説明

物質を細胞内へ導入するために用いるエマルション及びそれを用いた物質導入方法

【課題】非ウイルス性のキャリアを用い、従来技術では生体細胞内に入りにくいとされている物質も効率的に導入し、細胞を生かしたまま導入した物質の機能を発現させるのに好適なエマルション型細胞内導入方法を提供する。
【解決手段】物質を細胞内に導入するために用いるエマルションであって、
(1)前記物質、油剤、親水性乳化剤及び水を含み、
(2)前記物質及び油剤を含む油滴粒子が水相に分散し、
(3)前記油滴粒子のζ電位がマイナス20mV以上プラス5mV以下である、
ことを特徴とするエマルションに係る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質を細胞内へ導入するために用いるエマルション及びそれを用いた物質導入方法に関する。より詳しくは、細胞内へ導入させる物質を油滴粒子内部に封入し、それをキァリアとして利用し、その油滴粒子が細胞に取り込まれることにより前記物質を細胞内へ導入するために用いる水中油型多相エマルション及びその細胞内への導入方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内に物質を導入するためには、バリアとなる細胞膜を乗り越えなくてはならない。低分子物質の中には細胞膜を通過できるものがあるが、例えば分子量、親水性等の特性が制約を受け、細胞内に入ることができる物質は限られている。また、エンドサイトーシス又はピノサイトーシスによって能動的に取り込まれたとしても、細胞膜を通過する過程で代謝・分解されるため、細胞内への導入は困難である。
【0003】
細胞内への物質導入は、遺伝情報の制御、細胞内物質の機能、細胞内部の物質の局在等の解明に関して有効な研究手法であり、その延長として疾病の治療、予防又は診断への応用が期待されている。
【0004】
例えば、遺伝子導入、アンチセンス療法等では、核酸の細胞内への導入が不可欠であるが、これらは親水性が高いため、細胞内への導入が一般に困難である。また、近年では抗体医薬が注目されているが、このような高分子量の生理活性物質を細胞内に導入することも一般に困難とされている。このようなことから、効率的かつ確実に物質を細胞内へ導入させる方法の開発が強く切望されている。
【0005】
細胞の中に物質を導入する方法としては、例えば物理的刺激を利用したエレクトロポレーション法、細胞への感染能力を持つウイルスを利用する方法、非ウイルス性キャリアを用いるリポフェクション法(特許文献1)、高分子ミセル法等が知られている(非特許文献1)。
【0006】
エレクトロポレーションは、物理的に細胞膜に電気的負荷をかけ、一時的に細胞膜の透過性を高め、細胞内部へ物質を導入させる方法である。これは効率よく細胞内に導入できるが、細胞へのダメージが大きく、処理によって細胞が死んでしまう割合が高い。
【0007】
ウイルス法では、もともと細胞に感染して自己複製する能力を持つウイルスの性質を利用し、ウイルス内部に物質を封入して細胞に感染させることで、遺伝子等を細胞内に持ち込ませる。しかし、外来遺伝子のゲノムへのランダムな挿入による遺伝情報の撹乱や、予期しない変異ウイルスの出現等による毒性出現の可能性があり、製造や輸送等における取り扱いを含めて課題が多い。特に遺伝子治療等の分野においては、生体安全性確保の観点から、非ウイルス型の細胞内導入法が望まれている。
【0008】
リポフェクション法、高分子ミセル法では、細胞膜表面に積極的に吸着するキャリアを利用している。すなわち、細胞膜表面のエンドサイトーシス誘導型レセプターに特異的なリガンドを利用したり、キャリアを構成する成分にカチオン性物質を用いることで正に帯電させ、負に帯電している細胞膜と静電的に吸着させ、細胞膜構成成分であるリン脂質による膜融合を誘導したり、エンドサイトーシスを誘導させて、細胞内部へ物質を導入させている。ところが、リポフェクション法では、リポソームを構成する脂質が正に帯電しているため血清成分との吸着による減衰が生じたり、長時間細胞と接触させることで毒性が生じることがある。
【0009】
高分子ミセル法は封入量が低く、高分子物質の担持に適さない、また細胞内でのエンドソーム離脱が困難である等の問題がある。
【0010】
これらのキャリアは、核酸との複合体を形成させて細胞内へ導入させているが、通常キャリア内部へ封入させず、キャリア表面に吸着させたものである。従って、複合体も一過性であり、長期保存性を持つものではない。
【0011】
