存し、合金条及び合金箔の加工性を低下させる。従って、本発明ではCrの含有量を0.03〜0.4質量%とすることが必要である。
【0029】
Sn、Mg又はMnは、Cu中への固溶限が大きく、微量添加領域ではCu母相中に固溶し、Cu−Zr系金属間化合物の融点を上昇させる働きは得られない。その含有量の下限はSnの場合が0.07質量%、Mgの場合が0.02質量%、Mnの場合が0.03質量%である。また、高濃度に添加した場合は、凝固時に凝固界面へ排出される量も増加し、Cu−Zr系金属間化合物の融点を上昇させる働きも増加するものの、Cu母相中への固溶量が増加するため、合金条及び合金箔の導電率を低下させるだけではなく、Cu母相の強度が高くなるために熱間加工時や冷間加工時に応力が粒界に集中して、粒界割れを引き起こす。また、Mg及びMnは、Crと同様にMgP及びMnP等の金属間化合物を晶出させ、材料の加工性を低下させる、このような観点から、これらの金属の含有量は、上限がSnの場合で0.3質量%、Mgの場合で0.15質量%、Mnの場合で0.14質量%にすることが必要である。
【0030】
<酸素(O)、水素(H)、硫黄(S)、炭素(C)>
本発明は、銅合金の特性向上のために、構成元素として上記の金属及びリン以外にも、酸素、水素、硫黄及び炭素の含有量を所定量以下に規定する必要がある。以下に、水素、酸素、硫黄及び炭素について、本発明の銅合金の特性に及ぼす影響を説明する。
【0031】
本発明のCu−Zr系合金において、鋳塊中の酸素濃度が高い場合は、鋳塊を加工する際の熱処理の工程において、鋳塊中のZr及びMg等の活性元素と酸化合物を形成する内部酸化という現象を引き起こすことがあり、これらの酸化物は、銅合金条及び銅合金箔の表面品質を低下させるだけではなく、圧延時に材料表面に巻き込まれ、欠陥となることがある。そのため、本発明において鋳塊中の酸素濃度は0.00005質量%以下が必要である。鋳塊中の水素も、濃度が高い場合は鋳塊中の酸素と結合しHOとなって焼鈍等の熱処理時に膨張し、内部に存在する微小な欠陥を大きくすることがある。そのため、本発明において水素の濃度は0.0001質量%以下であることが必要である。硫黄は融点が112℃と低融点の金属であり、鋳造時にはもっとも遅く凝固が終了する元素であり、結晶粒界に偏析する形で凝固する。そのため、鋳塊中に硫黄が多く含まれていると、熱間圧延前の加熱時に粒界の硫黄が積に溶解し、粒界を脆化させる。したがって、本発明では、鋳造段階で硫黄成分の濃度を0.0015質量%以下に低減する必要がある。また、Zrは炭化しやすい元素であり、鋳塊中の炭素濃度が高い場合、Zr炭化物が形成され、この炭化物が酸化物同様に銅合金条及び銅抗菌箔の表面欠陥となることがあるので、本発明は炭素濃度を0.0005質量%以下とする必要がある。
【0032】
Cu−Zr系合金は、一般的に図2に示すような連続鋳造方法によって製造する。すなわち、溶解炉3、移送桶4、鋳造桶5及び下降管6を経由してきた鋳塊を鋳型7内に移送した後、鋳塊を鋳型シャワー8によって一次冷却の鋳型冷却を行う。この時に、鋳塊は凝固線12を示しながら冷却される。引き続いて凝固シェルを形成させた後、シャワー冷却水10が噴霧される二次シャワー9によって直接冷却水を噴き付ける二次冷却で鋳塊を完全に凝固させ、室温付近まで冷却することで鋳塊11を製造する。
【0033】
本発明の銅合金の製造方法は図2に示す連続鋳造方法によって製造するが、リン含有量が従来よりも少ないために、鋳造中に生じるミクロ偏析の機構が従来の場合と異なっており、従来と同等以上の熱間及び冷間の加工性を確保するためには、連続鋳造時の一次冷却及び二次冷却の両者について各冷却条件を新たに適正化する必要がある。なお、図2には冷却方法としてシャワーを用いる方法が示されているが、本発明はこの方法に限定されるものではない。温度を調整した冷気を用いる方法、又は冷気とシャワーの両者を利用した冷却方法を利用しても良い。
【0034】
