説明

燃料電池用電解質組成物、燃料電池及びビニル誘導体

【課題】耐酸化性が高く且つ吸水性が低い燃料電池用電解質組成物の提供。
【解決手段】下記一般式(1)に記載の構造をもつ高分子電解質材料を含有することを特徴とする燃料電池用電解質組成物。


(式(1)中、BPは炭素系骨格を有する重合体から構成される基材を意味する。;R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基;R3は炭素数がmである直鎖状又は分枝状のアルキレン基;pは0以上の整数;m、n及びqはそれぞれ正の整数から選択される。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用電解質組成物及びその製造方法並びにそれらを用いた燃料電池に関し、更には燃料電池用電解質組成物などの材料に好適なビニル誘導体に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池用の電解質膜としてはスルホ基を有するパーフルオロカーボン重合体から構成された電解質膜(商品名:ナフィオン、アシプレックス等)が用いられ、良好な発電性能と耐久性が確認されている。しかし、燃料電池の実用化のために、低廉で、水素イオン伝導性が高い電解質材料の開発が期待されており、炭化水素系電解質材料が注目されている。
【0003】
従来技術としては、基材フィルムにグラフト反応を用いてスチレン等の汎用単量体を重合した後、スルホ化することで得ることができる炭化水素系電解質膜が開示される(特許文献1)。なお、本明細書において「炭化水素系材料」とは材料を構成する基本骨格が炭素及び水素のみで形成されるもの(ポリオレフィンなど)のほか、ある割合の水素がフッ素などのハロゲンにて置換されているが水素原子の一部は残存するものをも含む概念である。つまり、本明細書では、すべての水素をフッ素に置換したもの以外は「炭化水素系材料」に含める。水素をフッ素にて完全に置換していない材料は製造工程が簡単になるので、すべての水素を完全にフッ素にて置換した材料よりもコストが低減できる。
【0004】
しかしながら、炭化水素系電解質には燃料電池に適用することで分子構造が劣化する問題が知られている(非特許文献1)。また、燃料電池のカソードでは酸素還元反応の中間体として酸素ラジカル類(活性酸素)が生成されることが知られている(非特許文献2)。
【0005】
そこで、炭化水素系電解質の耐久性を向上させる目的で、スルホアルキル基を側鎖にもつ芳香族炭化水素系高分子を用いた電解質が開示されている(特許文献2)。
【特許文献1】特開平9-l02322号公報
【特許文献2】特開2002-110174号公報
【非特許文献1】Journal of Power Sources 127(2004)325-330
【非特許文献2】Phys.Chem.Chem.Phys.,2004,6,2891-2894
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2に記載の電解質では膜状に形成する工程数が多く必要でありコスト上昇が問題となるほか、スルホ基の導入量及び導入形態を精密に制御しないと、水に対する溶解性が全体として高くなり充分なイオン伝導率が得られず、充分な電池性能が発揮できないことがある。
【0007】
本発明は上記実情に鑑み為されたものであり、炭化水素系材料から構成され、耐久性に優れる燃料電池用電解質組成物及びその製造方法並びにそれらの燃料電池用電解質組成物を用いた燃料電池を提供することを解決すべき課題とする。更に、そのような燃料電池用電解質組成物の材料などに好適なビニル誘導体を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の燃料電池用電解質組成物は、下記一般式(1)で示される化学構造をもつ高分子電解質材料を含有することを特徴とする。
【0009】
【化1】

(式(1)中、BPは炭素系骨格を有する重合体から構成される基材を意味する。;R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基;R3は炭素数がmである直鎖状又は分枝状のアルキレン基;pは0以上の整数;m、n及びqはそれぞれ正の整数から選択される。;m、n、p及びqは部位毎に独立して選択できる。)
【0010】
また、上記課題を解決する本発明の燃料電池用電解質組成物は、下記一般式(2)で示される化学構造をもつ高分子電解質材料を含有することを特徴とする。
【0011】
【化2】