一方、物質を運ぶキャリア・カプセルとして、前述のリポソーム又は高分子ミセルのほかに、エマルションが開発されている。主に油溶性物質を油剤に溶解してカプセル化する目的に用いられる場合が多いが、水溶性物質を油剤に封入するエマルションとしてS/O/Wエマルションが開発されている(特許文献2、特許文献3等)。しかし、中性から負に帯電した水中油型エマルションの油滴粒子により細胞の内部に物質が導入されることはこれまでに報告されていない。
【0012】
また、多くの細胞導入方法は一過性であり、導入した物質の機能を短時間しか発現することができない。ウイルスベクターによる遺伝子導入では、細胞自身の持つゲノムの一部に導入した遺伝子が組み込まれるが、遺伝子上にランダムに組み込まれるため、本来の遺伝情報を分断・かく乱することがある。治療、予防又は診断のほか、生命科学的研究分野においても、細胞にダメージを与えることなく導入した物質を細胞内で機能発現させることが望まれているが、非常に困難である。
【特許文献1】特開2006−280376
【特許文献2】特開2004−8837
【特許文献3】特願2005−31760
【非特許文献1】原島秀吉、田畑泰彦編集、「先端生物医学研究・医療のための遺伝子導入テクノロジー ウイルスを用いない遺伝子導入法の材料、技術、方法論の新たな展開」遺伝子医学MOOK、株式会社メディカルドゥ、2006年発行
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本発明は、非ウイルス性のキャリアを用い、従来技術では生体細胞内に入りにくいとされている物質もより効率的に導入し、細胞を生かしたまま導入した物質の機能を発現させるのに好適なエマルション(エマルション型キャリア)を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、従来技術の問題点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、特定の油滴粒子を含むエマルションが上記目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、下記のエマルション及びそれを用いて細胞に物質を導入方法に係る。
1. 物質を細胞内に導入するために用いるエマルションであって、
(1)前記物質、油剤、親水性乳化剤及び水を含み、
(2)前記物質及び油剤を含む油滴粒子が水相に分散し、
(3)前記油滴粒子のζ電位がマイナス20mV以上プラス5mV以下である、
ことを特徴とするエマルション。
2. 前記油滴粒子のζ電位がマイナス10mV以上マイナス0.1mV以下である、前記項1に記載のエマルション。
3. 前記物質が、核酸、抗体、酵素、蛋白質、ペプチド及び多糖類の少なくとも1種である、前記項1に記載のエマルション
4. 前記油滴粒子の平均粒子径が50nm以上800nm以下である、前記項1に記載のエマルション。
5. 前記油剤が脂質及び油溶性乳化剤の少なくとも1種である、前記項1のエマルション。
6. 前記水相が水溶性非イオン性乳化剤及び水溶性陰イオン性乳化剤の少なくとも1種を含む、前記項1のエマルション
7. 前記親水性乳化剤がポリオキシエチレン水添ひまし油である、前記項1のエマルション。
8. 前記項1〜7のいずれかに記載のエマルションを細胞と接触させることにより前記物質を細胞内に導入させる方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明のエマルションを用いることによって、本来は細胞内に入りにくい物質を細胞内に効率的に導入させることが可能となる。この場合、エマルションの油滴粒子(キャリア)ごと細胞内に導入され、その油滴粒子に内包された目的物質が細胞内で油滴粒子から放出され、機能を発現させることができる。従って、標識した抗体や酵素等による細胞内の分子の機能解析、分子の局在の解明等のように細胞生物学分野に非常に有効な研究手法を提供できる。また、遺伝子導入又はRNA干渉(RNA Interference)を含む分子生物学的研究、遺伝子治療、疾患治療等に好適に利用することができる。
【0017】
特に、本発明のエマルションは、油滴粒子が中性から弱い負電荷(好ましくは弱い負電荷)を帯びているため、血清成分等に吸着することがなく、細胞へダメージを与えることも少ない。よって、通常の培養条件をそのまま利用しながら、細胞内で物質の局在の確認及び機能解析が可能であり、細胞生物学的研究に好適に利用することができる。
【0018】
また、本発明のエマルションは、目的物質を内部に封入しているため、分解しやすい物質であっても長期間にわたって安定に保存することができる。従って、例えばsiRNA、オリゴDNA等の安定性の低い物質の保存及び細胞内導入に特に好適に利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