本発明では、一次冷却(凝固時の冷却)及び二次冷却(凝固後の冷却)の温度範囲において適正化を図った各冷却速度の範囲は、次に述べる理由又は根拠に基づいている。
【0035】
<一次冷却(凝固時の冷却)の冷却速度>
一次冷却(凝固時の冷却)時の温度範囲は一律に決めることはできないが、本発明では一次冷却は1100〜960℃の範囲内で行うものとする。この温度範囲で冷却する時に、冷却速度が46℃/分を超えると、Cu−Zr合金を鋳造する時に粗大なCu−CuZr共晶組織が粒界に晶出しやすくなり、熱間及び冷間加工性が低下して製造歩留りが悪くなる。また、20℃/分未満では、鋳型内で十分な厚さの凝固シェルが形成されず、ブレークアウトの危険性が高まると共に、鋳塊の表面に割れが形成されやすくなる。以上の点から、本発明は1100〜960℃の温度範囲における冷却速度を20〜46℃/分にする必要がある。ここで、本発明で規定する冷却速度は、銅合金の鋳造方向に対して垂直な断面で鋳塊の端部から中心方向に凝固が進行する際に、鋳造中に前記端部と中心部分との間で観測される温度の時間変化を測定することによって求めることができる。
【0036】
<二次冷却(凝固後の冷却)の冷却速度>
同様に、二次冷却(凝固後の冷却)時の温度範囲も一律に決めることはできないが、本発明では二次冷却を960〜500℃の範囲内で行うものとする。凝固後の鋳塊をこの温度範囲で冷却する時に冷却速度が87℃/分を超えると、鋳塊中心部と鋳塊端部の温度差が大きくなり、大きな鋳造ひずみが生じる。その場合は、粒界の脆化よりも粒界に働く応力により鋳塊が割れた状態で鋳造されている。また、冷却速度が60℃/分未満では、鋳塊が十分に冷えず、鋳型下で再溶融してしまい、その部分で溶質(Zr)が高濃度化することがあり、最終的には粗大なCu−CuZr共晶組織が粒界に晶出し、粒界割れが発生する。以上の点から、本発明は960〜500℃の温度範囲における冷却速度を60〜87℃/分にする必要がある。二次冷却の冷却速度は、上記で述べたように、一次冷却の場合と同じ方法で求めることができる。
【0037】
本発明の銅合金は、図2に示す連続鋳造工程を経て製造された鋳造直後の段階で、結晶粒界に存在するミクロ偏析であるCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体を意味する)が小さくなるだけではなく、結晶粒界での生成も抑制される。それによって、Cu−Zr系介在物は、小さい形状のままで結晶粒内に存在することとなる。結晶粒径及び結晶粒内に存在するCu−Zr系介在物は、走査電子顕微鏡を用いてエネルギー分散X線分光法(SEM−EDX)によってCu−Zr系介在物を同定した後、その大きさを測定することができる。Cu−Zr系介在物の大きさは、銅合金試料のランダムに測定した5カ所について観測されたSEM−EDX写真に写った全てのCu−Zr系介在物について、その長さと幅又は直径を実測し、倍率をかけて平均化することで得る。
【0038】
本願発明の効果を奏するためのCu−Zr系介在物の大きさとしては、結晶粒界において、長さの平均値が5〜20μmで、幅の平均値が1〜5μmの範囲にあることが好ましい。長さと幅の平均値がそれぞれ5μm未満と1μm未満である場合は、銅合金の強度を向上させるための析出効果が得られない。また、長さと幅の平均値がそれぞれ20μmと5μmを超えると、ミクロ偏析物が大きいことを意味し、銅合金の強度の向上が十分に得られないだけでなく、伸びの低下が顕著になる。また、結晶粒内に存在するCu−Zr系介在物は一般的に球状に近い形状で存在するため、その大きさは直径が2〜10μmの範囲であれば本願発明の効果を奏することができる。直径が2μm未満の場合は、Zrの析出によって銅合金の強度を向上させるという効果が十分に得られず、10μmを超えると、結晶粒界へのミクロ偏析を促進させることとなり、強度、伸び及び加工性等の特性のバランスをとることが困難になる。
【0039】