(式(2)中、PIは本重合体中に取り込まれた重合開始剤を意味する。;R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基;R3は炭素数がmである直鎖状又は分枝状のアルキレン基;pは0以上の整数;m及びnはそれぞれ正の整数から選択される。;m、n及びpは部位毎に独立して選択できる。)。なお、一般式(2)では2つの構造を分離して記載しているが、両者の共重合体をも含んでいる。 ここで式(1)及び(2)の説明中で、m、n、p及びqについて、部位毎に独立して選択できる、との記載があるが、本発明の高分子電解質材料は複数の分子を含むのでその分子毎にこれらの値を変更できること、及び同一の分子内であってもこれらの値を変化できることを意味する。
【0012】
更に、上記課題を解決する本発明の燃料電池用電解質組成物は、以下に示す(i)及び/又は(ii)の製造方法にて製造されうる高分子電解質材料を含有することを特徴とする。
(i)炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程と、
該グラフト開始点を基点として、スチレン、又は一部水素がアルキル基で置換されたスチレン誘導体を重合させてグラフト化基材を得る工程と、
前記スチレン又はその誘導体由来のベンゼン環に、炭素元素がm(mは1以上)個と酸素元素及び硫黄元素とから構成される環を構成するスルトンを反応させる工程と、を有する製造方法。
(ii)炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程と、
該グラフト開始点を基点として、下記一般式(a)及び/又は(b)に記載のビニル誘導体を重合させてグラフト化基材を得る工程と、
を有する製造方法。
【0013】
【化3】