1.本発明エマルション
本発明のエマルションは、物質を細胞内に導入するために用いるエマルションであって、
(1)前記物質、油剤、親水性乳化剤及び水を含み、
(2)前記物質及び油剤を含む油滴粒子が水相に分散し、
(3)前記油滴粒子のζ電位がマイナス20mV以上プラス5mV以下である、
ことを特徴とする。
【0020】
細胞内に導入する物質(目的物質)としては限定されないが、特に水溶液の形態で細胞に接触させても細胞内に移行しない物質を好適に用いることができる。例えば、核酸(DNA、RNA)、抗体、酵素、蛋白質、ペプチド及び多糖類の少なくとも1種を挙げることができる。これらは、水溶性又は油溶性のいずれであっても良い。目的物質の含有量は限定的でなく、一般的には目的物質:油剤=0.1:100〜100:100の範囲内で適宜設定することができる。
【0021】
油剤は、実質的に水と混じりあわない生理学的に許容される油性媒体であれば良いが、特に日本薬局方、食品添加公定書等に記載された安全性が高いものが望ましい。特に、細胞内で分解され、かつ生体安全性の高い脂質が挙げられる。より好ましくはトリグリセリドが例示される。より具体的には、大豆油、オリーブ油、菜種油、コーン油等の植物油全般、脂肪酸をグリセリンと化学反応させた合成トリグリセリド、スクワラン、X線造影剤の一種であるヨウ素化ケシ油脂肪酸エステル等を単独又は2種以上混合して用いることができる。
【0022】
本発明では、必要に応じて、油剤に油溶性乳化剤を添加して用いることもできる。油溶性乳化剤は、生理学的に許容されるものであれば良く、公知又は市販のものを使用することができる。
【0023】
本発明のエマルションは、水相(外水相)に水溶性の非イオン性乳化剤及び水溶性の陰イオン性乳化剤の少なくとも1種の水溶性乳化剤を含有していても良い。
【0024】
非イオン性乳化剤としては、生理学的に許容されるものであれば限定されない。例えば、ポリオキシエチレン水添ひまし油、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル等が挙げられる。これらは1種又は2種以上を用いることができる。非イオン性乳化剤を使用する場合、その濃度は通常0.1〜30重量%程度とすれば良い。
【0025】
陰イオン性乳化剤としては、生理学的に許容されるものであれば限定されない。例えば、胆汁酸ナトリウム、コール酸ナトリウム、デオキシコール酸ナトリウム、タウロコール酸ナトリウム、グリココール酸ナトリウム等の胆汁酸塩類等を挙げることができる。これらは1種又は2種以上を用いることができる。陰イオン性乳化剤を使用する場合、その濃度は通常0.1〜30重量%程度とすれば良い。
【0026】
親水性乳化剤は特に限定されないが、ポリオキシエチレン水添ひまし油を好適に用いることができる。とりわけ、ポリオキシエチレン付加モル数が50〜60であるポリオキシエチレン水添ひまし油がより好ましい。親水性乳化剤の含有量は、通常はエマルション中0.1〜30重量%、特に0.5〜10重量%とすることが好ましい。
【0027】
本発明のエマルションでは、前記物質及び油剤を含む油滴粒子(キャリア粒子)が水相に分散している。
【0028】
油滴粒子は、目的物質及び油剤を含むが、実質的に目的物質及び油剤から構成されていることが好ましい。油滴粒子における目的物質の含有量は、一般的には50重量%以下の範囲内において、目的物質の種類、対象となる細胞等に応じて適宜設定することができる。
【0029】
油滴粒子の含有量は、エマルション中50容積%以下であることが好ましくより好ましくは1〜20容積%、最も好ましくは2〜10容積%とする。例えば、5容積%のエマルション1ml中には0.05mlの油相が存在するが、この油相を微粒子にした場合、粒子径200nmでは1×1014個の油滴粒子に分割される。
【0030】
油滴粒子のζ電位は、マイナス20mV以上プラス5mV以下であり、好ましくはマイナス15mV以上5mV以下、より好ましくはマイナス10mV以上0mV以下、好ましくはマイナス10mV以上マイナス0.1mV以下である。このように、油滴粒子のζ電位は、中性〜弱い負電荷(好ましくは弱い負電荷)に帯電していることを特徴とする。前記電位を上記範囲内にコントロールすることによって、血清成分等に吸着することがなく、細胞へダメージも低減ないしは回避することができる結果、高い導入率及び導入後生存率を得ることが可能となる。これにより、通常の培養条件を変更することなく、細胞内で物質の局在の確認あるいは機能解析が可能となり、細胞生物学的研究等に幅広く利用することができる。
【0031】