本発明のCu−Zr合金は、強度、伸び及び導電率に優れる。すなわち、引張強さが520N/mm以上、好ましくは550N/mm以上、伸びが3%以上、及び導電率が60%IACS以上である銅合金である。従来のCu−Zr系合金は、引張強さが370〜440N/mm、伸びが1.6〜2.2、及び導電率が60%IACS未満の範囲である。従来のCu−Zr系合金を用いて特性向上を図る場合は、これら3つの特性をすべて向上させることは困難であるのに対して、本願発明の構成を有するCu−Zr系合金はこれらの特性のすべてをバランス良く向上できる点で大きな特徴を有する。銅合金を高性能の電気・電子部品用の銅合金条又は銅合金箔として適用する場合には、強度、伸び及び導電率のすべてについて上記の範囲を満たすことが不可欠である。
【0040】
本初明の銅合金を用いて製造される銅合金条又は銅合金箔の製造工程を図4に示す。銅合金を構成する各元素は所定の配合量で配合されて均一な組成物とした後、真空溶解炉にて溶製し、図2に示すように、Arガス等の不活性ガスを充填したい移送桶を介して鋳型まで溶湯を移送し、連続鋳造によって所定の形状サイズの鋳塊を作製する。その後、高温で鋳塊を加熱し、その状態で熱間圧延を施す。次に、冷間圧延工程に進め、引き続いて低温焼鈍、仕上げ圧延及び時効熱処理を施して、所定の厚さを有する銅合金箔を製造する。こうして得られた箔をそのまま、若しくは再加工処理を施して所定の厚さと形状を有する電気・電子部品用の銅合金条又は銅合金箔として得ることができる。
【0041】
図4に示す工程を経て製造される本発明の銅合金条又は銅合金箔は、半導体や電池等の高品質な電気・電子部品用として適用する際に、特性、形状及び厚さ等の均一性や均質性を高めるために、表面及び内部の欠陥を極力少なくする必要がある。本発明において、表面欠陥は、所定の長さ、幅及び厚さの銅合金を用いて、その表面を50〜400倍の顕微鏡を用いて観察して測定することができる。また、内部欠陥は、同じ形状の銅合金について超音波探傷装置を用いて測定することができる。本発明の銅合金条又は銅合金箔は、厚さ0.02mmにおいて、幅が0.005mm以上及び長さが0.1mm以上である表面欠陥が圧延方向に対して0.01〜0.0001個/mの範囲であり、且つ、幅が0.001mm以上及び長さが0.01mm以上である内部欠陥が0.1〜0.005個/mの範囲であることが好ましい。幅と長さが上記の範囲にある表面欠陥及び内部欠陥の個数が、それぞれ0.01個/m及び0.1個/mを超えて存在すると、銅合金の特性のバラツキが見られるため、高性能の電気・電子用部品用として使用するには厳重な検査が必要となり、電気・電子製品によっては部品の製造が安定しない場合がある。また、面欠陥及び内部欠陥の個数がそれぞれ0.0001個/m未満及び0.005個/m未満の場合は、表面欠陥及び内部欠陥がほとんど見られず特性に対する影響は全く無いが、銅合金条又は銅合金箔の製造コストが大幅に増大する。
【0042】
以下、本発明を実施例及び比較例によって具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
[実施例1〜12、比較例1〜11]
表1に示す各成分の配合割合を有する合金を真空溶解炉にて溶製し、図2に示すように、Arガスを充填したい移送桶を介して鋳型まで溶湯を移送し、連続鋳造によって180×480×6000(mm)のサイズの鋳塊を作製した。連続鋳造時において1100〜960℃の範囲における一次冷却(凝固時の冷却)速度と960〜500℃の範囲における二次冷却(凝固後の冷却)速度は、表1に示すような条件に設定した。一次冷却速度と二次冷却速度は、鋳造を始めてから40分経過後に熱電対を鋳型中の溶湯の中心部と端部に鋳込み、鋳造中の温度の時間変化を測定して求めた。また、表1に示す各合金について、鋳造直後の段階での、酸素(O)、水素(H)、硫黄(S)及び炭素(C)の濃度を表2に示す。その後、連続鋳造によって作製された鋳塊を900℃まで加熱し、その状態で熱間圧延を施した。熱間圧延時の割れは、圧延後の合金板の表面を目視で確認し、割れの判定を行った。この時点で、次の冷間圧延工程に進められない材料は、この時点で加工を終了し、その後の評価は行わなかった。熱間圧延で割れが無いか、微小な割れに留まったもののみ次の冷間圧延工程に進め、冷間圧延後の合金板の表面の割れを熱間圧延時と同様に目視で判定した。さらに、焼鈍、仕上げ圧延、時効熱処理を施し、最終材(板厚0.02mm)を作製した。