(一般式(a)中、R2は水素又はアルキル基;Yは−O−、−S−又はメチレン基;pは正の整数である。一般式(a)及び(b)中、R1は水素又はアルキル基;Xは水素又は炭素数1〜3のアルキル基;mは正の整数である)
【0014】
つまり、スチレン由来のベンゼン環(又はカルボニル基:以下「ベンゼン環など」と称する)とスルホ基との間にアルキレン基を介することで、ベンゼン環などの部分に対してスルホ基が及ぼす影響を低減できる。具体的にはスルホ基などが直接ベンゼン環に結合することに由来するベンゼン環部分の親水化が抑制できる。燃料電池内で発生する活性酸素は、本発明の構造中、特にベンゼン環などに対して攻撃性が高いものと推測される。また、ベンゼン環など部分とスルホ基との間に挿入する部分の化学構造として炭素−炭素結合を採用することで、耐酸化性を向上できる。
【0015】
ベンゼン環などが親水化されると、燃料電池内で発生する活性酸素が接近しやすくなり、攻撃の機会が増加するものと考えられる。従って、ベンゼン環などの親水化を抑制することで、活性酸素がベンゼン環などに接近することを抑制でき、ベンゼン環部分などの安定性が向上して、活性酸素による分子構造の劣化が抑制できるものと推測できる。ベンゼン環などにはイオン伝導性を発揮する部位であるスルホ基が結合しているので、ベンゼン環などが劣化するとスルホ基の脱離などが進行して、電解質材料のイオン伝導性が低下するものと考えられる。
【0016】
ここで、(i)の製造方法では、炭素系骨格を有する重合体から構成され、一般的に水に不溶性の基材(BP)が、イオン伝導性向上の目的でスルホ基を導入するベンゼン環を有する部位(スチレン重合体部分)から分離されているので、スルホ基の導入量を精密に制御しなくても電解質材料全体としても水に不溶性になることが期待できる。
【0017】
また、(ii)の製造方法では、予めスルホ基を導入した状態のモノマーをグラフト化しているので、スルホ基を導入する量をより精密に制御できる。
【0018】
ここで、合成の容易さの観点から、前記mは3であることが好ましい。また、前記基材部分としては、水素の少なくとも一部をフッ素原子で置換したフッ化ポリオレフィン又はポリオレフィンであることが燃料電池内での安定性向上の観点からは好ましい。特に、前記基材部分としてはCH2CHR;(Rは水素又は炭素数1〜3のアルキル基)とCF2CFR;(Rはフッ素又は炭素数1〜3のパーフルオロアルキル基)との共重合体であることが好ましい。例えば、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)を採用できる。
【0019】
更に上記課題を解決する本発明の燃料電池は、前述の本発明の燃料電池用電解質組成物を電解質として有することを特徴とする。本発明の燃料電池用電解質組成物を電解質に採用した燃料電池は、高い性能を発揮することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の燃料電池用電解質組成物は上記構成をもつので、燃料電池内で使用した場合に発生する活性酸素の影響を受け難くなり、分子構造が劣化するおそれが少なくなる。また、イオン伝導性を向上する目的などでスルホ基の導入量を多くしても水溶化するおそれが少なくなる。従って、本発明の燃料電池用電解質組成物を採用した燃料電池は耐久性に優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の燃料電池用電解質組成物及び燃料電池について、以下、実施形態に基づき更に詳細に説明を行う。
【0022】
〔燃料電池用電解質組成物〕
・本実施形態の燃料電池用電解質組成物は、後述する高分子電解質材料を含有する。また、更に、他の高分子電解質材料(ナフィオン(商標)など)や充填材などを含有することもできる。
【0023】
(その1)高分子電解質材料は前述の一般式(1)で示される化学構造、すなわち、基材BPに幾つかの側鎖が結合された構造をもつ。基材BPが1分子に対して側鎖部分はq個結合している。qの値は側鎖部分が備えるスルホ基の数との関係で決定され、充分なイオン伝導性(イオン交換容量)が得られるように決定する。基材BPと側鎖部分との結合は共有結合により結合している。なお、一般式(1)中のm、n、p及びqは個別の部分では整数であるが、本実施形態における高分子電解質材料は一般式(1)で表される化学構造をもつ分子の集合体なので、すべての部分でこれらm、n、p及びqの値を同じように調節することは困難である場合がある。従って、高分子電解質材料全体として考えると、これらm、n、p及びqの値は平均値として表されて整数にならない場合もありうる。
【0024】
(a) 基材BPは水に不溶な重合体であり、炭素系骨格をもつ重合体から構成される。従って、重合体の重合度(分子量)は水に不溶性になる限界以上であればよい。ここで、炭素系骨格を有するとは、主鎖に炭素原子が含まれるものであればよく、単一鎖ポリマー(炭素−鎖ポリマー)でも複素鎖ポリマー[(酸素、炭素)−鎖ポリマー、(酸素、炭素、ケイ素)−鎖ポリマー、(炭素、ケイ素)−鎖ポリマーなど]でもよい。単一鎖ポリマーとしては、ポリアルキレン、ポリシクロアルキレン、ポリアリーレンなどであり、その水素原子が適宜フッ素原子により置換されている構造を含む。