なお、本発明における油滴粒子の表面電荷は、エマルションを10mM NaCl水溶液で希釈して0.05容積%以下の油滴粒子を分散させた状態で測定した界面導電電位、すなわちζ電位とする。
【0032】
油滴粒子の粒径は、特に制限されないが、平均粒子径が50nm以上800nm以下、特に150nm以上400nm以下であることが好ましい。
【0033】
本発明では、平均粒子径は動的光散乱式粒度分布測定法による値を示す。粒子径の計測には多様な方法があるが、光学顕微鏡では500nm以下のものは観察が不可能であり、電子顕微鏡等では真空条件で油滴粒子を維持できないため、形態的に直接測定することは困難である。また、粒度分布測定装置にも多様な測定原理に基づいたものがあり、測定値が一致しない場合がある。本発明では、至適な粒子径領域で良好な測定特性を持つ動的光散乱式粒度分布測定を用いて粒子径を定義する。
【0034】
2.本発明エマルションの製造方法
本発明エマルションの製造方法は、上記のような構成をもつエマルションが得られる限り制限されないが、例えば、次に示す方法によって製造することができる。
【0035】
目的物質の油相中への封入方法は特に限定されるものではなく、油相中に最終的な油滴粒子よりも小さなクラスター(塊)で均一に分散できれば良い。
【0036】
例えば、目的物質が油溶性である場合、油相に直接溶解すれば良い。水などの液体に溶解性を示さない物質の場合には、油相へ直接添加し、超音波等により強制的に分散させることができる。このとき、分散補助剤として界面活性剤等を必要に応じて添加することもできる。
【0037】
水系溶媒又は水溶性有機溶媒に溶解する物質の場合には、以下のような方法でS/Oサスペンションとして油相へ均一分散させることもできる。例えば、目的物質が水溶性である場合、まず、水相と油相を乳化してW/Oエマルションを調製する。次に、W/Oエマルションを脱水して水相の水を除去(脱水)して、水相に溶解しておいた水溶性固体物質を析出させることにより、目的物質の微細粒子が油相に分散したS/Oサスペンションを製造する。
【0038】
ここで、水相とは、前記目的物質(水溶性固体物質等)を溶解した水溶液のことである。水相における目的物質の溶解量は、水溶性固体物質の種類、S/Oサスペンションの用途等に応じて適宜選択すれば良いが、通常は0.1〜300mg/ml程度である。
【0039】
また、W/Oエマルションあるいは後述するS/Oサスペンションの安定性が損なわれない限り、水相に前記水溶性乳化剤又はその他の添加剤(例えば、目的物質を安定化させるためのpH調整剤や塩類、アルブミンや多糖類等の保護剤、分解阻止のための各種阻害剤等を必要に応じて加えても良い。
【0040】
水相と油相の体積比は、通常水相:油相=0.1:100〜70:30程度、好ましくは5:100〜50:50程度の範囲に設定することができる。
【0041】
W/Oエマルションの乳化方法は、安定なW/Oエマルションが調製できるものであれば特に限定されるものではない。例えば、攪拌による方法、高圧ホモジナイザー、高速ホモミキサー等を用いる方法、膜乳化法等、一般的な乳化操作によりW/Oエマルションを調製することができる。細胞内に導入させる目的物質が温度変化や機械的衝撃によって変性する等の影響を受けると考えられる場合には、例えば、低温下での撹拌を用いる。この場合の乳化条件は、特に限定されるものではないが、通常600〜1500rpmで30分〜48時間である。
【0042】
W/Oエマルションの水相粒子はできるだけ小さく、且つ均一であることが、S/Oサスペンションの安定性の観点で好ましい。また、S/Oサスペンションを後述するS/O/Wエマルションの製造に用いる場合にも望ましい。このようなW/Oエマルションを調製するためには、油溶性乳化剤による乳化力を利用することが望ましい。
【0043】
本発明では、W/Oエマルションの脱水操作は、水相粒子が合一、分離あるいは分裂しなければ特に限定されるものではなく、加熱脱水、真空脱水等の通常の方法を採用することができる。例えば、加熱脱水する場合は、油剤の沸点や分解温度、乳化剤の曇点(乳化力がなくなる上限温度)、水溶性固体物質の分解温度を考慮し、それらを越えない温度に加熱して脱水することができる。真空脱水する場合は、水が沸騰しない真空度で脱気する。温度と真空度を調節しながら脱水できるエバポレーター等の市販の装置を使用することもできる。この場合の温度の上限は、通常95℃程度とすれば良い。また、0℃以下の温度で油相が液体である場合は、凍結した水相を真空脱気することにより、昇華によって脱水することもできる。その場合の温度の下限は、特に限定されないが、通常−20℃程度である。脱水操作は、脱水された水の量が当該W/Oエマルションを調製する際に用いた水相に含まれる水の量と同程度になった時点で終了すれば良い。こうして得られたS/Oサスペンション中には、W/Oエマルションの水相に溶解させた量の目的物質が微細粒子として分散している。