【0044】
このようにして得られた各合金板材について、引張強度、伸び及び導電率を次に示す方法によって評価した。また、連続鋳造工程後に得られた各銅合金において、結晶粒界及び結晶粒内に存在するCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体)の大きさ、及び加工後の最終材の表面と内面の欠陥についても次に示す方法によって求めた。
(1)引張強度と伸び:JIS−Z 2241に準じて測定した。
(2)導電率:JIS−H 0505に準じて測定した。
(3)表面欠陥:前記の最終材から長さ10cm及び幅10cmに切りだして、その表面を200倍の顕微鏡を用いて観察した。
(4)Cu−Zr系介在物の大きさ:銅合金試料のランダムな5カ所について走査電子顕微鏡を用いてエネルギー分散X線分光法(SEM−EDX)によってCu−Zr系介在物を同定した後、SEM−EDX写真に写った全てのCu−Zr系介在物の長さと幅又は直径を実測した後、倍率をかけて平均化することで得た。
(5)内部欠陥:前記の最終材から長さ10cm及び幅10cmに切りだして、超音波探傷測定装置を用いて内部欠陥を観察した。
【0045】
表1に示す各元素の配合割合と製造条件を用いて作製された銅合金の物性と特性の評価結果を表3及び表4に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
【表3】

【0049】
【表4】

【0050】
表1に示すように、実施例1〜8はZr濃度を増加させていき、Cr、Sn、Mg、Mn、Co、Znの中から3種類若しくは4種類の元素を添加した。また、実施例1〜8は、一次冷却(凝固時の冷却)速度と二次冷却(凝固後の冷却)速度が、それぞれ20〜46℃/分及び60〜87℃/分の範囲に含まれる条件で製造した。実施例9は、二次冷却速度が前記の範囲に含まれるものの、一次冷却速度を52℃/分と大きく設定して鋳造した。実施例10は、一次冷却速度が前記の範囲に含まれるものの、二次冷却速度を116分/分と大きく設定して鋳造した。また、実施例11は、一時冷却及び二次冷却のどちらも前記の範囲より大きくして鋳造した。
【0051】
表3及び表4から分かるように、実施例1〜8の合金は、すべての鋳塊で鋳造割れ及び熱間圧延での割れは発生しなかった。また、冷間圧延においても、鋳塊の中心部及び割れは全く確認されず、良好な加工性を示した。Cu−Zr介在物は結晶粒界及び結晶粒内において適正な値を有しており、最終材の表面及び内面の欠陥もなかった。実施例9は、ZrとP、さらに添加成分であるCr、Sn、Mg、Mn、Co又はZnの含有量は本発明の範囲内であるが、一次冷却速度を大きくしたことで、鋳塊に微小割れが観測された。そのため、微小割れが観測された部分を極力除くような形状で各種特性評価用サンプルを作製して、特性評価を行った。引張強度、伸び及び導電率は従来よりも良好な特性を示したが、Cu−Zr介在物の大きさが結晶粒界及び結晶粒内において大きくなっており、最終品における表面及び内部の欠陥数は多くなる傾向にあるが、実用上問題となるレベルではない。また、実施例10及び実施例11においても同じ傾向が見られており、特に、実施例11は一次冷却及び二次冷却速度がどちらも大きく設定して鋳造したため、本願発明の効果をやっと達成できる状態であった。なお、実施例9〜11の鋳塊に見られる微小割れは、冷却時の発生するひずみに起因するものと考えられる。このように、実施例9〜11の銅合金は、製造時に微小割れが発生しやすく、製造歩留りを低下させて生産性を十分に向上させることができない場合がある。
【0052】