【0025】
好ましい主鎖部分の基本構造としては、ポリオレフィン(ポリオレフィレン(主鎖中に二重結合を含む炭化水素ポリマー)も可能)、これらにおける水素の少なくとも一部をフッ素原子で置換したフッ化ポリオレフィン及びフッ化ポリオレフィレンが例示できる。この場合、ポリオレフィンに対してフッ化を行ったようなフッ素原子の導入が規則的でないものも含む。そして、ポリオレフィンの水素をすべてフッ素で置換したものも好ましい形態として含む。更には、CH2CHR;(Rは水素又は炭素数1〜3(好ましくは炭素数が1)のアルキル基)とCF2CFR;(Rはフッ素又は炭素数1〜3(好ましくは炭素数が1)のパーフルオロアルキル基)との共重合体が好ましいものとして採用できる。特にエチレンと四フッ化エチレンとの共重合体(ETFE)が好ましい。ETFEにおいては、主に、水素原子の一部が前述の側鎖部分に置換される。
【0026】
(b) 側鎖部分はスチレン及び/又はその誘導体からなる重合体を基本骨格として有し、スチレン由来のベンゼン環にスルホ基がアルキレン基を介して接合されている。
【0027】
式(1)中、R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基である。R1及びR2はそれぞれ水素が好ましい。アルキル基を選択する場合には炭素数1〜3程度のものを選択することが好ましい。例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基が好ましい。R1及びR2は高分子電解質材料全体としてすべて統一されていても良いし、統一されていなくても良い。また、1つの側鎖部分の中でも統一されていなくても良い。
【0028】
スルホ基はベンゼン環部分との間に炭素数がmであるアルキレン基(R3)を介しているのでベンゼン環の親水性の増加を抑制できる。アルキレン基の炭素数mは1〜6程度が好ましい。mの値は、あまり大きくても効果が飽和すること及び合成の容易さから、特に3が好ましい。このアルキレン基は分枝があってもよい。
【0029】
スチレン及び/又はその誘導体からなる重合体の重合度を決定するnの値は特に限定しない。また、側鎖部分を構成する重合体の基になる単量体1つ毎に導入されるスルホ基の数であるpはベンゼン環部分毎に異なる数とすることができる。高分子電解質材料全体として考えると、pの値は高分子電解質材料に含まれるベンゼン環の数に対する導入されたスルホ基の数の比{(導入されたスルホ基の数)/(高分子電解質材料に含まれるベンゼン環の数)}としても表すこともできる。この場合は0を超える実数として表すことができる。
【0030】
・本実施形態の燃料電池用電解質組成物が含有する高分子電解質材料は以下の方法で製造できる。
【0031】
(その1の1):(i)炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程、(ii)前記グラフト開始点を基点として、スチレン又は一部水素がアルキル基で置換されたスチレン誘導体(以下、「グラフト化単量体」と称する)を重合させてグラフト化基材を得る工程、(iii)前記スチレン又はその誘導体由来のベンゼン環に、炭素元素がm個と酸素元素及び硫黄元素とから構成される環を構成するスルトンを反応させる工程、である。
【0032】
(i) 炭素系骨格を有する重合体は前述の基材BPに相当する構造をもつ材料が選択される。例えば、ポリオレフィン、フッ素で一部水素が置換されたポリオレフィン、ETFEなどである。基材の形態は膜状である。
【0033】
基材を構成する重合体に対して、具体的にグラフト開始点を形成する方法は特に限定しないが、重合体にラジカルを生成し、そのラジカルをグラフト開始点とすることが好ましい。ラジカルを生成する方法としては、物理的方法、化学的方法、機械的方法など特に限定しない。例えば、適正量のエネルギーをもつ放射線(ガンマ線など)を照射する方法、低温プラズマ照射による方法、化学反応により高分子材料の水素原子を引き抜く方法、引っ張り・研削・粉砕等によりメカノケミカル反応を進行させる方法などがある。特に放射線照射による方法は重合体の表面のみならず、内部においてもラジカルを均一に生成することが容易であるので好ましい。グラフト開始点を生成する量を多くすると、側鎖部分の導入数(すなわち一般式(1)におけるqの値)が大きくできる。
【0034】
(ii) グラフト化単量体としては、下記一般式(3)で表される化合物である、スチレン及び/又はその誘導体から選択される。その他の単量体、例えば、架橋剤(ジビニルベンゼンなど)、アクリル酸及びその誘導体などを混合することもできる。架橋剤を反応させることで、得られる膜の耐水性を向上できる。グラフト化単量体として、スチレン及びその誘導体以外の他の単量体を採用すると、側鎖部分にそれらの単量体が導入される。これら単量体は、前記スチレン及びその誘導体との関係ではランダム共重合体、交互共重合体、ブロック共重合体などの一般的な共重合体の導入様式で側鎖部分中に導入することができる。
【0035】
【化4】