【0044】
次に、目的物質を分散させた上記S/Oサスペンションを、微細な油滴粒子として分散させたエマルションを調製する。
【0045】
エマルションの調製方法は、封入された目的物質を保持させたまま油滴粒子を微細分散させることができれば特に限定するものではないが、親水性多孔質膜を解して油相(S/Oサスペンション)を外水相に透過分散するか、あるいは、予め調製したS/O/Wエマルションを多孔質膜に透過する乳化方法(以下「膜乳化法」という)を利用して油滴粒子径を制御することが好ましい。
【0046】
膜乳化法に用いる多孔質膜の形状は特に限定されず、本発明粒子の製造条件等に応じて適宜決定すれば良い。例えば、板状(平膜状)、円筒状(パイプ状)等の形状が挙げられる。また、多孔質膜の細孔径も限定的でなく、所望の粒径等に応じて適宜選択すれば良い。本発明では、多孔質膜の相対累積細孔分布曲線において、細孔容積が全体の10%を占める時の細孔径が全体の90%を占める時の細孔径で除した値が実質的に1から1.5までの範囲内にあるミクロ多孔質膜がより好ましい。このような膜自体は、公知の方法によって製造することができる。貫通孔(細孔)は、その断面形状が円形、楕円状、長方形(スリット状)、正方形等のいずれの形状であっても良い。また、貫通孔は、膜面に対して垂直に貫通していても良いし、斜めに貫通していても良い。或いは、貫通孔どうしが絡み合った状態になっても良い。
【0047】
多孔質膜の材質も親水性であれば限定的でなく、例えば、ガラス、セラミックス(例えば、多孔質アルミナ、多孔質ジルコニア)、シリコン、樹脂(例えば、ポリカーボネート)、金属、酸化物膜等が挙げられる。
【0048】
段階的に微細な細孔径の多孔質膜に適当な圧力をもってエマルションを透過させ、目的物質を保持させたまま、油滴粒子を細胞内導入に適当である大きさに微細化させる。多孔質膜への透過の条件も、所望のエマルションが得られる限り特に限定されるものではないが、通常、加圧下(1kPa〜20MPa程度)で、0℃〜95℃程度とすれば良い。
【0049】
3.細胞への物質導入方法
本発明は、本発明のエマルションを細胞と接触させることにより前記物質を細胞内に導入させる方法を包含する。
【0050】
対象となる細胞は、生体の細胞であれば特に限定されない。特に、動物の細胞、とくにヒトやサル、マウス、ラット、ハムスター、ニワトリ等から(樹立された培養)細胞等に最適ある。
【0051】
接触させる方法は限定されないが、特にインビトロによる方法が望ましい。例えば、細胞と本発明エマルションとを混合する方法、細胞の培養液(培地)に本発明エマルションを添加する方法等が挙げられる。この場合の温度条件としては、用いる細胞の種類等により異なるが、一般的には37℃とすることが好ましい。また、接触させた後の保持時間は特に限定されないが、必要に応じて培地交換や植え継ぎ等の通常の処理を加え、24時間〜10日程度とすれば良い。
【0052】
油滴粒子と細胞を接触させる割合は、細胞数:油滴粒子数=1:1〜1:1×1014、又は培養液中に添加する容積比が培養液:エマルション=1:0.0001〜1:1が好適である。
【0053】
具体例を示すと、例えば1×10個の細胞を含む4.5mlの培養液を60mm径のプラスチックシャーレに入れ、細胞をシャーレ底面に定着させた後、培養液で随意に希釈したエマルション0.5mlを添加し、培養を継続させる。必要に応じて培養液を交換することによって、エマルションと細胞との接触時間を限定することができる。この培養スケールはあくまでも例であり、これに限定されるものではない。
【0054】
本発明のエマルションが細胞と接触すると、油滴粒子が細胞内に導入された後、細胞内で油滴粒子から物質が徐放されてその物質の機能が細胞内で発現される。特に、油剤を構成する成分がトリグリセリドのような生体成分として利用される材料を使用する場合には、より安定な徐放効果を生み出すことができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明の範囲は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
<製造例1>
FITC標識デキストランエマルションの製造
FITC標識デキストラン(分子量70,000:シグマ社製)100mgを蒸留水5mlに溶解した水溶液(=内水相)を、ポリグリセリンリシノレート(坂本薬品工業製CR310、以下PGCRと記載する)2mlと大豆油8mlを混合した油相10mlに滴下し、さらにスターラーで1200rpm6時間撹拌乳化してW/Oエマルションを得た。エバポレーターを用い、0.095MPaの引圧下で39度に加温したW/Oエマルションを4時間脱水処理し、S/Oサスペンションを得た。