実施例12は、Zr、P及び微量の金属成分の添加量を適正化しているため、表3に示す引張強さ、伸び及び導電率は目標値を上回った。一方で、表2に示すようにO、H、S及びCの含有量がやや多い銅合金であったため、表4に示すように、最終材の表面及び内部の欠陥が多くなった。そのため、実施例12の銅合金を高性能の電気・電子製品用として使用するには、実施例1〜11の銅合金より表面及び内部の欠陥の有無について厳重な検査工程が必要となる場合がある。なお、実施例12において、O、H、S及びCの含有量がやや多くなった理由はCu以外の金属元素の総添加量が多いためであると考えられるが、詳細は不明である。このように、本発明では、銅合金条又は銅合金箔の表面及び内部の欠陥を低減するために、Cu−Zr介在物の大きさを制御するだけではなく、該銅合金中のO、H、S及びCの含有量を低減することが好ましい。
【0053】
比較例1〜4は、Zr及びP以外の成分の添加量が小さい鋳塊を鋳造し、冷却条件は適正な範囲内で鋳造を行って、実施例と同様の評価を行った。表3に示すように、この条件では鋳造直後に段階で鋳塊横断面に割れが発生した。比較例1は、実施例9〜11と同様に鋳塊の割れが微小であったため熱間圧延を実施したが、その工程で大きな割れが発生してしまい、その後の加工を断念した。比較例1は合金組成が適正化されていなかったために、加工時に割れが進展したものと考えられる。このように、比較例1〜4は、微量成分の添加によるZrの偏析抑制の効果が十分に得られていない。
【0054】
比較例5〜7は、Zr及びP以外の成分の添加量が多い鋳塊を鋳造し、冷却条件は適正な範囲内で鋳造を行って、実施例と同様の評価を行った。表3に示すように、この条件では鋳塊の割れは発生しなかったが、熱間圧延及び冷間圧延で割れが発生した。これらの鋳塊は添加した微量金属元素とPが化合物を形成し、熱間圧延及び冷間圧延での割れが起点となったか、又はMg、Sn、Mn等の元素の固溶量が大きくなりすぎ、圧延時のひずみによる応力が粒界に集中したためであると考えられる。
【0055】
比較例8〜9もZr及びP以外の金属元素の添加量は多いが、鋳塊の割れ、熱間圧延及び冷間圧延において割れは発生せず、良好な加工性を示した。また、Cu−Zr介在物は結晶粒界及び結晶粒内において適正な値を有しており、最終材の表面及び内面の欠陥もなかった。しかし、Cu−Zr介在物は大きくないものの、Mg、Sn、Mn等の元素の固溶量が多く、導電率が目標値を下回り、伸びも大きく低下した。
【0056】
比較例10は、Zr及びP以外に副成分として添加した金属元素が2種類である。表3に示すように、2種類の金属元素の添加ではZrの偏析抑制の効果が十分に得られておらず、鋳塊に微小割れが発生しており、銅合金の導電率及び伸びも期待したほどには向上していない。Zrの偏析抑制の効果が不十分なことは、表4に示すように、結晶粒界及び結晶粒内でCu−Zr介在物が大きくなっていることからも分かる。そのため、最終材の表面及び内面の欠陥が多くなっている。
【0057】
比較例11は、Pの含有量を多くして鋳造した銅合金であり、表2に示すように硫黄(S)の含有量がわずかではあるが高くなった。これは、P中の不純物に起因するとも考えられるが、詳細は不明である。表3に示すように、Pの含有量が多い銅合金は、本発明の銅合金ほどには伸びと導電率の向上することができず、特性のバランスをとることが難しい。また、表4に示すように、結晶粒界及び結晶粒内のCu−Zr介在物が大きくなり、加えて、最終材の表面及び内部の欠陥を低減することが困難である。
【0058】
表5に、本発明の銅合金と従来のCu−Zr系合金との特性を比較した結果を示す。本発明により、従来よりも高濃度のZrを添加した銅合金が得られるだけではなく、Cr、Sn、Mg、Mn、Co、Znから少なくとも3種類以上の金属元素を添加することにより、従来製品よりも引張強さ、伸びおよび導電率が向上する。
【0059】
【表5】

【0060】
さらに、Pの含有量を従来よりも少なくした本発明の銅合金の元素組成において、銅合金の製造条件を最適化することによって、その熱間及び冷間の加工性を向上させて製造歩留りの低減を防止して高い生産性を確保できる。そのため、本発明の銅合金によって製造される銅合金条及び箔は、電気・電子部品用として有用性が極めて高い。