(式(3)中のR1及びR2は式(1)中のR1及びR2と同様の範囲から選択される。すなわち、R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基である。)
【0036】
グラフト開始点としてラジカルを採用した場合には、その基材をグラフト化単量体に浸漬して所定条件で反応させることで、基材に対してグラフト化単量体をグラフト化することができる。この反応によって、基材に側鎖部分が導入できる。側鎖部分の長さはグラフト化反応の反応条件により制御できる。
【0037】
例えば、グラフト開始点としてラジカルを用い、側鎖の成長にラジカル重合を採用する場合には、ラジカル移動を抑制することなどで側鎖部分の長さを長くできる。すなわち、重合反応化に存在させる溶媒の量及び種類を制御したり、反応温度を制御したりすることで側鎖部分の長さを制御できる。
【0038】
なお、本工程によりグラフト化を行うときにすべてのグラフト側鎖部分においてnの値を同じにすることは困難である。通常の反応条件ではnの値がばらつくことが普通であると考えられる。
【0039】
(iii) スルトンは、R3に対応するアルキレン基を有する化合物
【0040】
【化5】

を選択する。R3は前述の通り炭素数がm個のアルキレン基である。例えば、mが3であるプロパンスルトンなどがある。
【0041】
スルトンによるベンゼン環へのスルホ基の導入は、ニトロベンゼン中などの溶媒に溶解させ、塩化アルミニウムなどの存在下、行うことができる。本反応は無水及び不活性条件下にて行うことが好ましい。
【0042】
(その1の2):(i)炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程、(ii)前記グラフト開始点を基点として、一般式(a)及び/又は(b)で表されるビニル誘導体(スルホ基の導入量を調節するためにスチレンモノマーなどを適正量混合してもよい。)を重合させてグラフト化基材を得る工程である。ここで、(i)の工程は(その1の1)で前述した通りなので説明を省略する。
【0043】
(ii)で用いる一般式(a)、(b)で表されるビニル誘導体としては以下の構造が好ましい。以下のビニル誘導体を単独で又は複数種類混合して用いることができる。スチレンやスチレン誘導体(メチルスチレンやα−メチルスチレンなど)と共に用いることができる。
【0044】
ここで、mとしては2〜7であることが望ましい。Xはメチル基又はエチル基が望ましい。pは1又は2が望ましく、特に1が望ましい。R1、R2は水素が望ましい。
【0045】
そして、これらビニル誘導体はどのように製造してもよいが、例えば以下の方法にて合成できる。
【0046】
・まず、一般式(a)において、R1及びR2が水素、pが1、yがメチレン基、mが4、Xがメチル基であるビニル誘導体(化合物1:4-(4-ビニルフェニル)ブチルスルホン酸メチルエステル)を製造する方法を以下に説明する(下式)。他の誘導体についても、R1、R2や、m、X、pの異なる化合物を適宜採用することで、反応を進行させることができる。
【0047】
【化6】

【0048】
3−クロロプロピルスルホニルクロライドを乾燥したトリエチルアミンなどの塩基性物質の存在下、乾燥メタノールと反応させることで、3−クロロプロピルスルホン酸メチルエステル(化合物2)が得られる。
【0049】
不活性雰囲気下、乾燥ジエチルエーテル中にマグネシウム末を入れた中に、化合物2の乾燥ジエチルエーテル溶液を滴下する。その後、4−クロロメチルスチレンを加えて撹拌し反応を遂行する。その後、カラムクロマトグラフィーなどにて精製を行うことで、4-(4-ビニルフェニル)ブチルスルホン酸メチルエステルが得られる。
・他の合成方法としては、以下の方法もある(m=3の化合物5について:下式)。
【0050】
【化7】

【0051】
化合物3(3-(4-ヒドロキシエチルフェニル)プロパンスルホン酸)の合成:2−フェニルエタノールに塩化アルミニウムを加え、その中にプロパンスルトンを添加して加熱する。反応後、反応液を塩酸酸性とした後、化合物3を抽出精製する。
【0052】
化合物4(3-(4-ヒドロキシエチルフェニル)プロパンスルホン酸メチルエステル)の合成:化合物3をクロロホルムに溶解し、チオニルクロライドを入れて室温にて一晩反応させる。反応後、ピリジン-メタノール溶液に反応液を移し撹拌する。その後、化合物4を精製する。
【0053】
化合物5(3-(4-ビニルフェニル)プロパンスルホン酸メチルエステル)の合成:化合物4を加熱還流することで化合物5が得られる。
【0054】
・化合物6(3-(4-ビニルフェノキシ)プロパンスルホン酸メチルエステル)の合成:。
【0055】
【化8】

【0056】
4-ビニルフェノールをテトラヒドロフランに溶解させて、その中に水素化ナトリウムを加えて加温撹拌する。この反応液に3−クロロプロピルスルホン酸メチルエステルのテトラヒドロフラン溶液を滴下し反応させる。反応後、水−酢酸エチルなどで抽出後、精製する。
【0057】
・化合物7(6−(ヘキサ−1−エン−3−オン)スルホン酸メチルエステル)の製造方法
【0058】
【化9】