【0057】
このS/Oサスペンション8mlを152mlの外水相(1重量%のポリオキシエチレン水添ひまし油HCO−60、及び5重量%コール酸ナトリウムを含むPBS(0.1Mリン酸緩衝生理食塩水)pH7.2)に滴下し、スターラーで1200rpm24時間撹拌し、粗乳化物を得た。粗乳化物をシリンジに採取し、多孔質ガラス膜SPG膜(細孔径11.8μm)をシリンジに装着し、手でピストンを押して粗乳化物を膜透過させた。これを細孔径3.0μm、1.0μm、0.4μmのポリカーボネート膜(Whatman社製サイクロポアメンブレン)、細孔径0.2μm、0.1μmの陽極酸化膜(Whatman社製アノディスクメンブレン)を装着させた膜透過装置を用いて順次膜透過し、粒子径のそろった約600nm、350nm、200nm、150nmの油滴粒子に微細化した。
【0058】
得られた各粒子径のエマルションを、分画分子量100,000のセルロースエステル透析チューブ(SPECTRUM社製)に10mlずつ入れ、透析外液(1重量%HCO−60を含むPBS)3リットル中で浮遊させ、3時間ずつ3回透析外液を交換して、透析を行った。
【0059】
<製造例2>
プラスミド封入エマルションの製造
緑色蛍光蛋白質GFPをコードする遺伝子を含むプラスミドDNA(pEGFP−C1:クロンテック社製)10mgを蒸留水0.5mlに溶解した水溶液(=内水相)を、PGCR0.2mlと大豆油0.8mlを混合した油相1mlに滴下し、さらにスターラーで1700rpm18時間撹拌乳化してW/Oエマルションを得た。エバポレーターを用い、0.095MPaの引圧下で43度に加温したW/Oエマルションを20分間脱水処理し、S/Oサスペンションを得た。
【0060】
このS/Oサスペンション0.75mlを14.25mlの外水相(製造例1と同じ)に滴下し、スターラーで1200rpm24時間撹拌し、粗乳化物を得た。粗乳化物をシリンジに採取し、多孔質ガラス膜SPG膜(細孔径11.8μm)をシリンジ用乳化装置に装着し、手でピストンを押して粗乳化物を膜透過させた。これを細孔径3.0μm、1.0μm、0.4μmのポリカーボネート膜(Whatman社製サイクロポアメンブレン)、0.2μm、0.1μmの陽極酸化膜(Whatman社製アノディスクメンブレン)を装着させた膜透過装置を用いて順次膜透過し、平均粒子径約400nm、200nm、150nmのエマルションそれぞれ得た。
【0061】
得られた各粒子径のエマルションを、分画分子量100,000kDaのセルロースエステル透析チューブ(SPECTRUM社製)に10mlずつ入れ、透析外液(1重量%HCO−60を含むPBS)3リットル中で浮遊させ、3時間ずつ3回透析外液を交換して、透析を行った。
【0062】
<製造例3>
蛍光標識O/Wエマルションの製造
油溶性オクタデシルインドカルボシアニン(インビトロジェン社、以下DiI)2.5mgをPGCR1.0mlと大豆油4.0mlを混合した油相に溶解し、95mlの外水相(製造例1と同じ)に滴下し、スターラーで1200rpm8時間撹拌して粗乳化物を得た。粗乳化物をシリンジに採取し、多孔質ガラス膜SPG膜(細孔径11.8μm)をシリンジ型乳化装置に装着し、手でピストンを押して粗乳化物を膜透過させた。これを細孔径3.0μm、1.0μm、0.4μmのポリカーボネート膜(Whatman社製サイクロポアメンブレン)、細孔径0.2μm、0.1μmの陽極酸化膜(Whatman社製アノディスクメンブレン)を装着させた膜透過装置を用いて順次膜透過し、粒子径のそろった200nmの油滴粒子に微細化した。
【0063】
得られた各粒子径のエマルションを、分画分子量100,000のセルロースエステル透析チューブ(SPECTRUM社製)に10ml入れ、透析外液(1重量%HCO−60を含むPBS)3リットル中で浮遊させ、3時間ずつ3回透析外液を交換して、透析を行った。
【0064】
<試験例1>
製造例1〜3で調製したエマルションの油滴粒子のζ電位を電気泳動光散乱測定装置「ELS−800」(大塚電子社製)で測定した。油滴粒子5容量%を含有する各エマルションを、10mM食塩水で2000倍希釈し、80Aの電場で測定を行った。測定は3回行い、平均値及び標準偏差を求めた。その結果を表1に示す。なお、表1には油滴粒子の平均粒子径も併せて示す。
【0065】
【表1】

【0066】
表1の結果からも明らかなように、これらのエマルションの油滴粒子は、ζ電位がマイナス8mV以上マイナス2mV以下という負の電荷を帯びていることがわかる。