【符号の説明】
【0061】
1・・・Cu−CuZr共晶組織、2・・・Cu母相、3・・・溶解炉、4・・・移送桶、5・・・鋳造桶、6・・・下降管、7・・・鋳型、8・・・鋳型シャワー、9・・・2次シャワー、10・・・シャワー冷却水、11・・・鋳塊、12・・・凝固線(モルテンプール)、13・・・溶湯。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量組成で必須成分としてZr:0.01〜0.28%及びP:0.0001〜0.0012%を含有し、さらに添加成分としてCr:0.03〜4%、Sn:0.07〜3%、Mg:0.02〜0.15%、Mn:0.03〜0.14%、Co:0.02〜0.12%、Zn:0.04〜0.1%の中から少なくとも3種類以上の元素を有し、残部がCuと不可避不純物からなることを特徴とする熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金。
【請求項2】
前記銅合金は、連続鋳造工程で製造され、製造された銅合金鋳塊の酸素、水素、硫黄及び炭素の濃度が、それぞれ酸素:0.0005%質量以下、水素:0.0001質量%以下、硫黄:0.0015質量%以下、炭素:0.0005質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金。
【請求項3】
前記銅合金は、鋳造直後の段階で結晶粒界に存在するCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体)の長さ及び幅の平均値がそれぞれ5〜20μm及び1〜5μmであり、結晶粒内に存在するCu−Zr系介在物(Cu−CuZr共晶組織及びCuZr単体)の直径の平均値が2〜10μmであることを特徴とする請求項2に記載の熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の銅合金であって、前記銅合金を構成する各元素成分からなる溶銅を溶製し、凝固される段階の1100〜960℃の温度範囲において、鋳造方向に対して垂直な断面で鋳塊の端部から中心方向に凝固が進行する際の一次冷却速度が20〜46℃/分であり、凝固が終了してから冷却される段階の960〜500℃において、鋳造方向に対して垂直な断面で鋳塊の端部から中心方向に冷却が進行する際の二次冷却速度が60〜87℃/分であることを特徴とする熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金。
【請求項5】
引張り強さが550N/mm以上、伸びが3%以上、及び導電率が60%IACS以上であることを特徴とする請求項1〜4の何れかに記載の熱間及び冷間加工性を向上させた銅合金。
【請求項6】
請求項1〜5の何れかに記載の銅合金を、熱間圧延→冷間圧延→焼鈍→冷間圧延→時効熱処理の工程を経て製造される銅合金条又は銅合金箔であって、前記銅合金条又は銅合金箔の厚さ0.02mmにおいて、幅が0.005mm以上及び長さが0.1mm以上である表面欠陥が前記銅合金条又は銅合金箔の圧延方向に対して0.01〜0.0001個/mであり、且つ、幅が0.001mm以上及び長さが0.01mm以上である内部欠陥が0.1〜0.005個/mであることを特徴とする銅合金条又は銅合金箔。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−97327(P2012−97327A)
【公開日】平成24年5月24日(2012.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−246283(P2010−246283)
【出願日】平成22年11月2日(2010.11.2)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】