【0059】
マグネシウム末と乾燥したジエチルエーテルとの混合物に対して、不活性雰囲気下、3−クロロプロピルスルホン酸メチルエステルのジエチルエーテル溶液を滴下する。その後、アクリルクロライドを加えて撹拌する。その後、精製を行う。
【0060】
(その2)高分子電解質材料は前述の一般式(2)で示される化学構造、すなわち、スチレン重合体の幾つかのベンゼン環にR3を介してスルホ基を結合した構造をもつ。本高分子電解質材料は基材BPをもたないので、溶媒に対する溶解性を適正に調節することができ、燃料電池用の電極などにも使用すること(いわゆる膜液として使用すること)ができる。
【0061】
スチレン重合体は重合開始剤PIにより重合された重合体であり、その重合開始剤PIに由来する構造を末端部にもつ。pの値は個々のベンゼン環においては0〜5のいずれかの値を採るが、全体として平均値で考えると、0超の実数になる。pの値は、充分なイオン伝導性(イオン交換容量)が得られるように決定する。また、一般式(2)中のm及びnについても個別の部分では整数であるが、本実施形態における高分子電解質材料は一般式(2)で表される化学構造をもつ分子の集合体なので、すべての部分でこれらm及びnの値を同じように調節することは困難である場合がある。従って、高分子電解質材料全体として考えると、これらm及びnの値は平均値として表されて整数にならない場合もありうる。
【0062】
重合開始剤PIはスチレンを重合できるものであれば、ラジカル重合開始剤、レドックス重合開始剤など特に限定しない。本高分子電解質材料はスチレン及び/又はその誘導体からなる重合体を基本骨格として有し、スチレン由来のベンゼン環にスルホ基がアルキレン基を介して接合されている。
【0063】
式(2)中、R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基である。これらは式(1)と同様のものが採用できる。スルホ基はベンゼン環部分との間に炭素数がmであるアルキレン基(R3)を介している。R3についても式(1)と同様のものが採用できる。スチレン及び/又はその誘導体からなる重合体の重合度を決定するnの値は特に限定しない。また、本重合体の基になる単量体1つ毎に導入されるスルホ基の数であるpはベンゼン環部分毎に異なる数とすることができる。高分子電解質材料全体として考えると、pの値は高分子電解質材料に含まれるベンゼン環の数に対する導入されたスルホ基の数の比{(導入されたスルホ基の数)/(高分子電解質材料に含まれるベンゼン環の数)}としても表すこともできる。この場合は0を超える実数として表すことができる。
【0064】
・本高分子電解質材料の製造方法は、基材BPに対してグラフト化を行わずにスチレンなどを独立して重合すること以外はその1で示した方法がそのまま採用できる。
【0065】
本化合物は(その1の1)で説明したようなスチレンポリマーを前述したようにスルトンなどにて処理する方法で得られるほか、(その1の2)で説明したような前述の一般式(a)、b)のビニル誘導体及び/又はスチレンモノマーを重合させることで得ることもできる(共重合体も含む)。
【0066】
〔燃料電池〕
本実施形態の燃料電池は固体高分子電解質型燃料電池である。本実施形態の燃料電池としては燃料電池セルを単独で又は複数積層したスタックを形成しているものである。燃料電池セルは、前述の燃料電池用電解質組成物を膜状に成形した電解質膜の両面に電極膜を接合した膜電極接合体を有し、更にその膜電極接合体をセパレータで狭持している。
【0067】
膜電極接合体の固体高分子電解質膜を挟んだ両側の電極にそれぞれ燃料ガスと酸化剤ガスとを供給するガス供給装置がそれぞれ対応する側のセパレータから接続される。そして、燃料ガスとしては水素ガスなどが使用でき、酸化剤ガスとしては空気などが使用できる。
【0068】