【0067】
<実施例1>
細胞への蛍光標識高分子物質(高分子多糖類)の導入
ヒト肝がん由来培養細胞「Huh−7」を、1.8mlの10%FBS添加培養液(D−MEM培地:シグマ社製)中に1×10個分散させ、底面半径35mmのガラスボトムディッシュ(旭テクノグラス製)に播種し、24時間培養した。なお、前記のヒト肝がん由来培養細胞「Huh−7」としては、これを樹立した岡山大学許南浩氏に許可を受けた上で理研セルバンクより入手したものを使用した。
【0068】
その後、平均粒子径200nmのFITC標識デキストランエマルション(製造例1)を培養液で10倍に希釈したものを0.2ml添加し、37℃、5%二酸化炭素存在下で培養した。エマルションを添加してから1日、2日、3日、6日、7日目に培養液をそれぞれ除去し、PBSで2回洗浄した後、60%エタノールで細胞を固定、DAPI液で核を染色し、蛍光顕微鏡で細胞を観察した。その結果、すべての条件で細胞にFITCの蛍光が確認された。DAPIで染色された核以外の領域でFITCの蛍光が認められたことから、細胞質にFITCを取り込ませることができたことが確認された。
【0069】
同様の手法で、1)PBS(0.1Mリン酸緩衝生理食塩水)、2)製造例1〜3で用いた外水相、3)平均粒子径200nmのO/Wエマルション(製造例3)の3種の液体にFITC−デキストランを溶解又は混合し、培養液中に添加して経過観察したが、すべての条件で細胞内に蛍光は認められなかった。このことから、エマルションに封入した場合のみ、細胞の中にFITC−デキストランを取り込むことが可能であることが確認された。
【0070】
<実施例2>
細胞への遺伝子の導入
Huh−7細胞を1×10個/mlの濃度で10%FBS添加培養液(D−MEM培地:シグマ社製)に分散させ、底面半径35mmのガラスボトムディッシュに播種した。二酸化炭素存在下37℃で24時間培養した。
【0071】
その後、蛍光タンパク質GFPをコードしたプラスミドを封入した平均粒子径200nmのエマルション(製造例2)を培養液で希釈し、最終的に培養液中のプラスミド濃度が5μg/mlになるように添加し、培養した。エマルションを添加してから1日、2日、3日、6日、7日目に蛍光顕微鏡で細胞を観察した。その結果、2日目から細胞にGFPの蛍光が確認された。従って、プラスミドを油滴粒子に封入したエマルションを用いることにより、プラスミドを細胞内に導入させ、分解されることなく核に到達させて、遺伝子を発現できることがわかった。
【0072】
同様の手法で、エマルションにプラスミドを封入せずに、1)PBS(0.1Mリン酸緩衝生理食塩水)、2)製造例1〜3の外水相、3)平均粒子径200nmのO/Wエマルション(製造例3)にプラスミドを溶解又は混合し、培養液中に添加して経過観察したが、すべての条件で細胞内に蛍光は認められなかった。従って、エマルションに封入した場合のみ、細胞の中にプラスミドを導入し、遺伝子発現できることが確認された。
【0073】
<試験例2>
内封されたプラスミドの安定性について調べた。1)原料となるプラスミド、2)プラスミドを封入した平均粒子径150、200、400nmのエマルション(製造例2)から抽出した核酸、3)プラスミドをエマルションの油滴粒子(平均粒子径200nm)に封入して6ヶ月間4℃保存したもの(製造例2と同様に調製し、4℃で保存したもの)から抽出した核酸、を1%アガロースゲル中で電気泳動したところ、プラスミドの分解による断片化は認められなかった(図1)。
【0074】
また、実施例2と同じ条件で、4℃で6ヶ月間保存したプラスミド封入エマルションを培養液中に添加したところ、調製直後のものと同等にGFPの蛍光を発現させることができた。
【0075】
試験例3
エマルションの油滴粒子の平均粒子径による導入の挙動について調べた。実施例1と同じ肝がん由来培養細胞Huh−7を35mmガラスボトムディッシュに1.8ml(1×10個/ml)播種し、FBS10%添加培地で24時間培養後、製造例2の平均粒子径の異なる(150nm、200nm、400nm)3種類のプラスミド封入エマルションを培地にてそれぞれ10倍希釈したものを0.2ml加え、37℃で48時間培養し、培地交換を行って培養を6日間継続した。細胞を経時的に蛍光顕微鏡で観察した。
【0076】
培養2日目から6日目までの間、平均粒子径150nm、200nm、500nmすべてのエマルションを添加した細胞でGFPの蛍光が確認された。
【0077】
<試験例4>
FITC―デキストラン取り込み率を細胞の蛍光陽性率として測定した。実施例1と同じ肝がん由来培養細胞Huh−7を25mmガラスボトムディッシュに1.8ml(1×10個/ml)播種し、FBS10%添加培地で24時間培養後、FITC−デキストラン封入エマルション(FITC−デキストラン0.5mg/ml)を培地にて20倍希釈したものを0.2ml加え、37℃で培養を9日間継続した。細胞を経時的に蛍光顕微鏡で観察し、正細胞数中のFITC−デキストランの蛍光が認められる細胞数を数え、蛍光陽性率を算出した。また、エマルション添加後の蛍光観察とともに同じ条件で試験を行った細胞について、死細胞をトリパンブルーで染色し、血球計算盤で細胞数を数え、全細胞数中の生きている細胞の割合(生細胞率)を経時的に算出した。その結果を表2に示す。
【0078】
【表2】

【0079】
<試験例5>
キャリア粒子取込率として、油相をDiIで蛍光標識したO/Wエマルション(製造3)を試験例4と同じ希釈条件で培養細胞Huh−7に添加し、48時間後に培養液を交換し、添加2日目及び4日目に細胞内のキャリア粒子を蛍光顕微鏡で観察して、生細胞数中のDiIの蛍光が認められる細胞数を数え、蛍光陽性率を算出した。その結果、細胞の蛍光陽性率は2日目に70.8%、4日後に61.9%となった。
【0080】
<試験例6>
遺伝子導入率について調べた。実施例1と同じ肝がん由来培養細胞Huh−7、及びHepG2を25mmガラスボトムディッシュに1.8ml(1×10個/ml)播種し、FBS10%添加培地で24時間培養後、プラスミド封入エマルションを、プラスミド終濃度5μg/ディッシュになるよう加えた。なお、前記のヒト肝がん由来培養細胞「HepG2」としては、理研セルバンクより入手したものを使用した。
【0081】
添加培養後24時間で培地を交換し、37℃で培養を9日間継続した。細胞を経時的に蛍光顕微鏡で観察し、正細胞数中のGFPの蛍光が認められる細胞数を数え、全生細胞数中のGFPが発現している細胞数すなわち遺伝子導入率を算出した。エマルション添加後、2日目から蛍光が観察された。細胞への遺伝子導入率の結果を表3に示す。
【0082】
【表3】

【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】エマルション中に封入したプラスミドの電気泳動を示す図である。
【図2】細胞内に認められるFITC−デキストランの蛍光を示す図である。
【符号の説明】
【0084】
1 分子量マーカー
2 プラスミド水溶液
3 150nmプラスミド封入エマルション抽出物
4 200nm 〃
5 400nm 〃
6 6ヶ月保存したエマルション(200nm)からの抽出物
7 油相分散プラスミド(S/Oサスペンション)からの抽出物
8 肝がん由来培養細胞Huh−7
9 核
10 FITCの蛍光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質を細胞内に導入するために用いるエマルションであって、
(1)前記物質、油剤、親水性乳化剤及び水を含み、
(2)前記物質及び油剤を含む油滴粒子が水相に分散し、
(3)前記油滴粒子のζ電位がマイナス20mV以上プラス5mV以下である、
ことを特徴とするエマルション。
【請求項2】
前記油滴粒子のζ電位がマイナス10mV以上マイナス0.1mV以下である、請求項1に記載のエマルション。
【請求項3】
前記物質が、核酸、抗体、酵素、蛋白質、ペプチド及び多糖類の少なくとも1種である、請求項1に記載のエマルション
【請求項4】
前記油滴粒子の平均粒子径が50nm以上800nm以下である、請求項1に記載のエマルション。
【請求項5】
前記油剤が脂質及び油溶性乳化剤の少なくとも1種である、請求項1のエマルション。
【請求項6】
前記水相が水溶性非イオン性乳化剤及び水溶性陰イオン性乳化剤の少なくとも1種を含む、請求項1のエマルション
【請求項7】
前記親水性乳化剤がポリオキシエチレン水添ひまし油である、請求項1のエマルション。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかに記載のエマルションを細胞と接触させることにより前記物質を細胞内に導入させる方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−247855(P2008−247855A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−93469(P2007−93469)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(504224153)国立大学法人 宮崎大学 (239)
【出願人】(391011700)宮崎県 (63)
【出願人】(306024609)財団法人宮崎県産業支援財団 (23)
【Fターム(参考)】