セパレータも一般的に使用されている材質、形態のものが使用できる。セパレータには燃料ガス又は酸化剤ガスが流れる流路が形成され、その流路には燃料ガスを供給するためのガス供給装置が接続されると同時に、反応しなかった燃料ガス及び発生した水を除去する手段とが接続される。
【実施例】
【0069】
以下、本発明の実施例について説明する。以下の実施例では基材BPを構成する重合体としてETFE製のフィルム(厚み25μm)を採用した。
【0070】
(実施例1)
ETFEのフィルムをアセトンで洗浄した後、放射線源としてコバルト60を用いてガンマ線を10kGy照射した。得られたフィルムをガラス反応管に入れた後、グラフト化単量体としてのスチレン−ジビニルベンゼン混合物(95:5)を反応管に加え、反応管の内部を充分に窒素で置換した。
【0071】
その後、かかる反応管を60℃の恒温槽に2時間浸漬した。その後、フィルムをメタノールで3回洗浄した後、乾燥機を用いて乾燥させた。グラフト化単量体がグラフト化した質量は反応前のETFEフィルムに対して40%であった。
【0072】
この乾燥膜200mg(スチレンのモル数0.55mmol)を乾燥ニトロベンゼン20mL中に浸漬し、プロパンスルトン68mg及び無水塩化アルミニウム80.5mgを添加し、不活性ガス雰囲気下130℃で15時間反応させた。反応後、1N塩酸にて洗浄後、90℃のイオン交換水に一晩浸漬した膜を本実施例の試験膜とした。なお、得られた膜の化学構造は、下式に示すように、ETFEの水素原子の一部が脱離し、側鎖部分が結合した構造であると推測される。側鎖部分の構造は一般式(1)におけるR1及びR2が水素で、R3が−CH2CH2CH2−である化合物(m=3)である。
【0073】
・評価
得られた試験試料を2×3cmに切り出し、これを乾燥機にて充分に乾燥させた後、二価鉄イオンが2ppm存在する3%過酸化水素水中に90℃で40分間浸漬した。浸漬前後の質量変化を乾燥状態で測定した。浸漬後の質量測定はエタノール、1N塩酸、精製水の順で洗浄後、乾熱乾燥機にて膜を充分に乾燥させて行った。耐酸化性は、(質量保持率)(%)=(過酸化水素水浸漬後乾燥質量)÷(過酸化水素水浸漬前乾燥質量)×100にて算出した。なお、過酸化水素は二価鉄イオンの存在下、有機化合物に対する酸化力が大きくなる。
【0074】
また、試験試料を90℃の熱水に24時間以上浸漬した場合の成分の溶出を調べた。成分が溶出するか否かは浸漬した浸漬前後の乾燥質量変化から判断した。その他、飽和含水率、イオン交換容量及びイオン伝導性を測定した。
【0075】
(比較例1)
実施例1におけるプロパンスルトンを反応させる前の膜(ガンマ線を照射したETFEにスチレン−ジビニルベンゼンをグラフト化した状態)を用いた。
【0076】
その後、この膜200mgに対して、1%スルホン酸−ジクロロエタン溶液30mLに浸漬し、60℃で90分間スルホン化を行った。得られた膜を90℃のイオン交換水中に24時間浸漬し、本比較例の試験膜とした。
【0077】
得られた試験試料に対して、実施例1と同様の評価を行った。本比較例1の試験試料は、実施例1と同条件における24時間の熱水処理にてほとんど溶解してしまった。
【0078】
試験試料が含有する高分子電解質材料の推定される化学構造を以下に示す。なお、下式における左端の炭素原子は、実施例1の試験試料と同様に、式中の上下方向にETFE由来の主鎖部分が延びており、所々で下式に示すようなグラフト側鎖部分が結合している。なお、p及びnが示す意味としては実施例1及び比較例1ともに同様であり、前述した通りである。また、x及びy、並びにx’及びy’は、x及びyが実施例1の試験試料、そしてx’及びy’が比較例1の試験試料の主鎖であるETFE鎖中で、側鎖が導入されている単位構造(−CH(側鎖)CH2CF2CF2−)と側鎖が導入されていない単位構造(−CH2CH2CF2CF2−)との比を示すものであり、特にブロック共重合体であることを示すものではない。
【0079】
【化10】

【0080】
(結果)
実施例の試験膜の物性は、イオン交換容量が1.7meq/g、イオン伝導性0.08S/cm(交流インピーダンス法;測定条件:90℃飽和含水状態、室温)であった。また、飽和含水率は40%であった。過酸化水素浸漬後の質量保持率は95%であった。
【0081】
比較例の試験膜の物性は、イオン交換容量が2.0meq/g、イオン伝導性0.09S/cm(交流インピーダンス法;測定条件:90℃飽和含水状態、室温)であった。また、飽和含水率は46.5%であった。過酸化水素浸漬後の質量保持率は60%であった。
【0082】
以上の結果から、実施例1の試験膜は比較例1の試験膜に比べて、イオン交換膜としてほぼ同等の性能を有しながら、耐酸化性(すなわち耐久性)に優れていることが分かった。具体的には比較例の試験膜では耐酸化性評価試験の結果質量保持率が60%とグラフト化したスチレンがほとんど脱落しているのに対して、実施例1の試験試料は質量保持率も大きく、耐酸化性に優れることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で示される化学構造をもつ高分子電解質材料を含有することを特徴とする燃料電池用電解質組成物。
【化1】

(式(1)中、BPは炭素系骨格を有する重合体から構成される基材を意味する。;R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基;R3は炭素数がmである直鎖状又は分枝状のアルキレン基;pは0以上の整数;m、n及びqはそれぞれ正の整数から選択される。;m、n、p及びqは部位毎に独立して選択できる。)
【請求項2】
炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程と、
該グラフト開始点を基点として、スチレン、又は一部水素がアルキル基で置換されたスチレン誘導体を重合させてグラフト化基材を得る工程と、
前記スチレン又はその誘導体由来のベンゼン環に、炭素元素がm(mは1以上)個と酸素元素及び硫黄元素とから構成される環を構成するスルトンを反応させる工程と、を有する製造方法にて製造されうる高分子電解質材料を含有することを特徴とする燃料電池用電解質組成物。
【請求項3】
炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程と、
該グラフト開始点を基点として、下記一般式(a)及び/又は(b)に記載のビニル誘導体を重合させてグラフト化基材を得る工程と、
を有する製造方法にて製造されうる高分子電解質材料を含有することを特徴とする燃料電池用電解質組成物。
【化2】

(一般式(a)中、R2は水素又はアルキル基;Yは−O−、−S−又はメチレン基;pは正の整数である。一般式(a)及び(b)中、R1は水素又はアルキル基;Xは水素又は炭素数1〜3のアルキル基;mは正の整数である)
【請求項4】
下記一般式(2)で示される化学構造をもつ高分子電解質材料を含有することを特徴とする燃料電池用電解質組成物。
【化3】

(式(2)中、PIは本重合体中に取り込まれた重合開始剤を意味する。;R1及びR2はそれぞれ独立して構造が決定される水素又はアルキル基;R3は炭素数がmである直鎖状又は分枝状のアルキレン基;pは0以上の整数;m及びnはそれぞれ正の整数から選択される。;m、n及びpは部位毎に独立して選択できる。)
【請求項5】
前記mは3である請求項1〜4のいずれかに記載の燃料電池用電解質組成物。
【請求項6】
前記基材部分は、水素の少なくとも一部をフッ素原子で置換したフッ化ポリオレフィン又はポリオレフィンである請求項1〜5のいずれかに記載の燃料電池用電解質組成物。
【請求項7】
前記基材部分はCH2CHR;(Rは水素又は炭素数1〜3のアルキル基)とCF2CFR;(Rはフッ素又は炭素数1〜3のパーフルオロアルキル基)との共重合体である請求項1〜5のいずれかに記載の燃料電池用電解質組成物。
【請求項8】
炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程と、
該グラフト開始点を基点として、スチレン、又は一部水素がアルキル基で置換されたスチレン誘導体を重合させてグラフト化基材を得る工程と、
前記スチレン又はその誘導体由来のベンゼン環に、炭素元素がm(mは1以上)個と酸素元素及び硫黄元素とから構成される環を構成するスルトンを反応させる工程と、を有することを特徴とする燃料電池用電解質組成物の製造方法。
【請求項9】
炭素系骨格を有する重合体から構成される膜状の基材に対してグラフト開始点を形成する工程と、
該グラフト開始点を基点として、下記一般式(a)及び/又は(b)に記載のビニル誘導体を重合させてグラフト化基材を得る工程と、
を有することを特徴とする燃料電池用電解質組成物の製造方法。
【化4】

(一般式(a)中、R2は水素又はアルキル基;Yは−O−、−S−又はメチレン基;pは正の整数である。一般式(a)及び(b)中、R1は水素又はアルキル基;Xは水素又は炭素数1〜3のアルキル基;mは正の整数である)
【請求項10】
請求項1〜7のいずれかに記載の燃料電池用電解質組成物及び/又は請求項8及び9のいずれかに記載の製造方法により製造された燃料電池用電解質組成物を有することを特徴とする燃料電池。
【請求項11】
下記一般式(a)又は(b)で表されるビニル誘導体。
【化5】

(一般式(a)中、R2は水素又はアルキル基;Yは−O−、−S−又はメチレン基;pは正の整数である。一般式(a)及び(b)中、R1は水素又はアルキル基;Xは水素又は炭素数1〜3のアルキル基;mは正の整数である)

【公開番号】特開2006−202766(P2006−202766A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−34046(P2006−34046)
【出願日】平成18年2月10日(2006.2.10)
【分割の表示】特願2005−180607(P2005−180607)の分割
【原出願日】平成17年6月21日(2005.6.21)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】